兵どもが夢の跡

■ショートシナリオ


担当:冬斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月28日〜04月04日

リプレイ公開日:2008年04月05日

●オープニング

「ついに‥‥ついに完成した‥‥!」
 薄暗い炉で汗にまみれる老人。
 その手には一振りの剣が握られていた。
「この為に儂は生きていた。
 この一振りで儂の人生は報われた」
 瞳には狂気じみた喜び。
 彼は己の造り上げし剣をただ喜び、眺めている。
 その想いは奇しくも初めて剣を造った時の喜びに似ていて――。

「だが‥‥おお、なんということか。剣は出来たが、これを使いこなす剣士がおらん」
 老人は腕は立つが著名ではなかった。
 彼の造った剣は町の武器屋に卸され、悪くない値で取引をされてはいたが、彼自身の名を知る者はそれほど多くない。
「王や騎士達に届けとは言わぬ。
 一人、ただ一人この剣を知る者がいればいいのだ」
 剣士の為に剣を造る。
 彼が望んでいたのはただそれだけ。
 しかし皮肉にも、
 剣士の為に造り上げた一振りの剣は、既にその完成を誰にも知られる事はなかった訳で。


「父の剣を使ってください」

 ギルドにやって来たのは20代の女性。名をアネットといった。
「父は鍛冶師です。名をマクスウェルといいます」
 聞いた事がない名だ。
 武器職人の間では知る者もいるらしいが、それでも高名とは言い難い。
「父は高齢で、いつ迎えが来てもおかしくありませんでした。ですが、それでも剣を造り続けていました。
 先日、父に食事を届けに行った私は父が喜んでいるのを見ました。
 ――あんなに嬉しそうな父の顔を見たのは初めてです」
 複雑そうな表情でアネットは語る。
 そこには20年余りの親子の感情があるのだろう。
「父は言いました。
『我が人生で最高の一振りが出来た。
 この国の歴史に名を残す剣の精の宿った魔法剣だ』
 と」
「魔法‥‥剣‥‥ですか?
 失礼ですがアネットさん、お父上に精霊魔術等の心得は‥‥?」
 首を振るアネット。
 魔法剣とはごく一部の魔術師が秘伝においてのみ製作可能なマジックアイテムだ。
 それ以外の方法での作成は‥‥それこそ人の手には余るところであろう。
「ある日、剣の精が鉄に宿ったそうです。
『魔法は使えずとも、魂が通じれば剣に精霊が宿る事もある』――と」
「―――」
 それが絶対にないとは言い切れない。
 精霊の事など魔術師だって解明しきれてはいないのだから。
 しかし――、

「わかっています。
 父は腕は悪くはないらしいですが、それでも一介の、ただの鍛冶師です。
 ありえません。ありえないんです。今更、父が魔法剣を造るなんて」
 剣に一生を費やせば魔法剣が出来る。
 そんな理屈ならこの世にはどれだけ剣で名を残す者があらわれるのだろう。
「ですが、父は余命を全てその剣に費やしました。もう父には鉄を打つ力さえも残っていません。
 そんな父に『この剣はただの剣だ』などと言えるでしょうか?」
 マクスウェルの余命は少ない。
 アネットの口調からそれは窺い知れる。

「――つまり、」
「ええ、父の剣を使って欲しいんです。
 父の剣を父が満足いくように振るって、最後に思い残す事がなく幸せを感じて欲しいんです」
 一生を剣に費やした。
 それが辛い事なのか、他人からは知るべくもない。
 けれど、娘はただ、父に喜んで欲しかった。
 だから――。


 ギルド員は現在ある依頼に目を通し、
「これがいいかな‥‥」
 危険度の割に報酬の少ないオーガ退治。
 山に食料のなくなったオーガが人里に下りてくるようになったらしい。
 貧しい村からの依頼だった。

 報酬にアネットからのものを上乗せし、追加要項を書き込む。
「あれ、でも‥‥」
 そこでギルド員は疑問に思う。
「剣を使って欲しいっていうけれど、
 使っているところは見なくていいのかな?
 もしかしてついてくるとか?」

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9277 エリスティア・マウセン(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●夢の跡
 その日、マクスウェルの工房に四人の冒険者が訪れた。
「済まない。マクスウェル殿の工房とお訪ねしたが――」
 グレイ・ドレイク(eb0884)が呼びかけるも返事はない。
「御免! おられぬか!?」
 シャルグ・ザーン(ea0827)の大きな声が工房内に木霊する。
「‥‥そんなにでかい声を出さんでも聞こえておる」
 マクスウェルは部屋の隅で身体を横たえていた。
 衰えた身体を休ませて。


「‥‥オーガ退治に?」
 グレイ達はこの先にある村の依頼を受けたらしい。
「マクスウェルさんの名は聞き及んでおります。道中、近くを通る事になりましたので、是非作品をお目にかかりたいと思いまして」
 無論、彼らが立ち寄ったのはマクスウェルの娘、アネットの依頼故だ。
 だが、それを正直に言うほど無粋でもない。
(「ええと‥‥アネットさんの言っていた剣は‥‥あ!」)
「これ、この剣がいいですっ!」
 フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が手に取ったロングソードは事前にアネットから聞いていたマクスウェルの『最高傑作』。
「――それは」
 マクスウェルが何か言うより早く、
「ほう、これは大した剣だ」
 グレイが手に取り、続いてシャルグも、
「む、これは‥‥」
 その反応は半分が演技で半分が本心。
 剣の出来はたしかに悪いものではなかった。
「う、うーむ、残念ながら我輩向きの大きさではないが‥‥。
 グレイ殿、どうかな?」
 だが、彼のラージクレイモアの代わりになるような代物ではない。
 グレイは、
「騎士として、この剣の輝きには心を奪われますが――俺は騎兵として、戦場を駆け抜けたいと思います。
 この剣に相応しいのは、」
 剣を鞘に収め、
「鎧騎士として、幾多の戦場で、カオスニアンよりメイを守り続けた、フィオレンティナさんだと」
「駄目‥‥ですか?」
 上目遣いにマクスウェルに訊ねるフィオレンティナ。
 マクスウェルはそれには答えず、
「手を――見せてみろ」
 フィオレンティナは言われるままに手を差し出す。
「――――」
 マクスウェルはフィオレンティナの手をしばらく見つめると、
「この剣、お前にはやや重いかもしれんぞ?」
 とだけ。
「大丈夫! ううん、むしろ重い方がいいんです!
 鎧騎士になってからずっと使ってた剣はあるんだけど、オーガ退治にはもっと重みのある剣の方がいいから!」

●まだ、終わってないから
「カウンセラーのエリスティア・マウセン(eb9277)と申します」
「かうんせらー?」
 天界人と会う事さえ初めてのマクスウェルに、人の心を扱う天界独自の職業がわかる筈もなく。
 だが、それで構わない。
 元よりエリスティアの目的は自分を知ってもらう事ではなく、
「マクスウェルさんの剣にかける思いをお聞かせ願え無いでしょうか」
 相手を知ることだったから。


「――剣がな、話しかけてきたんだ。
『ありがとう。おかげで生まれることができた』と。
 言っても信じぬだろうがな」
 ――そう言いつつも語ってしまったのは、聞いてくれる気がしたから。
 娘と同じくらいの年頃の女だが、話していてどこか安らぐものがあった。
「天界でも、一生に一度の剣が生まれる時は、その様な出来事が有ると聞きます」
 エリスティアは馬鹿にしない。
 荒唐無稽な老人の話を信じるように。
 エリスティアだけではない。
 グレイも、
 シャルグも、
 勿論フィオレンティナも、
 二人の話を真剣に聞き入っていた。
 安らぐのも当然。
 結局のところ、老人は聞いて貰いたかったのだろう。
 自分の半生を。
 剣が打てれば他は要らぬと思いながらも、
 心の隅では報われる事を求めて――。

「この剣が使われた際の輝きを、お見せいたします」
 だから、そう言われた時――。

「ああ、頼む。使ってやってくれ」
 老人は自身でも驚くほど素直に剣を娘達に託した。
「マクスウェルさんは――」
 ついては来ないのか、と。
 とてもそんな体力があるようには見えなかったが、それでもこの剣を使われているのを見せることがアネットからの依頼だ。
「そうだな。出来ればオーガ退治とやらが終わったらもう一度ここに来てくれ。
 剣を見ればどう使われたかくらいわかる」


「あんたは盾を所望だったな」
 グレイにはミドルシールドを。
「あんたは大剣か‥‥。
 済まんな。あんたに合うほどの剣はウチにはない」
「気にするな。どうせ大した手持ちもない」
 無念そうに呟くマクスウェルを気遣うシャルグ。
 だが、老人が無念なのは申し訳なさよりもむしろ、
「――せめてあと少し、儂に力が残っていれば‥‥。
 あんたに合う剣を打ってやりたかった。
 今になってあんたらのような達人に出会えるとはな‥‥」
 三人の戦士は皆、マクスウェルが初めて見る達人だった。
 だから無念だった。
 だが、ただ死を待つだけだった老人にとって、
 それはとても心地のいい無念で――。

「行ってこい。
 そしてその剣を使ってきてくれ」
「はい。ありがとう!
 きっと――」

●剣の舞
 依頼内容がオーガ退治だったのは僥倖だった。
 一体一体は強いが、数が少ない分注意しておけば取り逃す事もない。
「四体‥‥か」
 シャルクがオーラシールドを作り出し、ラージクレイモアと共に構える。

「敵を足止めします――!」
 エリスティアは精霊魔法を詠唱。
 天界人である彼女がアトランティスの地で覚えた特技の一つだ。
「水の力よ、吹雪となりて、敵を阻め」
 その威力はこの地の魔術師と比べても遜色ない。
「アイスブリザード!!」
 まだ日は浅い為、オーガ達に致命傷を与えるまではいかない。
 あくまで足止め。
 だが、効果は充分だ。

「突撃! 切り崩すぞ!」
 グレイが愛馬ストームガルドに跨り、ランスでオーガ達にぶつかる。
 巨大なオーガ達をも圧倒するような馬上からの一撃に巨体が浮いた。
「はぁぁっ!!」
 グレイの槍は馬上においてもぐらつくことなく、むしろ圧倒的な重量感を以ってオーガを貫く。
 巨体のオーガを相手にして、開けた場所を選んだのはこの為。
 騎兵の達人に歩兵では勝負になる筈もない。

「やるのう‥‥ならば――」
 シャルクが後に続く。
 彼もサイラという優れた相棒を連れてはいたが、馬上戦は得意でない為、降りて戦っていた。
 しかし、
「ふんっ!!」
 オーガに劣らぬ体格から叩きつけられる大剣の一撃はグレイのランスに匹敵する威力でオーガの身体を引き裂く。
 体格で互角なら後は技量。
 騎士の剣にオーガ如きでは及ぶ筈もない。

 二人はまだ余裕だった。
(「おっと、フィオレンティナ殿の活躍の場を奪わんようにしなくてはな」)
 そんな事を考えられる程に。

「凄い‥‥二人とも」
 フィオレンティナは紛れもなく一流の鎧騎士だ。
 だがその彼女でさえ、あの二人の前には見劣りしてしまう。
(「まあ、仕方ないか。ワタシはゴーレムに乗るのが仕事だし。
  でも――」)
 村の依頼だけならそれでいい。
 だが、もう一つの依頼を果たす為に――。
 ロングソードを構える。

『――剣を見ればどう使われたかくらいわかる』

(「父様も言ってたっけ――」)
 フィオレンティナは昔を思い出す。

 剣を見ればわかる――どうやって使われたかが。
 剣を持てばわかる――どうやって造られたかが。

 ふいに――涙が零れた。
 なんのことはない凡人の人生。
 でもひたすらまっすぐに込めた鉄の輝き。
「マクスウェル‥‥さん」
 彼女は涙を拭わず、
 その輝きを手にオーガへと――。

●報酬
 無事、怪我人もなく帰途に着く。
「いい盾でした。おかげで助かりましたよ」
 オーガを倒した報告と共に礼を言うグレイ。
「あんたの腕が良かったからだ。
 そして儂らにとってはそれがなによりだ」
 ぶっきらぼうに言い放つ老人。
 顔を起こせばその視線の先には鎧騎士の娘がいて。
「ありがとう。あの――」
 両手に大事に剣を抱えるフィオレンティナ。
 剣の事をマクスウェルに伝えなければならない。
 なのになんて言ったらいいのかわからない。
「貸しな」
 剣を受け取り、鞘から抜く。
 刀身を見るその眼差しは、娘を送り出す父親のようで――。
 しばしの沈黙の後、老人は一息つくと。
「――ありがとう」
 それだけ言って剣を持ち主――フィオレンティナに返した。

●ありがとう
「ホントによかったのかなあ‥‥」
 後ろ髪ひかれる思いで工房を後にする四人。

(『金はいらんよ。持って行け』)
(『そんな! こんなにいいもの――』)
(『二度も言わせるな』)

「お世辞じゃなくて、ホントにいいと思ったからお金払いたかったのに――」
 不満そうなフィオレンティナ。
「金ではないということであろう。
 剣を見て、どう使われたか納得し、それで充分だったのだろう? おそらくはな」
 剣を造る者と使う者、どこか通ずるものがあったのか、シャルクはそういって若い騎士を宥める。

「――ひょっとして、わかっていたのかもしれませんね」
 ふと呟いたのはエリスティア。
「わかっていたって、何が?」
「あの剣。
 魔法の剣じゃなかったっていう事を、です」
 グレイに答えるエリスティアの言葉に皆息を呑む。

「行きがけ、剣の話を聞いていたときから思うところはありました。
 これがただの剣であること。
 本人が一番よくわかっていたのではないでしょうか」
「そん‥‥な‥‥」
 堪らず馬を工房に向けるフィオレンティナ。
「まあ、待て」
 逸るフィオレンティナをシャルクが止める。
「だって――そんなの――!!」
「だとしても、だ。あの御老人は満足だった。我輩はそう思うぞ。気休めを抜きにしてな」
「俺もそう思うな」
 とグレイ。
「俺が盾の礼を言った時もなんだか嬉しそうに見えた。
 マクスウェルさんにとってはたとえ魔法の剣じゃなくても、それが使われる事ができたなら、
 それは嬉しいことなんじゃないか?」
「―――」
 そう、かもしれない。
 でも彼女は出来れば老人には信じて欲しくて――。


 ――ありがとう――。


「え?」
 女の声。
 でもエリスティアのじゃない。
(「まさか――」)
 老人の剣は鞘に収まり、何も語らない。
 気のせいかもしれない。
 気のせいだろう。
 だけど、
 それで充分だった。

 鉄の輝きを手に、四人は笑顔で帰途に着く。


 ――ありがとう――。


 もう一度だけ、
 声が聞こえた気がした。