【聖夜祭】赤と香りの大合唱

■ショートシナリオ


担当:とうりゅうらふう

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月21日〜12月26日

リプレイ公開日:2008年12月30日

●オープニング

「ふう‥‥クリスマスそのものは何とかなりそうだし」
 リンデン侯爵領お抱え調香師となった地球人石月蓮は、リンデン侯爵家別荘内を一人、歩きながらあれこれ考えを巡らしていた。
 建物の所々がクリスマスらしく飾り立てられ、毎日の様に赤い布が搬入されている。
 別荘はここ数日にわかに活気を帯び、今ではすっかりクリスマス一色。出入りする人々も皆楽しそうだ。
 冒険者達を招待する準備は整っている。クリスマスに馴染みの無いアトランティスへクリスマスを定着させる為に、侯爵夫人の取り計らいでリンデン侯爵家以外の一部の人々も招待してある。今回のパーティーが楽しく印象的な物になればきっと来年もやろう、更には他所でもやろうという事になるだろう。そしてそこに香水の印象を加える事が出来れば更に‥‥。
「あとは、いかに印象付けるか、だね 」
 とはいえ、このクリスマスパーティーを香水の売り込みに使うだけでもいけない。先ずは参加者総てに楽しんで貰わねば意味がないのだ。
 何気なくプレゼントに香りをつけてもいい、その他はっとさせられる所に香りの演出をつけてもいい。手品やゲームの一部として仕込むのも有りだろう。考えればキリが無い。
「そういう提案は得意そうな誰かにやらせればいいや。僕は新製品に取り掛からないといけないね」
 蓮がそう呟いて部屋を去ろうとした時だった。
 カツーン。カツーン。
 静かで、広い空間に、冷たい足音が響いた。
 はっとして、蓮は足音の主を見た。自分以外誰も居なかった部屋の出入り口に知らない婦人が立っている。身形の良さからしてもリンデン侯爵夫人の客であると推測できたので、蓮は軽く頭を下げつつ、記憶の糸を辿る。
「貴方が御噂の調香師さんかしら? ええと、確か石月さん‥‥と仰ったかしら」
「はい、調香師の石月蓮と申します」
 取り敢えず猫かぶりモー‥‥、営業モードに切り替える。幾ら記憶を辿ってもこの婦人に見覚えはない。
「リンデン侯爵夫人からクリスマスパーティーの招待状を頂きまして、今日たまたま近くまで来たものですから先にご挨拶に参りましたの。先日サンプルにと頂いた香水、とてもいい香りでしたわ。クリスマスパーティーでは更に素敵な催し物があるとお伺いしておりますわ。一体どんなパーティーになるのでしょう! とても楽しみにしておりますの!」
 婦人はわくわくを抑えきれない目を輝かせている。顧客になる可能性がある貴族か。それならば営業モードを貫くのが無難だろう。
「恐れ入ります」
 手短に返事をしつつも恭しく頭を下げる。ちょっとしたアピールを挟もうとも思ったのだが、彼女がまだ話足り無そうな顔をしていたので、黙って次の言葉を待ってみた。案の定「そうそう、ほらあの」という前置きがすぐさま飛んでくる。
「お噂によれば、赤くてぽわっとして可愛らしくて斬新で女性的な服、ええと何といったかしら、そう、さんたくろうす? 今回のパーティー実行委員長でもいらっしゃる素敵な調香師さんがその格好をしてエスコートして下さるというお話でしたから」
「な”ッ!?」
「調香師さんがどんな方なのかと楽しみにしておりましたの! うふふ、私服のお姿もとても素敵なお方で安心しましたわ。それではわたくしはこの辺にて失礼させて頂きますわ」
「まッ‥‥!」
 待て!とも言えず、引きとめようと思わず上がった右手もそのままに蓮は硬直した。
 見知らぬ婦人はホホホと笑いながら楽しそうにその場を去っていく。
 リンデン侯爵家別宅でクリスマスパーティーが行われる‥‥素敵な催し物があるかもしれない。そしていつのまにか僕が実行委員長扱い。そこまでは良いとしよう。
「僕が、サンタにだと‥‥?」
 驚いた様な、怒っている様な厳しい表情のまま、彼は婦人を見送った後、随分たってからようやく蓮はいつもの顔つきに戻り、その場を後にした。
「誰がサンタに‥‥! 絶対に着てなどやるものかッ‥‥!」
 当日まであと僅か。果たしてどんなパーティーになるのやら。それは参加される冒険者達の手に委ねられていた‥‥。

●今回の参加者

 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec5186 長曽我部 宗近(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 リンデン侯爵の別荘はどこもかしこもクリスマスムードだった。立食パーティー会場があったりダンスパーティーが開かれていたり。耳を澄ませば素敵な歌声も聞こえてくる。多くの人の手によって準備されたクリスマスの飾りが、屋敷を素敵な異空間に変えてくれていた。
「クリスマスか〜‥‥私って、もうそんなにこの世界で過ごしちゃったんだなぁ」
 女性用として可愛くデザインされたサンタ衣装に身を包んだ水無月茜(ec4666)は、飾りとして飾られたレミエラ素体をそっと覗き込む。
 そこを真っ赤でセクシーなサンタ衣装を着たクリシュナ・パラハ(ea1850)が、いい香りを放つ薄い木札を大量に抱えて通り掛かった。
「やー、もーねー。年末なのに黙示録とか何とかシリアスっちゃってるしー。ここまでみんなが頑張って積み重ねた準備、がっつり楽しまなきゃっすよ」
 手に抱えている木札にはセーファスとディアスの似顔絵が描かれている。
「今まで準備に明け暮れた成果が現れる訳ね〜♪あ〜ん、タ☆ノ☆シ☆ミ!ねーねー、あのリンデンの領主様。とってもイケてるわよね〜vんもー、ウィンクしたら照れちゃって、いや〜ん、かわいいわぁん」
 長曽我部宗近(ec5186)がたまたま通り掛った領主について、身体をくねらせながら熱く語る。桃色のハートがふよふよと湧くのが見えた気がした。
「ほら、あなたも。夢見る乙女には、きっとステキな出会いがあるはずよ〜」
「うん、そうですよね!」
 宗近に、優しく肩を叩かれ、茜はにっこりと笑顔を返した。


 薄い木の板は、元々茜が木の板を購入し、手先の器用なキース・レッド(ea3475)がそれを切り分けた物だった。そこへチキュウノニホン風一般的デフォルメイラストという物を茜に教わったクリシュナが、可愛らしい似顔絵に纏めたのだ。
「こんな特殊な技法は初めてっス」
 描いている際クリシュナはそう連呼した。顔も目も大きめ。等身は2〜3頭身。そしてコスチュームはサンタ。一色塗りでシンプルな感じだが、それでも二人だと判る程に上手く個性が捉えられている。絵柄も可愛いし、写実的技法よりも作業時間が短縮できて一石二鳥。そして最後にアプト語で『メリークリスマス』と付け加え、宗近が香りの強さを調整しつつ香水を振り。
「完成!」
 ‥‥こうして全員の力で一枚一枚丁寧に作られた木札だったのだ。この木札を香水の顧客になってくれそうなご婦人に配布して宣伝していこうという企画なのだ。
 勿論、モデルとして使用された二人に許可は取ってある。


 蓮の香水販売ブースも綺麗に飾り立てられ、あとはクリシュナが来客へ配布する木札効果でお客さんが来てくれるのを待つだけだ。クリスマス開始パーティー開始時刻迄、あと少しある。
 茜は別の場所で行われている歌姫のバックコーラスリハーサルにも参加しており、販売ブースとその会場を行き来している為彼女の離席中販売ブースには三人の男だけが鎮座していた。
「‥‥じゃあ、お仕事始めましょっか」
 宗近とキースが目を怪しくぎらつかせながら、ゆっくりと蓮の方に振り向いた。口が、寝かした三日月の様につり上がり、蓮は一気に鳥肌を立てた。
「‥‥な、何?」
 蓮は思わず後ずさりをするが、それよりも素早く滑るかの様に二人は彼へ迫り、乱暴にその腕を掴んだ。
「さあ!『石月蓮うきうき淑女計画』も最終段階だうわははははっ!」
「レ、レッド!?君はいつからそんな性格に‥‥!?」
「ふん、君の猫かぶりよりはマシだろ石月君。‥‥あのなあ、僕だって四六時中シリアスなんじゃないぞ。たまにはハメを外さないと、これからの苦闘には生き残れないのさ。依頼中とは言え、聖夜祭だ。もうすぐ久々に恋人と逢えるしね」
 キースは少し顔を赤らめ、ふふふと嬉しそうに笑う。
「さっさと逢いに行けばいいじゃないか」
「言っていなかったが、僕の彼女は歌姫エリヴィラ。愛しいエリィだ」
「愛しのエリィだなんて、何だか歌みたいで素敵よね」
 二人はニヤニヤ笑いながら蓮へ顔を近付けた。
「君の恋人が誰だろうと僕には関係ない。淑女に付き添って貰いたいならその人に頼めばいいじゃないか」
「でも残念、彼女は今お仕事中。だから彼女をここに呼ぶ訳にはいかないのよ。でも石月ちゃんは先の依頼で貴婦人たちへのウケもいいってリサーチ取れたしイケるわよ! ここで石月ちゃんの名が売れれば、リンデン特製香水を広めるだけじゃなく、地球流の理美容技術の売り込みにも繋がるのよ。あたしもプロ、地球に帰る手段がないならここへの帰化も視野に入れてコネクションは作りたいのよね〜」
 繋がりさえ出来ればこっちのもの! その後は、と、独り言の様に宗近は語り続ける。
「勝手に作ったらいいじゃないか。っていうか何の話だよ」
「もう大人気なのよ〜石月ちゃんのア・レ」
 宗近が蓮の鼻を人差し指で突付く。
「は?」
「鈍いんだから、も・う☆ そんな訳で石月ちゃんの可愛い乙女姿を演出しちゃうわよっ!」
「何だって!? 冗談じゃない! 僕は絶対に女装なんてしないぞ! そんなにしたいなら君達がやればいい!」
「それじゃあ、僕も恥をかいてやろうじゃないか! さあ出し給え、みにすかさんた衣装とやらを! さあ遠慮せずに、華麗に着こなしてみせようではないか!」
「えっ!?」
 キースは久々に恋人と逢えるせいなのか、妙なテンションを快調に飛ばしている。宗近は了解したわと頷きながら、優しげに蓮へ微笑んだ。
「それに、今回の騒動は石月ちゃんの思いつきじゃない。責任取って楽しむのも、実行委員長の務めよ〜」
「でも僕は絶ッ‥‥」
 言いかけた蓮の腹に、キースの鋭いパンチが炸裂した。一応手加減はして貰った様ではあったが、かはっと息を一気に吐き出しながら蓮の腕は宗近の手からするりと抜け、その場に崩れ落ちた。
 すかさず馬乗りになって押さえつけた宗近の目が細まり、急に蓮を見下した表情になった。
「‥‥今更、嫌とか言うなよ坊主」
 一音階程下がった声に押され、蓮はひっと小さな悲鳴を上げた。


 それでも小さく暴れながら罵る蓮に「騒ぐと周囲が石月ちゃんのお着替えシーンを覗きに来るわよ」と黙らせつつ、宗近は手馴れた手つきで蓮へミニスカサンタの衣装を着せる事に成功した。
 丁度その頃、同じくミニスカサンタの衣装に着替えてきたキースが戻って来た。が、それはキースでは無い様に見える。ちょっぴり覗く胸元、スカートとブーツの間に見える生足。間違いなく女性だ。蓮は自分の目を疑った。
「安心したまえ、女装クイーンの君には負けるからね。これさ‥‥禁断の指輪だよ。一時間だけ‥‥性転換が可能なのさ! 女性になれれば、諜報活動に幅が出るから所持しているのさ」
「じゃあキースちゃん、一時間のリミットはあたしが腕時計で確認して知らせてあげるわ」
「宜しく頼むよ」
 一瞬、蓮の顔が逃げ道を見つけた、という表情になる。女になれば、別人を押し通せるかもしれない。
「あ、指輪は一つしかないからね。君は女装だー!!」
 うわはははと笑うキースによってその望みは掻き消される。
 宗近は黙々と脱がせた私服を実演販売用の小道具が入った鞄へまとめ、
「じゃ、あたしは実演販売のメイクや香水の説明してるから、売り子ヨロシク☆」
 とウインクした。
「な‥‥!」
 もじもじして立ち上がる事の出来ない蓮をキースが無理矢理立たせ、それを機会にと宗近は蓮に手早くなおかつ完璧な化粧を施した。
「照れている感じも可愛いわぁ〜」
「照れてなんて‥‥い‥‥ああもう!」
「大丈夫、あなたのすべすべな肌を見たら、総てのご婦人が嫉妬する位。とても素敵よ」
「似合う必要なんてない‥‥!」
 顔を赤らめながら蓮は俯いた。
「みすた‥‥えー、ミズ・チョウソガベ。それでは刹那の淑女と参ろうか!」
「はぁい」
「皆どこかへ消えてしまえ!」
 蓮の叫び声だけがホールに響き渡った。


「‥‥へ〜くちょ、さっぶ!! とりあえず木札は全部配ってきたッスよ」
「まあ、有難うございます!」
 女性になったキースが可愛らしくお礼をいう横で、むすっとした蓮がそっぽを向いている。
「ほらほら、もうすぐお客さんが来るッスよ!」
「只今戻りました〜、わあー! 蓮さん! とてもお似合いですねー!」
 戻ってきた茜が屈託の無い笑顔で正直な感想を述べた。蓮の顔が更に朱に染まる。
 それとほぼ同時に、香水の販売ブースには次々と人が訪れた。
 初めて見る可愛らしい絵柄は、婦人方に好評の様子だった。絵柄やふわっと漂う香りに惹き付けられた人や、中にはクリシュナの色気に誘われて訪れてしまった紳士が、奥様にプレゼントするんだと言い訳をした場面もあった。
 そして、セーファスとディアスの似顔絵大量生産のお陰でデフォルメイラストに慣れてきたクリシュナは、香水を購入してくれた婦人の似顔絵を木片に描いて差し上げるというサービスも行った。勿論、その木片にも香水のいい香りが漂っている。
 こうして香水は予定以上を売り上げ、完売御礼となった。あらゆる意味で、この販売計画は大成功を収めた。


 夕食も済み一段落着いた辺りで一行は別荘近くの浜辺に廃材等を主に使用し、茜や宗近にアドバイスを貰いつつ四角く木材を積み上げた。
「着火!」
 クリシュナが魔法で火を発生させると、木材は勢い良く燃え盛った。
 冬の海は寒かったが、明々と燃え立つ炎は暖かく、大きく綺麗な真っ赤なツリーの様にも見えた。長かったクリスマスの締めくくりとして申し分の無い物だった。気がつけば一行以外の冒険者や、別荘関係者達も炎の周りに集まって来ている。逆に、ひっそりと逢引の為に姿を消した者もいた。

「皆さん、一緒にクリスマスソングの大合唱をしましょう! 今は苦しい事も哀しい事も忘れましょう」
 茜はよく通る声でそう呼び掛けた後、有名なクリスマスソングを歌いだした。歌声は次々と増えていき、しまいにはその歌を知らなかった人もつられるかの様に歌い始め、間違えては笑い合い、上手下手も関係なしに皆で一体となって歌う事を楽しんだ。
 クリシュナは指揮をする様な動作で炎を躍らせ、合唱をより一層盛り上げた。
 歌がもたらす印象は、きっとどんな世界だって変わらない。
 聖夜祭の概念、世界観こそ違えど、一緒にお祭を楽しもうという気持ちはどこの世界でも変わらない。今回皆で一丸となれた事からもそれは言うまでも無い。
「お疲れ様ー!」
 明々と燃える炎を反射しながら、ぶつかりあうカップから弾けたお酒の粒が星空の様に夜空に舞ったのであった。