●リプレイ本文
今回のお茶会の主題、というかアデラのお悩みを聞いて、リュヴィア・グラナート(ea9960)は簡潔に言い切った。
「それは花婿が悪いに決まっている」
そんなわけで、お茶会前日に呼び出された挙げ句に、今回参加者の内、マート・セレスティア(ea3852)以外のラテリカ・ラートベル(ea1641)、アンジェット・デリカ(ea1763)、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)、サラフィル・ローズィット(ea3776)、サーラ・カトレア(ea4078)、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)にも取り囲まれたアデラの婚約者のジョリオは、色々と『忠告』されていた。とはいえ、サーラとラテリカは他の女性陣の勢いにほとんど見ているだけ。マーちゃんと手伝いに呼ばれたガイアスは台所に避難している。同じ男性として、女性陣につるし上げられているのを見るのは忍びなかったとか言うこともなく、彼らは台所にある食べ物が好きだからだ。
結果、女性達の合議で、ジョリオはいきなり家事を教えられることになったのだが。
「わたくしの使い古しを直したもので恐縮ですが、よろしければ使ってくださいましね」
サラがずいと差し出したフリルが多いエプロンは、丈を直すためにフリルを足したらしい。それも大量に。男性用になぜフリルなのか、サラを相手にそんなことを追求する剛の者は一人もいなかった。
ともかくも、ジョリオが覚束ない手つきでそのエプロンを着け、アニエスと一緒になって居間の掃除を始めたが、それはまったくやったことがないのとは違う様子だ。
「アデラ様も、ジョリオ様が家庭のいざというときに頼りになる方だと分かれば、心配が減ると思いますよ」
家事の達人達から見ると、二人ともにいささか頼りないのだが、まあ最低限の掃除は出来ていたのでよろしい事になった。
なお、洗濯などやらせ始めると明日の準備がおろそかになるので、次は料理である。デリ母さんが、お待ちだ。
ところが。
「包丁は使ったことがないから、ナイフでも?」
「料理をしたことがあるのかね」
家ではやっていないが、仕事で少しというジョリオに、デリ母さんはまず根菜の皮むきをさせた。刃物を使うのはさすがに手慣れていて、細かいことを言わなければ、いざというときの心配はない。ただし、『料理の見栄えがいいように、大きさを揃えて切れ』とか『葉物野菜は切る前に土を洗い落とせ』とか、まあ、言い出したらきりがないので言わないでおく。
「はわわ、ラテリカよりお上手です」
「味付け、頑張ってくださいね」
ラテリカとサーラに励まされて、ジョリオは黙々と料理をしていたが、見ていたグリュンヒルダが一言。
「こういう野戦料理なら、私もやったことがあります。味付けは二の次でしたけれど」
いつのことだか、ポロリと漏らした。二人で味付けは塩で適当でも、そういうときは食べられるとか何とか理解しあっているが、この場でジョリオに求められているのはそうした緊急性への対応ではない。
「そうか。ならば、風味をつけるための香草の使い方を伝授したほうがいいな」
いつも通りに茶葉を選別していたリュヴィアが口を挟んだので、ジョリオにグリュンヒルダ、アニエスもラテリカもサーラも巻き込まれて、お料理における香草の使い方講座である。
失敗しても、今日は食べてくれる人が二人もいるので安心だ。
お茶会当日は、アデラも交えての色々である。
マーちゃんはいつも通りに、『美味しいものが食べられれば最高』と思っているし、サーラは『アデラの手元が狂って、変なお茶が出たら大変』と注意していて‥‥
「そんな、獲物を前にした肉食獣のような雰囲気を醸し出さなくてもよろしいでしょうに」
グリュンヒルダが微笑んでいるが、発言はなんだか恐ろしい内容だ。アデラが切々というか、ぶつぶつというか、取り留めなく心配事を語っているのだが、聞いている人々がなんとはなしに苛立っているのだ。一部例外を除き。
理由は簡単。アデラの言い分が、結局のところ『のろけか?』と思われるような内容に終始しているからだ。サラの『何を今更』という呟きは、何度繰り返されたか、誰も数えてはいなかった。
しかし、ここで勇気を振り絞ったのが。
「あの、シルヴィ達はアデラ様がそんなに悩んでいるより、『幸せになってね』と考えていると思います。多分、きっと‥‥」
「ラテリカもそう思うですの。とっても楽しみにしていたと思いますよ〜」
アニエスとラテリカだった。二人とも、心の奥底では『今更なにを、もう結婚式だと思ってこちらも準備しているのに』とか考えていたかもしれないが、あくまでほんのちょっぴりだ。頭をちょっと過ぎった程度。ラテリカは姪っ子達をあまりよく知らないが、アニエスの推測ではあの四人なら『ここまで来て、馬鹿を言うなー!』と叫びそうな気もするが、それもさておいて。
「でもぉ、結婚式の日ににっこり笑う自信がありませんわ」
「じゃあ、結婚を止めるかい? あんたの相手はなにしろ気が良さそうだからね。延期したって怒りゃしないと思うが」
いや、さすがにそれはちょっとくらい怒るんじゃないかと一部の人は気になったのだが、デリ母さんが口を挟む。さらに畳み掛けた。肝心なのは、色々あってもジョリオの花嫁になりたいと、言葉や態度で相手に伝えることではないのかと。これで頷かなかったら、何か大変なことが起きそうな勢いである。サラも頷いているし。
「婿に来てくれるなら、誰でも良いわけじゃなかったろう?」
「それでもまだ迷われるとおっしゃるようでしたら、さ、ジョリオ様に本音をぶつけてごらんなさいませ。伴侶と本音で語り合うことが、今後の長い結婚生活を円満にする秘訣と聞きますわ。それに思いやりと忍耐も必要ですわね」
デリ母さんの後に、サラが強気に畳み掛けた。
しかし、ジョリオはそこに座っているわけで、今更改めて『本音』とやらを聞かされなくても聞いていたのだ。一応最初はアデラの言い分に合いの手を入れていたのだが、そうするとアデラの頭の中がもっとぐるんぐるんしてしまうので現在は黙っているだけである。
今更、本音で語り合えって、もう一応言うだけ言ったのでは?
アデラがあらぬ方向を眺めつつ、なにやら考え込み、手だけが無駄に動いて茶葉をいい加減に混ぜそうになっているのをアニエスとラテリカが止めている。サーラはお湯を零さないように、アデラの近くから離していた。そうやって忙しい彼女達に、マーちゃんがお茶のお代わりを要求しつつ。
「別に結婚したくないなら、止めればいいと思うよ。近くに住んでた姉ちゃんも、同じようになって結局止めちゃったし」
と、ほざきあそばした。次の瞬間。
「あ、これ全部食べていいの? ひゃっほー」
皆が囲んでいたテーブルの各所から、まだほとんど手が付けられていない料理の皿がいっせいに押し出されてきた。『余計な口を挟むな』という明確な意思が込められているはずだが、マーちゃんには単にご馳走の山だ。昨日もつまみ食い三昧していたが、本日は大食い三昧だった。
「おいら、結婚式のご馳走も楽しみにしてるからねっ」
だったら余計なことはもう言うなと、サラがマーちゃんの口の前までパンを持っていった。とりあえず齧らせておけば、静かなはずだ。そのはずだが、今度は食器を引き寄せる音が騒がしい。
でも、気を取り直して。
「まだ何かあれば幾らでもお聞きしますけれど、その後でちゃんと話し合ってくださいませね? 大事なことですわよ」
ここで同意を求められたのは、ラテリカとグリュンヒルダだった。一応アデラの『先輩』である。ラテリカがこくこく頷いている横で、グリュンヒルダはちょっと考えてから。
「アデラさんは、結婚がゴールのようにお感じですか?」
何か含蓄のあることを言いそうな口振りで、話しかけた。そうしてアデラと目が合うと。
「実際は共同作業の旅立ちではないかと。私も詳しくはありませんが‥‥畑を耕すことを生業にする方は、種を蒔く前にこれが実るかどうかと思い悩まないでしょう? まず種を蒔いて、収穫までの長い時間に幾らでも悩む機会もあるでしょうから‥‥種はぱぱっと蒔いたほうが楽ですよ」
結婚も他の様々な事柄と同じで、習うより慣れろくらいの気持ちで臨みましょうと、本人は一体どうだったのかと気になる言い分だ。さすがにそれを問い詰める性格の者はいなかったけれど。
でも、アデラはこう口走った。
「とにかく種を蒔く‥‥最後がどうなるかは博打ですわね」
「待て。そこで博打にするな。そうじゃなくて、畑を耕すように地道に日々を過ごせという、ありがたい助言だろう」
そんなにありがたかったかなぁと、言った当人もちらりと考えた発言をジョリオはめちゃくちゃいいほうに解釈している。実はアデラの解釈のほうが、グリュンヒルダの気分には近かったが‥‥言わなければ分かるまい。
「まあ、いずれにしても、今更他の方と一緒になるお考えはないのでしょう?」
うふ。
三日月が横たわったような目付きだったかもしれない一同が、グリュンヒルダの駄目押しに、アデラとジョリオの反応を見守っている。ジョリオはなんともいえない顔付きだが、アデラは。
「そうですわね。いきなり子持ちでも、親がいなくても、この器量でも、家や畑があるからじゃなくて、毎日一緒にお茶を飲んでくださる方は、他にはいませんもの!」
「アデラ様‥‥ジョリオ様の人柄についての意見としては、あまり適切な言葉選びではありませんよ」
サラがこめかみを両手でぐりぐり揉みながら、一応言ってみる。結婚する気になったのはいいが、何かが違うのだ。
と、今まで沈黙を守っていたリュヴィアが口を開いた。ジョリオが身構えたのは、絶対に皆の気のせいではない。
「昨日も言ったが、花嫁の不安は花婿が原因だろう。ましてや今のアデラ殿の発言。こんな頭も度胸もよい、つまりは包容力があり、我々に欠かさずお茶会に馳せ参じようと思わせるアデラ殿が悩むのは、ジョリオ殿がちゃんとプロポーズをしていないからだと思うがどうかな。あぁ、アデラ殿は心配せずとも、我々は皆アデラ殿の味方だ」
心配せず見ていなさいと断言したリュヴィアに、アデラはぽかんとした表情で、一応頷いた。ジョリオが責め立てられている理由が、さっぱり分からないらしい。
「プロポーズはしないと駄目ですよ? えぇと、愛してるとか、君しかいないとか、い〜っぱい。一日二十回くらいでしょうか」
「あらまあ、そんなに?」
サーラは単純に驚いているが、アニエスは今までと違う視線でラテリカを見上げている。びっくりと尊敬半分ずつ位の配合だ。見た目の年齢はそれほど変わらない二人だが、何か大きな差があったことに、アニエスは気付いたらしい。彼女がこの聞きかじった知識を生かせる日がすぐに来るかはともかく。
そうして。
「我々が見届けてやる。プロポーズしろ」
リュヴィア、命令形だった。サラの押しの強さの上を行く勢いだ。ジョリオはなんとなくこの流れを予想していたらしく、プロポーズはしたのだと抗弁したが、『我々が確認していない』の一言で斬り捨てられた。こうなると、抵抗しても無駄なのである。
なにやらデリ母さんが香草茶を淹れ始め、サラは卓上の料理をまた皆の方向に戻していたりする。この沈黙が怖いのだ。リュヴィアは、すっくと立ち上がって、ジョリオを見下ろしていたりするし。
「ねえ、お茶のお代わり」
マーちゃんの要求は、さっきの残った出涸らし茶で叶えられた。茶がどうあれ、彼は現在幸せだ。
けれど、睨まれているジョリオはといえば。
「結婚式いたしましょう。来月、司祭様にお願いした日で。皆様が味方してくださるっていうんですもの、私、多少のことは乗り越えられる気がしてきましたの!」
「あのな、アデラ。結婚式をするんじゃなくて、結婚しような。賭け事じゃなくて、ちゃんと添い遂げようってことなんだけど、分かってるのか‥‥?」
「ええ、結果は五十年後ですわね」
何がどうして五十年なのかは不明だが、アデラはすっかり悩み事を忘れたらしい。どこか方向性が違うのだが、まあ、結婚式が取りやめにならなくて良かったことだ。彼女がどこかずれているのはよくあることなので、おいおい方向修正してもらえばいいのである。
ただし、それを担当するはずのジョリオだが。
「花嫁にプロポーズさせるとは、愚か者め」
「人前でなければ幾らでも結婚しようとは言ったが‥‥普通の男は、人前で愛してるなんて連発しないだろう。見世物じゃないんだから」
リュヴィアに苛められ、ちょっとだけラテリカに助けてもらい、グリュンヒルダとアニエスに少し同情され、デリ母さんとサラにまた突き落とされて、サーラの淹れたお茶を手にしたときには憔悴していた。同性のマーちゃんはまったく何の援軍にもならないので、女性陣に対する彼の立場は、今後もこういう位置付けらしい。
「まったく。遠まわしに言っても通じる相手ではないのだから、それこそ二十回でも二百回でもプロポーズしないか」
リュヴィアがにんまり笑っていたのは、一応励ましているらしい。多分、きっと、アニエスとラテリカはそう信じることにした。他の面々の意見はともかく。
「結婚式、楽しみだねぇ。ご馳走が」
マーちゃんはそんなことを言いつつ、ひたすらに食べ続けている。アデラも晴れ晴れとした様子で、皆が作ってくれたお菓子を摘まんでいるが、ジョリオは食欲が失せたらしい。これから家庭を持つ男がそんなことでどうすると、デリ母さんが取り分けてくれた山のような料理を前に、げんなりしていた。
他の人々は、程々に食べたり飲んだりしていたが、もちろん気になるのはこの先のことで‥‥
「結婚式、何日ですしら」
「結婚しても、お茶会はあるのだろうな」
「時々家事も教えに来てやらないと」
二人の新婚生活より、自分達の希望優先だった。
こんなに苦労させられたのだから、ちょっとくらい我侭を言ってもいい‥‥はず。
「頼りにしてますわ」
アデラはニコニコしているから、いいのだろう。
そして、和やかに済んだお茶会の翌日。
駄目だと言ったのにと叫ぶ誰かの声から逃げ出すマーちゃんの両手には、昨日の残りの美味しいものがたんまりだった。
毎度の光景である。