【ジューンブライド】花嫁衣裳が破れた
|
■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:06月18日〜06月25日
リプレイ公開日:2006年06月27日
|
●オープニング
その時、衣装は確かに、
べリッ
といった。
パリの街には様々な職種の人が住んでいるが、その中に仕立て屋も相当数いるのは間違いない。この仕立て屋の中に、あるエルフの女性がいた。各種の礼服専門の、腕もよければ、値段も良い、顧客は貴族とお金持ちの仕立て屋だ。服のデザインもやっている。
この女性の下には十数人のお針子がいて、日夜注文に応じた素晴らしい衣装を作っているのだが‥‥
「べりって裂けたの。こともあろうに花嫁衣裳が」
「幸先悪いねぇ」
そのお針子の一人が冒険者ギルドにやってきて、まるで怪談話でも語るように聞かせてくれたところによれば。
要するに、花嫁が僅かの間に太ってしまったのである。
もともとふくよかな女性はではあったようだが、寸法を測って、仕立て屋の先生とお針子達が生地を裁ち、仮縫いをして花嫁宅で試着してもらったところ、
「べりっといったわけかぁ」
「そう。べりっと」
この後、花嫁とその母は仕立てが悪いと騒ぎ、先生は死んでもそれだけは言わせるかと『太った』を意味する以外の言葉を尽くして『太ったからだ』と主張する離れ技をやってのけたが、決着はつかなかった。流石に花嫁の父は娘の変化を理解していたようで、礼金を弾んで現在の寸法に合わせたもう一着を頼んできたのだが、事はそんなに簡単ではない。
他の仕事もあるし、衣装が駄目になった理由が理由だけに先生もお針子も気力が萎えて、今のままでは期日に間に合わないのだ。それは幾らなんでも信用に関わる。
「それで、どうして冒険者ギルドへ? 口入屋はあっち」
「よっぽど腕がいい人が来るなら別だけど、そうそういないと思うからお針子募集じゃないの。やる気が出る人を呼んでね」
「‥‥やる気が出る人?」
「先生が真剣に仕事するぞーって気になって、出来れば寝ないでもいいような魔法を知ってて、ついでにおうちの中のことを全部やってくれると嬉しいな。お給金は出来高払いですー」
取ってつけたように給与のことを述べたお針子の少女は、斡旋の手数料だけ置いて帰っていった。足取りが踊るようなのは、単純に疲れているからだ。口振りが妙にふわふわしていたのも、きっと寝不足‥‥
「六月だからねぇ。要するに家事が得意な人とかだよなぁ」
仕事のやる気が出て、寝ないでも働けるようにしてくれて、更には本人もあらゆるお仕事をこなしてくれる冒険者。受付係は、冒険者ではないがそういう人を一人知っていた。
「手元がお留守のようだけれど?」
「すいません、働きます、はい」
多忙を極めるはずなのに、何故かあちこちに出没し、溜まっている仕事に的確な指示をおいて、さぼっていようものなら馬車馬のように働かねばと思うような一言を浴びせていく。受付係はそういう人の元で働いていた。
しかし、冒険者ギルドもギルドマスターを依頼に向かわせるわけにもいかず、冒険者から適任者を募るのだった。
●リプレイ本文
どういう意味かはさておいても、パリでも著名な冒険者のはずのノリア・カサンドラ(ea1558)も荒巻美影(ea1747)もサラフィル・ローズィット(ea3776)もサトリィン・オーナス(ea7814)も、その惨状には目を疑った。
「こりゃあ、予想以上だね」
多少のことでは動じなさそうなアンジェット・デリカ(ea1763)も、流石に呆れている。そのくらいに、仕立て屋一同の生活ぶりはとてつもなかった。女性だけが暮らしていて、しかも人も羨む美しいものを作っているとは思えない、くしゃくしゃの散らかし放題のごっちゃごちゃだったのだ。
「確かにこりゃ、手強いや」
「腕がなりますわね」
ノリアと美影が『相手にとって不足なし』と気合を入れている横で、サラはあまりの惨状を嘆いていた。同じ白クレリックのサトリィンと、二人で思わず聖母に祈ったりしている。まあ、それもほんのしばらくのことだったが。
「お台所が使えるか見てくるわ」
「この状況からの脱出が、何より大切ですわね」
サトリィンとサラも気合をいれ、デリ母さんも含めた五人はまず、生活環境の改善に取り組み始めた。
その間、花嫁衣裳を身に付けるお嬢さんにも、それなりに目配りしたほうが良いだろうと考えたリョウ・アスカ(ea6561)とセレスト・グラン・クリュ(eb3537)と天津風美沙樹(eb5363)は、依頼人に紹介状を書いてもらおうと思ったのだが。
「この破れた衣装、割と細身に作ってあるみたい?」
「女性の服はさっぱり分かりませんが、そう言われれば細く見えないことも」
「見た目ほど細くはないようだけれど、ふくよかな方と聞いていた割に細いかしらね」
手始めに依頼人に見せてもらった破けた花嫁衣裳は、案外と細めだった。まあ、ある意味標準的なあたりなのかもしれないが、予想より細かったことに変わりはない。
すると、依頼人殿は嘆き始めた。
「だから、私はゆとりがあったほうがいいってあれほど勧めたのにーっ!」
大爆発である。
話の時間の経過が飛び飛びで分かりにくいが、お針子達も集まってきて口々に三人と、手伝いで顔を出したサラの友人達に訴えたところではこうだった。
そもそもお嬢さんはふくよかな人だった。けれども縁談がまとまったので、一大決心をしてやせようと努力したらしい。半年ばかり努力して、以前よりは随分とお痩せになった。それはめでたい。
けれども甘いものも肉類も油を使った料理も全部断って痩せたものだから、気分的にはもうなにやら色々切羽詰っていて、採寸をしたときには反動でお菓子を随分と食べていたそうだ。だから花嫁衣裳は、少し余裕を持てるデザインにして、きつくないようにしようと提案したのに、腰回りはぴったりしたものと注文が入って‥‥結局べりっ。
「ただ太ったわけではないのね。聞いた話では、人柄は悪くない花嫁で、お相手もそこに惚れ込んだらしいけれど。花婿もぽっちゃりした人みたいね」
詳しいなとリョウと美沙樹が感心しているが、セレストは弟と友人を走り回らせた結果だとは言わなかった。大事なのは、何がどうしてこういう事態になったかの、正確な情報である。そこだけ指摘された美沙樹が、なるほどと感心していた。
ところで。
「この酒、かなり強くありませんか?」
気晴らしにと持ち込まれた酒を口にしていた依頼人とお針子一同が妙に興奮していたのは、どうも途中からは酔っ払っていたためらしい。リョウが大量の果実酒に気付いた時には、酔いつぶれた女性達が倒れ伏す光景が展開されかけていた。
気付いた時には、もう手遅れの典型である。
「紹介状、まだよね」
「こりゃ駄目だわ」
気分転換と休養を兼ねて寝かせたと思えばと考えを切り替えた三人だが、紹介状が貰えないのでは出掛けることも出来ず、間に合わせで全員に毛布をかけて回った。なぜなら。
「ベッドはあるけど、ちょっとまだ掃除してるし、敷布も変えないとね」
寝室掃除担当のデリ母さんが、こうおっしゃったからである。ちなみに工房はサラとサトリィン、台所は美影、庭はノリアが徹底的に綺麗にしようと全力を尽くしているところだった。手分けしている分、各所で人手が足りないので、三人も加わる。酒を飲ませた輩は力仕事割り振り。
そんなこんなで、まずは一番に整えた寝室と、それだけでは足りないので食堂に使っている部屋の長椅子にも潰れた女性達を寝かせて、工房の細かい品の振り分けは仕立て屋稼業に詳しいサラとデリ母さんが、台所は美影とノリアが、敷布の汚れを取ったり干したりはサトリィンとセレストが担当した。買い物の荷物運びはリョウと美沙樹である。
ちなみに、リョウは買出しを切望していたのだが、理由が。
「今日はいいけれど、良く見たら男は俺一人じゃないですか‥‥」
ただでさえ六月は一人身には厳しいのにと、ものすごく切ないような気分に浸ったリョウを、こちらの習慣にはそれほど詳しくなさそうな美沙樹が不思議そうな顔で眺めていた。
この日の夕飯の、『種族、年齢様々の女性二十人ほどに囲まれる食卓』の料理の味を、リョウがどう感じたかは分からない。ちなみにまだ半分眠っていそうな依頼人達には、大好評だった。食べたら、まだ酒が残っていたのか再び寝入ってしまったけれど。
「まあ、明日からはお仕事に専念していただきましょう」
大所帯のお世話が出来て機嫌がよい美影が、サラの淹れた香草茶の味を見ながら言ったことには、全員が賛成である。家事は代理で出来ても、やはり花嫁衣裳は皆に頑張ってもらわねばならないのだ。お針子として、それなりの腕の持ち主もけっこう混じっているのだが。
「あ、そうそう。花摘んどいたから、飾っとこう」
「あら、気分が和むわね」
ノリアが探し出してきた花瓶に花を生けているのを見て、サトリィンが微笑んだが‥‥同様に微笑めずに、なんとも奇妙な顔付きになっている者も幾らかはいた。
翌日。
セレストと美沙樹とリョウの三人は、紹介状を携えて、花嫁の自宅に向かった。いきなり花嫁や母親に会っても話がこじれるので、大分待つ羽目にはなったが父親と面会する。
「私はエルフのように細くなくても良いと思うのですが」
花嫁の父親は至極まっとうな人で、様々な人の手を煩わせたことをしきりと詫びている。貴族には珍しく、非常に腰が低かった。神聖騎士のセレストに対する礼儀もあろうし、もしかするとリョウの評判でも聞き及んでいたかもしれない。
ただ、花嫁に会わせてほしいとの三人の要望には、いささか難しい顔をした。理由は、リョウがいるからだ。結婚間近の娘のところに、男性冒険者の出入りがあるのは、確かに外聞がよろしくないかもしれない。
「ご心配なく。このお二人も、あれですから」
『あれ』ってなんですか、『あれ』って。と、リョウや美沙樹が問いかける暇など当然なく、セレストが意味ありげにした目配せで父親は納得した。どう納得したのかは、美沙樹はもちろん、リョウにもわからない。ノルマンには、何か彼らの知らない『あれ』なる言葉の意味があるのだろうか。
後にセレストは、『方便よ』とさらりと口にするのだけれど。
なにはともあれ、依頼人からの厳命は『これ以上、太りもやせもしないようにしてくれ』だった。ある意味最も難しいが、結婚式前の様々な事柄の解説などと称したセレストが、美沙樹とリョウのことも何かこう煙に巻くような説明をして、花嫁にこう突きつけた。
「ご要望に沿うには、小まめに採寸をしなおして、衣装を手直しすることですわ。こちらの二人の言う通りにすれば、見目麗しい花嫁になれますよ」
リョウはファイターながらも歌は得意、美沙樹も浪人ながら武家の作法に心得はあるが、はっきり言って結婚式に役に立つとは本人達が思っていない。けれども、要するに食べるものを程々にして、少し動いてもらえばいいわけだから、そんなに難しくないだろうとは考えていた。
けれども。
「姿勢が今ひとつです」
「全体に筋力がないので、一朝一夕に直せるところとなりますと‥‥」
相手は貴族のお嬢さんである。浪人やファイターの心構えで『運動』と言われたら、ほとんど拷問に近い。階段を早足で上らせた時点で、幸いに二人もそのことに気付いたが、それではどこをどうするかが問題である。
「な、なによ。せっかくやせたのに、誰も褒めてくれないんだからーっ」
セレストも含めた三人が、『これはもしや』と思ったのは正しかった。昨日もこういう光景があったのだ。ものすごい勢いで、愚痴を聞かされた何時間かが記憶に蘇る。
そうして、その何時間かは記憶に上塗りされることになった。結婚式とは、なかなかに大変なものであるらしい。
その頃の居残り組は、これまた大変なことになっていた。
「あー、疲れた。ごめん、料理全部やらせちゃって」
「いいのよ。私、あんなに細かい縫い物はちょっと難しいもの」
腕をぐるぐる回しながら、ノリアが台所に現れたのは昼直前だった。台所はサトリィンの陣地になっていて、彼女が作った軽食が並んでいる。大半は昨日のうちに皆で下ごしらえしておいたとはいえ、一人で十五人以上の軽食作りは大変な作業だ。
しかし、なんとか修羅場を一時脱出したノリアはともかく、サラとデリ母さんと美影の三人は現在修羅場のど真ん中だった。ことの始まりはといえば、依頼人とお針子達に気合を入れなおしてもらおうと、彼女達が手伝いを買って出たこと。普通よりよほど腕のあるサトリィンが『自分はまだまだ』と言うほどの腕前がある四人が、花嫁衣裳を飾る花など作って見せたから‥‥
『あら上手ね。これは使えるわ』
と依頼人はおっしゃり、四人をこき使い始めたのである。一日仕事にならなかった分、人手を増やして乗り切ろうということらしい。おかげでサトリィンは一人で台所を切り盛りしていた。
気分転換に出て来たノリアは、自分が手を出さずとも十分な量の軽食があるのを見て、皆に休憩を言い渡そうかと台所を出たところで。
「スープが温まったら呼ぶから、頑張ってちょうだい」
「さあさ、もう一仕事ですよー」
お針子の一人に迎えに来られてしまい、工房に連行されていた。あと一息で、区切りが良いところまで出来上がるとかなんとか。
ちなみに朝からずーっと縫い針を動かしているデリ母さんと美影とサラは、細かい布地を更に縫い縮めて、小さな花に見えるような飾り作りに没頭していた。最後に真ん中に違う色の糸を縫いこんで完成させるのは、ここのお針子二人である。
実はこの衣装は、問題の花嫁の衣装ではないのだが‥‥三人とも、そんなことには気付かなかった。脇ではお針子達が、先生の指示通りに腰回りに細かくひだを寄せたスカートを作るべく、薄い布地をそうっと引っ張り続けている。
その作業が終わったら、今度は花嫁衣裳の胸元に刺繍を入れるのだが、その前にとりあえず一休みだ。
「香草茶を淹れましたわ。冷やしたものもありましてよ」
「果物を冷やしておいたからね。食べたら手を良く洗いなよ」
「朝一番で洗濯した服が、そろそろ乾いているはずですわ。着替えたら、気分も変わりましてよ」
持てる知識の総動員でサラは香草茶を淹れ、スクロールでフリーズフィールドを展開したデリ母さんは果物、飲み物、手ぬぐいまで冷やしてあり、美影は皆で洗濯した服を取り込んできて、お針子達を着替えさせている。ノリアは窓を開けて部屋の空気を入れ替え、サトリィンは山のような軽食を運んでくる。
忙しい時には、買ってきたパンと何か適当なものを食べ、綺麗な衣装を作るのに着替えもままならず、香草を浮かべた水で手や顔を洗うなんて考えたこともなかった依頼人達は非常にいい気分で仕事に取り組めていた。昨日一日を棒に振っても、休んだことが良かったようだ。
「あ、これとこれもお願いね」
あまりにいい気分でノリまくっていたので、『気合を入れなおしてもらって』と考えていた五人をものすごい勢いでこき使っている。
そうして。
「このお野菜は、ジャパンでは見たことがありませんね」
「そう? セレストさんがおなかにいいって言ってたわ。半分あげる」
どうも花嫁の『憧れの体型』だったらしい美沙樹は、毎日延々と『結婚前の不安』とやらを語られながら、食べ物をあれこれ調整してやっている。そもそも野菜嫌いの花嫁は何かにつけ『半分あげる』と言うので、最初から大量に盛り付けられているのは内緒なのだ。
「はい、頑張って歩いてください。今日は天気がいいので、風も気持ちよいですよ」
更に、気晴らしにリョウが故郷の歌など聞かせてあげるのだが、眺めがいいほうが良いからと屋敷の屋根裏部屋を綺麗に整えてもらい、そこまで歩かせている。もちろんその前後のどちらかには、庭でのお茶が入る。階段を上り下りする程度で息を切らせるお嬢さんなので、あまり運動もさせられなかった。
この間セレストは母親とみっちり話し合い、輿入れした先で恥をかかないようにと、今回の件での態度を叱っていた。
衣装作成補助転じて、すっかり手伝いに組み込まれた五人は。
「そうそう、街では国王陛下の結婚話も聞きましたわね」
美影は様々な話題を提供しつつ、手は休めないでいる。針仕事のみならず、家事全般がこの調子なので、お針子達が感心することしきりだ。
デリ母さんも同様だが、こちらは誰が見ても『母さん』なので、料理の当番の時には妙に食べたいものを注文された。そのほとんどを作れるのだから、たいしたものである。
「そりゃまあ、この歳だからね。作れて当然だろう?」
「いえ、料理も専門の方のようですわ。私もこのくらい出来たらよいのですけれど」
玄人はだしのデリ母さんの腕前に賞賛を惜しまないサラも、裁縫の腕は御針子達に勝るとも劣らずだ。香草茶を入れる腕前は誰より素晴らしく、休憩時間は彼女のお茶がないと始まらない。ついでに、寝る時間を惜しんで働く時も‥‥
サトリィンは裁縫に皆が集中できるようにと、細々した事柄を一手に引き受けている。合間に、裁縫も習っていたりするが。
ノリアは時々、庭で花を摘んでくるが、単に体を目いっぱい動かしたいだけかもしれない。
そうして、期日に一日残して、花嫁衣裳は今後こそ完成したのである。
「あらまあ、こんなにいい布地を使ってもらって‥‥うらやましいわ」
自分の時は、ものすごく質素だったのだと苦笑したセレストの言葉がどう聞こえたのか、ちょっとだけぽっちゃりめの花嫁は、出来上がった衣装をわざわざ受け取りに来て言った。
「あのう、結婚しても、また衣装をお願いできる?」
「それはもちろんですわ。今度はご主人様もご一緒にごひいきくださいませ」
手間を掛けて悪かった、ありがとうの後の言葉に、依頼人がちゃっかり返して、忍び笑いが漏れたが、それは明るい笑いだった。