「何かが‥‥いる」

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月19日〜10月24日

リプレイ公開日:2004年10月27日

●オープニング

 その家は随分と前から空家だった。
 以前に住んでいた家族が全員はやり病にかかって亡くなってから、ずっと。
 此処の辺りでは大きな地主の家だったらしいが、どんな金持ちも流行り病には勝てないという事だ。
「ねえ、やめようよ。お春ちゃん」
 と女の子は不安そうな表情で彼女の先を行く「お春」と呼んだ少女に訴えかけた。
「大丈夫だって」
 しかし、お春は友達であるやえのそんな声にも耳を貸そうともしないし、振り向きもしない。
 裏手にある壊れた戸口から中を窺うようにして覗き込み、そのまま中へと入る。
「ねえ、やめようってば。怒られちゃうよ〜」
「誰によ? いいから付いて来なさいって。絶対面白いものが見られるんだから」
 裏口から納屋へ。塀に囲まれた敷地は結構大きい。家の周りには蔵や納屋、それに厩まである。
 納屋の影から土間への入り口である戸を睨み、お春は「やっぱり」と呟いた。
 誰もいない筈の家の戸が、少しだけ空いている。
 昨日、村のとある人から聞いたのだ。
 誰もいない空家へと入っていく大きな白っぽい影を見た、と。
 
 戸を開けると、薄っすらと積もった埃が外の光を受けてざわりとざわめく。土間には足跡は無かった。
 火の入っていないかまどや臼。置きっぱなしの道具の数々。様々に所に闇が潜み、光の侵入を拒んでいる。その全ての闇に何かが潜んでいるようにすら感じられた。
「間違いないわ」と呟くお春の袖を引っ張って、やえはもう一度「帰ろうよ」と訴えかけた。
「何を言っているのよ。これは間違いなく妖怪なのよ。見たくないの、やえ?」
 そう、彼女の目的は妖怪を見る事だった。いろんな話は聞いているが、実際に見た事はない。是非とも自分の目で見てみたいのだ。
「‥‥だって、齧られたりしたら怖いよ」
 困り顔半分、泣き顔半分でやえは言う。
「そうねぇ。もし齧られたら、背が低くなっちゃうわね」
 そんな問題ではない。
 やえの言葉を半ば聞き流すようにして、お春は暗い家の中に目を凝らす。隙間から入ってくる細い微かな光だけでは家の中の様子はわからない。
 幾つもの部屋があるはずだ。そのどこかに隠れているのだろうか?
 土間から家の中へと上がろうとするお春を、やえが引っ張った。
「ねえ、もう帰ろうよ」
「ああもう、うるさいわね!」
 煩わしげにやえの手を振り解き、お春はそろりそろりと闇が支配する家の中へと足を忍ばせる。
 沈殿した空気が、まるで抗議の声を上げるかのように湧き上がり、微かな黴臭さを伴って攪拌される。
 何かが‥‥いる。
 そんな感じがした。
 誰かが隠れているというのではない。漠然とした感じだが、何かが潜んでいるような気がする。そしてじっとこちらを見ているような、そんな気がした。
 祖父と共に妖怪探しを始めてかなり経つ。しかし今だ本物に出会えた事ない。聞くのは噂話ばかり。祖父はかつて河童に出会った事があるという。
「いるわ‥‥絶対」
 闇の中、お春は怪しげに目を輝かせた。
 その時、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。置いてきたやえの声だ。
 慌てて戻ったお春は土間を見回すが、やえの姿がない。
 入り口を開け放ち光を入れると、足元には自分とやえの足跡がくっきりと残っていた。
「ちょっと、やえーッ」
 名を呼ぶが返事が無い。やえの足跡は最後に土間の壁の部分へと続いていて、そこで途切れていた。
 そこでやえは首を傾げる。目の前にある大きな白い壁。気のせいか、入った時には無かった気がするのだ。周りを見て見ると、幾つか物がなくなっているような気がしないでもない。はっきりとは分らないが‥‥。
 もう一度壁を見て、手を触れる。ひんやりとした壁だ。そして、
「足跡が壁の中へ消えているわ‥‥。間違いない、妖怪の仕業ね。大変だわ」
 さすがに、顔色を無くしてお春は息を飲んだ。
「このままだと、やえだけが妖怪に会えた事になっちゃう。‥‥負けられないわ!」
 ──そこかい‥‥。
 ふと、声が聞こえた気がして、お春は息を潜めた。ほんの微かに声が聞こえるような気がする。直ぐ近くのようだが‥‥。
「待っていなさい、やえ! 今すぐ妖怪を探し出してあげるわ! あなただけにいい思いはさせないわよ!」
 ぐっと拳を握り、お春は背筋を伸ばした。

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1181 アキ・ルーンワース(27歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea1369 鬼嶋 美希(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6161 焔衣 咲夜(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7675 岩峰 君影(40歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「良くぞ集まってくれた我が精鋭達よ!」
 腰に手を当てそう高らかに宣言する春を見て、全員が「はぁ?」と異口同音に言葉を漏らした。
「一度言ってみたかっただけよ」とお春は言う。
 やえが消えたという庄屋の庭に集まって、まずは状況の確認をしようという事だった。そこへ突然のこの珍事である。
「最初に確認しておきたいのだが」と御影祐衣(ea0440)は一歩前へ出る。彼女はやえがいなくなったときの状況を再現してみて、事件の検証をするつもりだった。その為にはきちんとした情報が必要だった。
「そのやえがいなくなった時の状況と言うのは、もう少し詳しくはわからないのか?」
「さあ? 私も見てたわけじゃないし」
 とお春の返事は素っ気無い。
「心配じゃないの?」と天乃雷慎(ea2989)が訊く。
「もちろん心配よ。だからこうやってあんた達を雇ったんでしょ?」
 何を馬鹿な事を。とでも言いた気に、お春は首を傾げる。

●潜むモノ
 やえが捕まっているという状況を鑑みて、とにかく何が起きたのかを解明する方が先だった。
 
 とりあえず中の状況を知る為にアキ・ルーンワース(ea1181)がディテクトライフフォース、そして焔衣咲夜(ea6161)がディテクトアンデッドを用いて様子を探る。
 咲夜の行為に疑問を抱く者もあったが、先日の事件でも行動を共にした風守嵐(ea0541)だけがその理由を説明するまでもなく理解した。
 思いもよらない敵の襲来で苦汁を舐めた記憶も新しい。用心に越した事はなかった。
「慎重過ぎるでしょうか?」と自嘲気味に苦笑する咲夜に嵐は静かに首を振る。
「いや、そんな事はない。万全を期しても失敗する事はある。用意と注意はし過ぎるに越した事はないだろう」
 その嵐の言葉に咲夜は静かに微笑み返した。
 嵐にしても先日取り逃がした怨霊がどこかでこの事件にかかわっててはいないかと気にかかってもいる。
 しかし、そんな心配も結果的に何の反応も出なかった事を考えると杞憂で在ったのかもしれない。
「おかしいなぁ。何もいない筈がないんだけど‥‥?」
 アキは何も感知できなかった事に一抹の不安を覚えながら、そう呟いた。少なくともやえが捕まっている筈だ。それなら何の反応も出ない事がある筈がない。
「食べられたかな‥‥?」
 とやや小首を傾げながらそんな事をさらりと言うお春に、アキは眉間に皺を寄せた。
「もしかすると、外へ連れ出されたのかもしれないよ」
 アキ自身は、もしかすると今回の事件は第三者の手によるものではないか、詰まるところ人間の仕業ではないかとも思っている。それならば、反応がないのも頷ける。
 
●囮大作戦
「それでは俺は先に屋根から入って、潜んでいる」
 と先に茅葺の屋根の一部を剥がして中へと入り込んだ嵐は、太い梁の上に立ち、暗闇に目を慣らすべく目を見開く。
 家の中は一部に屋根裏のような空間は存在するが、ほとんど吹き抜けだった。空間の広さが肌を通じて伝わってくる。これなら目が慣れてくれば在る程度の物は見えそうだ。例え下で何が起ころうが瞬時に駆けつける事が出来るだろう。
 今のところ何の気配も感じはしないが、油断はできない。何が潜んでいるのか、わかったものではない。
 
「しかし、これではどこか滑稽ではないか?」と腰に巻き付けられたロープをつまんで祐衣は不服そうにしかめっ面をした。やえがいなくなった時の状況を再現するべく、雷慎が春役、祐衣がやえ役という形で家の中へ入ってみる事になったのだ。もしもの時の為に祐衣の腰にはロープが巻きつけられ、アキがそれを持つ。
 作戦自体を考えたのは祐衣だが、このロープは余計ではないのか? 
「こうやっておけば、何かあった時安心だよ」と雷慎は言うが、微妙に口元が緩んでいる。少なくとも祐衣にはそう見えた。
「ああもう! 好きに笑い物にするがいいぞ。ほら、さっさと始めようではないか!」
 皆の視線を振り切るようにして歩き出した祐衣を雷慎が追いかける。
「僕が先だよ。順番は守らないと」と愛らしい笑みを浮かべて祐衣を追い抜く。
 家の中は未だ明かりが入らず闇が支配している。隙間から入る細い光以外は何も目印がない。雷慎は目を凝らし、感覚を研ぎ澄ます。しかし人の気配はない。人以外の物も。何かが潜んでいるのは確かなのだろう。その何かがやえを隠してしまった理由、それを知りたいと思う。理由があるなら、それを聞く。理由がなくこんな事をしでかしているのなら懲らしめなくてはならない。もし仮にこの暗闇の中で何かが起きても、嵐兄貴がいる。心強い事だ。
 土間から家の中へ。辛うじて見える足元に注意しながら歩を進める。後ろからは祐衣の気配がした。今の所は何ともないようだ。

●好敵手?
「あてが外れたな」と祐衣は難しい顔をした。結局、調べたが何も起きなかった。拍子抜けだ。
「ああ、もうじれったいわね!」
 と声を上げたのはお春だ。つかつかと家の中へと入っていこうとする。その首根っこを岩峰君影(ea7675)がひょいっと掴んで止める。
「余計な事をせずに、じっとしている事だ」
 飄々とした感じの青年だった。口調もどこか素っ気無さを感じさせる。今まで早めの夕食の準備を黙々と進めていたのだが、やや手が空いたので状況を覗いて見たならこの有様だ。
「ああもう! 離しなさいよ。埒があかないから見に行こうとしただけじゃないの?」
「お前さんが行った所でどうなるわけでもあるまい?」
 そんな君影の言葉を聞いてもいず、お春は「火でも点けて燻り出してやろうかしら」と物騒な事を呟いた。
 それを聞いた祐衣の眉がピクリと動く。
「今のは聞き捨てならぬな。御主、やえが心配ではないのか? 友達であろう?」
 との祐衣の言葉にお春は僅かに首を傾げ、間を置く。
「‥‥どちらかというと、子分ね」
「そんな事を聞いているのではない! この偏屈者め。そういう輩にはお仕置きじゃ!」
 言うなり祐衣は右腕を真っ直ぐに伸ばし、お春の首元へとぶつける様にする。
「少し頭を冷やすがいぞ。上素短羅離頭刀ッ!」
 だが、それをお春は身軽に飛び退いてかわす。そのまま地面を蹴ると祐衣目掛けて両足を揃えて蹴りを繰り出した。
「何の甘いわ! 秘儀、泥塗布蹴苦ッ!」
 意表を突いた蹴りを思わず両手を交差させて防いだ祐衣は距離を取ったお春を見て「御主、中々やるな」とにやりと笑う。
 奇妙な友情が芽生えた瞬間であった。
「二人して何を馬鹿な事をしているのだ。まったく‥‥」と呆れた顔と声とで浦部椿(ea2011)
は二人を見る。
「まあそう言うな浦部。元気があっていいじゃないか?」
 と横槍を入れたのは鬼嶋美希(ea1369)だ。先程から一人悠然と事の成り行きを見守っている。実は考えがあってそうしているのだ。万策尽きたなら、その時は自分の出番だった。君影の用意した味噌鍋の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
 何を呑気な事を、とでも言いたげな視線をちらりと送り、椿は戸口から覗く暗い家の中に視線を戻す。
「そろそろ日が暮れる。早くせねば、やえ殿が心配だ。私がもう一度中に入って見てこよう」
 言いながら椿は、先に家の中に入った嵐の顔を見る。
「特に危険は感じなかった。が、用心は怠るな」
「承知した」
 それだけを答えると、手に提灯を持ち椿は家の中へと入る。このぐらいの大きな家なら二階なり屋根裏のような物がある筈だ。そこから梁を伝って上から見てみるのがよいだろう。
 案の定、二階へと続く細く急な階段を提灯の灯の中に見つけ、用心して上る。上がってみれば二階という程の立派な物ではなく、簡単な物置のようなものだった。そこから梁を伝って問題の土間の上へとそろりそろりと足を運ぶ。
 さすがに提灯を持ちながらでは覚束ないので、後方に置き、腰にはロープを結わえて階下に落ちないように柱に結ぶ。
 微かな光源を便りに目を凝らす。
「‥‥?」
 眼下の土間の様子に椿は赤に近い薄茶色の瞳を細めた。聞いていたのと様子が違う。確か、幾つか物がなくなっているような気がしたとか聞いていたが、別段異常がない。広々とした土間だ。
 もしやと思い、視線を家の中へと移す。
「‥‥なるほどな」
 そして、誰にも聞こえないどの小さな呟きを、椿は発した。何もなかったかのように家の外へと向う。
 
●妖怪にようかい?
「ねぇ、どうしてそんなに妖怪に遭いたいのさ?」
 椿を待っている間、雷慎は落ち着きのないお春に訊ねた。冒険者として生活する間に、彼女もそして兄弟達も何度か妖怪と呼ばれる者達と見えている。雷慎にとってはそれほど稀有な存在でもないのだった。
「ただの興味よ」
 と素っ気無い答えに、横合いから嵐が口を挟む。
「俺は今までに、鎌鼬や精吸・悪霊という妖怪と出会っている‥‥どれも、一つ間違えば命が危い物ばかりだった。決して無害な物達ばかりではない。追うなとは言わんが、それ相応の覚悟はしておけ。遊び心や好奇心だけなら──」
「ああもう、お説教なら結構よ。危なくなったら、その時考えるから」
 嵐の言葉に途中で遮り、お春はまるで耳を貸そうとしない。横で煮炊きの準備をしていた君影が、ふと顔を上げる。
「まあ追いかけるのはお前さんの勝手だが、向こうにも事情があるかもしれんだろう? 自分の家に土足で入られたら気分が良くないのじゃないか?」
「私の家に土足で入り込んでくる奴が居たら、目に物見せてやるだけよ」
 と腰に手を当てて高笑いするお春にはどうやら何を言っても無駄のようだ。
「妖怪かぁ。僕も猫又とか会ったよ。二番目の兄貴は河童と相撲したし‥‥」
 何気ない雷慎の一言は大いにお春の興味を引いた様だった。
「ちょっとその話。じっくり聞かせてもらうわよ」
 と、したり顔のお春が彼女ににじり寄る。

●道理の通らぬわけがない。
 家の中から出てきた椿が中でおかしな物を見たと伝えた時、真っ先に意見を言ったのはアキだった。
「でも、僕の調べた限りではこの家の中には何も‥‥」
 アキが気にしている事はその事だった。ディテクトライフフォースでは何の反応も出なかった。それが不可解で仕方がないのだ。
「魔法が万能ってわけじゃないさ。失敗だってある。過信しすぎない事だ」
 と美希は言う。
「そうだ。万全の備えを持ってしても、意表を突かれてしまえば対応できない事もある。こだわり過ぎない事だ。重要なのは、その場に置いて何をすべきかを判断する事だろう」
 それは決して戦いの場のみにおける鉄則ではない。教える事を生業とする嵐にとって、忘れてはならない心構えだった。
「私達は所詮小さき存在ですよ。万能には程遠き者。過信はなさらぬが良いでしょう」
 と咲夜は微笑む。
「まあ、堅い話は抜きにして。俺が知っている理の中じゃ間違いのないのが、一つある」
 凪が終わって吹き始めた夕風に長い髪を揺らされながら、美希は手に持った酒壷を掲げて見せた。
「俺の聞いた話じゃ妖怪って奴は酒好きが多いと聞く。なに、酒を好む輩に悪人はいないさ」
 豪快に笑いながら、美希は君影に目配せをする。既に打ち合わせは済ませてあった。
「丁度頃合だな。さあ、手伝ってくれ。ここは一つ晩酌を馳走になろうじゃないか。せっかくの誘いだ。断る道理はない」
 夕餉の支度を整えるべく君影が動き、未だ事態を飲み込めない嵐や椿を使って鍋を家の中へと移させる。
 提灯はそれぞれ持っているものが火を点け、明る過ぎない程度に部屋の中をほのかに照らす程度に灯した。
 鍋を囲んで円形に座り、美希は持っていた濁酒の栓を開け皆に振舞った。美希自身は壁際にどかっと座り込み、一人、杯ではなく壷から豪快に酒を煽る。
 やえの事を心配する祐衣や嵐に「いいからまあ、飲め」と強引に酒を勧め、雷慎やお春までもが目が虚ろになる頃合を見計らって、美希は背にある壁にもたれかかった。空の杯を掲げて、壁に話し掛ける。
「おい妖怪。居るのなら出てきて酒でも飲まないか? 酒ならたんまり有るからよ。ほれ、杯もある。俺と飲み比べっていうのはどうだい?」
 すると、寄りかかった白壁の何処からか、ひょいっと手が伸びる。その手が杯を掴んだ。
「お、話が分るじゃないか。まあ、飲め」
 にんまりと笑みを浮かべた美希は杯に酒を注ぎ、自分も煽る。
「やはり、そこに居たか。わらひの睨んだ通りらな‥‥」
 やや呂律の回り切らない口調で椿は笑みを浮かべた。白磁の肌が紅に染まり橙の灯に照らされて艶を見せる。
「あら、いつの間に?」とこちらも頬を紅に染めて咲夜が笑う。酔いのせいもあるだろうが、皆警戒心が薄れてしまっていた。それだけ美希に飲まされたと言う事だが。
 嵐は年少者の相手に疲れてしまい、早々に壁にもたれかかって目を閉じてしまっている。
 
 すっかり皆が寝静まり夜も更けて、それでも酒豪の美希はほのかに赤く染まった白壁の妖怪と酒を酌み交わしていた。が、そろそろ互いに酔いも回り体裁も怪しくなっていた。
「おい妖怪。良い呑みっぷりだったな。今度また呑み交そう。その時は俺の家に来い。ここじゃ手狭だろ? それに町ならお前が隠れていても判らんさ。ただし酷い悪さをしなければな」
 その言葉が分ったのだろう。美希は気持ちよく眠りに落ち行く寸前に、寄りかかっていた壁がするりと動くのを感じた。
 
●一件落着?
「昨夜は馳走になった」
 伸びをしながら、開け放たれた戸口より入り来る朝日に眩しそうに目を細めた美希は、てきぱきと片付けを進める君影に、「いや、美味い物を食わせてもらった。おかげで酒が進んだよ」と笑って見せた。
「事情は既に説明しておいた。うまくいったのだろう?」
「ああ、その筈だ‥‥やえは?」
 その美希の問いに、君影は首を傾げた。
 外では、お春が何やら大騒ぎしているのが聞こえる。
 
「あ、あんた! 今まで何処行ってたの?」
 驚きの声を上げて指を差したその先に、現れたのはやえだった。手になにやら籠を持ちその中にあるのは食料のようだ。
「家に居たけど? だってお春ちゃん私を置いて返っちゃうから。私は壁のお化けさんに食べ物持ってきたんだけど?」
 やえの言葉にお春はハッとなり、家の中をグルリと振り向く。
「あっ! 妖怪は?」
「それなら、昨夜出て行ったぞ」と美希。
 お春の口がポカンと空く。視線が虚空に飛んでいた。
「大丈夫? お春ちゃん。顔の輪郭崩れているよ?」と雷慎がその顔を覗き込む。
「あ‥‥、あんたのせいよ! このっ、辺頭弄絞を食らいなさい!」
 お春は八つ当たりとばかりに両腕でやえの頭を抱え込み、締め上げる。やえの悲鳴がこだました。
「‥‥中々の手練じゃ」
 その光景を見た祐衣が、感心したように呟いた。アキが「困ったなぁ」という表情で微笑む。