<狼煙〜闇の中の真実一つ篇〜>
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2006年01月11日
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●オープニング
小高い丘を駆け上がる途中、一之瀬龍次はふと後ろを振り向いた。背後から付いて来ている護衛の何人かが足を止める。追手を撒き、なお身辺を警戒する為に残ってくれた者達だ。思わぬ事で争いに巻き込んでしまった。悪いとは思うが、今は一人でも味方が欲しい。自分一人だけならまだしも‥‥いや、もうそんな事も言っていられる状態ではないかもしれない。
おそらくは一刀が狙っている相手は弟である自分だけではない。この出来事を発端にして他の四派にも何らかの手を伸ばすに違いない。偶然とはいえ破邪剣派と活人剣派の二人と共にはなったが、この事が悪い方向へと働かなければいいと思う。
振り向いた龍次を見て、お風も足を止める。
「どうかしたのか?」
そういうわけではない。なかった筈だった。しかしそれが虫の報せであろう事は疑いがない。不吉な黒い雲が遠くにたなびいていたからだ。ただし、雲というものは空にあってこそ雲である。決して地上から地上に向かって伸びるようなものではない。つまりあの遠くに見えるものは凶兆の報せではなく、証そのものだということだ。
龍次の顔色が変わったのを見て、お風もその視線を追った。そして同じものを見る。
「ねえ、賢精。あれってもしかして‥‥」
疑問を口にしたのはお静が最初だった。言葉の最後を確かめるまでもなく、賢精は頷いた。あれは町の方向、そしてあれは間違いなく火の手が上がった事による煙だろう。
目を凝らして煙を見つめていたお風の顔が急速に色を失っていく。煙の上がっている辺り、そこに道場がある。
「あの方向、うちの道場の辺りの気がする‥‥」
お風の言葉に龍次は慌てて視線をめぐらせる。町を見渡し、位置を確かめる。
「しまった。おかしいと思ったが、そういうことか‥‥」
龍次は賢精へと向き直り、自分が向かう予定だった場所を簡単に指示する。
「後で必ず合流する。それまでに、見ておいてくれ」
それだけを言い残すと、背にかけられる賢精達の声を振り切って龍次は来た道を駆け戻った。
「待ってくれ、一之瀬殿!」
という賢精の声も虚しく、二人は疾風の如き速さで駆け去って行く。今まで走ってきたのより遥かに速い。ということは、ここへ来るまではこちらに合わせてくれていたのだろう。あの慌てぶり、ただ事ではあるまい。
「追わなくていいの?」とお静に訊かれて、一瞬躊躇した。しかし龍次の言う「重要なもの」というのも気にかかる。それを見る事がこの一連の騒ぎと何の関係があるのか。と思えば、このまま言われた場所へと向かう方がいいのではないかとも思える。
「ねえ、一之瀬殿が言ってた場所ってどこの事?」
賢精も知る筈がない。どうやら寺か何かのようだが、果たして山奥の寺に何があるというのか。
町の事も気になるが、やはりここまで来たからにはその何かを見定めるべきだろう。
「行こう。お静。一之瀬殿は行けと言った。きっと何か考えがあってのことだろう」
「でも、あの二人は速神剣派と激神剣派の人達よ。もしかしたら──」
罠という言葉を口にしようとしたのを賢精が遮った。
「それを言うなら、私達だって同じだ」
と笑う。そして「あの二人を見て、何を思った?」と訊き返した。
お静は答えず、ただ優しげに微笑んだだけだった。
山へと進めば、教えられた場所に小さいながらもめでたき造りの寺があった。しかし人が訪れるような場所でもない。木々に隠され、草に隠され、教えてもらわなければ探すのには相当な苦労があることだろう。あると知らなければとても見つかるようなものでもない。
ところが人の訪れる場所ではないにもかかわらず、建物は綺麗で荒れた様子もない。それどころか手入れがなされている様にすら感じるのだった。
「賢精。ここ、誰かいる感じがする」
と言われるまでもない。問題は誰がいるのか、だ。
一応の用心をして、境内に入り人気のない寺へと踏み入れば、灯りは点っておらず蜀台にも火の気配はない。それでいて、仏像はやはりきちんと手入れがされている。まるで誰かがいるのに、いない振りをしているようなそんなもどかしさを感じるのだった。
と、お静が仏像の脇に一枚の張り紙がしてあるのを見つけて賢精を呼んだ。
「天を見上げると、見えなくなるものがある。何ぞや?」
声に出して読み上げて、お静は首を傾げた。
賢精を見れば眉間に皺を寄せ、顎をつまんでいる。
考えた挙句、お静はとりあえず天井を見上げてみた。すると天上に何かが書き付けてある。
「あっ」と言う声を上げて賢精の袖を引っ張り天井を指差せば、賢精もお静に倣って天井を見上げた。
その瞬間。不意に足元の感覚がなくなって、お静は思わず悲鳴を上げた。反射的に賢精にしがみ付けば、お互いに自由が利かなくなって何も出来ぬままに滑落する感覚に襲われる。一瞬にして灯りが閉ざされ、暗闇が支配する竪穴を滑り落ちていく。別の声が聞こえたのは、恐らく供をしてきた者達が同じように落ちた時の声だろう。
幸いだったのは、この竪穴が真っ直ぐではなく緩やかに傾斜をしていたことだ。だから、やはり暗いままの地面に降り立った時には、大きな怪我をせずに済んだ。
しかし穴の底であろうそこは完全に漆黒の闇が支配していて、冷気が身体に纏わりついてくるようだった。
「‥‥賢精」とさすがに不安そうな声を漏らして、お静は握った着物の裾を引き寄せた。
「答えは、足元だよ」
というやけに明るい声は、反響してどこから聞こえたのかは容易に判断できなかった。
本当なら直ぐに警戒すべきなのだが、この暗闇の中では何も出来ないし、下手に動けば返って危なかった。
「じゃあ、ついでにもう一問」
声は男の子のものだった。悪意は感じられないが、どこかやんちゃな感じをさせる声だった。
「五里霧中のこの状態。どうやったら抜け出せると思う?」
方向を失ってどうにも出来ない状態。確かにその通りだ。だが、明かりさえつければ、どうにでもなるではないか。
「誰かいるのか? ここはどこだ? 明かりをつけてくれないか?」
「ブー! 外れ!」
悪戯っぽい口調の声が響く。
「私は最上賢精と申す。故あって──」
「駄目駄目。そんなの答えじゃないよ〜。ちゃんと質問に答えなきゃ」
と今度は拗ねたような声だ。
「ちゃんと答えないなら、僕帰っちゃうからね。それとも、この場でさくってやられちゃう?」
声と共に首筋に冷たい刃が押し当てられる。慌てて賢精が身動ぎすれば、もはや気配は近くにない。
さっとお静が賢精の手を握った。
「そんなの、六里進めばいいだけよ」と得意げに答える。
賢精は、暗闇の中天を仰いで額に手を当てた。
「‥‥いや、お静殿。そういう意味ではない。五里というのは例えの事で──」
パチパチパチパチ!
と乾いた拍手の音がする。
「お姉ちゃん凄いや。正解!」
賢精は思わず暗闇に目を見張った。
「ほら、合ってるじゃない」と得意げにお静が言う。
すると急に光が差して、誰かが入ってきた。それは連れて来た供の者達だった。蝋燭の暖気がたゆたい、灯りが付近を照らし出す。岩壁に囲まれたそこは洞窟のようだった。
微かな灯りの中を人影が過ぎる。少年の姿をした人影は賢精達を見て悪戯な表情と笑みとを見せた。
「一体誰だ?」
「それを知りたいなら、三つの問題に正解しないとね〜」
どうやら、言う通りにした方が良さそうだ。
●今回の参加者
ea7918 丙 鞆雅(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
eb3866 稲神 恵太郎(43歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
●リプレイ本文
●問答無用
「追手を撒いて走って来た先は穴か‥‥今日はなかなか忙しいな‥‥」
暗闇に閉ざされた洞窟の中で丙鞆雅(ea7918)は溜息を漏らしつつ衣服の埃を払った。
「へぇ〜余裕だね。油断してると隙を突いちゃうよ」
声と共に背後に気配を感じる。どうやら刃物も突きつけられているようだった。
「これこれ、そんなおいたをするものじゃない。で、其処な少年、齢は幾つだ? こんな刻限に出歩いて家の者は心配せぬのか?」」
と優しげに声をかける。まだ年端も行かぬ少年だった。少々の聞かん気なところはあるにせよ、わがままの範疇だろう。どうして年下の者を見ると義弟が思い出されてならない。ついつい口調も甘くなろうというものだ。
「はい。誰もそんなこと訊いちゃいないんだけどなぁ?」
と首筋にひんやりとした感じがある。
「いや待て、‥‥その何だ」
鞆雅は一瞬考えたが、どうにもいい答えが見つからぬ。
「そのうち勝つ、と言われた‥‥は、ないか?」
と引き攣りつつ答えた。
瞬間、少年の弾けるような笑い声が洞内にこだました。さも愉快そうに声を立てて笑う。
「お兄ちゃん面白いよ! そんなわけ無いじゃん。問題にする意味ないし!」
と笑い続けている。鞆雅は思わず頭を掻いた。まあ喜んでもらえるならそれに越した事は無いなどと思っていると、首筋にまたも冷たい感触がある。
「でも、もうちょっと真面目に考えてよね」と少年の声が聞こえた。
「まさか、他の人も同じ答えなのかな?」
と言われて一人だけ内心胸をなでおろした者がいる。稲神恵太郎(eb3866)だ。似たような事を一瞬考えたからだ。口にしなくて良かったと思う。一応、答えは自分の中で導き出せた。ただ一つの気がかりを残して、だが。
「七転八倒なら、八回以上は倒れないって事じゃないかな?」
と答えたのは佐伯七海(eb2168)だ。天狗なら空を飛べば大丈夫とも思ったりもしたが、当事者は天狗ではない。それなら自分のように修行を続けていつか勝つということだろうかとも思わないでもない。
「おっ、いい感じだね〜。間違いじゃないけど、もうちょっとかな」
それを聞いて、望月滴(ea8483)は得心した。
「それならばこういう事でしょう。七階転んだけれど、八階倒れたとは聞いてませんので。いずれ七転び八起きという言葉に従って勝つ時が来る、そう告げられたのではないでしょうか」
微妙な言い回しと言葉の使い方。そこに問題の答えがある。滴は何かこの質問そのものにも意味がある気がしていた。この少年が五神剣派の事件と関わりがある者であるのなら、この問答にも意図があるのかもしれないと思う。
「‥‥ちぇっ。正解だよ。それじゃ次は?」
首筋から刃物の気配が消える。鞆雅はそれならと口を開いた。
「答えは、出来ない、だろう。八面六臂であろうとも一人、一人分の活躍しかしないかと。‥‥互いに喧嘩をしそうだしな」
と、また笑い声が木霊した。今度は闇の中に少年以外の押し殺した笑いも聞こえる。
「ち‥‥、違うのか?」
「お兄ちゃん。答えが安直過ぎだよ。面白過ぎ!」
これを聞いて、今度は七海が思わず口許を手で押さえた。暗闇でよかったと思う。理由は違えど、帰結する答えは同じだった。
「八っの顔に六本の腕、八面六臂とは仏様の事ですね。さに在らずとも八面六臂とあれば巷では活躍する事の喩えでもありますから」
「然様でござる。多方面に渡り力を発揮、まさに八面六臂の大活躍をするでござろうな」
今度は余計な事を考えず胸を張って恵太郎が言う。先ほどの答えも決して間違ってはいなかったのだが、いらぬ筋道を考えてしまったようだった。
「ふ〜ん。ちょっと簡単過ぎたかな。じゃ、次」
と、二度に渡り失態を演じてしまった鞆雅は、今度こそはと考えをめぐらせる。そうこうしている内に誰かが答えを言いそうな気がしたが、意外にも即答するものはいない。
「これは難しいよね」と七海が言う。もし剛力無双と言うならとても勝てそうにない。
「確かに難しいですね。しかし無双ではなく夢想とも考えられます。もし相手が自らを無双の者と思っている、夢想しているものであるなら我々は勝てる筈です。先ほど合間見えた剛力と言う文字も読み替えれば合力。すなわち我々は力を合わせれば勝てる、そいういう意味ではないでしょうか?」
滴の言葉に七海はなるほど、と手を打った。これが言葉遊びであることは明白。ならば筋道を立てて考えてやれば打ち負かすのこともできるというものだ。
「なるほど望月殿の言にも一理在るでござるな。感服いたした。拙者はこう思ったのでござる。剛力は夢想の者。つまり我々が思い描いただけの虚像でござる。ならば倒し方も然り、我々がそれを倒す事を思い浮かべれば良い、のではないかと思ったのでござるよ。丙殿は如何でござるか?」
「‥‥無双、夢想、まさか相撲ではないだろうな‥‥」
「丙殿?」
ともう一度名前を呼ばれて、鞆雅はようやく気がついて考えを中断させた。
「相撲がどうかしたでござるか?」
鞆雅は慌てて首を振る。再度どう思うかと訊かれて、
「そうだな‥‥夢想だから、初めから存在していなかった、というのは駄目か?」
と答える。しかし誰からも答えが無い。見えないのでは分からないと思いたいが、空気から感じる様子ではどうにも違うらしい。
「もしくは、夢だけに夢から覚めるのではないかとも思ったのでござるが‥‥」
恵太郎の言葉も今一つ歯切れが悪い。
「う〜ん。なんか決定打に欠けるよね」
七海の言う通りだ。どれもこれも確証に欠ける。
「あっら〜? 皆駄目なのかな。それじゃあしょうがないよね〜。ねぇ、お兄ちゃん、また面白い事言わないの?」
別に狙っているわけではない。ところが悲しいがさすがに言葉が無い。お手上げだ。いいところが一つもないままというのは情けない。しかしそれもまた事実として認めざるを得ないだろう。
諦めにも近い気持ちで小指で耳をほじる。息を吹きかけ取れたものを吹き飛ばそうかと思ったが、暗闇で何も見えなかった。
「まあ、夢なら目を開ければ良いのではないか? 全てぱっと消えてしまうではないか‥‥、そんなわけないがな」
一瞬、失笑の空気が流れるかと思ったが、それに先んじて「げッ!」という少年の声が響いた。
正にそれが正解だったのである。倒す方法、と訊いたのだ。それを答えたのは奇しくも鞆雅ただ一人だったのである。
少年の悔しがる声が洞窟内を満たす中、不意に外の灯りが入り込んできた。それは岩壁に開いた口から漏れる蝋燭の灯りだった。
「これ、天徳。さっさと客人をここへお連れせんか」と優しげな老人の声がある。一堂は急な明かりに目を細めつつ、明かりの方へと向かう。狭い入り口を抜けても、それほど明るい場所に出たわけではなかったが、暗闇からは程遠かった。
見ればそこには人の暮らしている風がある。
賢精とお静の前に、滴が自分達を呼んだのであろう白髪の老人に挨拶をした。
「わたくしは望月滴と申します。失礼ですが、ご老体はどなた様です?」
老人はほっほと短く笑った。
「さてのぅ。名前などもう忘れたわ。そこの天徳と同じで爺とでも呼べばよい」
「今の趣向はご老人が仕組んだものでござるか?」
と今度は恵太郎が違う形で質問をする。もし先ほどの問題を考えたのがこの老人であるなら、まともに訊いては取り合ってもらえぬかも知れぬ。
「老人、ん〜老人かのぅ。そうじゃな、老人と言えなくも無い」
まるで意味がわからぬ。
「ねぇ、こんなところで何をしてるのさ?」
「何をかのぅ。お前さん達は何をしておるのかな? 何をしとると訊かれても、はてさてなんじゃったかな」
まるで答える気が無いようだ。
「では最後は俺だな。何で、天狗なんだ?」
三人が一斉に鞆雅を見た。その内恵太郎だけはちょっと視線が違う。実は最初の質問の答えでそのところが気にかかっていたのだ。何故わざわざ天狗なのか。
「お主、面白いのぅ。何故かじゃと? そりぁ〜あれじゃ。天狗だけに鼻が高い。鼻っ柱を折られるのもいい勉強じゃ」
「いや待て。微妙に違うのではないか?」
「ほほぉ。ではこれでどうじゃ。普通七回も転べば人間誰でも諦める。じゃが、天狗じゃからの。考えが突拍子も無い」
「‥‥分かったぞ。特に意味がなかったのだろう。そうでなくては、普通に考えるなと言う意味だったのか」
「‥‥なんじゃお主、抜け取るのかと思ったら案外と頭が回るのではないか」
感心したように老人が言う。
それを聞いていて、滴がふと口を開いた。
「我々に合力せよと助言下されたのは、やはり天狗の鼻を折る為ですか?」
老人のしわくちゃの顔が綻んだように見えた。
「まあ、頭を柔らかくせいと言う意味ではあったがのぅ」
「なるほど、拙者達が言葉が通じるかと試したのでござるな」
当たり前の事を、目の前に見ている事だけを鵜呑みにしないようという助言が含まれていたのだろうと思う。となれば、この老人は何かを知っている筈だ。それをどう聞き出すか。
「ねぇ、天狗様って名前は無いのかな?」
「そうじゃな。昔は名前を持っておった」
話しながら、鞆雅は揺らめく灯りに照らされた洞窟の壁を見た。意識したわけではないが、何かが目に止まった感じがしたのだ。
「それは鼻を折られる前、ということか?」
何かの図のようだ。訊いたのは何となく心に思ったことだった。しかし壁の図に気を取られて半ば言葉だけである。
「そういう事じゃ。かつてはそう、上野眞宣と呼ばれていたのじゃったかな」
それは、破神剣派の現頭首の名前であることを賢精が語る。
思わぬことで、鞆雅は意外な事実を引き出してしまったようであった。