【暁の翼】この国に必要なもの

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月20日〜11月27日

リプレイ公開日:2009年11月28日

●オープニング

 ● 隣国の今を見つめて

 セトタ大陸の、中央よりも北に位置するリグの国は人口およそ七十万人。ホルクハンデとクロムサルタにおよそ二十万の民が暮らし、王都リグリーンを擁するリグハリオス領には三十万の人々が暮らしているとされている。
 では、他の二十万の民は何処か。
 リグの領内でありながら王の目の行き届かぬ土地。
 主達の立ち入れぬ土地。
 大陸最大の国と言われるウィルに引けを取らない国土を擁するリグは、その広さゆえに見落としている物が多々あるのだ。だから、ホルクハンデ領主の「分国制に戻すべきだ」という意見も一理ある。いっそ、土地を更に細分化し分国を増やす事も一案としては悪くない。各地に領主を置いてその報告を受けるだけよりも、国土全体に統治者の目が行き届くよう計るのはとても重要な事だ。だがしかし、性急過ぎる変化が逆に民を苦しめる事も有り得ると考えれば、一先ずは現状維持という事で落ち着いたのが実状だ。
 会議の席には新王フェリオール、ホルクハンデとクロムサルタの両領主は勿論の事、先の戦を経てなお国政に関る意欲を持つ者はほぼ全員が参加した。
 一つでも多くの言葉を。
 一つでも多くの心を。
 先王グシタの下で過酷な運命を辿らせてしまった民には、今こそ笑顔で生きられる日々を手に入れて欲しいから――。




 ● だからこそ、出来る事

 戴冠式の日、国の復興及び民の生活支援のためならば国境を越えて活動するという主旨を持った【暁の翼】をリグの新王フェリオール・ホルクハンデに売り込んだアベル・クトシュナスは、当然の事ながらリグ国内においての活動も発起人である滝日向に任せる心積もりだったのだが、此処に来て、彼にはどうしても『やらなければならないこと』が生じてしまったらしい。申し訳ないと詫びながらも譲れないと言い切る態度があまりにも真剣だったから、アベルは折れた。
 かと言ってセレの伯爵位を持つ自分が先導しては「国境を越えて活動する」事が問題になってくる。
 そのため新たな代表者を決めようと思うのだが、‥‥‥‥‥‥‥‥まぁ、そこは冒険者達に話し合って決めて貰う事にして。
「セレの領内ならば民の住居、集落、その全てを把握していたが、あの国はな‥‥」
 狂王グシタの支配期間がそれなりに長かったせいもあり、為政者達の目から逃れるように暮らしている民があまりにも多過ぎるのだ。そして、そんな人々にこそ狂王の退位、新王の即位が知らされなければならないのにこれが叶わず、また必要な物資を届ける事も、‥‥何が必要なのかを知る術さえなかった。
「まず必要なのはそんな人々の居所を探し当てることか‥‥」
 そこで必要になってくるリグ国内の協力者については、戴冠式の折りに妻である冒険者の熱意ある説得と懇願の末、黒鉄の三連隊が一人ドッパ・グザハリオルがこの任を請け負ってくれる事になっている。
 彼も騎士団の一人なら多少のゴーレム貸与の融通は効くだろうし、あの広い国土の移動手段の幅も広がる。
 それだけでも、時間短縮には充分だ。
「‥‥あの国の冬は厳しいと聞くしな‥‥」
 せめて雪が積もり、零下の日々が続くようになる前に、人々が安心して冬を迎えられる準備が整えられるように――、それがリグ国内で動く【暁の翼】の急務だ。


●今回の参加者

 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

「皆さんにお願いがあります!」
 フルーレ・フルフラット(eb1182)は集まってもらった商人達全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「これからリグの国内に入られる皆さんには、各所で新王即位の話を持ち上げて頂きたいのです!」
 セレとリグの国境線上、あと一歩進めば隣国という場所でフルーレが願うのは隣国に隠れ住む人々との接点を浮上させること。
「他にも隠れて暮らす方々の噂を聞いた事がないかなど、なるべく多くの人々の耳に新王即位が伝わるようにご協力下さい!」
 辺りがざわつく。
 彼女からの頼み事の意味が判るような、判らないような‥‥そんな人々の心境を察したのか、次いで動いたのはチュプオンカミクルのレラ(ec3983)である。彼女は言葉を発したのではない。
 ただ、舞った。
「おおっ‥‥」
 その手に握られた神楽鈴が涼やかな響きを聞かせると、まるで宙に浮くような軽やかなステップがレラを弾ませ、独特の民族衣装の裾が長い髪と共に風に舞う。見る者の言葉を奪い、目を奪い、‥‥心を奪う巫女姫の踊りに辺りには不可思議な沈黙が漂い、最後のステップ、最後の鈴の音で動きが止まると、ハッと我に帰った人々は拍手喝采だ。
「素晴らしい!」
「初めて見る舞だったが私は感動したよ!!」
 周囲から次々と上がる絶賛の声にレラは丁寧にお辞儀した。
「ありがとうございます。今の舞はリグの御国に誕生されました新王様を祝ってのものでございます。私たちは『暁の翼』の名の元に新王即位を祝い、この舞で祝福させて頂きたいと思うのです」
「そのためにも見つけられる限りの隠れ里を見つけたい。決して人々の暮らしを脅かすためではないのだと信じてもらいたい」
 ソード・エアシールド(eb3838)も真剣な面持ちで言葉を繋ぐ。
 かつての国家体制を思えば商人達がリグの国の人々を見つけたいなどという要求を素直に受け入れてくれるとは思えないが、彼らは真実、リグの国の民のために動きたいと願っている。
 だから力を貸して欲しい――真摯に訴えられれば商人達の気持ちも動かないわけにはいかなかった。
「判った、判った事があればシフール便で知らせるよ」
「ああ。時間は掛かるだろうが‥‥」
「何処に宛てて送ればいいのかな」
 受け入れてくれた人々の声を聞き、フルーレは背後を振り返る。其処に佇んでいたのはアベル・クトシュナス。セレの国の伯爵であり『暁の翼』の出資者であり、フルーレの夫だ。
「ではセレのヨウテイ領、アベル卿。私の方までよろしく頼むよ」


 そうして商人達がリグの国に入り、辺りが閑散とし始めるとセレ、リグ、両国の国境警備隊達は気軽に声を掛け合いながら互いの職務に戻る。
 一方『暁の翼』の交通を援護する目的で此方を尋ねていたドッパ達分隊の騎士を、フルーレは難しい表情で眺めた後に一案。
「皆さんには騎士の装いを解いてもらいますッ」
「なにっ?」
 目を見開いて聞き返してくるドッパ。
 しかし人々が権力者を恐れているのならば騎士の格好が隠れ里に暮らす人々を更に遠ざけてしまうのは必至。
「出来ましたらジプシーや‥‥奏者、舞人などの姿になって頂けますと非常に助かるのですけれど‥‥」
 頬に手を添え、遠慮がちに言うレラ。
「私と一緒に数人の方には楽団として来て頂きたいのです。そのためにも、本当に楽器を奏でられる方ですと大変ありがたいですわ」
「楽器‥‥」
 しばらく顔を見合わせていた分隊の騎士達だが、案外、騎士とは楽器も嗜むものなのだろうか。竪琴が弾ける、笛を吹けると、数人がレラと行動を共にする事を決める。
「グライダーの使用は長距離、急ぎの報せがあるときなどに限定し、それ以外は徒歩、馬での移動としましょう」
「戦闘馬、通常馬、必要とあらば馬は貸すから言ってくれ。――レラ殿には蒙古馬かな。こちらも貴重な一頭だが私の領地にもいるからね」
「まぁ」
 パラの娘は「ありがとうございます」と牡丹の花が綻ぶような笑みを零した。
「‥‥では、行ってきますね、アベルさん」
 少々気恥ずかしそうに、だが真っ直ぐな視線を送り、告げるフルーレにアベルは微笑み、その頬に口付ける。
「行っておいで、気をつけて」
「はい‥‥っ」
 分隊の騎士達と共に、彼女もまた国境を越え。
「ゴホッ」とソードはわざとらしい咳払い。
「思ったんだが‥‥この状態で暁の翼の代表者選出は無理ではないか?」
「ん?」
 アベルが代表者になれない理由を考えれば、その妻であるフルーレが立候補するのも無理。無論、今回は代理という形で先導してもらってはいるが。
 実際、これまで『暁の翼』創立のために尽力してくれてきたメンバーが日向と共に謎の依頼を受けていると聞けばアベルも肩を竦めるしかなかった。
「あの男もなかなかモテるよなぁ」
 苦笑交じりの楽しげな呟き。
 ソードはそこまで付き合うつもりがなく。
「‥‥ともかく、出来れば自分は、創立に関わった全員が参加での代表者選出としたいのだが‥‥」
「ああ、構わないよ」
 アベルはあっさりと承諾する。
「最も全員が集まるような事になれば日向も戻って来そうだ。その際には多少の罰ゲーム込みで改めてアイツに任せるというのも一案さ」
「‥‥なるほど」
「とりあえずはリグの国の復興作業を進めるための、隠れ里の調査を頼む」
「承知した」
 そうしてソードも国境を越え、残るは楽団に扮した装いの分隊騎士達を連れたレラ――。
「行って参ります」
「ああ。‥‥初めて協力してもらう依頼がこのような内容で申し訳ないな」
「いいえ」
 レラはゆっくりと首を振る。その動作の一つ一つが、おっとりというよりもとても優雅に感じられた。
「及ばずながら、私でも皆様のお役に立てるのならと参加させて頂いたのです。自分に出来る事は何でも致しますわ。どうぞよろしくお願い致します」
「ん」
 こうして、レラもリグの国へ。
 役目は重い。
 結果を出す事は難しい。
 だが、それでも。
「頼んだぞ」
 アベルは冒険者達を見送り、心からの言葉を彼女達の背に送った。




 リグから向かって北はセレの国だ。
 そのため東をフルーレ、西をソード、北をレラという具合に担当地域を割り振っての調査が開始される。探索の開始地点は主に水場。川や、池などと中心にレラのサンワード、彼女が同伴してきた木霊のグリーンワードといった魔法で自然界の声を聞き、人々の流れを掴もうと試みた。
 地上から、空から。
 人数の不足は数多の民の協力を得ながら『暁の翼』の活動は続く。
 知識の不足は長けた者の助言で補いながら、フルーレは知らない畑を発見出来れば自ら赴き、笑顔で新王即位を知らせた。また商人達には厳しい冬を向かえるリグの国のため可能な限りの安価で物資を支給出来るよう交渉も重ねていた。これに関してはセレ側も協力を惜しまない旨を宣言しており、その事が隠れ里に暮らす人々から信頼を得る後押しにもなっていたはずだ。
 更にはドワーフの井戸掘り職人達だ。
 アトランティスで井戸を掘れるのは彼らだけ。ならば、いくら隠れ里とはいえ生きる上で水が必須ならば何処かそういった村の井戸を掘った経験もあるかもしれない。その辺りが情報を集めると提案したのはソードであり、井戸がなくても川があれば水は補給できるという点に注目し、川に立て札を作る事を提案したのはフルーレである。
 文字は読めず、逆に警戒させてしまう事もあるからと戴冠式の賑やかしい光景を模写してみた。これで、隠れ里に暮らす人々が自ら情報を仕入れてくれる事を願った。
 騎士達に尋ねて今現在で判っている村や町を地図に書き込み、そこから情報の上がって来た人里を書き込んでいく。
 一定の数を超えればレラに連絡が行き、楽団に扮した彼女達が村を訪れる。
「新王様即位を祝い、各地を舞って回っているのです。こちらの村でも一刺し舞わせて頂いてもよろしいですか?」
 レラがそう告げると、人々はまず「どういうことだ」と怪訝な顔付きで近付いてくるも、同伴したリグの騎士達が一生懸命に事情を説明し、国の新体制が始まろうとしている事を訴えれば、人々は涙を零した。
 自分達は救われるだろうか。
 それとも、また裏切られるだろうか。
 信じたい気持ちと、それ以上の不安に揺れ動き落ち着きを失くす人々を慰めたのはレラの舞だった。
「私達は『暁の翼』のメンバーです」
 楽団などと嘘をついた事を詫び、レラは正直に、丁寧に、それを語る。
 暁に羽ばたく翼が描かれた旗をと、リグの旗を手渡す。

 ――いつしか、リグの隠れ里の入り口に二つの旗が並んでたなびく事を願いながら。