●リプレイ本文
まだご健在の子豚を見て、ミーファ・リリム(ea1860)とマート・セレスティア(ea3852)はのたまった。
「まだ食べられないのら〜?」
「子豚の丸焼きのはずじゃないの!」
どうやらアデラは、冒険者の誰かにお肉にしてもらえばいいと思っていたようだ。そして仕留めるのなら、サラフィル・ローズィット(ea3776)の友人の竜太猛とミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)の付き添いのミケイト・ニシーネがやってくれた。捌くのは操群雷(ea7553)も加わって、見慣れたお肉の状態になっていったのだが。
「今日捌いて、いきなり料理するのはちょっと」
「豚ハ何日か置くト美味しいアルね」
日頃の仕事が料理人である二人が口を揃えたので、サテラ・バッハ(ea3826)がさらりと言った。
「肉屋で今日使う分を買って来い」
一年が終わろうとするのに戸を叩かれた肉屋も迷惑なことだったが、アデラとリュヴィア・グラナート(ea9960)が買出しに出向き、ミーちゃんとマーちゃんがくっついていくのをサトリィン・オーナス(ea7814)がお守りで付き添って、なんとか子豚の肉を入手した。
「家庭を預かる主婦としての、基本的な知識が‥‥」
自他共に認めるアデラの師匠のサラの悩みは、相変わらず湧いて出てくるようだ。
さて。
アデラのお茶会は、一応冒険者ギルドを通した依頼である。依頼人のアデラは月道管理塔に勤める水のウィザードだが、多数の同僚に変な茶を飲ませて腹痛を起こさせた過去がある。これが実は縁談を断りたいがための狂言芝居だったのは、最近分かったことだ。
そしてもう二つ分かったのは、アデラは変な茶を入れるが、植物の知識は一応あること。けれどもその知識を活かすどころか、方向性を間違って使用しまくった挙げ句に、招いた冒険者に不味い茶を飲ませ続けていたこと。
これで前回のお茶会ではサラやサテラにしこたま怒られたはずなのだが、当人はあんまり堪えた風ではない。
こんな彼女にも、ジョリオという婚約者がいるのはめでたい限りだ。
という大変な大雑把な事前学習をサトリィンが終えたのは、実は随分と長い時間が経ってからだった。場所は台所、講師は彼女の友人のミルとお茶会常連のサラ。それにこれまでそれぞれに関係があった群雷やアンジェットやミケが補足をしたり、知らない情報を交換したりするので時間が掛かったのだ。
ちなみにサトリィン、これまでのお茶会が大変だったことは理解したが、先達が味わったお茶の味がいかなるものだったのかはさっぱり掴めなかった。ゆえにクレリックらしく『何度も来てくれる人がいるのは、アデラさんの人柄かしら』などと思っている。
一部の食いしん坊たちを除き、たいていはあまりのことに見捨てられなかったか、観察に走った人々なのであるが‥‥それは知らなくともお茶会は開ける。
もちろん今回も。
「こらーっ、つまみ食いは駄目ですよー!」
ミルの声にもひるむことなく、まるで当然の権利のようにつまみ食い合戦を繰り広げているマーちゃんとミーちゃんに干し葡萄入りのパンを与えて台所から放り出し、応援の人々とミルと群雷とサラは、サトリィンにも手伝わせて子豚の他にも卵や野菜、香草などを使ってご馳走作りに邁進していた。
依頼で材料使い放題、別に勝負でもなんでもなく料理が出来る機会を逃すことはない。
その頃のアデラはといえば。
「そうか、あのマフラーで仕事にっ」
「私の編んだこれも、よく見ると穴がぽつぽつとあるな」
香草の合わせ方の基本を教えてやると称したサテラとリュヴィアに、いいように弄られていた。目の前には大量の香草を積み上げて、サテラが手早く幾種類かを混ぜながら、前回のお茶会で編んだマフラーの状況確認だ。
サラが『数をこなして慣れれば嫌でも体が覚えるもの』と悟ったと台所で話しているのが聞こえたわけではなかろうが、アデラの編み物は明らかに発展途上の入口だ。そしてお茶の合わせ方も基本がないので同様。
それでサテラがどういうのを合わせると香りや味がよく、駄目になりやすいのはどれと説明しているのだが、合わせているのはその駄目なほうだ。リュヴィアが明るく『それは飲まない』と断言するような代物である。
でももちろん、アデラには経験として飲ませる。ついでにパンだけ抱えて居間に戻ってきたミーちゃんとマーちゃんにも。
これはきっと愛のムチ。どう見てもお仕置きだけれど。ただし、互いに最大のライバルと思う相手が目の前の二人には、全然効果がない。
アデラはげほげほ咳をしながら、飲まされたお茶の葉の確認をしていた。
この時も、台所は料理が続いている。サラはパン生地をこね、なにやら動物を作っていた。群雷は豚肉を細かく叩いて、みじん切りにした野菜と混ぜて練っている。ミルは薄く切った豚肉で野菜を巻いたものをたくさん作っている。サトリィンはまだまだ使う予定の小麦粉をふるっていた。
そのうちに、新年を迎えるためのミサがあるのでジーザス教徒はしばらく出掛け、ミサには関係のない者が残って料理をしたり、部屋の中を整えたりして、やがては新年を迎えるお茶会なのである。真夜中だったりするけれど。
このときになって、あちこちのお呼ばれから戻ってきたアデラの姪達と、ちゃっかりジョリオが参加している。
お茶会に本格参加するのは初めての群雷とサトリィンは知らなかった。アデラのお茶会は戦いだということをだ。
「がっつクのハよくないアルね」
「そんなに慌てなくても、こんなにたくさん作ってくれてあるわよ」
アデラがお茶を淹れるのを待たずして、速やかかつ勝手にご馳走争奪戦を始めたマーちゃんとミーちゃんに、サトリィンがほらと皆が作ってくれたご馳走の皿を見やすいように寄せてやった。群雷は行儀について注意しつつ、どの料理がどんなものでと説明しようとしていたのだが。
「あ〜、この二人は食べることにかけては遠慮という言葉を知りませんから、ご自分の分を先に取ってしまってください」
他の者が相手ならここまでのことは言わないミルも、事実は事実として指摘している。すでに時が遅いのは承知しているが。
「それはミーちゃんのなのらっ」
「みょう食べひゃった」
食べること以外には口を開くのも惜しいといった感じで、件の二人が会話したのはこれだけだった。
これには料理人として、健啖家は大歓迎の群雷もしばし言葉を失ったし、サトリィンは自分の食べる分を取り分けることも忘れてしまっていた。
「皆で取り分ケル。こレ、華国の基本ネ」
ややあって、我を取り戻した群雷が果敢にも食欲魔人二人に挑んでいった。ミーちゃん以外の女性陣を優先で、料理を小皿に取り分けていくのだ。ミルとサトリィンもお手伝いしているが、敵はなかなか手強い。
一方で、アデラの周りでも戦いが繰り広げられていた。これはサラとアデラの戦いである。審判にサテラとリュヴィアが配置されているのか、単なる見物か。ジョリオはお茶を飲んでから寝るのだと頑張る姪っ子たちが、うたた寝をして椅子から転げ落ちないように見張っている。
「さあ、アデラ様。今夜こそ、きちんとお茶を淹れてくださいますわよね? よもや出来ないなんて、おっしゃいませんでしょう?」
何かの間違いでそう口にしたら、新年最初の日の今この時から特訓を開始すると宣言しそうに勢いで、サラがアデラに詰め寄っている。リュヴィアはテーブルに楽しそうに香草を並べていた。サテラがそこから幾つか摘んでいくのは、いざと言うときの自分用だろう。
そしてアデラは『この間は苔茶が試せなくて』と残念そうに言って、一同の冷たい視線を浴びつつ、慎重に香草を選び始めた。昼間にサテラに習ったことはさすがに記憶に留まっているようで、植物に詳しいエルフ娘三人が見ても問題のない香草の合わせ方である。
茶葉さえまともに選べれば、アデラは一応茶の作法には通じている。どれだけ練習して、幾つの茶器を駄目にして、何人の舌にダメージを与えたか不明だが、とりあえず形はきちんとなぞれるのだ。サラとサテラとリュヴィアが見たところ、お湯の量も問題なし。
「やれば出来るではありませんの」
「今後の実験は、サラ殿やサテラ殿に相談に乗ってもらいながらやればいい」
感涙に咽んでいるサラの横で、皆に茶を配りながらリュヴィアがアデラに提案する。サラがこうまで言っても『苔茶が』と言い出すアデラの、『眠れなくなるお茶探し実験』は趣味と割り切って付き合うことにしたようだ。サテラはジョリオに視線を向けて、ふふんと含み笑っている。
居心地悪そうなジョリオに止めを刺したのは、サラだった。当人に、そんなつもりはないだろうが。
「ええ、アデラ様がどうしても変わったお茶を淹れるとおっしゃるのであれば、わたくしは時間が許す限り何度でも足を運びますわ。アデラ様が編み物やお裁縫も出来るようになって、立派な妻になり、母になるのを見届けるのがわたくしの使命ですもの」
両手を祈る形に組み合わせ、宙を見上げて『エルフの』クレリックに断言される。ジョリオは一生ものになりそうなお付き合いに、額を押さえていた。アデラは『あれもこれも出来ないから監督しなきゃ』と言われたことも気にならないようだ。
ついでに、サテラもざっくりと。
「だったら、今度また、来年用の毛糸を染めてやろうか。成功するか分からないが」
こちらも昼間にアデラに対して、散々と『来年はもっとよいものを贈らないと‥‥』と不安を煽るようなことを吹き込んでいた。その上でのこの発言だが、彼女が前回のお茶会で差し入れた毛糸は『澱んだ沼の、腐りかけた藻』の色だった。ジョリオはますます仏頂面に拍車がかかる。
けれども、リュヴィアも手は緩めない。なにしろ彼女達は、ジョリオとアデラの結婚話が纏まるように助力してやったのだ。感謝されこそすれ、邪険にされる覚えはない。
一つくらい覚えがあるだろうと、言いたい人はいたかもしれないが、無視。
「ジョリオ殿も、我々が集まるのであれば文句はあるまい?」
文句なんか言おうものなら、魔法の一つも飛んできそうな様子だった。
と、そこで。
「アデラねえちゃん、このお茶変だよ。なんだか普通の味がする」
出されたものは自分が全部食べなくてはと思い込んでいる勢いで食べていたマーちゃんが、素晴らしい感想を放った。横では豚さん型のパンを抱えて食べていたミーちゃんが、やっぱりお茶を飲んで不思議そうな顔付きだ。それはきっと、マーちゃんと同じ気持ちなのだろう。
「普通のお茶なのら〜。あ、他の人が淹れたんらね〜」
サトリィンと群雷が、それは一体どういうことだと怪訝さもここに極まった表情をしているが、いつもなら文句を言うはずの姪っ子達は半分寝ているので、誰もこの失礼な発言に突っ込まなかった。注意も、諭しもしなかったが、アデラは全然失礼だと思っていないようだからいいのだろう。
「マーちゃん、全部食べたら駄目よ〜」
自分達は寝るからねと、四人姉妹がふらふらしながら自分達の部屋に向かうのに、ミルとサトリィンが付き添っている。朝になったら自分達もご馳走を食べるのだと主張する彼女達の分は、もちろん別に取り分けてあった。だってテーブルに出すと、いつまでだって食べている食欲魔人達が朝までにお皿を舐めたように綺麗にしてくれるに違いないからだ。
そもそも、こんな真夜中にお茶会をしているのは彼らの要求と、アデラにまともなお茶を淹れさせようとする一派の思惑が重なってしまったからである。夜を徹して新年を祝う人々は確かに多いのだけれど。
「お茶もヨイが、スープも冷めナイうちニ飲むアルね。私がコノ国で作ル、最後のスープかモ知れないアルよ」
そろそろ帰国する予定があると口にした群雷がジョリオと華国の話などしている間に、『これが最後』の台詞に釣られたミーちゃんとマーちゃんがまた取り合いをはじめ、戻ってきたミルに仲裁されている。ミルには『明日のご飯を準備しませんよ』という必殺技があるので、ものすごくしぶしぶとだが食欲魔人達も一応言うことを聞くのだ。
ついでに、こんなことを訊いたりもする。
「お茶会、次はいつかな。おいら絶対に参加するよ」
だから自分が暇なときにやってくれと、マーちゃんが付け足せば、ミーちゃんも負けてはいない。
「ミーちゃんも参加するのら〜。今度はマーちゃんと、何か買ってくるらよ〜」
そしてその何倍も食べるのかと、彼ら以外の全員が思ったが、材料を買ってこようと思うだけでもマーちゃんより殊勝な心掛けである。引き合いに出されたマーちゃんは、なんで差し入れが必要なのかと訝しむこともなく、また食べていた。
他の人の分を死守したミルが、やれやれと言いたげにしていたが、口にしたのは別のことだ。彼女もやはり、アデラが結婚したらお茶会をやめてしまうのかどうか気にしているらしい。ミルは姪っ子達とも馴染んでいるので、おいしいものを食べさせてあげたい相手がこの家にはたくさんいるのだ。お茶会ともなれば、さらに腕が振るえるわけで。
姪っ子にもご馳走すると言われて、アデラが喜ばないはずはなく。
「この間シュバルツ城に行って、冒険者の皆さんってお忙しいんだと分かりましたのよ。だからお茶会で時間を取ったら申し訳ないかなと思ったんですけれど」
「まあ。それでもこんなに常連の方が集まられるのだから、皆さんのご縁を結ぶためにも続けていったら良いのに。私もまたお邪魔したいわ」
サトリィンにまで押されて、ジョリオは深々と嘆息した。群雷はほっほと髭をしごいて笑いながら、ミルにこそっと華国の味付けの腸詰を作ったことを報告している。今回捌いた豚肉もあるし、その気になればお茶会は来週にでも開けそうな勢いである。
「じゃあ、今度からはギルドにお願いしないで、直接お声を掛ければいいのかしら?」
「そんなことをしなくても、勝手に寄ると思うが‥‥」
アデラが思案顔になったところに、ジョリオが口を挟み、サテラがその肩をぽんと叩いた。
「わかった。勝手に寄らせてもらう」
さすがに群雷は帰国の準備があるので寄らないだろうが、今度は料理のことでミルと会話が弾んで、華国料理の作り方を伝授している。代わりにミルもこちらの料理をせっせと説明し、知識の交換だ。
そうしてリュヴィアも、サラも、まるで自分の家であるかのようにくつろぎ始め、マーちゃんとミーちゃんは相変わらず食べ続け、サトリィンは汚れた皿をアデラと一緒に片付けている。
「アデラ様の苦手な家事は、いつでも教えに参りますわ。ええ、何回でも、何十回でも」
「これで来年のマフラーは、きっとまともなのになるぞ」
良かったなとサテラに言われて、アデラは無邪気に頷き、ジョリオはぐったりとした。
今年も、アデラのお茶会は、賑やかに繰り広げられるようである。