●リプレイ本文
今日は朝からおかしな事がいくつもある。昼間に屋敷に何者かが忍び込んだり、門番が突然居眠りをして道端に倒れ込んだり。やたらと周囲が騒がしいのは、噂話にある商人のせいであろうかと思う。となれば用心せねばなるまい。
その日の夕刻。屋敷の主、使用人や警護の浪人全てを集めて号令を発した。
「善いか皆の者。今宵が好機。全てを手筈通りに。ゆめゆめ各自の責任を怠る事のないよう」
静かに、しかし力強く主は言う。
昼間に来た二人連れの上客の起こした行動が、彼に確信を抱かせた。
●想いの詩は騒乱に乗って
身なりの整った姫と付き添いの従者。そんな感じの客であった。御影祐衣(ea0440)とティーゲル・スロウ(ea3108)である。依頼主に用意してもらった着物と金子を手に、客として正面から乗り込む作戦だ。
「実は、あるお方の御心を射止めたいと思うておる。故にこうして着飾る品を探しに来たのだ。由なに頼む」
大商人の番頭ともなればそれなりに目も肥えている筈だが、相応に身なりを整えた祐衣を見て、まさか一介の侍などとと思わなかったようだ。
ましてや身のこなしにも品格のある従者を連れているのだ。疑う余地もない。ティーゲル自身、騎士の出でもある。身のこなしについては万全だった。
出てくる反物や飾り簪には目もくれず、祐衣は「値が張ってもよいから良い物を」と申し付ける。すると番頭は、「表には出さない取って置きの品がある」と、二人を招き入れた。
奥に通され、異国の地より運ばれてきたという飾りの数々を見ながら、祐衣はふと遠くを仰ぎ見て一首を口ずさむ。
『あはれとも いふべき人は おもほえで 身のいたづらに なりぬべきかな』
「こは風流ですな」
「この歌はご存知か?」
「ええまあ」と番頭。
「恋する気持ちに身分も何もない、ただ相手を好く感情があるのみだ。そこには打算はない故に‥‥の」
「そうですな。古今、想う心に身分は戒めにはなりません」
「聞けば、ここな姫も詩を所望と聞くが?」
突然番頭の表情が一変した。
「申し訳ないが、その話はなさらぬがよろしいでしょう。ここは商談の場。そこもとが何故に斯様な話を致したかはあえて効き申せぬ故、早々に立ち去られるが、よい」
言葉を残して立ち上がろうとする番頭をティーゲルが呼び止めた。
「待て。何をそこまで神経質になる事がある? 俺達はただ、姫に詩を──」
「問答無用。さては御主達、悪戯に立ち入ったか? ならば覚悟せよ」
見る間に血相を変えて、番頭は「曲者、出会えッ!」と叫ぶ。
「まずい。御影、逃げるぞ!」とティーゲルは状況にやや置いていかれている祐衣の手を乱暴に掴むと、無理やり立たせた。
「何故かは知らぬが、騒ぎは本意じゃない。せめてこれを姫に渡してくれ、頼む!」
そう言い残して、ティーゲルは懐に仕舞い込んでいた手紙を番頭に放って投げた。それを見て祐衣がはたと立ち止まる。
「何をしている? 行くぞ!」
『白妙の 風に揺らるるる 薄色に うきに堪えぬと いふ由もがな』
「姫に伝えてくれ。御主を想う者の気持ちを代わりに伝えたとな」
廊下が騒がしくなった。ティーゲルは「もういい。行くぞ」と祐衣の手を引いた。
●日は落ちて
「ほな、行くよって。露払い、よろしゅうな」と物陰で声が上がる。
咲堂雪奈(ea3462)は相方のリュミナ・アイアス(ea5960)に言う。シフールなので背丈は雪奈の半分もない。だが扱う術は侵入には都合がいい。それで先陣を申し出た。もう一人、結城夕刃(ea2833)も見た目は娘のようだが剣の使い手だ。こちらは初めから囮役、陽動を買って出ている
堀と塀をリュミナのファンタズムが作り出す幻影に隠れつつ越える。夕刃とリュミナが騒ぎを起こし、雪奈が潜入する手筈だ。
難なく中庭に降り立ち、雪奈は懐に忍ばせた手紙に手を当てた。
昼間、詩など書けないと言う依頼人に「ほんまに好きなら、書ける筈や!」と強引に書かせた物だ。
「待っとってや。うちがきっちり届けたるさかいな!」と思わず力が入る。
「雪奈。思うんは止めへんけどな。口に出したら、あかんよ」とリュミナが呆れる。
まったく無意識に、仁王立ちの上、決意を口上してしまった。
「曲者!」と声が上がる。「うわちゃ。堪忍してぇ〜な」と雪奈は脱兎の如く走り出した。「僕に任せてください!」と夕刃は容姿に似合わぬ気迫で立ちはだかり、二本の刀を抜く。
大きく構えた二本の腕を微かに揺すると「カチャリ」と音がして、刀が峰を向けた。
「二天一流。当たると結構痛いですよ」
声が細いので然程の迫力はないのだが、構えには隙がない。
突然騒がしくなった屋敷内の様子を感じて、音羽朧(ea5858)は当初の予定通とは違ったらしいと思う。ならばと敢えて身を晒す。直ぐに誰何の声が上がる。突然、天を突くような大男が現れたのだ。
朧はあからさまに人目につくように殊更にゆっくりと廊下を歩いてみせる。身体が大きく動きが鈍いと察した浪人達が数に物をいわせて殺到するのを見計らって、疾走の術が効力を如何なく発揮した。
浪人達にはまるで姿が消えた様に見えた事だろう。頭上高く飛び上がった朧は柱を蹴って、遥か遠くに着地する。
「拙者はこちらでござる。御主等の目は何処を見ているでござるかな?」
と不敵に笑い、朧は駆け出した。浪人達が慌てて後を追う。
「あら、何だかおかしな事になってるみたいね」と丙荊姫(ea2497)は呟いた。最初の騒ぎの後、春花の術で警備の者を眠らせる手筈だったが、既に範囲内で夕刃が白刃を振るっている。朧も加わっているようだ。こうなるともう術を使うのは難しい。ならば騒ぎに乗じて姫の元へと向うのみだ。大凡の見当は昼間の調べでついている。荊姫は屋根から天井裏へとするりと身体を滑り込ませた。
元が多勢を相手に生まれた流派でも、さすがに数が多過ぎる。右へ左へと走りながら夕刃は奮闘したが、体力的にも限界だった。時折視界を横切る朧は巨体に似合わない俊敏な動きで浪人達を撹乱するが、やはり多勢に無勢。
「あっ」と言う声を上げ、夕刃は突然よろめいた。余計な事を考えていたので足元が疎かになっていた。
その隙に背後から数人の浪人が襲い掛かる。
が、先頭の一人が力の抜けたようになって地面に倒れ込んでしまった。数人がそれに躓いて派手に転げる。
何事が起こったのか理解する前に、耳に微かに笛の音が聞こえた。思わず首を巡らすと屋根の上に月明かりに照らされた人影がある。シィリス・アステア(ea5299)だ。視線に気が付き、軽く手を上げる。夕刃が微笑んだのも彼の視力なら見えただろう。
「さあ、もうひと暴れするぞ!」と夕刃は地面を蹴る。
「ちょっと広過ぎるんとちゃう? この屋敷!」
三人目からはよく覚えていない。気合の入った掛け声と共に浪人の一人を投げ飛ばして、雪奈はぼやいた。そこら中の襖や障子は穴だらけだ。全部彼女がやったわけではないが、主犯である事は間違いない。
「あんたちょっとやり過ぎよ」といきなり背後から聞こえた声に雪奈は思わず飛び跳ねた。荊姫だ。
「あ、あんた。ビックリするやないの。うちの心臓止めはる気?」
「それよりも、この奥よ」
「ほんま?」
強ち突き進んだ道は間違いではなかったらしい。暴れ回ったせいなのか、警備の人間もいない。
「祐衣が言ってたわ。何もかもが大仰過ぎるって。きっと訳があるんでしょうけど、それは確かめたいわね」
「せやな」
襖の前に立ち、雪奈が声を上げる。
「あんな、聞いて欲しい事があんねん。あんたが好きや言うてはる人の想いやねん。黙って聞いてんか?」
しかし返事がない。荊姫は雪奈と視線を交し合った。
『懸かりたる 月の気色を 見るにつれ 逢いたる君を 思わざるや』と荊姫。
『見も知らぬ 君し届けと この想い‥‥』「何やこれ、途中で終わりよる」と依頼人から預かった内容を見て、雪奈は憮然とした。
「ああ、ちょうどいい頃合でしたね」との声に二人は振り向いた。気がつくと中庭の喧騒も静かになっている。理由を風御凪(ea3546)が説明した。
「騒ぎは収まったみたいです。怪我人を診ていて少し遅れましたが」と人の良い笑みを浮かべて、凪は一輪の蒲公英を取り出す。
「私が贈るのは真心の愛を秘めた、この花です」既に昼間、女中の手を通じて姫に贈られている筈だった。
「聞こえていますね。事情は御存知の通りです。私達は貴女にとある人の想いを伝える為に来ています。聞いて頂きますよ」
言葉は全てヴェントリラキュイの効果で蒲公英から伝わる筈だ。
『まだ明けぬ 夜を通して 思いつつ いつか逢わめと 此花一輪』
歌が終わるや否や、襖が音を立てて開く。そして‥‥。
●茶屋にて
「世の中にはいろんな恋があるものですね」とシィリスは昨日の出来事を振り返って微笑む。結末はどうであれ、変り種の恋の詩には良いだろう。
「他言無用とは大袈裟であろう」と祐衣。
「あんな、見てへんからや。あれは外へ出したらあかんわ」と言葉を続けようとするのを荊姫が止めた。
依頼者と商人の娘の婚礼は異例の速さで決まったそうだ。それを聞いて思わず「気の毒に」と荊姫が言う。
「そこまでの醜女でござったか」と、朧は残念ながら渡す事の出来なかった詩の一部を手で弄んだ。
大商人同士の結婚とあっては簡単には破談も出来ない。ましてやあの大騒ぎ。全て父親の仕組んだ事だった。まんまと引っかかってしまった依頼者には可愛そうだが、それもまた縁。
『今、ここに貴女がいて、想いを伝えられたらどんなに嬉しいだろう。手の届かぬ存在の貴女に‥私の想いが伝わって欲しいと願うばかりだ』と異国の言葉で呟いたティーゲルに、夕刃と雪奈の視線が向く。
「目に見えぬ者に恋焦がれるも、目には見えても逢えぬ者に想いを抱くのも同じ事だな」とティーゲルが優しく微笑み目を細めた。