●リプレイ本文
「ちょっと。何で、のんびり歩いてるのよ?」
と丙荊姫(ea2497)は、手綱を握る外橋恒弥(ea5899)の頭をぴしゃりと叩いた。
「痛いなぁ〜。仕方ないよ。こんなに暑いし、馬だってほら、へばってるしさぁ〜」
叩かれた頭を後ろ手に撫でながら、のんびりとした口調で恒弥が言う。
「何言ってんの。へばっているのはあんたでしょうが! さっさと走りなさい!」
と後ろで声を張り上げる荊姫を恒弥は振り向きもしない。
「こら! 聞いてるの? ちょっと、あっ!」
言いながら後ろから覗き込んだ荊姫は、目に見えた光景に怒りの声を上げた。
「何食べてんのよッ! それは妙ちゃんを見つけた時のでしょうが!」
「ほへ?」と口にキュウリを咥えながら、恒弥は少しだけ顔を向ける。
「美味しいよ。姫ちゃんもどう?」
「‥私の言った事、聞いてた?」と小刻みに震え怒りを堪える荊姫の声が低く響く。
「大丈夫だって、こんなに沢山あるんだよ。一本ぐらい食べても減らないって」と言いながら二本目を口にする。
「訳のわかんない事言ってんじゃないわよッ! 食べたら減るに決まってるでしょ! 何の為に貰ってきたの!」
「そりゃ、食べる為だけど」
平然と言う口調に、荊姫はふと疑問を感じた。
「あんた。もしかして、初めから‥」
「あはは。いや〜〜、ばれちゃったか〜。暑いからさぁ。キュウリが美味しいなぁと思ってね〜」
締まりのない笑顔を見せて頭を掻く恒弥。当然噴火寸前の荊姫を気にする筈もない。
「この、河ッ童〜ッ!」
晴れた青空に、パコ〜〜ンといういい音が響いた。
●森を抜けて
「草原には薬草を採りに行ったみたいですね。村の人間も不用意には近付かないんです。探す時には足元に気をつけた方がいいでしょう」
皆より一足先に村へと馬で駆けてきていた神有鳥春歌(ea1257)が聞いた話によれば、草原には所々地面に穴があるという。理由については分らないそうだが、水に浮く石が多いという話を聞いた。何か関係があるのだろうが、今はそれを調べるのが目的ではない。
得意の遠駆けの能力に疾走の術を組み合わせ、先行して草原へと来た音羽朧(ea5858)だったが、確かに情報通りだ。足の長い叢の中で、地面に突然深い穴が口を開ける。
叢のせいで200cmの高みから見てもわからない。気をつけないと落ちてしまいそうだ。
「これは厄介でござるな」と思わず呟いた。
森を抜け草原に差し掛かった所で、虎玲於奈(ea1874)は乗せてもらっていた馬の背から飛び降りた。くんくんと鼻を動かす。
「ん〜〜。ちょっとわかんないかな」
鼻が利くのを宛てにして、荊姫達が先に借りてくれた妙という名の女の子の衣服を元に匂いを探す。
「いくら鼻が利くといっても、これだけ広ければ無理でしょう」
と言いながら、緋室叡璽(ea1289)は馬上から草原を遠く眺めた。足の長い叢に阻まれて地面が見えない。
「まあ、少し近付いたらわかるかもしれないしさ。僕はもう少し探してみるよ」と玲於奈はやや慎重な足取りで叢に先に分け入った。それをティーゲル・スロウ(ea3108)が皆に伝える。
「出来れば、森の中で片を付けてしまいたかったな」
森の中で見かけたという鬼を先に何とかしてしまえば捜索を邪魔される事もなくなると叡璽は思っていたが、思惑は外れてしまった。
「‥匂いか。向こうから寄ってくるかもな。見つけたら、合図する」
と、玲於奈に続く。
「俺達はどうする。やはり、別行動か?」
ティーゲルは馬上から春歌に訊いた。
「そうですね。私自身は特別な連絡手段を持っていませんので、まとまって動いた方が善いのかもしれません」
「そうか、分った。手分けした方がいいとは思うが、下手に分かれて鬼どもと遭遇したら、合流するのも大変だしな」
問題はこの叢だ。敵も味方も覆い隠されてしまう。
「早く見つけてあげないと」
両親から預かった御握りと水筒を見て、春歌は馬の首を巡らせた。
●遭遇
気をつけていたにもかかわらず、二度程穴に落ちかけて、朧は足取りを慎重にしていた。見通しが悪く、疾走の術も使い辛い。
その時、草を揺らす音が聞こえ、突然目の前に醜怪な姿の小鬼が姿を現した。驚いたのはお互い様だ。
朧を見るなり、小鬼は手にしていた棍棒を振り上げる。朧が咄嗟に飛び退いて距離を取った為、攻撃は空を叩く。
「気を取られ過ぎたでござるな。不覚でござった。しかし、好機。このまま着いて来てもらうでござるよ」
ニヤリと口元に笑みを浮かべ、二、三度の牽制をかけた後、不意に小鬼に背を向ける。追いかけてくる小鬼と微妙な距離を保ちながら、仲間の下へと誘導するのだ。
「うわったった」と足元にある穴を器用に飛び越えて、玲於奈は思わずほっと息をついた。これで二度目だ。忘れた頃に口を開ける穴は厄介だ。さっきのは窪み程度だったが、今のは違うようだ。振り返って暗い穴の中を覗く。
「おーい」との声に返事はない。
それほど沢山穴があるわけではない。気をつけていればなんとかなる。しかし知っていても危ないのは間違いない。
「丸一日か。お腹空いてんだろうな」と呟くと自分の腹がぐぅと鳴った。
「何かつられて僕まで‥」と、叢が揺れる。同時に人影が飛び出した。朧だ。
「おぬし、よい所に。一人か?」
だが言葉は分からない。次に人外の物の荒い吐息を聞いて、玲於奈は身構えた。朧も短刀を抜く。
「二対一なら、いい勝負でござる」
更に大きくゆれる叢を正面に見据え、玲於奈は先手必勝と爆虎掌を放った。
「ハッ!」と短い気勢と共に、気の衝撃が叢をなぎ払う。憶測で放ったから、まず当たらないだろうと思ったのだが、意外にも耳障りな悲鳴が上がる。
「あら、当たったのかな?」
表情で意味を知り、朧が疑問を投げかける。
「いや、それにしては悲鳴が変でござる。まるで遠ざかるように、拙者には聞こえたでござるよ」
おかしいと思ったのは同じだ。それで慎重に叢の辺りに近付いてみる。
そこに在ったのはぽっかりと空いた穴。底から、怒りと苦痛に満ちた声がする。
「なるほど。落ちたんだね」と振り向いた玲於奈に、「放って置くでござるよ」と朧は言う。
そこへ、空高へと昇る眩しい光球が出現した。
度々進む事を嫌がる馬の扱いに苦労しながらも藪の中をさがす叡璽は、やや近くで聞こえる物音に馬から降りた。どうやら穴の中に何かが落ちて暴れているらしい。
「そこにいるのは誰だ」
と暗い穴の底へ向って呼びかける。聞こえてきたのは少なくとも人間の女の子の声ではない。
「人間だオニ! 今食ってやるからそこにいろオニ!」
と、聞こえた気がする。
「ここで何をしている? 言えば安楽の死を与えてやろう」
だが小鬼が言葉を解する筈もない。返事は粗暴な吠え声だけだ。しかしこんな所に鬼がいるのだ。何か理由があるのだろう。思い当たるのは一つ。探していて、落ちたのだろう。
「出せオニ! お礼に食ってやるオニ!」
などと不埒な事を言っているのも叡璽には分らない。放って置こう。叡璽は踵を返した。その時、空に光球が昇る。
「妙ちゃ〜ん!」と名前を呼びながら、春歌達は藪の中を進んでいた。
これだけ声を上げれば敵に居場所を教えているようなものだが、どちらにしろ、後顧の憂いは絶って置くべきだろう。
不意に近くで、ガサリと音がした。
何事かと視線を向けた叢に、突然現れたのは茶鬼だ。ティーゲルの乗る馬の真横になる位置の穴から這い出てきて、吠える。怯えた馬が嘶いて興奮するのを何とか手綱を引いて押さえつつ、ティーゲルは短刀を抜き様に投げつけた。
しかし無理な体勢から投じられた短刀は命中しない。向ってくる茶鬼を一瞬だけ怯ませただけだ。
遠くから弓弦の音が響く。春歌だ。この鬼には聞きたい事がある。動きを止めるだけでよかった。一瞬は止まるが、まだ向ってくる。
その隙を突いて、ティーゲルは馬を下り、ホーリーライトを上空に放った。合図はこれでいい。
腰の刀を抜くきつつ、「こっちだ!」とティーゲルは叫ぶ。春歌に向いつつあった茶鬼は向きを変えた。
もう一本の矢を受けて、動くのがやっとの筈だが、それでも牙をむき出している。
ならば。
「一気に決めるぞ」と呟き、ティーゲルは動きのかなり鈍い茶鬼の脇をすり抜けるようにしてシュライクを試みる。
「我流剣技・葬魔刀ッ!!」
素早く振りぬいた日本刀が、茶鬼の首筋を掠め切る。カウンター気味に決まった剣戟に倒れる茶鬼。そこへ刀を突き入れ、とどめを差す。
●救出
合図を見て集まった全員から、小鬼も穴に落ち込んでいるという情報を聞く。どうやら妙を探した方がよさそうだ。
「でも、どうやって探しましょう? これだけ呼んでも返事もないですし‥」と春歌。
「拙者思うに、これだけ鬼がいたのでござる。怖がって声には応えないのではないでござろうか?」
朧のいう事に何人かが頷いた。
「それなら私が歌ってみましょうか?」
それならという事で、鬼が落ちていた辺りを中心に歌をうたいながら探すと、程なく女の子は見つかった。
大地の下から響く必死の歌声に叡璽が気が付いた。
身体の小さい春歌が腰にロープを巻きつけて降り、女の子を抱きかかえて戻ってくる。
安堵感から泣き出す女の子に、春歌と叡璽が御握りと水とを差し出してなだめた。
そこへおっとり刀でやってきたのは、荊姫と恒弥だった。
「ちょっと、あんたのせいよ。完全に出遅れちゃってるじゃないの!」
「ちょっと違うと思うけどなぁ。完全に間に合わなかったんだよ、うん」
と恒弥はのんびりと笑みを浮かべる。
「だ〜れ〜の、せいだと思ってんのよッ、この河童ッ!」
スパーン。といい音が響くいた。二人の滑稽なやり取りに、女の子が笑い声を上げる。
「仲が善いんだな」と叡璽が苦笑いした。