「江戸の怪」

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月07日〜10月12日

リプレイ公開日:2004年10月16日

●オープニング

「知っているか?」
 とその男は赤ら顔をだらしなく緩ませて、酒臭い息を吐き出した。
 男が話し出したのは、ここ最近江戸の町で噂になっている二つの事件の事だった。
「今度はどこぞの大商人の屋敷内に現れたらしい」
 と男は声をやや深刻めいて低くする。だが、酒気を帯びた赤ら顔は相変わらずにやけたままだ。
「そこのよ、息子がな。‥‥どうも取り憑かれたらしい」
 一旦間を置き、男は言葉の最後を消え入るように掠れさせる。
 江戸の町に女の幽霊が現れるようになったのはここ最近の事。
 美しい姿に惑わされ、生気を吸い取られて死に至ったものもある。
 見た者は例外なく、誘われてしまうともっぱらの評判だった。
 運がよければ死なずに済むという事から、それならば精も魂も尽き果てるぐらいに楽しんでみたいと思うが男の性質。
 羨ましさも手伝って、噂が広まっているというわけだった。
 しかし、男が深刻そうに言いながらも顔がにやけてしまうのには別のわけがある。
 大商人。町民とは違う裕福な暮らしをしている金持ちが、痛い目を見るのが実は愉快なのである。
 強欲が災いを招き入れ、慌てふためいているのが楽しくない筈がない。この事件がどう転ぶにしても、町民の笑いの種になるのは明らかだ。
「まったく。性悪女に引っかかるなんて、いい様だよなぁ」
 思わずそう呟いて、男はクックと笑った。そして慌てて周りに視線を走らせる。これでも一応良くない事の類いの話だ。
「何でも大旦那が異状に気がついて大慌てをしているらしいぜ。しかし相手が悪いやな。どれだけ厳重に警備しようがお構い無しってんだから」
 手にした杯をグイット呷り、男は続ける。
「しかもよ。おかしな事に、若旦那、つまり息子だが。警備をしていると、部屋の物が襲い掛かってきて邪魔をするんだそうだ」
 その部分だけはいたって真面目な顔になって、男は言った。
 どこからともなく入り込んでくるその女は、どう考えても人間ではない。一度ならず取り押さえようとしたらしいが、その度に家の中の様々なものが宙を舞い、襲い掛かってくるというのだった。
「くわばら、くわばら。何をやったかしらねぇが、こりゃきっと何かの祟りに違いない」

 そしてギルドに依頼が届けられた。
「つまりだな。この色仕掛けをしてくる色っぽい女の妖怪を何とかしてくれと、まあそういう事だ」と番頭は言った。
「傍目に聞いていれば、羨ましい気もしないではないが‥‥まあ、なんだ。当事者はそれどころじゃないんだろうな」
 やや複雑な表情をしつつ、番頭は頭を掻いた。

●今回の参加者

 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4068 常 緑樹(31歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea5899 外橋 恒弥(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6161 焔衣 咲夜(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6188 リアン・デファンス(32歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7030 星神 紫苑(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7310 モードレッド・サージェイ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

●リプレイ
「外橋、そっちはどうだった?」
 商人の屋敷の前で落ち合った外橋恒弥(ea5899)に風守嵐(ea0541)は単刀直入に聞いた。やや日は傾き、直に夜の訪れを思わせる。夜気の香りが風に乗って江戸の町を吹き抜けている。
「う〜ん。あんまり情報はなかったよ〜。知っている事以上はね〜」
 金のメッシュの入った長い髪を風に揺らされながら、のんびりと答えて恒弥はやや後ろに付いている二条院無路渦(ea6844)を見た。
「‥‥うん。ここの若旦那がだらしの無い男だっていう事だけ、かな」ほんわかとした感じで無路渦が言う。
「そうか‥‥」と嵐は腕を組んだ。出来得る限りこれまで同様の被害に会っている人達に話しを聞いてきたのだが、どうにも共通点が見当たらない。今回の若旦那以外の被害者はいたって普通の町民ばかりだった。
 やはり直接本人に訊くのがいいだろう。 

●下準備
 話に寄れば、家の中の物が襲い掛かってくるというので、リアン・デファンス(ea6188)、モードレッド・サージェイ(ea7310)、星神紫苑(ea7030)、常緑樹(ea4068)そして焔衣咲夜(ea6161)は護衛する部屋の中の家財道具などを片付けていた。
 運び出せる物は運び出し、大きな物は固定する。決して狭くは無い部屋だが、それでも八人がいるとなれば早々派手な立ち回りは出来そうにない。
 部屋の内と外で別れて警備する手筈にはなっているが、物の怪がやってくれば必然と一箇所に集う事になるだろう。
「多分なんですが、若旦那さんに取り憑いているのは精吸いというアンデッドではないかと思います」
 部屋の中を片付けながら咲夜はそう告げた。細面の楚々とした感じのする女性だ。知っているのは名前と人の生気を吸い取るらしいという事ぐらいだが、何かの役には立つだろう。
「アンデッドの中には通常の武器が効かないものもあると聞くが?」
 と訊ねたのは異国の戦士であるリアンだった。ハラリと落ちる銀髪を時折煩わしげに払っては作業に当たっている。
「そうですね。‥‥すいません私も詳しい事までは」
 一瞬考え、首を傾げた咲夜だったがそれ以上の事はやはり記憶に無い。
「まあ、用心するに越した事は無いだろう。俺がバーニングソードをかけてやろう。万が一の場合は有効な筈だ」
 横で会話を聞いていた紫苑の申し出に、リアンは「頼む」と頭を下げた。
「いいって事よ」
「じゃあ僕もオーラパワーで戦うよ〜」と横合いから覗き込むようにして緑樹が言う。細い身体ながら、武闘家だけあって力はあるらしい。大きな荷物を運ぶような事はしないが、てきぱきと部屋の中を片付けている。
「物が多いよね〜。片付けるのが大変だよ。それよりさ、あの若旦那どこ行ったのかな?」
 という緑樹の声に、一際大きい怒声が重なった。どうやら嵐の物であるらしい。
「えらい剣幕のようだな」
 と呟いたモードレッドの言葉を、リアンが全員に伝える。

●真実は何処?
「茶番もいいかげんにしてもらおう!」
 抜き放った白刃を煌めかせて、嵐は話を聞いていた若旦那とそして間に割って入った来た父親に向って屹然とそう言い放った。
「命に関わる重要な事ゆえに訊いている」
 突然の剣幕に父親は腰を抜かしそうになって尻餅をつく。
「そ、そうは言うが、息子も何も知らないと言っている。わ、私にだって覚えが無い」
「覚えが無い事は無いと思うなぁ、シロ?」
「うん。そうだねトノ。色々聞いてる、ね」
「そ、それは商売のこと故、い、言われるのは心外だ」
 顔の色を慌しく青から赤へと変化させ、言い訳をする父親に嵐は鋭い視線を向けて黙らせる。
「では心当たりは無いというのだな?」
「ない。誓って、ない」
 どこか哀れな表情を見せる父親から、視線を若旦那の方へと移し、嵐は微妙な表情をした。若旦那の方は話しにならない。何を聞いても相手の女、恐らくは人ではなかろうが、の事を悪しくは言わない。むしろ、こうやって警護されている事すら不思議でならないようだ。既にげっそりと痩せ細り、一人では満足に動く事も出来ない状態だった。移された布団の上で虚ろな視線を天井に向けるばかり。
 思った以上に厄介な依頼のようだと思わずにはいられない。この若旦那のだらしなさに鉄拳制裁をも考えていた嵐だったが、これでは一撃をくれただけで止めをさしてしまいそうだ。
 
●内と外
 夜半過ぎ。
 若旦那をかくまう部屋の内と外、それぞれに分かれて警備を受け持ち時を待つ。
 現れる時間はまちまちだと聞き、待つ間の眠気を紛らわす為に花札を持ち込んだ無路渦だったが、若旦那は惚けていて相手にならず、他の中間達もとても遊びに興じる雰囲気ではなかった。となると、どれだけ我慢しようとしてもついつい眠くなってしまうというものだ。
 都合三人で外を見張る事になり、一定の距離を置いて部屋を囲むように恒弥、リアン、そして紫苑が陣取る。何かあれば直ぐに騒がしくなる。その時は部屋の中にいる者が飛び出して加勢する手筈になっていた。三人の中心に部屋があるなら距離は均等になる。
「中々来ないよね〜」
 闇に目を凝らし、恒弥は次いで大きく伸びをした。既に一時以上もこうやっている。シロでなくとも眠くなるというものだ。
「あれ? 何かいるよ〜」
 ふと廊下の片隅から姿を現したのは、妙齢の美しい女性だった。薄暗い闇の中でもはっきりと艶やかな眉目が見て取れる。恒弥はふらふらとそちらの方へと足を動かした。

 何か事が起これば早急に駆けつける。広い屋敷といえども騒ぐのが一人や二人でなければ、いくらなんでもそれと気が付く筈だった。しかし‥‥。
 薄闇の中リアンは腕を組み、耳を澄まし、闇を睨んでいた。
 静かだった。時折聞こえる静かな旋律や歌声はここの主が緊張を和らげる為に行っているものと聞いているが、まあそれも乱れれば何らかの合図となるだろう。予め星神には自分の短刀を渡してある。何かあれば魔力を付与した上で方ってよこして貰う手筈だ。
「‥‥あれは何だ?」
 通路の向こう、濃い闇の奥から、一人の艶やかな女性が静かに歩き出てきた。口元に艶かしいとさえ思える微笑を湛え、憂いを含んだ瞳でリアンを見ている。同性のリアンでさえ、その女性を綺麗だと感じてしまう程だ。
 知らずの内に数歩足を踏み出して、リアンはその女性にふらふらと歩み寄った。

 デファンスから預かった短刀を弄びながら、紫苑はいつ来るともわからない精吸いと呼ばれているらしい存在を待っていた。どうやらアンデッドの類いらしい。自分の魔法の力が必要とされるかもしれないというのなら惜しみなく使うつもりだったが、闇雲にかけ続けても意味がない。騒ぎが起きたなら、真っ先にバーニングソードを使えばいい。
 微かな光が紫苑の白い肌を闇に浮かび上がらせ、銀色の髪に光彩を与える。微かにその光が揺らめいた。碧の双瞳を薄く細めて、紫苑は闇を透かして現れたその人影を注視した。美しい女性だ。艶やかな黒髪、光を微かに反射して煌めく瞳。ほっそりとした肢体が着物の隙間から見え隠れする。
「‥‥綺麗だな」と惚けたように呟いて、紫苑はふらりと彼女に足を向けた。

「静か過ぎる‥‥」
 訝しむように独語して、嵐は微かに腰を浮かした。それをモードレッドが無言で制し、代わりに立ち上がる。通訳であるリアンがいない為、言葉による意思疎通はできないが大体は伝わるというものだ。
 襖を少し開け、覗き見るようにして様子を窺ったモードレッドが、突然身体を硬直させて音高く襖を閉め、クルスソードを抜き放つと緑樹と無路渦とを振り向いた。
「もう、来ているぞ! 直ぐそこだ」
 血相を変えた表情からただ事ではない事を感じて、真っ先に嵐が忍者刀を抜き放ち構える。
「どうなっているんだ?」
 思わず口走った疑問には誰も答える事は出来ない。
 緑樹は素早くモードレッドに近付くと、彼のクルスソードに手を振れ、オーラパワーを付与させる。その目の前で襖が音を立てて開いた。
 立っていたのは、長い黒髪の着物姿の女性だった。涼しげな目元、紅い紅を引き濡れた唇。やや着流すように纏われた着物は少しだけ肌蹴て、白磁の肌を覗かせる。後ろでふらりと身を起こした若旦那が唾を飲み込む音が聞こえた。
 不利な体制を取っていたモードレッドは女が伸ばす手を避ける事が出来ない。ひんやりと冷たい手が心地よい感覚を首筋に伝えてくるや否や、直ぐに軽い痛みに変わった。慌てて振り解き、飛び退ける。それを見た無路渦は腰の鞭を外すなり、放つ。しなった鞭は空を裂き、女とモードレッドの間の畳を激しく打った。
「好きには、させない、よ!」
 普段のほんわかとした表情を完全に捨て去り、別人のような厳しい表情を見せ、無路渦は女を睨む。怪異なる物には、絶対に容赦しない。
 それを見た嵐が威嚇の意味で構えを大きく取り、声を上げた。
「待て。訊きたい事がある。何故この男を襲う? 理由があるのなら、言え。何故このような事をするのだ? もし怨恨ならば、代わって俺達が晴らしてやると約束しよう」
 女の艶やかな姿にやや視線を定める場所に戸惑いつつ、嵐は言い放つ。
 その問いに、しかし女は答えなかった。
 紅い紅を引いた唇が薄く引き伸ばされる。妖艶な笑みだった。
 嵐は背筋に薄寒いものを感じて、息を飲む。
 その時、部屋の中の物がガタガタと揺れ動き大きな音を立てた。しかし固定された家具はそれ以上動く事は無い。
 女が嵐を目指して動く。
 緑樹は自らの拳にオーラパワーを付与し、咲夜は数珠を掲げてピュアリファイの為の詠唱に入る。モードレッドと無路渦は咲夜の援護に回るべく位置を変える。
 だが、女の動きは予想以上に素早く、嵐は刀を振るったにもかかわらず首筋に伸びる手を振り切れない。一度、二度、切り付けはするが、固い物を叩いているような手応えがあるだけで、ダメージにはなっていない感じがした。
「クッ!」
 首筋に立てられた牙が、軽い痛みを伝えて来る。
 一旦は女を振り払い距離を取るが、直ぐに若旦那の存在を思い出し体勢を整え直す。
「外の連中は何をやっている?」
 吐き捨てるように呟いて、嵐はちらりと視線を襖の外に向けた。
「‥‥なッ?」
 そこに見た物に思わず言葉を詰まらせて、嵐は目を見開いた。青白い炎のような物が揺らめいて、宙を舞う。そのまますっと近付いた先には咲夜がいた。詠唱の最中では避けられるはずも無い。
 驚きの混じった悲鳴が上がり、同時に詠唱が中断される。嵐からは、その青白い炎が二度咲夜に触れたように見えた。
「お‥‥怨霊?」
 柳眉の間に苦痛に寄る深い皺を刻んで、咲夜は見た物の正体を呻くように呟いた。
 それはまったく情報に無い存在だった。
 場の硬直を破ったのは緑樹だった。
「行くよ!」無路渦の横をすり抜け、迷いを振り切るように声を上げ、女へ目掛けてダブルアタックの連打を繰り出す。
 右の拳は空を切ったが、左の拳が女の肩を捕えた。ガラスを引っかいたような不快な悲鳴が響き、女は苦痛に顔を歪める。苦し紛れに伸ばした手を軽くかわして、緑樹は「当たんないんだよー」と澄ました表情で言う。
 ガックリと膝を付いた咲夜を庇うようにして、モードレッドはクルスソードを逆袈裟懸けに切り上げる。その切っ先が青白い炎の端を掠めた。
 大きく炎が揺れる。しかしその逆撃がモードレッドの身体に触れる。
 強い脱力感。
「ち、力が抜けて‥‥」崩れ落ちるように膝を着くモードレッドの横で無路渦の放った鞭が唸る。確かに炎を打ち据えたが、手応えは固い。
 勝てない相手ではない。しかし状況的には苦しい。
 嵐は短く舌打ちをした。こんな予定ではなかった。
 ガタン! 
 緊迫した状況の中、その音を合図にして一斉に部屋の中の家具が激しくざわめき始める。気を取られた一瞬の隙だった。
 女がその場から背を向ける。一瞬呆気に取られた嵐が追いかけようとしたが、怨霊に牽制されてしまった。その怨霊も直ぐに何処かへと消え去ってしまう。
 後には厭な静けさだけが残った。

●それ故に
「‥‥言葉も無い。分散したのを逆手に取られたようだ」
 悔しげに紫苑は言う。リアン、恒弥共に女にチャームをかけられていいようにされてしまったのだった。
 それだけではない。
 後になってわかった事だが、屋敷の者の大半がその術中にいるらしい。
「それじゃあ、どうしようもないよね〜」と恒弥も頭を掻いた。
「容易に侵入されてしまうわけだな」
 浮かない表情になってしまうのは致し方が無い。リアンも何も出来なかった内の一人だ。
「風守。結局のところ何だったんだ?」
 紫苑の問いに、嵐はただ首を振った。何もわからなかったのだ。
 原因も、理由も、何故逃げたのかすらも、まったくわからずじまいだった。
「それでは、追撃の仕様もないわけか‥‥口惜しいな」
 悔しそうに歯噛みしながら、紫苑は拳を握った。

「怨霊に、精吸い。あのようなアンデッドがまとまって行動するとは、自然の成り行きでは考えられませんね」
 僧侶でありながら不浄なる者に遅れを取ってしまった咲夜も表情が浮かない。何かしら理由があるのだろう。今回はわからなかったが。もう少し知識を増やさなくては特殊なる不浄の物に対しては遅れを取る事がわかっただけでも意味があると言うものだ。
 名前だけでは心もとないという事だ。
 しかし、いずれにせよ問題の女はそれ以来は現れなくなってはいるらしい。一応の目的は果たせたわけだ。多少の心残りは有るにせよ。
 大旦那からはきちんとした報酬と共に、約束の手形が渡された。
 万が一次に同じ事が在った場合、助けてくれれば依頼の報酬を増やすという内容のものだった。