<発端>
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月10日〜12月15日
リプレイ公開日:2005年12月19日
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●オープニング
時の流れを継げる中天にあった太陽も、一旦傾き始めれば急速に時間よりも一日の終わりを知らせる役割の方が大きくなる。ましてや季節は夏の盛りを遠くに過ぎ去り、肌身に感じる寒さは秋のそれよりずっと強い。
時間にしてさほどの逢瀬を交わした気分にはなれなかったが、陽の傾きが賢精とお静に再び別れの時間が来たのだと、声なき声で告げる。
「次は、いつこうしてゆるりと話せるのだろうな」
賢精が山の端目掛けて滑り落ちていく太陽を遠くに見つめて、語りかける。
「簡単な事でしょ。うちの道場に押しかけてくればいいのよ」
賢精が困った顔をする。それでは大事になるではないか。
「無茶を言わないでくれ、お静殿。今度こそ大騒ぎになる」
「あら、今回の事で騒ぎにならないとでも思っているわけ? さすがにしばらくは同じ手は使えないと思うわ」
ということは、ほとぼりが冷めた頃に同じ手を使うつもりなのかと賢精は気が気ではない。今度はどんな無茶をやらかすつもりだろうか。
「いっそのこと、もっと大騒ぎになればいいのよ。そうしたら、黒幕が出てくるかもしれない」
思わず賢精はお静の顔を見た。なるほどと思う。ただの思いつきでやっているわけではないのか。その賢精の顔をお静は剣呑な目付きで見た。
「その顔は、私が思いつきだけでこんな事をしでかしたと思っている顔ね」
「い、いや。決してそんなわけじゃ‥‥」
図星である。
ここで上手く誤魔化せないのが賢精だった。
「まあいいわ。とにかく、私に無茶をさせたくなかったら、あなたが行動を起こす事ね」
こうなると、半ば脅しも同然だった。暗に賢精が動かないなら、自分が騒ぎを起こすと宣言しているのだ。困ったものだ。
「あなたの所の門下生に、お礼を言っておいてね」とお静は笑って腰を上げる。
その時、遠くから一組の男女が駆け寄ってくるのが見えた。二人とも剣を帯びている。思わず賢精も立ち上がり腰に履いた刀に手をやった。お静を敢えて庇うような構えは見せない。それを望まないからだ。
向こうの方でも二人の事に気がついたようだ。やや速度を落としつつ、やはり剣の柄に手をかけている。
擦れ違いざまに、四本の銀光が閃いた。続けて二つの剣戟の刃音が響く。
四人共に牽制の為の一刀だった。火花が散るかのような激しい当たりで、互いに数歩ずつの後退を余儀なくされる。
その一度の手合いだけで、互いに互いの技量がわかる。侮れない相手だった。
「お静殿。かなりの手練と見た。気をつけよ」
言われるまでもない。相手の女も相当腕が立つ。
「どこの手の者かは知らぬが、邪魔だては無用にしてもらおうか? 我等に関わっても労に見合う得はない。剣を引かれよ」
男の方がやや剣を引き、賢精に話し掛けた。よく見れば追手というにはあまりにも穏やかな表情の青年である。
「言っても無駄だ。話し合っている内に、追いつかれるよ」
と男に声をかけたのは、お静と同じ年頃の娘でこちらは品があるがそれとはまるで見合わない気性の持ち主のようだった。剣気が迸って危なっかしい事この上ない。
「ちょっと待って。追手ってどういう事?」
思わず賢精と顔を見合わせたお静は、二人の後方から人の一団がやって来るのを見た。瞬時に何かの間違いである事に気がついたが、もう遅い。これは明らかに面倒に巻き込まれてしまったようだ。
賢精もそれに気がついた。
追手の数は数十人はいよう。この場に留まっていてはまずい事になる。かといってもはや何の関係もないとは言い切れない。誤解とはいえ、既に刃を交わしてしまった。いずれにせよ、何事もないでは済まされないだろう。こうなったら仕方がない。
「お主達。何故追われている?」
「話すと長いし、話している内にもっとややこしい事になるが、どうする?
「龍次さん! 行こう!」
女の方が事態を察して刀を引く。しかしそれよりも、賢精は男の名前に覚えがあった。もしやと思う。
「まさか、一之瀬殿か?」
お静が怪訝な表情で、賢精を見た。こんなところで名を呼ばれるとは思っても見なかったからだ。しかもその名は、激神剣派を表す名だ。つまりはそういう事だろう。
「そう呼ばれるという事は、お前は?」
「最上賢精という」
なるほど太刀筋がいいわけだ。龍次はこれがただの偶然だけではないように感じられた。耳にした噂が間違いなければ、相手は活人剣派の一人娘お静の筈だ。
「話しは、後だ。一先ず、走るぞ!」
龍次の後を追うようにして、お風が走り出す。その後姿を追う様にして賢精も足を踏み出した。そしてお静を導く。
「行こう。お静殿。もはや避けられぬ。流れには逆らわぬが吉と言う」
賢精の眼差しにお静はわずかに頬を染めて微笑んだ。賢精から自分を導くような事はほとんどない。それが唯一不満なところでもあった。諍い事は起こさない。そういう振る舞いを賢精はしてきたのだ。しかし今は違う。
「追手は、どうするの?」
「撒いて貰おう。警護だけの筈だったが、後で詫びる事にする」
何が起ころうとしているのか。それを知ることが重要だ。
●リプレイ本文
●向かう先は?
突然の騒ぎに驚いた崔煉華(ea3994)だったが、状況を見れば取るべき行動は明白だった。先ずは賢精へと走り寄り、どこへ向かうのかを訊くが答えは得られなかった。
「ねえ、龍次さんだよね? どこへ逃げるつもり?」
その問いに答えるより早く龍次はさっと後ろを振り返り、「巻き込んでしまったな」と自悔の想いを言葉にする。
「近くの山だ」
「山?」
と訊いたのはお風だった。てっきり町を出るのだと思っていた。しかし龍次の口振りではただ立ち寄るだけだというのではなさそうだった。
「そうだ。見せておきたいものがある。後ろの二人にも伝えてもらえるか?」
「わかった。付いて行く様に伝えればいいんだよね」
さっと身を翻し駆け出す。とにかく今は追っ手を撒く事だ。
賢精とお風に言伝をすると、共に訝しげな表情をした。その気持ちはわかる。一体何を見せようというのか。
「無理を頼んで申し訳ないが、追っ手を頼む」と賢精が律儀に頭を下げる。
「そんな事はいいからさ、行ってよ、ほら!」
二人を忙しなく送り出すと、その足で仲間の元に戻る。状況が状況だ。あまり打ち合わせをしている場合でもないだろう。出たとこ勝負になるが、計画性が薄い分、返って撹乱させる事ができるかもしれないと思う。
短い打ち合わせをして、五人が四方に散り、桐谷恭子(eb3535)が一人その場に残った。 まったく。何の騒ぎかと思って駆けつけてみれば、意外過ぎるほどの早い再会だった。しかも、よりにもよってこの騒ぎだ。果たして自分の力量でどれほどの事ができるのか。
「撹乱と時間稼ぎ。‥‥撹乱と、時間稼ぎ」
呪文のように口の中で唱えながら、追手の前に立ちはだかる。普通に考えて十数倍の敵に囲まれれば太刀打ちできる筈がない。ここはひとつ、必殺のはったりをかますしかない。
大きく息を吸い、腰を低く構えて刀の柄に手を置く。
その様子に追っ手の先頭を走る一人が気がついた。明らかに速度を落として警戒に入る。何人かがそれに続く。「しめた!」と恭子は内心胸を撫で下ろした。後は機会を見つけて逃げるのみ。まともに斬り合えばこちらが危ない。
龍次達の逃げる方向はわかっている。追手も見ている筈だ。
「僕の出番はここまでだからね。後は頼んだよ、皆‥‥」
五人ほどが腰の刀を抜いて迫ってくる。瞬き一つせずに距離を測って、恭子は気合一閃刀を抜刀した。無論、敵に届く距離ではない。だが、ありえない位置での裂帛の抜刀に、追手が怯んだ。意表を突かれた形になった。一瞬踏鞴を踏む。その機会を見逃す筈もない。「それじゃ、さよなら!」
呟くが早いか、身を翻して路地へと駆け込む。背後から「二手に分かれろ!」と声が聞こえた。
●袋小路大作戦
遠くからロルフ・ラインハルト(eb2779)の声が響いている。それに混じって別の人の声。追手を上手く撹乱しているらしい。一旦四人の姿を見失ってしまったのだろう。これでしばらくは時間が稼げそうだが、念には念を、だ。
この辺りの路地を抜けられてしまえば賢精達の向かう先が見られてしまうとも限らない。なんとしても森へと入るまでは食い止めなくては。
「ラーズさん。準備はいい?」
「はい。いつでもどうぞ」
姿を消したラーズ・イスパル(eb3848)は佐伯七海(eb2168)の上掛けの下から声を響かせた。
「こっちにいたぞ!」
通路の向こうに負っての姿を見て、七海が声を上げる。追手は四人。思ったより数は少ない。しかし、一部でも足止めをすれば。
七海の姿を見て四人が追いかけてくる。これもラインハルトの撹乱の成果と言っていい。散々あちこちを駆け回らされて頭に血が上っているのだ。既に元の目的など失念しているようだった。とにかく敵と思しき誰かを害してやる、とその血走った目が物語っていた。距離もそこそこに七海は角を曲がって物陰に身を潜める。代わりにイスパルが追手を先導した。手に獲物を携えた追手が殺到するのを見送って、七海は立てかけてあった荷車にアイスコフィンの術をかける。
その直後に近くで「OKですよ」とイスパルの声がした。
重たい物が転がる音に続くいくつかの騒音を聞いて、追手達は慌てて足を止める。引き返してみれば通路を氷付けの物体が塞いでいるではないか。
自分達が計略に引っかかった事を知って口々に罵りの言葉を上げつつも荷車を退かそうとする。
「そうはさせませんよ」
という声がどこからか響いた。
と同時に、立てかけてあった板やら丸太やらが頭上に倒れこんでくる。悲鳴が通路に響き渡った。完全に不意を突かれて四人は伸びてしまったようだ。
「上手くいきましたね」とイスパルが言う。
「うん。でも、これで全部じゃないからね。早く皆と合流しよう」
七海は気か気ではない様子で、その場を立ち去る。賢精のことが心配なのだとイスパルに告げた。その七海が実は破邪剣派の門下生であると聞き、イスパルはそれならばと以前に耳にした激神剣派一之瀬一刀と上野某と言う人物の事を話した。
「‥‥良くわからないけど、それって賢精さんとお静さんの事って気がするよ」
「一つ訊きたいのですが。もう一人の人物は一体誰なんです?」
「はっきりとはわからないけど。上野家といえば活人剣派の頭首の名前だよ」
上野眞宣(うえの まさのぶ)と言えば確かに頭首の筈だ。それは聞いたことがある。しかしあで名目上だけのことであり、彼自身はまったく武芸が出来ないと聞いている。生来身体が弱いのだとか。もしこの二人が裏で画策しているのだとしたなら‥‥。
「ありがとう。賢精さんに伝えておくよ。でも今は──」
「そうですね。急ぎましょう」
先ずはこの事態をどうにかしなくてはならない。二人は頷き合って走り出した。
●撹乱
確かにこの江戸で異国の人間というのは珍しいものではない。しかし、敵も馬鹿ではないらしい。何度か目にする内にやたらと目に付く異国人がさすがに怪しいとわかったようだ。いっそ役人にでも情報を流して騒ぎを大きくしてやろうかとも思ったのだが、相手の足が思ったより早い。一度この場を離れればそれが失敗の引き金になりそうだった。
「やばいやばい。さすがにあれだけ多いと、いくら俺でもねぇ‥‥」
いつの間にやら数人に追いかけられる羽目になって、ラインハルトは軽口を叩きながらもちらりちらりと後ろを振り返った。
こうなると辺りにバラバラになっていた他の追手も次から次へと加わってくる。数は増える一方だった。
「あちゃ〜。こりゃ、ちょっとやばいかな‥‥」
人に紛れるにしても、ちょっと目立ち過ぎた。追手を撒くという意味では確かに正解だったが、これではこっちの身が持たないというものだ。
気配を感じてつと身体を傾げてステップを踏む。一瞬前までいたところをナイフのようなものが飛んでいった。
「うわっ。マジかよ。目の敵にされてんなぁ」
と、視線の前方に人影が見えた。白い衣服と長い黒髪が静かに風に揺れている。冷ややかな視線はこちらを射ているようにも思えた。山城美雪(eb1817)だった。
「何をしているのですか、まったく情けない。後先を考えずに行動するから、そんな事になるんです」
という声は、もちろん逃げるのに精一杯のラインハルトに届く筈もない。
横を駆け抜けるラインハルトは一言「ワリィ。あと、頼むわ」と片目を閉じた。
「頼まれるまでもありません」
追手達は突然追いかけていた目的との間に割り込んできた美雪の姿に面食らいはしたが、逃げる様子も見せない相手の方が都合がいい。
だがいざ襲い掛かろうとすれば、突然その美雪の姿が幾人にも別れて四方へと散る。
「に、逃がすな!」
と誰かが叫んだ。
「どれをです?」
「全部だ、全部!」
些か調子の外れた声に従って一群が数人ずつの固まりなって美雪達を追う。
その喧騒をずっと背後に聞きながら、ラインハルトは頼むと言ったはいいものの気になって後ろを振り返ろうとした。
「何を余所見をしているのです。早く合流するべきでしょう?」
聞こえる筈のない声が聞こえて、ラインハルトは思わず反対方向を振り向いた。確かに追い抜いた筈の山城美雪がいつの間にか追いついてきている。
「一体どういう事だ?」
と聞こうとしたのと、後ろの方で多数の悲鳴が上がるのとはほとんど同時だった。
追手が追いかけていたのは全て美雪が作り出した身代わりの偽物だ。
ある者はそれを追いかけて川へと飛び込み、ある者は家の壁へと全力で突進し、塀に激突した者、どこかの家へと飛び込んだ者、気によじ登って飛び降りた者もいる。
「‥‥お見事」思わずラインハルトは舌を巻いた。
町外れへと出ると先にたどり着いていた四人が出迎えた。これで全部を撒いたと思いたかったが、見つめる視線の向こうで微かな砂煙が立っているのが見えた。どうやら馬を使って追いかけてきたらしい。
「私が何とか足止めしてみるよ」
と煉華が名乗り出た。茂みに隠れて不意を突けば多少は何とかできるだろう。しかし‥‥。
「七海嬢は後を追いなよ。ここは俺達で食い止めるさ」
とラインハルトが皆に同意を求める。
「致しかたないですね。一人では無理でしょうから」
「とはいえ、簡単ではないでしょう」
美雪とイスパルとが遠くを見たまま頷いた。
「きつそうだよね、かなり‥‥」
と恭子が気を引き締めるように大きく息を吸い込んで、吐く。
「やれるだけは、やるよ」
と煉華が拳を打ち鳴らした。
一瞬、七海は躊躇したが、ゆっくりと首を振った。「僕も残るよ」と言う。
「一人でも多い方がいいよ」
確かに賢精達は心配だ。しかし、一人だけここを離れたくはない。
決心を決めて顔を上げたのと、恭子が声を上げたのとが微妙に前後した。
「あれ? 引き返してく‥‥」
ほぼ目前まで迫っていた騎馬の一団が確かにくるりと背を向けて帰っていく。その様子に全員理由がわからずに首を傾げた。
ラインハルトはその集団の先頭に見覚えのある顔を見ていた。激神剣派の屋敷で見た顔だった。確か龍次は彦六と呼んでいた気がする。
騎馬の一団を見送りながら、ラインハルトは漠然と腑に落ちないものを感じていた。些か、目に見えぬ誰かの思惑に乗ってしまった感がしないでもない。
「嫌な予感がするよな──」
呟きは凪を迎える前の風に押し流されて虚空に消えた。