●リプレイ本文
●リプレイ
探索班と麓での待ち伏せ班。山の中へ分け入る判を二つにし、三手に分かれて件の熊を仕留める策となった。
木賊真崎(ea3988)を高澄凌(ea0053)、モードレッド・サージェイ(ea7310)。
外橋恒弥(ea5899)、黄由揮(ea4518)、二条院無路渦(ea6844)。
がそれぞれれ森へと入る。
陣内晶(ea0648)、白鳥氷華(ea0257)、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)、御神楽澄華(ea6526)はお冬を傍に置き、麓で待ち受ける。
「む森の中へは入らないのですか?」
と訊ねるお冬に氷華は、
「待つ事も作戦の内だ」
と答える。
「全員が同じ事をしても意味が薄い、それに貴女を連れて森に入ったのでは、行動に制約が多過ぎる。相手は凶暴な熊。なれば注意するに多すぎる事はないだろう。ここで待つ。あなたは貴女の出来る事をするべきだ」
「‥‥はい」
手に持った短剣を握り締め、お冬は小さく頷いた。アイーダが短弓を貸してくれるとも言ったが、残念ながら彼女には弓を扱う技量がない。
そんなお冬をちらりと横目で一瞥し、澄華は森を眺めやった。
「何も動きがないですね」とボツリと呟く。
「まだ見つかっていないのかな。それとも首尾よくこちらへ向わせているんですかね」
と晶がやや緊張感に欠ける口調と面持ちで相槌を打つ。
「いずれにせよ、油断しない事だわ。追い立てられて逆撃に出る事もあるかもしれない。こちらには守るべき対象ががあるのを忘れないでね」
愛馬の首筋を軽く叩きながら、アイーダは緊張を解いてやる様に何かを呟いた。軍馬ではない馬では予測もつかない行動をするかもしれない。しかし足を活かせる方が優位な筈だった。
●目に見える幸せを
案内役の猟師の背に続きながら、真崎は幾度となく森の中へと視線を走らせた。特別な目印がしてあってそれを追いかけているのだと猟師は真崎の質問に答えたが、その目印がいったい何処にあるのかすらも分らない。
本職の猟師と、齧った程度の差なのだろう。
熊を見分ける術を訊ねもしてみたが、お冬は見た事もないという。この猟師に至っては「俺達は見ただけでわかる」と答えられたに過ぎなかった。
特別な個体なのだろうと予想していたのだが、そうではないらしい。
村から案内役として三人の猟師が出てきていた。他は全てギルドが手配した者達だ。
先導役がそれぞれ一人ずつ、内一人が前を行く猟師だった。モードレットが訊く。
「殺された若者、それに依頼者の女性は別として、村で崇める神ではないのか? それを追い立てる役割をどうして買って出た? 自分のしている事の意味が分っているのか」と。
その質問に猟師は振り向かずにこう答えた。
「神様って奴は、俺に握り飯を作ってくれるのか? 子供をあやしてくれるのか? 俺の女房は何だってしてくれた‥‥」
何が起こったのかは問うまでもない。モードレットはかける言葉もなく目を細めた。神に使える騎士としては心に痛い言葉だったが、その気持ちも分らないではない。
横で話を聞いていた凌が、ふうと溜息をついた。
「難儀な話だな。何をやっても死んだ人間は戻ってこないんだ」
確かに色恋沙汰なら、一時の思い出として残れば善いのかもしれないが、これが家族となるとまた別なのかもしれない。
「合流地点はまだなのか?」
と訊ねる真崎に猟師は「もう少しだ」と短く答えた。
●状況把握
「それじゃあ、目印とかって特にないって事かな?」
別働班の真崎が同じ事を考えたように、恒弥も自らの目で神と崇められる熊の見分け方を知る事を希望したが、こちらもやはり答えは同じだった。
「トノ。信仰の対象は信仰するもの達だけに分ればいいものだから‥‥」
と無路渦が言う。
「それで我々としては熊を村の方へと追い込むつもりであるが、それは可能かな?」
猟師としてもそれなりの経験を持つ由揮が訊ねる。森は深い。彼ほどの技量を持ってしても熊の追跡となると難しかった。
「何とかなるだろう。人里に近い所に住み着いていたのが返って奴の弱みになる」
「囮になって引き寄せるってことなのかな? 追いつかれたら大変だよね〜」
首筋を人差し指で掻きながら、恒弥はまるで他人事だといわんばかりにのんびりとした口調で呟いた。
「寝ている暇もないね、トノ」
「うん? 逃げている間に居眠りなんかしてたら、熊の御馳走になっちゃうんじゃないかな〜?」
「貴殿等。緊張感がないのか、余裕なのか、どっちなのだ? 拙者には判断がつかんよ」
横でやり取りを聞いていた由揮が苦笑する。
●作戦開始
前を歩く猟師が足を止めたのを見て、「どうかしたのか?」と凌は訊いた。
「かなり近くにいるようだ」
「熊か?」
モードレットの問いに猟師は頷く。
「人馴れをしているから、追い込むのは難しいだろう。‥‥やれるか?」
猟師の言わんとしている事を察して答えを返したのは凌だった。
「猟に関しては専門外だが、危険は覚悟の上だ」
そして真崎とモードレットの顔を無言で見遣る。反対意見は無さそうだった。
「こちらでも、一定以上の距離は近づけさせないように最大限の注意は払う。それともう一つ‥‥」
訊いておかねばならない事がある。もう一匹についての情報だった。
「子連れではないのだな?」
確認するように由揮は訊き返した。姿を確認されたわけではないが、熊は二頭連れ立って動いているという。非常に珍しい事だった。 親子連れでもない限りは。
向こうの班でも同じ事を確認している事だろう。
「違う、大人が二匹だ」
「珍しいな」
猟をしていて、初めてそんな話を聞く。子育てをしている時ですら、母親熊一頭だけでするのが普通だった。
「だからこそ、神なんだろうよ」
と猟師は冷めた様に言う。彼らにしてみれば例えなんであれ、討たねばならない敵なのだった。
「今のは?」
ふと耳に聞こえた笛の音の様な音に無路渦は耳を立てる。
「合図だ。始まった」
「行こう」と由揮が足を速める。作戦では真崎達の班が囮となって熊を誘き出す手筈になっていた。下手に遅れれば、支障がある。
●決戦
にわかに騒がしくなった森から猟師を戦闘に四人が走り出てくる。一人猟師はそのまま隊を外れて身を隠し他の三人は、前方に待機している晶達の姿を認めると、布陣を敷くようにして散開して足を止めた。
お冬を庇う形で後方に残ったアイーダを除き、三人が前へ出て合流する。澄華は直ぐにフレイムエリベイションを唱えて、自らの士気を向上させた。
「来たぞ!」
凌が言うが早いか、森の中から大きな灰色熊が姿を現しこちらへと突進してくる。荒い鼻息が空気を震撼させた。
それに驚いた人間はいなかったが、そうでないものが一匹いた。
突然、嘶きを上げ落ち着きをなくした愛馬にアイーダは一瞬戸惑った。慌ててお冬に自分から離れるように言いはしたものの、何が起こったのか瞬時には理解できなかった。
訓練されている軍馬とは違い、乗用に躾けただけの馬では戦闘に向かないのは当然だが、危機に対しての動揺を押さえられないのも仕方がない。自分より強い存在の突然の出現に対して怯えるのは仕方ない事だった。
「落ち着いて! 大丈夫。ここまでは来ないわ」
必死にたずなを取り御しようとするアイーダだったが、馬の動揺は収まらない。辛うじて彼女の技量で押さえ込んでいた所に、さらに良くない事が重なった。
森から走り出てきた熊は、興奮して待ち伏せをしていた六人目掛けて突進してくる。
それを避ける為に、左右に分かれたのが災いした。熊の目指す先に居たのはアイーダとお冬。この状況がさらに馬を恐慌状態に追い込んだ。
一際高く嘶いて後ろ足立ちになった馬の背からアイーダが悲鳴と共に投げ出され、地面に叩きつけられる。
真っ先に飛び出したのは氷華だった。
つんのめる様にして足を止めた熊目掛けて刀を振るう。白刃は熊に浅い傷をつけただけだったが、注意は間違いなくこちらに向いた。
予想外の事態に気を取られた他の者達も、すかさず駆け寄り熊を包囲する。
体勢を整え立ち上がった熊に、長い黒髪をなびかせ澄華が一太刀を浴びせた。自分の倍はあろうかという熊に気遅れする事もない。苦痛の咆哮を上げ、熊がよろめく。
図体が大きい分だけ、それほど小回りが利かないのだ。
しかしその力は侮れない。
苦し紛れに振り回した腕が予想外の速度で近くに居た氷華を跳ね飛ばした。鋭い爪が皮膚を切り裂き、肉を抉る。小さな身体が文字通り宙に舞った。そのまま地面に落ちてアイーダの居る方向へと大きくバウンドする。
息を詰まらせ、身体を折る氷華にアイーダは持っていた薬を使う。
「すいません‥‥油断しました」と荒い息の中悔しそうに呟く氷華の顔に乱れた金色の髪がハラリと落ちる。
さらに続く一撃が、今度は晶を襲う。しかし予め距離を取って戦う事を意識していた晶はそれを身軽にかわした。
「おっと、危ないですね」
と軽口を叩きながら、それでも大きく距離を取る事はない。あくまで熊の意識を自分に留め置く事が目的だった。その間に、仲間が手を打つだろう。
むやみやたらと暴れる熊を相手にするのは簡単ではなかったが、多勢に無勢だ。平野で取り囲めばこちらが有利だろう。
長槍を構えて距離を測っていた真崎が槍を扱く。二度の内一度が熊の腹部に深々と突き刺さり動きを止める。
凶暴な熊も手だれの戦士に数人に囲まれてしまっては手が出ない。一対一ならまだしも、七対一では多勢に無勢だ。
「今だ!」
手に確かな手応えと、動きを止めた熊を見て真崎が叫ぶ。
「はいよ!」
その言葉が早いか、凌は熊の懐深くに飛び込み渾身の力を込めて刀を突き立て、捻り込む。下手に離れていては、氷華の様に苦し紛れの一撃を食らう羽目になるかもしれない。だがこう近付けば、それもない筈だ。
苦痛と怒りの悲鳴が空気を震撼させた。
するとそれに応えるように森の中から別の吠え声がする。凌と真崎には見る事が出来なかったが、他の者には見えた。森の中からもう一匹の灰色熊が駆け出してくる。
「もう一匹の方か」
モードレットは吐き捨てるように言う。
遠くからの呼び声に最後の力を振り絞ったのか、深手を負った灰色熊は最後の抵抗を試みた。懐に居る凌に爪と牙とを突き立てようと身体を丸める。
「往生際が悪いぜ!」
言うなり、モードレットはクルスソードで熊の背中を切りつける。同時に弓弦の音が二度響いた。アイーダの放った矢が熊の眉間を貫き絶命させた。仰向けに倒れる熊の勢いに巻き込まれて凌が投げ出される。
もうひと矢は、真崎達の脇をすり抜け向ってくる熊の身体を捕えた。地面に転がるようにして動きを止めた熊が立ち上がる。ちょうど森の中から恒弥達三人が現れ追いついた。
「ちょっと遅れちゃったかな?」
前方に倒れた熊を囲む仲間達の姿を見て、恒弥は呟いた。思ったよりも熊の足が速く追いつくのに手間取ってしまった。
「シロ、援護お願いだよ〜」
友人の言葉に頷いて、無路渦は鞭を振るって熊を牽制する。絡め取っても良かったが、体格の違いを考えれば不用意に動きを封じるよりはこちらの方がいい筈だ。
恒弥は熊を翻弄するようにしてフェイントアタックで傷を負わせるが、どれもやや浅い。しかし完全に気を取られてしまっている熊には、由揮の放つ矢は避けられよう筈もなかった。
二本の矢を受け、恒弥に数度きり付けられた熊は明らかに動きが鈍る。
駆けつけた真崎達の背後から、さらにアイーダの放った一本の矢が熊を的確に射捕えた。
もんどおり打って熊は倒れる。
●時の鎮魂歌
息も絶えつつある熊を少しだけ距離を置いて取り囲み、アイーダはお冬の肩をそっと押した。
「これが貴女の仇の方かはわからないけど」
と瀕死の熊を見る。先の一匹は既に事切れていた。珍しい成獣二匹が連れ立つ熊。体格も見た目も良く似ている。村人ですら知らなかった事実だ。
お冬はしかし、どこか躊躇うようにしてくまに近付こうとはしなかった。怖がっているようには見えない。その彼女の傍に由揮が寄った。
「仇を討つのではない。お主の未練を断つ為だ。心にわだかまりがあるならこれで捨てるがいい。けじめをつけて、幸せになれ」
それだけを言うとお冬が握っている短刀に、大きくごつい手を触れる。
「仇‥‥というよりけじめ。‥‥そうですね、前へ進まないといけませんものね」
と由揮の言葉に、澄華は一人呟いた。
「そうだ。時間は巻き戻らないんだ、死んだ人間に固執したって意味無いさ。思い出があればそれで良いだろう。だが、区切りは付けないとな」
溜息混じりに凌が言う。
それらの声を聞いても尚、お冬は短刀を握り締めたまま何かに耐えるようにして俯いている。
「どうしたのだ? お冬殿」
氷華が訊いた。彼女が何かを躊躇っているのは間違い無さそうだった。
ふと顔を覗き込むと、お冬は唇を噛み締め必死に感情を押し殺しているようだった。
その表情に、氷華は青色の瞳を薄く細める。悲しみを耐える顔だった。恐らく今まで胸の内に閉じ込めていた悲しみが吹き出てきてしまったのだろう。
「今になって辛さが身に染みて来たのだな?」
優しく問い掛ける言葉にお冬はぎゅっと目を閉じ、小さく頷いた。
「愛しい者を無くした悲しみは簡単には消えん。‥‥けれど、きっと時が癒してくれる。今は、ただ悲しんでやればいい」
氷華に軽く肩を二度叩かれて、お冬はよろよろと熊に歩み寄った。そして自らの村の守り神と称されている瀕死の獣の姿を間近に見下ろす。
万が一に備えて、直ぐ近くに晶が控える。もはや息絶え絶えの熊に何が出来るとも思えなかったが、用心の為だ。
お冬は一度は手に握った短剣を胸元に引き上げたが、直ぐそれを落してしまう。思わず駆け寄ろうとしたアイーダを澄華が止めた。
「ごめんなさい‥‥私‥‥、わたし──」
熊の傍にがっくりと膝をつき、嗚咽を響かせるお冬を全員が見守った。ひとりモードレットだけはそっと熊の側に寄り、命の最後の火を消してやる。いつまでも苦しい思いをさせるのは忍びなかった。
「人間の都合って奴だ、悪いな。‥‥あばよ。お前の神様の元に帰りな‥‥」
形見の簪は恒弥と澄華の提案により、お冬の手から若者の墓に添えられた。
最後までその様子を見守った恒弥は一人若者の墓に手を合わす。
「あのさ。あんた結構幸せもんだよ。でも、ちょっと早まり過ぎちゃったよね。敵討ちの気持ちも分かるけどさ。まあ、これからはちゃんとお冬ちゃんを護って上げなよ」
懐に忍ばせておいた好物の胡瓜を墓前に添えてもう一度手を合わせ、墓地の外で待つ無路渦の所へと恒弥は向った。