春の小包

■ショートシナリオ


担当:とうりゅうらふう

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月23日〜02月28日

リプレイ公開日:2009年03月04日

●オープニング

 朝目覚めると、窓から暖かな日差しが差し込んでいた。
「ぼちぼち春が近付いているのね」
 彼女はそう呟くと、まだ朝靄ですっきりしない外へといそいそと出て行った。日差しは暖かくとも、気温はまだ低い。それでも日に日に気温が高くなってきているのがよくわかった。

 街からやや外れた所に位置する彼女の家の周りには畑が広がっている。
 主に野菜類が植わっているのだが、それらを取り囲む様に所々に鮮やかなブロックがあった。
 プリムラ・ポリアンサス、ジュリアン、スノードロップ、ニオイスミレ、ヘパティカ・ノビリス、クリスマスローズ‥‥。様々な種類の花が咲き乱れている。半分は12月頃から既に咲き始めてはいたが、もう半分は最近になってその花を開いた。
 郊外とはいえ、近くには街道も通っている為、通り掛った旅人がその花畑を眺めに来てくれる事もあった。そして彼らが感想を述べてくれるのがとても嬉しかった。
 この季節になると彼女は自分を育ててくれた祖母をこの花畑に招待し、一足早い春をプレゼントする事にしている。早くに両親を事故で亡くし、1人で畑を切り盛りするしかなかった彼女の所へたまに来ては家事や畑を手伝ったり、読み書きを始めとする勉強の面倒を見たりしてくれたという、彼女にとってはかけがえのない存在だ。
 今年も例年通りならそろそろ遊びに来てくれてもいい時期だ。又一段と綺麗に咲いた花を早くみせてあげたい。その一心で彼女は毎日畑の手入れを欠かさなかった。

 少しばかりなら両親の遺産もあり、彼女が一人で暮らして行く上で困る事はそれ程なかった。充実した畑のお陰で食物に困る事も少なかったし野菜や花を肉や魚と交換する事で充分な食料も得られていた。
 友達のいない彼女にとって祖母の存在はとても大きい。だからこそ喜んでもらえる様な花畑を作りたい。彼女は一心に取り組んでいた。

 2月中旬。
 例年なら既に遊びに来ている筈の祖母はまだ彼女の家を訪れてはいなかった。
 彼女は毎日毎日畑の手入れをしながら、街道の遠くを眺めていた。
 街道にはぽつりぽつりとながらも旅人が行き交い、たまに馬車も通過していく。
 次の馬車には乗っているかもしれない。
 その願いはいつも裏切られていた。

 昼過ぎになって、街道の向こうから一人のシフールが滑る様に飛んでくるのが見えた。身なりからシフール便のスタッフだとわかる。心なしか彼女は自分が見られている様な気がした。しかし、手紙なんて物はそれこそ人生のうちで片手に数える程しか受け取った事がないし、心当たりがない。送る人、受け取る人、それぞれどんな思いがあるんだろう。そんな事を考えていると、そのシフールはいつのまにか彼女のすぐ側まで滑り込んできていた。
「お嬢さ〜ん、シリアさんですよね? お手紙ですよ〜」
「あ、ありがとうございます‥‥!」
 手紙を貰った事なんてどれ位ぶりだろう。
 ときめきにも似た高揚感。祖母に習った読み書きを久々に生かす場面。彼女は畑に立ったままどきどきしながらそれを読み始めたのだが、内容を読み進むうちにその顔色は見る見る曇っていった。
 中には祖母からの丁寧な謝罪文が書いてあったのだ。
 毎年この時期にシリアの花畑を見るのが楽しみになっていたのだが、先月自宅階段で転倒して足を痛めた事、今月までに治るよう頑張っていたが結局治らず外出が叶いそうもない事、そして連絡が遅れた事‥‥。祖母の残念そうな顔がありありと浮かぶ程、手紙は言葉を選んで丁寧に書かれていた。

 翌日、彼女は畑の手入れを休んだ。目標を失ってしまい、どうしたらよいかわからなくなってしまったのだ。
 相談できる身近な人も居らず途方に暮れ、結局丸一日寝込んだ。
 翌朝、ベッドから窓の外を眺め、彼女ははっとなった。
「足を痛めて動けず、寝ているのなら‥‥きっと冬の景色を見ている筈だわ‥‥春を‥‥春を届けなくちゃ‥‥!」
 彼女は飛び起き、家の脇に転がっていた木製の四角い箱に花を植えようと土を入れ始めたがすぐにその手を止め、風化して黒々とした木箱をしげしげと見つめた。
「いつも何気なく入れていたけど‥‥こういう木箱に植えるのって、屋外用よね‥‥。屋内用ってどうやって作ったらいいのかしら‥‥」
 彼女は立ち上がり、延々と続く花畑を眺めた。畑に植わっている植物についてなら詳しくても、その花を飾り立てる方法が判らないのだ。
 相談できる相手もいない。
 彼女は必死に考えた。こういう時、誰に相談するのが一番いいと祖母は言っていたか。そして思い至った。『様々な世界を見てきている人に訊けば思わぬ良案が出る事がある』と。
「おばあちゃんに春を届けられるなら‥‥!」
 こうして彼女は首都に向ったのであった。

●今回の参加者

 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

「で 、集まったのは植物知識も大工仕事も出来ない小娘三人‥‥全く、残念に思ってる事でしょうけど‥‥」
「いいえ、とんでもない! 私なんか植物知識しかない小娘ですから。植物どころかお野菜とお花専門です」
 元々社交的でないシリアはこういう時何と言ったらいいのか判らず、緊張した面持ちのまま集まってくれた三人へ深々とお辞儀をした。薄暗く近付き難い忌野貞子(eb3114)の雰囲気が彼女を一層緊張させている。
「それじゃベスト、尽くしましょ‥‥」
「病気のおばあさんに春をお届けするんですよね」
 そんなシリアを気遣ってか、ひょいっと美芳野ひなた(ea1856)が間へ割って入り笑顔で彼女を和ませる。
「お見舞いっていうと、やっぱりお花と食べ物っていうのが定番ですよね。あ、でも食べ物は人や症状にもよりますけれど」
 水無月茜(ec4666)もひなたに同調する。
「それならひなたは得意のお料理を振舞いますね!先ずは市場で春野菜でも‥‥」
「お野菜でしたら私の畑にも沢山ありますから是非それでお願いします。使い慣れていらっしゃる素材があるかは判りませんけれど、私が祖母の為に頑張って作った可愛い子達をどうぞ役立ててやって下さい」
 少し照れ臭そうに俯くシリアがそっと差し示した先をひなたは見た。そこには一面の畑が広がっている。
「あっ‥‥、そうですよね。やっぱり手作り野菜が一番ですね。シリアさんが作った野菜でお料理作ったら、絶対に喜んでくれますしね!」
「じゃあ料理は、ひなたさんに任せるとして‥‥他は室内観賞用の鉢植えの準備、からかしら‥‥」
「では私と忌野さんで植木鉢を探しに市場へ行って来ます」
 控え目に立つ茜は、ちょっぴり観光気分なのか嬉しそうにしていた。じゃあ後で、と貞子と茜は市場へと出掛けて行った。


 シリアの畑は市場の様な品揃えで、それぞれの数は少ないながら季節もののあらゆる野菜が植わっており、ひなたが思った以上の春野菜を難なく揃える事が出来た。中には花が咲いているのもあり、余り市場に出回らない野菜の調理方法等、シリアは丁寧に説明して回った。
「わわ、あの辺素敵なお花畑ですね! 黄色、桃色、橙色‥‥冬なのに、こんなにも華やかに咲くんですね!」
 両手一杯に抱えた野菜を木製の小さな台車に積みながら、ひなたの目線は華やかな花畑へと釘付けだ。
「ああ、あれはプリムラ・ポリアンサです。思わず冬を忘れちゃいますよね」
「ですねー! ‥‥そうだ。うんしょっと」
 ひなたは懐から『春の香り袋』を取り出した。中のフレークを軽く振ると畑に負けない様なほんわりとした優しい香りが当たりに漂い始める。
「香りの良い花で、こんな感じの物を作りたいんですけど、お勧めはありますか?」
「ハーブ系ならカモミールやローズマリーがお勧めできそうですけど、カモミールの季節はまだです。今ならうちでも咲いているローズマリーがありますが、サシェみたいにするにはしっかり乾かさないといけないから時間が掛かるし‥‥そうだ、モイストポプリにするのはどうかしら! 私よく知らないんですけど、確か二日程乾かして、あとはお塩を入れればいいって聞いた事があります。今から屋根で干せば何とかなるかしら。あ、でも袋は‥‥普通の布でも良いんでしょうか‥‥?」
 どうやら試行錯誤から開始する必要がある様だった。


 貞子と茜が帰ってきた後、倉庫の片隅に積んである木材を適当に見繕って三人は木製のプランターを作り始めた。どこでも目にする物なのに、いざ作るとなると詳細が思い出せない。
「そんな時は、皆で、やってみるのも悪くない、わよ」
 貞子の提案もあり、三人で議論をし、木材を使用した作業はそこそこ馴れているひなたが制作に取り掛かったのだが。
「確かに、強度的には‥‥問題、なさそうだけど‥‥」
「これじゃ見た目はちょっと地味ですよね‥‥」
 出来上がった代物は、プランターと言うより頑丈そうな木箱その物になってしまった。
「でも、その方がお花が引き立つかもしれないですよ」
 貞子と茜が買ってきた二個の小さな木製の桶をプランターの両脇に置いた。鉢ではなく桶が置かれた事に、ひなたは若干驚いた。
「素焼きの鉢は‥‥手頃なのがなくて‥‥茜さんの天界の知識‥‥借りたわ」
「地味なプランターには華やかな花を、デザインのしっかりとした桶には華奢な花を植えるのはどうでしょう。地球でも桶とかバケツに野草とか観葉植物を植えるのが流行ってるんですよ。カフェとかに置いてあるととてもお洒落に見えますし」
「何気なく水盤にして花弁を浮かせるのも、素敵‥‥ね。‥‥ふふ、私の知識じゃ、生け花や盆栽に、なっちゃいそう」
 桶に盆栽を作り上げる図を想像したのか、貞子はクククと怪しげに笑った。
「鉢植えにするのが無理そうなら花瓶の様に使ってもいいかな、とは思いますけど‥‥」
「でも、水は腐りやすい、わ‥‥」
「それに古い水を捨てて新しいお水を入れるのって、結構な労力なんですよね」
「出歩けないお祖母さんですしね。土の匂いも活力になりますよね、きっと。多少不恰好でも大切なのは気持ちですよね」
 桶を植木鉢として使用する方向で先の見えた茜は、こんな感じ、というイメージを一生懸命皆に伝え、皆で花を選ぶ事にした。
「何だか地球でガーデニングをやっている気分。細かい道具は違いますけど、大本は一緒なんですね」
 久々に泥に塗れ、茜は遠い地球に思いを馳せる。遠い異国でも、近しいものがあるんだなと茜とシリアは思い始めた。


 一通りの準備が済んだ後、貞子はシリアが馬車を持っていない事を知った。どうやら彼女は乗合馬車なりなんなりでこの大荷物を運ぶ気でいたらしかった。
「移動の馬車、は‥‥私が御者、やるわ。だから、馬車を借りて来る、わよ‥‥」
 シリアを半ば強引に連れ出し、貞子は最寄の隣家へ向った。隣家といえども家が見えている位でやや距離がある。周囲との交流がない彼女にとって、所謂『隣家』という印象は無いに等しい。
 事情を説明して馬車を借りられないかを掛け合ってみると、破格の値段であっさり貸して貰え、シリアは驚いた。


「それじゃ、お祖母さんに春を届けましょう!」
 こうして総ての準備が整い、茜の掛け声と共に一行はシリアのお祖母さんの家へ向って出発したのだった。


「お祖母さんの家に着いたら、お孫さんに事情を説明して貰ってからお邪魔しましょ。皆‥‥分かってると思うけど、病人相手だからね。お花の飾り付け、は‥‥お世話するのが不自由なお祖母さんよ。お世話しきれずに枯らしてしまわない様に‥‥ちゃんと、お伺いを立てながら、部屋へうるさくならない様に配置、よ‥‥?」
「任せて下さい! ひなたがお料理ついでに、お掃除やお洗濯、その他色々とお片付けする際に一緒に伺っておきますから!」
 貞子が御す馬車は、順調に街道を進んでいく。その鮮やかな手捌きのお陰で、農業用の馬車だったとはいえ乗り心地は抜群だった。しかし、彼女のオーラが黒々としているお陰で、客観的に見るとどことなく不吉な馬車にも見えなくもない。
「鉢植えと香り袋、目と鼻で沢山楽しんで貰えたら嬉しいですね」
「美芳野さんのお料理で、味も楽しめるわ‥‥」
「あとは茜さんの歌で、耳も楽しんで貰えれば、言う事無しですね」 
「うふふ‥‥最近、暗い依頼ばかりだった、からね。爽やかな気分に、させて貰え、そうねぇ‥‥ククク」
「依頼でひなた達三人が揃うなんて、凄く久し振りですもんね」
「全く‥‥世の中どこも戦、戦と寒々しいったら‥‥明るい話題が増えたらいいわ、ね‥‥」
「戦いだとまるで役に立てないけど、ひなたたちでも出来る事はあります!まあ、それはいいんですよ、それは。‥‥貞子さん、最近年下の男の子と仲が良いらしいですね」
「‥‥」
 貞子は突然馬車を御す事に集中し、聞こえなかった振りに徹した。
「茜さんも、先日のバレンタインチョコ‥‥どなたに渡したんでしょうね」
 やや視線をそらしながら茜の方を見てみるも、彼女も何も聞いていなかった振りをしつつ辺りを見回し「あ、みてみてあそこ綺麗な花が咲いてますねー!」と慌ててシリアへ話を振っている。
「‥‥ふ、二人共無視するなー!裏切り者ー! ‥‥ふふふ、女の友情って脆いものですよね‥‥」
 ひなたは目を瞑り、眉間に皺を寄せて控え目に叫んだ後には貞子の顔に負けず劣らずの青い表情を作り、フフフと笑った。ひなたの百面相っぷりを見て、シリアも笑う。
 お友達がいない彼女にとって、この三人は見ていて飽きる事が無く楽しかった。


 お祖母さんの家へ到着すると、驚かれたと共に物凄く喜ばれ、事情を説明すると共に早速作業に入った。ひなたが相変わらずの手際の良さでてきぱきと家事をこなし、貞子と茜の二人がそれを補佐し、その間シリアはお祖母さんと久々の会話を楽しむ。
 枕元に近いテーブルへ置かれた赤いチェック柄を上手く使った麻布製の小袋は勿論ひなたのお手製だ。こういう作業に掛けての実力は天下一品。元がシリアのハンカチとは思えない程可愛らしく出来上がっており、中からほんわりいい香りが漂っている。
 そして窓辺には細長いプランターが置かれ、プランター本体のシンプルさと対照的な程華やかに咲き乱れたプリムラが部屋を明るくし、ミニテーブルとキャビネットの上にそれぞれ置かれた桶型植木鉢には、ヘパティカが可愛らしく寄せ植えされている。ヘパティカはプリムラ程華やかではなかったものの、雪割草らしく細くとも立ち上がる可憐な姿を見せていた。
「あらまあほんと、良くして頂いて‥‥元気が出る様ですよ」
 プリムラから明るさを、ヘパティカから頑張りを、そしてサシェから活力を貰った老婆はこれらのプレゼントに心から感謝した。
「さあ、一杯元気をつけて下さいね!」
 湯気の立つ料理を両手にひなたが戻って来た。暖かい野菜スープからほんのり爽やかなハーブの香りがする。とはいえ味はハーブ特有の強烈さは一切なく、控え目で食べ易い味付けになっていた。ハーブを使うという提案は茜のものだが、料理の美味しさはひなたの腕だ。野菜スープの他に温野菜の料理等、彩り豊かで尚且つ食べやすそうな料理が数点並び、テーブルの上を華やかに彩る。他にもシリアお手製のハーブティーが振舞われ、デザートにもかなり控え目ながらハーブが乗っており、とても贅沢なフルコースが出来上がっていた。
「こんなに沢山、尚且つ暖かいお料理を頂くのは、随分と久しいねぇ‥‥とっても美味しいよ、有難うねぇ」
 とてもリラックスした様な表情で、彼女は微笑んだ。
「では、お食事の間、春にちなんだ地球の歌、ポップスから童謡まで歌わせて頂きます」
 廊下側をステージに見立て、茜は深々とお辞儀をする。客席側の四人が拍手をし、ミニ舞台が始まった。お祖母さんを気遣って煩くない歌を選曲したのだが、それでも次から次へと歌は尽きる事なく続いている。
 地球人だって春は待ち遠しいものなんです、歌の種類が多いのもその現れですねと茜は後で語った。
 春風の様にたゆたう楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

「有難うございました。お陰で助かりました」
 シリアにとって家族以外の誰かとこうして楽しむのは初めての体験であり、尚且つ一つのお見舞いの形を学ぶ事が出来、とても有意義な時間となった。


 依頼を達成してくれた皆を首都へ届け、すべてが片付いた後、隣家へ馬車を返却しに来たシリアは持ち主の青年へ深々とお辞儀をした。
「いえいえ、こんなに綺麗にしてもらっちゃって、逆に助かりました。又何かあればいつでもどうぞ。それと‥‥これ、どうぞ」
 青年は少し顔を赤らめながらラベルもない小さな樽を差し出した。
「うち、結構果実酒とかも作ってるんですけど、家族だけじゃ飲みきれないんで‥‥今度、よかったら夕食がてら飲みに来ませんか?」
「え‥‥いいんですか‥‥そんな‥‥」
 驚くシリアに向って、いつでも大歓迎ですよ、と青年は爽やかに笑い掛け、
「あ、それも重いですよね。すみませんそんな重いものを押し付けちゃって。もう夜も遅い事ですし、家まで送りますよ」
 と付け加えた。シリアも顔を赤らめ、照れ臭そうにしつつも頷く。

 どうやらここにも、春が芽吹きそうだ。