<狼煙〜燻った想い篇〜>
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月25日〜12月30日
リプレイ公開日:2006年01月05日
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●オープニング
小高い丘を駆け上がる途中、一之瀬龍次はふと後ろを振り向いた。背後から付いて来ている護衛の何人かが足を止める。追手を撒き、なお身辺を警戒する為に残ってくれた者達だ。思わぬ事で争いに巻き込んでしまった。悪いとは思うが、今は一人でも味方が欲しい。自分一人だけならまだしも‥‥いや、もうそんな事も言っていられる状態ではないかもしれない。
おそらくは一刀が狙っている相手は弟である自分だけではない。この出来事を発端にして他の四派にも何らかの手を伸ばすに違いない。偶然とはいえ破邪剣派と活人剣派の二人と共にはなったが、この事が悪い方向へと働かなければいいと思う。
もう少し情報を集めたいところだったが、致し方ない。状況が状況だった。お風が心配してきてくれたのなら、それはそれで嬉しい事だ。
振り向いた龍次を見て、お風も足を止める。
「どうかしたのか?」
と訊かれるが、そういうわけではない。なかった筈だった。しかしそれが虫の報せであろう事は疑いがない。不吉な黒い雲が遠くにたなびいていたからだ。ただし、雲というものは空にあってこそ雲である。決して地上から地上に向かって伸びるようなものではない。つまりあの遠くに見えるものは凶兆の報せではなく、証そのものだということだ。
龍次の顔色が変わったのを見て、お風もその視線を追った。そして同じものを見る。
「ねえ、賢精。あれってもしかして‥‥」
疑問を口にしたのはお静が最初だった。言葉の最後を確かめるまでもなく、賢精は頷いた。あれは町の方向、そしてあれは間違いなく火の手が上がった事による煙だろう。
目を凝らして煙を見つめていたお風の顔が急速に色を失っていく。なぜなら、煙の上がっている辺り、そこに道場がある。
「お風殿、どうした? 顔色がすぐれぬようだが?」
龍次が心配そうに覗き込む。見ればお風の唇がかすかに震えている。
「あの方向、うちの道場の辺りの気がする‥‥」
不安を打ち消そうとすればするほどに、鎌首をもたげて来るのは悪い考えばかりだった。
お風の言葉に龍次は慌てて視線をめぐらせる。町を見渡し、位置を確かめる。さすがに表情が曇った。
「しまった。おかしいと思ったが、そういうことか‥‥」
迂闊だった。或いは、考えが甘かったというべきだろうか。まさか一刀がここまで急に事を運ぶとは考えていなかった。逃げた自分達を追う代わりに、言いがかりを付けて先ずは速神剣派の道場を焼き討ちにしたのかもしれない。
「龍次さん──」
不安の眼差しが龍次を射る。ここは戻るしかないだろう。まさかあの二人の道場にまでもいきなり手をかける事はないと思うが、確信が持てない。それよりも何よりも、
「あたし、見てくる!」
踵を返して走り出そうとするお風の腕を龍次が素早くつかんだ。驚きと憤りの入り混じった表情が龍次を見る。
「俺も行く」
ならば何故とめる? 疑問の色が浮かんだが、龍次はそれには答えなかった。代わりに賢精へと向き直り、自分が向かう予定だった場所を簡単に指示する。もう少し詳しく教えたかったが、お風の動揺が秒単位で振幅を増して、龍次の腕を振り払ってしまいそうだった。だから、説明を詳しくしている暇がない。
「後で必ず合流する。それまでに、見ておいてくれ」
それだけを言い残すと、背にかけられる賢精達の声を振り切って龍次は来た道を駆け戻った。
町へ戻れば騒ぎは大きくなる一方だった。火の手の上がっている場所は誰に聞くまでもない。燃えているのはやはり速神剣派の道場だった。
途中で手に入れた馬を走らせ駆けつける。しかし既に火はほとんどを焼き尽くしてしまった後のようだった。
悲惨な状況に馬上のお風の身体がぐらりと揺らぐ。龍次は慌てて馬を寄せ、お風の肩を抱いた。
火はまだ完全には鎮まってはいない。所々燻っていたり、まだ火が揺らめき続けている場所もある。
お風は思わず辺りを見回した。門下の者達を探したのだ。しかし、誰一人として姿が見えない。
「誰か、この中の者達の消息を知らぬか?」
龍次の問いにはしかし無言の悲痛な表情だけが返って来るばかりだった。いくらなんでも全員焼け死んでしまったなどということはないだろうが。
「お父様!」
龍次の肩に体重を預けていたお風は、突然声を上げて身体を起こしたかと思うと馬から下りた。伸ばした龍次の手をするりと潜り抜けて、まだ炎の燃える道場内へと走り込んでいく。一瞬の事だった。
泡を食って龍次も馬から飛び降りる。連れ戻さなければ大変な事になる。
●リプレイ本文
●燃え盛るもの
「やる事が派手過ぎだ‥‥」
先を走った龍次とお風にかなり遅れて家事の現場にたどり着いたロルフ・ラインハルト(eb2779)は未だ炎を上げる速神剣派の屋敷を見上げて呟いた。
既に道場と思しき場所は完全に燃え落ち、燻った木材が微かに煙を上げる。二人の姿が見当たらない。訊けば中に入った男女があるという。
「入ってったって? こんな中に? ‥‥無茶するなぁ」
自分の髪の色と同じ赤い炎を見上げる。
「あっ、ラインハルさん! お二人は?」
やや遅れて桐谷恭子(eb3535)とラーズ・イスパル(eb3848)が追いついた。状況は遠くからでも一目瞭然である。しかし肝心の二人の姿が見当たらない。
ラインハルトは無言で火の手の収まらない屋敷を親指で指し示した。
「まさか、お二人とも?」
思わずイスパルが訊く。炎の勢いは決して緩やかになっているわけではない。
「どうもそうみたいだね」
「じゃあ、早く助けに行かないと!」
はやる恭子の姿を見て、ラインハルトは一瞬考える風をした。見ればイスパルも動揺に辺りに視線を走らせている。
「まあ騎士としては是非とも炎の中に飛び込んで行きたいシチュエーションではあるんだけどね」
とイスパルに視線を送る。
「やはり、気になりますか?」
「まあね。ちょっとばかり状況が出来過ぎている。何かあると思った方がいいかなってね」「でも、中にいる人達はどうするんだよ!」
ここは一人でも多く男手が欲しいところだ。恭子の言も判らないでもない。その時人並みを押しのけて現れる者があった。
「そこは僕達に任せてもらおうかな」
声が頭上から降ってくる。音無鬼灯(eb3757)が声の主だった。その背後にいる稲神恵太郎(eb3866)はそれよりさらに頭一つ分以上背丈がある。
「ここは拙者達の出番でござろう。人命に勝るものはなし。いざ、参らん!」
水に濡らした布を口許に巻き、準備も既に整えた恵太郎は言うが早いか中へと入り込んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
何とも気の早い御仁である。だが確かに躊躇している間にも火は燃え続けている。
「話しは聞いているよ。先ずはお風さん達を見つけよう」
と鬼灯は恭子の目を見た。
「それでは、後の事はお願いします」
ラインハルトに言い残して、イスパルも二人に続く。
●飛んで火にいる‥‥
中へと踏み込んでみれば、思った以上に火の勢いは強く、易々とは進むことも出来ない。ましてや恭子やイスパルも速神剣派の屋敷の内部を知っているわけではなく、先に入っていった二人がどこへと向かったのかすら定かではないのだ。
逃げ遅れている人がいないかと、声を上げ報せを求めるが意外にも返事がない。見ればさほど煙に巻かれたと思われる人影もない。
もぬけの殻とまでは行かなかったが、あまりにも人影がまばらだ。いやほとんどないといっていい。
「どうです?」
イスパルに訊かれて、恭子は首を振った。いくつかの死体は見かけたが、どれも皆斬り合いによるものだった。
「なんかおかしいよ。これじゃあまるで──」
「罠って思いたいけど、理由がわからないよね」
鬼灯の方でも見つかったのは死体だけだった。煙に巻かれたものと思しき者もいたが、いでたちが些か物騒であった。この道場の者か或いは別か。
「事の次第を思えば火を放たれたと思う方が容易いですが、もしかすると本当に火が出たのかもしれないですね」
「どうかな。僕の見た感じだと、火の手から逃げるのに刀を抜いたりしないと思うけど」
鬼灯の言には恭子も頷ける。倒れているのはいずれも身なりが卑しい。道場にいた者達とは思えなかった。先だって街中で撒いた者達と通じるものがある。
「私もそう思うよ。でも罠にかけられるにしても、一体誰を?」
「‥‥案外と、これこそが敵の目的だったのかもしれませんよ」
確かな根拠のあるわけではない。しかしあの時見た彦六の姿がイスパルは気にかかっている。心のどこかでこの騒ぎの一端に加担しているのではないかと思っているのだった。
「火を点ける事が? でも一刀がやったなら、ちょっとやり過ぎじゃないかな」
言いながら、恭子はふと思う。もし、誰かにこの罪を被せる気であったなら。
「ここに来るとすれば、お風さんと龍次さんでしょうね」
「そして僕達かな」
お風が戻ってくるのは当然として、それには龍次が連れ立ってくるのもまた予想するに容易い。まさか自分達が計算に入っている筈もない。いや、待てよ。
脳裏に何かが引っかかって恭子はふと考え込んだ。そこへ大きな声が響いてくる。
「何を突っ立っているでござるか! 邪魔でござるよ!」
奥から駆けて来たのは稲神恵太郎だった。見れば誰かを背負っている。思わず覗き込んだ三人はそれがお風でも龍次でもないことに安堵と落胆との気持ちを半分ずつ覚えた。
「道場の者ですか?」
思わずイスパルは訊いた。
「いや、町の浪人でござる。ええい、詳しい話は後にするでござるよ! 先ずは助けるが先決」
言葉が早いか、恵太郎は身を翻して走っていく。
「忙しない人だなぁ」
と恭子は思わず呟いた。
●火中の栗
「お風! これ以上は危険だ。一旦出るぞ!」
という龍次の声も聞かず屋敷の奥を目指したお風は、そこで目にしたものに激しい眩暈を覚えた。屋敷の奥自らの部屋の前に、父親である藤堂直隆が倒れていた。息はもはや無い。
「お父様‥‥」
唖然と呟き力を失ったように崩れ落ちるお風を抱いて、龍次は藤堂直隆を見据えた。煙に巻かれたのでないことは一目瞭然だった。その刀傷を確認して龍次の表情は険しくなる。 ここまで来る途中で見た死体のほとんどがここの道場のものではない事はお風が確認している。確かに何人かは混ざっているようだが、極めて少ないようだった。かといって激神剣派の者がいるわけでもない。恐らくこれは自分をおびき寄せる為の罠でもあるのだろう。兄の一刀が画策しているのは間違いが無い。
「行こう。お風。ここにいては危ない」
しかし、お風は半ば自身を喪失している。火の回りも速く、このままでは二人とも無事ではすまないだろう。
と、思わぬ声が聞こえて龍次は目を見張った。遠くから名を呼び向かって来るもの達の影がある。
真っ先に煙を掻き分けやってきたのは見覚えの無い大男だった。筋骨隆々とした褐色の肌を持つ壮年の浪人である。
「おお、無事でござったか! 拙者稲神恵太郎と申す。助けに参ったでござる」
些か面食らっている龍次の目の前に恵太郎の影から見覚えのある顔が現れる。
「龍次さん助けに来たよ!」
「さあ、早くここを出ましょう」
「お前達‥‥、こんなところまで付き合いに来るとは‥‥」
いたずらに巻き込んでしまった者達である筈だった。それが命の危険を冒してまで火の中に踏み入ってくるとは思いも寄らなかった。
「すまない。恩に着る」
龍次は思わず頭を垂れた。
「それは後にした方がいいよ。急がないと、黒焦げだ」
鬼灯が天井を指差した。今にも梁が焼け落ちてきそうである。
「然様でござる。話は後に──」
力の無いお風を抱き上げ、振り返ろうとした時柱の一本が恵太郎目掛けて倒れ掛かってきた。
「危ない!」と思わず声を上げた恭子だったが、何ができるわけでもない。思わず目を閉じる。
「渇ーーーッッ!!」
空気を震撼させる気勢が上がる。驚いて閉じた目を見開いた恭子は、倒れ掛かる柱があたかも恵太郎の気勢によって炎に爆ぜ散るかのような様を目の当たりにした。
「驚いた‥‥」と鬼灯も思わず呟いた。
「大丈夫ですか?」と訊ねるイスパルに恵太郎は「気合でござるよ」とにやりと笑って見せた。
●燻る疑惑
「誰を探しておるのかな?」
と背後から声をかけられて、ラインハルトは足を止めた。屋敷の周りを一通り見て回り、不審な者が無いかと調べていたところである。先ほどは思わぬものを目にして、核心を求めて探していた人物がある。
声をかけて来た者こそが当事者である事は間違いない。
「まあ、ちょっとね。この状況を説明してくれる誰かさんってとこかな」
速神剣派の門下生達のほとんどは、無事に炎燃え盛る屋敷の中から逃げ出してきた。それも一塊になって。先ほどばったりとそれに出くわしたのである。訊けば、ぎりぎりまで被害の及ばぬところで捕らわれていたのだという。
突然道場に討ち入ってた来たのは激神剣派のもの数名と後は浪人達であった。不意を突かれ、応戦したもののほどなく打ち負かされ屋敷に火を放たれたのである。だがおかしなことにそれ以上の仕打ちは無く、ただ一所に固められ、いざとなれば逃がされたという。そしてそれを指揮したものの特徴は、一人の人物と酷似していた。
「彦六さん。あんた、何を考えている?」
振り向いて訊ねる。
「龍次様にお伝え下され。今回の件、指示したのは一刀様だと。そして手を下したのはこの彦六であると」
言葉の真意を測りかねてラインハルトは眉根を寄せた。「何故、それを?」と再び訊く。
「一刀様は全ての罪を龍次様に着せ、逆賊として討つおつもり。それをお知らせ願いたい」
訊いた質問には答えず、彦六は背を向ける。
「ちょっと待てって。これって裏切り行為じゃないのか?」
しかし再三、三度の質問にも彦六は答えなかった。
「もう一つ。上野眞宣(うえの・のぶよし)にお気をつけあれと。風吹けば飛ぶ凧も、手元の糸一つ故」
それが重要な事である事は分かるが、質問に答えてもらえないのは面白くない。
「しかと頼みましたぞ。異国の騎士なるものは信義に厚いと聞く。龍次様に屋敷にて待つとお伝え下され」
とまるで噛み合わない会話の内容を思い出して、ラインハルトは龍次に告げた。
火はようやく収まり、お風も一応の落ち着きを取り戻していた。
恵太郎が助け出した浪人の数人からも確認が取れている。今回の焼き討ちを支持したのは彦六に間違いが無い。
龍次達を追い立てる一方で準備を整えて速神剣派を襲撃したのだろう。もしお風が屋敷にいたなら、無事ではすまなかったに違いない。だがしかし‥‥。
「では、藤堂直隆を斬ったのは彦六なのか?」
「多分ね」
訊くまでも無い事であった。あの刀傷を見れば分かる。
「何故だ?」
とお風が龍次に詰寄った。
「何故、お父様を殺した!」
いきり立つお風を恭子がなだめる。
「違うよ。龍次さんがやったんじゃない」
「そんな事はわかっている! だけど、激神剣派だ、お父様を殺した。こいつは同じ激神派だ!」
お風に睨みつけられて、恭子は身を引いた。激情に流されるお風には何を言っても聴かないだろうと思えた。イスパルを見れば、視線を感じて力なく首を振る。
その様子を見ていた恵太郎が鬼灯の傍に寄った。
「随分とややこしい事になっているようでござるな」
「うん。僕も聞いただけなんだけどさ。色々と複雑みたいだよ」
「これからどうするつもりでござるかな?」
答える代わりに、鬼灯はお風と龍次を見つめた。