静寂の辺で

■ショートシナリオ


担当:とらむ

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月16日〜08月21日

リプレイ公開日:2004年08月24日

●オープニング

 オオ。悲しみの歌が聞こえる。
 止まるはずのない流れが断ち切られた。
 オオ。悲しきかな。
 皆泣くがいい。
 我らの苦しみは始まった。
  
 チャプン。
 水が鳴る。
 水中より光沢のあるつるっとした頭がひょいと現れ、水面から僅かに上がる。するとその下からは、黄色の二つの眼が忙しなく動きながら辺りを窺った。
 水面を境に揺れ動く景色の向こう。
 自分達以外の何かが、河への入り口を乱暴に堰き止めている。
 二本足で立つ巨大な姿。あれは人間だろうか?

 チャプン。
 水が鳴る。
 このままでは大変な事になる。河へ出られなくなっては、一大事だ。何よりもこの流れに棲む多くの者達が迷惑してしまう。
 何とかしなくては。
 チャプン。水が鳴る。光沢のあるつるっとした頭は、静かに水の中へ消えた。
 
「今、何かいなかったかオニ?」
「いや、気がつかなかった」
「そんな事より、これでいいのかオニ?」
「親分の言った通りにやったオニ」
『これで調べに来た人間を何人かは簡単に食えるオガ! わしって頭良いオガ!』
「似てる似てる!」
 ガハハハハハハハッ!
 馬鹿笑いも高らかに、数人の人影は森の中へと消えて行く。
 その後には堰き止められた河が、ちょろちょろと寂しげな音を立てていた。
 
 数日後。
 ギイ。と扉が開く。お客かと思い視線を向けたギルドの番頭はそこに珍しい姿を見て、「ほう」と片眉を吊り上げた。扉から入ってきたのは人間ではなかった。ちょうど人間の子供くらいの背格好だが、鳥のくちばしの様な口。黄色いくりっとした眼。そして何よりも頭の皿。河童だった。
 珍しい。河童がこんな町中に現れるとは。
 興味本位が先に立ち、番頭は河童をしげしげと眺めている。
 すると河童は逃げるでもなく、中をきょろきょろと確認すると、こちらへ向ってくるではないか。
 そのままトコトコとやってくると、俊敏な動作でテーブルの上へと飛び乗り、驚いて身を引く番頭の顔を潤んだ眼でじっと見る。
 そして背中の甲羅の隙間から何かを取り出すと、ぽとりとテーブルの上へ置いた。
「‥‥キュウリか」
 河童の水掻きのある手から落ちた物は、一本のキュウリだった。
 そのキュウリをしげしげと見つめた後、番頭は河童の顔を窺う。無表情の中で、目だけがウルウルと愛らしい。
「まさか、依頼なのか? 仕事の」
 疑わしげな番頭の言葉に、河童は唯一つだけ頷いた。

●今回の参加者

 ea0238 玖珂 刃(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea0243 結城 紗耶香(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0269 藤浦 圭織(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1765 猛省 鬼姫(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4223 竜堂 姫子(40歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea5028 人見 梗(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5831 黒羽 司道(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「これは‥‥想像以上に‥‥」
 河口に小山の様に積み上げられた木や岩を見上げて、志乃守乱雪(ea5557)は唖然とした。
「確かに人間の仕業とは思えないね」
 乱雪の次に背の高い竜堂姫子(ea4223)も首を後ろへと傾ける。
「アチャ〜。これじゃ壊せねー」
 と猛省鬼姫(ea1765)が何気に呟いたのを聞いて、乱雪が咎めるような視線を向けた。
「猛省さん。壊さないって事にしたでしょう?」
「硬い事言うなよ」と鬼姫は済ました笑みを浮かべる。
 その二人を尻目に人見梗(ea5028)は「結城様。辺りには何もいませんか?」と結城紗耶香(ea0243)に訊ねる。彼女のブレスセンサーを頼ったのだ。
 聞かれて紗耶香は恋人である玖珂刃(ea0238)を見た。
「頼む」との言葉に、すっと目を閉じる。瞬間、彼女の身体が淡い緑色の光に包まれた。
「五‥と一。水の中にはたくさんいるようだ」
「水の中? 河童か!」と鬼姫。
「水虎様だよ」と姫子も嬉しそうに言う。
「水虎様って何の事です?」と梗は眉間に皺を寄せた。
「河童様は場所によっては水虎様って呼ばれていてね。守り神として崇められているんだよ」と説明しながら、姫子は六尺棒を「よいしょ」と構えた。
「それじゃあ、向こうが出てくる前に先制攻撃で驚かせてやろうよ」と、藤浦圭織(ea0269)も早々に抜刀する。
「賛成だ。さっさと片付けてしまおうではないか」と同じく刀を抜いた黒羽司道(ea5831)も圭織の横に並ぶ。
 それを見て、紗耶香が刃に小声で耳打ちした。
「今から紗耶香がストームを仕掛ける。それから奇襲する方が確実だろう。後は各個撃破だな」
 と刃が確認をするや否や紗耶香が両手を前に差し出した。
「なあ、それで、あの堰を吹っ飛ばす事はできないのか?」
 と鬼姫が聞く。
「おいおい。あんなもの吹き飛ばしたら、こっちも危ないよ。諦めなって、鬼姫」と姫子に苦笑いされ、鬼姫は残念そうに口を尖らせた。
「何でそんなに、堰を壊したいんです?」
 乱雪が訊く。
「いや、別に。たださ、ぶっ壊したら驚いて河童が出てこねぇ〜かなって」
 と思わず本音を言ってしまってから、しまったと口を閉ざしたがもう遅い。
「そんな理由からだったの鬼姫?」
「何だよ。見たくないのか、河童?」
 と開き直って鬼姫は圭織に向って胸を張った。誰が何と言おうと見たいものは見たい。
 梗は河童と言われて、つい蛙を想像してしまう。蛙が苦手なのだ。何となく蛙を連想してしまうので、できれば遇いたくない。と表情に出ていた。
 その梗の表情に、鬼姫はほくそ笑んだ。
「もしかしてお前、河童が怖いんじゃねーか? 梗」
「そ、そんな事はありませんよ。蛙が嫌いなだけです」
「な〜〜んだ、蛙かぁ〜」
 言ってしまってから、梗は後悔したがもう遅い。にんまりと笑う姫樹の嬉しそうな顔が目の前にある。
「で、姫子は見たいよな、河童?」
 突然話題を振られて、姫子は「え? ああ、まあそうだね」と曖昧な返事をする。
「見たくないのかよ?」と鬼姫は懐からキュウリを取り出して掲げた。
「まあ、どっちかと言うと‥‥」
「見たいだろ?」
 と顔を近づける鬼姫と姫子は「見たい」とニッと笑いあう。
「それで、いつまでじゃれあっておるのだ? さっさと片付けてしまおうではないか」
 と司道が痺れを切らした。
「というわけで、ストームはあっちへ」と満面の笑みを浮かべる鬼姫に乱雪が「だから、壊しませんよ」と冷静に切り返す。
「あー、つまんねー」と鬼姫。
「ま、その分は別の事で暴れるんだな」と刃が言い、もう一度紗耶香に目配せする。紗耶香が再び腕をかざした。
 草葉を巻き込んで渦を成す突風が起き、低い唸りを上げて突き進む。
 直ぐに聞くに堪えない悲鳴が複数上がった。乱雪が「小鬼ですね」と敵の正体を教える。

「行くぜ!」と声を張り上げて、鬼姫が飛び出した。地面を蹴り疾風を伴って、大地をも穿つ勢いで全体重を乗せた蹴りを繰り出す。転げている小鬼は避けられない。苦しげな悲鳴を上げる小鬼に、更に渾身の拳を叩き込み、息の根を止めた。
 続けて圭織、黒羽、姫子が駆ける。
 叢で泡を食っている小鬼に姫子が、「くらいな!」という雄叫びを上げ六尺棒を突き出した。確かな手応え。動きを止めた小鬼目掛けて、圭織が上段に振りかざした刀を気合いを込めて振り下ろし、一刀の下に小鬼を両断する。
 黒羽の狙いは、辛うじて風に耐えひっくり返るのだけは免れた小鬼だった。
「所詮は集団で弱者をいたぶるしか能のない小物である。我輩には役不足だ」
 などと吐き捨てながら長身より振り下ろされた刀は、目にも止まらぬ速さで切り返される。燕返し。佐々木流の必殺剣だ。
「見事な太刀筋だ」とやや遅れた刃は、黒羽の剣技に感心する。そこへ突然目の前に小鬼が飛び出て来た。
 どうやら何かに突き飛ばされたらしい。葬られた二匹とは違い、手にした武器を振りかざす。刃がまだ抜刀していないのを見て、勝ち誇ったように声を上げ腕を振り下ろす。
 だがその動作が途中で止まる。己の身体に走った衝撃と激痛に、小鬼は苦痛のうめきを漏らした。何が起こったのか直ぐには理解できない。
「俺の太刀が見えなかったみたいだな」
 と刃はいつの間にか抜刀した刀を「カチャリ」と鳴らし、不敵に笑う。
 電光石火の居合の剣、ブラインドアタックだった。
 動きを止めた小鬼の背後から「ヤァッ!」と気合いの入った声が響く。
 背後に回り込んだ梗が、横薙ぎの一閃を小鬼に叩き付けた。
 鮮やかに決まった一撃に小鬼は絶命し、ゆっくりと地面に倒れる。横薙ぎの一撃は中条流の典型的な剣筋だ。
 そこへ乱雪の声が響いた。
「気をつけて下さい! 豚鬼が混ざっています。手強いですよ!」
 その声と共に、叢の中から小鬼達より遥かに体格の大きい豚鬼が目を血走らせて立ち上がる。後ろに従える小鬼はよろよろとしている。下敷きにでもなっていたのだろう。

●雑魚退治
 豚鬼の後ろでふらついていた小鬼が逃げようと踵を返すと、眼前に黒羽がいた。
「ここで逃がしてしまっては、後顧の憂いを残してしまうのである」
 と言いながら、ゆっくりと小鬼に一歩を踏み出す。
 慌てて方向を変えたなら、今度は振り向いた場所に刃が待っていた。
 怯んだ小鬼は逃げる事も出来ずに立ち尽くす。刃はその好機を見逃さなかった。再び鞘に収めてある刀の柄に素早く手を置く。
「とどめッ!」
 と叫ぶのと、紗耶香の声が耳に聞こえたのはほとんど同時だった。

●怒りの復讐鬼
 自分よりも体格が大きい豚鬼に、先手必勝とばかりに飛び掛った鬼姫は、いきなり何かをぶつけられて思わず地面に転げてしまう。
 それは豚鬼が下敷きにしていた小鬼の死骸だった。今度はそこへ豚鬼の振り回した戦槌が襲い掛かって来た。長さも破壊力もある武器だ。それに豚鬼の膂力が加わる。当たればただでは済まないだろう。
「うわッ! 危ねーッ! 当たったらどうすんだよ!」 
 鬼姫は地面を派手に転がって、避ける。
 代わりに立ちはだかったのは姫子だ。六尺棒を突き出し牽制するが、どうにも勢いが止まらない。猪突猛進に前へ出てくる豚鬼に六尺棒が強引に弾かれた。
 それならと今度は圭織がフェイントアタックを仕掛けるが、怒りに身を任せて暴れ回る豚鬼は多少の手傷を負わせたところで止まらない。それどころか遥かに長いリーチと厄介な武器を振り回す為、圭織の方が思わぬ窮地に立たされてしまった。
 豚鬼が膂力に物をいわせて、三度戦槌を振り回す。避け切れず、圭織は思わず目を閉じた。
「‥‥あれ?」
 だが顔を叩いたのは風圧だけだった。
「藤浦様、大丈夫ですか!」
 その梗の声に、圭織は助けられた事を知った。小さい身体を利用して、豚鬼の懐に潜り込み、脇を切りつけたのだ。
「梗、助かったわ」
 と礼を述べる隙もあればこそ、更に怒り狂った豚鬼が襲い掛かる。圭織と梗は咄嗟に左右に分かれて攻撃を避ける。次に豚鬼の進路上に居たのは刃だった。

●大道芸
「刃! 避けてッ!」
 状況を見た紗耶香は、声を上げるのが精一杯だった。乱戦では魔法による援護は難しい。
 普段は動じる事のない紗耶香の悲鳴の意味を瞬時に理解して、刃は咄嗟に地面に身体を投げ出して、戦槌の脅威を逃れた。
 格好のいい姿ではなかったが、代わりに犠牲になった小鬼の最後の姿よりはましだ。大地に這いつくばる刃が顔を上げると、呪文を唱える姫子の姿が見えた。
 乱戦より一歩後退した姫子がタイミングを見計らってコアギュレイトを唱える。
 豚鬼は突然動かなくなった身体に動転した。
 「今です、皆さん!」と、志乃守が告げる。動きを止めた豚鬼に止めを差すのはそれほど難しい事ではなかった。
 その時、紗耶香はとある事に気がついて刃にそっと耳打ちする。
「本当か?」と言いながら振り向いた刃は、泉の中から姿を現した多数の河童を見た。
 沢山の河童達が水面より顔を出してこちらを見ている。刃の声につられる様にして振り向いた何人かもそれに気が付いた。
「水虎様だ」と唖然と呟いたのは姫子だ。
「おお! 河童だ。河童だ!」と鬼姫は嬉しそうに懐からキュウリを引っ張り出した。

 積み上げられた堰はさすがにこれだけでは壊せないので、事情を話して村人に協力してもらう。
 作業にはいつの間にか河童も混ざっていた。
 仕事の合間。
 泉で珍しい芸が披露されていた。河童達が一まとまりになって、水の中で泳ぎながら踊りを見せてくれたのだ。
 村人や鬼姫、姫子が大喜びする中、乱雪が一人首を傾げていた。
 堰を壊す時にも、積極的に働いていた河童。河童の中には彼らが本気になれば、鬼ぐらい追い払えなかっただろうかと。
「もしかして、初めからこの芸を見せたくて私達を呼んだのでしょうか‥‥?」と一人呟いてみる。
 その後この村が河童の水芸が見られる村として有名になったというのは、また別のお話。