セーヌの川岸を二人で歩こう

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月20日〜07月23日

リプレイ公開日:2006年07月30日

●オープニング

 その日の冒険者ギルドの奥では、受付係達がなにやら言い合っていた。
「えー、一時間くらい延ばしてくれたっていいじゃない。今度お嬢ちゃんにお菓子買ってあげるから」
「本日に限り、駄目。用事があるんだ」
「珍しい。仕事場と家の往復しかしないような男が。んじゃ、記録係で手が空いているのを連れてこようか」
「いるかしら? いなかったらどうする?」
「その恨みがましい目で睨まれても、本日はデートなので帰るよ、俺は」
 仕事のまとめをして、意気揚々と帰り支度を始めた男に、仲間達の視線は冷たかった。既婚者が誰とデートだと、地を這うような問い掛けは誰の声だったか。
「娘達が俺の実家にお泊りなんで、何年ぶりかで二人きりのデート。もちろん愛する妻と。‥‥悔しかったら、早く相手見付ければ?」
 言うと同時に、仕事場を飛び出した彼の背後から、様々な悪口雑言が追いかけたが、どうやら一つも追いつかなかったらしい。愛妻家の受付係は、素晴らしい速度で走り去った。
 後に残ったのは、思わず追いかけて怒鳴り散らした受付係の何人かと、ギルドに居合わせて件の騒ぎを目撃してしまった冒険者達だ。
「いいねえ、デートだって」
 誰かが呟いたが、それは受付係達ではなかったようだ。

 最近のパリで流行の逢引場所は、水面を渡る風が涼しいセーヌ川岸だと噂である。

●今回の参加者

 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4335 マリオーネ・カォ(29歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea5803 マグダレン・ヴィルルノワ(24歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea6536 リスター・ストーム(40歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3973 ルージュ・アコール(50歳・♀・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

利賀桐 まくる(ea5297

●リプレイ本文

●お休みの日の過ごし方
 どうして突然そう思ったかは余人には窺い知れないが、この日のルージュ・アコール(eb3973)はセーヌ川の川岸にいた。もしかすると、学者らしい研究の日々に少しだけ飽いたのかもしれない。
「世の中、うまく行かないものです」
 このうまく行かないのは研究であって、今目の前を通り過ぎて行った仲睦まじげな二人連れとは関係ないだろう。エルフのカップルを見て、彼女が『まあ、なんて羨ましい』と思うよりは、さっきまで図書館で見ていたドラゴンに関する話を集めた本の『この文章、難しくてよく分からない』と悩むほうが似合っている。
 他人のことをうらやむより、自らの研究対象にのめりこんでいくのが、学者らしい生き方と言うものだ。異論がたくさんあるとしても。
 それはさておき。
「これ、そういうものを口に入れてはいけません」
 気晴らしに散歩でもと思ったのだろうルージュは、せっかくなのでペットを連れていた。手に入れた卵から孵ったのは、トカゲのような生き物。名前はまだない。たまにつぶらな瞳で見上げてくるのが可愛い‥‥かどうかは、個人の好みだろう。
 ドラゴン研究家のルージュが、トカゲ類まで気に入っているかどうかは不明である。まあ、大抵のペットは日光浴をさせたほうがよかろうと連れてきたものらしい。そのトカゲが、落ちていた焼き物の欠片をくわえている。
「こうして見ると、案外汚れていますね」
 トカゲを置くのも危ないが、他の誰かがつまずいたり、どこかの子供が妙なものを口に入れては大変だと考えてしまったルージュは、川岸をせっせと掃除し始めた。綺麗なところは気持ちがいいと、そういう考えのようだ。
 途中、ゴミを投げ捨てた風体のよくない男を懲らしめていたのは、多分そういう正義感からで‥‥憂さ晴らしではないだろう。

●パリの休日の過ごし方
 日頃はパリから遠く離れた地で過ごしているマリオーネ・カォ(ea4335)とマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)は、様々な用事を一度に済ませるべくパリに逗留していた。友人に届け物をしたり、マグダレンの仕事に必要な品物を仕入れたり、マリオーネは久し振りにこちらの大道芸人仲間と交流を持ったりしている。そうした用事がほとんど片付いて、後はドレスタット行きの船に乗ればいいのだろうが‥‥
 三日くらいのんびりしてから帰ろうということになったのだ。なによりまずは、よく働いてくれたマグダレンの愛馬を休ませてやらなければならない。
 しかし。
「ジョセフィーヌ、洗っているのだからあちこち動かないで」
「もー、イチもウノも、これは遊んでるんじゃないのっ」
 あいにくと、二人はシフールだった。マリオーネは種族の中では大柄だが、マグダレンは相当小柄。いずれにせよ、力の程はシフール二人分。馬一頭を『洗ってあげよう』と思ったとしても、それはなかなか大変なことだ。挙げ句にマリオーネの愛犬と愛猫が嬉しそうに邪魔をする。
 まとわりつくだけで飼い主が潰されそうなペット達というのも扱いが大変なもので、ジョセフィーヌを洗い上げた頃には、二人ともへとへとになっていた。
「村の皆様にお土産を選ばなくてはいけませんけれど‥‥」
「うん、明日にしようね。あさっては、俺のお勧めの場所に連れて行ってあげるから」
 マグダレンがどのあたりと首を傾げたが、マリオーネは内緒と教えない。代わりにお弁当を作ってくださいと頼まれて、マグダレンはにこっと笑った。
 そうして翌日は、お弁当の材料の買い物を含めて、お買い物三昧の日になった。
 パリの街は人も多いから、シフール二人くらいは目立たない。碧と青の羽が鮮やかな二人連れだとしても、それが仲良く手を繋いで飛んでいても、注目されないのは久し振りだった。
「あ、ここのね、アクセサリーがいいんだよ。何か欲しいものある?」
 待っている皆へのお土産を買うはずが、いつの間にやら自分達のものに。マリオーネがあれもこれも似合うと、店の商品を出させるのでマグダレンはその中の一つを選ぶのに大変だ。一つじゃなくてもいいのにと言うマリオーネは、ちょっとばかり女心が分かっていない。
「いただいたからには、持って歩きたいではありませんか。幾つもあったら飛べません」
 それなら二人でお揃いのものをと勧められ、二人は買ってからいいカモにされたかもと思ったが‥‥ちゃんとお揃いなので、気にしないことにした。

●お休みの日の願い事
 その朝のミィナ・コヅツミ(ea9128)は、冒険者ギルドで依頼を受けた時よりも忙しかった。前日に友人のまくるに習ったはずの料理はなかなかうまくいかなくて、余分に買っておいた材料が尽きる寸前で何とか形になった。味は‥‥自分で味見した限りではそれほど悪くはない。
 それからも大変だ。前日に選んだはずの服が、なんとなく今日の天気と合わないような気がして、持っている限りの服を引っ張り出し、色々悩んだ挙げ句にいつもとたいして変わらない服装になった。もう他には思いつかなかったともいう。化粧も試みたが、日頃しないものをいきなり上手に出来るわけもなく、紅をひくだけに留めた。髪はいつもの十倍くらい梳いて、綺麗にふんわりと整える。
「緊張します‥‥」
 すでに昨日のうちに、相手の耳に入りそうなところには伝言を残してある。後は相手がそれを聞いて出てきてくれるかだが‥‥デートに誘うことを思い立ったもの、ミィナは相手のディック・ダイと数えるほどしか顔を合わせたことがなかった。
 よって、『待っている』と伝言した酒場の片隅で、弁当を抱えて、ぽつねんと座っている。一応酒場からつまみ出されないように頼んだ料理は、とっくに冷めてしまっていた。
「やっぱり、来てくれないでしょうか」
「ジャパンにいるから、昨日の今日じゃ無理よね。めでたく春がやってきたのに、あの男も間が悪いったら」
 何時間か座っていて、さすがに駄目かもと思いだしたミィナの呟きに、若い女の声が答えた。ついでに冷めた料理を摘まむ、白い指があったりする。ぎょっとして顔を上げると、エルフにしてはやたらと肉感的な美女とエルフらしい男性が勝手に相席していた。
「あいにくだったね。今は急ぐ用事もないので、我々もそれぞれ勝手にやっているから」
 ディックも含めて『我々』と言う相手の心当たりは、片手で十分数えられるというか、三人ほどしかなかったミィナだが、目の前の相手の呼び名を思い出すより先に『ディックはジャパン』との言葉に衝撃を受けていた。あまりに衝撃的過ぎて、涙が勝手に零れ落ちたのにもなかなか気付かない。
「う、噂も聞かないと思ってましたけど、パリにいなかったんですね。そうしたら来てもらえませんよね。残念ですぅ」
 そんな簡単な言葉で終わるものではないが、何か言わねばならないような気がして、ミィナは色々と話し始めていた。黙っていた数時間分を、一時に言葉にしたようなものだ。
 自分が何を話したのかは良く覚えていないが、わざわざ知らせに来てくれた二人がご馳走してくれた妙に塩辛いスープに、ものすごく泣けた。

●熱い休日の過ごし方
 リスター・ストーム(ea6536)の恋女房は、その昔と言うほど昔でもないが、とりあえず以前はけっこうあくどい組織の女幹部をしていた。けれども、その彼女は案外と好みが可愛らしい。いつまでも少女っぽいところを失わないというか、世間ずれしていないというか‥‥
「そんなわけで、蛮ちゃんにお姫様気分を堪能してもらえるデートをしたいんで、協力よろしく」
 様々な二つ名、しかも大半が声高に口にするのをためらうようなものばかりのリスターに頼まれた知人友人達は、一様に不審そうな顔付きになった。
「浮気の後のご機嫌取りだったら、お断りよ」
「なんでだよ」
 暑くなってきたから、蛮ちゃんにのんびりしてもらって、元気付けたいだけだと主張して、ようやっと協力を取り付けたリスターは、翌日何食わぬ顔で蛮ちゃんを連れ出した。その時には蛮ちゃんはもう、ミストルディン見立ての上品な衣装に着替えさせられ、いつもとは違った化粧を施されている。リスターも、『エセ貴族』と評されたが礼服姿だ。
 わざわざ借り切った馬車に乗せられた蛮ちゃんは、しばらく落ち着かない様子だったが‥‥
「いかがなさいました、姫君? 何かお気に召さないことがあれば、不肖このリスターがお役に立ちますが」
 芝居がかった仕草と口調でリスターに話しかけられ、微笑んだ。いつもだったらここでキスの一つもしたいところだが、お姫様にそんな不埒な真似をしてはならぬので、リスターは我慢我慢。
「随分世慣れた王子様ね」
「いやいや滅相もない。姫君の夫の座を狙っている、しがない成り上がりですよ」
 誰かが聞いていれば、事実とたいして変わらないと認めてくれただろうが、幸い馬車には二人だけ。二人共に知っているはずのパリの有名どころを巡って、リスターがあれやこれやと案内をする。やがて馬車を待たせて、セーヌ川に掛かる橋まで来れば、周囲はどこの貴族だろうかといった様子で道を開けてくれた。
 その後はいい気分で『マスカレード』に戻って食事をしていたが‥‥会話の途中でふと手を止めた蛮ちゃんが、首を傾げてこう言った。
「ねえ、これって浮気隠しじゃないよね?」
 何故か店内にひしめいていた顔見知りが吹き出したが‥‥リスターは表向き冷静だった。今日ばかりは愛人から誘惑されても、きっと揺るがないと思っていたからだ。絶対でも、確信しているでもないのが、彼ならでは。
「そんな、こんなにステキな姫君と一緒でどうして浮気?」
 そういけしゃあしゃあと断言した口は、店から出た後になって。
「あんな心配する蛮ちゃんには、熱烈なご奉仕しないとね」
 そう囁いて、ほんのり紅く色付いた姫君の目元にキスを落とした。

●セーヌ川岸の過ごし方
 二人でのんびり過ごそうと決めた三日目、マリオーネはマグダレンを連れてパリの郊外に向かっていた。郊外とはいえ、目的地はそれほど遠くない。以前はよく行っていた場所、久し振りだからと道に迷う心配もなかった。
 とはいえ、まったく問題がないわけではなく。
「ごめん、マグダレン。濡れなかった?」
「ええ、なんとか。もう、私はそんなに小さくありませんわよ」
 目印にしている木の枝が下に張り出していたので、それに沿って川を横切っていたら、水面に映った影を目掛けたのか、魚が跳ねたのだ。幾らなんでも川魚に食いつかれることはないが、二人ともこれには驚いた。
 でも、マグダレンが腕にしがみついてくれたので、マリオーネはちょっと嬉しかったり。
 ただし、彼らの後ろからついてきていたウノとイチは川が渡れなくて鳴いている。
「ちょっと待っててね。すぐ戻ってくるからさ」
 言葉が全部分かったわけではないだろうが、イチとウノの鳴き声大合唱に、マグダレンが彼らの分の弁当を先に開けてやる。途端に飼い主二人には構わなくなるあたり、なんともちゃっかりした犬猫だった。
「誰に似たんでしょうね、あれは」
「俺は、あんなに食べ物には釣られないよー」
 くすくす笑いあって、今度は用心して川面から離れて飛び、後ほんのちょっとだけ川を遡ったところが目的地だった。大きな木が枝を張り出し、その合間からこぼれた陽光が水面に反射して、きらきらと輝いている。その周囲の木漏れ日も、まるでステンドグラスを透かしたよう。そんなものがある教会とは、二人とも滅多にご縁はなかったけれど。
「まあ‥‥」
 しばらく言葉も出なかったマグダレンが、そうっと草の上に降りた。マリオーネももちろん続く。二人で木々の葉の向こうの空を見上げて、どちらも随分長い間黙っていたが、視線を降ろしたのはマグダレンが先だった。
「こんなものを見ると、どこかに旅に行きたくなるのでは?」
 それなら自分も連れて行ってと彼女が口にする前に、マリオーネは満面の笑みを見せた。
「その時は、マグダレン、お弁当作ってね」
 今のところはお弁当で済む程度の旅しか頭にないと、そう断言したも同然のマリオーネは、この場で広げられた好物ばかりの弁当に歓声を上げた。
 食事を始めた二人の羽が、木漏れ日を受けてきらきらと輝いている。

●パリまでの休日の過ごし方
 グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)がそれを申し出る前に、レイモンド・カーティスが口を開いていた。
「パリに所用があるので、あなたも一緒に行きませんか」
 途中で寄るところもあるので、他に用事があれば残っても構いませんよ。と言われたところで、ヒルダに『他の用事』などない。この日程は、良人とパリまで出向くために以前から空けてある。
 ただ、どうせパリまで行くのであれば。
「私も、寄りたいところがあるのですが」
 後ほど話し合ってみて、それが同じ場所だったと知った時には、どちらからともなく微笑んでいた。少しばかり寂しげな笑みになったのは、それが墓参りだから。この旅程を誰も反対はせず、すんなりと二人はパリまで到着したのだが。
 国王陛下とも親交厚い貴族のパリ行きともなれば、単独行動なんてことはありえない。ヒルダがついていようが、それは周囲にしたら『お守りせねばならぬ方が二人!』なのである。ヒルダも二人きりの旅は流石に期待していなかったが‥‥
「気が利かない者ばかりで」
 セーヌ川沿いをほんのちょっと歩いてくるだけだからと言ったのに、レイモンドが帯剣しているのに、背後から大きな影が一つ二つついて歩く。生まれた時からこういう生活のレイモンドも、流石にヒルダの気持ちが伝わったようで、苦笑混じりに話を向けてきた。良人の身分を考えれば仕方のないことだと微笑み返そうとして、ヒルダは彼の目がふと遠くを見たことに気付いた。
 振り返れば、日も暮れかけた対岸に、飛び交う影が二つ。全身が夕日に染められて定かではないが、シフールだ。けして珍しいものではないが、夕日の色が‥‥
「ちょっと、眩しいですわね」
「昔、陛下ともこうしてこのあたりを歩いたことがあります。あのときの夕日は、もっと眩しくて」
 その色が別のものを連想させて、見ているのが辛かった。言葉にならない思いを汲み取って、ヒルダは良人の手に自分のそれを重ねた。その上に更に手を重ねられ、少し引き寄せられたような気がしたけれど。
 あの、思いが通じた夜のようにダンスをもう一度と願うには、あまりにも自分達を注視する視線が騒がしかった。もっとこっそり見ていてくれればいいのだが、今回の付き添いが付き添いなので致し方ない。レイモンドも、また苦笑を浮かべている。
「歩きましょうか」
「‥‥はい」
 すっと自分のほうに肘を寄せられて、良人と自分の腕を絡めたヒルダは、ゆったりと微笑んだ。
 ダンスをしたければ、この先いくらでも機会はあるのだから。
 ここで悔しがることはなかった。