●リプレイ本文
犬はギルドの端でいつものように汚い身なりで、何かを待つように、ギルドにいる冒険者たちの邪魔にならないようにそっと隅にいた。
「あの犬だけど、あまり状態が良くないと思うの。はやく十分な食事を与えて、清潔にしてあげないといけないわ」
リディア・レノン(ec3660)が持ち前の動物知識によって犬の状態をみなに伝えた。
「それは、心配ね。けれどそれは通り過ぎる私たちではなくてちゃんと面倒をみてくれる人がすることよね」
と、フレイア・ケリン(eb2258)が言うのに、大鳥春妃(eb3021)、サラ・クリストファ(ec4647)もやはり心配だという面持ちだ。
だが、しっかりと飼ってやれない者が悪戯に犬に優しくしては、また傷つけることになってしまう。
「まずは、犬のことを可愛がっていた冒険者について調べる必要があると思うの」
サラの提案。
それについては、誰も文句はいわなかった。まずは、犬のことを大切にしていたという冒険者の情報を仕入れることが大切だろう。
「とりあえず、ギルドにいる人たちから知らないか聞いていきましょう」
リディアの言葉にサラは頷いた。
ギルドにいる人たちから情報を仕入れることにした。
サラは明るい笑顔でギルドにいる人々に声をかけていく。
「・・・・って犬のことなんだけど、聞いたことあるかな? 飼い主さんのこと知りたいの。どんなことでもいいから、教えてほしい」
サラやリディアの言葉に、犬を可愛がっていた冒険者をしる者たちに話しを聞いて回った。事情を聞くと、冒険者たちは自分の知る情報を語ってくれた。
犬のことは「クルト」と呼ばれていた。よく死んだ冒険者は干し肉を与えていたこと、よく犬の頭を撫でてやっていたことなどがわかった。
大鳥はリディアたちが人々から聞きだすのに水晶をとりだした。自分に出来る方法で情報を集めるためだ。
水晶にうっすらと何かが映る。それは目を凝らすと一軒の家が見えた。そこに小さな一人の男の子がいる。
「これは冒険者さんのご家族・・・・?」
「二人とも、冒険者さんのお墓の場所を聞けましたよ。ただ家のことなどは」
サラが言うのに大鳥が顔をあげた。
「それでしたら、わたくしの水晶に出ました。まずはご家族の方に会いに行きましょう」
「私は犬のことが気になるから残りたいのだけども、だめでしょうか?」
フレイアが言う。
犬をこのままにしておくのは心配なのだ。
「そうですね。場所がわかっているなら、二手に分かれましょう。犬さんのことが心配ですし」
と、大鳥が頷く。
犬を可愛がっていた冒険者の家はギルドからさして遠くもないようないようなので、サラとリディアが遺族のところに行くことになり。大鳥とフレイアが犬のところに残った。
フレイアは犬に近づいた。冒険者がよく与えていたという干し肉を差し出してやる。痩せた犬は悲しそうな目でフレイアを見つめた。
フレイアは真っ直ぐに犬を見つめて、優しく微笑む。犬は唸ることも警戒することもない。ただ何かを諦めたように悲しげにくぅと鳴いた。
「テレパシーで冒険者さんのことをお伝えしたほうがいいのでしょうか」
「そうね、けど・・・・この子は、もうわかっているのでしょう」
フレイアは犬をみつめて呟く。大切な人が、もう死んでしまい。そしてもう戻ってくることがないことを。
それでも犬は待っている。死んでしまったということが判ったとしても、大切な人の死を受け入れることが出来ずに。
「とても悲しいのね。クルト」
フレイアは声をかけると犬は小さく鳴いた。鳴いて、フレイアの手のなかにある干し肉を見た。フレイアが差し出すと犬は前に歩み寄って、肉を食べた。がりがりに痩せてしまっているのは、とてもおなかがすいていたようだ。ぺろりと肉を平らげてしまう。フレイアは、そんな犬を自分が汚れてしまうこともいとわず、優しく抱きしめた。犬は抵抗もしない。ただ悲しく小さく鳴いた。何かを訴えるように。
「二人とも、遺族の人を連れてきたわ」
サラとリディアが戻ってきた。
二人が連れてきたのは、十歳くらいの男の子だった。その男の子を見ると犬は小さく吼えた。何かを懐かしむように。
「兄が、生前可愛がっていた犬が居るって聞いて・・・・こいつが?」
男の子がじっと犬を見つめる。
「ずっと待ってるの。だから、何か冒険者の形見なんかを見せてあげてもらえないかしら?」
サラが言うと男の子は納得したように頷き、ズボンのポケットから何かを取り出した。
「・・・・兄の残した髪の毛を持ってきたんだけど」
犬は男の子が持ってきた亡き冒険者の髪の毛についている匂いに反応したようだ。尻尾をふり、男の子の傍による。
「よければ、亡くなった冒険者さんのお墓に案内していただきたいのですが」
大鳥の申し出に男の子は頷いた。
「そういうことなら協力する。ついてきて。ここからそこまで遠くないから」
男の子が言う。
墓に行こうとするが、犬は動かない。
「おいで」
フレイアが呼びかけると犬は戸惑ったようだ。動こうと思うが、それでも、ここで待ちたいという気持ち、二つが犬のなかにある。
「わたくしがテレパシーで教えますね」
大鳥が言う。
大鳥がじっと見つめると、犬は理解したように、それでも躊躇いながらも歩き出した。
男の子の案内してくれた墓地。その一番真新しい墓。案内された犬はその墓をじっと見つめた。
大鳥のテレパシーで、待っている人はもう帰ってくることもないことを犬に伝えた。
「・・・・もう、あなたのご主人はいないのよ。・・・・お願い、わかって」
リディアが犬を見つめて、呟いた。
犬は墓の前で周りを見回し、小さく吼えた。男の子が顔をゆがめて泣き出した。
「ごめんな、無責任な兄貴のせいで」
残された者は、ただ悲しみを悼むしかない。
残された悲しみを受け入れるには時間がかかる。けれど生きている者は、その無情な現実を受け入れなくてはいけない。
「よかったら、この犬を引き取っていただけませんか」
それは、この場にいるみんなの気持ちだ。このまま犬がギルドに居続ける理由はない。それに、あまり状態もよくない。人に引き取ってもらうにしても、出来れば遺族のほうがいいだろう。
「はい。喜んで」
男の子が頷いた。
犬は、じっと墓の前に立っている。
犬の今までの悲しみとは違う感謝する目で、この場の者たちを見つめている。まだ悲しみはあっても、それでも犬にはようやく一歩を踏み出すことが出来たことは確かだ。待つだけではなく、生きるために歩き出す力を、ここに居る者たちは犬に与えたのだ。
「まず、体を洗って、十分な食事をあげましょう」
フレイアが微笑んだ。