<兆し>

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月17日〜05月20日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

「このことは、くれぐれも他言無用にお願いします」
 その男は真剣な眼差しでそう切り出した。
 ギルドに五神剣派の一派、活人剣派の使者から話が持ち込まれたのは先日の事である。 江戸にはいくつも剣術指南が存在するが、中でも、通称五神剣派と呼ばれている、活人(神)剣派。速神剣派。激神剣派。破人(神)剣派。破邪(神)剣派は耳に覚えのある者も多い。また知っている者なら、この五派が同じ剣術流派から派生したにもかかわらず、今日に至るまで非常に仲が悪いこともまた耳にしたことがあるだろう。 
 とくに活人剣派と破邪剣派は先々代時の試合の勝ち負けに伴う怨恨が未だ尾を引き、争いにこそならないものの、何かにつけて激しく火花を散らしていることもまた周知の事実である。
 両者の仲は「同じ道を擦れ違いもせぬ」と言われるほどに悪いのだが、人の縁とはわからぬもので、どうしたことか破邪剣派頭首最上磋鍛の孫賢精と、活人剣派頭首山神燈心の孫娘お静が心を寄せ合う仲となってしまっている。
 世間の人達はこれをいつしか話題にして口頭に上げて、二人の仲をいろいろと噂しあっていた。
 活人剣派の若旦那清心、それに破邪剣派の若旦那である継善はともに父親に似ず武芸の腕も非凡そのもの、しかも互いにどこか気弱なところがあり派の諍いごとにも進んで口を挟もうとしない。しかし、両派の頭首は過去の遺恨が根強くあって決して顔すらも合わそうとしない有様である。
 近年破邪剣派の頭首磋鍛は病床に臥せっており、破邪剣派は事実上孫の賢精が取り仕切っている形になっている。だが祖父の威光が未だ消えず、恋の成就は難しいと専らの噂だ。仮に頭首が亡くなったとしても、活人剣派の燈心が結婚を許す筈もなく、この恋は悲恋のものになるだろうと誰もが首を振る。
 
「世間の噂は皆様もお耳にされたことがあろうと思います。当派のお静様と破邪剣派の賢精殿は今や周知の仲でございますが、知っての通り両派は遺恨絶えぬ間柄でございまして」
 男は心苦しい様子で首を振った。
「聞けば、破邪剣派の頭首最上磋鍛殿は病状思わしくはないご様子だとか。もしこのまま逝去なされれば、お精様の恋心は決して報われますまい。我等としても心苦しいばかりでございます」
 そう前置きをして、男は依頼の話を持ち出した。
 男は二通の手紙を手にしていた。一通は活人剣派頭首山神燈心から、もう一通は若旦那から。この二通の手紙をどうしても直接最上磋鍛に手渡したいという。
「内容は御察しの通りでございます。我等元々は同一の派より分かれ出でたもの。諍いの種は尽きませぬが、二派のお二人が心を通い合わせたのは何かの縁でしょう」
 まともに訪ねれば、これまでの遺恨があり共に取り合うわけには行かぬ。そこで騒ぎに乗じて密かに文を渡そうというわけである。
 この事を知っているのは活人剣派の中でも極一部だけです。
「これには両派の面子がかかっておりますゆえ、なにとぞ他言無用の上、くれぐれも御慎重にお願いいたします」
 と男は深々と頭を下げた。

※活人剣派党首山神燈心の曽祖父山神一心は、当時破邪剣派の頭首との試合に無様な負け方をして、それを恥じ入り自害しています。試合の途中に余計な邪魔が入り、山神一心が気を散らしてしまった為と伝えられています。その妨害が破邪剣派が仕組んであったものかどうかは謎のままですが、活人剣派は確信を持っているようです。

●今回の参加者

 ea1369 鬼嶋 美希(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1241 来須 玄之丞(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2004 北天 満(35歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2319 林 小蝶(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2334 深沢 朔真(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

■<兆し>
 どんどんと打ち鳴らされる道場の門扉の音が、若い門下生達の声の間を縫って最上賢精(もがみけんせい)の耳朶を振るわせた。
「止め!」
 と声が響く。門下生の一人が賢精の視線を受けて道場の入り口を開け放てばそこには格好も思い思いの四人の男女が立ち並んでいた。
「突然で悪いが邪魔するぜ。俺は示現流鬼嶋美希(ea1369)。ひとつ手合わせを願いたいと思ってな」
 道場内にざわめきが起こる。
「他の三方も御用件は同じと見てよろしいかな?」
 落ち着いた声が響く。渡部夕凪(ea9450)、来須玄之丞(eb1241)、佐伯七海(eb2168)の三人は思わず顔を見合わせた。賢精の言葉に否定的な響きがなかったからだ。
「姫君だけの道場破りというのも珍しい。丁度いい。門下生の稽古をつけていただけるなら、これはありがたい事だ」
 と、門下生達の視線が玄之丞に集まる。思わず苦笑が漏れた。髪の紐も黒、着物袴も黒である。さらに顔立ちも手伝って一見した限りでは男に見えなくもない。事実門下生は全員男と見ていたようだ。賢精の言に驚きの混じった嘆息がいくつも聞こえる。
「これは失礼をした」
 と賢精は頭を下げた。そして門下生をさっと見回して言う。
「見た目に惑わされていては、自らを保つことなど出来ぬぞ」
 とは言え、格好を見て判断してしまうのは致し方ないことであろう。
 立ち合いの件はどうやら了承されたようである。四人がそれぞれに最上賢精の人となりについて多少の驚きを隠せなかった。まったく威を嵩にきる様子もない。物腰穏やかで、破邪剣などという厳つい剣術派の筆頭とも思えない雰囲気だ。
「誰か、太師範をここに」
 言うまでもなく太師範とは先代の最上磋鍛のことである。意外そうな顔をしたのは玄之丞だ。元々挨拶だけはするつもりだったのだが、まさか出向いてくるとは思いもしなかった。
 病床についているという最上磋鍛だったが、いざ道場に現れてみれば、少々顔色は良くないものの背筋は伸び、眼光も鋭さの中に穏やかさが見え隠れする。四人がそれぞれに挨拶を述べれば、しっかりとした口調でそれに答えた。
「今日はわざわざのお越し、まことにかたじけない。実践の中で磨かれた腕を是非御披露の上、門下生に手解きをお願い致す」
 と、そのまま戻りもせずに上座に座って稽古を見届ける構えだ。これには四人は思わず顔を見合わせた。
 当初の予定ではここで手合わせをして人を引き付けておき、最上磋鍛に書状を届ける手筈になっていたのだが、肝心の相手がここにいるのではどうしようもない。
「ねえ、どうしよう? これじゃあ僕達の囮の意味がないよ」
 と七海が小声で話す。
「まあこうなったら仕方がないな。俺達は俺達で愉しむとしよう」
「考えてもどうなるもんじゃないしな。元々手合わせをしに来たんだ。目的の一つは果たせそうだし、いいんじゃないか?」
「私達の目的は、変わらないさ。ここで役割を変えたところでどうにもならないだろ」
 美希、夕凪、玄之丞の三人はあっさり「仕方がない」と割り切ってしまい、別段慌てて手を打とうとする様子がない。七海にしても得にいい案があるわけでもない。確かにやるべきことをするだけだ。後は残りの四人に任せてしまおう。

●過ぎたるは及ばざるが如し
「まずは俺からだな」
 美希の前に立ったのは、門下生の中でも一際目に力のある若者だった。人目で腕に自信があると分かる。
「示現流鬼嶋美希、行くぞ」
「来い」
 踏み込んでの初太刀の速さに、相手が怯んだ。相手が女だと見て甘く見ていたのは明白である。示現流は攻めの剣術。続けざまに数太刀を繰り出すのを受け切れずに後退すれば、美希は手首を翻して、手にしている木刀をいとも簡単に弾き飛ばしてしまった。若者は「参った」と頭を垂れる。
「銀七。お前は少々自信が過ぎる。過ぎた自信も怯えも全ては自らの隙につながる。精進せよ」
 磋鍛の声に銀七はただただ項垂れるだけであった。
「次、彦次」
 続いて現れたのはいかにも真面目そうな厚顔の少年剣士である。
「女だからといって、僕は容赦しないぞ!」
「おう。構わんぞ。いざ!」
 声を張り上げる様子は、まるで苦手意識を吹聴しているようだ。美希はほくそ笑んだ。構えを見る限り、技量も相当に未熟のようだ。
 美希が仕掛けると見せれば、慌てて前へと踏み出す。バランスを崩して前のめりになったところに、美希はすかさず鍔を合わせて押し返してやった。するとむきになって力で押し返してくるので、思い切って引っ張り込んでやる。「むぎゅう」と不明瞭な呻き声を発して、少年は美希の豊満な胸の顔を埋めて顔を白黒させ、「ほぉ? 容赦しないとはこういうことだったのか?」という美希の言葉に今度は顔を真っ赤にしてあたふたと後ろへ下がると忙しなく一礼して他の門下生の背後に隠れるように後ろへ下がった。道場のあちこちから道場とも失笑とも取れる笑い声がする。
 それから立て続けに数人の手合わせをした後、七海が進み出る。
 しかしその構えと緊張した面持ちに、最上磋鍛が笑みを漏らした。
「お嬢さん。まだまだ剣術の腕は未熟なようだ。無理をなさらぬがいいだろう」
 さすがに一目で見抜かれて七海は体裁がないが、まさかここで引くわけにも行かない。
 八郎太という若者が相手をした。
 破邪剣の太刀筋は緩やかで大きく。刀で相手を切るというよりは、相手を制する動きが主であるようだ。言い換えれば、いかに己の身法を保つかということになる。無理に突出せず、慌てて退かず。繰り出す太刀は一撃必殺の太刀ではないが、途切れない攻撃の型は術中にはまれば相手は己を見失う。七海は何とか相手の隙を窺って体勢を崩そうとするが、腕の差は明らかだった。
 本気になれば三手の内に剣を取られたであろうが、十数手も交わしたのは破邪剣の披露の為であろう。
「参りました」
 と頭を垂れる七海は、道場への入門を申し出る。最上磋鍛は笑顔でそれを承諾した。

●破邪神剣
 渡部夕凪の振るう夢想流の剣術は居合抜刀術に主眼を置く。初太刀にて相手を倒すことが好ましいが、機先を制し素早い剣裁きで相手を圧倒する剣術だ。
 相手との距離を保とうと心がける破邪剣法とは遠近で間合いが違う。
「一つ窺いたい。‥‥江戸でも名高い流派の手技、間合いの合わぬ相手と対峙した際はどうなさる?」
「争いは起こさぬが吉。万が一逃れられぬ場合は致しかたないが。無闇に事を荒立てぬように気遣いまするな」
 答えたのは磋鍛ではなく、向かい合った慶徳という若者だった。夕凪とは距離を置き、抜刀してもなお、剣が届かない。
 てっきり近づいてくるとばかり思った夕凪は意外に思う。
「剣が届かねば、斬れますまい?」
 なるほど、要は戦わないという事かと思う。
「恐れ入った。しかし今は手合わせの場。いざ!」
 声に合わせて慶徳が進み出る。夕凪の腰に置いた手が木刀を一閃した。重い手応えがあり、慶徳の剣が大きく逸れる。
「参った」と言う声に、夕凪は笑顔を見せて、
「いや、引き分けだ。無理に戦わねば、私は手が出なかった」
 と手を振った。
 最後に残った来須玄之丞は何人かの門下生達と木刀を合わせた後、最上賢精に指南を請うた。せっかくだ、その実力を見てみたいものだと思う。
 道場での修練だけでは実戦における有効性は見えてこないが、達人ともなればまた話は別である。
「最上賢精殿。‥‥一太刀、頼めまいか?」
 その申し出は快く引き受けられた。
 佐々木流の剣術は剛の剣である。相手を倒すことに重きを置く、強さと速さが最大の武器となる。対して破邪剣は相手を受け流して隙を突く、言わば柔の剣術といえる。破邪とはつまり、心の邪を破り平常心を保つという意味だ。
 玄之丞が攻めれば賢精は退き、玄之丞を上回る素早い剣が剣技の隙を狙う。佐々木流の剣術は素早さも重要だが、剣の振りが大きいのが隙を生む要因ともなる。普段は速さでそれを補うのだが、賢精は速さでも一枚上手だ。
 二十数手を合わせる内に、周りで見ている者にも最上賢精が加減しているのがわかるほどだった。無理に剣を落とさないのは玄之丞を尊重しているからに他ならない。
「御指南、かたじけない」
 むろん玄之丞にもそれが分からぬ筈がない。ここは自ら頭を下げるのが妥当だろう。自ら剣を退き、頭を下げる。

●行動開始?
「さてどうしましょうか‥‥」
 当初の予定とは違って、最上磋鍛が道場に出て来てしまったので北天満(eb2004)は困ってしまった。稽古の騒ぎに乗じて最上左端のところまで三吉を侵入させるつもりだった。直ぐに引っ込んでもらえればありがたかったが、期待に反していつになっても奥へと引っ込んでくる様子がない。
 小野麻鳥(eb1833)も時折イリュージョンで姿を変えては道場内を覗き見るのだが、やはり最上磋鍛は立会い稽古を見続けているようだった。内心「これは長期戦になるな」と嘆息する。
 ただ幸いにして、道場の人間が全て集まってしまっていたので、林小蝶(eb2319)と深沢朔真(eb2334)は三吉を伴って何の苦労もなく屋敷内に入り込むことが出来た。あるていどの警戒はあるようだが、道場内の立会いがそれほど面白いのか、みんな挙って足を運んでいるのだ。時折入る麻鳥からの連絡でも、最上磋鍛はまるで道場から出る気配がないらしい。どうやら終わるまでは戻ってきそうもないということだった。
 となれば、日が暮れてしまうことだろう。このまま身を潜めて待つしかない。
 小蝶と朔真は互いに顔を見合わせて苦笑した。
「終わるまで待つしかないよね」
 と小蝶は諦め顔でにっこりと笑った。
「そうですね」と朔真も視線を辺りに配りながら答える。

●密かな陰謀
 ようやく立会いが終わった頃にはすっかり日が傾き、これでやっと目的を果たせるかと思えば、今度は酒宴が始まってしまったようだった。そこにはもちろん最上磋鍛の姿もある。寝室がどこであるのかは麻鳥があらかじめ探っておいてくれたので、三吉は既に小蝶と朔真の手引きにより屋根裏へと潜んでいる。
 満はそんな二人に合流し、もし騒ぎが起こればいつでも逃げ出せる準備を整えた。
「ところで小野さんは?」
 と姿の見えないもう一人のことを尋ねれば、二人は酒宴の行われている座敷を指差した。最初は姿を変えて潜り込んでいた麻鳥であったが、稽古の終わり際になって連れの者として加わり、そのまま酒宴の席へと加わったのだった。
 一応、「最上磋鍛の行動を見張るため」とは言っていたが、それだけであったかどうかは疑問が残るところであろう。
 だが、宴の途中で最上磋鍛が寝室へと戻る時にはちゃんと連絡が入る。忘れてはいなかったようだ。
「上手くいくといいね」と小蝶が小声で呟いた。
 しばらくして、三吉が屋根裏から降りてくる。
「どうでしたか? 首尾の方は」と満が訊けば、三吉は「上手くいきました」と三人に深々と頭を下げた。
 宴はまだ終わってはいないようである。このまま夜陰に紛れて屋敷を出てしまえば、騒ぎにはなるまい。
 年少の二人に挟まれるようにして、満の先導で門を出た三吉に満は声をかけた。
「これから先時間がかかっても思いが結ばれる事を私も祈ろうと思います」
 今回の出来事のように二人の仲も上手くいけば良いと思う。
 三吉はもう一度深々と頭を下げると、「他の方々にもよろしくお伝え下さい」と言い残し、そのまま立ち去った。
「さて、どうしようか?」
 このまま撤退してしまっても良さそうなものだが、中の五人に無事に終了したと伝えなくてはならないとも思う。
 しばらく様子見をしようかと思ったその時、突然屋敷内が騒がしくなったようだった。何事かと聞き耳を立てれば、その内容に三人は愕然とした。
 最上磋鍛が殺されたらしい。

●巧妙な罠
 一人が様子を見に行った時にそれは明らかになった。
 最上磋鍛は布団に横になったまま、息を引き取っていた。どうやら毒殺されたようである。傍に一通の書状があり、その内容が活人剣派から宛てられた物であると知れた時、一次屋敷内は騒然となった。二派の確執は誰もが知るところだ。そしてあまりにもタイミングの良過ぎるこの事件に、道場に出稽古と称してやってきた四人とその連れが疑われない筈はない。
 酔いも覚める状況の中、ただ一人最上賢精だけが冷静だった。四人の太刀筋、そして礼を失する事のない態度から、五人は無関係とは言わないまでも巻き込まれただけであることを見抜いたのである。
 外にいた三人も合流し、すかさず美希達は事のあらましを説明し、ギルドからの依頼であること、そして三吉という人物が活人剣派からの書状を密かに届けたいと願い出たことを告げる。
 しかしその中で敢えてお静と賢精の事についてはわざと触れなかった。北天満がそうした方がいいと耳打ちしたのだ。
 門下生達の面前で最上賢精に恥をかかせるわけには行かないとの配慮もある。
「すまない。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
 と美希が苦渋を表情に浮かべた。誰しもが同じ気持ちである中、ひとり渡部夕凪だけは舌打ちを禁じ得ない。実は三吉の行動に微かな疑問を抱いていたのだ。なぜわざわざ天井裏からなどというのか? 人目を避けるだけならせめて最上磋鍛に会う時ぐらいは正面から行けばいいのではないかと思っていたのだ。疑問を行動に移すべきだったと後悔の念が過ぎるが既に遅い。
 事実関係は直ぐに調べられ、一同の思った通り三吉という人物は活人剣派には存在しないということがわかった。嘘であれ真であれ、これが何らかの陰謀であることは疑いがない。もし賢精が信用をしてくれなければ、ただでは済まされないところだ。
「三吉に不審なところはなかったか?」と玄之丞は質したが、小蝶、朔真、満でなくとも誰も疑いを持たなかったであろう。
 まったく持って巧妙な罠である。依頼主本人が消えてしまっては弁明の仕様がない。
 何か情報があれば必ず伝えるという約束も虚しく、一同は破邪剣派の屋敷を後にする。
胸中に苦いものだけが残った。
「とんでもないことになっちゃったね‥‥」
 林小蝶の呟きが、夜風に乗って耳に届く。
 しかし誰もそれには応えられなかった。