おかえり
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■ショートシナリオ
担当:とらむ
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月24日〜08月29日
リプレイ公開日:2004年09月02日
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●オープニング
依頼内容。十年前に神隠しに在った姉を助けて欲しい。
十年前の祭りの夜、姉が神隠しにあっていなくなった。
その時両親は幼い自分に「お姉ちゃんは十年後にもう一度だけ帰って来る」と伝えた。
今日がちょうどその十年目。
提灯行列と共に、姉は
戻ってくるという。
多分妖怪の仕業だと思う。
姉を助けて欲しい。
そしてもう二度と何処にも行かないようにして欲しい。
「チントンシャラリン、トンテンシャン。チントンシャラリン、トンテンシャン」
祭りの音が遠くから聞こえてくる。
楽しげな囃子の音、笑い声。
暗くなっていく夜空に赤い炎が灯を映して、綺麗な夕焼けと二重の光のページェントを繰り広げている。大きなお祭りまではまだ時間がある。
今はまだ、この村だけの小さなお祭り。
「お姉ちゃん‥‥」
とその女の子は、縁側でポツリと呟いた。
「戻ってくるよね」
今度は独り言ではない。それは後ろに立つ母親に向って訊ねた言葉だった。
「‥‥‥‥」
明確な返事はない。夕闇のヴェールに隠されて、母親の表情は良く見えない。
「戻ってくるよね?」
もう一度女の子が聞く。今度は振り向いて、やや俯き加減の母親の太腿の辺りの服地を引っ張った。
覗き見る顔が少しだけ縦に振られた。
「あれから十年だよ。ちゃんと、数えたもん。戻ってくるよね? お姉ちゃん戻ってくるよね?」
女の子の涙交じりの視線に耐え切れぬように、母親は視線を逸らす。
「そうだね。うん。そうだね‥‥」とただ、うわ言の様に呟きながら。
十年前。
「この小さな女の子の姉が突然、いなくなったそうだ」
と、ギルドの番頭が言う。
「どうやら神隠しに在ったようだな」と話が確信でないのは、情報自体が女の子からもたらされたものだからだった。
「おっかあは、十年後に戻ってくるって言ってたんだよ」
姉は村の祭りの提灯行列と共にいなくなってしまった。
「きっと提灯のお化けがお姉ちゃんを連れて行ったんだ」と女の子は言う。
昔話に聞いた事があると、番頭は付足した。天狗が小さい子供をさらって、時間が経ってからもう一度両親に会わすことがあるのだと。
そしてもし、その時になってさらった子供が家に帰りたいと言えば、神通力を与える為に与えてきた修行が無駄になるので殺してしまう。
両親もそれを知っているから、決して子供に帰りたいとは言わせないのだと。
「お姉ちゃんを取り返して!」
と、女の子は切実な顔で言う。
「提灯のお化けを追い払って! 私にお姉ちゃんを返して。優しいお姉ちゃんを返して‥‥」
涙にくれてそれ以上言葉にならない女の子の傍に、外で待っていた母親が寄り添って、そっと背中を摩ってやる。
「依頼は簡単だ。女の子の姉を助けてやって欲しい。二度と妖怪に連れ去られる事のないように」
親子がいなくなってから、番頭はもう一度皆を呼ぶ。
「実はな、言っておきたい事がある」
と番頭はやや暗い面持ちで語り始めた。
「依頼の内容だが、少し変えさせてもらいたい」
そう、実は女の子の姉は十年前に流行り病で他界してしまっています。
しかし、小さかった女の子にはとてもそんな事はわかりません。ご両親は作り話をしてしまったのです。十年経ったら、本当の事を話すつもりで。
ところがそれをずっと信じてしまっていて、女の子はずっとこの日だけを待ち続けてしまっています。あまりに強く信じている為、ご両親もどうしていいか分からなくなってしまっているのです。
「たとえ作り話でもいい。何か女の子を納得させる方法はないものだろうか?」
番頭はそう持ちかけてきた。
出来るだけ女の子の気持ちを傷つけたくないのだと。
思い込みが強いだけに、真実を知ると傷心で病の床に伏せってしまうかもしれないと。
難しい依頼だが、引き受けてはもらえないだろうかと。
●リプレイ本文
●お祭りの日
「お姉ちゃんを迎えに行くの?」
依頼者の一人である春という女の子が、不安げな表情で橘雪菜(ea4083)を見上げて訊く。
「ええ。一緒に迎えに行きましょうね」
と雪菜は微笑む。春はそんな雪菜の手をぎゅっと握って寄り添った。
事前に両親から姉の雪の事を聞いてある。仕種や喋り方の癖も含めて。雪菜は無意識にでも姉の様に振舞えるようにしているつもりだが、正直自信はない。しかし偶然にも名前も似ていて、春がなついてくれるのは助かる。
「さ、行こう春ちゃん。僕が一緒についていくよ」と手を差し出したのは白装束に身を包んだ草薙北斗(ea5414)だ。雪菜には別の役割がある。ずっと春が傍にいたのでは都合が悪い。
「え、でも‥」
と握った手に力を込める春に北斗は優しく言い聞かせた。幸いにして容姿も限りなく女性に近いので春の警戒心は少ない。
「皆は、キミのお姉ちゃんを助けないと。だから、ね」
と言われて、春は渋々と北斗の手を取り後に続く。
既に行列は始まっていた。
チリン、チリン‥。
鈴の音が静かに響く。
沢山の人が白い装束に身を包み、提灯を下げ、一様に俯き加減で列を成して歩く。向う先は十年前と同じ、墓地へ。
「大丈夫でしょうか?」と、春とは違う意味で不安そうな両親に向い、三菱扶桑(ea3874)は「準備は整っている。心配は無用だ」と言葉短く伝える。
春が過去に見た提灯行列は自分の思った通り野辺送りだった。過去と同じ情景を作り出し、それに重ねて春に真実を話す機会を作るつもりだ。今の所は上手くいっている。
祭りの灯と提灯の灯が、女の子には同じものに見えたのだろう。
●大芝居
行列が小さな林に差しかかると、一陣の風が吹いた。木の葉と枝をザワリと揺らす。
列の中から不安の声が上がり、次第に広がっていく。
中程に居た春も様子がおかしい事に気がついて、北斗の手を強く握り返してきた。
「大丈夫。皆が守ってくれるよ」と北斗は春に言う。
「木の上に何かいるぞ!」
声を上げて、鬼口三太(ea4454)は大きく伸び上がり梢を指差した。それに促されるようにして、次々に提灯が掲げられる。
夜の闇を提灯の橙色の灯が浸食し、漆黒のスクリーンに人影が投影される。
白髪の髪。赤い顔に高い鼻。真紅の袴姿に身を包んだ怪異な姿が、梢の上からゆっくり行列を見下ろす。
「娘よ。姉を返して欲しいか?」
人波がざわめく中、天狗に扮した赤霧連(ea3619)が声も高らかに問う。
「天狗だ。天狗様だ!」とざわめきがさらに広がる。
「汝は真に姉を欲するのか?」
そのざわめきをものともせずに、連は紅に染まる両眼でキッと春を睨み付ける。それを見た北斗が思わず「こりゃ、怖いや」と口の中で呟いた。
「返して‥お姉ちゃんを、返して!」
両手をきつく握り締め、何かを堪えるように固く目を閉じ、春が叫ぶ。
「姉は御主を忘れているかもしれんぞ。もはや人間ではないから、御主を拒むとも限らん。それでも良いのか?」
なるべく威圧的になるように苦心しながら、連は声を張り上げた。その声に春が小さい身体を振るわせる。怖がっているのか、それとも別に何か意味があるのか、見ている北斗にはわからなかった。
「天狗め! 降りて来い!」
頃合を見計らって、三太は雪菜と扶桑に合図して、自分は列の前へと飛び出した。ロッドを上段へと構え、梢の天狗を威嚇する。
その間、春は何も言わなかった。ただ、俯いてじっと何かに耐えているようだった。
「さ、春ちゃん。危ないから、少し下がって」
と、言いながら北斗は春を庇うようにして下がろうとした。実際に危ない事は何も無い。しかし完全な変装で無い以上、近距離で見られてしまったのでは変装がばれてしまうかもしれない。
しかし春は北斗の手を振り払うようにして前へと飛び出る。
「お願い。天狗様なら、お姉ちゃんに会わせて。もう一度でいいから、お姉ちゃんに会いたいの! 私、お姉ちゃんに‥」
その言葉を遮ったのは、巨大な扶桑の背中だった。人間よりもずっと大きい背中で春の視界は完全に塞がれてしまう。
「前へ出るな。危険だ。自分の後ろに隠れていろ」
抜刀しながら、扶桑は春がそれでも前へ出ようとするのを遮るように動く。そこへ北斗がやってきて、春の腕を掴んだ。
「離して! 天狗様なら! 天狗様なら‥」
大きな声ではなかったが、強い意思のこもった言葉で春は呟き、何とか北斗の手を振りほどこうとする。
その声を聞いて、扶桑は怪訝な表情をした。春の様子がおかしいと思えた。何となくは思っていたのだが、もしかして‥と思う。
●大立ち回り
事前に用意して在った足場を利用して、連は梢から梢へと何とか飛び移り、地面へと軽快なように降り立つ。
正面には三太が居た。互いに無言の目配せを行う。
「いくぞ。悪さをする天狗め!」
「人間が、大口を叩くでないわ!」
と、やや芝居かがった口上と共に数度と刃を交え、切り結ぶ。
互いに微妙に手加減をしつつの攻防であるにもかかわらず、互いの技量の未熟さもあって真剣に危なっかしい場面が二度、三度ではない。
その間も二人でちらりちらりと春の方を気にかけるものだから、なお危ない。
何度目かの競り合いになった時に、連が思わず小声で声をかけた。
「三太さん。もう少し手加減して下さい!」
「これでも、やっているつもりだ。もう少しだけ、頑張ってくれよ」
言いつつ、僅かに距離を取る。最後にちらりと後ろを見ると春が扶桑の影からこちらを見ている。ここら辺りが決め時だろう。
「これで終わりだ!」
頭上に掲げたロッドを大振りに回し、三太は威力を殺したフェイントアタックを試みる。当たっても大事にはならないはずだが、痛いかもしれない。
連も三太の構えでここが正念場と敢えて攻撃を受けようと思うが、思った以上に三太が力んでいるように見えて、飛び掛る際に僅かに躊躇してしまう。それが拙かった。
当てた方も当てられた方も、お互いに「あ゛」と短く声を上げた。ロッドが何となくカウンター気味に入ったのがわかったからだ。
ドサリと音を立てて地面に落ちた連は、一瞬息が詰まるのを我慢して、それでも飛び起きた。幸い傷は受けなかった。
「お、おのれやってくれたな。だが、あ、姉は簡単には返さぬぞ」
少々息を詰まらせながら、連は墓地の方へと駆けて行く。
それを見て、扶桑が身体を退ける。北斗は「行こう!」と春の手を引いて走り出した。
●いつか、また
林を抜けると社と墓地とがある。微妙に距離を置いて駆ける天狗が向う先は墓場だった。北斗が手を引いているとはいえ、春は少しだけ足を向けるのを躊躇った。
「お姉ちゃんを助けよう」と言う北斗の視線を避けるようにして、春は目を逸らす。
墓場に入った天狗を追いかけて、墓地の一角に差し掛かった時、不意に聞こえた声に春は足を止めた。つられて北斗も止まる。
「春、こっち。ほら」
少し離れた場所。そこに一人の女性が佇んでいた。丈を直した雪の衣装に身を包んだ雪菜だ。
「雪姉‥?」
驚いたように春は目を見開いて、確かめるように言う。
「わからなかった? 久しぶりだもんね。大きくなったね、春」
「‥‥何処、行ってたの雪姉。ずっと待ってたんだよ」
「ごめんね、春。雪姉ちょっと遠い所に行ってるの」
「どこ?」
「まだ、春には難しいよ」
少しだけ悲しそうな顔で、雪菜は微笑んだ。その表情に、北斗は首を僅かに傾げた。遠目なのと暗いのとでよくわからないが、本当に雪菜なのだろうかと思ってしまう。
「雪姉、戻ってくる?」少しだけ涙声になった春の問いに、雪菜は静かに首を振った。さすがに北斗も驚いて目を見張る。打ち合わせと演技が違っている。
「春、こっちへ来て」
「ちょっ、ちょっと待った!」
思わず声を上げた北斗の顔を、春は見る。目には涙。
「いいよ、もう。私知ってるもん。知ってたもん」言いがしら、涙がこぼれる。それを見て北斗は思わず手を離してしまった。春が駆け出し、雪菜の元へと行く。
そこには雪の墓が在った。
ちょうどそこへ両親を連れた扶桑と三太が現れる。墓石の影から連も天狗の面を外し、姿を見せた。
雪菜の腰の辺りへ抱きつく格好になって、春は顔を上げた。
「ごめんねお姉ちゃん。私、知ってた。知ってたの。でも、雪姉がいなくなるの嫌だったから‥嫌だったから‥」
言葉に詰まりながら、着物の裾を握り締める春の傍にしゃがみ込んで、雪菜は春の髪を撫でてやった。
「お姉さまも、知ってましたよ。だから、あなたとの約束を守ったのよ。ちゃんと戻ってきたでしょう」
一瞬、ほんの一瞬だったが、雪菜は姉の存在を感じる事が出来た。言葉を聞いた気がした。自然と口をついて、言葉が出た。
春に言葉は無い。ただただ泣きながら、首を縦に動かすだけだった。
「でしたら、もう大丈夫ですね。お姉さまはこれからもずっとあなたを見守っていますよ。いつかあなたの近くに、戻れる時が来ますから。その時まで、笑っていられますね?」
雪菜の声が、雪姉の声と重なって聞こえて、春は泣きながらも顔を上げた。
雪菜自身、心の中に聞こえたような気がした言葉だった。自身が伝えたかった言葉であるのだが、それすらもこの子の姉が伝えてきたのではないかと思えてしまう。
「うん。約束する。私、雪姉にお帰りって言うから。きっと、言うから」
春の目尻の涙を雪菜は指で拭ってやる。
「やはり知っていたのだな」
と扶桑が近くにやって来て、言った。三太は連の近くで両手を合わせて「ゴメン」と苦笑いする。
「認めてしまえば、姉がいなくなってしまう。そう思ったのか?」
「そのようです」と答えたのは雪菜だった。
「だが、いなくはならない。ずっと見ている。それがわかったな?」
言い方はぶっきらぼうだが、言葉の奥には温かみがある。涙目で大きな扶桑を見上げていた春が、一度だけ頷いた。