●リプレイ本文
まだ靄も晴れやらぬ早朝。涼しく爽やかな朝。靄の向こうからロングスカートのエプロンドレスを身に纏った黒髪の女性が現れた。その女性、巴渓(ea0167)は人目も気にせず大あくびをしてから、きょろきょろと辺りを見回した。待ち合わせの場所に遠からず近からずな位置に一人だけ女性がいる。
「あれっ、他の人はまだなのか?」
「そうみたいです‥‥」
メイフォン・メリィ(ec5641)は頷き、どことなく落ち着かない素振りを見せる。
「お、初めましてかな? オッス、おらゴク‥‥じゃなくて巴 渓だ。宜しくな!」
「はい!初めまして! メイフォン・メリィと申します。依頼を受けるのが初めてなので、ドキドキしています」
「ははっ、初々しいな。んじゃまぁ他の奴らを、もうちょっと待ってみっか」
渓が門の前にどっかと座ったので、メイフォンも続く様に門の脇に座った。
二人は改めて問題の庭を覗き込んだ。靄が徐々に晴れ、小鳥のさえずりが聞こえ、とても清清しい。茫々ではあるが木々が生い茂る緑豊かな庭だった。
「それにしてもなぁ、随分と放置したもんだよな。草は茫々だし木なんかばっさばさだし‥‥タンタンと音が鳴ってコロリンと果物が落ちる‥‥なあ。‥‥はっ!? まさか妖怪タンコロリンか!? ってまあ、まさかこんな異世界くんだりにジャパンの妖怪がいるわきゃねェか‥‥」
「ジャパン‥‥の、妖怪ですか?」
「ん? ああ、ジャパンっていう国があってな、そこにいるモンスターの中にタンコロリンっつ〜奴が居るんだ」
メイフォンはいかにも初めて聞きます、という目で渓を見つめた。
「説明しとくと、誰にも喰われなかった柿の実が妖怪になった奴だな。実を取らずに放置すると妖怪になっちまうんだ」
「ええ〜、じゃあもしそれが犯人だとしたら‥‥早くそれを退治して、他の実も収穫しないとですね」
「おうよ! ‥‥ってぇ本当に皆来ねぇな! 一言でも何か言ってくれると良かったんだがな。仕方ねぇ、二人で分担してくたばったジジイの家を掃除すっか! 」
「はい!」
二人は立ち上がり、ようやく掃除を開始することにした。
庭側の鎧戸を総て開け放し部屋の中へ踏み込むと、そこは黴臭いむっとした匂いが充満していた。
「う〜ん、こういう時に妹分のひなたがいりゃ、あっという間なんだがなァ。あの野郎め、呼ぼうと思ったら別の依頼に入ってやがってよ。俺のメイド服姿なんざレアだぜ、レア!」
「ひなたさんって方はお掃除が得意な方なのですか?」
「だなぁ。お前も綺麗好きなら、もしかしたら気が合うかもしんねぇな!」
「わあ、そうなんですか〜」
「ま、居ないのはしゃーねェ。一応、あの神業メイド忍者から家事の手習いはしてもらったんでな。ガラクタやゴミの片付けみたいなのは任せろ!」
渓は手前から椅子をひっくり返しては机の上に載せ、床や椅子に掛けられてる布を剥がしては窓側へ投げた。ふりふりのエプロンドレスは可愛らしいが、行動は相変わらず勇ましい。
「その代わり、細かい拭き掃除やら掃き掃除やらは任せたぜ。俺ってばそういうのが苦手でよ、いつも冒険者街の借家が散らかっちまってひなたに怒られてさー‥‥」
「任せてください! 目一杯頑張ります」
「任せたぜ! 時間は掛かるが丁寧にやってみっか!」
「はい!」
渓は言うなり椅子の乗った机やあらゆる台を端に寄せ、空いた先からメイフォンが拭いていくという見事な連携を見せた。もう使えないであろうガラクタやゴミはどんどん表に出し、それが増えていくにつれ、様子を見に来た村人達がリサイクルして使えるかを協議して、使えない物は解体し、使えそうな物は拭いたり治したりと、どんどんその場で処理していった。お陰で家の中はさっぱりとし、もうもうと上がっていた埃は爽やかな風に乗ってどんどん外へと運び出された。
ひとしきり中の掃除が住んだ頃、村人達が手作り料理を持ち寄った。怪奇現象に挑む勇敢な二人の姿を見て、この家に寄る勇気が沸いて来た様子だった。
昼食後、いよいよ庭掃除が待ち構えていた。
「まずは謎の怪音の手がかりを、掃除がてら手分けして探す所からだな。にしても、木に顔があったか‥‥割と何でもアリだしな、アトラン。マジで妖怪化しやがったか?」
渓はブツブツいいながら、二人でざっと庭を点検し、モンスター化した木がないか等を軽く確認するが、それらしい物は見当たらない。
渓は雑草を束にして引っ張り、土ごと捲る勢いで引っこ抜き始めた。
メイフォンもとりあえず門から庭にかけて、人が歩ける様に雑草を抜き始めた。抜いた雑草を束ねては道に出し、束ねては道に出し‥‥。そうしているうちに村人達が道に出された雑草や小枝をそれぞれ大きな籠に入れ、綺麗に仕分けしてくれていた。その調子でどんどん奥へ進むと、草の間から様々な甘い香りが漂い、潰れた果実が姿を見せてきた事に気付いた。それと共に、木の枝が結構落ちている。
――タン!
目の前で熟しすぎた実が落ちた。地に落ちた衝撃でそれは半分潰れて飛び散った。
「あ‥‥」
今の音がもしかして、と思い、メイフォンは上を見上げる。一気に木の枝がボロボロと落下し、木の実もタタタンと連続で落ちてきた。
その場を離れようと、メイフォンが中腰になった時だった。
「痛っ!」
木の実が一つ、メイフォンの額に命中した。その後立て続けに彼女の脇に木の実が飛んでくる。落ちてくるのではなく、明らかに狙われている。
腕で顔を覆いながら、メイフォンは隙間から木を覗き込むと‥‥葉の影に、光る二つの目があった。
「きゃぁ!」
「どうしたッ! ‥‥うわッ!」
メイフォンの悲鳴を聞いて、別の場所で草むしりをしていた渓が飛んできた。メイフォンに近付こうとする渓にも木の実の雨が容赦なく降り注ぐ。
「出たかタンコロリン!」
渓はインタプリティングリングで、木の実が飛んでくる木に対してオーラテレパスを行使してみる。
しかし、木自体に反応はない。
「何だってんだよ!」
渓は飛んでくる木の実を腕で払いのけながら、問題の木に組み付いた。
「どりゃぁあ!」
組み付くなりわさわさと大木を揺する。
「キキキ!」
この反撃に驚いた様な声が聞こえたのを渓は聞き逃さなかった。
「これでどうだ!」
更に追い討ちを掛けるかの如く、渓は大木に向って蹴りを入れ、変化がないかを観察した。子供位のサイズの何かが、必死に木の枝にしがみついている。
「タンコロリンよろしく、放置されて実り過ぎた庭の植木どもが意志を持ったんじゃねーかと思ったのによー! ‥‥このサル公が!」
渓が凄い形相で木を登り始めた為、猿は驚いて隣の木に飛び移った。
「待ちやがれ!」
渓も続く。木がゆさゆさとゆれ、小さな枝がバキバキと折れる。その度に熟れた木の実がタタタンと地面を叩いた。
メイフォンは少し考えた後、ファイアバードの魔法を発動させた。サルと渓の空中戦に加わるには空を飛んだ方が早い。その身体に炎を纏い、彼女は猿へ突進した。怯えた猿は立ち竦み、メイフォンの体当たりを必要以上に大きくかわし、そのまま木から落下する。それを渓は追い、すかさず猿を捕らえると、手元に生えていた蔦で猿をぐるぐると巻いた。
「やれやれ。こんなサル公一匹が犯人とはね」
渓は大袈裟に溜息をつく。
「夜になったら別の猿が現れる可能性も否定はできませんが」
「なぁに、実を収穫しちまえばこっちのもんさ」
「そうですね。ともかく‥‥子供さんが見たのは、きっと猿の目だったんですね。猿も茶色いから木に見えたのかも?」
自身が見た時も目しか見えなかった事を思い出す様にメイフォンが呟いた。
猿は用意された大きな籠に閉じ込め、そのまま村人に引き渡した。明日にでも遠い野山に放って貰えるそうだ。
「じゃああとは、お掃除の仕上げと収穫ですね!」
残った雑草を手早く処理し、熟しきって腐ってしまった木の実を埋めると、二人は得意の木登りでサクサク木の実をもいでまわった。下から見ていたよりも木の実はたわわになっており、次から次へと籠が一杯になった。
「もしも自分の実を食べて欲しいってんならさ、村中に配ってきてやるぜ! 体力や腕力なら無駄にあるからな!」
渓が木に語り掛けながら収穫に勤しむ。その想いが伝わったのか、村人一人一個ずつ配ったとしても全員にいきわたるだろうという程の収穫になった。畑ではなく、単なる庭である筈なのだが、その収穫量は驚く程に膨れ上がった。
収穫が終わった頃、外はやや薄暗くなりかけていたが、村人達が仮設の机の上でお夕飯を作ってくれている所だった。その中には、作りかけのパンやパイ生地などもあった。渓は生地やパン作りに参加し、そしてメイフォンは仮設のかまどに魔法で火を点けた。ちょっと離れた所ではジャムが作られ、甘い香りに囲まれながらパンの焼けるいい香りが村中に広がり、人々がわらわらと集まってきた。
いつの間にか机が増え、収穫した果物が山盛りに詰まれ、そのまま切ってお皿に盛られたり、絞ったジュースも用意され、いよいよ宴会が開始された。
「これ作ったのお前だろ」
渓が笑いながらいびつなアップルパイをメイフォンに見せた。それは彼女が作ったパイに間違いなかった。不器用だなあ〜、といいながらも味は美味しかった。
「この木達は実を誰かに食べて欲しかったのかな」
メイフォンがぼそりと呟くと、庭の木々がさわさわと返事をしたような気がした。
「さあな。タンコロリンは自分の実を皆に食べて欲しいって願う妖怪だからな。もしこいつらが本当にタンコロリンになってたとしても、これで目的は果たされた様なもんじゃねぇ?」
辺りを見回すと、いつの間にかお酒が入り、机を中心に輪になって踊りを披露している村人達の姿があった。まるで、村総出の収穫祭のようだ。怪奇現象の原因がはっきりした事で安堵したのだろう。村人達の表情は皆笑顔でどれも清々しかった。机上の食べ物は減るどころか増える一方で、なおかつ参加する人も増加の一途を辿りいつまでも終わる気がしない。
「ジジイの家と庭! これからはちゃんと手入れしろよ! 怪物なんざいねーんだから!」
リンゴと一緒に茹でられ柔らかくなった肉を頬張りながら渓は叫んだ。村人達は笑いながら杯を上げる事で返事をした。事件解決と豊穣を祝う祭りは、更に更に盛り上がった。
果物が沢山載ったこの甘い祭は、夜が明けても暫く続いたのであった。