●リプレイ本文
●一撃の下に
「ではまず俺からだな」
背負っていた斬馬刀を外しながら、時雨桜華(ea2366)ゆっくりと庭の中央に歩み出た。若旦那が座る縁側を正面に見据え、静かに息を吐く。
「それでどんな必殺技を、見せてくれるんだ?」
喜々とした顔で若旦那は言う。
「勘違いしてもらっては困るが。取り立ててこれといったものはない。己の磨き抜いた技こそが、唯一の物だ」
軽く目を閉じ、桜華は長大な刀を上段に構え、左足を心持ち引いて半身になる。
「小難しい事はいいんだよ」
鼻で笑うかのような物言いの若旦那に、桜華は敢えて何も答えない。余計な事は思うまい。今はただ、一心に己の剣を振るうのみ。
「あらゆる物を打ち破る絶対無敵の秘剣ッ‥‥刮眼せよッッ!!」
気勢が空気を振るわせた。
徐に踏み出した左足に全体重をかけ、気勢と共に刀を振り下ろす。生じた唸りが気勢を裂き、剣圧が風を伴って若旦那と老人の着物をはためかせた。
小さな旋風を伴って、剣の勢いが土煙を巻き上げる。さらに振り下ろされた切っ先が大地を滑るように斬る。
深く大きく踏み出した右足に軸を移し、前傾の姿勢から桜華は刀を頭上高くに切り上げた。土煙が空中に三日月を描く。
剣の衝撃が、塀をも震わせる。
「御見事!」
思わず膝を打ち、老人が腰を浮かした。
「正面への斬り下ろしと、返す刀での一刀。正しく心技!」
打った手を硬く握り締めて、老人は称賛の言葉を述べる。
「そうかなぁ。ただ力任せに刀を振り回してるだけって気がするけど。ま、威力は凄いけどね」
とさほど感心もしない若旦那に、老人の顔が引き攣った。
●華麗なる
「じゃあ、次はうちやね」
と歩み出た八卦百足(ea8337)を見て、若旦那は遠慮もせずに大笑いをした。
「何だ、まだ子供じゃないか! こんな子供が僕に何を教えてくれるって? 確かに可愛いけどさ〜」
腹を抱えて笑い転げる若旦那を見て、百足は頬を膨らませた。どうやら若旦那はパラという種族の事を良く知らないらしい。
「何や、失礼なお人やなぁ。まあ、ええわ。これ見て笑ってられはるかな?」
意地の悪い笑みを微かに見せて、百足は二つ並べられた巻き藁の一つを見据えた。
「ほな、殺らせてもらいます」
「‥‥虚無」と呟くが速いか、百足は音もなく地面を蹴り、滑るように走り巻き藁に接近する。
タン。
と地面を踏む音に続いて、華麗に白刃が舞い、風になびく黄金色の長い髪が一瞬百足のの顔を隠す。巻き藁を三つに切り裂く湿った音が響いた。
そしてほんの少しだけ間を置いて、やや離れた場所からドンという音がした。見れば塀に巻き藁の一部分が短刀と共に突き刺さっている。一瞬の内に二度斬りつけ、さらに蹴りを見舞った後に短刀を投げるつけるという神速の早業だ。彼の見た目同様華麗且つ鮮やかな技だ。
「はい、次」
間髪居れず百足は身を翻し、軽く跳躍し腰の刀を抜き様に隣にあった巻き藁を袈裟懸けに鮮やかに切り落とした。ちょうど人間の首から左肩までに当たる部分が綺麗に切り落とされる。
「一本踏鞴や」
と穏やかな表情で告げ、百足は若旦那を見た。
「へぇ〜。凄いや曲芸みたいだ。見世物小屋でやったら拍手喝采だよ」
「‥‥あんな、ほんまに失礼なお人やなぁ」
それでも変わらぬ若旦那の感想に、百足は憮然とした表情になった。
●技の極致
「それでは及ばずながら」
と一際大きな体格の三笠明信(ea1628)が前へと出る。
「やっぱりあんたも力任せなわけ?」
と若旦那は、先ほど演武を終えた桜華をあからさまに見る。
「いえ、私の二天一流は実戦向けの堅実なものですので、一通りに演武をお見せする形となります。しばしお付き合いを──」
体格に似合わぬ落ち着いた物腰で明信は言い、両手に刀を構える。と言っても大袈裟な構えは二天一流にはない。力を抜き、相手のどのような攻撃に対しても対応できるようにするのが基本だ。
左の小太刀を下段に、右手の日本刀を上段に。身体をやや半身にして左の小太刀にて相手を探る。
ザッと左足を踏み出し様に、小太刀を払い刀を振り下ろす。
二天一流はまた多数の敵を相手に戦いを考えられた形でもある。そのまま数歩を重ね、振り向き様に小太刀の左手、続けて右手で空を薙ぐ。長短の刀が続けて飛来する内に、敵は間合いを失って体を無くす。そこへ踏み込みつつ、刀を切り上げる。
すぐさまに身を翻し、小太刀にて新たなる敵を牽制しつつ、両手を広げて間合いを図る。左右、正面、後ろの敵は言うまでもない。
仮想する敵は三人。
右から切りかかってくるものをいなし、小太刀を突き入れ、内から捻り込むように刀を一閃。片羽を広げた鶴の如く。
正面からかかって来る敵に対して、身体を捻りつつ一閃した右手を振りかざして威嚇をし、左の小刀を突き入れ間合いを崩す。
その隙を見て、背後より切りかかってくる敵を振り向いて横に薙ぐ。
両手を広げた大きな構えは一見すると隙だらけに思えるが、それを補うだけの膂力があってこそ扱える剣術だ。
目まぐるしく繰り出される剣の全てが、終わってみれば綺麗な円を描いて輪の中に収まっている。
「見事じゃ」と老人がまるで魂を抜かれたかのように放心して漏らした。流麗なる技は舞と見紛うが如く。実戦向けと言いながらも、品のある演武であった。
「何かさぁ、在り来たりだな。凄いけど、こう‥‥決め手に欠けるというか」
その若旦那の感想に、明信は頬の端に微かに苦笑を浮かべた。
●呆れた輩
「まずは一言申し上げたい」
演武に先立って浦部椿(ea2011)はそもそも剣の志というものを伝えねばならぬと考えた。技は所詮見た目だけ物に過ぎない。日々の修練、鍛錬こそが真の剣の技。それをなしにしては語るものもない。
「示現流に曰く。一つ。刀は抜くべからざるもの──」
「ああ、ああ、そんなのはいいからさ、とにかくやって見せてよ」
若旦那の言葉に、椿はすっと眼差しを細めた。赤味を帯びた茶色の瞳に険が乗る。
「別に、あんたに習ってもいいよ。色白で綺麗だしさ」
そんな好色そうな笑みを見て、椿は呆れたように首を振った。
「‥‥非才の身故、演武ではなく渾身の一振りのみを御覧に入れる」
先のやり取りから既にこの若者に対しては充分過ぎるほどの諦めを持っていたが、無礼な言質に対しては多少なりとも仕置きをしなくてはなるまい。
やや距離を置いて立ち木を立て、その横に若旦那を立たせる。
立ち木と正対し、右足をやや引き、左の肩口に刀を立てて構える。
優雅に見えたのもそこまでだった。
空気を引き裂く気勢と共に、振り下ろされた刀から衝撃が見えざる波となって放たれる。ざわめいた風が砂塵を巻き上げ視界を遮った。
次の瞬間には立ち木の割れる涼しい音が響き、
「あ痛ッ!」という声と、ゴンッという鈍い音がほぼ同時にする。
風に流された砂煙が消え去ると、割れた立ち木が姿を現す。
「ほう、お見事じゃ」と老人が感嘆の溜息をついた。
その横では、側頭部を押さえて若旦那がしゃがみ込んでいる。
「何がお見事だよ、この下手くそ!」
割れた立ち木の一部が強かに頭を直撃したらしい。
「すまぬな。手が滑った。許せ」
素っ気無くそう言って、椿は踵を返して後ろを向く。涼しげな顔の口元が微妙に緩んでいた。
●剛の剣
「それじゃあ、私が披露させてもらうわねん」
ジャイアントである明信に並ぶ程の体格の持ち主が、なよっとしなを作って出てきたのを見て、若旦那は呆気にとられ、次いで大笑いを始めた。
「ちょっとちょっと。冗談はよしてくれよ。大丈夫なのかい、あんた?」
と渡部不知火(ea6130)を指差して笑う。
だが不知火は喜色を浮かべて進み出ると、徐に音高く上半身を肌蹴た。鍛え抜かれた褐色の肌が、陽光を映して鈍く光る。
「黙って見てな、若造」
まるで別人の声の様に響いた声に、若旦那は思わず呆気に取られてしまう。
「オゥッ!」
怒声かと聞き間違う程の気勢と共に、深く腰を落して開脚。肩口に刀を背負い、左手を掌で相手を突くように突き出す。喜色は完全に消え失せ、射る様な視線が虚空を睨む。その先に居た若旦那が思わず「ひぃッ」と情けない声を小さく上げた。
ドンッ。
と地面を揺るがす踏み込みに前後する様に、土煙が上がる程の剣圧を伴って振り下ろされた刀によって断ち切られた空気が、鋭い悲鳴を上げる。
それが始まりだった。
目にも止まらぬ速さというのではない。だが、豪腕の元に繰り出される剣撃はどれも唸りを生じて空を裂き、吹き荒れる旋風の如き荒々しさがある。
時折発せられる気合の入った気勢は、空気だけではなく見ているものの心までをも震撼させた。
●心こそ技
「悪いけどさ、私は他の連中みたく見せられる技ってもんがなくてね。どうせなら、直接身体に叩き込んでやろうって思うんだけどさ。どうだい、あんたにその度胸、あるかい?」
斜に構えて、顎をしゃくる田崎蘭(ea0264)を見て、若旦那はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「な〜んだ。怖そうな事言って、本当は僕に相手して欲しいんだろう? ま、正直に言っても相手をするには、ちょっと籐が立ってるかなぁ」
完全に勘違いをした若旦那が木刀に手を伸ばす。
「男だろ! 真剣持つ度胸もないのかい?」
と一喝されて、一瞬むっとした表情を見せるが、言われた通りに抜き身の刀を持ち前に立つ。
「ねぇ。そんなに強がんないでさあ。素直に頭下げたら? 相手して下さい──」
「クダクダ言ってないで、かかって来な」
言葉を遮られて明らかに気分を害した若旦那は、「泣いたって知らないからな!」と言うが早いか切りかかってくる。見た感じはどうやら不知火の真似をしているようだった。
だが、構えも太刀筋もまるででたらめだった。わざわざ避けるまでもない。
「フン」
の鼻息と共に、蘭は右腕を一閃させる。甲高い音が庭に響いた。弾かれた刀が空中に飛ばされクルクルと回転しながら陽光を反射し、地面に突き刺さる。
「あ゛〜〜〜ッ! 手が、手がァッ!」
刀を弾かれた拍子に強かに手を打ち据えられた若旦那が手を押さえてピーピーと喚く。それを蘭は「煩い」と吐き捨て、今度は刀の峰で背を叩く。しかしこれは逆効果だった。収まるどころか益々喚き立てる。
「まったく。自分鍛えてネェ奴が、ちょいと練習しただけで技ぁ習得できるわけネェだろ。そんな根性じゃ、一生かかっても私に打ち込めネェぜ?」
呆れた様に吐息をつく蘭に、若旦那が食って掛かる。
「お、お前! わざとやったな!」
父親に言いつけてやると騒ぐ若旦那の近くに、不知火がすっと寄る。
「まあまあ、落ち着いて。代わりに私がいいもの見せてあげるわよん」
先ほどの気迫が嘘であったかのように、元のしなを作りつつ不知火は壁際へと若旦那を立たせる。
「何のつもりだ」と騒ぐ若旦那に「お望み通り、必殺技をお見せするだけねぇん」と喜色満面で答えて、「ほら、ここだと危ないのよねん」などと言ってみせる。
「ちょぉっとソコに立ってて貰えるかしらぁん?」
訝しげな表情をしていた若旦那の顔が、次の瞬間、引き攣った。
去り際に見た不知火の横顔には、笑顔がない。代わりに触れるだけでも切れそうなほどの何かが漂っている。それが殺気である事をすら、若旦那は知る由もない。
事態を悟った時にはもう遅い。
「動くんじゃねぇッッ!」
慌てて逃げようとする若旦那を見もせずに一喝し、間を取った不知火は、振り向き様に気合一閃。抜刀した刀を勢いそのままに壁へと突き立てる。
ガンッという鈍い音がこだました。
若旦那が判別不明の悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「‥‥剣は技のみに非ず、『心』を乗せて操るモンだぜ? いま切っ先を外したのも俺に斬る気がなかったからだ。‥その気だったら、驚く間も与えん」
鼻水と涙で顔をクシャクシャにしている若旦那が、ふと何かを見つけて這って走る。ちょうど大旦那が通る所だった。
「ち、父上! こ、この者達が狼藉を!」
金切り声で喚き立てる姿をじろりと一瞥し、大旦那は冒険者達の方を見る。それから僅かに視線を逸らすと老人を見て、そして静かに口を開いた。
「どうやら、私が間違っていたようだ」
その言葉に若旦那が喜々とした表情を浮かべる。
「本来なら、私が親として正さねばならぬのを人任せにするのは良くない事とは重々承知の上。しかしながら、情けない事にここまで半端に育ってしまった我が息子を諌める術を知らぬ。爺には迷惑をかけるな」
「もったいないお言葉でございます」
老人の言葉に、厳しい顔をやや緩めて、大旦那は冒険者達に深々と頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします。武士としても、商人としてもこれでは埒が開きませぬ。どうか性根を叩きなおしてやって下さいませ」
思いも拠らぬ話の流れに若旦那は唖然と口を空け、言葉もない。
「いい機会だ。腐った性根を叩き直して頂くがいい。これも父上のお導きだ」
と言葉を残し、大旦那は去っていく。
「さて、許可が下りた訳だ」
と蘭は、口の端にニヤリと笑みを浮かべてじりじりと後じさりする若旦那に、殊更ゆっくりと歩み寄った。
「テッテイ的にやるとするかね。なあ、渡部の?」
どうやら心意気を同じくするらしい同行者にニヤリと笑いかけ、蘭は腕をまくる。
「おうよ」
と凄みを利かせて不知火も一歩を踏み出す。
「しばし、お待ち願えませぬか?」
とそれを制したのは状況を見守っていた老人だった。
「その役割は是非とも、この老骨にお任せ下されませぬか?」
突然の申し出に、二人ばかりではなく他の者も首を傾げる。
「皆様方の振る舞いに、この枯れた身にも生きる気力が戻った気がいたしまする。先々代より預かった大事な役目、是非ともこの老骨めに果たさせて頂きたいと存じます」
そう頭を垂れる老人にはしかし先日までの弱々しさはなく、むしろ生気に満ちているように感じられた。
「つきましては、是非とも皆様のお力をこの老骨めにお貸し頂けたらと思います」
顔を上げた老人の目には力強さがある。老人は鋭い眼差しで若旦那を睨んだ。
「さあ、覚悟して頂きますぞ。もはや何の躊躇もいたしませぬ故」
と言うなり、老人は立てかけてあった木刀を二本取り、一本を若旦那に投げる。
「さあ、参られよ!」
老人の気迫を見て、欄はほくそ笑んだ。
「まあ、しっかり鍛えてもらいな。あっと、逃げられるとは思わない事だね」
と一瞬逃げ腰になる若旦那を見据えて、腰の刀をカチャリと鳴らす。逃げようものなら、更なる仕置きをしてやるつもりだった。
「剣を操るのは人。心持つ「人」が操る以上、技を活かすも違えるもまた心」
不知火の呟きが、老人の上げた気勢に掻き消された。