褌の貴公子

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月15日〜10月20日

リプレイ公開日:2004年10月22日

●オープニング

 降り注ぐ陽光を眩しげに見上げながら、その青年は透き通った青色の瞳を眩しそうに細めた。
 光を浴びて煌く金色の髪を風になびかせ、颯爽と歩く姿は江戸の町の人々の視線を集める。異国の地から来たこの貴公子を一目見ようと集まる者達も多い。
 金髪碧眼、そして容姿端麗。
 注目を浴びるのは仕方のないことだ。
 しかし、
 何故か沿道には集まる若い娘達の視線には好奇の色合いが強い。
「見よ、マーカス。この熱き視線を。やはりこのジャパンの者達は分っておるのだ」
「‥‥ええ、確かに」
 喜々として顔を緩ませる青年を見て、マーカスと呼ばれた初老の男性は反対に憂鬱な表情で深い溜息を付いた。
「何を辛気臭い顔をしておるのだ。せっかくジャパンにやってこられたのだ。この念願の国にな!」
 満面の笑みを湛え、胸をそらせる若者を見て、初老の男は「出来れば来たくなかった」と言うのが一目瞭然の表情をあからさまにした。
 別段この国に興味はない。こんな事がなければ一生イギリスの地を離れる事もなかっただろう。少々人とずれた感覚があるという事は小さい頃から知っていたが、ここまでずれるともう修正の仕様がない。
 マーカスは溜息を付くしかなかった。
 一縷の望みとしては、この国の者達が彼の主の間違った美的意識を変えてくれる事。
 間違った認識を正されれば、大人しくイギリスへと帰ってくれるだろう。
「見よ、マーカス! 皆私を羨んでいるぞ!」
「違います‥‥笑っているのですよ。コンラッド様」
 口に出しては言わなかった。言っても分ってはもらえない事はもう実証済みだった。
 スペクター・コンラッドはマーカスの恨みがましい視線などものともせず、その逞しい胸に腕を組んだ。
 風になびく豪奢な長い髪。
 そして、褌。
 着飾った上半身とは別に、下半身には褌一丁である。
 むろん煌びやかに飾られてはいるが。
 逞しく長い足。
 その真ん中には「間男」の二文字が刺繍されている。
 今のところ人々には文字の意味はさほど伝わってはいないようだが、いずれは知れてしまうだろう。そうなれば笑いものに箔が付こうというものだ。
 一体誰がこんな間違った知識を教えたのか‥‥。

●今回の参加者

 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3865 虎杖 薔薇雄(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6463 ラティール・エラティス(28歳・♀・ファイター・ジャイアント・エジプト)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●リプレイ
 柔らかな陽射しを眩い金髪に煌めかせ、貴公子ならぬ奇行師が行く。煌びやかな衣服と、煌びやかな褌を身に纏い、その褌には豪華絢爛たる「間男」の二文字。
 颯爽と歩くその異国の人物を見て、凪里麟太朗(ea2406)は憂慮の視線を険しくした。 町人の噂を聞きつけてこうやって来て見たが、確かに噂の通りだ。勘違いも甚だしい姿だここは一つ訓辞をたれてやらねばるまい。
 仲間達は既に近くの茶屋を借り切り、準備を整えている事だろう。志を同じくする者達だ。異国から来た勘違いの夫の襟元を、もとい褌を正さねばなるまいという使命感がある。
 まずは人目を避け、じっくりと話して聞かせる必要があると考えていたのだが、どうにもあの姿を見ていると我慢がならない。
 そこへ準備が整ったという知らを受けて、麟太朗は真っ先に足を一歩踏み出した。
 手始めに松明に火を灯し、ファイヤーコントロールで自分の背後に大きく揺らめかせる。何か形態を模写させようとも試みたが、うまくいかなかった。
 胸を張り、つかつかと足取りで麟太朗は異国の青年の前に立つ。かなり身長差がある為、麟太朗は見上げ、スペクターは見下ろす形になった。
「そこの君、ちょっと話があるんだが」
 突然目の前に現れた少年に一瞬驚いたような顔をして、スペクターは足を止めた。
「何かな? 少年」と爽やかな笑顔を見せる。
 上半身だけなら何も問題が無いのだが、問題は褌一丁の下半身だった。
「私は凪里麟太朗という。この江戸で漢を目指し修行中の身だ。お見知り置きを願おう」
「ほぅ。ならば我々は同士というわけだ」
 徐に片手を伸ばし、スペクターは握手を求める。麟太朗は戸惑った。
「コンラッド様、この国では風習が違います」
 マーカスに言われて、スペクターは「あ、そうだったな」と手を引っ込める。
「それで、何の用かな。少年?」
「少年、少年と、何度も言うな!」
 伸ばしていた背筋をさらに伸ばして、麟太朗は声を荒げた。
「私はお前に真の漢について話に来たのだ。心して聞くがいい」
 胸を張り堂々と言い放つ麟太朗をスペクターは黙って見下ろす。
「率直に言うが、『真の漢』でない者が勝手に称してはならない。そもそも『真の漢』は周囲が認めて与える称号であり、自ら自慢して名乗るものではない。過酷な修業に耐えた上で、尚且つ、天武の才、運命、人格等といった多数の条件を全て兼ね揃えなければならないが、お前は当て嵌まるのか」
 そんな説教の言葉に、スペクターは「ほほぅ」と感嘆とも付かぬ吐息を漏らす。
 麟太朗はそれを感じ入っているのだと理解して、徐に懐からハリセンを取り出すと、スペクターの派手派手な股間をぺしぺしと叩く。
 微妙な声を上げて一歩後ろに飛び退きながら、スペクターは「何をする。癖になったらどうするのだ?」とのたまった。
 「要は、褌に刺繍しようと考えた時点で、お前は『真の漢』ではない事を証明してしまったのだ。それに、褌以外の衣類を纏うのは、漢の証である“身体を極める”に至っていないと言っているようなものだしな。しかも、漢には階級があって、それは基本的に褌の色で決まるのだ。そう煌びやかにする事はない」
 と、厳しく言い放つ。最後に、「過ちを繰り返さない為に、今後、漢の事は漢に教えてもらうのだな」と、優しく微苦笑する。
 感心したように効いていたスペクターは、聞き終ると「ふむ」と吐息をついて、麟太朗に一歩近寄るとしなやかな手で、その頭を優しく撫でた。
「わかったぞ少年。つまり私の事が羨ましいのだな。その気持ちはよくわかる。もう少し大人になれば、私の様になれるさ。何焦る事はない心配無用だ」
「な、何ぃ?」
 予想とはまったく違う反応が返ってきて、麟太朗は顔を引き攣らせた。
 そこへ朱鷺宮朱緋(ea4530)静々とやってきて、軽く会釈をする。
「私は見ての通り、僧でございます」
 名を名乗り微笑む朱緋を見てスペクターが首を傾げる。
「是非貴方様のお話をお聞かせ下さいませ。お席を整えてあります故」
 と差し出す右手の先には茶屋があり、そこには数人の人影がある。「なるほど!」とスペクターは思わず指を鳴らした。見ればこの国の男児の姿もある。
 さらには朱緋にやや離れてついて来ていたラティール・エラティス(ea6463)が大きな身振りで「私達にお話を聞かせて下さいませ」としどろもどろになりながら言う。それは単に彼女の性質による物だったが、どうやらスペクターはいい風に誤解をしてくれたらしい。
「見るがいいマーカス! この国の者達が私の姿に是非話をと言う! さあ行くぞ」
 朱緋とラティールの誘いにすっかり気分を良くしたスペクターは、大股で茶屋へと向う。
「案外単純な方ですこと」と朱緋は微笑む。
 首尾よくこちらへ向ってくる異国の若者を見て、すっと立ち上がったのは虎杖薔薇雄(ea3865)だった。
「私は虎杖薔薇雄という。見ての通り、美の探究者だ」
 と斜め上を仰ぎ見て、両手を広げ、斜めに立ちながら自分の体のラインを惜しげもなく晒してみせる。斜めのラインを見せるのは美しさの基本だ。
 スペクターはその薔薇雄の所作に自分と似た所があるのを感じ取ったのだろう。目の輝きが増す。
「まずは間男の意味を教えておこう。そう、間男とは‥夫もちの女性と『いやんばか〜ん♪』な事をやってしまう男のことを言うのだ!」
「な、何と!」
 言葉の意味を素直に受け入れて、スペクターは自分の股にある豪華絢爛に飾られた「間男」の文字を見る。
「実に情けないとは思わないかね、そんな言葉を褌に入れてしまうなどとは‥‥」
 軽く額に手を当て、憂鬱そうに首を振りながら嘆く。だが徐に顔を上げたかと思うと、しなやかな指を伸ばしてスペクターを指差した。
「そしてその格好! 実に美しくない! 褌とは、見えそうで見えないのがいいのだ! もしくは全てさらけ出すものなのだ! この私のように!」
 声高く宣言したかと思うと、一気に着ていた物を脱いで、天高く放り投げる。
 鍛え抜かれた肉体が白昼の下に晒され、白磁の肌が陽光を反射して煌めく。そして下半身には名前の入った褌がひらめく。
「これで分かったかね? 君がいかに間違った知識を持っていたかという事を。君が選ぶべきは二つ。褌を腰に巻くのなら、見えそうで見えないところをいくか、何も着ないか、だ。まぁ私はあまりに美しいから、このとおり褌一枚でも光り輝いているがね。フッ」  ポージングしつつ薔薇雄は「ふっ、やはり私は何をしても美しい‥」と呟いた。
 完璧に決まったその構図に、スペクターは唖然と口を開ける。
「そうか、そうだったのか! 私も常々おかしいとは思っていたのだ。では、これで善いのだな!」
 言うなりスペクターも衣服を捨て去り、褌一丁になり大きく腕を組む。
 その肢体は美しく、けっして薔薇雄に引けは取らない。
「そう。その通りだ。私には到底美しさではかなわないが、簡素ながらもその姿勢は中々に美しいではないか」
 思わずそう感想を漏らし、薔薇雄はスペクターを見る。
 その視線を感じて、スペクターは自然と手を伸ばす。
「私は大きな間違いを犯していたようだ。目が覚めた。漢とは裸一つであるべきだったのだな!」
 スペクターの言葉に、薔薇雄も彼の手を取ると互いの健闘を讃え合うように肩を抱き合い高笑いが響いた。
 どうやら似たもの同士たったようである。
 それを見た朱緋が「あれでは駄目ですね‥‥」とボツリと呟いた。
「でもとりあえずは、『間男』が間違いなのはわかったみたいねぇん」
 奇妙にしなを作りながら、今度は渡部不知火(ea6130)が前へと出る。
「ちょいとお兄さん、いいかしらねぇん?」
 気分よくお互いを湛え合う所に水を差され、スペクターはやや不機嫌な感じで不知火を見た。
「‥‥何だ、君は? そのナヨッとした感じは、この国の男児らしくないのではないか?」
 訝しげな表情を声色にまで乗せて、スペクターは表情を険しくした。
「あら、はっきりと言うわねぇん?」
 一本取られたという風に、不知火は笑ってみせる。
「虎杖の言う事ももっともだけどぉ、ちょぉっと違うわねぇん。ジャパンの美学はさらけ出すより、むしろ隠す事よねぇん」
 と不知火が言うも、スペクターのは「ああ、わかった。わかった」とまるで相手にしようという気がない。
「では彼女の服装はどうなのだ?」
 ラティールを指差して、スペクターは言う。確かに彼女は肌を大きく露出しており、とても「隠す」と言う事を主体に置いているとは言い難い服装だ。突然指を差されたラティールは「ああ、殿方が私に注目してますわ」と恥ずかしそうに顔を背ける。
「野暮な事訊くのねぇん? あれは別の美しさが有るのよぉん」
「その通りだ。鍛え抜かれた身体を晒すのは、意味がある事だぞ!」
 すっかり話題から外れてしまっていた麟太朗が下から見上げるように付け加える。
「そうかそうか、わかったぞ少年」
 そう言いながら頭を撫でようとするスペクターの手を麟太朗は邪険に振り払った。
「少年って言うな!」
「スペクターさん。美にはそれぞれ最良の見せ方と言うものがあります」
 不知火に付き従うように立っていたリュー・スノウ(ea7242)が言葉を挟んだ。
「何を言う。美しき身体を晒す事なら、今虎杖薔薇雄殿に教わって、こうやって実践しているではないか?」
 と二人して、耽美のポーズ。
「そう。美しさは、罪なのですよ」と薔薇雄も耽美の世界へ没頭してしまっている。
「厄介が二つに増えたな」と麟太朗。
「でも鍛え抜かれた身体を晒すというのは、間違っているとも言い切れませんわ」とラティールも諦め顔だ。
「いや待て、そもそもの話の筋がずれてしまっていないか? 私達が正そうとしていたのは何だった?」
 その問いかけに薔薇雄を除く一同はスペクターの股間にある「間男」の文字に視線を集中させた。
「おお、そうだった。これは不名誉な言葉だったのだな」
 ハッと気が付いたように、スペクターはゴソゴソと豪華絢爛な「間男」褌を外しにかかる。ラティールは「きゃっ!」と言いながら両手で顔を覆う。指の隙間から見ているのはお約束と言うものだ。
「これでどうだ!」
 バサッという音と共に、外した褌の下からは真っ赤な褌が姿を現した。
「飾り褌だったのですね」とリューが意外そうに、端正な顔をほころばせる。
「呆れてものが言えん‥‥」
 麟太朗は額に手をやり項垂れた。やはりどこか間違っている。しかし、どうやって伝えたものか。
 高笑いと共に誇らしげに胸を張るスペクターを見て、不知火がニヤリと口の端に笑みを浮かべた。
「わかっちゃいねえ。わかっちゃいねぇぜ‥‥」
 今までの口調とは打って変わった渋く重みのある声に、スペクターが笑うのをやめた。何事かと不知火を見る。
 見れば、今までの軟弱ぶりが嘘で在ったかのように不知火の顔には濃い影が浮かび上がり、くっきりとした陰影が彼の周りに纏わりついていた。
 顎に手を当て不敵な笑みを浮かべる不知火は、軽く目を閉じながら言った。それを見たリューが察したかのようにつと後ろに下がる。
「豪華絢爛大いに結構。勘違いもまた、美学よ。しかし!」
 その言葉と共に、不知火は一気に着物の裾をいなせに捲り上げ、片足をドンと茶屋の椅子に踏み下ろす。
 空気が震撼した。
 遠巻きに見ていた町人から「おお!」と歓声が上がる。
 腰に閃くのは越中褌。
 股間には「真男」の二文字が質素に染め上げてある。リューの手によるものだった。
「この国じゃ、ここ一番ってな処までは晒さないのが男の『粋』ってモンだ。──飾りゃいい、って訳じゃあ無いんだぜ。英国の兄さん?」
 バサッという音と共に捲り上げた裾を戻し、不知火は再びしなを作る。「あら、やだ。恥ずかしいわねぇん」と、口元を隠す。
 その不知火に寄り添うようにリューが戻ってきた。「お見事です」と微笑む。
「そ‥‥そうか、私は間違っていたのだな。‥‥『粋』、ジャパンの美学とは‥‥」
 ガックリと膝を付き、スペクターは項垂れた。
「全てをさらけ出す事が真の男の生きる道だと思っていたが‥‥そうだったのか。『粋』か‥‥。マーカス、服を持て」
 力なく、スペクターは少しだけ離れてこの状況を見守っていたマーカスを呼んだ。そして持ってきた服をそそくさと着込む。
「あら、わかってくれたのねぇん?」
 その言葉に、スペクターはただ首を縦に振っただけだった。
「‥‥わからん。何がどうわかったというのだ?」
 と首を傾げたのは麟太朗だった。
「虎杖薔薇雄殿、そして‥‥」
「渡部不知火よぉん」
「渡部不知火殿。私は間違っていた。まだまだ未熟であった。さらにこの国で己を磨く事にしよう。貴殿達のおかげで大きな間違いに気が付かされたようだ」
 青く高い空を見上げ、スペクターは呟いた。
「ジャパンの美学の真髄は見せてもらった」
「真髄とは申しませんわ。特殊な一例だと思って頂いた方が‥‥」
 という朱緋の言葉は耳に入らなかったようだ。
「全てを晒す事。そして‥‥」
 と、スペクターはややぎこちなくしなを作ってみせる。
「これで、いいのよねぇん?」
「な、何ぃッ?」
 誰からともなく、声が上がる。
「ど、どこで曲解したらそうなるのだ?」と目を丸くして、麟太朗は言葉を漏らした。
「それでは、皆様。またお会いいたしましょうねぇん?」
 と、ヨタヨタと歩き去って行くスペクターを全員が唖然と見送った。
「皆様、お心遣いは感謝いたします。‥‥どうやら祖国に帰るのはまだまだ先になりそうですが」
 とマーカスは苦笑を残して、一礼すると去って行く。
「‥‥漢字一文字で意味の変わってしまうジャパン語というのは興味深い物ですね。それに美学も。まだまだ私も勉強が足りませんわ」
 リューの言葉に不知火は「‥‥奥が深いぜ」と一言漏らし、遠くに見えなくなっていく弟子? に目を細めた。

 『間男』褌がこの茶屋の名物となって飾られていると言うのは、また別のお話で。