●リプレイ本文
●リプレイ
「困りましたねぇ〜」と槙原愛(ea6158)がのんびりとした口調で言った。
帰って来ない猟師の事だった。事前に何処へ出かけたのか、いつもは何処へと出かけているのか等を猟師仲間や妻に尋ねてみたのだが‥。
「まあ、確かに自分の猟場を簡単に他人に話す訳がないって、言われてみればもっともだわ」と藤浦圭織(ea0269)も諦め顔だ。
「ぼやいていても仕方がないだろう。既に一日。もし怪我をしているなら、森の中だ、危険は多い。とにかく早く探し出すぞ」
三菱扶桑(ea3874)はそう言うものの、具体的な手掛かりがない以上、こうやってただ闇雲に歩き回るしかないのが歯がゆいところだ。
「まあまあ、そう深刻になる事ないじゃん。一応、目印だっけ? 教わったじゃねーか。それに注意して歩けば、見つかるって」
環連十郎(ea3363)の考えに、扶桑は異を唱える。
「この広い森のどこにあるかも知れぬ小さな目印が、簡単に見つかる訳かないだろう」
「ねえねえ、圭織ちゃんは良く森とか行くの? 俺は、時々来るぜ。何かさ、こう人間が立ち入れない神秘な場所って感じがして、好きなんだよね〜。今度一緒にどう?」
「‥お前、自分の言った事を聞いていないだろう‥‥」
憮然として呟く扶桑をそっちのけで連十郎は軽快に喋り続けた。
「愛ちゃんは? 馬で遠乗りなんかすんの? 俺も良くやるぜ。あ、圭織ちゃんも善い馬連れてたよな〜。どう? 今度、三人で‥いや〜、今日はこんな美人揃いで、俺って幸運だなぁ〜」
楽しげに喋り続ける連十郎に圭織と愛は顔を見合わせて苦笑した。
一刻も早く猟師を見つけたいという想いで、冒険者達は夕刻前には村を出た。急速に明度を落とし、傾いていく太陽を追いかけるようにして森へと入ってしばらくが経つ。
「日が落ちてきたな」
森の中は平野に比べて暗くなるのが早い。ましてや木々はみな背が高く、昼間ですら黒々とした影を大地に抱え込んでいるのだ。
●日が落ちる前に
地面に広がる影の闇が急速に勢力を強め、森の昼の領域を問答無用で侵略していく。
木々とそして頭上の梢、さらには星が瞬き始めた空を見て、バスカ・テリオス(ea2369)は橘雪菜(ea4083)の肩を叩いた。
「直ぐに日が落ちます。そろそろ集合の合図をした方が良いでしょう」
森の中では時の概念が失われ易い。木々に阻まれ陽が見えぬ内に、いつの間にか夜闇に閉ざされてしまう怖れがあった。
「そうですね」
異国人あるバスカはまだこの国の言葉を知らない為、雪菜がこうやって通訳を買って出ているのだったが、彼女自身バスカの国の言葉に精通しているわけではなかった。完全な意思の疎通は難しい。
木々の隙間を縫うようにして広がる夕闇の空を雪菜は見上げる。合図は一斑から出る筈だった。こちらには森林の土地感のあるバスカがいる。一斑が合図をしてくれればそちらへ向かう事が出来る。
「そろそろ野営の準備をした方が善いよね〜」と最後尾を、馬を引いて歩いていた外橋恒弥(ea5899)が寄って来た。
「しかしこうも森が深いと、目印もどれだけ役に立つかだな」
雪切刀也(ea6228)は手近な樹に目印となる傷をつけながら呟いた。向こうの班でも同じ事をしているだろうが、いったいどれだけ役に立つのやら。
「確か合図は向こうの班から出る筈だな?」
雪菜に確認しつつ、刀也は彼女に倣い空を見上げた。微かに闇の中に狼煙が見えた。
「バスカ、あれが見えるか?」
と指差す方向をバスカが見る。言葉は通じなくともそれぐらいはわかるのだろう。
●夜営
二人ずつ組となって見張りを立てつつ夜を過ごす。
火を起こし続けていれば、よほどの事が無い限りは獣の類いは寄って来ない筈だ。夜営の人数が多い事と、火の勢いを考慮して刀也が手持ちの油を提供した。
「刀也くん。怖くなかった〜?」
雪菜から火打石を借りて火を起こしている刀也の側に愛がやってくる。
「雪菜ちゃん苛めちゃ駄目ですよぉ? 間違っても、ほっぺた引っ張っちゃ駄目ですからね〜」
などと言いながら刀也の頭を断りも無しに撫でる。刀也も刀也で大人しくされるがままになっているものだから、悪気の無い雪菜としてはやりたい放題だ。年齢はさほど離れていないのだが‥‥。
出来れば夜営などせずに、陽のある内に見つけてしまいたかった。しかしそもそも村を発ったのが遅かった。情報収集に時間がかかった為だ。
愛と圭織。バスカと雪菜。扶桑と連十郎。刀也と恒弥が組となって順番に見張りに立つ。 連十郎が特に女性陣と組みたがったが、折り合いがつかなかったので渋々断念した。愛は圭織と組みたがったし、言葉の都合上雪菜とバスカは一緒の方が善いからだ。
「文句を言うな。自分も出来れば藤浦殿と酒を酌み交わしたいところを我慢しているのだ」「何? あんた圭織ちゃん狙いなんだ?」
と連十郎が奇妙な表情で言う。
「いや、そう言うわけではない」
「なぁ〜に、真面目腐ってんだよ。だったら、俺とあんたは好敵手だな」
ビシッとポーズを決めて指差す連十郎。
「‥お前は、誰でも善いのではないのか?」
「おっさん。言う事がきついぜ‥」
と苦笑しながら連十郎は頭を掻いた。
夜も空け切らぬ内から捜索を再開したのは、人命を留意しての事だった。もし怪我をしているのであれば見つけるのが早いほど善い。
再び班を二つに分け、深い森の中を宛ても無く探す。
手掛かりらしき物といえば、行方不明になった猟師が使うという目印の形だけだった。自分にだけわかるようにと草や木の枝を奇妙な形に結ぶという目印で、あまりに特殊な為直ぐにわかってしまうという微妙な印だ。
しかし問題はそれがわかり辛い所に付けてあるという点だろう。一つは見つけられても、本人で無い限り次も見つけられるとは限らない。
一応妻から見つける方法を聞いてはいる。しかし森の中を歩く技術を持たない者では知っていても役には立たないほどの情報だった。
昼も近くなろうかという頃、晴れ渡った青空に白い狼煙が上がった。
●僅かな手掛かり
偶然森の片隅に猟師の付けた目印を見出した圭織のおかげで進むべき道を見出した一斑が、開けた場所を見つけた。
ちょうどその部分だけ空間が空いていて、草原の中央に立ち枯れした古木がある。以前は木立が在ったのであろうが、今は根腐れしてしまって見る影も無い。代わりにその一帯には何やら派手な色合いの茸らしきものが繁茂していた。
連十郎と圭織がそれを見て「大紅天狗茸だな」と言う。
見るからに毒々しい色彩の傘を持つマッシュルームだ「やはり毒キノコなのか?」と扶桑が不用意に一歩を踏み出した。慌てて圭織が静止するがもう遅い。
瞬間。
耳をつんざく様な悲鳴が辺りに轟いた。咄嗟に耳を塞いだ連十郎でさえも、あまりの音に立ち眩みを覚えた程だ。
まともにそれを聞いた扶桑と愛とは平衡感覚を失ってその場にへたり込んでしまう。身構えた圭織も思わず膝をついた。
「もう遅いけど、下手に近付くととんでもない事になるから次からは気をつけてね、扶桑。害は無いんだけど、うるさいのよね」
耳鳴りが止むのを待って、注意を促しつつ合図の狼煙を上げる。
目印があったのだから、この近くに何かがあると見て間違いないだろう。
しばらくすると、二班が到着した。同じ事を繰り返さない為に大紅天狗茸の説明をしてから、とりあえずは空き地に立ち入らずに周囲を調べる。
それを見つけたのは恒弥だった。
「これってさぁ、足跡じゃないかなぁ〜?」
茸が繁茂したせいもあるのだろう。やや地面が柔らかかった事が幸いし、確かに人間のものらしき足跡が森の中へと続いている。直ぐに足跡自体は薄れてしまっているのだが、手掛かりとしては大きい。
「歩幅の間隔からすると、走っていったようだな」としゃがみ込み、地面に手を当てながら刀也が言う。
「多分、声に驚いたのね」
「知らない奴が聞いたら、そりゃ驚くぜ」
状況から圭織と連十郎が首を竦めながら広場に群生する紅天狗茸を眺める。さっきのような事はもうゴメンだった。害は無いが、まだ耳鳴りがする。
「ともかく急ごう。扶桑さん、バスカさん手伝ってくれ」
目の善い二人に呼びかけつつ、刀也は真っ先に足跡を追いかけ始める。雪奈の通訳でバスかもそれに続いた。ひとり扶桑だけが遅れる。直ぐには二人を追いかけず、圭織に何かを相談しているようだった。
足跡は直ぐに消えてしまったが、探すべき方向さえわかってしまえば探しようもある。森に明るく、目も善い刀也とバスカが先頭を歩く。
「しかし、よくもでたらめに走ったよな」
木々の枝が折れ、草が踏まれて、それが目印だった。
「あれ、何かしら?」
視線を落して歩く二人とは別に森の様子に気を配っていた圭織は、木々の隙間から前方に開けた場所があるのを見止めて指差した。扶桑が目を凝らす。
「いたぞ!」
刀也とバスカが顔を上げて確認した。
木々の開けた場所。大きな岩があり、そこから背丈の短い草が広がって、小さな空き地になっていた。その岩の手前に人が倒れている。
馬を連れている恒弥以外の全員がすぐさま駆けつけた。
「生きているのか?」
猟師の側にしゃがみ込んで生死を確認している愛に扶桑が訊く。
「まだ息はあるみたいです〜」
と口調とは裏腹に厳しい表情だ。
「何もしないよりはましだと思います」とバスカが手持ちのリカバーポーションを差し出した。雪菜が受け取り、愛に手渡す。
「なるべく早く村に戻った方が善いな。恒弥さん」
刀也は後ろから覗き込むようにしていた恒弥に視線を送る。恒弥と愛は馬を連れてきている。二人なら先に村へと戻れるだろう。
しかし虫の息だ。なんとか持てば善いが‥‥。
ともかくも目的は果たした。しかし一つ気になる事がある。
連十郎は猟師の背中に広範囲に広がる火傷の様な傷が気になっていた。身に付けているものもボロボロになってしまっている。
最初に気がついたのは雪菜だった。馬の準備をする愛に代わって猟師を見ようとした時、不意に空中に浮かぶ白い雲の様なものに気がついた。
「あれは何でしょうね?」
その声に圭織と連十郎が目を凝らす。
「白溶裔だわ。気をつけて!」
見ようによってはくすんだ色合いの雲が浮いているようだ。実際は白いゼリー状の物体がゆっくり形を変えつつ、音も無く空中を漂ってくる。
不意を突き、分泌する酸で獲物を溶かして捕食する。取り付かれなければ、どうと言う事は無い。圭織は近付き過ぎないようにと注意を促した。
バスカは真っ先に一歩前へ出て、牽制の意味でソードボンバーを放つ。衝撃波が唸りを生じて突き進み、偶然にも白溶裔を巻き込んだ。
続けて圭織が抜刀し、間を詰め様に上段に構えた刀を振り下ろす。
空中に浮かぶ白溶裔は動きがそれほど素早くは無い。不意さえ突かれなければ、脅威にこそならない。刀は確実に白溶裔を捕えて傷を負わせた。
一瞬、ふらりと白溶裔が揺れる。
その間に恒弥と愛、それに雪菜は猟師の身体を馬の上へと運び上げた。
連十郎と刀也は抜刀しつつ左右に分かれ、同時に裂帛の気合いと共に刀を振るう。白溶裔の表面が大きく波打ち、ぐらりと大きく傾いて地面に落ちかかるがそれでもまだ浮かんでいる。
「なんてしぶとい奴だ」
刀也は思わず呟いた。連十郎も初めてこの妖怪を目にするが、確かに頑丈だ。
「自分に任せろ」
言いながら扶桑は刀を抜き打ち様に、続けて二度切り付ける。手応えは間違いない。今度は地面に落下した白溶裔だったが、それでもなお蠢いている。
さすがの扶桑もこれには目を丸くした。見かけからは想像できない生命力だった。
「連十郎さん、後ろです!」
大きく響いた声はバスカのものだった。内容はわからなくとも声色から注意を促すものである事はわかる。
あまりにもしぶとい妖怪に気を取られている内に、背後を取られてしまっていた。
咄嗟に避けた連十郎だったが、僅かに遅い。覆い被さる白溶裔が強い酸を出して肌を焼く。
思わず悲鳴を上げ、連十郎は岩肌に背中からぶつかった。岩肌に生えた苔から胞子の煙が上がる。
ぶつけられた衝撃に身体から離れたもう一匹の白溶裔がふわりと空中に舞った。
「目的は果たしたんだ、逃げよう! こいつら、洒落にならないぞ」
言外に、「これ以上増えたら」との意味込めて刀也が叫ぶ。その期待に応えたわけでもないだろうが、確かにまた一匹別の白溶裔が漂ってきた。
真っ先にその場を離れたのは馬に乗った恒弥達だ。
バスカの合図で、全員が走り出す。バスカ自身は再度ソードボンバーを放ち、白溶裔を牽制してから後に続いた。
●ささやかな土産。
馬で運ばれた猟師は、幸い何とか一命を取り留めた。
連十郎もさしたる傷ではなく、村で手当てをしてもらう。
ささやかながらの祝宴が催され、圭織と扶桑が持ち帰ってきた紅天狗茸が並べられた。
生でも食べられる茸だ。
群生地帯を見つけた事で、猟師仲間から酒の差し入れをうけ、上機嫌の圭織と扶桑の飲みっぷりに他の誰もがついていけない。
夜更け過ぎ、飲み過ぎて蒼い顔をしている連十郎の首を圭織が背後からぐいっと絞める。
「これぐらいの酒が付き合えなきゃ、まだまだよね」
と彼女は赤味の差した顔で笑った。