<春の風>

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月11日〜05月14日

リプレイ公開日:2005年05月19日

●オープニング

「はぁ〜」
 ぴくり。
「ふぅ〜」
 ぴくり。
 果たしてこれが今日何度目の溜息になるだろうか。いい加減聞いている方がいらいらしてくる。お春はそろそろ両手の握り拳が当たり所を強く求めていることを押さえ切れなくなってきている。
 もう一度溜息を吐こうものならとっちめて理由を必ず聞き出してやるわ。
 ‥‥。
 ‥‥。
 しかし八重は白雲浮かぶ青空を眺めて微動だにしない。虚ろな視線が風に漂う雲を追う。憂いを秘めた横顔が、風に吹かれているだけだ。
「ふ‥‥」
 よし。とお春は拳を握る。
「ふ、ふふ。‥‥フフフフフ」
 と、今度は思い出し笑いだ。
 プチッ。とお春の中で何かが切れた。
「紛らわしいのよ、あんたはッ!」
 問答無用の片手水平打ちが炸裂する。やえの悲鳴がこだました。
「さあ、諦めて白状しなさい。ここんとこあんたおかしいわ。はっきり言って物凄くうざったいわけ。あたしが解決してあげるから、大人しく相談するのね!」
 腕を組み、お春はやえを剣呑な視線で見下ろした。しかしやえは半笑いの表情でお春を見る。どうにも馬鹿にされているような視線だ。
「何よ、その目付きは? あたしじゃ無理って言ってるみたいだわ」
 と言えば、やえは黙って立ち上がって余裕の表情だ。
「お春ちゃんには、まだちょっと早いわよ」
 と言って取り合おうとはしない。憤怒の表情のお春にもまるで気にとめない様子で空を見上げ、また溜息だ。

 季節は春。恋の季節である。
 やえもお年頃。町の庄屋の若者を好いてしまってこの有様だ。縁日で見かけた佐吉に一目惚れ。けれどもまだ挨拶を交わす程度の仲である。
 それだけ知ればもう充分だ。
「あたしに任せておきなさいってのよ。ウフフフフフフ‥‥」
 不気味な含み笑いを漏らして、お春は手紙をしたためた。

 数日後、二人は桜咲く川辺で花見をする筈だ。側の茶屋で見守りつつ、二人っきりの世界を作ってあげようじゃないの。せっかくだから、手下を雇って思いっきり演出してあげるわよ。
 見てらっしゃい、やえ。
 あたしにだって、情緒が分かるってことを身を持って思い知らせてあげるからね。

●今回の参加者

 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1369 鬼嶋 美希(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2557 南天 輝(44歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2195 天羽 奏(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●誤算
 心地良い風が川面を流れ、花の香りを運んでいく。
 風に散る花びらが暖かな日差しを反射してきらりと光る。
 川辺に並ぶ人影は老若男女入り乱れて無数にある。皆花を愛でるより酒を愛で、風情より舌を満たす方が主であるようだ。
 むろん、お春も花より団子のくちである。
 立ち並ぶ茶屋の一つに陣取って、お春は川辺に並んで座る二人の背中を見つめた。視線は明らかに面白くなさそうで、団子を齧る所作一つにしても落ち着かなさと苛立ちが見える。
「まったく。花より団子だな」
 溜息と共に天羽奏(eb2195)は鼻先でふっと笑う。じろりとお春の視線が向いた。
「そうよ、悪い?」
「悪くはないけどさ。こんなことしてないでもっと他に出来ることがあるんじゃないか?」
 その言葉にお春は表情を強張らせた。ひくりと頬が波打つ。
「う、煩いわね。あんた手下のくせに生意気よ!」
 やや声を裏返しながらいきり立つお春だったが、奏は平然としている。
「いや、それは間違いだ。お前と僕は依頼主と依頼人の関係であって──」
「そんなことはどうでもいいのよ。さっさと邪魔してらっしゃい!」
 言うなり盆を押し付けられて、奏は一瞬憮然としたが何はともあれ依頼主である。命令には従うしかない。
 その様子を背中越しに耳にしていた鬼嶋美希(ea1369)は、相変わらずのお春の様子に思わず笑みを漏らした。とりあえずは様子を見守るつもりだ。
 お盆に茶と茶菓子とを乗せた奏が、くっ付くでもなく離れるでもない微妙な距離を置いて座る二人に近寄っていくのを見て、それとなくやえと佐吉を見ていた天螺月律吏(ea0085)
と貴藤緋狩(ea2319)、それに南天輝(ea2557)は何をする気かと奏を注視した。
 果たして三人の心配する通りに、実は盆の中身は茶ではなく薄めた酒である。酔わせてしまえというお春の策略であった。
 盆を受け取る時、やえは一瞬辺りを窺った。この状況を作り出したのがお春であることは既に明らかである。
 佐吉と会うまではまったく気がつかなかったが、二言三言言葉を交わしてみればどうにも話が食い違う。自分は手紙など出していないし、どうやら佐吉の方でも書いてはなさそうだ。となれば、原因は一つしかないわけで。
 茶菓子と茶を運んできた奏に訊ねるべきか迷ったやえだったが、不意に「お春からだ」と告げられ、やえは思わず顔が引きつった。
「やえちゃん。お春って?」
「あ、あの、私のと、友達よ友達!」
 内心の動揺をありったけ表に出して、やえは引きつった笑いを佐吉に向けた。
 そこへ緋狩がふらりとやってくる。様子見をしに来たのが一つと、もう一つは今一盛り上がりに欠ける二人の為に一芝居を売ってやろうと思ったからだ。このままただ見ていてもちょっと面白味に欠ける。
「ようようにぃちゃん、可愛い子連れてんじゃーん? 彼女ぉ、こっち来て酌してくれよぉ酌ぅ」と絡んでみれば、見る見るうちにやえの顔が蒼白となる。ついにお春の企みが始まったのだと勘違いしたのだ。
 しめしめと思った緋狩だったが、次の瞬間には意外な展開になってしまった。
 突然やえが立ち上がって緋狩を突き飛ばしたのだ。てっきり佐吉が出てくると思っていたので完全に虚を突かれてしまい、避けられなかった。とはいえまさか払い除けるわけにもいかない。
「うわっ。やられたぁ〜」と物凄くわざとらしい芝居で後ろに転げると、そこで言葉に困って「覚えてやがれっ」と情けない声を上げつつ緋狩は退散した。
「やえちゃん。凄いんだね」
 と佐吉は目を丸くしている。やえはしまったと思ったがもう遅い。ついついいつもの癖で、──窮地に陥ることが多かったので、身体が動いてしまった。

●思うようにはいかぬもの
 思いがけず起こった出来事を見てお春はほくそ笑んだ。予定外のことだが、やえの方からぼろを出してくれた。しかし「友達」とはよく言ったものだ。後でお仕置きをしてやらねばと思う。やえはあくまで下僕だ。
 一人にやけるお春を見て奏が「不気味だぞ、お前」とぼそりと言う。
「いちいち煩いわね! 大体なんで勝手にあたしの名前を出したのよ? ほら見て、やえの奴お茶と茶菓子に手をつけようともしないじゃない」
「名前を出すなとは言われていない。従って、文句を言われる理由がない」
 と平然と言われればお春も二の句が継げない。
「‥‥可愛くないわよ、あんた」
「お前に言われても腹は立たないけどな」
 ぷちっ、とお春の切れる音がした。
「いいわよ、次はあたしが持っていくわ! 絶対食べさせてやる」
 とお春が手にしたのは激辛饅頭である。食べたところへお酒を差し出して一気に酔わせてしまうつもりだ。実はやえは滅法酒に弱い。後がどうなるか楽しみである。
 含み笑いを噛み殺しつつお春がお盆を手に近づいていけば、折からの風に花弁がはらはらと舞う。
「あら、やえ。寄寓ね〜」満面の笑顔(もちろん作り笑いだ)で近づいてくるお春に同じくやや引きつった笑顔で答えながら、やえは内心「何が奇遇なのよ。お春ちゃんの馬鹿ぁ〜」と毒づいている。
 佐吉に「君は?」と訊かれれば、「お友達の、お春です」と言葉を区切ってにっこり笑う。
その言葉にやえはどきりとした。さっきのを聞かれていたらしい。
「友達ですもの。せっかくだから、こちらをどうぞ」
 と盆を佐吉に差し出す。その際にちらりとやえを見た。それで何かがあるに違いないと確信したやえは、慌てて横合いからお盆を横取りするように受け取る。
 しかしそれこそお春の思う壺だ。口の端に微かな笑みを浮かべると、やえに向かって「どうぞ召し上がれ」
 その笑顔には、「仕掛けがしてあるぞ」と明らかに書いてある。
「あ、ありがとう、お春ちゃん。後でゆっくり──」
「どうぞ、めしあがれ」
 言葉を遮って、お春はこれ以上はないぐらいの笑顔を作った。するとまるで見計らったかのように花弁が舞う。
「さあさあ、遠慮しないで。私達仲の良い友達でしょう?」
 もはや万事休す。やえが覚悟を決めて震える手を伸ばした時、ゴンッと鈍い音がした。見れば、お春の頭を落ちてきた枝の一本が直撃している。続いてお盆が落ちて、茶碗の割れる音がした。
 危機一発。もとい、危機一髪。何が起こったのかとやえは視線をめぐらせば、桜の木の幹辺りに人影がある。何を隠そう陸潤信(ea1170)である。木の幹を小突いて花弁を散らし、密かに風情を高める演出を影ながらしていたのだ。やえの窮地と見て狙いすました一撃で枝を落としたのは妙技といえる。
 ちらりと効果を横目で見て「よし。上手くいった」と密かにぐっと拳を握る。お春もそれに気がついて、恨みがましい目つきで潤信を見る。しかし潤信はさっと反対側に身を隠した。
 こうなったらと、お春は置かれたままになっている盆に手を伸ばそうとする。やえはしまったと慌てたが、時既に遅しだ。
「あ、済まぬ」
 と言う声がしたかと思えば、置かれていたお盆が蹴飛ばされて派手にひっくり返った。
蹴飛ばしたのは天螺月律吏(ea0085)である。
「これは済まないことをした。あまりに花が綺麗で余所見をしていてな。失敬失敬」
 頭を掻きながら、律吏はとぼけたように言う。むろんわざとである。
「このままでは申し訳ないからな。新しいものを用意させよう」
 と言いながらお春の首根っこを引っつかむと引っ張っていく。

●意外な結末
 ことある毎に邪魔をされてすっかり不機嫌なお春は殺気立って、やえと佐吉の背中に刺す様な視線を送る。
「そろそろ、諦めたらどうだ?」
 と言う奏をぎろりと睨むと、お春は意を決して二人へと歩を寄せる。こうなったら実力行使である。お春と佐吉、どちらかを川へ突き落として場を滅茶苦茶にしてくれよう。
 凄みのある笑みを浮かべてつかつかと近寄るお春の側にすっと現れたのはまたも律吏である。今度は「おっとごめんよ」と言うなり、お春を掴んで投げ飛ばす。あくまでやえたちを支援する構えだ。
「なんの!」
 としかしやえは空中で見事に身を翻して近くの木の幹を蹴りつける。執念とは恐ろしいものである。
 ところがそうは問屋がおろさない。
「未熟!」と言う声と共に潤信が木の幹を打つ。震動がお春の蹴り足を狂わせた。おかしな反動がついて、やえと佐吉の頭上を飛び越えてそのまま川へと飛び込み派手な水飛沫を上げる。
「だからやめとけと言ったのにな」
 その様子を見て、奏が呆れたように呟いて額を押さえた。見れば、お春が川から上がってくる。
「やぁぁぁ〜〜〜えぇぇぇ〜〜〜〜」
 低い声が響く中、ずぶ濡れになったお春が川から上がってくる。やえは思わず佐吉の手を握った。もはやどうなるのか予想もつかない。その頭をぽんと叩く者がいる。
「よぉ、久し振りだな、やえ。元気なようで何よりだ。・・ときにそこの男は彼氏か?」
 振り向けば美樹である。
「おっ、二人で花見か? いいな」と今度は川の方を見る。
「なんだお春もいるじゃないか。せっかくだ、楽しくやろう。俺も丁度仲間を連れてきているんだ」
 と言うと、影で見ていた南天輝(ea2557)も呼んですっかり花見にしてしまう。こうなるとお春も手を出しにくくなって、目に殺気をちらつかせながらではあったが大人しくしていた。
 最初は頃合を見てお春を連れ帰るつもりだったが、どうにも引っ込みがつかなくなっているようなのでお開きになるまで面倒を見ることにした。
 輝はやえと佐吉の仲をうまく取り持つつもりだったが、こうやって見ていれば無理に手助けをする必要もなさそうだ。
 だがせっかくだから最後に一つ仕掛けをしてやろうと、思い立つ。
 やえと佐吉を別方向に帰して置いて、お春を引き連れて皆が帰ろうとする。
 そこで輝は狙い済まして、枝の一本をソニックブームで折った。ぽとりと落ちた枝にやえが声を上げて躓けば、佐吉がそれを助けようと手を伸ばす。
「ほぉ〜、見てみろ。ちゃんと気遣いのできる奴じゃないか。ただの坊ちゃんじゃ‥‥、あ──」
 上手くいったと思ったその矢先。手を差し伸べたまでは良かったが、なんとやえの身体を支え切れずに佐吉はみっともなく転げてしまってやえの下敷きになってしまった。
「や、やえ殿。お、重いですよ〜」
 と情けない声を上げる。
 それを聞いて、お春が腹を抱えて笑い転げた。
 一同は唖然として声も出ない。
 ただただお春の笑い声だけがこだまするばかり。
 やえは顔を真っ赤にすると起き上がるなり駆け出してしまった。
「お春ちゃんのばかぁ〜〜〜」と悲しげな声が風に響く。
 予想だにしなかった結末に、各々が顔を見合わせて気まずい表情をした。
「過ぎたるは、及ばざるが如しでしたか‥‥」
 潤信の言葉が花弁を散らす風に乗って川面に消えた。