見晴らしのいい丘で
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:とうりゅうらふう
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月25日〜08月30日
リプレイ公開日:2008年09月02日
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●オープニング
冒険者ギルドの一角で、二人の男性が卓を挟んでしんみりと話を進めている。冒険者ギルドのスタッフと思しき人物と、そして老人。老人はとても悲しげな表情だった。
老人が可愛い小箱をそっと机の上に置いた。小箱は丁寧に作られたという印象のもので、表面が優しく磨かれ、やんわりとした色で小さな模様が描かれている。美しい模様というより、素朴と表現した方が相応しい。老人の手作り。そんな雰囲気だ。そしてその箱の上には小さな花が可愛らしくちょこんと乗せられていた。
「飼っていた小鳥が亡くなりまして」
老人は寂しげに小箱の側面へ手をやった。この小箱は小さな小さな棺だったのだ。
「私がまだ足を悪くする前、家内と共に遠方の町へ出掛けた時の事です‥‥」
老人は当時を思い出すかの様にそっと眼を瞑る。
「通りかかった森の中で、この子をみつけました。まだ巣立ったばかりの雛でした。木から落ちてしまったのでしょうか、或いは襲われたのか‥‥とにかくこの子は草の中に埋もれ、飛ぶ事も出来ずただただ鳴いていました」
まだ毛が立ってむくむくしており、ぴーぴーとなく小鳥の姿が思い出された。
「周囲を見たのですが、巣らしきものはなく‥‥。ここに置き去りにしてもこの子は生きていけないかもしれない。それが人間の思い上がりなのかもしれませんが、私はこの子を助けてやらないと、と思ったのです」
老人は、箱をそっと親指で撫でた。あの時小さかった小鳥は無事に大きくなり、そして長い長い時を老夫妻と共に過ごした。
「‥‥家内は昨年亡くなり‥‥私とこの子の二人暮しになりました。その頃から私は考えるようになりました。この子がもし生まれた森で育っていたら、どれだけ大空を飛び回る事が出来たのだろうと。この子に家以外の空間を飛ばせてやりたいと‥‥」
老人はそういうと鞄から細く折り畳まれた布を取り出し、小箱の脇へ並べた。
「この子が亡くなったら、家内と同じ墓に入れてやる事も考えたのですが、しかし悩んだ末、生まれた森へ返してやろうと思い至ったのです。せめて魂だけでも、見晴らしのいい丘で大空を羽ばたいてほしいと‥‥ここに、家内の遺髪と私の髪を包みました。森へ埋葬しても、私達は共に居ますよ、という意味を込め‥‥どうかこの子を森へ埋葬して頂けないでしょうか」
「しかし‥‥」
ギルドのスタッフは小箱を見つめながら呻いた。
「貴方の仰る森は、数年前から凶暴化した野生動物、いえ、いわゆるモンスターですね。そういったものの存在が確認され、一般の方の通行を制限しております。小鳥を埋葬する為とはいえ、いささか危険が多いのでは‥‥?」
アニマル系のモンスターが多数確認されている、と、彼は付け加えた。
「存じております。しかしながら、あの森で見晴らしが良い所といえば、あそこしかないのです。どうか、お願いできないでしょうか。この子の生まれた森にある、見晴らしのいい丘へ、どうかお願いできないでしょうか」
老人が祈る様な声で、そっと眼を瞑った。
●リプレイ本文
「最近の依頼、には‥‥珍しい位、簡素な内容‥‥ね」
晴天の早朝、森の中で忌野貞子(eb3114)は楽しそうにくくくと笑った。
「ひなただって犬のぱとらっしゅやロバのろしなんては家族です。依頼人のお爺さんの気持ち、よく分かるもん」
美芳野ひなた(ea1856)は老人の小鳥の事を自分のペットに置き換え、そっと想いを馳せた。大切なペットが亡くなってしまったら‥‥だなんて、今はまだ考えたくもなかった。
「それにしても‥‥一つの魂を弔う為に、立ち塞がるモノの魂を奪う。全く、因業よねェ‥‥くくく」
貞子の台詞にひなたの顔色が曇る。
「それなんですけど‥‥。なるたけモンスターは倒さずに進めないでしょうか? だって‥‥小鳥さんのお弔いなんですよ。それなのに‥‥魔物を倒して進むなんて‥‥。ごめんなさい、変な事言っちゃって‥‥でも。誰の命も、本当は等しく大切なものなのに‥‥ジ・アースも、アトランティスも、茜さんから聞いたチキュウっていう世界も、勝手な理由で争う事ばかり、どうしてずっと続いてるんでしょうね‥‥。あはは、ひなたったら何言ってるんでしょうね」
「そうですよね‥‥お葬式をするのにモンスター退治なんて、やっぱりヘンですよね。旅立ってゆく魂を連れてる以上、私達が命を粗末にしたら小鳥さんも安心できないじゃないですか」
悲しげに微笑むひなたの台詞を受け、水無月茜(ec4666)も同意した。二人は雀尾煉淡(ec0844)が持つ小鳥の遺骨が入った小箱を見つめた。それは風呂敷で丁寧に包まれ、小さいがとても重い物に思えた。
「ふふふ‥‥美芳野さん。なるたけモンスターを倒さずに‥‥ねェ。世界が貴女の様なお人好しばかりだったら、幾分は暮し易くもなるでしょうね。でも、世界は残酷。ついこの間も、水無月さんと三人で‥‥カオスと戦った、でしょ? 彼らの命を‥‥私は‥‥何とも思っていないわ。割り切りなさいな、でなければ‥‥貴女が死ぬ事になるわ‥‥。うふふ‥‥でもそういう甘ったれ、私は嫌いじゃないわ‥‥」
貞子はまたうふふと笑った。ひなたは又悲しげに笑いながらゆっくりと頷いた。
「ひなたさん、この水無月茜にお任せください! きっと何とかなりますよ!」
茜が励ます様にひなたの肩をぽんと叩いた。
「そう、ですよね。行きましょう貞子さん、茜さん。雀尾さん、宜しくお願いしますね」
ひなたは元気を取り戻すかの様に、全員の顔を見た。
「ええ‥‥いきましょか」
貞子も頷いた。三人の話を外から眺めていた煉淡もそっと静かに頷いた。
今から半刻程前、彼らは依頼人へ直接会い、挨拶を交わした。
「僧侶の雀尾煉淡と申します。小鳥さんの埋葬と葬儀の件、承りました」
という煉淡の台詞から始まり、老人と小鳥へジャパン式の挨拶を行うと、自分達が葬儀を執り行う事を説明し、煉淡が小鳥を納めた小箱と遺髪を包んだ布を受け取った。一行の中にアトランティス出身者が居なかった為、アトランティス式の埋葬方法も一通り教わったのだが「気持ちが大切なのです。私の気持ちをあなた方に託します。方法に関してはお任せ致しますのでどうぞ宜しくお願いします」と老人は話した。小鳥の遺骨、老夫婦の髪の他に、老人の想いも預かり、彼らは出立した。
目的の丘までの道中モンスターと思しき存在がいないか、煉淡が頻繁にバイブレーションセンサーのスクロールやデティクトライフフォースを使い、周囲にいる振動や生命反応を捜索した。反応がある毎に大体の位置と数、動きや大きさ等を皆に話したお陰で、貞子がその都度それが何であるかモンスター知識で判別し、やりすごしたり迂回を行い、戦闘を極力避けて進む事が出来た。茜が操る戦意喪失の歌で敵を退散させる事も度々あった。
迂回の回数が増えた分歩く距離は増えたが、戦闘に取られる時間を考えれば予定に影響はない。その為逆にひなたは道すがら花を摘む余裕を得る事ができた。地面にひっそりと咲く花、木に咲く花。彼女は色とりどりの花を摘んでは、バックパックに大切にしまった。出来れば目的地まで、このままモンスターが出ないで欲しい。そう強く願いながら。
しかし目的地が近付くにつれ道幅は狭くなり、迂回路も減り、とうとうそうも言っていられない状況になりつつあった。
毎度の如く煉淡がモンスターの気配を察知し、貞子がそれをジャイアントクロウと判別するや否や、遠くからカァカァという声が徐々に集まってくるのが全員の耳に届いた。知らぬ間に縄張りに踏み込んだのだろう。
「今回ばかりは‥‥避けられない、わね。なるたけ‥‥アイスコフィンで封じておくだけに‥‥するから‥‥ね。友達を泣かすのは、気が引けるじゃない‥‥。でも本当に危なくなったら‥‥美芳野さん。貴女も覚悟、決めなさいな」
「仕方、無いです‥‥よね」
ひなたは残念そうに、そして心を決めた。
「数が少し多いけど‥‥魔法で無力化しつつ‥‥出来るなら急いで逃げるわよ‥‥。仲間に危害が及ぶなら‥‥アイスブリザード。それならいいかしら‥‥美芳野さん」
「はい! その隙に、目的地まで一目散にダッシュです!」
貞子とひなたの台詞に、煉淡が「了解しました」と頷きホーリーフィールドを素早く掛けた。仲間達を守る大きな球体状の結界が張られる。もし万が一破られる際はライトニングトラップのスクロールを使用する事も視野にいれつつ、彼は手の中の小箱をしっかりと抱えた。もしそれでも力が及ばないなら‥‥彼の頭の中には次の次の戦術までしっかりと作戦が練られている。
いよいよジャイアントクロウが木々の間、大空からちらちらと重なりつつ姿を見せた。
「大きい‥‥! 四‥‥五羽位でしょうか」
故郷で見慣れた鴉の二倍以上あるその姿を見て、茜が驚きの声を上げる。
「四羽、ですね。よーしいっけえ☆ ごお、ちゃっぴい♪」
視力のいいひなたがジャイアントクロウの数を正確に見分けると、どふんと大ガマを召喚した。
「ひなたが牽制します。その間に、皆さん魔法で無力化をお願いします!」
突然現れた大ガマにジャイアントクロウは一瞬怯みながらも、それが空を飛ばないとみると攻撃の姿勢を見せる。
茜がスリープの魔法を掛けると、一羽が眠り、滑り落ちる様に落下した。茜は立て続けにスリープを試みる。その合間に貞子がアイスコフィンを唱え、一体を凍らせた。まだ攻撃を受けていないジャイアントクロウに対して煉淡はアグラベイションのスクロールで動きを鈍らせたのだが、正直な所このまま仕留めたいと思った。だが彼は今この瞬間もお葬式である事を踏まえ、仲間の考え方を尊重し、止めを刺す事を思い止まった。
ジャイアントクロウは透過率の高い結界を認識出来なかったのか一度激突し、存在を確認した後はそれを猛烈に突付いた。しかし、煉淡の結界はそれしきで破れる程柔な物ではない。
茜が放つ二発目スリープは失敗したが、それを貞子がアイスコフィンで封じ込める。そして最初のスリープで地に落ち目覚めたジャイアントクロウをひなたの大ガマが足で押さえつけ、貞子のアイスコフィンを待った。一匹ずつ凍らせるという地道な作業ではあったが、ジャイアントクロウは着実にその数を減らし、結界の効果が切れると共に、その戦闘は静かに幕を下ろした。攻撃魔法を唱えればもっと早くに戦闘は終結できたかもしれない。しかし大切なのは速度ではない事を、全員は再確認した。
こうして、彼らはモンスターの命を一つも奪う事なく、目的地の丘に辿り着いた。そこは遠くに街を見る事が出来る程、とても見晴らしのいい丘だった。森にモンスターが居なかった頃、ここはきっと観光名所になっていたのだろう。それ程に美しい場所だった。
「それでは、心を込めてお弔いをして上げましょう。うーん、本当はアトラン人の冒険者さんがいれば良かったんですけどね」
「この世界の冠婚葬祭の知識が全くないのが少し残念ですね」
ひなたと茜は眼を合わせると苦笑した。
「そうねぇ‥‥お葬式は‥‥本職のお坊さんもいることだし‥‥ご老人もああ言っていた事だし‥‥両方折半にしつつ、一応、ジャパン式って事で良いのかしら」
貞子は煉淡へ視線を送る。彼はそれを感じ、軽く会釈すると、先ずお墓を作るエリアの土地への挨拶として、お経を読み上げ始めた。
天界人でも地球生まれである茜は、とても不思議な感覚に包まれた。煉淡のあげるお経は茜が触れた事のあるものと大して変わりが無い。天界における日本も、彼らの出身地であるジャパンも、とても近しいものなのだなと想うとまた故郷が懐かしく思えた。
やがて彼らはお墓の作成にとりかかった。煉淡の指示の元、穴の位置を決め、周囲を清掃し、様々な準備をした。準備が整うと、煉淡は持参したスコップで穴を掘り、依頼人から預かった小箱と布包みを入れ、お経を上げつつそっと土を被せた。
そして彼は出発前に購入しておいたマーブル(大理石)と呼ばれる綺麗で不揃いな石を三個使い、とても可愛らしいお墓を組み上げた。人間サイズを縮小したかの様な、見事なお墓が完成した。
「それでは締めくくりに、皆でお花を探しましょう」
茜がそう言うと、思い出したようにひなたがバックパックを漁った。
「じゃーん、道すがら、お花、集めておきました!」
「わあ! 流石ひなたさん!」
ひなたが貯めておいた花を茜に見せる。取り出してみると予想以上に大量で、お墓の周囲を埋め尽くす事が出来る程の量だった。
こうして立派なお墓が出来上がり、煉淡が自らのスキルを活かした供養の儀式を執り行い、小鳥の冥福を祈った。
老人の話では、アトランティスの墓石には余程の身分でない限りは文字を刻まないのが普通だとの事だった。四人にとって文字の刻まれていない墓石は、何だかどことなく物足りない気もしたのだが、その周りに飾られた色とりどりの花々が、その物足りなさをカバーしていた。
「ここに新しい花が根付くといいですね」
ひなたは微笑んだあと、そっと合掌した。
「私は小鳥さんを慰める歌を歌いたいと思います。実は、この曲って去年辺りから凄く流行したんですよ。私もカラオケでよく歌ったなぁ‥‥って、分からないですよね。歌詞を聴いて貰えば分かると思いますが、亡くなった方が、残された方に贈るメッセージソングなんです。私の魂はお墓の中じゃなくて、この世界の風になって皆を見守ってますって。だから辛くても、悲しまないでって。帰ったら、依頼人のおじいさんにも聴かせてあげたいな‥‥では、水無月茜‥‥心を込めて歌います」
ふわりとした風が、周囲を優しく包んだ。そしていくつかの花びらと共に大空へと舞い上がる。その風に、茜が贈る歌と言う羽がつき、それは更に大きく羽ばたいて行った。
「うふふ‥‥ほら、空へ昇ってゆくの、見えるかしらぁ」
貞子がその風を見つめ、静かに見送る。煉淡もそれらを見つめた後、再び合掌をした。
「安らかに旅立ってね‥‥小鳥さん」
「また来世‥‥良い旅を」
順々に、皆が合掌をしてそれを見送る。遠くに見える老人の住む街が、近くに見えた気がした。
「旅立つ貴方の魂が、悲しみを癒す幾千の風になります様に‥‥」
茜の歌声が大空の彼方まで広がった。