ひらけ、ごま

■ショートシナリオ&プロモート


担当:とうりゅうらふう

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月25日〜07月29日

リプレイ公開日:2008年08月02日

●オープニング

 村の程近い所にある森に、一つの廃墟があった。神殿のようでもあり、お城の様でもある。村に越して一年に満たない彼にとってはこの廃墟が一体何なのか、全く解らない。
 特にモンスターが出たとの噂もなく、村の人にも「廃墟には近づくな」といった内容を言われた事がなかったが為、彼は毎日のように愛猫を連れて森を散策していた。
 流石に廃墟の中に入る気にはならない。彼にとって廃墟は、あくまでも森の景色の一部であり、その内部についての興味の対象ではなかった。廃墟は草木に埋まり、景色との見事な調和を醸し出している。廃墟あっての森、森あっての廃墟。それほどにまで自然と溶け込んでいた。

 そんなある日いつもの様に彼が森を散策していると、ふと思い立ったかの様に愛猫がこの遺跡の中にひょいひょいと入っていってしまった。彼は慌てた。今まで愛猫がこの遺跡の内部に興味を示した事もない。それゆえに遺跡に入るかのような準備もしてきていないのだ。明かりの一つすら所持していない。
「ミィ、戻っておいで?」
 彼は愛猫の名前を呼びながら、その後を追って遺跡に踏み込んだ。
 厚く積もった落ち葉、至る所に這っている蔦。遺跡に踏み込んだというより、洞窟へ入ったという感覚に囚われた。しかし、建造物である為か、洞窟よりは明るい。
 そんな広間を、愛猫が物音を立てずに真っ直ぐ奥へ走っていく。
「そんな奥へ行っては駄目だ。ミィ、戻っておいで!」
 彼は恐怖を抑えながら、必死に後を追った。床一面落ち葉で埋まっているが為、床が本当に床である保障はない。猫が通れても人の体重には耐えられない落とし穴がある可能性も充分にある。だからといって彼は、自分の娘のように可愛がっている愛猫を放って帰る気にはなれなかった。もし、この先に落とし穴があったら。そんな不安も押しのけて、彼は懸命に走った。しかし。
 愛猫が奥の部屋に飛び込んだ直後の事だった。
 ドォオォオンという轟音と共に上から石の扉が落ち、彼は愛猫を追う事が出来なくなった。扉に縋るがそれは一人の力ではびくともしない。開ける為のカラクリが何かあるのではないかと周囲を手探りで探すも、入口から離れすぎていて全く見えない。扉そのものになにやら水や光の様な模様が書いてある雰囲気なのだが、これも殆ど見えない。
「ミィ! ミィ!」
 彼は石の扉を叩いた。相当分厚いのか、まるで石の壁を叩いているかの様に全く響きもしない。しかし、その向こうで小さく鳴く愛猫の声を聞いた。愛猫が呼んでいる。しかし彼にはどうする事も出来ない。
 小一時間程、彼は扉と格闘していた。しかし、時間をかけたところでどうする事も出来なかった。
「ミィ‥‥絶対助けに戻ってくるからな、それまでいいこにしてるんだよ!」
 彼は一目散に外へ駆け出すと、その足で一日離れた場所にある街へ向かった。冒険者ギルドへ行けば、助け手を得られるかもしれない。彼は一刻も早く愛猫を助けられるようにひたすら祈り続けていた‥‥。

●今回の参加者

 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

「村で何がしか有益な情報が手に入るかもしれませんので、私はソフィアさんと共に村で情報収集を行ってきますね」
 と言って別行動を取っていた楽師風のルイス・マリスカル(ea3063)と銀髪のエルフのソフィア・ファーリーフ(ea3972)が遺跡に到着した頃は、既に午後を回っていた。天気は良かったのだが、遺跡の中は流石に暗い。
「にゃんこちゃんが巻き込まれてますし、ともかく調査を迅速に行いましょう」
 ルイスとソフィアが村で聞き込み調査を行っている間、ずっと遺跡の中を調査していた金髪のエルフ、クリシュナ・パラハ(ea1850)はそう言いつつも、外で内部について充分考察してから中へ入る事を提案した。それに対して全員が了承する。
「先日彼はあの部屋の中央を真っ直ぐ走ったそうです」
 騎士風の少女、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)が遺跡を指差し説明すると、セトは何度も頷いた。
「にゃんこちゃんが飛び込んで扉が作動したなら、重量の差異で作動した可能性もありますし、セトさんが知らずに床や壁の隠しスイッチを触ったのかもしれません」
 そう言うとクリシュナは、ばさりと白紙のスクロールを開き、それを皆に見せた。そこには彼女の手による遺跡内部の簡単な図面が書き込まれており、部屋の中央部分には『ほんの数センチ程盛り上がった四角い台座。扉を閉めるスイッチ?』というメモが付け足されている。それは先程彼女がインフラビジョンを使い、落ち葉を掻き分けて掘り当てた最初のスイッチだった。
「森に埋れた廃墟‥‥機械式と思しき扉の開閉装置があるとなると。川の流れが変わり使われなくなった水門か何かかと推測していたのですが」
 ルイスが言うと、セトがはっと顔をあげた。
「そういえば、この辺りは散歩中に川のせせらぎが聞こえるんですよ。でも川があるのが遺跡の向こう側なのか、川自体を見た事はないです」
 セトの説明になるほど、とルイスが頷き、ぐるりと辺りを見回した。ルイスの耳には、微かながらそのせせらぎが聞こえた。
「猫や人の通過で閉まる扉ならば。過去の野の獣の侵入で閉じた状態にある方が自然というもの。それが開いたままであったのですから、何かの条件で自然に開くのか、村の方が定期的に開門しているか、いずれの様な気がしまして」
「そこで、セトさんから予め教えて頂いていた『村で廃墟について知っていそうな方』に廃墟について何か謂れや伝承、噂なんかが無いか伺ったのですが、扉の開閉方法については特にご存知ではなかった様ですね」
  ルイスの台詞をソフィアが接いだ。更にルイスは
「廃墟内の閉まる扉について、日中でも村に残っていそうな女性、お子さんを中心に数をあたって聞き込んでみましたが、ご存知なのはこの遺跡の利用が頻繁に行われていた時代の参拝内容だけの様でした。辛うじて扉の存在をご存知の方もいらしたのですが、プライベートを知られたくない方が中にお入りになった時のみ使われた様だというだけで、具体的な使用方法については伝わっていない様です」
 と、締めくくった。
「だとすれば、文様を頼るしかないですね」
  アルトリアはスクロールから視線を上げ、セトの様子を見た。彼はそわそわしていて落ち着きがない。
「扉の文様についてですが」
 クリシュナはスクロールを更に解き、扉に描かれていた水や光の模様を書き写した部分を皆に示した。
「もしかしたらただの飾りかも知れないとも思いましたが、 バイブレーションセンサーで内部の構造を調べた所、どうもこの水の様な模様の部分に何かしらのギミックが仕込まれている様子でした」
 全員がスクロールに写された文様を眺めながら、フムフムと頷く。
「扉の真上にあたる天井には水が染み出す穴があり、どうやらそれが扉の水模様を伝って扉の穴に入り、何やら仕掛けが動く様な雰囲気です。ただ、穴から一応水は染みてはいましたが、流れる程は出てないです」
「では、もしかしたらその穴が『見えない川』と関係があるのかもしれませんね。この遺跡、昔は皆さんご利用になっていたとの事ですので、元々意図的に扉を閉める仕掛けがあったのかと推測します。そしてそれを解除する手立ても存在する、と思います。水、光‥‥リドルというよりも、それそのものが鍵となっているのかもしれませんね」
 ソフィアの発言に、皆が頷いた。

 一通り意見が纏まった所で、一行はいよいよ遺跡の中へ踏み込んだ。何が何のギミックを発動させるか分らないという事と、遺跡の中には枯葉が大量に吹き込んでいる事から、念の為火気を使わずに進む事にした。つまり、ランタンも使えない。その分薄暗いが、歩けない程ではなかった。
 インフラビジョンを使ったクリシュナを先頭に立て、一行は彼女の後ろを一列に並んで続いた。最初のスイッチがここ、という風に彼女は要所要所で案内をする。アルトリアはセトがスイッチを踏んでしまわない様に気を配った。
 ルイスは歩きつつ積もった落ち葉などをどけ、装置の類がないか注意して進んだ。しかしこれといった物は見つからない。
 問題の扉の前に来ると、クリシュナは扉の溝の位置と天井の穴の位置を案内した。前もってそこにそれらがあると教えられていれば分る範囲だったが、特に天井の穴は薄暗いこの状態では見抜く事は至難の業だろう。本物を初めて見るソフィアとルイスは扉に顔を近付けて観察を続けた。
「確かに、水は染みている程度で流れていませんね」
「もしかしたら、雨天になると水が流れてくる、といった可能性もあります」
「では代わりに水袋の水を流したら如何でしょう?」
「やってみましょう」
 ルイスが頷いたのを見て、ソフィアは扉のに描かれた模様の溝に、水をそろそろと注いだ。最初のうちは何の反応も示さなかったのだが、やがてじゃりじゃりと鎖が走る様な音が響き、カタカタと震えながら石の扉が上へ上へと持ち上がっていった。
「上手くいきましたね!」
 と皆がセトの顔を見た途端、彼は「ミィ!」と叫んで奥の部屋に飛び込んだ。
「あ、セトさん、走ったら駄目です!」
 四人は慌ててセトの後を追って奥へと踏み込んだ。心なしか奥の部屋の方が明るい。全員が部屋に踏み込んだ所で、カラカラカラドーン!という大きな音がなり、振り返れば先程の扉が閉まってしまった所だった。
「閉まっちゃいましたね‥‥」
 寂しげに呟いたソフィアに向かってルイスが苦笑した。
「遺跡の用途を考えると、人が中に閉じ込められて出られなくなってしまうとは考え難いので、先程と同様にすれば恐らく大丈夫かと。それよりかは、ミィさんですね」
 視線を上げるとそこには必死になってミィを探すセトの姿がある。
「ミィ、どこだ! ミィ!?」
 セトは四方八方に視線をめぐらし、必死に叫んでいる。その足元は、周囲よりこんもり盛り上がっている雰囲気だった。
「先程の部屋の中央付近のスイッチも、あれとほぼ同じ見た目でしたねェ‥‥」
 クリシュナは苦笑しながらメモ書きしてあるスクロールを開いた。床スイッチと思われる位置は、両方とも扉を挟んでほぼ線対称の位置に見える。
「間違いなさそうですな」
「ですね」
 四人が頷いた。その直後、ルイスはおや?という顔をした。
「今、猫の鳴き声が聞こえた気がしたのですが」
 全員がつられて耳を澄ます。すると、奥の方から尻尾を立てながら、にゃ〜んと走り寄って来る猫の姿が見えた。
「ミィ!」
 どうやらミィが先にセトに気付いた様だった。セトは両手を開きそれを迎える。ミィはセトの腕を潜り、彼の足へ身体を擦り付けたので、彼はそれを上から抱きしめようとした。しかしミィは更にその手をするりと抜け、再びにゃ〜ん、と鳴きながら奥へと走っていってしまった。
「ミィー!」
 セトの悲痛な叫び声が洞窟に響く。彼は必死なのだが、どことなくミィに遊ばれている様にすら見える。
「追いましょう! ただし、足元には気をつけて!」
 クリシュナの忠告が全く聞こえていない、そんな雰囲気でセトは全力でミィを追いかけて行った。一行もこれに続いた。但し、足元に注意を払って。

 遺跡は、奥へ向う程明るくなっている。ミィはまるで、光に向って走っているかの様だった。
 辺りはいつのまにか遺跡というよりただ単純に幅の広い洞窟の様になっており、緩やかに下っている。思った以上に奥行きがある。
 暫くして一行は光源に辿り着き、そして息を飲んだ。
 光源になっていたのは水だったのだ。十メートル四方程の池が、瑠璃色に、また所々キラキラと白く力強く輝いている。生命力を感じるかの様な、力強く美しい輝きをした池がそこにあった。
 水は壁面の小さな滝から絶え間なく供給されており、穏やかな、静かな流れで奥へ向って流れている。
「これはまた見事な、綺麗なものですね。きっと、水の一部が外に面していて、そこから充分な光が入ってきているのでしょう」
 ルイスの台詞に女性陣は、ええほんとに綺麗、と応え、その景色に見入っている。水から放たれた光は洞窟の内部をゆらゆらと虹色に照らし出し、とても幻想的な空間を作り上げている。
 その池のほとりでミィは待っていた。足元には見慣れぬ小さな子猫がいる。
「ミィ、その子は‥‥?」
 セトは恐る恐る近付いた。子猫はあどけなく、ミィのお腹の下に滑り込んではじたばたと暴れている。ミィはというとそれを嫌がるでもなく、寧ろ我が子の様に引き寄せ、手で子猫の相手をしてやっている。
「昔、‥‥今お住まいの方々の先々代位の時代の話だそうですが、婚約、結婚、出産、病気回復の祈願など、事あるごとにこちらへ参拝されていたそうです。人だけではなく、ペットの出産の時などでもこちらに参って、時にはここで出産に至る場合もあったとの事です。ただ、最近は若い世代の方々がどんどん大きな街に越されてしまう事から参拝する方が減り、殆ど使われなくなってしまったとお伺いしました。人が使わなくなっても、動物達の記憶には残り続け、本能的に使用していたのかもしれません」
 ルイスはそういいながら小さなサーディンを子猫に向けてひらひらと見せた。子猫はサーディンを見たのが初めてだったのか、小さな手を極力開いておそるおそるながらべしべしと数回叩いた。サーディンがその反動で揺れ、子猫はミィの後ろに隠れた。しかしまた興味を示し、ゆっくりとほふく前進を始める。
「セトさんが廃墟について村人から何も注意されなかったことから推測すると。廃墟については子供の時にひととおり教わる村の常識となっており、それがゆえに、引っ越してきたセトさんに教え忘れた、という事もあるのかもしれませんね」
 子猫をじゃらしながら、ルイスはそう付け加えた。
「この子、ここで生まれ育ったんでしょうかねぇ‥‥。ま、何にせよ、これだけ懐いてるのを見ると、新しい家族として迎えてあげたらいいような気もしますね」
 クリシュナが笑うと、子猫も反応するかの様にみぃみぃと小さく鳴いた。
「ミィちゃんは、新たな家族が欲しかったのかもしれませんね。或いはこの子猫の声を聞いてしまって、セトさんに助けて貰いたい、と思ったのかも。セトさんが戻ってきてくれるのを信じて待っていたのでしょうね」
 ソフィアはミィに「よく頑張ったね」と声を掛けながら微笑み、サーディンを二匹そっと差し出した。ミィはそれを受け取ると、とてとてと歩いてセトに一匹与える仕草を見せたので、セトはたまらずミィをぎゅっと抱きしめた。
 輝く泉は間も無く訪れる夜に向け、徐々にその色を変えていっていた。