精一杯の贈り物
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:とうりゅうらふう
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月27日〜07月31日
リプレイ公開日:2008年08月02日
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●オープニング
深緑の美しい一つの山で、さわさわと木々がざわめいている。その木々の間、獣道の様に細い道を少年と少女が歩いていた。近くには十歩位で渡れる浅い沢があり、そして適度に木漏れ日が輝いている。昔は大勢が山菜取りや、散歩に訪れたものだった。しかし、稀にある土砂崩れで道が寸断されたり、より良い土壌の山が見つかったり、また大きな街道が近くに開発されたりしているうちに、いつのまにか多くの人々から忘れられた存在になってしまっていた。
それでもこの山を訪れる人はゼロではないようだ。土砂崩れで道が寸断された後、新たに作られた獣道が二人を奥へ、奥へと誘う。
「ねぇ、ガティア、これ以上奥へ行ったら危ないんじゃない‥‥?」
おさげ髪の少女が、ガティアと呼んだ少年の手を引っ張る。二人の年齢は十四歳前後に見える。少年は小柄ながらがっしりとした体格で、いかにも冒険者風であった。少女も山歩きに向いたそれなりの装備ではあるが、山を見つめる目は不安げで、冒険者というより一般人という雰囲気だった。
「ねえ、聞いてる‥‥?」
少女が少年の手をぐいぐいと二回引っ張る。
「大丈夫、まだそんなに奥には来てないし、ここにはモンスターが出るっていう話も聞かないから。あとちょっと、あとちょっとだけ行った所にあるから」
「そんな‥‥一体何があるの‥‥?」
「内緒。それは見てからのお楽しみだよ」
ガティアは手で返事をするかの様に、ぐいぐいと少女の手を引っ張った。
それからかなりの距離を歩いた。右側が急斜面の山になっているのに対して、左側は急斜面の谷。谷底にはさぁさぁと川が流れている。さっきからさほど変わらない景色。しかし、少女は右側の斜面から、小さな土の塊がころころと転がり落ちてくるのを見た。
「ねぇ‥‥上から土‥‥」
少女が言いかけた瞬間、ガティアは上から『何か』が降ってくるのを見た。そして反射的に少女を来た道の方へ突き飛ばすと、『何か』とガティアは一体になり、崖の方へと飛び出した。余りの出来事に、少女は悲鳴を上げる事すらできなかった。恐る恐るガティアと『何か』が落ちた崖を覗き込むが、途中の低木がわさわさ揺れているだけでガティアと『何か』は全く見えない。
「ガ‥‥ガティ‥‥?」
「ナナ! 逃げるんだ! 俺は大丈夫だから真っ直ぐ全速力で逃げるんだ!」
「え、で、でも!」
「早く! 俺はすぐ上にあがれないけど追いかけるから早く!」
「う、うん、解った」
ナナと呼ばれた少女は、ガティアに言われた通り一目散に来た道を戻った。途中木々ががさがさいった様な気がしたが、それでも一切脇目も振らずにただ一生懸命に走った。
山の麓の森を抜け、街の灯が遠くに見えた時には既に夕刻を過ぎていた。暗く闇に解け始めている山の姿を眺めても、ガティアが駆け出してくる様子は全くない。
何度も振り向きながら街へ向かったが、森は沈黙するのみだった。
結局陽が沈んでしまい、到底街まで辿り着く事が出来ないと判断したナナは、街道沿いの道で火を起こした。火打石を一人で使うのも初めてだった。焚き火を挟んで、保存食は多目に持って来たか? と問いかけてきた彼の姿がついさっきの様に思い起こされる。丁度昨日、この辺で野営した時は二人だった。なのに今は一人でいる事が、物凄く心細かった。モンスターだけではなく、盗賊だって出る可能性がある。それでも、森から出てきた彼が真っ先にナナを見つける事が出来るようにと、彼女は焚き火を絶やさなかった。
そして、一睡もできないまま、夜は明けた。
彼女は自分一人で逃げ帰ってしまった事を悔いた。しかしあの場にいても何が出来ただろう。きっと自分は薄情な女と思われただろう。答えの出ない悩みが、一日中頭の中をぐるぐる回る。
丸一日掛けて街に到着すると、彼女は真っ先に冒険者ギルドの扉を叩いた。ガティアのお父さんも冒険者だ。しかし今は長期的な依頼を受けているのか姿を見ない。だとすれば頼れるのは冒険者ギルドに集まってくる冒険者しかいない。少なくとも彼女はそう思っていた。
「おはようございます。おや、ご依頼ですか?」
ギルドのスタッフのにこやかな笑顔を見て、彼女は安堵と共に泣き出した。ずっと一人で心細かったのだ。おやおや、これはどうかしましたか?と、複数人のスタッフや冒険者達が集まってきた。ここで人を雇う事が出来れば、きっとガティアを助ける事が出来る。そう信じていた。
●リプレイ本文
「ったく、バだかビだかって国と、このメイって国が戦争するんだとさ。ちょっと前に並んでた求人の張り紙なんて、カオスなんちゃらってロボと生身で戦えって書いてあった、らしい」
村雨紫狼(ec5159)は、出発してからこの森に至るまで、ずっと切らす事なく話題を提供し続けていた。ナナはよく解らず横で俯いているだけだったが、彼のお陰で無言で気まずいという状態に陥った事はない。
「あ、こっちの字は読めないんで職員に読んでもらったのさ! しかしさ‥‥どこまで超人RPGな世界なんだよ、ここは。世界だけじゃなくて、後ろの三人娘も基本は魔法っつー不思議パワーを武器にするし。三人とは前も一緒に冒険したんだけど、俺はまだまだ役に立てんしなぁ。だから大人しく雑用をこなしてるって訳なんだけどさ‥‥」
彼の話はまだまだ続いている。それを盾に、忌野貞子(eb3114)と水無月茜(ec4666)と美芳野ひなた(ea1856)はナナの不安をかき立てない様、小さな声でそっと作戦を練っていた。
「正体不明の魔物‥‥ね。‥‥ふう‥‥ん」
「行方不明の理由が謎の茶色い影‥‥」
「茶色の大きな‥‥まさか熊、なんて。だったらヤダなぁ」
三人は順番にうーんと唸った。
「私の‥‥妖魔知識は、ほぼ全ての魔物を判別、出来るけど‥‥。以前の‥‥蒼い砥石の時と違って‥‥具体的な身体特徴が‥‥色だけ。ふうう、これは‥‥出たとこ勝負に‥‥なりそう、ね。対処法を判断して‥‥皆に‥‥伝えるわ。うふふ、私も‥‥実は志士‥‥武士階級なのよね。兵法の基礎だけなら‥‥何とか、ね。攻撃方法は、アイスコフィン‥‥。うふふ‥‥涼しくしたげる‥‥永遠にね!」
「貞子さんの呪い‥‥じゃなくてアイスコフィン。うう‥‥やっぱり、何かの呪いみたいに見えるなぁ。ともあれ、皆で頑張って行きましょう!」
茜が貞子の後ろでぶるっと身体を震わせながらも、小さなガッツポーズを作った。
「ええと‥‥確かこの辺だったと思います」
ナナは不安な面持ちで辺りを見回した。元々整備された森という訳ではない為、ぱっと見では特別枝が折れてるだの、不自然な所があるだのといった異変を見抜くのは難しい。
「特に何もなけりゃいいんだけどな。さっさと自爆こいたナナたんのカレシの引き上げて帰りたいとこだな。あ、そうだ。俺さ、今酒場でバイトしてんだ。前助けたおやっさんのとこ頼み込んだら、もっとあちこちで修行してからこいって断られちゃって駄目だったんだけど。良ければ仕事帰りにでも寄ってくれよ」
口では緊張感のなさそうな発言をしつつ、紫狼は周囲を警戒し、いつでもナナをガードできる態勢をとった。
この人も、不要な心配をさせまいと場を明るくしてくれているのかもしれない。ナナはそうやって自分に気を遣ってくれている人達の優しさに気がつき始めていた。
「‥‥崖を転げ落ちた、んでしょ‥‥? 時間もだいぶ、経ってしまった‥‥し」
「骨折して動けないかもですし。急いだ方がいいですね」
茜が許可を取るかの様に全員の顔を見回す。貞子とひなたが頷く。
「では、参ります! 呼びかけなら、この茜にお任せ! 上手く返事が返ってくればいいんですが!」
茜がすーっと息を吸う。そして
「が〜〜〜てぃ〜〜〜あ〜〜〜く〜〜〜〜〜〜んっ!!!」
と、物凄い声量で叫んだ。それと同時に紫狼が耳を塞ぐ。
「うへぇ、これが雪山だったら雪崩が起きそうだな」
「うふふ、普段から鍛えてますから! 演歌歌唱で鍛えに鍛えた肺活量と声量が自慢です!!」
一同は耳をすませた。くーんくーん、と遠くの山から木魂が聞こえる。そして、やがてどこからともなくがさがさという音が聞こえ、山側から茶褐色で腕の長い獣がにゅっと顔を出した。
茜がそれを指しながらナナの顔を見、にっこりと笑う。
「あれ、ガティア君?」
な、訳ないよね?そういう顔だ。
「違います!」
「猿‥‥エイプ‥‥ね」
貞子が分析した。
「ナナちゃん、ガティア君はきっとひなたたちが助けてみせます! 紫狼さん、ナナちゃんをお願いしますね! 貞子さんに茜さん、準備はいいですか? 行きますよ〜☆ 」
「任せろ! 依頼人のナナたんの安全は俺が保障するぜ!!」
三人で後方を守る形に立ち、更に紫狼とナナが後退する。
しかし、唐突に山側の葉がざわついたと思った次の瞬間、三人と紫狼の間にもう一体のエイプが飛び込んできた。間一髪で紫狼がナナをかばいながらそれを避ける。
「危ねッ! 一応自主的に、そこそこ鍛えたけどな‥‥。戦闘は‥‥すまん、やっぱ不思議パワーに頼るぜ!!」
紫狼の構えは以前より格段に良くなってきている。それでもエイプはまだまだ手強い。
「こんな所でやられるなんざ、俺はゴメンだね! 命あってのなんとやら、これ常識!」
紫狼はナナを守りながら更に距離をとった。
奇襲に失敗したエイプがのそりのそりと二人に近付こうとする。
「腕強そうだなオイ‥‥。あれで殴られたら痛そうだな。だが今ここで死ぬ訳にはいかねえ! 俺は帰るんだ、地球に。ふっ、俺って超クール? つーか、チキン言うのマジ勘弁な!」
話を聞いているとは思えないエイプに向かって紫狼は話し続けた。その直後、すっかり紫狼に気をとられていたエイプの背後から貞子のアイスコフィンが放たれる。しかし、エイプに変化は見られない。
「抵抗‥‥したわね」
エイプが貞子へ向き直る。
「よーしいっけえ☆ ごお、ちゃっぴい♪ 」
どふんという音と共に、最初に現れたエイプの前に大ガマが現れる。
それと同時に茜が『立ち竦む』メロディーを歌い上げるが、エイプ達に効いている感じがしない。
「メロディーやアイスコフィンが効かないとなると、ひなた達の直接攻撃力はすごく心細いですね」
ちゃっぴぃで一匹のエイプを牽制しながら、ひなたが呻く。
「効かない訳じゃ‥‥ないわ」
貞子の側のエイプがぶぅんと腕を振る。ややかすりながらもゆるゆると貞子がそれを避け、紫狼側へ通り抜ける。右へ左へと翻弄しながらひなたと茜もそれに続く。
ひなたがナナを守る位置へ着くと、紫狼がエイプの範囲内にわざと飛び込んだ。再び魔法を放つ為の時間稼ぎだ。右手にダガー、左手にナックル。彼はそれらを上手く使いエイプの攻撃をかわす。その隙に貞子と茜が印を結んだ。
「アイスコフィン!」
「スリープ!」
二人の魔法がほぼ同時に炸裂した。紫狼に攻撃を振るっていたエイプが凍り、ちゃっぴぃと格闘していたエイプが眠った。そして、眠ったエイプにもやがて貞子のアイスコフィンがお見舞いされ、戦闘は終わった。
「さぁて、泣いてないで‥‥ボーイフレンド‥‥助けに行くわ、よ‥‥」
ナナは貞子に言われて初めて自分が泣いていた事に気がつき、慌てて涙をぬぐうと「はい!」と元気良く応えた。間近に見る戦闘は怖かったのだ。
一行は新たな敵が現れないか警戒しつつ、全員でガティアの名を呼んだ。
やがて、ガティアの小さな声が聞こえる事にひなたが気付いた。どうやら彼は崖側の窪みの様な穴の中に居るらしい。
「‥‥クライミングが必要になりそう‥‥ね。じゃ、家事王女のひなたさん‥‥出番、よ。うふふ、凄腕のメイドさん‥‥に見せかけて、実は忍者なのよねェ。‥‥たまに本人も忘れてるっぽいけど。くっくっく‥‥!」
はぁい、と可愛く答えると、ひなたはいとも簡単にひょいひょいと低木の生い茂る崖を降りていく。そしてすぐに、肩を貸したひなたとガティアが姿を現し、紫狼が二人に手を貸した。
ともかく無事で良かった。と、全員が胸を撫で下ろしたのだった。
ガティアはエイプに襲われ崖を転落した後、彼がぎりぎり入れる様な小さな壷の様な横穴に滑り込んだらしい。エイプが彼を執拗に狙ったが、入口が狭かった事、そして彼がその穴の中で拾った蛇を投げつけた事で諦めて立ち去ったという。
しかし、エイプは去ったもののガティアは足を痛め、崖を登る事が出来なかった。骨折迄はいってなさそうだったのだが、激しく打った様で足首が結構な形に腫れ上がっている。そんな状態で再び外に出て襲われてしまってはひとたまりもない。その為彼は足が癒えるのを待っていたらしかった。幸い横穴は沢の支流が生んだ空間だったので、水の確保にも困らなかった。
「ホント、済みません! ご迷惑をお掛けしました!」
ガティアは頭を下げた。
「じゃあ、ちゃんと事情を説明してもらいましょう。ここからは依頼じゃないですよ」
「え?」
ガティアは応急手当を施してくれているひなたの顔を見た。
「何を見せたいのかは‥‥知らないけど」
「ガティア君がナナちゃんに見せたかったもの。見せてあげたいですしね」
どことなく不機嫌そうな貞子に代わって茜が言葉を継いだ。ぽかんとしたガティアとナナが、四人の顔を交互に見る。
「二人の事は、ひなたたちが守ります。ガティア君、はやくナナちゃんに見せてあげましょうね!」
誰も反対はしなかった。紫狼は遠慮するガティアを適当に背負い、
「ナナたんの為なら雑用もこなすぜ」
と言った。凍りついたエイプをその場に残し、彼らは更に奥地を目指した。
「にしても‥‥ふうう‥‥夏の太陽、じゃなくて陽精霊‥‥呪うわ。ああもう‥‥体が、崩れそう‥‥よ。仄暗い井戸が‥‥恋しい、わ」
歩きながら貞子がブツブツ呪いの文句を放つ。
「全く‥‥認めたくないものね‥‥若さゆえの、過ち‥‥」
「コイツの行動の事言ってるんだろうが、それって何か違うモノに聞こえるぜ?」
貞子が言わんとしている事を分っているのか、紫狼が茶化す。彼の背中ではガティアが恥ずかしそうに「そんな事ありませんよ!」と全力で否定をした。先程の戦闘が嘘の様な、平和で長閑な散歩。それがようやく終わろうとしていた。
森を抜けて突然広がった草原。そこは所々に池がある、涼しげな湿地帯だった。
「女子中学生? のピンクの太もも、くっは〜! たまりませんなぁ」
移動が終わり、休憩に入った一行は思い思いの場所で足を休めた。紫狼は所持したケータイで、ナナのベストショットを狙っている。
「何を撮ってるんですか?」
茜が覗き込んで、あー! 紫狼さんこれは駄目ですよッ! と叫び、ケータイを奪った。画面にはナナしか映っていなかったが、カメラの先にはちょこんと座るガティアとナナの姿があった。
二人は暫く無言で座っていたが、漸く決心したかの様にガティアが口を開いた。
「あのさ、‥‥あそこの倒木の陰、覗いてみて欲しいんだ」
「?」
ナナはガティアに言われた通り、朽ちた倒木の陰を覗き、わあ〜と歓声を上げた。そこには藤色の可憐な花がひっそりと咲き乱れていた。
「綺麗なお花!」
「わわ、ホントだ! 可愛いお花ですね!」
ナナと一緒に茜やひなたも覗き込み、素直な感想を口にした。
「その花さ、亡くなったナナの母さんがナナにも見せたがってたって父さんが言ってたんだ。見た事ないだろ? そんな花」
「うん、初めて見る!」
「でも摘んだらすぐ枯れちゃうみたいで‥‥持って帰れなかったんだ。だから、直接見せたくてさ‥‥」
花畑とまではいかないが、初めて見るこの花の群生はナナにとってはまるで妖精達が踊っているかのように見え、とても印象的だった。その妖精の中に亡くなった母親の姿が見えたような気がしてナナはまたぽろぽろと泣き出した。
「何を見せたかったのかは解ったけど‥‥貴方の短慮の所為で‥‥この娘がたった一人‥‥不安に震えて野宿して‥‥。なけなしのお金、出したのよ。その事実を、しっかり‥‥噛み締めなさいな」
貞子の顔がいつもに増して怖い。本気で叱られていると、ガティアにもよく解った。
「はい‥‥。皆さんにもご迷惑をお掛けてすみませんでした。ほんと、有難うございました!」
ガティアは改めて皆に向かって深々とお辞儀をした後、しゃがんでいるナナを後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「ナナ、ごめんな。ありがとう」
ナナは、ガティアの腕をぎゅうっと握り締めた。
「‥‥本気で反省しないと‥‥呪殺、よ」
ナナの代わりに貞子が言った。