「辞世」

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月24日

リプレイ公開日:2004年12月30日

●オープニング

粘りつくような闇が江戸の町を包み込む。
 新月の闇が暗い夜闇をさらに暗くし、暗き心を持った者達の暗躍を許す。
 静寂を切り裂く悲鳴が屋敷の中に響く。
 一つ、二つ。
 それらは全て断末魔の悲鳴だった。
 深夜。突如押し込んできた盗賊団が残虐の限りを尽くしていた。
 屋敷の者達を、目に付く片っ端から殺めていく。
 飛び散る鮮血が障子と襖を赤く染め、引き裂かれた障子の向こうにはもはや主や使用人の区別無く死体が横たわる。
「へっ。簡単なもんだぜ」
 頭巾を被った男が、血の滴る刀を拭って、血の匂いにむせ返るような部屋の中を見渡した。襲撃は完全に成功した。屋敷の者達は全く抵抗も出来ずに全て殺されてしまった。後は金目の物を漁っておさらばだ。と男は言った。
 江戸でもかなり大きな庄屋だった。この人数で分けても懐に入る金は決して少なくは無いだろう。しばらくは楽をして暮らせるというものだ。
 そう思えばこそ、口元にも笑みが浮かぶ。
 男は転がる死体を見下ろした。
「ま、悪いな。運が無かったとあきらめてくれや」 
 心のこもらない言葉を投げかけ、男はその拍子にふとある物に視線を止め、目を細めた。今しがた切って捨てた一組の男女はおそらくはこの庄屋の主人だろう。身なりも他とは違ったし、部屋の中にも割りに金目の物がある。
 基本的には獲ったものは山分けとは言え、少々のねこばばは誰しもがする事だ。そういう意味では今回は自分は運が良かった。
 だがしかし‥‥。
 男は目に止まったものを確認する為に屈み込み、それを手に取った。旦那の方が帯に付けていた物だった。
 小さな根付。
 ゴクリ。と唾を飲み込む音がはっきりと自分の耳に聞こえた。
 慌てて懐に手を入れ、自分が持っていた金子入れを引っ張り出す。そこに付いていた根付を凝視して、男はもう一度唾を飲み込んだ。
 やはり同じ物だ。
 男は自覚した。自分が震えているのを。
 堪えようとするが、どうしても止まらない。
 もしかして今、自分が手をかけたのは‥‥。
 震える手を、男は血の海に横たわる旦那の死体にゆっくりと伸ばした。
 確かめなくてはならない。
 だが、震える手と身体は言う事を簡単には効かない。
 ガックリと膝が落ちた。
  
 数日後、ギルド宛てに奇妙な依頼が舞い込んだ。
 それは奉行所からの依頼だった。
 江戸の町を徘徊する極悪非道な盗賊団の一味の一人が自首をしてきたという。
 しかし不思議な事に、何故自首したのかは白状しようとせず、ただ数日前に襲った庄屋の一件での事のみ、自分がやったとだけ言っている。
 一味の情報を口にするでもなく、他の情報を漏らすわけでもなく、とにかく庄屋の件だけを自分の罪だと言い張って刑を言い渡してくれといっているのだそうだ。
 どれだけ尋問をしても、責めを受けても、一向に何も白状しない。
 これだけ強情なのにもかかわらず、何故自首してきたのかがわからない。
 さすがにそれが不思議になって、調べて欲しいというのが依頼内容だった。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2331 ウェス・コラド(39歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2557 南天 輝(44歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●一日目
「奴が仲間に関して口を割らないとはいえ‥‥相手もそう考えてくれると思うか? 兄貴」
 弟である木賊崔軌(ea0592)に訊かれるまでもない。渡部不知火(ea6130)もやはりその点は留意するべき事だろうと考えていた。
 賊はかなり荒手で容赦のない連中だ。内通される危険があるものを放って置くと思うのは少々甘いだろう。
 番所にも不知火はその事を伝えてある。その上で二人共に番所を警護する胸を伝えたならば、案外に簡単に受け入れられた。不知火自身もさる事ながら、崔軌の実力は江戸でもかなり知られているところだ。申し出を断る理由などないだろう。
 佐彦は牢の奥できちんと正座し、暗闇の中瞼を下ろし、二人が牢の前に立った時でも身動ぎ一つしない。
「‥‥死にたがりに興味は無いが、じゃあどうぞ、と云うには重すぎるんだよ。あんたのしでかした事は」
 言葉と同じに崔軌はこの佐彦が気に食わない。吐き捨てるようにそれだけを言うと、一人不知火を残して一旦外へと出て行く。
「ご免なさいねぇん? ヤンチャな弟で」
 その姿が見えなくなると、不知火はつと牢に寄るり口を開いた。声をかけ、たわいもない話を持ちかける。無論、答えはない。
「フム」と不知火は頷いた。
「‥‥と、此処からは‥ちぃとばかり真面目な話しだ。少しばかり調べさせてもらったぜ。
あんたが伏せたまま持って行こうとしている手札が何なのか、今の俺には解るのかも知れん。其れに触れる気は無いが――だがな、大切な者を奪われた子達には通用しねえ理屈だ」
 ピクリ。
 ほんの少しだが、佐彦の眦が動いた気がした。そこへ顔を覗かせたのは貴藤緋狩(ea2319)だ。先に居た不知火に目礼だけをして、牢へと寄る。
 入れ替わりに不知火が場を離れた。
「おまえが佐彦か?」という質問にも、緋狩が名乗っても頑なに口を閉ざし、答えようとはしない。
「知っているかどうかはわからないが、お前達が襲った庄屋で幼い兄妹が生き残ったそうだ。一応耳に入れておこうと思ってな‥‥」
 今日訪れたのはそれが目的だった。佐彦がそれを知れば、何かしら反応があるのではないかと思ったのだ。聞けば妹がいたらしい。となれば多少なりとも残された兄妹の苦難は想像が付く筈だろう。

●苦悩
 佐彦が住んでいたという長屋の辺りを眺めてウェス・コラド(ea2331)は目を細めた。佐彦の態度には腑に落ちない。会えば少しは納得がいくかと思ったが、昨日会っても疑問は解けなかった。
 獄中の佐彦は特に自分のこれまでの行為を悔いているというわけではないようだった。
ならば何故自首などしたというのか? 
 手近な何人かを捕まえては佐彦の足取りを聞く。事が賊の壊滅を諮ると言う事だけに少々の手荒なやり方も認められていた。あまりに荒立てるとさすがに奉行所も生還しているというわけにも行かないだろうが。
 しかし押し込みなどに加わっているにしては、佐彦の生活ぶりはさほど荒れてもいなかったようだ。あまりに有力な情報が得られない。無駄足だったかと最後の一人に声をかけた時、これまでにない反抗的な態度にウェスは密かにほくそ笑んだ。
「何だ手前は。佐彦だぁ? んなもん知るかよ!」
 目付きと態度の悪い男は突っぱねるように言ったが、返って逆効果と言うものだ。必要以上の拒否は、何かしらの嘘を内包する。
「何を隠している?私の質問には素直に答えることだ‥‥クズでも満足に生きたいのならな」
 ここぞとばかりに高圧的な態度でウェスは顎をしゃくり上げた。長身から見下ろすように視線を向ける。
 男は一瞬反抗的な視線を向けたが、ウェスが表情一つ変えずに呪文を唱え近くの木の枝が不可思議な動きを見せた時、反抗を諦めた。ウェスの正体に気がついたからだ。冒険者が相手とあっては、分が悪い。言わば喧嘩のプロだ。

「ほう。珍しく酒場で酔いつぶれていたと?」
 それが男の持っていた情報だった。酒場で何やら小さなものを手にした佐彦が酒を浴びるように飲んでいたというのだ。普段からは想像も付かない姿だったという。
 聞けば、「やっちまった‥‥、ついにやっちまったよ──」とうわ言の様に呟いていたという。
「もう少し調べてみるか」
 ウェスはその酒場へと足を向けた。
 
●縺れた糸
 惨劇の舞台となった庄屋は既に調べも終わり放置に近い状態になっていた。既に調べを始めて三日、もはやここには何も手掛かりはないようにすら思われた。
 先に庄屋を調べていた南天輝(ea2557)と夜枝月奏(ea4319)の元に何人かの仲間達が集まってくる。
「どうやらここで調べるのも限界のようだな。後は縁者を訪ねるしかないだろうが‥‥」
 輝は残された兄妹の事を思い、僅かに表情を曇らせた。兄妹が親類に引き取られるという事は既に聞き及んでいる。一度話をしようと試みたがその時はまだ無理だった。共に初日に兄妹に会いに行った奏が傍に来る。
「皆さんとの情報を交換してきました。単独で行動をしている陸さん以外からは大体話を聞いてあります」
「それで?」
「やはり佐彦はまだ口を割らないそうです。貴藤さんが毎日出向いて行っては子供達の事などを話しているようですが‥‥そう言えば詰め所に賊が侵入したようですが、渡部さん木賊さんの二人に返り討ちにされたようです」
 それは賊にとっては災難だったろうと輝は思う。
「やはり、子供達に聞くしかないか」
 やや重い声色に奏は頷いた。
 先日は口も聞いてもらえないどころか視線をすら合わせてもくれなかった。無理もないと思う。やや気が重いが、仕方がない。

●芸は身を助ける
 先客があるというので、誰からも予定を聞いていなかった輝と奏は顔を見合わせた。
部屋へと入ると御神楽澄華(ea6526)が子供達の相手をしていた。
 聞けば人に話を聞いて回るのが得意ではないという事で、それならばとここに足を運んでいたという。
 見たところかなり打ち解けているようだった。一体どうやったのかと、二人は顔を見合わせた。
「お姉ちゃん、今度木彫り教えてね」
 という妹に優しく微笑む澄華を見て、輝は「腕は立っても、やはり女子だな。こういうのは俺達より一枚上手だ」と口元を緩める。「そのようですね」と奏も苦笑するしかない。
「それじゃ、私はここの人達に聞き込みをしてきましょう。先日聞いておいた話に何か進展があるかもしれませんので」
 奏が部屋を出て行ったが、輝はもう少しこの場にいる事にした。何気な会話の中にも聞くべき事があるかもしれない。
「私もまだそんなに出来るわけじゃないから、一緒に勉強しようか」
 持ってきた木彫りの人形が、とりわけ妹の方に気に入られて、兄妹は澄華に心を開くようになっていた。
 気丈なのは兄の方だった。偶々この家に遊びに来ていた為惨劇から逃れられたとは言え、兄妹のこの先の状況は厳しいだろう。それをわかっているようだった。
 緋狩がやはり毎日足を運んでいるという話は聞いている。だが口も利かない兄妹だ、何を話しているのやら。
 だが今日はどうも様子が違う。兄の方がすっと傍に来た。
「俺も冒険者になれば、妹を守ってやれるか?」
 と頑なな表情で輝に訊く。
「お前次第だ」
 それだけを短く答える。決意のある者にくどくどした説明は必要なかった。
「稽古ならつけてやろう」
 輝の言葉に少年はぐっと唇を噛んだ。眦にじわっと涙が浮かぶ。
 ちょうどその時、澄華が小さなものを二つ懐から出した。それも彼女の彫ったものだった。小さな根付が二つ。
「御守りよ」と渡されたそれを見て、「父さまもこんなの持ってたね」と妹が呟いた。
 輝が視線を兄に向ける。
「父さまが言ってた。お前達には、歳の離れた兄弟がいるって‥‥」袖で涙を拭って、兄は答えた。
 離れた場所に血の繋がらない兄弟がいる。
 それは思わぬ情報だった。
 
●最後の機会
 未明。
 人目を避けるようにして牢に入って来た人影に、佐彦は視線を向けた。この数日、数人の者達が自分の元を訪れては余計な事を吹き込んでいく。
 余計なお節介はいい。自分はただ、己の愚かさだけを償えればそれでいい。確かに残された兄妹の事は気にはなるが‥‥。
 入って来た人影は言葉もなく、目を閉じる佐彦の前に牢屋越しに座す。気配でそれがわかった。
「‥‥?」
 暫くの時が経ち、佐彦はさすがに疑問に思って目を開ける。正面に座したまま一言も発さない相手を確かめる為だ。
 陸潤信(ea1170)は微かに開かれた佐彦の瞳をその眼差しで射抜く。だが、それでも暫しは言葉を発さなかった。佐彦も目を逸らせずにいる。
「まさか殺めた相手が命の恩人だったとは、夢にも思わなかった。それが佐彦さんあなたの死ぬる理由ですか?」
 静かに放たれた一言に、佐彦は唾を飲んだ。
 潤信の目が真実の全てを知っていると語っていた。
「公に殺される事で罪を償うつもりかもしれませんが、逃げているだけではないのですか? 苦しみからはそんな事では逃れる事はできませんよ」
 他人の手により殺される。それが佐彦の望みである事は明らかだった。自殺ではなく、無残に他人に殺される。それを佐彦は望んでいる。
 それがけじめだと言わんばかりに。
「何がわかるってんだ‥‥」
「やっと口をききましたね」
 その言葉をきっかけにして、潤信の眼が鋭い光を帯びた。
「もうわかっている筈です。あなたの心の中はもう見抜かれている。何もかもを隠して逃げ遂せるつもりだったのだろうが、全部わかってしまった!」
 早朝の静寂の空気を潤信の語勢が揺るがした。
「出来れば、殺させずに罪を購って欲しい。しかしそれは無理だ。あまりにも多くの罪を犯してしまっている。ならば佐彦さん! あなたには果たさなくてはならない使命があるでしょう? 違いますか!」
 佐彦は一瞬口を開け、何かを言おうとしたが言葉が出てこなかった。
 何一つ核心には触れられていない。だが、この男は全てを知った上で言っている。
「貴女は最後の最後で逃げてはいけない。今一度、自分と向き合って下さい」
 現れた時よりも静かに、その言葉を残し潤信はその場を後にした。

●真相
 いつもの様に声をかけに来た緋狩は明らかに昨日までと様子の違う佐彦の姿に目を細めた。確かにいつもの様に目を閉じて座してはいる。だが、指が微かに震えている。事の次第を牢を見張る不知火に聞くと、佐彦に声をかけた。
「兄妹が引き取られた先も庄屋だそうだ。また襲われでもしたら、今度は無事で済むかわからないな」
 先日より明らかに佐彦は動揺しているように感じられた。そこへ人が集まってくる。
話の一部を耳にした奏が前へ進み出た。
「聞いての通りです。あの兄妹がまた危ない目に遭わないとも限りません。死罪は免れぬとは言え、せめて居場所を教えてはもらえませんか?」
 佐彦は無言で唇を噛んだ。
「どんな形であれ、仲間を売らないのは大したもんだが、それはお前の勝手だけだぜ。既に一度刺客が来ている。どっちにしろ感謝はされていないと思うがな」
 輝はそれだけを言うと、潜んでいる崔軌をも呼んで、「陸とコラドが調べた情報だ」と前置きした。
「お前達が世話になっていた和尚に聞いたんだ。病気で死んだ親の事、妹の事もな」
 ウェスが後を続ける。
「病気で妹までを無くしたのは同情する。それで金持ちに恨みを持つのもな。キミが庄屋だけを襲う理由については少々複雑だが、無意識に探していたのではないのか?」
 いきなり飛んだ話を理解できたのは、佐彦だけだっただろう。
「そんな事はないッ!」と思わず声を上げた事が、奇しくも証明のようなものだった。
「唯一自分達を助けてくれた名前も知らない、庄屋の旦那。根付と金子をくれた庄屋を無意識に探して?」
 緋狩の問いに、ウェスは首を縦に振った。
 それまで黙っていた不知火が口を開いた。
「わかっていた筈だぜ。いつか自分が恩人を殺してしまう事になるかもしれないと。もしかして、妹の病の時にも現れてくれるかもしれないと期待していたのを裏切られたとでも思ったのか?」
 言葉の最後に、悲痛な叫びが重なった。
 獄中の佐彦の悲鳴とも叫びともつかぬ慟哭の声だった。
「いざ、手にかけてしまってから本当の自分の気持ちに気がついてしまったのですね‥‥」
 奏の呟きが、誰に届くでもなく虚空に消えた。

●後に残るは‥‥
「一件落着だったのか、兄貴?」
 崔軌の問いかけに、不知火は「どうかしらねぇん」とだけ答えた。
 賊は一網打尽にされ、佐彦は獄門の上、磔にされた。本人がそう望んだからだ。
 死に顔はそれでも満足気だった。
「兄妹に会わなくてもいいのか?」
 輝に訊かれて佐彦は「知らなくてもいい真実もある」と首を振った。
「わかった。ではお前達のもう一人の兄弟は、仇を取った時に命を落したと伝えよう。俺は稽古をつけると約束したんでな。妹は、自分が守るのだそうだ」
「‥‥すまねぇ。恩にきるぜ」と佐彦は言葉を詰まらせた。
 
「何だか微妙だ」
 先日の事を思い出して崔軌は空を仰いだ。佐彦は預かった根付を墓には沿えず残された兄妹に手渡してやった。
「俺もいつか、冒険者になる」
 と言った少年の言葉と佐彦の最後の言葉とが重なる。
「あんたらみたいなのともう少し早く会えてたらな。馬鹿な真似をしなくても良かったかも知れねぇ‥‥」
 その言葉を思い出して、崔軌はもう一度空に向って「微妙だぜ」と呟いた。