過去の鎖が途切れる時
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:7〜13lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 8 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月17日〜08月01日
リプレイ公開日:2006年07月26日
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●オープニング
その日、パリの冒険者ギルドにやってきたのは身なりの良い男だった。洒落者と言うよりは、育ちが良い感じだ。立ち居振る舞いも、見るからに上品である。
受付係は当初それを不思議に思ったが、北方系の顔立ちを見て取って、客人の生まれを予測した。物珍しげに受付まで来た客人は、口を開くと確かに北のほうの発音で話す。
ただ。
「後ろの二人は、お連れさんで?」
「一応ね。悪いが着替えに女手を貸してもらえないか。うちの船では男ばかりで世話が出来ないくてね」
身なりがよくて上品な感じの五十歳前後のハーフエルフの男が連れていたのは、十歳程度の双子のハーフエルフの女の子だった。この女の子達、顔立ちはいいのだが、おどおどした感じで、連れている男と比べようもないぼろを着ている。顔や手足は綺麗なので、どこかで物乞いをしていたとかではないようだが‥‥
男が手間賃代わりに果物の入った籠を出したので、受付係は同僚の女性陣に女の子達の着替えを頼んでやった。あの程度の年頃なら自分で着替えも出来そうだが、男が用意した服を渡しても、何をどうするのか分からなかったようだ。
「ところで、ご用件はそれだけ‥‥とは、思えませんが」
「国元の冒険者ギルドとは懇意にしているが、こちらも依頼人の出身は問わないだろう?」
「依頼内容が犯罪であったり、その際の申し立てに明らかな偽りがあるのでなければ、出身も何も問いませんよ。そのあたりはお国と同じですが‥‥ロシアのどちらで?」
「キエフ」
言葉で分かるものかねと、男は笑っているが、そればかりではない。ハーフエルフで冒険者でもないのに身なりがよく、ここまで堂々とした立ち居振る舞いを身につけ、いかにも教養がありそうで顔立ちと言葉が北方となれば、ロシア出身以外は考えにくいからだ。
ロシア王国は割と最近ジーザス教の黒を進行し始めたと聞いているが、国王がハーフエルフで貴族階級のほとんどが同じとの情報のほうが受付係は記憶に残っている。どういう教育で、狂化を抑えているのかと不思議に思ったこともあるが、まあ他国のことなので調べるまではしない。
「ご用件を伺いましょう」
「熟練の船乗り、腕が立つ護衛、子守と可能なら多少の基礎教育が出来る女性、以上を全部揃えて欲しい。あと、キエフまでの片道しか必要ないから、帰路は自腹で納得してくれることが条件だね」
ハーフエルフの客人、イヴァンは、ロシア王国の貴族のいずれかの内々の使者としてパリを訪ねてきたらしい。もう一週間もしないうちにパリを発って、キエフへの船旅に入るのだが、今朝方先程の双子を拾ったそうだ。近くに老婆の死体付き。しかもどう見ても他殺体。
その死体の側で、呆然とした顔付きで座り込んでいた二人がハーフエルフだったので情け心を起こして拾ってみたと最初は言っていたイヴァンだが、受付係の遠まわしな追及にさらりと白状した。
「あの年寄りは人間だったが、私が訪ねた家の使用人でね。あの双子の父親の世話係だったらしい。こちらの人間らしく我々は嫌っていたようだが、若死にした可愛い坊ちゃんの子供を見殺しにするのは忍びなかったそうだ」
どこかの人間の金持ちの家で、息子の一人が酔った弾みでエルフの女性を手を付ける騒ぎを起こした。月が満ちて双子が生まれ、誰も自分の手を汚す決心がつかないままに幽閉しておいたのだが、遺産相続の話が持ち上がって『始末しよう』とその家の誰かが決心したようだ。
それで老婆はロシア王国からの客人に、同族のよしみで連れて行ってはもらえないかと泣きついた。今朝方は、その双子を引き取るための待ち合わせの時間で。
「つまり、その追っ手が掛かるかもしれないから、逃げ切るのに熟練の船乗りと、いざという時に護衛、あの女の子達の世話を自分でおやりになるつもりがないので子守が必要と」
「子供の世話はしたことがないからね。実際に追ってくるのか分からないが、いずれにせよ船の護衛は集める必要もあったから、手間ではないよ」
今度は礼金用にけっこうな大金を取り出して、イヴァンは依頼書を書きつけている受付係の手元を覗き込んだ。礼金の相場を確認して、なにやら納得している。富裕な商人の家の生まれなのかもしれない。
依頼書の内容を確かめ、金銭の受け渡しが行われて、受付係は貰ったものをしっかりと会計係に渡してから‥‥最後の一点を突っ込んだ。ロシア出身のハーフエルフだからと、すべてのハーフエルフに情けをかける相手かどうかで、冒険者からの問い合わせにも答える言葉が違うからだ。
すると、イヴァンは。
「私もちゃんと礼金を貰ったし、一年前に姪に当たる双子が病死していて、祖母が気落ちのあまりに臥せっている。あの二人を連れて行けば、少しは元気になるだろうし、私の財産の取り分も増えると見込んでのことだよ」
「それを聞いて安心しました。同族なら全部大事と言われると、追っ手にいた場合に冒険者が危険ですから」
「ロシアでも考え方は様々だが‥‥私は他国生まれの同族は、あまり価値をおかないね。狂化を防ぐには、幼い頃からの環境は大事だよ」
つまりは双子も幼いから価値がある。そういうことだ。
善人ではないイヴァンだが、双子用に買い求めた服が古着の中では上等な部類だったのを見ていた受付係は、それ以上のことは何も聞かなかった。赤の他人の子供二人を、遠く自分の故郷まで連れて行って世話をしようと言うのだから、何を言うこともないのである。
熟練した船乗り、船上でも戦える護衛、子守と基本的な行儀が教えられる女性。
船乗りと護衛は性別問わず、子守は女性限定の依頼書が張り出されたのは、その後すぐのことだった。
●リプレイ本文
依頼人のロシアのハーフエルフ、イヴァンは、同族のアルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)を見ても、格別の感慨はないようだった。それよりは白黒の違いはあれ聖職者のイルダーナフ・ビューコック(ea3579)とヴィクトル・アルビレオ(ea6738)の二人に対して丁寧に挨拶をしている。当人は黒の信徒だそうで、ヴィクトルには特に腰が低い。神聖騎士のディアルト・ヘレス(ea2181)にも、なかなか念の入った挨拶だった。
反対に荒巻美影(ea1747)とレティア・エストニア(ea7348)には距離を置いているが、これは彼なりの配慮らしい。どちらもうら若い女性なので、あまり近付いては申し訳ないと考えているようだ。双子の世話を頼む関係上、よく話しかけては来るのだが。
「ところで、このお二人のお名前は?」
こちらも一見するとうら若い女性にも見える香椎梓(eb3243)が、案外細かいところまで気を配って、女性二人に双子の話をしているイヴァンに問いかけた。基本的な世話は美影とレティアがするとしても、名前が分からないのは何かの折に不自由だ。
この時とばかりに、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)も小声で気をつけたほうがいいことを尋ねている。武闘大会に何度も参加しているので、腕のほうは確かな‥‥見た目は双子より少しばかり大きい年頃の少年だが、目の前で殺人が行われたのを目撃した双子のことを思いやったものらしい。初めての依頼にしては気が回ると、イルダーナフとヴィクトルが感心している。
これらの問い掛けに対するイヴァンの返事は。
「名前は付けてなかったらしい」
「そこの家、サイッテーよね。そんな無責任な父親なんて」
アルヴィーゼが不穏なことを並べ立てていたが、とうに他界している相手なので実行の気遣いはない。本気で『切っちゃえ』とやりかねない雰囲気もあったが、船も出港済みでよかったことだ。
その出港前には、ディアルトと、イルダーナフとレティアそれぞれの見送りのグリュンヒルダとベインが、この船の様子を窺っている風体のよくない男達に気付いていた。これは美影が双子の気を引いている間に、皆に伝えられる。
あいにくとパリは内陸だったせいか、熟練の船乗りは集まらず、地の利がないこの船が襲撃を受ける可能性は高そうだ。同士討ちの危険がないように、冒険者一同と船員の顔合わせが行われ、配置なども話し合われた。とはいえ船上のことなので、見張りと、万一の時には誰が双子を守って離れないようにするかを決めれば、後は難しいことはない。
問題の双子は、人間なら五歳ほどに見えるはずがもう一回り小さい体で、同じ場所にじっと座っている。いささかぼんやりとした様子に胸を痛めて、冒険者達はまずは名前をと知恵を絞ることになった。
パリから出港した船がセーヌ川を下って海まで出るのは、大きさと速度によって一日半から二日程度掛かる。幸いにして、双子は船酔いにはなっていないようだ。
「スプーンはこう持って、こんな風に使うのですよ」
自分が実演して見せつつ、美影が双子に食事をさせている。冒険者達も提供した保存食などに、船に積まれていた食材を加えて彼女とレティア、イルダーナフにヴィクトルが作った食事だ。レティアとイルダーナフが野菜や香草から体に良いものを選りだし、美影とヴィクトルが食べやすいように腕を振るっている。船上で食べられる料理としては、文句なく美味しい。
双子が人を怖がる素振りがないので、イヴァンや一部の冒険者も同席した食事の席では、溜息と小さく毒づく声とが入り乱れた。軽く火であぶったパンを持たせれば、双子はそれにスープを吸わせ、パンだけ食べているのだ。見兼ねてレティアと美影が料理をスプーンで口まで運んでやったが、最初の一口を味わうまでは食べられるものだと思わなかったらしい。
これは子育てより大変かもと、後で漏らした美影とレティアには、経験者のヴィクトルが珍しくも苦笑していたが。
「あのさ、襲撃された時ってやっちゃっていいの?」
これはもう手加減利かないと言いたげに、アルヴィーゼがイヴァンに尋ねたが、返事はあっさりとしていた。
「後顧の憂いはきっちり断つべきだろう?」
「あんまり無理するなよ、若いの」
イルダーナフがたしなめているが、いかにも穏やかそうなディアルトまでが頷きつつもダガーを磨いたりしているのだから、アルヴィーゼは聞かなかった振りをしているし、香椎も明らかに鬱憤晴らしのネタを見付けたと喜んでいる。シュテルケは生真面目に怒っていた。
これで一部の者が心配したような暗殺劇でも起きれば、まずその犯人は死んだほうがましと思うような目に合わされただろうが、船員は全員がイヴァンに雇われてキエフから来た者のみ。その心配はないので‥‥
「返り討ちでしょう」
香椎の言葉に、アルヴィーゼが楽しげに同意しながら、見張りをしている光景が見られるようになった。さすがにこれはどうかと思ったのか、
「なるほど、畑仕事の心得があるのか。先程聞いたところでは、キエフは開拓が盛んだそうだから、そうした場所での仕事に引く手あまただろう」
「そうだといいけど‥‥皆すごい仕事して来た人達だから、俺が足引っ張らないようにしないと」
ディアルトはシュテルケの身の上話など聞いていた。合間にこういう襲撃が予想される仕事の警戒の仕方など教えてもらって、シュテルケは色々と覚えるべく聞き入っている。
と。
「あの人達は、魚を取ってくれる人達なんですよ」
前方で漁師の小船が二隻ほど、何か大物が掛かったとかで網を広げていた。大声で少し速度を落として、川岸に寄ってくれと頼んでくるので、船員達がどうしたものかとイヴァンと船長の指示を仰いでいる。
その間に、エルフだからか双子に後を着いて歩かれているレティアが、小型船の様子を眺めさせて説明をしていた。ユリアとリディアと呼ばれることになった双子は、何を言われているのかよく分からない風情だが、レティアも美影も他の者達も何かと声を掛けることにしている。まずは自分の名前に慣れてもらうところから、だ。
しかし。
「お嬢さん方は船室に入れ。川岸に刃物持ったお客が待ってるそうだ」
船員達も漁師にしては操船がぎこちないと指摘し、アルヴィーゼと香椎の目は金属の反射を捉えている。イルダーナフも猟師の経験があるそうで、人が潜んでいる気配は川岸の茂みから読み取ったらしい。
小船の連中は魔法を使う者、川岸は武器を振るう者と簡単に分けて、わざと言われた通りにした一同は、案外と短時間で、ものの見事に憂さ晴らしを終えていた。
「無理するほどでもなかったな」
「数だけ揃えれば何とかなろうとは、あまりにも浅はかな考えだ」
「つまんねー」
「後顧の憂いが断てればよいではありませんか」
「あのさ、汚れはここで落としたほうがよくない?」
「そうだな。いいところに気付いてくれた」
先方が金を出し惜しんだのか、こちらの実力を見誤ったのかは不明だが、集められていた有象無象は連携も何もあったものではなく、数の暴力で冒険者達を蹴散らすとはいかなかったのだ。少々負傷した者がいなかったわけではないが、イルダーナフが入れば大抵の傷は怖くない。
「女子供に聖職者じゃ、たいした戦力ではないと思ったのかな」
シュテルケが面白くなさ気な顔になったが、イヴァンが言うのも無理はない。顔を知っていればそれなりの有名人だと知っただろうが、ヴィクトルとイルダーナフはそれほどの戦力は見えない。またディアルトはわざわざ駆け出しに見えるような振る舞いを港でしていたし、シュテルケは実際に子供。レティアと美影は文句なく女性で、香椎とアルヴィーゼは一見すると女性のよう。
実力を見誤ったのだろうと、そう話がついた。
この頃、双子と女性達が避難した船室では。
「かーたまといっしょ」
「おはなのりぼん」
レティアの両脇に座ったユリアとリディアが、美影が袖丈を詰めてくれている上着の刺繍を見て、たどたどしく話していた。発音を直してやるのは、ロシア生まれのレティアである。美影も言葉には堪能だが、発音はやはり訛らないほうがよさそうだとレティアに任せていた。
「イヴァン様に託されたのは、この二人にとってはいいことなのでしょうね」
いまだ自分達が襲撃されたことも、目の前で人が殺されたこともよく理解していない様子の双子は、レティアの呟きに首を傾げるばかりだ。美影に上着を差し出されても、相変わらず自分で着ることは出来ない。手の込んだ刺繍のある上着など、着るものだと思っていない節もあった。
とはいえ、これ以降の川下りはなんら問題もなく、海原に出ると。
「おさかながね」
凪の日には、甲板で風に当たりながら、相変わらずたどたどしいが言葉は覚えてきたユリアの話を、ディアルトとヴィクトルが延々と聞いていたりする。よほどの聞き上手か、実際に子育ての経験がないとなにを言いたいのか分かる前に苛々しそうな話だが、この二人は辛抱強かった。とにかく会話で言葉を覚えさせようと、何かにつけて挨拶をするところから教えている。
「ありがーとー」
問題は、ユリアはなかなか覚えがいいのだが、二つ三つ、どんなに教えてもちっとも発音が直らない言葉があることだった。『ありがとう』など、まるで歌っているようである。しかも‥‥歌の才能はまだ開花していない。
「うちの子供も色々ありましたが、これはまた」
「自分がどうやって言葉を覚えたか、覚えていればよかったのだが」
だが、二人共に思っているのは、『自分達とこれだけ話が出来るのだから、人見知りの心配はない』と言うことだった。他人への警戒心が高じて、何か問題が出るのをイヴァンも心配していたが、それは大丈夫のようだ。
けれどもリディアのほうは、案外と好き嫌いが激しかった。幽閉されている最中はあまり構われなかっただけで、案外人恋しいところがどちらにもある。ところがリディアは、気に入った人の後ろを着け回す行動が顕著なのだ。今のところ、一番がレティアで、二番が美影、三番はどういうわけかシュテルケ。
「俺が一番小さいからじゃないかな」
シュテルケもそう言いながら、美影が料理をしているときなどは率先してリディアの世話を焼いていた。そうは言っても二人でいたら間が持たないので、美影の近くで今日の料理はなんだろうかと話をしているだけなのだが。
「二人とも肉より魚料理が好きみたいだから、ドレスタットに寄港したら新鮮な魚を買いましょうね」
美味しいものを作ってあげるからと美影に言われて、リディアと一緒にシュテルケも満面の笑みになっている。
こうも微笑ましい一角があるかと思えば、甲板の別の場所では二つばかりの人垣が出来ていて。
「あらまあ、そんなに開拓を進めていますの? わたくしの故郷も変わってしまったかもしれませんわ」
一つは双子に後追いをされる機会が減ったレティアが、船員達から故郷の話を聞いているものだった。同じロシア出身者で、里帰りを兼ねているレティアに対しては、最初からどの船員も親切だ。エルフと人間の若い男が特に‥‥というところが、ロシアならではの光景なのだろう。
しかし強風に吹き飛ばされそうな女性が、ドレスタットでは海賊相手の依頼を長期に渡ってこなしていたのだから、単純にその話を聞きたいと望む者もいる。キエフも内陸の都なので、海の話は格好の土産にもなるのだろう。
「海でと言われても‥‥わたくし、それほどの活躍をしたわけではありませんのよ」
あんまり熱心に話をねだられてレティアはいささか困惑気味だったが、リディアがシュテルケと一緒に甲板に出てきたので解放された。彼女はおおむね笑顔だが、そういうときのほうがより優しげだと見惚れている船員が何人か。
とりとめもないおしゃべりをしようが、後追いをしようが、皆で始終世話をせねばならないほど、双子に手は掛からない。本当に手取り足取り色々教えては、かえって驚かせてしまうだろうと、香椎やアルヴィーゼ、イルダーナフは少し距離を置いていた。念のための警戒もあるし、彼らはイヴァンにロシア王国の様子など尋ねてみたかった。
特に気になるのは、ハーフエルフ至上主義で他国と大きく違うところもあるだろう習慣と‥‥
「俺も一人面倒を見る機会があったが、えらく手を焼いた記憶があってな」
「治す薬があるわけじゃないからね」
アルヴィーゼも何かしら心当たりがあるのか、狂化の話になるとちょっとは神妙だ。香椎は興味津々のていで、イヴァンが何をいうか待っている。
「生まれた家にもよるが、まずは何事にも動じないように育てる。多少のことで狂化しては、自分を律することが出来ない駄目な輩と言われてしまうのでね」
育て方だけでどうにかなるものなのかと不思議がる三人に、イヴァンは苦笑いして見せた。彼の家では、相当に厳しいしつけが行われたようだ。
「娘なら、一人で出歩くこともないので、それほど厳しくもないだろう。代わりに我が家では踊りと礼儀作法、詩作を教えるのに熱心だよ」
「それはまた、随分と良いお家柄のようですが」
香椎の感想には、これといった返事はなかった。香椎も期待はしていなかったようで、次に口にしたのは、双子にとっては今までと段違いによい環境だということ。そこに来合わせたレティアは、実の家族との繋がりが断たれることを気にしたが。
「なに、忘れるのもよいことですよ」
意外にも、香椎がそう断言した。リディアと手を繋いだシュテルケは目を丸くしているが、アルヴィーゼやイルダーナフは、そんなものだと思っている。
やがて、食事の支度ができたと美影が皆に声を掛け、ユリアにしがみつかれたディアルトがやってくる。ヴィクトルは毎日の習慣で、ノルマンにいる妻子に手紙を書いているようだ。海しか見えない場所まで来て、何を毎日綴るのかと皆不思議なのだが、ユリアとリディアがたまに一緒になって文字とも図案ともつかないものを書いていた。
あの様子なら、すぐに良家のお嬢様にもなれるかも‥‥と、安堵と心配が半分ずつで、誰もが様子を見守っていた。
そうして。
「なぁんで?」
「さよならって?」
明日にはキエフに到着しようかという頃合になって、イヴァンが冒険者達とはさよならだからと双子に言い聞かせたところ、二人は何のことかという顔をして、意味が分かると火がついたように泣き出した。けれども。
「あてもないのに、また会えるとは言うなよ」
「我々に出来るのは、彼女達に大いなる父の祝福あれと祈ることだけだ」
他の誰よりも心配そうな顔をしつつ、聖職者二人はそう口にした。
確かに、イヴァンの家から港へ迎えに寄越された豪華な馬車に、乗っていけるのは彼と双子のみだった。彼らは、ただ見送るしかない。
ロシアに降り立って最初の出来事は、そんな別れだった。