【黙示録】猜疑の侯爵

■ショートシナリオ


担当:冬斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月08日〜08月16日

リプレイ公開日:2009年08月19日

●オープニング

 ステラは冒険者である。
 先輩冒険者達に手ほどきを受けて早一年、いくつかの依頼もこなしようやく半人前と呼べるようにはなってきた。
 その日、冒険者ギルドの手伝いをしていた彼女の前に現れたのは――、

「ディレオ‥‥卿‥‥?」



 人里離れたある森の奥。
 魔物が棲むと噂されるそこに、今、魔物はいた。
「だから狙うべきは冒険者かと思いますね」
 魔にその身を染めた元冒険者ギルド員ジェラード。虚空に向かい話しかける。
「‥‥聞コウ」
「国を守るのは騎士の務め。けれどヤツらは本来人間と戦うモンだ。
 鎧騎士にしたって同じさ。強いにゃ強いが肝心のゴーレムの機体数が揃っちゃいない」
「冒険者ノ方ガ‥‥強イト?」
「そうじゃない。カオスやデビル――だっけ? アンタらと戦うのに適してるんですよ。
 命令で動く訳じゃないから小回りが利くし、何より実戦経験が豊富。さっきのゴーレムにしたって開発に一役買っているのが冒険者だ」
 ジェラード・オルコックは元冒険者である。だが彼が冒険者を狙えと勧めるのは決して身内の贔屓という訳ではない。
「そしてね――これが一番大切なんですが――冒険者は脆い。
 精神は強靭なのがいますよ? 山羊角が誑かした奴等なんて比べ物にならないくらいね。
 でもね、揺るがない人間なんていないんです。――おっと、これはアンタにはナントカに説法でしたか」
 いつになく饒舌なジェラード。
 揺るがない人間などいない。
 まさに自身が魔に魅入られている事は自覚している。
「騎士はね、命令で動きます。信念が強くとも、動く時は命令です。そういう仕事なんだから。
 ですから絶望しても命令があれば動けます。戦争において心理戦は有効だが絶対じゃない」
 やる気がなくなったからといって戦局は覆らない。だが冒険者は違う。
「冒険者は己の意思で戦います。そいつは素晴らしい事だが、悪く言えば烏合の衆って事です。組織じゃない。集団なんだ」
 時に組織の力を超えるが、故に隙も出来易い。
 手を組む事はある。それでも全の為に個を犠牲にする事はない。
 それが美点であり、脆さ。
「天界人伝説ってのもある。国や騎士が民の『信頼』なら冒険者は『希望』なんです。
 そして『希望』を潰すのがアンタらの役目でしょう?」
 そこまで一息に喋ってようやく息をつく。
 落ち着きはある方だと思っていた。
 なのに今、精神が昂揚するのを抑えきれない。
 無理もない。
「成ル程‥‥」
 このレベルの魔物と遭った事など彼の十年以上の冒険の中でもなかった事だから。
 正直、今までの言葉は全てこの相手に喋らされていたような感覚を拭えない。
 だが、それでもいいとさえ思う。
 魔に魅入られる。
 自分は掌で踊らされる為にこちらの側についた。そんな気さえする。
「ナラバ――狙ウベキハ国ダナ」
 確信をもって魔物は答える。
「――話‥‥聞いてました?」



「先日、財務官の一人が暗殺された」
 ディレオ・カーターが伝えたのは先日シフール便で届いたばかりのまだギルド員さえ一部の者しか知りえていない情報。
「冒険者ギルドへの援助を行っていた者だ。それによってギルドの立ち位置が拙い事になっている」
「拙い事‥‥?」
 ディレオはこれを『依頼』として持ってきた。だからその場にいたステラにも隠す事はない。
 それにしても――ステラは考える。
 ギルドの支援者が暗殺。
 良くない報せではあり、ギルドとしては他人事ではない。
 だが『立ち位置が拙い』とは――。

「犯人はギルドの人間であると疑いが持たれている。
 率直に言おう。ギルド員、ジェラード・オルコックの姿が現場で目撃された。しかもカオスの魔物達と共に。
 ジェラードはカオスの魔物を盾に警備を破り、逃亡。現在手配中だが、おそらくは見つかるまい」

「‥‥‥!!」
 ステラもジェラードとは何度か顔を合わせた事がある。依頼の説明もして貰った。まさかあの人が。そうか、ここ最近の不穏な噂は。なんであの人が。いやいやそうじゃなくて――。
「ギルドの人間、しかも元冒険者が国の人間を暗殺したという事実に冒険者を危険視する声も挙がっている」
『立ち位置が拙い』これだ。でも――、
「あの人は――」
 ギルド員の言葉を制するディレオ。
「状況は詳しく聞かせて貰おう。だが無駄だ。冒険者を危険視する声自体は昔からあったものだ」
 冒険者ギルドは国の治安を守る手段の一つだが、そこには利権も生じる。
 特に近頃のカオスの魔物の暗躍もあり、天界人伝説に縋る者は少なくはない。
 中には『ギルド自体が国を脅かす存在になったら』とまで言い出す者もいる。
 あながち的外れとも言い難い。先王の夫や彼のロード・ガイも天界人だ。
「危険視という口実で抑え込めばそのどさくさに利権を掠め取る事も不可能じゃない。それが出来なくともギルドの台頭が抑えられれば構わないといったところだろう」
 その動きを抑えようにも支援者の一人である財務官が殺された側はどうしても動きは鈍る。
「そんな事してる場合じゃ――」
「遠くの魔物よりは近くの政敵。滅私奉公など体現している貴族は多くはない」
 冒険者がいなくてもカオスには勝てる『かも』しれない。
 だが冒険者に頼っていては、己が野心を叶える事は『出来ない』。
 そんな弱い心は魔法を使わずとも誑かせる。


「――ここからが依頼だ」
 ディレオが持ってきたのは三枚の地図。
「私が次に狙うと目をつけた貴族の屋敷だ」
 名が記されている。簡単な経歴も。
 それらに目を通したギルド員はいぶかしむ。
「この方々‥‥失礼ながらギルドとはあまり面識が――」
「そうだ。ギルドを危険視する側の貴族達だ。彼等は声高に叫んではいるものの所詮は他人事。ギルドの利権に口など挟めない。――『今は』」
「まさか‥‥!」
「身内に死者が出れば面子の問題だ。彼等は堂々と『仇』を討てるだろう」
「その為に身内を!?」
「勘違いするな。やるのはジェラードとカオスの魔物だ。彼等は腐肉を漁るだけ。
 だが、仮に彼等が直接関わっていたとしてもやるぞ。自らの野心の為なら同胞さえ切り捨てる」
 そういう場面を若くして見てきたのだろう。ディレオの目には確信がある。
「そこにあるのは皆そういう立場の者達だ。いなくなっても勢力が鈍る事はなく、だが肩書きとしては『仇討ち』を望むのに相応な」
 そこまで喋ってステラの方を僅かに見る。
 確かこの娘は自分の弟と共に鎧騎士を修行中の冒険者だ。
 顔色は蒼白。
 年頃の娘にはこの話は余りに血生臭い。
 そう、かつて弟が自分の手を離れる事を反対したのもこの為だ。
 弟や彼女のように純真なる者には貴族の世界は汚過ぎる。
「――他にリストの方々が狙われる根拠は?」
「敵がギルドを混乱に陥れる事を目的としているのなら、我々の先を読む筈だ。当然護衛の事も。
 この貴族達はギルドを危険視する側の人間。体面的にも心情的にも冒険者の護衛は雇えないし、つける気はないだろう」
 つまり、読んでいたとしても護衛が困難である事。
「同時に殺さなかったという事は刺客は再びジェラードである可能性が高い。それも含めて冒険者ギルド及び冒険者に依頼したい」
 汚名を雪ぐチャンス。だが、それだけにリスクも大きい。

「‥‥私も‥‥行かせてください」
 赤毛の少女は小さく、しかし力強く呟いた。
「遊びじゃない」
「足手纏いにはなりません。お願いします。見たいんです、カオスの魔物を――」

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●デビュー一年して
「烈さん、ルイスさん、お久しぶりです」
 風烈(ea1587)とルイス・マリスカル(ea3063)を前に顔を綻ばせるステラ。
「はやや、お知り合いッスか?」
 と、先日酒場で談笑したフルーレ・フルフラット(eb1182)。
「フルーレさんとお仕事することになるなんて‥‥よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるステラ。
「おいおい、ピクニックに行く訳じゃねえんだぜ?」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が呆れたように溜息一つ。
「まあまあ、緊張して縮こまるよりはいいでしょう」
 宥めるベアトリーセ・メーベルト(ec1201)。
「フォスター卿の領地まであと二日と少し‥‥やっぱり馬でも用意した方が良かったかもしれませんね」
 今回の任務は貴族・フォスター暗殺の護衛。もしかしたら今、この瞬間に貴族が襲われている可能性もあり得る。
「ないものは仕方ない。急ぐのだとしたらステラさん、後ろに乗るといい」
 数少ない馬を連れたグレイ・ドレイク(eb0884)の言葉に遠慮するステラだが、
「足手纏いにゃならねぇんだろ? だったら先輩の言う事にゃ従うのも仕事だぜ?」
 巴渓(ea0167)の言葉に不承不承ながらも頷くのだった。

●調査結果
 到着時、街に異常は見受けられない。
「間に合ったようですね」
「他の標的が狙われてなければな。少なくともここの貴族サンは無事なんだろうよ」
 どっちにしても守るだけだが、とオラース。

 臨時雇われの歌姫として潜り込んだサクラ・フリューゲル(eb8317)。
(「‥‥思ったより‥‥」)
 活気のある街とは見えにくい。あくまで思っていたよりは、であるが。

(『いなくなっても勢力が鈍る事はなく、だが肩書きとしては『仇討ち』を望むのに相応な――』)

 本来は暗殺を警戒する程の人間ではないのだろう。
 仮にも貴族。殺すにはリスクが大きく、それに見合う見返りもない。
 ――こういう特殊な事態を除いては。
(「同胞に切り捨てられようとしている――不憫な方ですわね」)
 だがそれを告げたとしても信じまい。信じたとしても結果は同じだ。
 冒険者の護衛を受け入れた時点で彼は同胞から裏切り者の扱いを受ける事となる。
 貴族にとって家名は命も同じ。それはサクラにもわかっている。
(「だからこそ私達が無理をしてでも守らなければなりませんわ」)
 サクラの決意を余所に陽霊のよーちゃんは酒場の皆に愛想を振りまく。
「デスワ! デスワ!」
「ま、よーちゃんったら!」
 一人と一匹、なんとか溶け込めているようだ。


「フラン・フラットといいます」
「メルトリーセ・ベーベアトです。よろしくお願いします」
 フルーレ達は使用人としてフォスターの屋敷に潜入を計画。
(「ひどいッスね、その偽名」)
(「だまらっしゃい、貴女に言われたかありません。大体なんで偽名なんですか。打ち合わせにない――特に必要ないって事になってたでしょ?」)
(「いや、だって潜入捜査っていえば偽名でしょ? こういうのはカタチから入らないと乗らないんスよ」)
(「それで原型まる残し偽名ですか、ふざけましょう、このやろう」)
 大丈夫かこの漫才コンビ。
 そして潜入員最後の一人、
「シュテラですっ!」
 噛んだ。

「――三人は無事潜り込めたみてえだな」
 遠く木の上から屋敷を見下ろす渓。元々黒ずくめに近い衣装に黒子頭巾を被っている。
「頼むから見つかるなよ」
 下から小声で話しかける烈。
「大丈夫だって。身元がわかんねぇようにはしてあるから」
 黒子頭巾で顔を隠し、そして名も知られぬよう工作してあるらしい。方法は不明だが、最近の冒険者は己の名声を薄める事が出来るとか。尤も、冒険者にとって名声は大切なもの。好んでやる輩はそういないが。
「渓さんだとわからなくても見つかった不審者が冒険者だと思われれば充分だよ」
 なので気をつけろと警告しておく。
「けど、敵さんも痛いとこ突いてくんねえ‥‥俺達ゃ所詮ならずものの集団。いくら強くても社会的庇護を失っちゃどうにもならん」
「――後半は賛成だが、前半はどうかと思うぞ。それじゃ護衛対象の貴族や、その仲間達と同じ考えだ。俺達まで彼等の詭弁に流される事はない」
「‥‥ん、まあ確かにな‥‥。ありがとな、烈、元気出たよ」
「この程度で構わないならいくらでも言うさ。陰気はカオスの思うツボだ」


 ルイスは街中で楽師として様子を窺っていた。
(「激しくはないが‥‥それでも人通りは少なくない。拙いな‥‥」)
 暗殺に向いている街並みだ。旅人も多く、多少の不審者はそう目には留まらない。
(「石の中の蝶は確認するが‥‥問題はジェラードがカオスに染まっているか‥‥」)
 カオスの力に染まりきった人間はカオスの魔物と同等の力を得る。その場合、石の中の蝶も反応を示す。
 だが、完全にカオスに染まっていない者には石の中の蝶は反応しない。
(「そうなっていると‥‥流石に守りきるのは困難だぞ‥‥」)

「一曲頼めますか?」
 そう言って自然に近付く行商人はグレイ。
 ルイスはリュートベイルを弾きながら音に紛れて会話をする。
「ありがとう。グレイさんのお陰で上手く変装出来ました」
「いえ、こちらこそいい鋏をお持ちで‥‥しかし‥‥いいんですか?」
 グレイの言っているのはルイスの髭の事だろう。立派に蓄えていた髭を見事に剃り落としている。
 本職の暗殺者や潜入員でない冒険者がここまでやる事は非常に珍しい。
「構いません、人命には代えられませんので」
 見上げた覚悟といえよう。たかが髭といえばそれまでだが、本来は冒険者がそこまで個を殺す必要はない。。
「その人命ですが‥‥正直状況は芳しくないですね」
 グレイが渋面を見せる。
「フルーレさん、ベアトリーセさん、ステラさん達が屋敷の潜入に成功しました。わりとあっさりと」
 今回、依頼人のディレオの力は使えない。親交もなければコネを回す時間もない。
 なので三人の取った手口は結構強引。通いの使用人二名程に『お休み』して貰い、その代わりとして入っていった。勿論字を書けない使用人に紹介状など存在しない。『スージーさんとベルモットさんの代理で通わせて貰います』これで通じた。
「危険‥‥ですね」
「ええ‥‥」
 対象は暗殺には無警戒に近いということだ。確かに暗殺を警戒しなければならない貴族など、一握りの貴族の内の更にほんの一握りではあるが。
 容易に護衛が出来るものの、容易に暗殺も出来る。
「――三人は潜入に成功したんですね?」
「ええ。あとはサクラさんとテレパシーリングで定期的に交信するそうです。緊急事態にはその限りではありませんが」
 そしてルイスは――覚悟を決めた。

●決断
「フランは旦那様にお茶をお持ちしてご挨拶。
 メルトリーセは――え、字が読めるの? 凄いわねぇ。それじゃ書斎の片付け手伝って貰おうかしら。
 シュテラは庭掃除ね。雑草と植木を間違えちゃ駄目よ」
 先輩使用人がテキパキと指示を出す。
「じ、自分お茶ッスか!?」
「作法ちゃんとしてるからね。喋り方には気をつけなさいよ?」
(「ど、どうしましょう? 自分、結構信頼されてます?」)
(「いいことじゃないですか。私はそれより『シュテラ』が通ってしまった事が果てしなく不安ですよ」)
(「ふええ‥‥忘れてください〜」)
「そこ! お喋りしない!」
『はいぃ!!』
 こうして勤務一日目は慌しく過ぎていった。


 そして二日目。
「な、なんの騒ぎッスか!?」
「ルイスさんが――フォスター卿に面会しているようです!」

「冒険者がなんの用か!」
「ですから、貴方を狙う輩がいるとの情報があるのです。冒険者ギルドの依頼として護衛を――」
「頼む事なぞない、帰れ!」
「御迷惑はおかけしません」
「既に迷惑だ!」
「ならせめて警戒を――」
「帰れと言ってる! 役人を呼ぶぞ!」
 聞く耳持たないとはこの事だ。
「‥‥暗殺者よりむしろ冒険者の方を恐れているようですね」
 陰から様子を窺っていたステラの感想をベアトリーセは肯定する。
「冒険者に関わるのが怖いのでしょう。下手に内通の疑いを持たれると身の破滅ですからね」
「‥‥バレたら終わりッスね、自分等も」
 当たり前のことではあるが、冒険者の関わってきた貴族とはほとんどが肯定的にしろ否定的にしろ冒険者と馴染みの深い貴族達だ。
 いざとなれば事情を説得しようという行為が無駄だという事を三人は改めて納得するのだった。


「――と、いう訳です。申し訳ありません、説得は叶いませんでした」
「いや、助かった。流石に警戒してか、役人が向かったようだ」
 天界の双眼鏡を手に通常ありえない距離から魔法も使わずに屋敷の様子を探っている烈。
「ルイスさんが忠告する前では襲ってくれと言わんばかりだった。武装も不充分な中の三人だけじゃ不安が大き過ぎる」
「出来る事なら説得までこぎつけたかったのですが‥‥」
「仕方ねぇだろ。それが出来るならカーター卿がやってるさ。‥‥しかしギルドの関わりがバレちまったな」
 成否に関わらず、ギルドの関わりは隠す事を推奨されている。未遂に終わったとしても冒険者の仕業と騒ぎ立てる事は出来るからだ。
「それでも‥‥人命より尊重すべきものはないと考えます」
 渓にルイスはきっぱりと応えた。
「やれやれ、損な役回りだな、俺らは」
 渓も腹を括ったようだ。
「グレイさん、いざとなったら俺達より早く馬で駆けつけてくれ」
 見張りを渓と交代した烈が言う。
「わかりました。それとサクラさんからペガサスのシルフィードを預かってます。使ってください」

●カオスの襲撃
 初めに気付いたのは烈。
「みんな! 来たぞ!」
 グレイは愛馬ストームガルドに飛び乗るとオラースに声をかける。
「乗って!」
 ルイスと渓は烈にシルフィードを譲る。
「私達もすぐに追います!」


 サクラの深紅の刃がジェラードの槍に弾かれる。
「きゃあっ!」
 サクラとて剣の腕は一流。
 だがそれ以上にジェラードの方が上だった。それだけの事。
「お嬢ちゃんにかまけてる暇はないんでね、あばよ」
 サクラの胸を貫かんとする槍の一閃。
 それを受け止めたのは素手。正確には手袋より発生されたフォースシールド。
「フルーレさん!」
 感謝と共にサクラは預かっていた氷の剣を投げ渡す。
「選手交代ッスね――!」


 グレイとオラースが駆けつけた時、状況は芳しいとはいえなかった。
 烈がジェラードを止めている中、フルーレとベアトリーセは群がるカオスの魔物達を斬り払う。
「キリないッスね!」
 烈の鉤爪を受けるジェラードは眉を動かし、
「叡智の爪――そうか、風烈か。ストラスを倒したのはお前達だったな」
「詳しいじゃないか。なら当然これの威力も御存知だろう!」
 馬に乗ったままに乱入するグレイ達。
「烈さん!」
「俺はいい、フルーレさんを! 敵の数が多い!」
 下級の魔物に不覚を取るフルーレではないが、屋敷に入れる訳にはいかない。
「よっしゃ、助太刀するぜ!」
 オラースは走っている馬から飛び降りて魔物に剛剣を振るう。
「いくつか中に入りました! 主人のところにはサクラとステラが!」
 ローズホイップで魔物を食い止めているベアトリーセ。
「‥‥ステラさんに頼る訳にはいかないか‥‥サクラさん‥‥」
 馬から降りたグレイも降魔刀を抜く。


 護衛対象にレジストデビルを真っ先にかけ、ホーリーフィールドで魔物の攻撃を防いでいるサクラ。
「たあぁっ!」
 烈から借りたゴートスレイヤーで魔物に立ち向かうステラ。
「無茶はしないでくださいましね!」
「はいっ!」
 正直、ステラの戦力はないよりましな程度でしかない。
 だがそれ以上に、
(「守らなきゃ――この娘も――!」)
 烈が剣を貸した理由がわかった気がした。
 それも冒険者としては大事な資質の――、
「助けにきたぜ! よく持ちこたえたな!」
「外では皆が戦っています。怪我はありませんか?」
「渓さん! ルイスさん!」
「貴様、先日の‥‥!」
 ルイスの姿に驚きを見せるフォスター。
「話は後です! 今は貴方達の身を守る!」
「任せときな! こういうのは俺達の仕事だからよ!」


 ルイスと渓が屋敷に入った時点で趨勢はこちらに傾いた。
 中の人間達を守るのに三人いれば充分で、外の魔物達を相手するのに五人いれば――、
「まさかここまで対応が早いとは――やられたな」
「諦めるのか」
「ああ、ストラスを倒した連中にこの持駒じゃ足りねえよ」
「逃がすと思っているのか?」
 降魔刀を構えるグレイを手で制して前に出るベアトリーセ。
「随分と冒険者を恐れるのですね? いえ、冒険者というよりも『天界人伝説』ですか?」
「恐れてるのは人間の方さ、ベアトリーセ・メーベルト」
 挑発に応えるジェラードの声にはどこか喜悦が。
「人間は力あるものを恐れる。魔物は倒せばいい。だがそれが人間ならどうする?
 我が主は言っていたよ。『猜疑において人間ほど秀でた者はいない』と。
 お墨付きだ。猜疑の侯爵のな――!」
「猜疑の――侯爵――?」
 グレイの言葉に被さるように影が冒険者達の頭を飛び越える。
 接近に気付かなかった。
 無論、石の中の蝶は羽ばたいていたが、カオスの魔物達と戦いながら気にする者などいない。
 ジェラードが時間稼ぎをしていたのは明白だったが、無視出来ない話を止める訳にもいかず、そのまま彼は大きな翼を生やした獣の背に飛び乗る。
「ま、待つッス!」
 フルーレの剣を空中にて回避。
「今回は一応お前等の勝ちだ。だが次はそうはいかねえぜ!」
「‥‥三流な捨て台詞を‥‥!」
 翼の獣と共にジェラードは空へと消えた。

●理由
 屋敷内の魔物達も去り、中の四人も戦闘の終了を知る。
「お疲れ様、上出来です」
「根性は及第点だよ」
 ステラのレベルでカオスの魔物と渡り合っただけでも賞賛に値するとルイスも渓も笑みを浮かべる。
「聞いていいですか? 何故カオスの魔物を?」
『カオスの魔物を見たい』ステラの眼差しに好奇心の類は感じられない。そしてサクラも好奇心からの質問ではない。
「‥‥カオスの魔物に家族を奪われました。
 祖父の若き頃に封印したものらしいです。兄に憑き、父や母を殺して消えました‥‥」
 みだりに話したい記憶ではない。だが話す事で信頼に応えようとしている。
「兄を探しているんです。兄はおそらくはまだ魔物に取り憑かれているでしょう。だから‥‥戦わなければならないんです。
 隻眼で‥‥翼の生えた大きな犬‥‥あのカオスの魔物と――」


「――何故、話した? お前の主の事を」
 獣は糾弾はしていない。純粋な疑問にジェラードは答える。
「その主が言ってるんだぜ? 人間は魔物よりも不誠実だってな」
 主にとってはこれすら思惑の内なのかもしれない。
 自らの存在に屈する冒険者達を悦しみたい。
 少なくとも彼はそうであり、そして――おそらくはデカラビアも――。
 自ら漆黒に染まろうとする人間を獣の隻眼が映していた。