仲良しさん いらっしゃい

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:9人

冒険期間:09月07日〜09月12日

リプレイ公開日:2004年09月14日

●オープニング

 ある日の冒険者ギルドの受付では、こんな会話が交わされていた。
「ぶっちゃけた話、冒険者でご夫婦連れとか、恋人とかは、あんまり見ませんよー。仲良しの宴会好きはたくさんいますけど」
「‥‥そこをなんとかならんかね。この際、単なる仲良しでもかまわん。うちの娘にもうちょっと、年頃の娘らしい興味を持って欲しいんだよ」
 依頼人になるかもしれない男は、大衆食堂の経営者らしい。家族で切り盛りする、さほど大きな店ではないようだ。経営者で料理人で、注文取りも兼ねているような、ある意味家庭的な店なのだろう。
 で、この店の看板娘と言えよう男の長女は、今年で十六歳。器量はごく普通、性格はおとなしく、料理の腕は大変によろしい。他の家事も得意で、読み書きもかなり達者だし、計算も出来る。下手に派手好きな器量よしなどもらっては家運が傾いていけない、などと考える商家の跡取り息子の嫁にぴったりの娘だ。
 それでまあ、人を解して、長女に縁談が来ている。相手もまだ二十歳になったばかりゆえ、双方の相性がよければ一、二年後に結婚をと親同士は乗り気なのだが‥‥
 当の娘は、恋に恋するどころか、祭りがあろうが結婚式に招かれようがいつもと同じ髪型で、流行の服にも、芝居にも、もちろん他人の恋愛話にも興味がない、奥手未満だったのだ。おかげで縁談がきても、『ふうん、そう』の一言。相手に会わせれば反応があるかと思いきや、『賭け事しない人なら苦労しないわよね』と気のない返事。
 父親は、心配で心配で。
「そりゃあ、世の中には好いてたはずが気持ちが冷めたなんてのは、よくある話だ。でも好いてもいないのと結婚なんて、とんでもない話だよ。それで、わしも考えたんだがね」
 まずはご近所の若夫婦達に来てもらって、仲の良いところを披露してもらった。その次は同業者やその家族など。しかしながら、やはり元からの知り合いは照れもあるし、相手の目も気になるから、それほど熱烈な『仲良しぶり』は発揮されなかったらしい。
 そしてもちろん、娘はぽやぽやぽやんのまま。うらやましいともなんとも思っていないのだ。
「まあ、セーラ様の教えに反するような関係は困るが、冒険者の夫婦なら熱烈な抱擁くらいはしてくれるかと思ったんだよ。一度くらいそういうのを目にしたら、縁談の相手とそんなに近しくなれるかくらいは考えてくれるだろう」
「気をつけないと、よその国の人だと抱擁や挨拶の接吻以外のこともするかもしれませんよ。あんまりふしだらなのは駄目ですよね」
「接吻だって、夫婦もん以外が人前でするもんじゃない。お、違うか。夫婦もん以外は人前であろうとなかろうとしちゃいかんな。挨拶だって、時と場を選ぶべきだろう」
 非常に真面目で、一般的なジーザス教徒の反応を見て、ギルドの係員は『よそに頼んだほうがいいんじゃないかな』と思っていた。が、じゃあどこにと言われても、心当たりはない。
 そんなわけで、『色恋沙汰に興味のない娘が、人並みの興味を持つくらいの仲良しっぷりを発揮してくれるお客募集(ご夫婦、恋人大歓迎)』の張り紙を途中まで書いた。
「団体もいいですよね? 一度は色恋沙汰の話でもすれば」
「うちの娘にちょっかいかけたら、その場で叩き出す」
 注意書きに『店員への直接的な接触は厳禁。あくまで、傍から見ていて恋人がいればいいかもと思わせるようなお客ぶりを希望』と書き足す。
 さて、後は報酬だが。
「当日の料理は無料とか?」
「いんや。そうだな、このくらいはまけても」
「こんな女心をどうにかしろって難しい話で、それはないでしょ。なんかおまけして、おまけ」
 しばしの熾烈な交渉の後、最終的にこうなった。

『色恋沙汰に興味のない娘が、人並みの興味を持つくらいの仲良しっぷりを発揮してくれるお客募集(ご夫婦、恋人大歓迎)。店は大衆食堂。
 店員への直接的な接触は厳禁。あくまで、傍から見ていて恋人がいればいいかもと思わせるようなお客ぶりを希望。
 なお、依頼を受ける夫婦、恋人の関係はセーラ神が認める範囲。団体客には良識と節度のある態度を求める。
 報酬として、当日の料理を三割引。上質のワインを一杯無料』

 ついでにギルドの係員はこう口頭で付け加えた。
「ほどほどにいちゃついて、うまいものを食べてくるか、団体で楽しい宴会をしながら色恋沙汰の噂話でもしてくるかでいいんだから、簡単な話だろ?」
 でも、と誰かが尋ねた。これって持ち出しなのでは?
「そうだよ。単にうまいものが安く食べられるだけ」
 そういう依頼って、ありなのだろうか? 目の前にあるんだけど。

●今回の参加者

 ea0918 フィーナ・ロビン(18歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea1726 シグマリア・アンズ(20歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1899 吉村 謙一郎(48歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2203 リュオン・リグナート(33歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea2792 サビーネ・メッテルニヒ(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea2843 ルフィスリーザ・カティア(20歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea4310 エルザ・ヴァレンシア(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea6115 雷 鱗麒(24歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)

●サポート参加者

アルス・マグナ(ea1736)/ ギルツ・ペルグリン(ea1754)/ ミーファ・リリム(ea1860)/ レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)/ ウィレム・サルサエル(ea2771)/ アストレア・ユラン(ea3338)/ ルー・ノース(ea4086)/ ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)/ ティム・ヒルデブラント(ea5118

●リプレイ本文

 今回の依頼人の経営する食堂は、結構下町にあった。その分冒険者も気兼ねなく出入りできて、懐具合を心配せずともよい。
「こんにちわ。よろしいですか」
 昼の忙しい時間を終えて、夕方の仕込に追われる店内に、ひょこりと顔を出したのはルフィスリーザ・カティア(ea2843)だった。依頼を受けたなんてことは言わずに、応対に出てきた件の娘に隅のテーブルを借りる許可を受ける。
「うちは吟遊詩人さんお願いするほど、上品な店じゃないんだけど‥‥」
「いえ、あの、詩をまとめるのに静かな場所が良かっただけなので」
 恋愛ものの詩を作りたいんですと、色々書き連ねた板切れや布などを取り出して、ルフィは娘に示してみせた。最初に来たにしては、なかなかさりげなく強引である。
「あと、お酒は飲めません」
「そんなら、なんかお茶を出してあげな」
 様子を伺いに来た依頼人の店主が、娘をそう急かしている。しばらくして、お茶受けまで持ってきてくれた娘に、ルフィは思った通りにこんなことを言った。
「親御さん、すごく仲が良さそうですね」
「喧嘩すると、料理の味が落ちますから」
 にこっと気持ち良く笑い返されて、ルフィの感想はこうだった。
 そんなに、心配するほどのことかしら?

 最初のバードは商売っ気がなかったが、客が集まる直前の時間を狙ってきたジプシーのシフールは、もうちょっと商売熱心だった。ただし、そのシグマリア・アンズ(ea1726)はゲルマン語がとんと話せない。
 同族の雷鱗麒(ea6115)がいなかったら、店の片隅で埋もれるしかなかっただろう。同じ依頼を聞きつけて、顔見知りがやってきてくれたのはシグマリアには幸運だった。
「そ。こいつが恋占いするんで、ちょっとだけ場所貸してほしいんだ。お代は看板娘にも占いでどうだ?」
 宙を上下して、ついでに左右にも揺れてみて、更に手足をバタバタさせて訴える雷の後ろで、シグマリアが銀色に塗った小枝を抱えてふよふよ飛んでいる。
「占いは仕事中だからいいの。えーと、場所はカウンターが目立つかしら」
 あまりにすげない言葉に、雷は地面近くまで急降下した。それを見れば、シグマリアも言われた内容の察しが付こうというものだ。
『なかなか難しいかもしれませんねぇ』
『‥‥酒と飯に期待だっ』
 二人の感想は、またちょっと違うらしい。

 本日はほとんど冒険者の貸し切り予定の店にやってきたお客としては、グリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)と連れ二人は一風変わっていた。見た目上品なのを変わっていると言えば、だが。
「ここのお料理が美味しいと聞いたのよ。一人じゃつまらないから、姉と下宿人も一緒ね」
 エルフ人生経験豊富なお年頃の姉妹は怒濤の勢いで注文を出し、本日のお勧め料理を記した石板に心奪われた感じの青年はほったらかしに、注文取りの娘に話しかけている。
 とうとう『髪型をちょっと変えたら、華やかな感じになるわ』などと、実際にグリシーヌが手を伸ばしたのだが‥‥さすがに食堂の娘、髪の毛が散ったら困ると断ってきた。
「それはそうね。じゃあ、おリボンなんかどうかしら。殿方の意見としてはどう?」
「‥‥いいと思う」
 その『いい』は料理と『御姉様』の意見のどっちだと突っ込みたくなるような返事に勢いを得たデルサリ姉妹だったのだが。
「地味でもいいと言われたので」
 それは誰に? と、楽しく思い悩んでいる。

 お客達が次の手を考えている最中、ものすごく普通にカップルな二人連れがやってきた。
「ここ? リュオンが選んだんなら、どこでもいいよ〜。きっと美味しいんでしょ?」
 男性リュオン・リグナート(ea2203)、女性エルザ・ヴァレンシア(ea4310)。どちらも人間、エルザは十字架のネックレスをしているからクレリックが神聖騎士、もしくは敬虔なジーザス教徒であることがわかる。依頼人はおそらくこうした二人連れを待ちこがれていただろう。
 ただ、そのリュオンに雷が飛び蹴りを食らわせることは想定外だろうが。
「なに? お前の彼女?」
 雷の一声に、周囲から忍び笑いが漏れたのは、問われた二人がぱあっと赤くなったからだ。ますます依頼人が喜んだだろうが‥‥
「あのなぁ、ぶしつけが過ぎるだろ」
「俺、デートの邪魔?」
「邪魔じゃないけど、びっくりしたわ」
「つうことは、デートか」
 店の片隅でバードとジプシーが口をあんぐり開けて様子を眺めているが、食堂の話題は依頼された方向へ急坂を転がるように変わっていく。エルフのお姉様方が、経験から持ちうるおしゃれの技術を試す相手を見付けたからだ。一心不乱に食事に勤しんでいる連れはもっとほったらかしにして、エルザの髪をいじり始めた。ついでにリュオンのも。
 当然、弄ばれる二人には大変なことだが、結論から言えば。
「‥‥いつもより大人っぽいのも悪くない」
 リュオンがようよう誉め言葉を口にしたのは、注文取りに来た娘に一番奥の席に案内し直された後のこと。入ってきたときよりお洒落度の増した相手に、どちらも照れくさそうで、でもにこやかな表情だった。
 その様子を、ルフィがこそこそと見守って、なにやら頷いている。

 その後は、三々五々にお客が集まり始めたが、どうやら顔見知りが多かったらしい。冒険者街で美味しいと聞いたからと口にしつつ、近況報告を始めていた。依頼で来たなどとは、もちろん誰も素振りにさえ出さない。
 そうして人数が集まると、それなりに料理もお酒も進むのだが‥‥
「どうしてパリで食べる魚って、塩っぽいのが多いかしら。このキジ肉のパイはとってもいいんだけど」
 一番大きな卓を当初六人、すぐにルフィを加えて七人で囲んだ一団の中で、サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)が額にしわを寄せている。内陸にあるパリでは、新鮮な海の魚介類は庶民は望むべくもないから、塩気のない魚料理は滅多にない。もちろん適度の塩抜きをして、きちんと調理されているが、たまには新鮮な物を食べたいと思っても悪くはなかろう。
「こっちの蒸し焼きはさっぱりしてて美味しいよ〜。このワインとよく合うの」
 友人のシフールがワインの瓶を懸命に持ち上げて酌をしてくれようとするのに気付かず、エル・サーディミスト(ea1743)が少々締まりのない笑顔を見せた。先程まで、知人の背中に抱きついたり、友人と今度はどっちが奢る番だと確認したりしていたが、すでにほろ酔い加減らしい。
 おかげで酌をされているはずのワインが少々テーブルに零れたのを見咎めたサビーネに、おでこを突かれている。もったいないことはしないようにと、厳しいご指導の後、ワインの瓶はサビーネに持っていかれたが。
「あ〜、僕もまだ飲みたい〜」
「これ、確かに美味しいわ。もう一本頼みましょ」
 この時、テーブルにはワインはその一本しかなかった。追加を頼んだが、もちろんそれはエルとサビーネが一本ずつ抱え込むような勢いだ。当然、他の者には回らない。
「さもしいぞ」
 あまりのことに誰かがそう口にしたが、サビーネはつんとあごを反らして無視した。エルは『たは』と笑っていたので、そろそろ真っ当な会話は危ぶまれるだろう。
 これまたあんまりな反応に、居合わせた男性の大半は呆れた様子を隠さないが‥‥サビーネもエルも、それぞれの理由で意に介さなかった。
「の、飲み物ほしいですよね。何か頼みましょうね」
 ルフィが慌ててワインの追加注文を出す。その横で水と杯を独り占めして、即興楽器製作中の者もいて、この卓は何かと賑やかだった。
 そして、とっくのとうに依頼のことはそっち退け‥‥の様子でもある。

 食堂が随分と賑やかになった頃合に、一人でふらりとフィーナ・ロビン(ea0918)が現れた。カウンターで恋占いをしてもらっている人間カップルを横目に、一番端の席に陣取る。竪琴を背負っているので、こうしたところにエルフとはいえ少女一人で入ってくるのも道理。ただ、そちらの仕事中ではない。
「野菜とキジ肉の煮込みと、チーズと黒パン。ところで、あれはいったいどういう?」
「いい気分になったら、人の浮いた話が気になったみたいですねぇ。今日はそういうお客さんが多いかしら」
 依頼人の話通りの冷め方に、フィーナもちょっとばかり苦笑した。しかし、横では恋占い、なんだか分からないが店の中央では女同士で引っ付いて、『男なんてね』とやっている。これだけお膳立てが揃っているなら突っ込むしかないと、彼女は思った。
 フィーナは恋愛叙事詩大好き、愛って素晴らしい、のバードだった。
「恋っていいですものね。物の見方や視界の色彩も変わりましてよ」
「‥‥別に変わらないけど」
「‥‥‥‥はいっ?」
 そして、彼女が娘の言葉を聞き返したときには、もう娘は注文を厨房に届けに行ってしまった後だった。だが、フィーナも負けてはいない。黒パンとチーズを持ってきてくれた娘を捕まえて、更なる追求に励んだ。
 変わらないってどういうこと? 芸の肥やしに、理想の男性像なんかも教えて? 等々。
 一部のいい気分になりすぎた者と占いに集中している者は除いて、皆がなんとなく聞き耳を立てているのに気付いたかどうか、娘はあまりのしつこさに負けて話し出した。
「酒とお金と女にだらしなくなくて、ちゃんと仕事して、派手好きでもなくて、教会で居眠りしなくて、うちの親も気に入る人。あと相手の親があたしを気に入ってくれるかも大事でしょ。どんなに素敵な恋だと思っても、周りが祝ってくれないのは良くないもの」
「堅実、ですのね」
 フィーナのみならず、聞いていた者が揃ってこう思った。
 当人がうんと言ったなら、今の縁談進めてもきっと大丈夫だよ、と。
 そして、フィーナの言葉に頷いてしまった。
「世の中には、川の流れが岸を少しずつ崩すように恋に落ちる方もいらっしゃいますけれど‥‥これは、極め付きですわ」
 『化粧して着飾って家事は出来ないから、そうじゃないときの姿でいいって言ってくれないと駄目ですよねー』と付け加えた娘に、もう、本当に頷くしかなかったのだ。
 見れば、依頼人もなんとも言えない表情で娘の言葉を聞いていた。隣の女将さんも、似たりよったりの顔付きだ。
「もう一押し、したほうがいいかしらね?」
 エルフの御姉様方の問い掛けに、依頼人は緩く首を横に振った。
「いやいや。井戸で果物を冷やしておきましたから、食べていってください」
 依頼人が納得したことだし、後は料理に舌鼓を打つことに専念しても良さそうだ。

 ただし、占い師に暇などない。
「おまえが真面目なら、ちゃんとうまくいく」
『あのぅ、リュオンさんが遠慮しすぎると、エルザさんに不安な思いさせますからって、言ってくれました?』
『だいじょーぶ、心配ない!』
 銀色の小枝を立てたり、倒したりして、通訳を使いつつ頑張っている。
『あんなほにゃららな笑顔の奴は占っても仕方ないから。今が幸せなんだから、ほっとけ』
 その筈だったが、少し様子が違ってきた。
「また酔っ払ってんのか」
「あら、何しに来ましたの。もう料理はありませんわよ」
「わーい、お迎えだー」
『あれ、あれがいい。三角関係だぞ、きっと』
 新たなお客が、エルに抱きつかれているのを眺め、それにサビーネがきついことを言っているのを見て、通訳は勝手なことを言う。
『うーん?』
 そうこうしているうちに貝の炒め物も食べたし、冷たい果物ももらって、占い師は開店休業になってしまった。
 誰もが楽しそうだから、それもいいのだろう。

 ちょっと遠回りした手紙が届いて、吉村謙一郎(ea1899)は危うく依頼を忘れそうになった。慌てて辿り着いた店では、客がそれぞれに帰ろうかとしている頃合だ。男女の二人連れが多いのは、今回の依頼のせいだろうか。
 まあ、依頼は別にしても食事はしたいし、なにより早く手紙を読もうと、吉村は店内に入った。
『白いご飯と味噌汁を』
「えーと、ジャパン語は分からないです」
「おもさげながんす。故郷の妻子から手紙が届きまして、つい懐かしくて言葉が」
 多少訛っていてもゲルマン語になった吉村に、娘も安心したようだ。この子が依頼にあったお嬢さんかと思いつつ、吉村も適当に注文をした。今はなにしろ手紙である。
 書いてあることは、別に特別なことではない。故郷と妻子の様子、後は江戸で見てきた祭りのことなどだ。時々、息子の字もあった。
「お客さん、ワインの瓶はこちらに避けますよ。倒したらいけないから」
「ああ、つい夢中になってしまいましただ」
 子供さん大きいんですかと問われたのを口切りに、吉村は仲間内で程々にしろと必ず言われる自慢話をし始めた。だが娘も慣れているのか、絶妙の相槌のみで吉村が語るに任せている。と、彼が喉を湿らせようと杯を取った頃合を見計らって、尋ねてきた。
「あの、シフール郵便って、高いんですか?」
「国内だとどうでがしょう。どこか遠方にお知り合いでも?」
「‥‥修業中であちこち出掛けるから、手紙出してもいいかって言われたけど、高いんだったら悪いから」
 一度確かめてみたいんだけどと、少々困ったような娘に、吉村はまったく年齢の違う娘のことを思い出した。月道に向かう前に、どうして毎日手紙くれないのかと膨れていた、妻に似た可愛い娘のことを。
「んだば、わしが頼んどるところに尋ねてみたらどうだす」
 何か書くものをと口にした途端に、店主が横から石板を差し出してきて、吉村とそれ以上に娘は驚いた。でも、すぐに説明とそれを聞くのに夢中になって、そんなことは忘れてしまう。
 吉村のところに料理が運ばれたのは、随分と後になってからのことだった。

●ピンナップ

エル・サーディミスト(ea1743


PCグループピンナップ(4人用)
Illusted by 石垣五郎