●リプレイ本文
●リプレイ
「四人か探索にはぎりぎりの人数だな‥‥」とジーン・グラウシス(ea4268)は呟いた。当初五人で探索するはずだったが、一人が来なかった。あらかじめ聞いた寺の近辺の様子を元に五つの地点に担当を分けて調べる事になっていた。レンジャーとして経験から、探索にはある程度の人数が必要である事はいうまでもない事だと知っている。人数的にはぎりぎりだった。
「まあ、そんなに広い寺じゃないみたいだしさぁ〜。何とかなるよ、うん」と呑気に答えたのは外橋恒弥(ea5899)だ。見た目は黒髪に金色の筋の入った頭髪、それに衣服も白い着流しとやや常道を外れているが、腕は確かである。
喋り方と態度で、どうも損をしている気がしないでもないが本人は至って気にしていないようだ。
「でも、あれよねぇ。実際の戦いも大変だったけどさぁ。またまた難儀な『お願い』じゃなぁい?」
恒弥と同じく浪人である渡部不知火(ea6130)は、変にしなのつく喋り方で後ろを歩く僧、二条院無路渦(ea6844)に同意を求めた。
「う〜ん、私戦いには参加してなかったから、よく分からないな。でも、お寺の探索って気持ち良さそう。なんだかお寺の中って温かい感じがするから、気持ちよく眠れそう‥‥」
やや的外れな答え方をして、ほんわりとした微笑を浮かべる無路渦の側に恒弥がすすっと近付く。
「昼寝しに行くんじゃないんだよね、シロ?」
「あはは、そうか。探索だったね、そう言えば何を探すんだっけ、トノ?」
秋口の風は心地よく、優しい肌触りを残しつつ通り過ぎて行く。この二人の会話を聞いていると、まるで緊張感と言うものが感じられない。いや、三人か。
とにかくジーンは柳眉をやや寄せて、額に手をやった。三人とも腕は確かなのだろうが、どうもノリに着いて行けないような気がする。それは決して自分外国の出身だからという理由ではないだろう。
●探索開始
古びた寺は、風に晒され既に自然の一部になりかかっていた。寺自体にも蔦や蔓が這い、垣根も何もかもが荒れ放題だった。一体何時から放ったらかしになっていたのだろうと思ってしまうほどだ。
「何が出てきてもおかしくなさそうねぇ〜」という不知火の言葉に全員が頷く。
ひとまず全員で寺の内外をおおよそ見て回り、いざという時の位置確認を行う。墓地以外は大声を上げれば辛うじて声が聞こえるだろう。
ジーンが庭にある池周辺。
恒弥が御神木のある雑木林。
不知火は薪貯蔵小屋と古井戸。
無路渦が寺の中をそれぞれ調べる事になった。
●天井にある天上
寺の入り口でそれぞれの持ち場へと分かれて、無路渦は境内へと入ってみた。手入れがされていないせいで中も随分と荒れている。柱や床板、至る所に煤がつき、風雨に晒されたまま手入れのされない部分は腐っている場所も在った。どこからか入ってくる隙間風を除けば、換気もされていない寺の中はじっとりと黴臭い。
これは予想外だった。もう少し、暖かな気持ちのいい場所を想像していただけに、これでは昼寝という気分にはなれそうもない。さっさと探し終えた方が良さそうだった。まだしも外の方が気持ちがいい。
調べる中心は御堂だ。やはり閉めきられたままのお堂の中も例外なく黴臭い。光も入ってこない薄食い御堂では、仏像の表情さえもどこなく寂しげだった。
無路渦は調べる前に思い切って戸を開放する。新鮮な空気が見えざる奔流となって広い御堂内に流れ込み、淀んだ空気を外へと押し出していく。
無意識に詰めていた息を吐き出し、ふと思い出したように見た天井に天上の様子を描いた大きな一枚絵を見出して、思わず溜息をついた。
「うわ〜、なんか凄い‥‥」
しかし広い御堂だ。調べるのにも手間がかかりそうだった。
●そこは地の底、井戸の底。
寺の裏手に回り、不知火はまず薪の貯蔵庫の中を物色した。何が起こるかもしれないので所々に張子をめぐらしで警戒は怠らない。、
薪の貯蔵というより、小屋そのものが既に薪代わりに燃やせてしまいそうな代物だった。いっそそのぐらいしか価値がないようにさえ見える。
朽ち果てた薪のなれの果てがいくつか転がる貯蔵庫の中は早々に切り上げて、少し裏手の井戸を調べる。
「これが問題の井戸か‥‥」
中を覗き込んで見るが、大地の下へと続く細長い空間は完全に闇の領域だ。いくら目を凝らしてみても見えるものではない。
深さを知る為に、傍に在った石を落とすとやや間があってかすかに固い物にぶつかる音がした。
「枯れ井戸なんですね」
危険があるとは考え辛かったが、それでも一応注意の為、薪に衣服の一部を巻きつけて落として見る。しかし反応はないようだった。
薪に火を灯し、中を照らしてみるがやはり奥底までは見えなかった。
「降りてみるか‥‥」
用心の為に刀を背負い、ロープを垂らしてゆっくりと降りる。かなり深い井戸だったが、永遠と続くというわけでもない。
漆黒の闇の中を折り続けていると伸ばした足に固い地面が触れる。どうやら底にたどり着いたらしい。真っ暗な中を手探りで触ったり叩いたりして調べていると、一部にやや音の違う場所が在った。
刀を背から外して鞘の部分で突付くようにして土壁を壊す。とても刀を振るう程の広さはない。
何度か突付いていると不意に土が剥がれ落ちるような感触がある。その場所に手を伸ばすと、固い感触の四角い何かが指に当たった。
「これか‥‥?」
しかし見えないのではどうしようもない。それならばと、持ってきた木の棒に火を点けようとする。だが、どういうわけか火を付けて直ぐ息苦しくなってしまい、不知火はその何かを引っ掴むと慌ててロープをよじ登った。
●天地を貫く物
「木の上ってさ、天地の間に在って異質な空間なんだよね。だから物怪の類いから神様まで色々住み着いちゃう、と。只の老木が御神木なんて呼ばれちゃったりする訳だし。これで決まりだよね〜」
と独り言を言いながら、恒弥は目当ての御神木の傍へとやってきた。
「流石だよね〜」
と聳え立つ樹を見上げる。大人が三人かがりでやっと抱えらるほどの太さの幹が、大地に根を下ろし、枝葉を茂らせていた。風雪に耐えた苔むした木肌はしっとりと色を湛えて見る者を圧倒させる。気のせいだろうか御神木の付近には清澄なまでの空気が漂っている感じさえしたものだ。
まずは樹の周りを見て回る恒弥だったが、やはり何も見つからない。
「やっぱり登らないと駄目かな〜」
しかし樹の先端は遥かに高く、簡単には登れそうもない。まずはロープを引っ掛けて、それからになるだろう。思ったよりも手間がかかりそうだった。
準備を整えて、御神木の前にかしこまって手を合わせる。
「えっと、ちょっと登らせて貰うけど勘弁してよね。これも世の為、人の為、んで自分の為ってね」
冗談なのか本気なの判別し難い事を言いながら、合わせていた手を離して代わりにロープを掴む。
「ヨイショッ!」という掛け声と共にロープを引っ張って危なっかしい足取りで樹を登る恒弥だったが、目指す天辺までは相当時間かがかかりそうだった。
●天を映す鏡
ジーンが池の周辺を選んだのは、口承の『天と地の交わるところ』という文句に、「天(そら)を映す水鏡」が結びついたからだった。
見れば池には蓮の葉が群生している。ジャパンではあの世とこの世を結ぶ乗り物とされていると聞いた事もある植物だ。口承の答えとしては相応しいように思えた。
まずは池の辺をくまなく調べてみる。小さな祠などもあったが、その中には奉納されてはいなかった。
池の様子もつぶさに観察するのだが、どれだけ眺めてみたところで何もわからない。
「池の中かな」
と、ずるずると引っ張ってきた長い廃材を使って池の底を突付いてみるが泥が上がって水が濁るばかりで手応えとなるとさっぱりだった。大して広くない池とはいえ、見えもしない池の底を探すのは、一人では無理があるように思えた。
●空白の示す所
昼時に一端集まって、御堂で広げたのはジーンが持ってきた弁当だった。修行先の小料理屋で準備してもらったものらしい。
全員が喜ぶ中、一人だけ恒弥が「キュウリないのかな」とポツリと呟く。親切で作ってくれた弁当とはいえ、キュウリが丸ごと一本入っていたならそれは問題だろう。
結局午前中の探索で見つかったのは、井戸の底から見つけた小箱と樹の根元に埋まっていたという、やはり小箱だった。
「いや〜、せっかく登ったんだけどさぁ。樹の根元に埋まってたんだよね」と、やや疲れた感じで髪の乱れている恒弥が頭を掻いた。
「私も危うく窒息死するところよぉ。もう、いやんなっちゃう」と不知火。狭い井戸の底で松明を点けたのだ。ある意味自業自得である。
「ねぇ、これってさあ。同じ物なんじゃなあい?」
と言われるまでもない。大きさもほとんど同じの小箱だ。
「とりあえず開けてみようよ。何が入ってるか、気になるしさあ」
登ったり降りたりと忙しなかった恒弥としては中身の気になるところだ。とりあえず報告をと思ってその場であけなかったのだから、早く見てみたい気がする。
小箱は何かで塗り固められていて、簡単には開けられそうもない。壊してしまう他はなさそうだ。しかし目当ての古文書が入っているには少しばかり小さい気がしたし、何よりも複数あるとは聞いていない。
「多分危険はないと思うけど、慎重に開けた方が善いな」
というジーンの横で、無路渦はデストロイを唱えようとしていた。「うわっ、やめろ!」と声を上げて、慌ててジーンが婿箱を抱えて退ける。
「無路渦。大人しくしてたと思ったら、やる事が過激ねぇ」
「え? だって、慎重にって言ったから‥‥触らない方がいいかな‥‥って」
無路渦には悪気があるわけではない。不知火も苦笑するしかなかった。
「トノ、私何か間違った事したのかな?」
不思議そうな顔で無路渦は恒弥に訊ねる。
「う〜ん。行動じゃなくて、発想が間違っていたんじゃないかなぁ」
そんな二人の会話を他所にして、ジーンはもう一度小箱を眺め回すがやはり壊してしまうしかなさそうだった。
一瞬ジーンは自分の短刀を見、それから不知火の方を見る。
「心得たわよぉん」と不知火は刀を抜き、峰を返して小箱を打つ。
ビギッ。
と湿った音がして、歪な形に変形した小箱の中から出てきたのは一枚の紙片だった。それを見て、もう一つも同じように割る。
「同じだよ〜。何だろうね、これ?」
掌大ほどの大きさの紙片が二枚。片手に一枚ずつ紙片を持ち、ヒラヒラと動かしている恒弥の手元を覗き込むようにして見ていたジーンが、「あっ」と声を上げた。
「何か書いてあるぞ。‥‥これ、絵かな?」
恒弥の手から二枚の紙片をピッと取ると、床に並べる。
確かに何かが描かれているようだった。
何かの図。簡略化されてはいるが‥‥。
「ああ、これここのお寺の地図よねぇん?」
気が付いたのは不知火だった。そう言われればそんな感じもしないでもない。
「これじゃ、よく分からないな」とジーンは腕を組む。
「せめてもう一枚あれば、いいのにねぇん」と横を見た不知火は、幸せそうな顔をして横になって寝息を立てている無路渦に気が付いた。
「静かだなと思ったら、寝ていたのか‥‥」
呆れたようにジーンが言う。
「シロ」と揺り起こされて、ぼんやりとした表情の無路渦がどこか遠くを見つめて「あれ?」と呟く。
「どうした〜?」と訊ねる恒弥に天上の一点を指差して、「ほら、トノ。色が変わってるの」と言う。
全員がつられて天井を見上げる。
天上の様子が描かれた絵の一部。蓮の葉の一枚が確かに変色していた。さっき調べた時には気が付かなかった。
「しかし高い天井だな。調べようが‥‥」
見上げていたジーンが言葉に詰まったのは、突然その絵の部分が「バギンッ」と音を立てて壊れたからだった。木片と共に、一枚の紙が舞い降りてくる。
デストロイで天井の一部を破壊したのだ。
ともかく三枚の絵を並べて見ると、明らかにこれが寺の敷地を示している図である事がわかる。
「全部で四枚みたいだね〜」
寺そのものと横手の墓地を書いた一枚。裏手の小屋を書いた一枚。そして御神木を書いた一枚。
「後一枚足りないわよね?」
「この三枚に何も印がないという事は‥‥」
「多分、池の所にあると思う。‥‥古文書」
●天と地の交わる場所
蓮が群生する池の周辺に立ち並んで、ジーンは一応池の底を突付いてはみたと説明はした。まず間違いなく、古文書があるとしたら池の底だろう。
全員で手分けをして池の水を汲み出しにかかる。一人なら無理な作業でも四人でやれば相当な重労働で済む筈だ。
池の水も半分くらいが減った頃、
「これで、なかったら災難だよね〜」と恒弥は疲れたように息を吐き出した。午前中に木登りで体力を消耗している為、他の三人に比べるとへばるのが早くなってしまう。
「ちょっと休もうよぉ〜」と音を上げて、フラフラと池を横切って歩くと、不意に足が何か固い物を踏んだ気がした。
思わず足を止め、首を傾げて手を水の中へと差し入れて、足に当たったものを手で確認する。土の中に、何かザラリとした感触の物が埋まっているようだった。
足をどけ、今度は両手を突っ込んで、その何かを引っ張り上げる。間違いなさそうだ。
「見つけたよ〜〜〜おっ?」
と言葉の最後に奇妙な声が重なり、次いで大きな水しぶきが上がる。
思っていた以上に膝の笑っていた恒弥は屈んだ拍子に力が抜けてしまって水の中へと背中から倒れこんでしまった。それでも手にしたものは離さない。
恒弥が見つけたのは石造りのやはり小箱だった。先の二つと同じように何かで塗り固められている為、簡単には開けられない。
流石にこれは開けようがないというので今度は無路渦のデストロイで破壊してもらい中身を取り出して見る。
古ぼけた一冊の書物が中から出てきた。
どうやらこれに間違いなさそうだ。
「天と地の交わるところ。なるほど、それらしい場所全てにわざわざこんなものまで用意して‥‥まったく、人騒がせな」
自分で見つけられなかったのは悔しいが、考え方として間違ってはいなかったという事でジーンは少しばかり嬉しい気持ちもあった。
「ねぇ、何が書いてあるのかな、トノ?」
「さぁ〜。俺達にはわからない事だよね」
やや肌寒そうにしながら、恒弥は濡れた前髪をぴっと指で弾いた。どうやら今回は当たりくじを引いてしまったようだ。
「ハックション!」とクシャミ。
「まあ、細かいところはギルドが調べてくれるわよん」
と不知火が笑う。