【兄弟】兄の憂い、弟の優しさ

■ショートシナリオ


担当:冬斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月13日〜04月21日

リプレイ公開日:2009年04月21日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドに騎士見習いの少年が足を運んだ。
 ギルドに貴族階級の人間が来る事はそう珍しいものではないが、それでも目立つ程度には物珍しい。
「あら、パヴェル君じゃない。お久し振り」
 パヴェル・カーター。
『鎧騎士見習いを目指す少年』
 実にややこしいが彼を説明するとこうなる。
 本来、彼が目指すのは鎧騎士なのだが、家庭の事情から兄に反対され、見習いにすら許可は下りていない。
「――兄の事でお願いに来たんです」
 以前、パヴェルの兄にパヴェルのゴーレム工房入門の許可を貰いに依頼が出されたが、兄が首を縦に振ることはなかった。
 再びその依頼かとも思ったが、パヴェルの表情を察するに事情は違うようだ。
「兄が襲われました」

 ディレオ・カーター
 パヴェルの兄にして、『反ゴーレム派』の若手の先鋭。
 メイディアは現在ゴーレム政策を推奨している。
 そして、その政策に異を唱える派閥もまた――。
 曰く、ゴーレムは予算の無駄だとか、
 曰く、ゴーレムは人間本来の能力を貶めるだとか、
 曰く、強力すぎる兵器は身を滅ぼす結果に繋がるだとか、
 意見は様々、動機も様々だが、共通している事は一つ。
 ゴーレムの使用を中止せよ、だ。

「敵が多い立場ではあるわよね」
「襲撃犯についてはわかっていません。兄は自宅で静養だと」
「『だと』って、会ってないの?」
「門前払いをくらいました」
 それほど怪我が酷いという事だろうか。それとも――。
「再度、襲撃があるかもしれません。兄を守りたいんです‥‥!」
「でも、門前払いなのよね?」
「それは‥‥」
 俯くパヴェル。
 兄に頼られない事が情けないのか、兄の力になれない事が悔しいのか、
 いや、
「わかった。お兄さんに接触が取れるか。取れなかったとしても護衛が出来るか。
 そこら辺は冒険者任せでいいわね?」
「はい!」
 この少年は、たぶん、純粋に兄の事が心配なだけなのだろう。



「パヴェルさん、大丈夫かしら‥‥」
 メリエル・マーロックのゴーレム工房では鎧騎士見習いのステラがせわしなくここにいない少年の事を気にかけていた。
「やっぱり私も行った方が――」
 その心配を少女の現在の後見人がぴしゃりと止める。
「やめとけ。お前が手助けしたところで戦力にはなるまい。余計な人間は行かない方がパヴェルも目立って恩を売れるだろう」
「な、恩って、不謹慎ですよ、お師匠様!」
 ディレオは『反ゴーレム派』の立場からか、弟が鎧騎士を目指す事を認めてはいない。
 だからここで兄に借りを作っておけと彼女は言う。
「パヴェルも不器用な性格をしているからな。冒険者がそこを汲んでくれると有難いが。
 ‥‥というか、なんだお前? まさかディレオ・カーターの事も心配しているのか?」
『不謹慎』と言うステラに意外そうに問うメリエル。
「あ、当たり前じゃないですか! 面識はほとんどないですけれどパヴェルさんのお兄さんですよ!?」
「そういう意味じゃない。ディレオの自宅静養な、おそらくは仮病だぞ?」
「は?」
 やれやれと、メリエルはパヴェルに向けたものと同じ感情を持って弟子に話す。
「奴はそう暴漢などに不覚をとるタマじゃあない。ましてや犯人が敵対勢力のものだとするなら『そろそろ襲われてもおかしくない』という心当たりもあった筈だ。
 更には襲ってくれといわんばかりの自宅静養。逆に誘う気だろう。敵の尻尾を掴む為に」
 だからパヴェルを追い返した。
 この場が危険な場所になる事がわかっていたから。
 彼に誤算があるとしたらそれは――。



「冒険者に頼んだだと‥‥」
 メイの城下町に使いに出している従者の一人から連絡が届く。
 パヴェルが自分の護衛に動いていると。
「余計な事を‥‥」
 眉根が僅かに寄るのを感じる。
 メリエルの察したとおり自宅静養はディレオ・カーターの誘いだ。
 敵対勢力を燻り出す為の。

 ゴーレムがメイディアに――いや、アトランティスになくてはならないものだという事はディレオも承知している。
 だが、全ての貴族がその政策に賛同できる訳ではない。
 政治というのは結局のところ、時代の流れに対応することであり、対応仕切れなかった者は敗者に甘んじるしかない。
 ましてや貴族は血縁や義理を重視する。
 ゴーレム政策の主流に乗った派閥に過去から因縁があった家、それに連なる家は望まずとも冷や飯を食う羽目に陥る。

 結局のところ、彼らがゴーレムに反対する最大の理由は国家の為でも民衆の為でもなく、
 ――そうしないと自分達が生き残る術がないから。

 いや、自領を他者の侵略から守るという意味では民衆の為と言えなくもないか。

 ディレオはそんな彼らの寄る辺の一つであると同時に、
 国策を引き締める為の刃でもある。
 ゴーレム政策には莫大な国費がかかり、主流の中にはそれを違った用途に使用する人間が少なからず存在する。
 これは国家では避けられない事だ。
 だからそれを糾弾し、是正する事は国益であると同時に『反ゴーレム派』が生き残る為の手段でもある。

『反ゴーレム派』は真にゴーレムが不要と思っている訳ではない。
 そうしないと奪われるから自分達の為に戦い。
 結果、それが必要だから国家の為にゴーレム派を牽制している。
 メイディアにゴーレムが必要不可欠である以上、いずれ先細りするしかない勢力だ。
 だが、ディレオはそれでいいと思っている。
 自分は敗者でいい。
 国は勝者だけでは作れないのだから。

「鎧騎士も‥‥悪くないのかも知れんな」
 自分の立場が劣勢に追い込まれた時、弟の身だけが心配だった。
 だが、
「それでも‥‥あいつには早過ぎる」
 鎧騎士達の中に『反ゴーレム派』の弟がいけばどうなるだろう。
 騎士達の中では自分の立場はまだそこまで悪くない。
 その中でさえ、パヴェルは不当に迫害を受けたのだ。
『兄の威光を笠に着て』と。
 鎧騎士達の中には自分の手は届かない。
 そうなっては取り返しがつかない。

「しかし‥‥冒険者か‥‥」
 最近、パヴェルが逆らう事が多くなってきた気がする。
 昔はもう少し従順だった。
「‥‥この間も頼っていたな、あいつは」
 自分には頼らないくせに。
 ――その感情の正体に彼は気付いているのか。

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6586 瀬方 三四郎(67歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4986 トンプソン・コンテンダー(43歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec5006 イクス・グランデール(27歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●決心
「やれやれ‥‥天界的に言えばツンデレだな、ディレオ君は」
 カーター兄弟と面識のあるイクス・グランデール(ec5006)から事情を聞き、キース・レッド(ea3475)は開口一番に言う。
 妙に天界に詳しいジ・アース人だ。しかも微妙にズレてる。
「そう‥‥なのか? 俺は天界とやらにはあまり詳しくないのだが」
 歪んだ知識を植えつけられそうなイクス。
「しかし公私混同はちと違う気がするな。いや、確かにパヴェル少年の鎧騎士志願を反対するのはおそらくは私情に違いあるまい」
 イクス殿に聞いた印象ではのう、と鎧騎士、トンプソン・コンテンダー(ec4986)。
「じゃが己の立場から考えた所で結局は反対しかあるまいて。反ゴーレム派の弟が鎧騎士というのもしめしがつかんからのう」
「トンプソン殿はパヴェル少年の鎧騎士には反対という事ですかな?」
 瀬方三四郎(ea6586)が尋ねた。
 パヴェルの鎧騎士志願の話は今回の依頼自体とは関係ない。そこに対するスタンスは個人の自由だ。
「とんでもない。ワシはカーター殿の立場を話したまでじゃ。ワシ個人としては新たなる鎧騎士の誕生には大歓迎じゃぞい。
 じゃがな‥‥」
 トンプソンはそれまで話を聞いていただけだったパヴェルに向き直り、
「兄殿と道を違えるつもりならば乳離れも覚悟せねばならん。よいのか?」
 試すように尋ねたが、パヴェルは、
「ええ、これは僕の我侭です。そのせいで兄上に迷惑をかける。ですから――覚悟はしてるつもりです」
 迷いを呑み込んでそう答えた。

「まあ、とりあえずはディレオ卿の護衛だ」

●実力は見習い候補
 道中、野営時に瀬方とパヴェルが相対している。
『僭越ながらパヴェル少年の技量を計らせていただきましょう』
 さあ、と両手を広げる瀬方。
「技量を見るなら剣ではないのか?」
 トンプソンの尤もな問いに瀬方は頷き、
「勿論、パヴェル君、君は腰のものを抜いてかかってきなさい。遠慮はいりません。我が瀬方流は対剣、対魔法、対モンスターをも想定しておりまする。
 手加減は私に対する侮辱とお考え召されよ」
「なるほど、怪我をさせない意味でも瀬方殿がお相手されるのがいいかもしれないな」
 納得するイクス。
「さあ! 全力で! 指が折れるまで!
 私から一本とれるのであれば既に鎧騎士の資格は充分ですぞ!」
「は、はい!」
 サンソードをどれだけ振り回せば指が折れるのかはわからないが。


 ――そして、
「‥‥く‥‥」
「‥‥これは‥‥」
「‥‥どうだったね、瀬方君?」
 わかりきっていたが、聞かずにはいられなかったキース。
「‥‥ふむ、‥‥意気込みのみは買いましょう!」
 その答えが全てを物語っていた。
「まずは基礎体力作りからかな」
 といってもこの細腕がどこまで鍛えられるかはわからないが、とはイクスは言わないでおいてあげた。

●兄の思惑
「ワシは鎧騎士の身であるでな。カーター殿への面会はどうかと‥‥」
 ディレオに面会を求めようというキースの提案に遠慮するトンプソン。
 彼としては今回の依頼は立場上複雑な気持ちのようだ。
 依頼だろうと反ゴーレム派を護衛するという事に変わりはなく。
 しかし逆に鎧騎士志望の若者の支援とも受け取れる。支援自体は依頼ではないが。
「会うくらいならいいんじゃないかな。前、会った時もゴーレムニストやゴーレム乗りがいたしね」
「むう、しかしの、ワシが迂闊なことを言って迷惑かからんとも言えん。申し訳ないが遠慮させて貰うわい」
 イクスが勧めるも意思は固いようで、仕方なくトンプソンを除いた四人が――。
「パヴェル君、君もトンプソン君と共に待っていては貰えないか?」
「え、でも‥‥」
「キース? 門前払いを食らったのは確かだが、俺達とくればまた事情は違わないか? 身内がいれば話も通り易――」
 はっ、とそこでキースの思惑を察するイクス。
「――そうだな。門前払いされたのなら何か事情があるのかもしれない。パヴェルはトンプソンと待機していてくれ。怪しい人間を見かけても一人で動かないように」
「あ、はい‥‥」
 トンプソンにパヴェルを預け、三人はカーター邸へ。
「ふむ‥‥まずはディレオ殿にお話を聞いてみようという事ですな?」
「ああ。弟の前では話しにくい事もあるかもしれない。会わせるのはその後からでもいい。尤も――」
 まだ会わせて貰えるとは限らないがね、と溜息をつくキース。

 意外にもディレオとの面会はあっさりと許可された。
「会っていただけないかと思っていました」
「会わずとも護衛はするのだろう? なら話くらいは聞いておかないとこちらが困る」
 目的はおおよそ察しているようだ。
「負傷されたとお聞きしたが」
「したさ。ベッドから起き上がれないという程ではないがな」
 表情一つ崩さずに言ってのける。
 おそらくは嘘だろう。誤魔化す気もないようだ。
 ならば話は早い。キースも単刀直入に切り出す。
「僕らは貴方の護衛に雇われた。依頼人は貴方の弟君だ。今、もう一人の仲間と待機している」
「鎧騎士の男だな」
 そこまで知っているのかと情報の早さに少し驚く。それだけ本気だという事だ。今回の策に。
「僕らは貴方の計画を邪魔する気はない。むしろ協力したいと考えている」
「恩を売る為か?」
「――否定はしない。僕らの依頼人は弟君なのでね。貴方ではない」
 取り繕っても無駄だろうとキースは判断。瀬方も助け舟に入ろうと、
「ディレオ殿、賢しい考えかもしれませぬが――」
「――あいつに」
「?」
「あいつにその半分、いや一割の賢しさでもあれば――」
「ディレオ殿‥‥」
「好きにしろ。どの道ここまで来たら仮にお前達に気付かれたところで計画は中止にはすまい」
 それで話を打ち切るディレオ。
「感謝致します」
(――あいつにその一割でも賢しさがあれば鎧騎士を反対はしないものを――)
 瀬方にはディレオがそう続けようとしていたように思えた。

●暗殺
 許可を得た五人は屋敷の四方に張り込む事に。
「パヴェル君はそのままトンプソン君と待機だ。話し込んで注意を怠らないようにね」
 とはいえその配置がパヴェルへの気遣いには違いない。鎧騎士としての気構えをトンプソンから学ばせようとキースは考えていた。
「さて、我々も配置につきましょうか」
「ああ、キース、瀬方、それにトンプソンとパヴェルも、出発時に酒場で気になった事があってな――」
 イクスが言うには酒場でパヴェルの依頼の話に関心を寄せていたような者がいたらしい。
「その割には依頼を受ける素振りはなかった。話すのが遅くなって済まない。あの時はディレオ卿の事情がはっきりしていなかった事もあってな」
「卿には?」
「聞いてきた。彼の手の者ではないようだ」
「となるとカーター殿の容態を探る者と考えるのが自然じゃのう」
「僕が‥‥余計な事をしたせいで‥‥」
「いや、そうとも限らない」
 気休めという訳ではないようで、キースが続ける。
「実の弟であるパヴェル君が護衛の依頼を出しているという事は、逆にディレオ卿の容態の危うさに真実味が出来たという事だ」
「じゃあ‥‥」
「ああ、きっと仕掛けてくる。気を抜くなよ、パヴェル君」
「兄を案ずる想いが生んだ快挙というところですかな」
 瀬方が褒める。成功を謳うには早過ぎるが、それでも彼の行動に間違いはなかったと。
「兄の方は計算外だったようだけれどね‥‥」
 キースは思う。おそらくディレオはパヴェルがここまで動くとは想定していなかったのだろうと。

 屋敷の周りには身を隠せる場所も多く、襲撃に向いている。
 本人が自覚してかしないでか、おそらくは前者だろう。誘いという訳だ。
 裏を返すなら襲撃に備えた護衛達も隠れ易いという事。
 夜中、それを見つけたのは南側を警護するトンプソンだった。
「――パヴェル少年、ここを離れよ。仲間達に知らせるのじゃ‥‥!」
 声を潜めたトンプソンの指示にパヴェルが従う。
 遅れて人影に気付いたパヴェルが、気付かれないよう遠巻きに屋敷の西側へと向かった。理由は単純。人影は東寄りにいるからだ。逃がさない為には回り込まなければいけない。
「奴らはワシが目を離さぬ」
 パヴェルは瀬方の元へと走っていった。

「どんぴしゃりか」
 闇夜に見逃してしまいそうな僅かな気配を感じて東側警護のキースは南側へと寄せる。
 人影は四人。
(「一人は見張りか、下手に手を出せば逃げられるな。ディレオ卿護衛自体は果たせるかもしれないが‥‥」)
 見れば向かいにトンプソンらしき影もある。向こうも考えている事は同じだろう。
(「パヴェル君がいない。瀬方君達を呼びに行かせたか。いい判断だ」)
 逃がさない為には最低相手と同数は欲しい。気付かれないように二人は人影を見張る。

「ふむ、承知した。君はそのままイクス殿の元まで知らせに行ってくだされ」
 瀬方はパヴェルが向かってきた方向へと急ぐ。
「御安心召されい。兄君は我々が守ります故」

(「――さて、そろそろ限界じゃのう」)
 トンプソンの方も遅れてキースの影を確認し、互いに示し合わせてはいたが、もう既に四人組は突入の手筈を整えている。
(「カーター殿は剣の腕も立つとは聞いてはいるが――、危険に晒す訳にもいくまいて」)
 仕方ない。最悪一人くらい逃がしてもいいだろう。
 そう決心を固めたその時、
(「瀬方殿!」)
 仲間の影を認め、トンプソンが――それに呼応しキースが賊に向かって走り出した。
「!?」
 二人の冒険者に賊が気付く。一人が慌てて剣を抜いた。
「遅い!」
 キースのレイピア・ヘルフレイムが賊の腕を斬りつけた。
「くっ、護衛か!」
 もう一人の賊がキースに斬りかかるところをトンプソンのハンドアクスが受け止める。
「そっちは任せた!」
 残り二人の賊は屋敷内へ。
(「引き際を知らないのか、任務を最優先にしているのか――」)
 どちらにせよ侵入を許せばディレオが危ない。
 窓を乗り越えようとする賊の一人を、
「ふんっ!」
 払う足。
「ぐっ!?」
「せいやぁっ!!」
 崩れた身体を掴み、そのまま投げる。
「瀬方君! 助かった!」
「申し訳ない。遅れました!」
 投げた後も瀬方の手は賊の衣服を掴んで離さない。
「くっ‥‥この‥‥!」
 間合いを詰められた賊は、短剣で斬りつける。
 瀬方の着ている道着風のゴーレムライダーが裂け、血が滲む。
 それでも瀬方は掴んだ手を離さなかった。
「ぐっ‥‥おのれ‥‥!」
 トンプソンは手こずっていた。相手もなかなかの手練のようだ。
 キースが助け舟を出そうにも、斬りつけた相手は体勢を立て直し、キースの前に立ちはだかる。
「邪魔だよ!」
 ヘルフレイムで傷を与えるも致命傷まで届かない。
 だが、
「ゼピュロス!」
 キースのジニールがストームを放った。
 ダメージのない魔法だからこそ皆を巻き込める。
 ほぼ全員が体勢を崩す。
 だが、それをわかっている者と不意打ちの者とではその後の反応に差が出るのは必然。
「遅いと言っている!」
 賊が体勢を立て直すよりも早く、キースの剣が賊を斬り裂いた。
 それとほぼ同時に、
「はぁっ!!」
 駆けつけざまに放った渾身の一撃がトンプソンの前の賊の肩を打ち砕いた。
「イクス君、遅いよ」
「済まない、大丈夫か」
 イクスの重量を乗せた槍の一撃は賊を鎧ごと吹き飛ばし戦闘不能に。
「助かったわい。瀬方殿は――」
「一対一ならば御安心を」
「済まない、パヴェル君。一人逃がしてしまった。中に急ごう!」
 キースに現状を告げられ、イクス、パヴェルと共に邸内に侵入する。
「パヴェル君、案内を頼む!」
 出来れば賊に迷っていて貰いたいが、
「邸内の造りを知っている者は多いのか?」
「家人達は勿論ですが、来客も少なからずいますので」
「兄君の自室を知っている者は?」
 先程同様に頷きで返す。
(「暗殺を目論んでいるんだ。知っていると考えるのが妥当か――」)
 五人は歩を進め、

「たった一人で私の身を狙うなど嘗められたものだと思ったが――」
 部屋に辿り着いた時、全ては終わっていた。
「お前達の仕業か。余程私に仕事をさせたくないらしい」

●動機
 捕らえた賊はディレオに引き渡した。
 五人は改めて応接間に通され、茶を振舞われている。
「ともあれ貴公等には助けられた。御陰で無駄に調度品を壊さずに済んだ」
 あながち冗談にも聞こえないのが怖い。
 イクスは彼が敬称を用いている事に気がついた。茶といい、どうやら今になって初めて客としての扱いを受けているようだ。
 トンプソンはあくまで拒否をしたが、礼を受けるだけならと同席している。
「で、貴公等の用件はなんだ? 先程の恩を売るつもりか?」
「兄上! 私は――」
「パヴェル」
 イクスの目がパヴェルに問う。それでいいのか、君には言うべきことがあるのではないかと。
「‥‥兄上、私は‥‥‥‥鎧騎士になりたいです」
 素直に出た言葉だった。
「駄目だ」
「ディレオ卿」
 キースが窘め、瀬方も続く。
「ディレオ殿、パヴェル殿はわざわざ私達を雇い、自らの身をも張って貴方を守りに来ました。代わりに認めろとは言いません。ですが話くらいは聞いてもよいのではないですかな?」
「話なら聞いている。私の意見が変わらないというだけの事だ」
 しかし、確かに彼が話を聞いている事が瀬方にはわかった。先程から駄目だと言いつつも席を立っていないし、話を打ち切る気配もない。
 だから見守る事にした。
「貴方の役割はゴーレム派の抑止だろう? その跡を弟に継がせる気があるのならいい。だがそうでないのなら敵側に弟を向かわせるのも策ではないかな?」
 スパイとして送るのはどうかと提案するキース。
 だがそれをディレオは一蹴する。
「悪くない提案ではあるがな。弟にその役目は務まらん」
「!!」
「決め付けていないかな? 弟君は成長しているよ」
「――かもしれないな。だが当主の私が認められない以上、例えそれが決め付けだとしても――」
「兄上!!」
 まただ。
 最近よく弟は自分の意見に噛み付いてくる。
「兄上‥‥兄上の弟として鎧騎士が相応しくないのはわかっております。
 いえ、騎士を目指した時から‥‥悪いのは私です‥‥。兄上に憧れて‥‥兄上の為ではない、自分の為に兄上のようになりたかった。
 自分を好きになりたかったから‥‥兄上を好きなのと同じくらい‥‥」
 本当はわかっていたのかもしれない。弟の苦しみを。
 だけどそれでも頼りないと思えて。
「でもどうすればいいのかわからなくて‥‥そんな時、必要とされたんです。こんな僕でも‥‥来て欲しいって。
 だから僕は――」
 知らず『僕』になっている。素の自分に。
「卿、彼は貴方に追い払われたその足で冒険者ギルドの門をくぐった。それを――」
「もういい」
 イクスの、そしてパヴェルの言葉を初めて遮る。
「好きにしろ。道半ばでのたれ死のうが最早私の知った事ではない」
「兄上――」

 そして、
 パヴェル・カーターの鎧騎士の修行の道が幕を上げる。