<断つ>
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月24日〜11月29日
リプレイ公開日:2005年12月04日
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●オープニング
久しく叩いていなかった門を叩くのはさすがに気が引ける。だが、理由はどうであれそれを確かめないわけには行かない。あの時襲ってきたのは間違いなく激神剣派の門下の者だった。関係が無いわけがない。
おそらくは先だって起きた最上磋鍛の暗殺事件と関係があるのではなかろうかと思う。
兄である一之瀬一刀(いちのせ いっとう)の性格と、父親である龍乃真(たつのしん)の性情を考えればあり得ないことではない。
五神剣派随一の剣力を誇る激神剣派。それが五派の頭目たる立場にあるのが当然というのが龍乃真の考え方だ。そして兄はその考え方に心酔している。
数代を経て、破人剣派のように跡取が見るも無残な流派も出てきている。活神剣派と速神剣派は共に跡取が娘だけだ。となれば他の流派に嫁げば廃れはしなくとも弱体化するのは間違いがない。破邪神剣派は最上賢精が一人気を吐いてはいるが、未だ一人身である。もし何らかの事が今起これば絶たれてしまうかも知れない。
この状況に触発されて事を起こそうとしてもなんら不思議には感じない。そして先日の事件である。
この自分もろともにお風を始末してしまい、速神剣派と事を起こす。さらには残りの二派にも何らかの形を取って飛び火させる気かもしれなかった。
これがただの杞憂であれば善いと思う。しかし、楽観は出来ないだろう。
襲ってきたのは激神剣派と関わりのある者だった。誰かの差し金かとも考えたが、それにしては拳筋が鋭過ぎた。物真似ではない。指南を受けた者のみが成しえる技の切れだった。覚悟を決めなくてはならないだろう。
「久し振りだな、龍次。元気そうじゃないか」
どちらとも取れる言い方をする、と内心思う。出迎えたのは一刀だった。一段高い所から龍次を見下ろしている。
何年ぶりになるか。確かに久し振りだが、口調にも声にも視線にも温かい要素など微塵もない。江戸を離れれば少しはこの溝が埋まるのではないかと思っていたが、どうやらそうはいかなかったようだ。
「兄上こそ、お元気そうで何よりです」
形通り挨拶を返し頭を垂れる。その様子を冷ややかな視線で見下ろしながら、一刀は目を細めた。好意的なものではない。その事を龍次は肌で感じる。見なくてもわかる。ここには戻らないつもりだった。しかし、確かめなくてはならない事がある。
「それで、今になって敷居をまたいだのは、何の故あっての事だ?」
なるほどと龍次は思う。江戸に戻ってきていたのは既に知っていたわけだ。何やきな臭い匂いが強くなってきたと思う。やはり思った通りか。
「一つ確かめたい事がありまして。恥を偲んで参上しました」
「ほう?」と言う声が妙に芝居がかっている。
「実は先日、面倒に巻き込まれました」
「暴漢に襲われたのであろう? 聞いておるわ」
半ば言葉を遮るようにして一刀の声が響く。同時に人の動く気配がした。この場所を取り囲むようにして、密かに人が動いているようだった。
「その際、他派の娘と密通していた事も一緒にな」
そういう事か。立ち上がった一刀が手を上げて合図すると、四方から手に刀を携えた門人達が一斉に現れて龍次を取り囲んだ。
「何か誤解をされているようですが‥‥」
言いかけた言葉を一刀が再び遮った。
「他派の者とつるんで一派の名を失墜させんと企んでいるのは既に知っておるわ! 見苦しい言い訳などせず、おとなしくするがいい」
朗々たる声が響き渡る。迷いも惑いも微塵も感じられない口調だった。初めからこうするつもりだったのだろう。まんまと罠にかかってしまったわけだ。
こうなってしまってはどうしようもない。悪戯に刀を抜いても数人を傷つけるだけだ。
龍次は腰に佩いていた刀を取って地面に置く。
「いい心がけだ。今日はこれから客人があるのでな。詳しい話は後日にしよう。しばらく地下牢で長旅の疲れを癒すがいい」
客人だと‥‥?
連れて行かれる最中に、それが誰かを訊ねてもみたが、当然答えてもらえる筈も無い。ただ、閉じ込められるのが地下牢というのは幸いだった。しばらくは様子見だなと内心に思う。
高い塀の内側は背伸びなどしても見える筈もなかったが、そんな事をわかっていつつもお風は思わず爪先立ちになって中を窺ってしまう。見えるのは白い壁ばかりだったが。
速神剣派頭首藤堂直隆の一人娘であるお風がこんなところで何をしているのかといえば、かなり前に中へと入っていった達治の事を気にしているのである。
直ぐに出て来る筈も無いとはわかっているが、先日の件もある。何か面倒に巻き込まれたのではないかと気が気でない。
「おい」と突然声をかけられて、お風は慌てて振り向いた。
「べ、別にあたしは心配しているわけじゃないよ。ただ、近くを通りかかったから気になって見てただけだから。か、勘違いしないでよね!」
一息に言葉を並べ立てて、意味の通らない言い訳をしつつお風は両手を忙しなく振り動かした。
「何を言っているんだ?」
そこでようやく声をかけてきた相手を認識して、お風はばつの悪そうに口許を引き攣らせた。ただの見回りのようだ。まったく紛らわしい。
早口でまくし立てた為、相手にはっきりと内容が伝わっていないのは幸いだった。
「あ、あのさ。ほら、ちょっと前にちょっといい感じの殿方がさ、入っていったじゃない?」
いつもの稽古着ではなく、ちょっと蓮っ葉な感じの服装をしているお風は、口調までも少し崩して話し掛ける。
「‥‥さあ、何の事だかわからないな。こんなところでウロウロとしているんじゃない。いいな」
それだけを言って去っていく後姿を見送りつつ、お風は柳眉を潜めた。
おかしい。明らかに嘘を言っている。やっぱり良くないことが起きているのだ。
高い塀を見上げて、お風は視線を厳しくした。このまま一人で侵入しても結果は見えている。ここは助っ人を頼むべきか。
しかし、どういう理由をつけて誰に助けてもらおうというのだ?
まさか門人達を頼むわけにもいかない。忍び込もうとしている場所も場所だし、その目的に至っては‥‥。
ふと我に帰る。
一体自分は何をしようとしているのだ。何の為に?
沸きあがる疑問をしかし頭を振って追い払う。
龍次は自分の危機を助けてくれたではないか。その借りを返すだけの事だ!
●リプレイ本文
●不穏な噂話
激神剣派の道場の前まで来て、桐谷恭子(eb3535)はふとここ数日耳にしたいろいろの噂を思い返していた。
江戸にある五神剣派の近日の騒動は、結局のところ互いの派閥意識が過剰に影響した結果だという事は想像に容易い。しかし、その根が一体どこから来ているのかは話を耳にするまでは良くわかっていなかった。
そもそもの起こりは宗師父の残した一筆の書が原因であったらしい。
もともと五神剣派は一つであったという事は知っている。それが五つに分かれたのはその後からであるらしい。
<五神剣の元に禍ある時は、剛力してこれを退けるべし>
この一文の後に、今の五神剣派のそれぞれの剣訣が書かれた五枚の紙片があったと言う。それが今の各派に伝わっているのだそうだ。
もともと大始祖たる人物の元にいた時から、弟子の頂点にいた五人は仲が悪くそれを懸念して奥義書を五つに分けて伝授した、と言われている。有事の時にはこの五人が力を合わせてくれることを願ったらしいが、返ってそれが禍いしてしまった。
いつからかこの五派の奥義書を全て合わせて読み解けば秘伝の剣術が得られると言う噂が立ち、それが今にまで続いていると言う。そしてそれこそが新たなる確執を生んでしまったらしい。
より優れた派が大一派となる。
そんな風潮が出来てしまい。各派は個とある毎に角を突き合わせる結果となってしまったのだそうだ。
最も争いが激しかったのは、二代前であると言う。
時の破邪剣派頭首最上磋鍛は、門下生同士の些細ないざこざから活人剣派頭首であった山神一心と剣を合わせることとなり、その負けが元で山神一心が自害した事件はあまりにも有名である。
またその先には、破人剣派と破邪剣派との争いがあり、この時には当時の頭首であった上野一透(うえの・いっしゅう)が最上磋鍛に負けを喫すると、その後直ぐに傷が元で病死したとされている。その後を継いだのは上野眞宣(うえの・しんせん)だったが、生来身体が弱く武芸などとてもできる人物ではなかった。その上、精神的にも過分に病んでいる所が多く、言動も権力を嵩にするところかあり、門下生達にもまったく信頼がなかった。ここに事実上破人剣派は滅したと言っていい。
今回の速神剣派と激神剣派に関しては表立っての諍いはない。それだけに新たな火種となってしまうのではないかと、門下生達も気にしているのだと言う。
一方で一刀と龍次の仲違いの方はと言えば、こちらは根が深い。少なくとも当事者の内、片方に関しては。
「要するに、龍次さんの方が出来が良かったわけなんだよね。それで逆恨みされちゃったってわけ」
「だが、龍次さんは次男の筈だ。何の問題がある?」
横で聞いていたお風は、思わず口を挟んだ。
「いや、それはどうかな。実力があるなら、野心だってあるかもしれない。ましてや一剣派の頭首となれば、実力がものを言うと思うけどね」
ロルフ・ラインハルト(eb2779)の物言いに、お風はキッと鋭い視線を向けた。
「争いを避ける為に自ら身を引いた龍次さんがそんな事をする筈がないだろう」
と言うのはお風が自ら調べた事だった。確執から派内が乱れるのを嫌って江戸を出たと言う話だった。
「こりゃ、失言だったな。いやはやそこまで断言されると、言葉もない。しかし、わざわざ出て行った龍次さんがわざわざ何の為に戻ってきたのかね?」
「そ、それはその‥‥」とお風が今度は頬に朱を散らして視線を泳がせた。
「決まっておろう。お風殿の身を案じての事じゃ。愛しい相手を危険な目に合わせた真相を突き止めに来たのであろう」
頭上から響く西天聖(eb3402)の声にラインハルトは視線を上げた。
「おっと。ストレートに来たね」
お風はますます頬を染めて俯いてしまう。
「まあ、ここは我々に任せておくのじゃ。お風殿が入っていってはさらに話がややこしくなるかもしれんからのう」
ラインハルトの提案でもあった。五神剣派が互いに競い合っている事実は知っている。龍次が捕らえられたことの真相は別としても、他派の人間が押し入ったとなれば事態はさらに混迷するだろう。いや或いは思う壺か。
「そろそろラーズ殿が戻ってくる頃合じゃ」
と言う声に呼ばれるように、一人の若者が物陰から姿を現した。
●意外な賓客
姿を消して屋敷内に忍び込んだはいいが、それほど長い間潜伏できる筈もない。ラーズ・イスパル(eb3848)一先ず姿を消し忍び込んで、物陰に身を潜めた。
何か一つでも情報を得られれば幸いだ。
「それで、首尾はどうです? 一之瀬殿」
不意に聞こえた声に耳を澄ます。直ぐに確認しようと思ったものの、何故か身体が動かなかった。
「今のところは上手くいっている。上野殿の情報のおかげと言うところでしょうな。まさか龍次が江戸へ戻って来て、しかも他派の娘と逢引をしているとはまったく好都合。これで公然と排除できるというもの」
「いや、これも五神剣派統一の為。破邪剣派と活人剣派もいずれ争うことになるのは必定。その機を逃してはならぬでしょう」
部屋の中に人の気配が二つ。一つは激神剣派頭首である一之瀬一刀だろう。もう一人は、誰だろうか。
強張る身体を押して顔を覗かせる。まだインビジブルの効果は切れてない筈だ。
「機を見るに敏たれという事ですな。‥‥?」
視界に入ってきたのは、威風堂々たる体格の男と、それとは対照的に病的なまでに青白い顔色の男だった。そこで不意に一刀が鋭い視線でイスパルを射た。見える筈がないのだが、明らかに視線はこちらを向いている。
思わず気圧されて身を引けば、一瞬まで顔を覗かせていた空間を殺意を乗せた銀光が走り抜けた。
「どうされましたかな?」
「いや、人の気配が‥‥気のせいかもしれませぬな」
突然刀を抜き放った一刀を見て、男が表情を曇らせる。
イスパルは慌ててその場を後にした。さすがに頭首だけの事はあると舌を巻く。
●罠
残る時間を費やして調べたところ、龍次の居場所は突き止められた。同時に意外な事実をも仲間に伝える事になる。
「不思議なんですが、警備の人数があまりにも少ないんです。むしろまるで警戒していないと言った方がいいほどです」
まあ、確かに身内のものを監禁するだけならさほどの警戒も要らぬように思える。侵入経路も裏口から入ればそれほどの労はないほどだった。
見張りが多いわけでもなく警護も厳しいわけでもなければ、姿を消したイスパルの手引きがあれば視覚を突くのも容易い。
しかし意外なほどに簡単に牢まで来て見れば、肝心の龍次の姿がない。
「本当にここなのか?」
「はい。間違いない筈ですが‥‥」
だが姿がないのもまた事実だ。イスパルは急に不安になった。確かにありえないほどに簡単に侵入できた。見張りらしい見張りもいなかった。その顔色が変わるのを見て聖は眉を潜めた。「罠じゃったかのう」と呟く。
その時ラインハルトが気配に気付き両手に刃を閃かせた。上を見る。
つられて全員が見上げる。すると確かに誰かがいる様だった。その気配は牢屋の中へと続き、そして。
「……ありゃ? あんた等誰だ?」
天上から顔を覗かせた青年が逆様にこちらを見て、首を傾げた。
「龍次さん俺だよ」
「ああ、あんたはあの時の異国の騎士さんじゃないか」
見覚えのある顔に龍次は思わず笑みを見せたが、直ぐに深刻な顔になった。状況を見る限り助けに来たのは明白だった。しかし、そんな事を依頼した覚えもなければ、捕まっているのを何故知っているのかも不思議である。
「詳しい話は後じゃ。とにかくここを抜け出すのじゃ。外でお風殿が待っておる」
意外な人物の名前を聞いて、龍次は目を丸くした。
「ま、そういう事だ。放って置くと、突入してきかねないからな」とラインハルトは肩を竦めた。
その二人の会話に恭子が割り込んだ。
「あの、話の途中で悪いんだけど。一つ聞いていい?」
天井から降りた龍次が何かと聞けば、
「今さ、どこへ行ってたのかなって」
全員がその質問に納得した。
「ああ。ここさ、よく悪さしては入れられてたからな。抜け道ぐらいは当然知ってるわけでね」
さもこともなげに龍次は言う。
「その事を頭首は?」
思わずイスパルが訊く。
「まあ、当然知っているだろうな」
大したことはないというような言い方だが、それは裏を返せばこんな所に閉じ込めても意味はないということを承知だと言う事だ。となれば、
「罠じゃな」
宣言されるまでもない。
「これは‥‥余計な事をしでかしたのかな、俺達は」
そうとばかりも言えないだろう。少なくともお風は、そんな事とは知る由もない。
「そんな事より、早く逃げようよ! 絶対良くないよ、この状況は」
恭子が皆を促した。それに前後して外に人の気配がある。一人や二人ではなさそうだ。
「ちょっと遅かったみたいですね」
イスパルの声に合わせて、ラインハルトが入り口へと視線を向ける。強行突破しかない。
「じゃあ、こっちから逃げるか」
と言う声が背後からした。見れば牢屋の床の隅の方がめくれ上がって、抜け道が見えている。
●絆
龍次に導かれて抜け道を出れば、正門が見えた。
「何とかなりそうだな」とラインハルトが安堵の呟きを漏らしたのと、背後に数人の人影が立ったのとはほとんど同時だった。
慌てて振り向けば、銀髪の筋骨逞しい壮年の侍が数人の門下生を連れて立っていた。
「龍次様。成長の跡がありませんな」
と言う声に害意はない。
「彦六爺か!」龍次が思わず声を上げて顔を輝かせる。それを彦六は手を上げて制した。
「いろいろとお聞きしたいことはございますが、時間がありませぬ。早くお行きなさい。少々なら時間を稼げます故」
そうして連れてきた数人に目だけで指示を与える。彼らは数少ない龍次の支持者だった。「龍次様。これにてお別れにございます。これより以後、決して戻ってきてはなりませぬ。縁を断ち切るのです。五神剣派とも、一刀様とも」
かつて江戸を出るように奨めたのも、この彦六であった。
「‥‥どうだ。一緒にこないか?」
という龍次の言葉にゆっくりと首を振る。
「主に逆らうは忠義に反する事。‥‥できれば龍次様の見初めた娘を一目見たかったとは思いますが。皆様、御頼み申しましたぞ」
というが早いか、駆け出していく。どうやら裏門へと追っ手を誘導するつもりらしい。その背中を見つめながら、龍次は「行こう」と足早に駆け出した。
「いいのか?」
とラインハルトは思わず訊いた。
「今は仕方がないさ。たけど、これが別れだとは思っていない」
表門には不思議な事に見張りはいなかった。一瞬警戒したが、そのまま駆け抜ける。だが、正に外へ出ようとした瞬間、白刃が閃いて先頭を行く龍次に切りかかってきた。あまりの素早さに、二番手を行くラインハルトは身動き一つ出来ない。
恭子が思わず声を上げた。
しかし龍次はそれでもたいしたもので、寸前のところで剣を止め、受け流す。その拍子に切りかかった者が龍次の腕の中に引っ張り込まれた。
「お風殿。待たせたのは悪かったが、これはないだろう?」
見れば門番二人が切り倒されている。どうやら待ちかねて、今正に突入する寸前であったようだ。
切りかかった相手を見て、お風は慌てて刀を引っ込める。
「心配をかけたな。すまぬ」
「わ、私は別に心配などしてない。ただ、ここを通りががっただけだ」
あくまで強がるお風を見て、恭子が思わず「うわ、苦しい言い訳」と呟いた。「素直になればよいのじゃ」と聖も苦笑する。
そのお風に龍次は手を伸ばした。
「俺と一緒に来てくれるか、お風?」
真面目な顔で言う龍次に、お風は一瞬躊躇したようだった。それをラインハルトが「おっと失礼」と背後からさりげなく押す。それ以上の抵抗はなかった。
背後から、怒声が響く。龍次はお風を引き連れて、駆け出した。一度だけ後ろを振り返る。
「あんた達も早く逃げろよ! 縁があったなら、また会おう!」
お風も振り向き様に一度だけ頭を下げた。