●リプレイ本文
●リプレイ
涼風がざわめきを立てながら、草の海を渡って行く。
自分の腰以上の高さにまで背を伸ばした叢が風に揺れるのを眺めつつ、紅林三太夫(ea4630)は「少しばかり厄介だな‥」と呟いた。
身の丈の低いパラという種族である彼では、この場所では見通しが効かない。一角蜥蜴を狩る為の罠を仕掛けるにも、気をつけなくてはならない事だった。
生まれた国は違えど同じパラであるディファレンス・リング(ea1401)が、蒼い瞳で三太夫を見上げる。
「どうしましたか?」
駆け出しのウィザードである彼には、まだこの状況が見えていないのだろう。
「いや、こうも見通しが悪いと罠を仕掛けたとしても追い込むのが大変だなと思ってな」
「そうですね。私なんかもう何がなんだか‥‥」
奉丈陽(ea6334)はパラではないが、二人よりさらに背丈が低い。
「一角蜥蜴って大きさがこのぐらいですから、ちょうど隠れてしまいますね。突然出てこられたら、ビックリしちゃいますよね」
一角蜥蜴の大きさを身振りと手振りで説明していた陽は、自分の頭上に影が差したのに気がついて顔を上げる。高野鬼虎(ea5523)が側に寄って来たのだった。ジャイアントである彼を見上げると、首が痛くなる。
鬼虎は以前この一角蜥蜴に関係した依頼を受けた事があるのだが、実物を見たのは退治された後だった。
「確かに大きい蜥蜴でした。聞いた話ですが、とにかくすばしっこくて力が強いそうです」 出来れば蜥蜴の数や大体の行動範囲を聞いておきたいと考えていたディファレンスや鬼虎の思惑は外れて、残念ながら詳しい情報はほとんど無い。わかったのは、今までこの蜥蜴を見かけたという場所だけだった。
数匹の個体がいるらしいが、後は猟師を生業とする三太夫の力に頼るしかない。
●トラップ・ゾーン
かなりの広範囲に渡って下調べを行った為、半日程の時間を要し、そこからさらに仕掛けを張り巡らせるのに半日。罠に使う材料などは村で用意してくれたが、手間は減るものではない。
それでも複数の罠を仕掛け、準備を整えるにあたり、一つだけ珍事が在った。
予期し得ぬ遭遇戦だった。
最初に遭遇したのは、ルナ・フィリース(ea2139)と共に罠の設置にかかっていた神田雄司(ea6476)だった。蜥蜴の生息範囲での行動だ、確かに遭遇してもおかしくない状況だったが、誰一人注意をしていなかった事が災いした。
ガサリと叢が揺れる。
明らかに不自然なその動きに、雄司は手を止め顔を上げた。屈んでいたところへ、叢から黒々とした体色の巨大な体躯を持つ蜥蜴が姿を現す。
奇しくも彼の蜥蜴の特徴でもある角と顔をつき合わす結果となって、雄司は一瞬硬直した。
その間、約一秒。
「うわっ! おのれ、蜥蜴ッ!」
やや意味不明の声を発しつつ、咄嗟に腰に佩いた刀に手を伸ばし、ブラインドアタックを仕掛ける。夢想流の奥義でもある抜刀術だ。やや体制が覚束なかったのはあるがそれでも剣筋は確かに蜥蜴を捕えた。手応えがある。
再び鞘に戻した刀の柄に手を置いて、雄司は敵の出方を待ったが蜥蜴は向って来ず、ややよろめきつつもくるりと背を返して叢へと逃げ込んでいく。
思わず安堵の吐息をついたところへ、突然の気勢に驚いたルナが「どうしました?」と駆け寄ってきた。
「いや、蜥蜴に遭遇したが、何とか追い払っ‥‥」
言いかけて、雄司は気まずい表情になった。
「追いかけましょうか」とルナも苦笑する。
すると、遠くで悲鳴が聞こえた。二人は慌てて走り出す。
同じ忍者である三太夫から罠の仕掛け方などを指示された島津影虎(ea3210)と共に作業に当たっていたディファレンスは、遠くから聞こえるガサガサという音に顔を上げた。何の音だろう? と首を巡らす。
すると今しがた自分が踏み分けてきた叢の向こうに、後ろ肢で立ち上がる大きな蜥蜴の姿を見つけて視線が合ってしまう。
「いや〜、目が合っちゃいましたね〜」
などと言っている間に、やや姿勢を低くした一角蜥蜴が角をかざして突進してきた。避けようとしたものの、中途半端な体制になっていたせいもあって成功しなかった。
腹部に強い衝撃を受け、息が詰まる。次の瞬間には小さな身体が宙に舞っていた。溜まらず上げた悲鳴が、叢に響き渡る。
近くで作業をしていた影虎はディファレンスの悲鳴に思わず顔を上げた。ちょうど彼の身体が叢の上を放物線を描いて飛んで行く様が見える。慌てて駆け寄る最中に、たった今ディファレンスを跳ね飛ばした一角蜥蜴と遭遇する羽目になった。
興奮状態の蜥蜴は間髪入れず影虎に向ってくる。
あまり殺生が好みではない影虎だったが、降りかかる火の粉を払わないわけにも行かない。少々の手傷負いながらも、既に傷を負っていた蜥蜴は二度ほど切り付けられると動かなくなった。
痛手を負ったデファレンスだったが、駆けつけたルナの応急手当と陽のリカバーで回復してもらうと、「驚きました」ととんだ災難に引き攣りつつも苦笑いした。
●大きな誤算
いざ準備が整って、追い立て班(ディファレンス、影虎、鬼虎、雄司)と待ち伏せ班(三太夫、陽、雪切刀也(ea6228))に別れ、合図を待つ。
作戦の開始はルナのソードボンバーだった。これで無作為に叢を吹き飛ばし、一角蜥蜴を追い立てようという作戦だ。
罠を仕掛けると同時に、ある程度の空き地を開いてある。蜥蜴が飛び出してきたなら、いい標的になる。
刀也はショートボウの調子を確かめながら、すっと目を細めた。彼自身は狩人ではないが、もしかすると剣戟で派手に立ち回るよりはこういった静かな心持ちの中で獲物を狙う方が向いているのかもしれないなどと、思ってみる。
やや幼い感じのする顔をキッと引き締めて、ルナは「行きます!」と声高く宣言した。
構えたロングソードを振り払う。
剣戟が見えざる波となって扇状に広がり叢を吹き飛ばす。
二発目を放った時に、近くの叢が激しくざわめいた。
それを機に、鬼虎が手にした六尺棒で地面を打ち鳴らしつつ大声を張り上げてゆっくりと前へと進む。
影虎やディファレンスもそれに続き、雄司も鞘に収めたままの刀を大袈裟に振りまわしながら、声を張り上げた。
追い立てられた一角蜥蜴が空き地へと飛び出す。
目の良い刀也はそれを見逃さなかった。飛び出た瞬間を狙って続け様に矢を放つ。すばしっこい蜥蜴の事だからと外れる事を覚悟していたが、不意を突かれたのも手伝って一角蜥蜴は続けて三本の矢を受けて、動きを止める。素早く近付いた三太夫が止めを刺した。
「出足は好調だな。この調子で、いこう」と意気揚揚と言うと、三太夫達は再び位置につく。
二度目はさらに順調だった。
ソードボンバーに驚いた一角蜥蜴は、仕掛けてあった罠に飛び込んで動けなくなってもがいている。
それを見つけたのはルナだった。
全員が寄ってくるのを見ながら、「近付くと危ないですよ。このままやっつけてしまいましょう」と剣を振りかざし、ソードボンバーを放つ。
「ちょっと待ったッ!」という三太夫の言葉は届くのが少しだけ遅かった。
衝撃波が一角蜥蜴と一緒に仕掛けてあった罠までをも吹き飛ばす。一撃でとどめをさせればそれはそれで良かったのだが、蜥蜴も案外にしぶとい。
やや距離を置いて地面にぽとりと落ちた蜥蜴はいきり立って、角を構えた。そのままルナへ目掛けて突進してくる。
「あ、あれあれ、ちょっと待って! キャァァァァ〜〜ッ!」
思いがけぬ事態に対応が遅れ、ルナも一角蜥蜴に強かに突き飛ばされる。だがそれで動きを止めたところを、鬼虎と刀也が挟み撃ちにして息の根を止めた。
陽に助けられて身体を起こしたルナは、衝撃ほどにはダメージはなく軽傷程度だった。だがそれよりも心理的な悔しさの方がダメージは大きかった。まさかこんな事になるとは思いもよらなかった。
三度目。
ソードボンバーを放つ前に、先に蜥蜴の方が動いた。それに気がついた雄司と鬼虎が後を追う。二人共に刀と六尺棒を大袈裟に振り回しつつ、罠のある方へと追い立てていくとこれもまた意外と簡単に罠へとかかる。
すると近くに居たディファレンスが、やや危険な光を目に宿してもがく蜥蜴へと近付いていく。
「このまま丸焼きにしてあげるよ」先ほど突き飛ばされた恨みとばかりに、村でもらってきた油を撒いて火を放つ。
「待て! 早まるなッ!」という三太夫の静止の声は、またも届くのが遅かった。
罠を仕掛けた辺りの草は、少しばかり乾燥していたせいで火の手が上がったが、直ぐに火は燻り、白い煙だけが辺りに漂い始めた。それでも油を撒いたせいで火はなかなか消えようとはしない。
生草が燻されて上げる煙に、全員がひとたまりも無く、涙を流して咽返る。罠が仕掛けてあった方は微妙に風下であった為、三太夫、刀也、陽は蜥蜴同様に燻りだされる羽目になってしまった。
「だ、だから早まるなと言ったのに‥‥」と息を切らしながら、三太夫は地面に寝転んだ。
ようやく火と煙が収まったが、実に効果的に叢に潜んでいた生き物達を燻り出してしまったようだ。
刀也も陽も体裁を忘れて地面に大の字になり、喘いでいる。
他も似たようなものだ。誰も皆顔に煤の跡がある事には違いが無い。
「い、いったい何が起こったんですか?」
と陽が情けない声を上げる。状況をつぶさに確認していた刀也と違い、彼女にとってはまったく突然の事だった。刀也が手を引いてくれなければ煙に巻かれていたかもしれない。
●そして夜は更ける。
しかし怪我の功名というか、この煙で燻り出したおかげで一角蜥蜴が一度に三匹も罠にかかっていた。苦しかったのは何も人間だけではなかったという事だ。おまけに煙の成果で弱っている。とどめを刺すのは意外と簡単だった。
もっとも、二度に渡って思いも寄らないアクシデントに見舞われたおかげで誰彼ともなく及び腰になってしまう。
瀕死の状態の一角蜥蜴をわざわざ遠巻きに突付いて、状態を確かめてからとどめを刺して回る始末だ。
それからも終日蜥蜴狩りが続けられたが、結局この六匹だけしか見つからなかった。
「これだけ探しても見つからないのなら、大丈夫だろう」と三太夫は言う。
よしんば居たにしても、さっきの煙攻めで何処かへと行ってしまったのかも知れない。
労をねぎらうささやかな酒宴が催され、その席で冒険者達が仕留めた一角蜥蜴の料理が振舞われる。
焼いたものから煮付けたものまで、いろいろな料理が並ぶ中、強かに突き飛ばされたルナはやや引き気味に料理を眺めていた。見た目はもう蜥蜴とはわからないが、昼間見たグロテスクな姿が浮かんでしまう。
「これ、美味しいんですよね?」と影虎に訊く。
「という話ですけどね、とりあえず食べてみましょう」
言いながら、とりあえず皮を剥いで焼いたものを無雑作に頬張る。
「どうです?」
「いや、案外といけますよ。少々固いですが‥‥」
その言葉につられて、ルナも煮付けにされたものを口する。恐る恐ると口の中に入れるが、確かに味は淡白だが歯応えがあってしかも癖がない。
煮付けの碗にお代わりを頼んでいるルナを見ながら、三太夫は鍋物にした蜥蜴の肉を口に放り込んだ。出来れば皮をなめして売り物にしたかったのだが、煙であぶられてはどうにも始末に悪い。今回は諦めるしかなさそうだった。しかし、この肉はなかなかにいける代物だった。
「どうです?」とディファレンスが訊く。
「まあ、食べてみろ」
と差し出された蜥蜴の肉をディファレンスはおっかなびっくりで齧る。
「‥‥うむ。美味い」
と横で呟いたのは刀也だ。黙々と食べ続ける刀也を見て、陽は碗の中の蜥蜴の肉を箸でつついてみる。
「食べないのですか?」
鬼虎に聞かれて、陽は「影虎さんは?」と訊き返す。
「私は僧ですから、ね」と苦笑する。
「これは食べておいてそんはないですよ」と横で雄司が笑う。
こうして夜は更け、やや波乱を含んだ依頼は無事終わりを告げる。