<擦れ違い>

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月17日〜06月22日

リプレイ公開日:2005年06月27日

●オープニング

「お父様!」
 鋭い声が、障子越しに投げかけられて、更に声に負けぬ勢いで障子戸が音高く開け放たれる。座して書に目を通していた活人剣派頭首山神燈心(やまがみ とうしん)は微かに眉を動かして、しかし入って来た者の姿見ようとはしなかった。声を聞けばわかるし、顔を向けなくても娘がどんな表情をしているのかは容易に想像がつくというものだ。
「どうした。騒々しいぞ。お前ももう年頃なのだ。もう少し振る舞いを考えたらどうだ?」
 少しだけ呆れの色の混じった溜息をつく。
 武人というよりは、文人という風な様相の人物である。どこか間延びした感じのある目鼻立ちのせいもあろう、厳しい表情の似合わぬ面立ちだ。
 入ってくるなり声を荒げたのは彼の娘、お静だ。母親に似て眉目は秀麗で、しかも気質は温和とは言い難い。気の強いところまでしっかりと母親に似てしまっている。父親に似たのは剣の腕くらいである。
 目下のところ、門下生の誰一人お静に敵うものではないところが燈心の頭痛の種だった。お静はそこの辺りをわきまえていて高飛車な態度に出ることこそなかったが、誰しもが自然と一目置いてしまっている。
 古書に置いては「君子は礼を重んじる」とある。お静の礼節を失わない態度が、門下生達の好感を呼び、実力も伴ってすっかり跡取の雰囲気だ。むろん見た目も大いに手伝っていることだろう。
「お父様。話を逸らさないで下さい」
「別に逸らしているわけではない。確かに、我が剣派の後を担う事も大切だが──」
「お、父、様」
 じろりと、活力に満ちた双瞳が父親を見下ろす。燈心は口をつぐんだ。
「誤魔化さないで。ちゃんとわけを説明して頂戴」
 お静が言うのは、噂になっている事件の事だろう。ここ数日は何とか顔を合わさないようにしてきたが、乗り込んでこられては如何ともしがたい。
 お静と破邪剣派の最上賢精との仲は既に多くの門下生達の知るところだ。皆は気を使って表立っては口にこそしないが、二人の仲を悪くは思っていないことぐらいは燈心も知っている。最初は苦々しくも思ったものだが、こうなってはもう致し方がない。ここで了見の狭いところを見せるのも問題だ。
 そう思って文をしたためたところにこの事件だ。最上磋鍛が何者かに暗殺され、その枕許に自分のしたためた文が落ちていた。聞いた話に拠ればギルドに懸案を持ち込んだのは活人剣派の者だという。むろん心当たりはない。
 文を書きこそしたが、どうしても最後の一歩が踏み出せないでいたのだ。しかし事件の後、調べてみれば確かに文はなくなっていた。これでは申し開きのしようもない。破邪剣派との確執は周知の事実だけに、一層事件に真実味があるのだ。
 濡れ衣であることは明白であったが、一体誰がこんな事を仕掛けたのかがわかっていない。だから口を噤んでいるのだが、門下生達の中には不満と不安を口にする者も少なくはない。こと、お静と賢精の仲を心配して、世話役の進衛門が煩いので、何かと用を押し付けては外へと出させている始末だ。
「説明しろといわれてもなぁ」
 相変わらず書に視線を落としたまま、燈心が言う。お静がその書をさっと取り上げた。
「おい、何をするんだ。返しなさい」
「書なんて読んでる場合じゃないでしょ! どうして世間に向かって何も言わないでいるの? このままじゃ活人剣派は卑怯者と謗りを受けるわ。それでもいいの、お父様!」
 その危惧はないわけではない。しかし、既に噂ではこの事件が何者かの策略であることは間違いないといわれている。それは燈心の人となりのおかげでもあった。だからそれほど心配しなくても、いずれ何らかの形で決着がつくであろう。
 それに、悪くなるとすれば賢精と娘との関係であって、それなら無理にこちらから何か行動を起こすこともない。世間には誤解がきっかけで別れが生じたのだろうと思ってももらえるだろう。となれば、これはむしろ幸いではないか?
 最上磋鍛が何者かに暗殺されたのは、先代山神一心との試合で企んだ罰が当たったのだ。それに何も心を痛めることはない。活人剣派を語られたことは面白くないが、まあこれも因果というものであろう。
 などという考えもあるから、尚更燈心の腰は重い。後はお静の機嫌をどう取るか、それだけが重要な問題であった。
 
 何を訊いても生返事の父親にとうとう痺れを切らしてお静は部屋を出た。憤懣やるせない気持ちで床板を踏み鳴らしつつ歩けば、角で出会った門下生達も首を竦めて道を譲る。道場に踏み入ろうとした時、その足元に結わいた文が投げ込まれて床に跳ねた。思わずさっと辺りを見るが誰もいない。
 結わいを解いて中身を見れば、それは賢精からの文であった。
「いつもの場所で待つ」
 と記されてはいるが、明らかに別の者が書いた字だ。
「面白いわ。受けて立とうじゃない」
 どうせ気分がさえないところだった。飛んで火にいる夏の虫である。
 家を出がしら、帰ってきた進衛門は入れ替わりに出かけるお静の姿を見止めて声をかけた。腰に刀を佩き、髪をきちんと結わえている。一見すれば最上賢精に会いに行く時と似た格好だが、どうにも雰囲気が違う。
「お静様、どこへ行かれまするかな?」
「あ、爺。ちょっと出かけてくるわ」
 という言葉の端に、ふと片手が腰の刀に触れる。
 新衛門は思わず蒼褪めた。何かがあるに違いない。

●今回の参加者

 ea1369 鬼嶋 美希(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2319 林 小蝶(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2779 ロルフ・ラインハルト(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●見えない光
 珍しく沈うつとした面持ちで、鬼嶋美希(ea1369)は小さく溜息をついた。先日の事件以来、何度か道場を訪ねてはいるが、未だ門前払いの有様だ。今更詫びを入れたところでどうなるものでもないが、見事にしてやられてしまってそうでもしないと気が収まらない。
 しかし今日も呼びかけには応じてもらえず、仕方なく踵を返そうとしたとき不意に門が開いて中から一頭の駿馬が姿を現した。馬上にあるのは最上賢精だ。なにやら急いで出かける風の賢精に美希は声をかけた。
 賢精の方でも直ぐにそれと気がついたようだが、馬首をめぐらせるのももどかしく「先の件は不問に付す。今は急ぎ故、御免」と言うと鐙を蹴りつける。
 引き止めるが早いか駆け出す賢精と入れ違いに姿を現したのは、佐伯七海(eb2168)だ。
こちらも慌てている様子である。
「七海か。どうしんだ、慌てて?」
「今出て行ったの賢精さんだよね? とりあえず追いかけて」
 挨拶ももどかしいように手を伸ばす七海の手を取って後ろに乗せると、美希は賢精の後を追った。

●僅かな手がかり
「どうだい、場所の方は?」
「うん。ばっちり聞いたよ。急がないとお静さんが出て行ってからかなり経つみたいだから」
 進衛門から情報を聞いていた、林小蝶(eb2319)と所所楽林檎(eb1555)が揃って出てくる。
 ロルフ・ラインハルト(eb2779)に答えるが早いか、小蝶は足早に歩き出した。立ち止まって話している状況ではなさそうだと、風斬乱(ea7394)、マハラ・フィー(ea9028)それにロルフが続く。
「手紙はどうだったかしら?」
 お静が受け取った筈の文はそのままお静が持って行ってしまった為、進衛門は持っていなかった。中も見てはいないという。
 既に小蝶から先だっての最上磋鍛暗殺事件については全員が耳にしていた。となれば、物事が重なるのはただの偶然とは思い難い。お静が手にしていたという文を見れば何かがわかるのではないかと思っていたのだが、あてが外れたようだ。
「とにかく急ぐことだ。事が起こってしまってからでは厄介だからな」
 乱が歩調を速める。馬を駆っていくべきかとも考えたのだが、これが何らかの企みのあるものとして考えるならば単独での先行は危ぶまれるところであった。
「あっ、そうだ。賢精さんはどうなんだろう?」
 思い出したように小蝶は立ち止まる。
 文の主が賢精であれば当然場所へと向かっている筈だが。確か以前依頼を共にした七海が向かっている筈だ。
「行ってみれば分かるんじゃないか? いるにしてもいないにしても、ややこしいことにはなるだろうけど」
「そうですね。何かあるのは間違いないでしょうし。まずは静さんの安全を確保するのが善いでしょう」
 当初はロルフと林檎とでお静の動向をそれとなく探るつもりだったが、そんな余裕はなさそうだ。
「何にせよ、急ぐぞ」
 振り向いて乱が言う。

●再会
 街道からやや外れて森へと向かえば、丁度馬を駆る人影に出くわした。遠くから駆けてくる人影を見て小蝶が「賢精さんだ!」と声を上げる。その声に乱が動いた。
「待たれよ!」
 と言うが早いか、馬の前へと飛び出して両手を広げ、道を阻む。馬の嘶きが高くこだまして、高々と上がった前足が空を叩く。
「何をなさるか、危うく大事になるところだぞ!」
 言葉ほどには語勢は荒くはないが、賢精の表情は固い。見覚えのない者達が突然道を阻んだのだ、無理もない。しかし「賢精さん!」と言う声に視線を向ければ、見覚えのある顔だ。
「そなた‥‥確か」
 小蝶はちょこんと首を縦に振った。賢精は小蝶と共にいる数人の冒険者達を見て、怪訝な表情をする。
「そなた達はギルドの冒険者か?」
「最上さん。話は聞き及んでいます。ここは少し慎重に行動をなされてはいかがです?」
 という林檎の提案に賢精は薄く笑いを浮かべると頭を振った。
「御忠告いたみいる。先を急ぐのでこれにて失敬。余計な手出しは無用にお願いする」
 素早く馬首をめぐらせると、賢精は森の中へと駆けて行く。
 賢精の身の振る舞い、それに口調から、マハラはふと思った。
「ねえ、賢精さん。全部を承知の上で動いているんじゃない?」
 マハラの言にロルフも賛同した。
「そんな感じだね。何か考えがあるようにも思えたけど?」
「とにかく。後を追いかけようよ」
 小蝶が真っ先に走り出す。
「俺達ができる事は、間違いが起きないように警戒を怠らないことだな。行こう」
 乱に続き、全員が視線を合わせた。
 
●密会
 森の木立を吹き抜ける風が刀の一振りに両断される。
 立て続けに三度刀を振り下ろし、お静は一旦刀を鞘に戻した。すると木陰や叢の陰にある人の気配が微かに動く。お静は口許に陰のある笑みを浮かべた。丁度馬の嘶きが聞こえ、賢精が姿を現した。
「遅い。いつまで待たせる気?」
「これでも急いできたんだ」
「人を呼び出しておいて、待たせてるのに、言い訳するの?」
 賢精はばつの悪そうに後頭部を掻いて、馬を降りる。ここは二人だけの稽古場であった。さすがに表面上対立している二派の者が町中で親しく剣を合わせるというのは問題がある。苦肉の策ではあったが、いってみればこれは公然の秘密というものだ。だが、あからさまに見知らぬ第三者にこの場所を指摘されると言うのは、やはり面白くない者だ。よくよく気配を探れば、叢の中にいくつかの気配がある。

「どう?」
「今のところは、なんともなさそうだけど」
 叢に潜んで二人の様子を窺うマハラに小蝶が訊く。今のところは何とか平和的に話を続けているようだ。
「そっちは?」
「こっちは今にも襲い掛かりそうな感じだ。先に片付けてしまうか?」
 早々に太刀を手に取り、乱は腰を浮かしかけた。
「まあ待ちなよ。動きがあるまで見ていた方が良くないか? 手出しするなって言われたしな」
「それはそうですが、間違いが起こってしまってからでは遅いのでは?」
 林檎が言うのももっともだ。だがどうやら何か動きがあるようだ。

「さあ、話はこのくらいでいいでしょう?」
 とお静に言われて、賢精は渋々刀を抜いた。それを見終わらない内から、お静がいきなり切りかかる。驚いたのは状況を見ていたマハラだ。
「えっ? 何でいきなりそうなるのよ!」
 穏やかに話をしていた筈が突然斬り合いが始まってしまった。思わず小蝶も身を乗り出してしまう。数合を切り結んだお静が、不意に二人の方を見て誰可の声を上げた。
「そこにいるのは誰? 姿を見せなさい!」
 言われるがままに立ち上がった二人を見て、お静は剣呑な視線を賢精に向ける。
「賢精。これはどういうこと?」
「お静さん。これには理由が‥‥」
 と小蝶が口を開きかけるが、お静はそれを「あなたは黙ってて!」と一喝した。
 林檎とロルフも立ち上がろうとしたが、乱がそれを止める。
「賢精。まさかと思ったけど、本当に私を騙まし討ちするつもりだったのね。いいわ、私も覚悟を決めます」
 刀の切っ先を賢精に向ければ、賢精の方もやや複雑な表情ながらも刀を構え直す。
 小蝶とマハラは、まずい事になったと視線を交わしたが、割って入ったものかと判断に迷う。そうする内に剣戟の音が響き始めてしまった。
「マハラさん。止めた方がいいかな?」
 という声に答えたのは乱だった。
「いや、しばらく静観した方がいい。二人とも本気ではない」
 この中では乱が一番こういったことには目が利く。確かにそう言われれば二人とも微妙に剣筋が殺気を帯びてはいないとマハラも分かる。
「やあっ!」と気合一閃、振るった刀が賢精ではなく、背後の叢を薙ぐ。一見、見当違いの剣筋に見えるがそうではない。そこに隠れていた者が、慌ててたたらを踏んで飛び出した。お静の口許にしてやったりと笑みが浮かぶ。その視線がちらりとマハラと小蝶を見た。
「別の一味みたいね。どういった用件かしら? 物騒な出で立ちのようだけど」
 確かに黒装束の男は刀を抜き放ち、明らかに殺気がある。
「来るぞ」と乱が注意を密かに呼びかけた。
 お静の声に答えるように、叢から数人の男達が立ち上がる。皆手に手に獲物を持って、穏やかならざる様子だ。
「穏やかじゃないわね。これも賢精、あなたの差し金?」
「お静殿。よしてくれ。もう芝居はいいだろう?」
「あらそう」とお静は肩をすくめた。
「さて、あなた達。私達を襲ってどうするつもり? まあ、訊くまでもないけど。覗き見なんていい趣味とはいえないわね。こういうのを知っているかしら。人の恋路を邪魔するとね、熊に食べられるのよ」
 思わず横で賢精が額に手をやった。
「お静殿。熊ではなく、馬だ。それに食われるではなくて、蹴られるの間違いだ」
「‥‥いちいち細かいわね。そんなことはどうでもいいのよ」
 一瞬呆気に取られていた男達が、二人の気が逸れたのをいい事に一斉に飛び掛る。しかし突然響いた声に、男達は意表を突かれた様だった。
「行くぞ!」
 という乱の声に続いて、ロルフもロングソードを閃かせて飛び出した。この一瞬で体勢を立て直したお静と賢精、それに拳を振るう小蝶も加わって乱戦になる。更には遅れてやってきた美希、それに七海も加わる。
 多勢で数に頼み、更には不意を突くつもりだった男達はこうなってしまっては総崩れである。たちまちに数人が切り伏せられ、残る者達も次々に片付けられてしまった。
「何とか間に合ったみたいだな」
 と美希は息のある一人を引っ張り起こして横面を叩いた。
 その様子を見て、賢精は顔色を変えて制止するが遅かった。
「お前達何者だ。誰が雇った? 雇った奴の風体も教えろ。そうすれば俺はお前達を逃がしても構わん」
 美希の言葉に、覆面を剥がれた男がにやりと笑う。
「我々は破邪剣派の者だ。敵討ちをするつもりだったのさ」
 言うが早いか、男は首筋に刀を当てると自害して果てた。

●不慮の結末
「やはりこうなってしまったか‥‥」
 賢精の表情は苦い。手出しをするなと言うのは、この事態を考えての事だった。相手の正体を知らずに斬ってしまえば知らなかったで済まされるが、真偽はともかく正体と思しきことを知ってしまえば、対処をしなくてはならなくなる。
「賢精。私達はこれでしばらくは会えなくなるわね」
「仕方がないな。捨てては置けない事態だ。我々だけではなく、彼等も巻き込んでしまった」
 そう言われては美希も胸中穏やかではない。むしろ余計なことをしでかしてしまったのではないかという申し訳なさがある。
「とにかく、窮地を救ってもらったことには代わりはない。この通り、礼を申し上げる」
 賢精は深く頭を下げたが、誰しもが素直にそれを喜べる状態ではないようだった。
「刀を振るうだけでは解決しない物事もあるものだ」と乱は振るった太刀に微かな虚しさを感じた。
 七海は賢精と共に行くことを望んだが、賢精は明確な答えを言わなかった。ただ、「破邪剣派は大きな争いに巻き込まれようとしているが、敢えて火の粉を被るようなものだぞ」とだけ七海に告げる。
 二人を見送りつつロルフはさりげなく林檎の肩に手を回した。だがその手をするりと潜り抜けられてしまう。
「お芝居はおしまいですよ。ラインハルトさん」と素っ気無い態度に、ロルフは思わず肩をすくめた。

 闇はますます深くなる。光明はまだ見えない。