神の家の娘達
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 17 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月22日〜09月01日
リプレイ公開日:2006年09月01日
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●オープニング
キエフの街の郊外と呼ぶにはいささか遠い、女性の足で歩いて一日掛かるくらいの場所に、女子修道院があるという。もちろんジーザス卿黒の教えを説き、実践する場だ。
しかし、この女子修道院はもう一つ、女子教育の場としても機能していた。
「女子修道院ということは、男子禁制ですかしら?」
「前庭と礼拝堂は男性の方でもお入りいただけます。その奥は、お断りしておりますが」
様々な方面の家庭教師を雇うには懐具合が今ひとつの貴族、騎士はじめ、お金はあるが箔が足りない小金持ち、大金持ち、その他諸々の人々の娘を預かって、基礎教育から歌舞音曲、歴史に芸事、礼儀作法の細かなところまで教師を連れてきてはみっちりと教育する。数年もいれば、大抵何かしらの特技を備えた立派な令嬢として、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様の出来上がりだ。
そんな修道院で、久し振りに外部から教師を招こうということになったらしい。わざわざ冒険者ギルドに来たのは、最近多数流入している諸国からの冒険者に逸材がいるのを見込んでのことだった。
「当方には、六歳から十五歳までの人間、十歳から二十八歳までのハーフエルフ、十四歳から四十二歳までのエルフの女の子達をお預かりしています。あまりに浮ついた方は困りますので、その点だけは重々ご注意くださいませ」
見た目はだいたい同じ年頃の女の子が、全部で二十六名ほど淑女教育の真っ最中だそうだ。修道女は十二名、こちらは人間、ハーフエルフ、エルフにドワーフの女性がいるとのこと。
「男性冒険者がお伺いした場合、お近くにテントを張るようなことになってしまうかもしれませんが、いかがいたしましょう? 門前にそのような真似をする許可はいただけまして?」
なにしろ建物の奥は男子禁制なので、礼拝堂で寝る訳にはいかない以上、近くで夜営もやむをえない。行ってから悶着があっても大変なので、ギルドの女性がおっとりと尋ねると、相手はきびきびと答えた。
「すぐ近くに警備の者の詰め所がありますから、そちらに部屋を用意させましょう。私どもは不要と思いますが、以前にオーガの類が近くに出たことがあってから、皆さんのご実家からどうしてもと要望がありまして、警備の者がおります」
「あらまあ。少し離れていますから、ご心配なのでしょうね。では、ご要望に合う冒険者を募って、そちらにお伺いさせましょう」
ギルドの掲示板に張り出される依頼書を確認して、修道女は留め置いていた馬車で戻っていった。御者はドワーフの男性だったから、警備の一人だろう。
「お金持ちは大変だこと」
そのお金持ちの娘さん達相手に、先生役をするのが今回の依頼である。
●リプレイ本文
こんな人里離れたところにと思う森の中に建つ修道院は、規模は随分と大きなものだった。うら若い娘達を預かっている都合上、塀が高い建物なのは仕方あるまい。
しかし、その門前で苛々している者が二名ほど。
「そんなに楽しみにしていらっしゃったんですのね」
おっとりと微笑んだウィオラ・オーフェスティン(eb5512)はじめ、皆が見つめる先ではシシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)とアディアール・アド(ea8737)が修道院の薬草園を思い描いて地団駄を踏む寸前だった。日頃はそれほど短気ではないだろう二人だが、『薬草園』と聞いて依頼を受けた節があるので、もう我慢できないらしい。
「落ち着け。我々全員が同じに見られては迷惑だ」
デュラン・ハイアット(ea0042)の言うことは、態度はともかく、他の者も多少は同じに思わないでもない。幸いにして、出迎えてくれた修道女はシオン・アークライト(eb0882)とディグニス・ヘリオドール(eb0828)の礼節に乗っ取った挨拶を受けて、彼ら八人の印象を決めたらしい。物柔らかな態度で彼らを中に招き入れてくれた。
広い前庭に、見事な門構えの礼拝堂を見て、リディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)は描き甲斐がありそうだと思ったし、そこに至る短くはない道が綺麗に掃き清められているのを見て取り、荒巻美影(ea1747)はなかなか行き届いていると考えた。
そうして。
「おぉ、これは素晴らしい広さです。種類も豊富で、元気がよいではありませんか」
「す、すみません、私、薬草師なんです。こちらの方もです」
残り六名の予想通りに、前庭のけっこうな部分を埋めている畑に張り付いたエルフが二人。あれこれと香草、薬草の名前を挙げては、二人で喜んでいる。
「お若いのに、よく学んでいらっしゃるご様子。お願いした甲斐があります」
修道女が好意に受け止めてくれなかったら、デュランが『説得』を試みていたかもしれないが、そうはならずに済んだ。
名残惜しそうな二人をシオンとディグニスが引き摺るようにして、彼らは院長への挨拶へと向かったのだった。
そうして翌日。
紹介された二十六名の女の子は、種族や年齢もそうだが、顔立ちも色々だった。共通しているのは、物珍しそうに『冒険者』と紹介された八名を眺め回していることだ。中には冒険者街でなら結構な有名人も混じっているのだが、さすがに修道院に暮らしているとそうした噂は耳に入らないのだろう。小さい子供ほど美影を眺め、年長の女の子達は自分達とそれほど年齢が変わらないアディアールやシシルに興味を覚えたらしい。デュランやディグニスのような男性陣は、あまり注目されなかった。男性をぶしつけに眺めないように、教育されているのかもしれない。
「これから毎日二つ、三つ、拙者達から色々と教える。興味を引かれることを見つけ出して欲しい」
しげしげと眺められていても話が進まないので、ディグニスが女の子達に話し掛けると『はい』と揃って返ってきた。基礎教育の高さが伺えるが、ウィオラは堅苦しいのが苦手と溜息をついている。ウィザード四人、ナイト二人、武道家とバード一人ずつでは事前に誰も教えられなかったが、修道院とはどうしたって堅苦しいものである。
色々細かい慣習に縛られた中での『先生役』は、まずは物静かに始まった。
いきなり難しいことをやっても、女の子達がついてこれるか分からないので、最初は美影の出番となった。彼女は家庭内部の仕事に長じている。こうして修道院に預けられるほどの家の娘達が、将来的に家事を全部担うかどうかは別として。
「例え他人がやってくれることであろうと、どういうものか分からねば人を使うことは出来ません。普段はやらないことをしましょう」
あまりきついことはさせないでという修道女達の要望をきっぱりとはねつけた美影は、日頃は時々来る通いの手伝いが済ませてくれるという、力仕事を伴う掃除を始めた。男性陣の手助けが得られるように、礼拝堂の拭き清めである。
「重いからといって引き摺ってはいけません。他の人と力を合わせましょう。それから水拭きの洗い水は、こまめに変えないとかえって汚れますよ」
屋内外の掃除に草むしりも一応体験している女の子達だったが、これには半数が今にも脱落しかけていた。残りは案外と器用にこうしたことをこなすので、自宅でやっていたのかもしれない。
ただ。
「水を替えるからといって、畑にまくのは上品な振る舞いとはいえませんよ。おしとやかに参りましょう?」
美影も驚いたことに、二人ばかりは使った水を景気よく香草園に撒いて、修道女達を蒼くさせていた。アディアールとシシルは、悲鳴を上げている。
美影先生が満足いく出来栄えになったかどうかはいささか怪しいが、初講義としてはまあまあの出来だったようである。
苦労した後は、女の子が好きそうな話ということで、ディグニスが受け持った。何を話すのかと、他の皆も拝聴してみれば、どっさりと持ち込まれたものが。
「今後家に帰って、社交の場に招かれた時には、通り一遍のお洒落だけして行っても注目を浴びることも、人の印象に残ることも出来ないからな」
そういうことが求められるかどうかはその時々の話だが、修道院にいてもいいものを見分ける眼は養わないといけない。というわけで、彼は自分の荷物から女性用に限らない珍しい品々を出してきたのだ。他の七人も感心するほどに、大量にあった。クレセントリュートを見てウィオラが目の色を変えたり、植物の種を見付けて騒ぐ二人がいたりするのはさておき、品物の解説をディグニスが一つずつ丁寧にしてやって、組み合わせ方なども示してやる。ロシア風のおしゃれもあるので、手伝いにシオンが加わった。
しかし。
「ま、壊さなければよしとしよう。見るより触ったほうが良いだろうし‥‥引っ張るのは止めなさい」
相手は二十六人。出された品物はたくさんあったが、一部取り合いになってもいる。小さい女の子ほど力加減はしないので、ディグニスもさすがに壊されないように仲裁に入っていた。
この日の授業はこれで終わりだったが、皆いつまでも騒いで、修道女に怒られている。
翌日は、お待ちかねの薬草講座だった。待っていたのは講師のアディアールとシシルである。香草園に植えられている植物の名前を、一人一つずつ答えさせ、どういうときに使うものかを教えている。女の子達も基礎知識はあるが、似たような香草になると時々間違えた。煎じ方など知らない子の方が多い。
となれば、アディアールは修道女の許可を取り付けて、素早く幾つかの香草を摘んでお茶を淹れることに始まり、疲れたときに効く煎じ薬の作り方まで実演付きで教えていた。シシルは途中で飽きてきた小さい女の子達の世話をしつつ、それほど難しくないことを教えている。
「この配合はだいたい半々でもいいのですが、私が調べたところではこの時期は四、六の配合で、煎じる時間が」
アディアール、段々興が乗ってきて、難しい話に突入している。年長の女の子達は、その様子を見て楽しんでいるようだ。時々わざと質問をして、それに滔々と歌っているかのように答えるアディアールを見て、小さく笑いあっている。
誰か止めてやれよと、見ていた六名の冒険者達は思わないでもなかったのだが、来る道すがら『薬草は仕事ですが、毒草は趣味です』と断言していたエルフをどう制止するかは難しいところだ。
シシルは小さい女の子達を膝に乗せて、話を聞かせてご満悦なので、まったくの戦力外だった。そもそも香草を前にして興奮しているので元気だが、最初は自己紹介もやっとの様子のそれほど我が強い性格ではない。そういうことには向いていないだろう。
それでも、女の子達は妙に満足した様子で淹れてもらったお茶を飲んで、淹れ方のおさらいにいそしんでいる。
体を動かしたら、次の講義は座って話を聞けるもの。そういうわけで、デュランが『政治の話』をすることになったのだが‥‥
「許婚がいる者もいるかもしれないが、君達は将来どういう男と結ばれたいと思っているかな? どうせなら、国でよい仕事をしているような男を助ける妻でありたくはないか?」
こう始めたので、一緒になって聞いていた修道女の一人が頭を抱え、別の一人は怒り、もう一人が院長を呼びに行く騒ぎになった。年少の女の子達はきょとんとしているが、言われた内容を正しく理解した年長者達は額を寄せてひそひそと何か相談している。
「ふむ。さすがに修道院の方には刺激が強すぎたか」
それだけが問題ではないのだろうが、デュランはたいして構わなかった。通り一遍のことを教えたところで、今後の役に立つのは清濁合わせた知識であると、多分に経験を含んだ含蓄ある意見を述べている。ここが礼拝堂でさえなければ、それはそれで悪くなかったろうが‥‥
「先生、結婚相手に期待するより自分の才覚で上り詰めるとしたら、どういう方向から狙えばいいですか? やっぱりエカテリーナ様がお手本?」
それはちょっと違うと、ロシア出身者達が声を揃えたが、デュランは反応があったことを喜んでいる。確かに結婚相手のみならず、自分の才覚を動員して上を目指すのは悪いことではないだろう。ただし、エカテリーナ大公妃を手本にするのは極論に過ぎる。
「権勢を誇る者の側仕えになるのも一案だろう。いずれにせよ、社交の場で自分を印象付けるための勉強は怠らないことだ。後は家の者に、行儀見習いの口を探してもらうか」
話していることはけして間違っていないのだが、この後デュランは予定時間を大分残して、院長達に引き摺っていかれた。男子禁制のはずの院長室で、みっちりと語り合ったらしい。
終わって元気なのは、デュランのほうだったりする。
このまた翌日は、美術の素養を高める講義となった。絵を描くことで、対象を良く見て、本質を捉える力を養う。このリディアの教え方は、院長以下修道女達を安堵させたらしい。こちらでも教えるシシルが教会内の美術品を見ながら、描き方の指導をしたいと申し出ても、すぐに許可してくれた。
「人の描き方が、パリとは大分違いますが、これはロシアに昔から多い壁画ですよ。ジーザスの誕生から昇天までを描いています」
「この植物部分は、意匠化されているのね。ええと、特徴を抜き出して描いてあるということよ」
程々に古い建物なのか、修道院の中には壁画で聖書の中の話を表したものが多数あった。それを見て、何について描かれているかを話しつつ、色の使い方などを説明する。さすがに今回は、彩色までするような講義は出来ないが、どこかで話題の種にすることでも出来れば教養として扱われよう。
それから香草園で好きな植物を描かせることにしたのだが‥‥炭で板に絵を描くのは嫌だと言う者数名。手が汚れるのをことのほか嫌うらしい。シシルやリディアからすれば、洗えば落ちるからいいじゃないと思うのだが、どうしても嫌がるので布で炭を包んで使わせることにした。彼女達がいる間に、一枚書き上げることが課題だ。
使った布は、美影が教えながら後で洗濯である。
この日の夕方には、シオンとウィオラの音楽と踊りの講義があった。この二つを別に教えるよりは、一緒のほうがどちらかが覚束なくても飽きないで済むからだ。さすがに人数が多いこともある。
もちろん踊りは貴族の社交の場で披露できるもので、まずはウィオラの演奏と歌に合わせてシオンがディグニスと踊ってみせた。どちらも自然と拍手が沸く、素晴らしい出来である。
「まあ、日頃から習っているだけあって、よく出来ていますよ。ちょっと上手くいかないのは、楽器が大きすぎるからでしょうね」
楽器好きは修道院にある練習用の楽器を出してきて、ウィオラの周りに集まっている。中にはまだまだ小さな女の子もいて、見る角度によっては楽器に手足が生えて動いているような状態だった。ウィオラが言うように、どうしても弦を爪弾けないのは、手が届かないからという次第である。すぐに別の楽器を取り上げて、演奏方法を指導できるウィオラはたいしたものだ。
それで奏でられる音がたいしたものかどうかは、また別の話になる。
かたやシオンは、踊りも基礎が出来ている女の子達に囲まれて、なにやら話し込んでいる。何かと思えば、殿方に踊りを申し込まれた時の立ち居振る舞いについてだ。思っていたより踊れる女の子が多いので、実際にどこかに出掛けた際にまごつかないようにと考えたらしい。小声なのは、昨日の件があるからだろう。
しかしながら、踊りを申し込まれたら、了承する場合でも気の利いた返事の一つは必要だし、断るのならまず角が立たないようにしなくてはならない。
「慣れないうちは、家の人から離れないのよ? 困っていた時には助けてくれるからね。踊る時には、せっかく誘ってくれた相手が嫌な思いをしないように、気を配るのが礼儀ね」
後は殿方役で踊りの相手を務めたシオンだが、時々その眉が跳ね上がったのは足を踏まれたからだろう。でも笑顔。嫌な思いをさせてはいけないのだから。
大方の講義はそんな感じで、政治だけは院長じきじきに『これを教えてください』と指示が入って、日々進んでいった。
おかげで修道院中ぴかぴかになり、女の子達は女性陣の知恵も吸収して髪形をおしゃれに整えたりし、冒険者や修道女達に香草茶を入れて振舞ってくれたりした。お茶を零して騒ぎにもなったが。
また小難しい顔で王宮の役職名をそらんじたり、各公国の特徴など挙げてもいる。さすがにこれは、年長の女の子達に限られるけれど。時々は聖書の話にも飛んでいる。
そうして、絵を描いたり、楽器を演奏したり、それにあわせて踊ったりしていたが、冒険者一行が帰る日には不思議と朝に姿を見せず、もう出発するという頃になってから。
「この香りは香草の」
「そういう嗅ぎ分けはいい。礼を言え」
大急ぎで作った焼き菓子を、お土産と差し出してくれた。一部焦げていたり、形が崩れているのはご愛嬌だ。
香草も女の子達が選んで摘み、入れる籠に花を添える心遣いもしたのだと聞けば、一週間の苦労も報われるというものだ。たとえ描いた絵の大半が、元にした植物とは相当かけ離れていたとしても、少ない空き時間を費やして一生懸命に描いてくれたのだし。
けれども。
「あぁ、一緒にこっそりあんなことやこんなことをしたかったのです」
「一度くらい、一緒の部屋で寝てみたかったわね」
「「「どうして?」」」
シシルとシオンの感想に、ウィオラと美影とリディアの声が揃ってしまったのは不思議ではない。更に。
「将来助言を求めるなら、名声があまねく世界中に伝わっているはずの私を頼るように言ってやれなかったのが心残りだ」
デュランの心底残念そうな口振りに、誰も相槌も打たなかったのは‥‥きっと仕方のないことだろう。