片付けられないエルフたち
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 72 C
参加人数:7人
サポート参加人数:7人
冒険期間:07月10日〜07月17日
リプレイ公開日:2006年07月18日
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●オープニング
それはたぶんモンスター退治依頼のはずだった。
なにしろ、貯蔵庫代わりに使用していた洞窟の中に入ったら、いきなり靴が溶けたというのだ。洞窟は一部木材で補強してあるが、基本的に粘土質の固い土がむき出し。中が案外乾燥しているので、食料や日常的には使わない道具類を収めてあるという。
そんなところで靴が溶けたのだから、何か異常があったと考えても良さそうなものだが‥‥
「だから、私があんなに片付けましょうって言っていたのに!」
依頼人の妻は、ずーっとこの調子で怒っている。途中から感情が高ぶって人目もはばからずに泣き出したが、綺麗に畳まれていたハンカチを取り出して涙を拭い、また綺麗に畳んでいる。
相当几帳面な性格なのだろう。肩にかけたスカーフも、しわ一つまで計算して整えたような羽織り方だ。
この妻の主張は、『貯蔵庫の中の片付けていないものが、色々混ざり合って変な液体を作り出したに違いない!』だった。そんな変な液体が出来るより、モンスターのほうがまだありそうな話だが聞く耳はなさそうだ。
よって、受付係は依頼をこうまとめる。
「その貯蔵庫に入って、靴が溶けた原因を探し出して、今後邪魔にならないように処分する。以上でよろしいでしょうか?」
「あと、片付けもお願いします。この人に聞いたら、物心ついた頃から一度も片付けたことがないっていうんですよ。信じられません!」
受付係の前で照れ笑いした依頼人と、怒り狂っているその妻はエルフだった。若いといえば若いが、それでも八十歳にはなっているだろう。そのエルフが物心つく前からだから‥‥何年?
怖いかもしれないと思いつつ、受付係が聞き出したところでは、貯蔵庫は本当は相当深い洞窟だったらしい。けれども一族郎党ほとんどが『片付けられないエルフ』の依頼人宅では、使わないものを適当に入れては忘れ、入れては忘れしていた。
その間も幸いなことに家が栄えて人を雇う余裕が出来、現在は入口付近だけはきちんと整理され、活用もされていたのだが、奥のほうを片付けようとしたら靴が溶けたのだ。
「別に困ったことはないんだから、掃除しなくても平気だよ。原因だけ探してもらおうよ」
手持ち無沙汰に上着の隠しを探っていて、出て来た葉っぱをどこに置こうか考えた挙げ句に床に捨てた依頼人は、妻をなだめようとして失敗した。
「この機会に掃除しなかったら、私が生きている間には出来ません!」
あまりの迫力に、依頼人は黙り込んだ。別の隠しを探って、今度は糸くずの塊を取り出し‥‥扱いに困ってまた床に捨てた。その様子を妻に見付かって、また怒られている。
「原因探しと掃除が出来る人ですね。怪しい液体かもしれないので、それなりに経験がある人、と」
「あと、荷物の少ない方にしてくださいませ。最近、私、散らかっているのを見ると‥‥こう、胸が締め付けられるような気分になりますのよ」
このままでは、夫の悪癖で心身が弱って死んでしまうかも‥‥
ものすごい迫力とは裏腹に気の弱いことを言って、でも夫を怒りながら帰っていった依頼人の妻は、『荷物が無駄に多かったら焼いちゃうかも』と怖いことを呟いていた。
「洞窟に入って、ぶにゅっとした感触の後に靴が溶けた‥‥モンスターだと思うけど、難題は片付けのほうか?」
一番の難題は、何の役にも立たないだろう依頼人と、苛立ちのあまりに本当に荷物に火をつけてくれそうな妻のような気がする受付係だった。
でも、自分が出向くわけではないから、いたって気楽に人を集め始める。
●リプレイ本文
物置代わりの洞窟に、おそらく百年以上にわたり何かしら溜め込んだエルフの一族とやらは、五所川原雷光(ea2868)とマート・セレスティア(ea3852)が知っている人々だった。
「相変わらず片付けられないんだねー」
「その後、皆様は息災でござろうか?」
これまで二度ほど、親戚がどうしたこうしたと家や物置の片付けを依頼してきたエルフの一族の一人が、依頼人だったのである。妻は、『以前にもこんなことを頼んでいたなんて』と、知ってしまった衝撃の事実に打ちひしがれていた。依頼人は、そんな妻を心配しつつも、恥ずかしいとは全然思っていなかったが。
その様子に、クリミナ・ロッソ(ea1999)が額を押さえ、アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)がこめかみをかいた。二人がつれてきた合計四人の応援も、それぞれの立場と性格に応じた表情で呆れている。
そうして、あまり事情に詳しくもないロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)とシャルク・ネネルザード(ea5384)も、問題の物置洞窟を見て、他の人々とたいして変わらない感想を抱いたが‥‥この二人はかなり前向きだった。
「お掃除、早速始めましょう!」
「そうですよ。あやしいものを見つけるのも、おそうじしてからです!」
依頼人妻の、もうあなた達だけが頼りという態度の真ん前で、マーちゃんが荷物から取り出したのは保存食用に加工された果物だった。よく見たら、彼の荷物はなんだかとっても大きい。依頼人妻の視線が厳しくなったので、クリミナが作業手順を説明して気を逸らす。なにはなくとも、荷物を運び出したら、依頼人と妻の二人で選別して、不要なものの処分方法を決めなくてはいけないのだ。手伝いがいるうちに、速やかに作業を開始しなくてはならなかった。
「モンスターの可能性もありますから、中に入るのはわたくし達にお任せくださいね」
しおらしく頷いている依頼人と妻から見えないところでは。
「ちゃんと働くんやで? 食うてばかりはあかんよ?」
アルンチムグがマーちゃんに言い聞かせているが、食べ物を取り上げはしなかった。ここまでの徒歩三時間、今回は色々な方法で急ぎに急いで短縮した移動の間、マーちゃんがものを食べているほうがまともに動くと全員が思い知ったからである。取り上げると、返せ戻せの騒ぎで大変だったのだ。
ついでに五所川原は覚えていた。
「真面目に働くでござるぞ?」
依頼人は外においておくとして、仲間に散らかし魔候補がいるということをだ。
そんなマーちゃんが、保存食を百食分も持ってきたのを知ったら、誰かが荷物を火をつけたかもしれない。今のところ、依頼人妻にはばれていないが‥‥
散らかし魔は、散らかっているほうが安心するらしい。
そうは言っても、手前はともかく、奥は何年来誰も触れていない謎の空間だ。もはやそこにしまわれているものがなくても生活できるのは立証されているが、万が一にもかけがえのない思い出の品が入っていたら困る。そんな理由で、依頼人妻は火をつけるのを我慢していた。
そんな場所から、種族と年齢が様々な冒険者十人で次々と運び出したものは、たいていがガラクタのようだった。壊れた椅子や机、かしいだ棚、穴の空いた箱、虫食いだらけの毛布などだ。時々封をした箱が出てきたりするので、それは別の場所に積む。
全員が、『靴が溶けたのはジェル系のモンスターの仕業』と考えたため、マーちゃんが運び出しの合間を縫ってうろうろしながら、洞窟内の警戒を行っていた。傍から見ると仕事をサボっているようにしか見えなくても、この中では一番目鼻が利くのだ。索敵には適任。
反対にシャルクや五所川原、アルンチムグは力仕事に邁進しており、応援の手も得て、次々と荷物を外に出していく。おかげで途中から、クリミナとロミルフォウは運び出された荷物の分別を始めていた。家具とその残骸、布製品とその残骸、中身不明の箱、おおまかにこの三点に分けたのだ。何人かが考えていたような、価値のありそうなものは一見して、ない。期待が持てるとしたら、箱の中だ。
と、ここで事件が起きた。ただし洞窟の外だ。
そんな気はしていたと、五所川原。全部捨てさせたらええと、アルンチムグ。楽しい騒ぎかと、マーちゃん。大きな声にすわ事件かと、シャルク。
ロミルフォウとクリミナは、『さっさと火をつけよう』と視線で語っている手伝いの人々に、頷きかけていた。
「何でもかんでも捨てないでって、どこにしまっておくつもりなのーっ!」
「駄目かな?」
依頼人夫婦が、どれを捨てるかで喧嘩を始めたのだ。全部捨てたい妻、取っておきたい夫。話がまとまるはずはない。
妥協案として、クリミナが『絶対捨てられないもの、ちょっと考えるもの、いらないもの』と地面に線引きをして、依頼人と妻に相談をさせることにした。『ちょっと考える』の場所がたくさんなのは、誰の目にも理由共々明らかだ。
皆が荷物を出す。依頼人夫婦が『ちょっと考える』の場所に積む。一日目はこの繰り返しで終わった。終わってしまった。
依頼人夫婦は基本的に人がいいようだが、こんな騒ぎなので皆を泊めてくれる場所はあっても、食事の支度には気が回らなかった。パリの街まで戻って通ってもいいわけだが、状況的には往復する時間が惜しい。
そんなわけで、手伝いに来てくれた四人は帰ったが、残りは手持ちの食料があるので泊まっていこうとなった二日目の朝。
「こんなのを見られたら、なにを言われるか分かりませんからね」
「まったくです。よくこれだけ持ってきたものだと感心しますよ」
ロミルフォウとクリミナが、皆から集めた保存食にマーちゃんから取り上げた分を加えて、昨日からあれこれと料理をしてくれていた。昨日は手伝い四人に依頼人夫婦、様子を見に来た使用人の分まで作ってしまったが、マーちゃんの百食保存食はそれほど減っていない。アルンチムグが残念がったことに酒の用意はなかったが、日頃食堂店員もしているロミルフォウの腕前は確かで、食生活には誰も文句がない。保存食を大量に取られたマーちゃんすら、嬉しそうに食べまくっていたのだからたいしたものである。
まあ、食事のマナーは出身も色々なので、白クレリックのクリミナもナイトのアルンチムグも僧兵の五所川原もうるさくは言わなかったが‥‥エジプト生まれのシャルクが時々手を使うのはともかく、マーちゃんの手づかみはいただけないと思っていたようだ。
それはさておいて、お仕事開始。
まだ荷物は半分くらいを運び出したところと思われたが、依頼人達が靴が溶けたと証言するあたりに辿り着いたので、一同はいささか作業をゆっくりにして、いざという時に備えていた。武器は最初から小型のものにしたり、何が相手でも間違いなく効果があるように魔法の武器を選んだり、盾を準備したりしてある。いつでもなんでもどんと来なさいなのだが、予想はクレイジェル。
問題は、索敵担当が今も何か手にして口をもぐもぐさせているマーちゃんであること。
しかし。
「むーっ、むぐ、むぎゅっ!」
口の中に食べ物をいっぱいに詰め込んでも、マーちゃんの目は確かだったらしい。手足をばたばたさせつつ、近くにいたアルンチムグに少し先の地面を指している。見れば、置いてある謎の木箱がなにやら溶けかかっていた。
更に、素早く駆けつけたシャルクが示されたのは、木箱から少し離れた場所の壁面だった。言われてよく見れば、なんとなくもぞもぞ蠢いている。多分。
お後よろしくと、周囲をくまなく見渡したマーちゃんが入口に向かうのと反対に、五所川原とロミルフォウがやってきた。とはいえ四人並ぶほどの場所の余裕はないから、片方をもっと手前に引き出して、二手に分かれて片付けるか、手前から片付け始め、途中で人が入れ替わるかだ。
クリミナが万が一にも明かりを倒して火傷でもしたらいけないと、ホーリーライトを灯してくれた。これでクレイジェルから目を離さなければ、見失うこともないので、倒すのは難しくない。
ところが。
「あー、ネズミさまっ」
何だそれはと、シャルク以外の全員が思った叫びは、彼女の出身地全体か家族どちらかの習慣に根ざすものだ。ネズミは大事にする。いささか不思議な話だが、そんな彼女がネズミの骨など見付けてしまった場合‥‥
「こら、なにするんやっ。一人で飛び出すんやない」
アルンチムグが怒鳴っても間に合わず、シャルクはわざわざ奥の壁にいるクレイジェルにまっしぐらだ。持っている斧を振り回して、ざくざく斬りつけている。彼女や五所川原の経験によれば、クレイジェルは酸を発するはずだから、幾らマジックアイテムでも斧は研ぎ直しが必要だろう。
仕方がないので、クリミナにグッドラックを施してもらった後に、ロミルフォウへオーラパワーを付与したアルンチムグが、手前のクレイジェルを飛び越えてシャルクの応援に向かう。手前のクレイジェルがアルンチムグを追ったら挟み撃ちだが、シャルク一人が挟まれるよりはまし。
そうして、忙しくシャルクにもオーラパワーを付与してやって、アルンチムグが自分もクレイジェルを叩きのめそうかと思った時には、壁に張り付いていたはずのそれは足元でぐずぐずのでろりんな姿に変わり果てていた。
じゃあと、背後を振り返れば‥‥五所川原が張ったホーリーフィールド内と思われる場所から、ロミルフォウがこれまたざくざくとクレイジェルを切り裂いているところだった。一応加勢するが、不意打ちを喰らって慌てているわけでもないから、切りかかり放題。一番怖いのは、ネズミ様の恨みでアルンチムグの背後からでも斧の一撃を寄越したシャルクだったかもしれない。
結果。二つ目のクレイジェルもぐすぐずのでろりん。
飛び散った酸で負った火傷のような怪我は、たいしたことがなくてよかったと喜ぶクリミナが治してくれて、あとは他にも潜んでいないかの確認だが。
「あ、終わった?」
お昼ご飯後の軽いつまみ食いの後の、おやつの時間の前の甘いもの味見をしていたマーちゃんが、洞窟から出て来た彼らをあっけらかんと迎えてくれたのだった。
「まだ、ねずみさまのおそうしきがっ」
こんなことを言うシャルクもいたりして、他の四名は何とはなしに疲れてしまっている。とりあえず休憩して、その間にシャルクにはネズミ様のお葬式をしてもらい、マーちゃんには『夕飯を食べたかったら』と奥の手で再度の索敵を了解させた。
「依頼人や仲間のほうが、ジェルより疲れるのはどうしたことでござろうか」
五所川原の、彼も日頃なら口にしないだろう呟きに、クリミナが力強く頷いているのも、これまた珍しいことに違いない。アルンチムグは依頼人の妻が差し入れてくれたワインを飲み、ロミルフォウは運び出された中で一番綺麗な棚を磨いて、心を落ち着かせていた。
幸いにしてかどうか、クレイジェルはこれ以降見付からず‥‥洞窟の中にはまだまだ多数の謎の品物が詰まっていた。
洞窟の中がすっかり空になったのは、とうとう四日もかけてからだった。更に運び出したものを『いる』『いらない』『考える』に分別させ、中身が分からないものは用心しいしい確認する。
そうして分かったことは。
「ほとんどゴミじゃありませんかっ。人様に頼んでこんなものしか出てこないなんて、あなたは一体何を考えていたのー!」
依頼人の妻、大絶叫。
そう。洞窟の中には、クリミナが期待したような歴史的な価値のあるものも美術品もなく、出てきた中で一応使えそうなのは家具が何点かだけ。しかも一族には家具職人が複数いるらしく、当座必要とされることはないそうだ。家具職人だからだろうか、やたらと木材が多いこと。中途半端に切ったり、削ったり、模様が刻まれたりしたものだけで一山を為している。
すでに端のほうは、ロミルフォウが食事の支度をする際の薪になっていた。五所川原とアルンチムグが、焚付け用に切るのを手伝っている。最初はシャルクも仲間だったのだが、途中から掘り出した木切れの模様を眺めて感心しているので、とりあえずほっとかれていた。マーちゃんは、また何か食べている。
やがて。
「それで、どれを取っておかれるつもりかな?」
忍耐力の塊だろう五所川原が、一同を代表して依頼人に問いかけた。妻はもう声が枯れてしまって、さめざめと泣いていたりする。クリミナが傍らで慰めているが、しばらく泣き止みそうもなかった。
全員が『使える家具以外はいらない』と思っている中、依頼人は予想通りにこうほざいた。
「そのうち、使うかもしれないから、取っておこうかな」
妻がまた号泣している。皆の同情の視線が一気に集まって‥‥ロミルフォウが宣言した。
「そんなことを言っているものは、まず使いません。今までなくてもどうにかなったんですから、絶対に必要になる日は来ないのですよ。それくらいなら、全部売り払って、出来たお金で必要な時に必要なもの買ってください。さ、お願いします!」
お願いされたのは、シャルクとアルンチムグと五所川原である。三人が『いらない』と『考える』に分類されたもののうち、木材は全部薪にするべく、自前ないし借り物の斧を振るいだした。依頼人宅で使う分は取っておき、それ以外は売ればちょっと位はお金になるだろう。家具も依頼人の家では必要ないので、売り払うことにする。こちらはそれなりの金額になりそうだ。
なんと言っても、全部ぶった切るのは気持ちが清々する。
依頼の最終日。何もかも売り払い、または料理の焚き付けにしてしてしまって、すっきりとした奥行き二十メートルばかりもある洞窟の前で、五所川原は依頼人に片付けの大事さを説いていた。とはいえ、八十年から培った性格がすぐに直るとも考えにくく、洞窟の内部では女性陣が棚を作って、しまうものを分類する計画など相談していた。依頼人の妻は二度とこんな騒ぎはごめんだと思ったようで、早速大工の手配をするつもりらしい。職人が多いので、大きな物置はないと困るのだそうだ。
ただ。
「ねえねえ、他にもこういうところがあるんじゃないの? 親戚のところとかさ」
マーちゃんが無邪気に尋ねてしまったときに、妻の顔色が確かに変わったのを、五所川原以外の人々は見てしまった。
そして五所川原は、まったく反省のない依頼人が、似たようなことを口にしたのを聞いてしまった。
「また、依頼があるのかもしれません‥‥」
誰がこう呟いたのかは、よく分からない。