災厄開始は笛の音で

■ショートシナリオ


担当:とうりゅうらふう

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2008年10月27日

●オープニング

 鍾乳洞の側に一つの小さな村があった。そこは海に程近く、そして内陸側から見れば断崖絶壁の真下にある様な場所に位置していた為、内陸側からは覗き込まない限りそこに村があるとは分らない様な場所だった。街道からもやや離れているが為、用がない限りは旅人も立ち寄る事は少なく、結果的に外部と余り交流を持たない村となってしまっている。

 その村に、一つの事件が始まっていた。

 それは、時折村に笛の音が響き渡るという現象。
 「笛の音が鳴ると、空は黒く染まり、村は襲われる」という伝承を密かに信じているこの村にとって、笛の音はまさにこれから起ころうとする災厄の序章なのだ。過去にこの通りの災厄が起こったと語り継がれている家もあった。しかし残念な事にこれらを止める術については誰も知らない。そして、原因すらも語り継がれてはいなかった。

 この村のすぐ側には一つの洞窟がある。誰一人としてこれを確認した者は居ないのだが、中が大きな鍾乳洞になっており、地下にも地上にも続いているとの噂がある。
 とりあえず今判る範囲では、笛の音は村の近くに大きく口をあけている洞窟から発されている模様だという事。笛の音のは時折物悲しげに聞こえ、そして時折甲高い女性の悲鳴の様にも聞こえる。
 不安に思った村人は街に地質に関する調査員の派遣を依頼し、現在六人の調査隊によって洞窟内を調査して貰っているのだが、彼らが一向に戻ってくる気配はなく、更に笛の音は鳴り止むどころか日々大きくなっている。
 人によっては、調査員が入った翌日笛の音に悲鳴とも取れる声も一緒に乗っていたと言ってすらいた。

 二、三日経ったある日、洞窟から一人の調査員が出てきた。彼の目は虚ろで、足取りもふらふらしている。頬はこけ、その顔色は蒼白だった。
「大丈夫か!?」
 村人達は彼に気がつき、続々と集まっては水や食料等を差し出した。彼は一人の村人にすがり、恐怖に満ちた顔で口をぱくぱくさせている。
「毒が‥‥麻痺‥‥長い‥‥手」
「もう大丈夫だから、とりあえず水を飲んで落ち着くんだ」
 彼らはその場で調査員の介抱に取り掛かった。どうやら擦り傷以外の外傷はなさそうだが、死ぬ程怖い思いをしてきたといった顔で、とてもじゃないが中で遭った事を話せそうにもなかった。

 村の伝承には、毒も麻痺も長い手も含まれていない。村人達は顔を見合わせ決意した。すぐにでも勇敢な冒険者に調査を依頼しよう。もはや悠長な事は言っていられない。
 「村が襲われる」という伝承とこの調査員の状況から見て、洞窟内によからぬものが棲んでいる事は確かなのだ。村人達は災厄が起こる日がもうすぐ側に来ている気がしてならなかった。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 洞窟の中には蒼く輝く川が流れており、両脇に歩道の様な段差がある為足を水につけずに進む事はできたが、所々身を屈めながら進まねばならない状態だった。あっという間に自然光が失われ、ランタンの明かりだけが頼りになる。
 周囲に注意を払うべく先頭を努めたのはアリオス・エルスリード(ea0439)。二番手にいるルイス・マリスカル(ea3063)が左手にランタンを持ち、彼の後ろにはゼディス・クイント・ハウル(ea1504)、そしてバックアタックに遭った際盾となれる様リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が最後尾を努めた。リュドミラはスクロールに洞窟の地図を記入しながら進み、ゼディスは二次遭難を防ぐ為にと、進んだ方向へ向けて床や壁に矢印を刻む事を欠かさない。
 時折聞こえる笛の音は時に小さく、時に大きく、そしてまるで彼らの侵入を拒むかの様に突然鳴り響き一行を脅す事さえあった。
 道は時折狭くなったり、結構な段差があったりと所々苦戦を強いられたが、お互いフォローしあう事で越える事が出来た。
 ルイスがランタンの油消費量で時間を計りこまめに時間を報告したお陰で、時間感覚が酷くずれる事はなかったのだが、捜索開始から五時間経っても、自分達以外の呼吸音や這いずる様な音は聞こえず、時折響く笛の音と、一定のせせらぎだけが不気味に響き渡っていた。

「語り継がれる間に色々変化してしまう伝承というのは、全く当てにならないな。だからといって軽視していいものではないとは思うが。原因があったからこそ今も語り継がれているのだろうしな。それが一体何だったのか‥‥問題はそこだな」
 アリオスの呟きにゼディスも頷き、壁をそっと擦った。道は途切れる事なく続くが人工的な感じはしない。
「俺も同感だ。村の人間も伝承を完全に信じている訳ではない様だしな。『村は襲われる』という内容にも拘らず地質に関する調査員の派遣を依頼している事からもそれは判る。仮に伝承の通りに『笛の音』が災厄の前兆であるなら、その災厄は一定の条件化で発生する自然現象の可能性が高い。だが現状で証明はできない。いずれにせよ調査は必要だろう。行方不明となっている調査員を放っておく訳にもいかないしな」
「そうですね。行方不明者が出る位ですから何かしら事情はありそうなものです。笛の音については洞窟に新たな穴があき、風が吹き込み奏でる音に思えますが。敵は‥‥ローバーが住み着いているのではないかと予想しております」
「私もルイスさんの仰る様に『笛の音』は鍾乳洞に穴があいて、そこを風が通った時に発生しているのではないかと思います。石膏で穴を埋めようと考えたのですが、少量での入手が困難で、又、補修に使えるだけの量を持ち運ぶには重すぎる為断念しました。そちらに関しては調査後必要とあらば改めて補修部隊の手配を提案しようと思います。ただ、調査員が毒、腕、と仰っていた事を考えると、多分海ミミズかルイスさんが仰るようなローバーが生息している、と私も思います。いずれにしても注意が必要ですね」
「静かに! 何か物音がする」
 ゼディスの静止を受け、全員がその場に固まった。音を聞き取ったルイスも頷き、リュドミラは目を凝らした。ランタンが届くぎりぎりのラインに何か塊がある。
「何かが‥‥そこに」
 リュドミラはアリオスと並び、そっと虎徹に手を掛ける。
 それは唸りながらじわじわと距離を詰め、正体不明の毛むくじゃら四足歩行動物に見えたのだが、ルイスはそっと制止するかの様にリュドミラの柄へ手を添えた。
「害意は無い様です。『不思議な小瓶』は全く無反応ですから。それに‥‥」
「‥‥ドワーフ! 調査員の方ですか?」
 リュドミラが駆け寄り屈むと、彼は震える手をあげた。ぼさぼさの髪、ばさばさの服。この薄暗がりではまるで獣の様に見える。
「‥‥奥に‥‥」
 ルイスは疲労困憊な様子のドワーフを自分の足へ凭れさせると、そっと水を飲ませた。
「屈強なドワーフでこれだと、残る調査員が正気を保っているかどうか余り期待はできないな」
 ゼディスは小さな声でそっと呟いた。
「この方は重傷‥‥辺りですね」
 ルイスが持ち前の知識でその傷の度合いを判断すると、リュドミラは迷う事なく甘露を差し出した。
「飲んで下さい。甘露です」
「いや‥‥それはわしより‥‥酷い奴に分けて‥‥下され‥‥大丈夫ですじゃ」
「ではせめてこれを」
 今度はチーズ・ブランシュを差し出すと、ドワーフは恐縮しながらそれをゆっくりと口にした。ああ生き返る様ですじゃ、と何度も何度も口にした。
 その時、奥から何かが当たる様な物音と、断末魔の様な悲鳴が聞こえた。
 アリオスが声のする方へ駆け出し、ゼディスは自分のランタンに火を灯してからその後を追い、リュドミラは一度ルイスの顔を見てからゼディスの後を追った。ルイスは頷き、ドワーフの元に残った。
 悲鳴が上がった場所は案外近い。
 ゼディスは移動の途中でインフラビジョンのスクロールを使用し、辺りを見渡し、前方に人がいる事を確認した。
 道は上中下の3段に分岐、各段は1.5m程の階段状の段差がありそれぞれ1m程しか幅がない。各段には1人ずつ人影が見え、全員が怯えた様に地面に小さくなっていた。下段の者は麻痺している様に見える。
 下の段よりさらに下がった所に川と思われる水音がする谷間があるのだが、そこから長い腕が伸び、下の者を捕らえようと鎌首を擡げている。
「やはりローバーか!」
 アリオスは躊躇する事無く2本の矢を同時に放ち、長い腕はそれを受けた勢いに押されて大きく向こう側へ揺らめいた。
「先ずは動きを止めねば」
 射程に入るなり、ゼディスのアイスコフィンがヒットする。1体は封じたもののしかし次から次へと新たな触手がゆるゆると伸びていくのが見える。
「複数いたか」
 突然視界が明るくなり立ち竦んでいた3人はローバーを見て、更に恐怖の表情で凍りついた。
 リュドミラは呟くゼディスの脇をすり抜け麻痺している人のいる下段へ駆け込んだ。
 新たに沸いた触手のうち一本にアリオスの矢が2本同時にヒットし、また大きく傾ぐ。リュドミラは他の触手を水晶の小盾でガードしながら捌くと、更にスマッシュで反撃をした。
 ゼディスのアイスコフィンが更に控えるもう1体を凍らせ、再度アリオスの弓が唸ると触手を伸ばしてきていたローバーは沈黙した。
 リュドミラは麻痺している調査員に手早く解毒剤を飲ませ、手当てに回った。毒には冒されていたものの意識ははっきりとしている。
 中段、下段に居た調査員はどうやら上段から暗闇で足を踏み外し中段へ落ちた上、1人はローバーに襲われて下段まで引きずり下ろされた模様だった。落下の打撲跡はあったもの、それぞれリカバーポーションとチーズ・ブランシュによって回復する事が出来た。しかし上段に居た調査員は外傷こそないものの会話する事が出来る状態ではなく、ひたすら「し‥‥し‥‥」と言い続けていた。
 この3人を何とか一箇所に集めた頃、ドワーフを連れたルイスが合流した。
「錯乱状態と呼べるな。必要であればスタンアタックで気絶させるが」
「錯乱はしていますが、暴れる程には至っておりません。背負って行く分にはそれ程影響は無い様にも思いますが」
「会話もできない程錯乱しているのであれば気絶させた方が効率いい場合もある。方法に関してはエルスリードに任せよう」
 アリオスとルイスのやり取りに、ゼディスが加わったのを見て、ルイスは了解しました、と引き下がった。
「そして、最後の1人を探す前に現段階で一度外に運び出す事を提案したい」
「同感ですな。今なら引き返しても夕暮れ頃には戻れるでしょう」
「彼らをこのまま奥まで同行させるより、一刻も早く外へ連れ出す方が良いと私も思います」
「ならば、戻ろう」
 誰も異論はなかった。

 ここ数日食事の取れていない調査員へルイスが保存食を分け、休憩を取った後、ドワーフは自らの足で歩ける程になり、軽症だった2人にはリュドミラとゼディスが肩を貸し、結局錯乱していた1人に対してはアリオスがスタンアタックを行い、ルイスが背負う事になった。負傷者を連れての移動には途中何箇所か難所はあったものの問題もなく越える事が出来、そうして彼らは負傷者を村へと連れ戻し、まともに話す事の出来たドワーフから襲われるに至った経緯を教えて貰う事になった。そして、明かりを担当していた調査員が、明かりと共にローバーへ飲み込まれるのを見た後、ひたすら闇との戦いであったと聞かされる事になったのだった。

 翌朝、一行は再度この洞窟に挑む事になった。リュドミラが書き留めた地図と、床や壁にゼディスが刻んだ矢印がある分、前半は迷う事無く楽に進む事が出来た。
「笛の音が結局何なのかは別として、それがあくまで前兆であり原因でないならば止める必要はないと思うな。確かに不気味かもしれないが、何かが来ると判れば対処もできる。利用する事で被害も減らせるはずだ」
「そうですね。昨日の村人の話ではただ『真相が知りたい』との事でしたので、必ずしも止める必要はないと私も思いますが」
「とりあえず調査が終わったら村人達には高波や嵐への備え等をして貰った方がいいだろう。笛の音はその前兆かもしれないからな」
 アリオスとルイスはあれやこれや可能性を少しずつ議論しながら奥を目指した。
 音に導かれ進む道が、徐々に立派な鍾乳洞らしい様相を見せてきた。所々に生息していたローバーはゼディスのアイスコフィンやルイスのソニックブームで遠距離から難なくあしらわれ、一部道幅が狭く接近戦になってしまった場面もあったが、敵はルイスやリュドミラの攻撃に圧倒され、一行が負傷する様な事態は発生しなかった。


「予想はしていましたが、結構な広さの洞窟ですね。そろそろ夜です。休憩しましょう」
 一行は周囲の安全を確認しながらキャンプを設営し、魔力を蓄えねばならないゼディス以外で見張りを交代する事にした。ルイスが多目に油を持参していてくれたお陰でランタンの火を絶やす事もなく、明るさも笛の音も、何の変化も無く朝を迎えられた。

 そうして朝になり、一行は洞窟の奥からかすかに光が漏れている事に気がついた。
 そこは立派な鍾乳石が乱立する美しい空間で、少ない光がきらきらと宝石の様に輝いていた。
 天井に開いた穴が外に繋がっているのは明白だ。その穴は握り拳大の穴が複数複雑に尚且つ立体的に開いている空間で、一箇所からは水が流れ落ちている。劈く様な音量で、笛の音が鳴る毎に水の糸が細かく散った。
「あれを! 黒い鍾乳石が沢山氷柱状になっているかと思ったのですが、あれは蝙蝠ですね」
 リュドミラが天井を指すと、そこには無数の蝙蝠が肩を寄せ合うかの様にぶら下がっていた。見れば見る程気持ち悪くなる程の数が居た。水の音にかき消されそうな小ささで、それらはかさかさと音を立てている。
 その時、群れから一際大きな蝙蝠が数羽飛び出し、一行目掛けて急降下をした。喋る前からアリオスの2本の矢が光る軌跡を残し、ラージバットへ突き刺さる。負傷したラージバットが戦線を離脱し、闇の中へ溶け込んだのだが入れ替わるが如くまた新しいラージバットが姿を現し、一行に襲い掛かってきた。5〜6羽程居るだろうか。
「私達が食い止めますから、リュドミラさん、穴の様子を!」
「了解しました」
 リュドミラは持ち前の腕を駆使して足を滑らせない注意を払いながら、ロープを使って天井に開く穴へ向かって登った。穴に向かってそそり立つ鍾乳洞はまるで塔の様に美しく捩れながら太く堂々と聳えていた。
「調査員の方は、穴までは辿り着けなかったものの、沢山の生物が棲んでいる事迄は確認したと仰っていました。現状、モンスターもこの気候に予想される範囲の物で、異常発生とは思えません。だとすればあの伝承も、自然現象の範囲で何かを伝えていた可能性はあるかと」
「今まで嵐の度に笛の音がなっていた訳でもない事を踏まえると、穴は最近開いたと考えるのが妥当なのだろう」
 ルイスに応えながらゼディスは高速詠唱のアイスコフィンをラージバットへ放つ。一発で凍りついたラージバットが塊のまま谷部へ落下し、それと同時に黒い影に覆われた地面がぞわりと波打った気がした。
「蝙蝠がいる場所の下一面に、大量の虫がいるようだな」
「蝙蝠のおこぼれ目的とでもいった、これも自然現象の範囲内ですね。もし音の発生そのものが異変の前兆を知らせる『警笛』であるならば、その後何が起こるかが問題ですね」
 その間にアリオスが再び2本の矢を放つ。もし万が一ラージバットに当たり損ない、天井の蝙蝠群に命中したら大変な事になるだろう。彼は慎重に狙いを定めた。
 リュドミラは穴の近くへ辿り着くと、その風圧と笛の音量に目を細めた。よくみれば穴の付近に小さな亀裂がいくつも見える。そしてその亀裂の上には大きな石。亀裂が広がり、落盤が起こればかなり大規模に崩れ落ちる事が想像できた。
「この穴は、最近この形になったでしょうが、近いうちにまた形が変わる可能性が高いですね。水も流れている事ですから、穴を塞いで堰き止めてしまうと落盤を促進させてしまう可能性があります。よくみれば‥‥そちらの足元に大規模な落盤の跡と見られる鍾乳石が落ちているのが見えます」
 リュドミラは笛の音に負けないよう大声で下に居る3人へ呼びかけた。
「それで結晶等が砕け散った結果辺り一面が輝いているのかもしれない」
「水が流れ込む穴の形は侵食及び形成で刻々と変化し、ある一定時間が経過した所で大規模な落盤。それを受けてこの蝙蝠達が一斉に外へ飛び出し」
「それで空が黒く染まるという訳だな」
「その勢いで村を襲えば、濁流、崩落以外にも伝染病等が蔓延する可能性もあります」
「今出来る事と言えば、穴が完全に塞がってしまわない様安全な範囲で穴を広げ、尚且つ亀裂が入っている部分を補強する事ですね。応急手当にしかなりませんが、時間稼ぎ位はできる筈です」
 ラージバットが襲ってこなくなった時点で、全員がリュドミラを手伝い、崩落に繋がりそうな岩を除け、周囲に落ちている瓦礫や砂や土を利用して塔を更に太くし、懸命に穴を補強する事にした。


 こうして行われた彼らの活動により、村には若干時間の猶予が与えられ、石膏を奥に運ぶ為の舗装工事を行う予算がない村は、災害が終了する迄の間だけ避難生活を送る事になった。これで突然災害が起こり、村が壊滅するといった状況が避けられるのは間違いないだろう。しかし村を完全に捨てる訳にはいかない事情がありそうな事に対しては何も明かされる事はなかった。
 こうして、たった一行の伝説は解明され、また文句が付け加えられた上代々受け継がれる事になったのであった。