<誤解>
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月16日〜07月21日
リプレイ公開日:2005年07月28日
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●オープニング
森の中に響く音は、風を薙ぐ音だ。
時に早く、鋭く、その音に混じって草葉を踏みしめる音が鳴る。それとて重い音ではない。
少し開けた場所で剣を振るうのは若い女性である。名を風という。速神剣派頭首藤堂直隆(とうどう なおたか)の一人娘だ。
いつのこの場所で人知れず剣の鍛練を行っている。その姿を最初に見つけてから実は一月ほどもこうやって隠れ見ているのだ。
速神剣は表向き居合の剣として知られている。だが、お風の剣筋は明らかに居合のものではなかった。剣を片手に、突き、薙ぎ、払い、手にしている刀はまるでその動きには向いていない。
歩法もまるで踊りの様である。宙を舞い、しゃがみ、片足で立ったかと思えば身体をくるりと翻して逆手に相手を制す。自分の知る限り、この剣法は異国のものに近い。そんな興味も重なってこうやって見ている内に、ついつい声をかける機会を逸してしまって、今となってはどうにも名乗り出辛い。
だが、こうやって彼女の剣の鍛練を見続けているだけでは気まずいのも確かだ。こちらはもうずっと彼女の事を知っているが、向こうは何も知らないだろう。そう思うと気が引ける。
ひゅん、とお風の振るう剣の軌跡が折からの陽光を浴びてきらりと輝いた。その光をなびいた黒髪がさっと横切る。続いて紅潮した白磁の肌を、反射した光がさっと撫でれば艶やかさは言うまでもない。
思わず漏れた溜息は、自分が思っていたよりずっと大きなものだった。しかもすっかり見惚れてしまって気配を消すのまで忘れてしまった。
「誰ッ?」
流れる動きがはたと止まり、鋭い視線が梢の上に、つまり自分に向けられた。完全に見つかってしまったようだ。
「隠れてないで、出てきてちょうだい! それとも──」
言いつつ剣を腰に戻す。居合の構えだ。
「ま、待った待った。今降りるから、剣はなし」
梢上から聞こえる軽薄な声に、お風は柳眉を潜め、鼻の頭に小皺を寄せた。続いて降りてきたのは、身なりからして身分の高そうな相手ではない。町のごろつきと変わらぬいでたちだ。多少整えてはいるが、多かれ少なかれ似たような類の者だろう。こんなところで自分を襲おうとでもしていたのだろうか? ならばそれ相応の報いをくれてやらねばなるまい。
剣に遣る手に力を込めて視線を険しくすれば、その若者は明らかに「困ったな」と言う顔つきで、頬を引きつらせた。
「まあまあそう殺気立つなって。別に悪気があって隠れてたわけじゃないからさ」
「じゃあ、何のつもりで隠れてたのよ?」
顎をしゃくるようにして梢の上を指し示して、お風の視線は厳しいままだ。
「何のつもり‥‥」
何のつもりと言われても困る。どうして出てこなかったかといえば、時期によって理由が違う。初めは興味から。次は感心して邪魔しづらかったから。そして最後は見惚れていたからだ。
「理由は簡単には言えないな。三つばかりあるんだが、どれを聞きたい?」
とおどけて見せれば、お風は凛と刀を鳴らして半身を前に出した。
「女だからって甘く見ないで。ふざけていると承知しない」
「だから、待ってくれってば。本当に三つの理由があるんだって。最初と、この間までと、そして今と。な? ほら三つだろ」
指を折って数えて見せれば、お風は呆れた様に目を見開いた。「一体いつから覗いていたわけ? この変態」と口調も厳しい。
確かにそれを言われると反論の余地もない。
「で、どれを言えば?」
「‥‥三つ目よ」
胡散臭そうな眼差しでお風は若者を見る。若者は困ったなという顔をまたした。
「言えないの?」
渋っているのを見て、お風は刀を三分の一ほど抜く。すると若者は両手を前に差し出して「わかった。白状する」と一歩後じさった。
「あんたの姿に見惚れてた。鍛練する姿があんまり綺麗なんで、ついつい、な。悪気はなかった」
「な──」
言われたことの意味を知って、お風は途端に顔を赤く染め、息を飲んだ。面と向かってこんな事を言われたのは初めてだ。ふざけているのかと思ったが、若者の表情はいたって真面目だ。
思わず視線を逸らして、お風は言葉を明瞭には言えなくなってしまった。
「俺は一之瀬龍次(いちのせ たつじ)。しばらく旅に出てたから、町に戻るのは久し振りでね。偶然あんたをここで見つけて、まあ、その……なんだ。ついつい、見惚れてしまってさ」
「もういい、それ以上言うな」
お風が嫌そうにするので、龍次は不思議そうに「おいおい褒めてるんだぜ?」と首を傾げた。するとお風は俯いてますます顔を赤らめる。
「嫌だ。俺は生まれも育ちも悪いが、嘘は言わねぇ。あんたは綺麗だ、それに腕も立つ」 と済ました顔で言って見せるが、もう既にお風のことは見抜いている。どうもこの手の言葉に弱いらしい。ここはこのまま機嫌を取った方が良さそうだ。
「分かった。分かったから、もういい」
「いや駄目だ。お釈迦様を有難いと言い、父母を大事だといい、良い酒と良い景色を褒めてもいいのに、どうして綺麗なのを綺麗だといってはいけない? 道理に合わない」
腕を組み、しきりに首を縦に振っていかにも当然という風に言いながら龍次は俯いたままのお風の周りをぐるりとめぐって歩いた。
「そ、それ以上言うと、ただじゃおかないから!」
と言う言葉もどこか威勢がない。
「よし、斬ってくれ。異国には女神といものがいるらしい。今まで見たことはないが、今日ここで斬られて死ぬなら、本望だ。さあ、やってくれ」
両手を開いてお風の前で、龍次は目を閉じて軽く天を仰いだ。
一旦目を開いたお風だが、どうしていいか分からずに視線を忙しなく辺りに散らしながら、手のやり場に困っている。
ガサリ。
突然感じた異様な気配に、龍次も思わず目を開け辺りを伺った。すると、叢に数人の男達が刀を手に立ち上がる。
「お前! やっぱりこういうことかッ!」
口調と声を荒げて、お風は身体を硬直させた。多勢に無勢だ。
「違う。まったく知らぬことだ」
「言い訳か。見苦しい!」
この状況では疑われても仕方がないだろう。だが本当に知らぬことである。
「ここは何とか私が食い止める。逃げてまた明日、ここで会おう」
「まだ言うかッ!」
怒りを込めて振り向いた視線の先に真摯な龍次の眼差しがあって、お風はそれ以上何も言えなくなった。
「行け!」
という声に押されて思わず走り出す。
翌日ギルドにあった依頼は次の通りである。
・お風と会っている間の彼女の警護。
・彼女、あるいは自分を狙っている者を捕らえること。出来る限り騒ぎを起こさずに、密 かに。
・ただし、お風の方でも警護の者を連れて来ている可能性があるので、その者達には一切 の危害を加えてはいけない。間違っても捉えることのないように。
いずれもお風に誤解されない為の配慮からのようだ。
●リプレイ本文
●迷い
屋敷を出て、風はつと足を止めた。理由はいくつかある。眉根に愁色を浮かべ、やや視線を落とし振り向きかける。だが胸中に沸き起こる不安にも似た感じを小さく頭を振って、
さらには溜息をついて、追い出した。
脳裏を過ぎるのは、昨日会った若者の事だ。確か一之瀬龍次といった。素姓の知れぬ無礼者だが‥‥。
「大丈夫だったろうか?」その言葉は口から発されたものではなかった。声になって聞こえたのは気のせいだが、風は思わず視線を辺りに配った。誰かに聞こえたかと思ったからだ。
「‥‥何を、まったく」
腹立たしげに吐き捨てて、風は腰に佩いた刀の柄を掌で乱暴に叩いた。
「何を怒っているのだ、私は‥‥?」
あの場所で、共に戦うことも出来た筈だ。それを一人だけ逃げ出してしまったことに対する残悔の気持ちからか、それとも別の何かなのか。こうやってわけも分からぬ約束の為に出向こうとしているのは、一体どういう理由がほかにあるというのだ?
不意に人影が差し、風は視線を鋭くした
見れば紺絣の着物に、紅の紐で髪を束ねた若い女性だ。御影祐衣(ea0440)である。
「速神剣派頭首藤堂直隆がご息女、風殿とお見受けする。私は御影一族が末娘、祐衣と申す。暫し話を聞いて貰えぬだろうか」
腰に刀を佩いた勇ましい姿とは裏腹に、肌は白く目許口許も涼しげで品がある。その名前には聞き覚えがあった。名を馳せる実力との噂である。素姓からすれば、悪しき類の話でもないだろう。
警戒を解き、話を聞こうとする風の姿を密かに物影より見ていた者がいる。風斬乱(ea7394)だ。事の成り行きに口の端に満足げに薄い笑みを浮かべて刀の柄を撫でる。直接の護衛は彼女に任せておけば良さそうだ。後は禍あれば実力でそれを排除するのみである。
●独断行動
「今度は。速神剣派か‥‥」そう言って目を閉じ沈思する師の姿を思い出して、佐伯七海(eb2168)は視線を伏せた。
「知っていると思うが、我々五神剣派は周知の通りに互いに互いを疎ましく思っている。それを胸に留め置いた上で、動くのだぞ」
分かってはいたが、改めて言われると嫌が負うにも力が入る。五神剣派に何が起こっているのか、それを確かめるつもりだった。互いに互いを傷つけるのは、それをただ見ていることは出来ない。
指定された場所に身を潜めているだろう他の仲間達を思い、七海は視線を細めた。すると、あろう事かロルフ・ラインハルト(eb2779)が持ち場を離れて早々に動いているではないか。七海は思わず息を飲んだ。ある程度勝手に動くとは言っていたが、他の人は気がついているだろうか?
「さて、奇妙だぞ?」と独りごちて、ラインハルトは形の良い鼻の頭を親指で撫でた。
既に風は来ていて、待ちの姿勢に入っている。随分と早くの到着だ。何かしらの意図があってだろう。まあ何もないわけがない。とすれば、早く来たのは当然警戒の為だ。連れの者は近くに身を潜めているに違いない。出来れば、風の連れの者と接触して共闘したいと考えたのだ。
が、
「まさか、独りで来たなんてことは無いよねぇ」不思議なことに、誰一人見つからないのだ。もしかすると、見つけられないだけかもしれないとも思わないでもない。
「ラインハルトさん。勝手な行動は慎んでください」
という声は音ではなく直接頭の中に響いてきた。北天満(eb2004)だ。
「まあまあそう堅い事言わない。それよりも、来たぜ、ほら」
見れば遠くから走って来る者がある。一之瀬龍次だった。
●恋の駆け引き
遠くから走って来る若者の姿に目を凝らして、風は胸中に安堵感を覚えた。どうやら昨日の事で怪我はしなかったらしい。向こうの方でもこちらに気がついたようで、走りながら片手を挙げて合図を送ってきた。
思わず風も手を上げかけたが、途端に頬に朱が差して手を引っ込めた。代わりに剣の柄に手をかける。
「わ、私は一体何をしているのだ」内心の動揺を押さえつつ、いやに早く打つ鼓動を感じて、手が震える。昨日襲われたのも、あの男の差し金でないとも限らない。だが、ほんの僅かに言葉を交わしただけだが、悪人にはとても思えなかった。だから、ここにいるのではないのか。
「早く来たつもりだったが、風殿の方が先に来ているとは。待たせてしまったな。悪い」
屈託なく笑う若者につられて風も思わず口許を緩ませた。
「うん。鍛練をしている時の表情もいいが、こっちの方も中々だ」
顎に手をあて、眺め回すように見る龍次の視線に風は「怪我はなかったか?」と言う言葉を飲み込んで、代わりに手の中の剣をかちゃりと鳴らした。
「わざわざ呼び出したのは、からかう為か! 来いと言うからわざわざ来たんだぞ!」
と凄めば、龍次は慌てて両手を振って否定する。
「いや、待ってくれ風殿。わざわざというが、いつも来ているではないか? 来なかった人はないと記憶しているが?」
「な、何を!」
この時になってようやく風はこの男がかなり以前から自分を見ていたことを知った。一体目的は何の為? まったく気がつかなかったことも恥ずかしいが、先日の事もある不信感が強くなるのは否めなかった。
その風の表情に影が差したのを見て、龍次は「しまった」と頬を引き攣らせた。どうやら言葉を違う風に受け取られてしまったようである。
「うわっ、待て。勘違いするなって。見張っていたわけじゃない。昨日も言ったろ。あんまり綺麗なんで、見惚れてたんだって!」
と言われれば、風はさっと頬を朱に染めて剣に当てていた手を頬に添えた。
「き、綺麗。私がか?」
「そうそう」
と言いながら、龍次はつと視線を脇に逸らした。それを風も見逃す筈はない。彼女はたつじに気を取られていて気が付いていなかったが、明らかに付近に潜む何者かがいる。自分が警護を依頼した者、以外にだ。
●真意は何処に?
龍次の様子が変わったのを真っ先に気がついたのは乱だった。二人が話し込んでいて油断していると踏んだのだろう、潜んでいた何人かが動いた。
最初の一人を仕留めたのはラインハルトだった。まさか伏兵がいるなど予想もしていなかったのだろう。背中越しに当身を受け、昏倒する。
前後して、別の場所から悲鳴が上がる。投じた刀が味方を刺したらしい。ただの同士討ちと言うわけでもなさそうだ。
「ザン・ウィルズロード(eb0244)さんですよ」と頭の中に北天満の声が聞こえた。
「へぇ、なるほどね。効果覿面なわけだ」
見れば、さすがに風も事の次第に気がついたらしく俄かに表情が険しくなる。そこへ木陰から黒衣を纏った一つの影が飛び出してきた。やや遅れて黒髪を翻して別の木陰から飛び出した女性がいる。素早くかざした手の先に、気の力が収束していく。御影祐衣だ。しかし祐衣はオーラショットを放つ直前に、つと手を下げた。見れば飛び出してきたのは、黒衣の男ではあるが賊というわけではなさそうだった。
涼しげな目許に強い光を湛えて、視線は厳しいが、巌直とした風を纏った姿は卑とした者とは無縁であると一目でわかる。
男は懐から一通の書状を取り出すと、後ろでに風の眼前に突き出した。それ龍次が護衛を依頼した際の物である。
「風斬乱と申す。しがない浪人だ。わけあって助成する。御免」
言葉が終わらない内に、乱の姿を味方と勘違いした賊の一人が飛び出してくる。刹那、銀光一閃、抜き放った刀が賊を切り捨てた。そして背後より彼を見つめる祐衣に一瞬だけ視線を送る。
「俺の剣は守らぬ」
「承知した。攻と防は相容れぬ。領分をわきまえてこそ、華」
祐衣が風の傍による。「私の護衛だ」と風は申し訳なさそうに龍次に告げた。
「風斬殿、気をつけられよ。速神剣派の者はくれぐれも刃にかけぬよう」
「鴉は闇夜にあってこそ。日中の鴉など笑止」
飛び出てきた男は全身黒ずくめである。仮に風に護衛がいたとして、まさか同じ格好はしていまい。龍次は無言で頷いた。
「‥‥護衛は御影殿一人だけだ。後はいない」
ポツリと風が言う。視線はやや伏せがちだった。
「そうか」と龍次が笑う。
「風殿、申し訳ないが少し利用させてもらった。しばらくこのまま見ていてくれ」
不意にそう言われ、風は視線を上げた。龍次の厳しい眼差しがあった。
●謎
「潜んでいるのは、皆敵ですよ!」
満の音なき声が響く。本来は事が起こる前に風に密かに言葉を伝えるつもりだったが、思ったより事態は早く進行してしまった。こうなったなら、さっさと事態を収拾してしまうに限る。
「OK! んじゃまあ、行くとしますか」
ザッと風をって飛び出したラインハルトは、深紅の疾風となって姿を現した黒ずくめの男達に切り込んだ。
潜んでいた数は少なくない。だが、乱とラインハルトの剣は鋭く早い。瞬く間に数人が切り捨てられる。さらには潜んでいるウィルズロード、それに満の的確な援護で動きを封じられ、或いは意思とはまったく異なった動きを強いられる為、人数上の有利はなきに等しい。
「──あれは活人剣派?」
剣を振るう小柄な女性剣士の剣筋を見て、風が訝しげに呟いた。「ああ、そうみたいだな」と龍次も目を細める。腕はまだまだ未熟だが、確かに活人剣派の剣筋である。聞くところに寄れば最近は五神剣派の争いが水面下から顔を覗かせつつあるという。
その時、突然に叢から一人の黒ずくめの男が飛び出して来た。七海の剣に意識をとられていた風は咄嗟に剣を抜くことが出来ない。
一瞬息を飲んだ風の眼前を、裂帛の気合のこもった剣風が吹き抜ける。それは敵のものではなかった。龍次である。
全身の力を一点に集めた神速の突き、それが剣風の正体であった。
「‥‥それは、激神剣派の──」
それ以上は言葉にならない。
●真実の行方
粗方の敵が片付き、佇む二人の前に全員が集まってくると直ぐに、七海は風と龍次のまえに立った。当初は満に伝えてもらうつもりだったが、今はおかしな誤解を生む前に名乗り出た方が良いだろうと判断したからだ。
「僕は名を佐伯七海と言います。見ての通り活人剣派の門下生であり、でも冒険者です。五流派の仲が悪いのも判ってるんだ。でも争いは良くないと思う。信じれないと思えば僕を斬ればいい。僕はこれ以上、五流派の大切な人が争いに巻き込まれるのは嫌なんだ」
「いや、いいさ。俺だって五神剣派の争いとは関わり合いたくないってのが本音だ」
そういう龍次とは別に、風の視線は厳しい。彼女にしてみれば五神剣派の争いは人事ではないからだ。
捕らえた何人かの内の一人を引っ張り出して、龍次は覆面を剥ぎ取った。見覚えのない顔である。
「さあ、答えろ。誰の差し金だ? お前達は本当に激神剣派の者か?」
と言う言葉に驚いたのは少なくとも風だけではない筈だ。むろん風が一番驚いたであろう。
「お、お前、どういう事だ?」と訊く声も震えている。
「すまない風殿。こいつ等はおそらく激神剣派と関わりがある筈だ。内部の者ではなくとも、どこかでつながりがある筈。昨日は逃げ出すだけで精一杯だったのでな。見極められなかった」
「お前、誰なんだ」
声の震えが変わった。怒りでだけで震えているのでない。それは聞いている龍次にも理解できた。一瞬躊躇する様子を見せるが、仕方がないといった感じで風を見つめ返す。
「言い訳をしても始まらないから、まず名乗ろう。俺は激神剣派の一之瀬龍次だ。半分破門状態とはいえ、関わりがないわけではない。ここしばらくの内情は良くは知らない。直ぐに出て行くつもりだったからな」
出て行かなかったのはわけがある。しかしそれを今、口にするのは憚られた。
「私を騙したのか‥‥?」
「いや、違う。そうではない‥‥黙っていたことは謝る」
嫌な沈黙が形のない微粒子となって降り積もっていく。それを乱したのはザン・ウィルズロードだ。
「記憶を少し読んだ。しかし下っ端のようだ。関わりがあるのは間違いないが、そこまでだった」
「そうか。それだけ分かれば充分だ。後は俺が直接聞くさ」
龍次が振り向いたのと、物陰から何かが飛来したのとはほぼ同時だった。狙われているのは他の誰でもない。
咄嗟に手を伸ばして、龍次は風に向かってきた小刀の一本を遮った。ぱっと鮮血がほとばしる。
驚いたのは風だ。油断していたのではない、困惑のあまり自失していたせいだった。
「あっ」と声を上げたのは七海だ。声につられて皆が見れば、捉えていた数人が全て命を奪われている。
「やられたな」とラインハルトが頭を掻いた。
腕に突き立った小刀を抜き、衣服の端を破った布で傷を捲く。龍次は険しい表情のまま視線を落とす風の肩に手を伸ばしたが、それは強い力で振り払われた。
「‥‥信じてくれと言っても、難しいだろうな。出来れば、別の形で出会いたかった。後始末は、俺がする」
それだけを告げると、龍次は風を送り届けるようにと言伝して背を向けた。
その姿が森の木々に紛れるまで、風は微かに震える身体を風にさらしたままじっと見つめている。
「‥‥何をどう信じろと言う? 私は‥‥、私は‥‥」
胸に去来する思いがなんなのかは風には分からない。だが、手を振り払った事が正しくない事ぐらいは分かる。
その風の姿に乱は隣にいた祐衣の顔を見る。彼女は小さく頷いた。
「変わるのは、何も悪いことではない」
「そうだ。少なくとも、一之瀬殿はお主を護った。それは真実であろうの」
それに七海が言葉を繋ぐ。
「そうだよ。全部が信じられなくても、全部が嘘じゃないよきっと」
しかしそんな言葉も風の耳に届いているかどうかは分からない。
つとラインハルトが前へ進み出た。
「まあ、いろいろだよな。人の出会いも、縁だよな。ん、ほら俺でよかったらいつでも胸を貸すよ」
と両手を広げるラインハルトを、冷たい十本の視線が突き刺した。