【火霊祭】燃やせド根性!

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:18人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月24日〜11月24日

リプレイ公開日:2009年12月16日

●オープニング

 ●だから今年の火霊祭は

「リベンジですわ!」
 嬉々として物騒な言い回しをするセゼリア夫人に、言われたギルド職員のアスティ・タイラーは目を瞬かせる。
「どなたかに‥‥仕返しでもお考えなのですが? 道義に反するような依頼はお受けしたくありませんが‥‥」
「違いますわっ。昨年の火霊祭のリベンジですわよっ、村の男衆がとてもやる気になっているんですの!」
「はいぃ?」
 セゼリア夫人は熱い口調で懸命に説明してくれるのだが、アスティは今一つ把握しかねる。いや、確かに昨年の夫人の村で行なわれた火霊祭には冒険者達が協力した。性質の悪い風邪でダウンしてしまった村の大人達に変わって彼らが参戦、火組・炎組に分かれて会場を湧かせたと聞いている。
 が、それでどうしてリベンジだなんて話しになるのか。
「どなたかが気分でも害しましたか?」
「害したのではありませんの、男達の闘志を燃やしたんですのよっ!」
 ぐっと拳を握る夫人。頬が紅潮している。
 何でも昨年の火霊祭で冒険者達が魅せた例年にないバトルに子供達は大興奮、今年の火子候補者達に「去年のお兄ちゃん、お姉ちゃん達みたいなお祭出来る? あ、でもおじちゃん達には無理かぁ、残念」と言われ、思わずカチンと来たらしい。
『そこまで言われて大人しく引き下がるわオヤジの名折れ! 冒険者の若造共に目に物見せてくれるわ!!』
 むきむきのオヤジマッチョ六人が夫人の自宅前でどーんと仁王立ち、意気揚々と宣言したそうだ。
「あの時の光景と言ったらもうもうもうもう‥‥この世の終わりですわっ、可愛くも何ともないものが私の家の庭に‥‥っ、ああ思い出しても身の毛がよだつ‥‥!」
「それは‥‥何と言いましょうか、ご愁傷様‥‥です‥‥?」
 アスティ、どうにも夫人のテンションに追いつけない。
 しかしそれを気にする夫人でもなかった。
「ですからタイラーさんっ、冒険者の皆さんに是非っお声掛けを!」
「‥‥お祭への参加者を募るのは構いませんが‥‥今年は二チーム対抗ではないんですか?」
「二チームだけでは、あのマッチョさん達を私の視界から覆い隠せないではありませんの!」
「そ、そうですね‥‥しかし冒険者の中にも筋骨隆々な方は幾らでも‥‥」
「筋骨隆々な方は良いのです。わたくしの庭を汚したあの方々がイヤなだけですわ!!」
 ――だ、そうである。
 募集人数は無制限。
 六人一組、友人同士や家族でチームを編成するもよし、夫人側でランダムに組み合わせてもよし。チーム名も任意だ。
 会場は昨年同様、祭のために夫人が開放する約百ヘクタールの草原・山林・湖・泥地を含む私有地。
 競技ルールも同じく、コースの途中に隠されている宝箱――ただし今回はチームによって宝箱が固定されている――を発見、これを持ってゴールしなければ終わらない。もちろん探索中に見つける宝箱が自分のチームのものでなければ元に戻すか、そのまま確保して相手の探索を妨害するのも有り。ペットや魔法、武器を使用せず、身一つで出来る事は概ね認められる事になっている。
「あ、それともう一つ!」
「はい?」
 さらさらと依頼書を纏めていたアスティは、夫人の唐突な声に驚いて顔を上げる。
「まだ何か追加が?」
「ええ、今年の火霊祭は最後に大きな焚き火をしようと思うのです。キャンプファイヤーと言うのでしたかしら。ほら、水霊祭の時に冒険者の方々が教えて下さって‥‥」
「ええ」
「せっかくの火霊祭ですもの。湖に入られた方々は体も冷えているでしょうし、純粋に火の恵みに抱かれるのも悪くは無いでしょう?」
 それは確かに、と筆を走らせるアスティ。
「で、ですわ」
「はい」
「天界には、キャンプファイヤーに願い事を書いたものを放ると、願い事は煙となって精霊界まで届くという伝説があるそうではありませんの」
「‥‥そうなんですか?」
 アスティ、思わず眉根を寄せる。
 嫌な予感がして来た。
「今年ももう終わりますわ。冒険者の皆さんの願い事も精霊界に届けてみたいと思いますの。本当に叶ったら、そんな幸せな事はありませんもの」
「そうですねぇ‥‥」
 頷きつつも、終には聞かずに居られなかったギルド職員。
「ちなみに、その伝説を貴女にお話になられた天界人って?」
「勿論かえでさんですわ」
「――」
 あっさり即答、にっこり笑顔。
 たぶん。
 きっと。
 根本的にかえでと夫人は似たもの同士だと思われる――。




 ●競争経路
 ____________________
 ∴∴∴∴∴★★★★★★★★★★∴∴∴∴∴
 ∴******************∴
 ∴******************∴
 ∴******************∴
 ∴******************∴
 ∴∴∴∴〜〜〜〜〜∴∴*********
 ∴∴∴〜〜〜〜〜〜〜∴∴*******∴
 ∴∴∴〜〜〜〜〜〜〜〜∴∴∴****∴∴
 ∴∴∴〜〜〜〜〜〜〜∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴〜〜〜〜〜〜∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴〜〜〜〜∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖∴
 ∴‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖∴
 ∴‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖∴
 ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 ∴∴∴∴∴☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆∴∴∴∴∴
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ―:一メモリ約五十メートル
 ∴:原っぱ
 ★:スタート
 ☆:ゴール
 *:林
 〜:池
 ‖:泥地

●今回の参加者

倉城 響(ea1466)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ リール・アルシャス(eb4402)/ 華岡 紅子(eb4412)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ 物見 昴(eb7871)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文


 家族や友人の安全祈願。
 恋人へのお願い事。
 仕事の成功。
 様々な願い事が記された木札が名前を伏せる形で籠の中に納められて行く。
 冒険者達からそれを受け取っていたセゼリア夫人は、しかし願い事が決められないという冒険者に当たって悲鳴に近い声を上げた。
「あらあらまぁまぁ‥‥っ、何てことでしょう‥‥!」
 陸奥勇人(ea3329)に飛天龍(eb0010)にレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)と、馴染みの彼らが木札を前に頭を悩ませているのを見た夫人はある種の使命感に燃えたらしい。ちょっと失礼とその手が握る札を取り上げ、走らせる筆が書いた願い事。
『安産祈願』
「ちょっと待ってくださいっっ」
 慌てたレイン、顔を真っ赤にして札を取り上げる。
「それはさすがに気が早くて‥‥っ」
「そんな事はありませんわっ、何も今日明日の未来を願わなくても良いのです。遠い未来の事でも結構、ですがいつか必ず授かる命なのですから、願わなくてどうしますっ」
「うっ‥‥」
 妙な迫力と共に言い切られると否定する理由も見つからず、レインのお願い事はこれに決定。がくっと肩を落とす少女に苦笑しながら、勇人は「悪いが」と声を掛けた。
「レイン、こっちには何て書いてある?」
「ぁ、はい、えっと‥‥」
 セトタ語知識はどうしたって彼女の方が上だ。夫人の書いたセトタ語を訳してみれば勇人には『世界制覇』、天龍には『国士無双』と書かれている。
「また予想外っつーか‥‥」
「‥‥しかし、よくそんな言葉を知っているな」
 勇人は失笑、天龍は困惑気味に言葉を繋げば、やっぱり胸を張るセゼリア夫人。
「強さを究める陸奥さんにはやはり世界制覇を目差して頂かなくては! 国士無双は天龍さんの故郷で、そんな意味だと学びましたわよ、かえでさんから」
「かえでか‥‥」
 結局はあの女子高生かと思う面々。しかしこれといった願い事も思い付かないので彼らは諦めた。あながち的外れな願い事でもないようであるし。
「さぁ、願い事を出し終えた方は競技の準備をお願い致しますわ! 今年も昨年同様、それ以上の熱い戦いを楽しみにしています!!」
 夫人は大きく手を叩いた。



 A班は勇人、天龍、リール・アルシャス(eb4402)、物見昴(eb7871)にリラ・レデューファンとユアンが加わる。
「師匠、絶対勝とうね!」
「ああ」
 幼子の頭を優しく撫でる天龍が他の面々を一瞥。
「宝探しに障害物競走ってとこか。去年は参加し損ねた分もやってみるか」
「だー!」
 勇人の言葉には観戦についてきた火精霊の紅が両腕を上げて応援。
「全力でいくぞ」
「無論」
 即答は昴。何やら妙な気迫が漂っており、それを敏感に察したリールは苦笑い。そしてリラも。
「今年は同じチームか」
「ぁ、ああ」
 此方は此方で微妙な雰囲気だ。
 B班には倉城響(ea1466)、オルステッド・ブライオン(ea2449)、フルーレ・フルフラット(eb1182)、ラマーデ・エムイ(ec1984)、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)の五名に、何故か居るセレの伯爵アベル・クトシュナス。
「‥‥まぁ、悪い気はしないが何だってこんな事になったのか」
 あらぬ方向を見遣って呟くアベルに「それは‥‥っ」と動揺して見せたのは彼の妻、フルーレだ。
「せっかくのお祭ですし‥‥その、ご一緒出来ればなぁ、と‥‥」
 頬を赤らめる彼女に、笑むアベル。
「それは私を楽しませてくれると解釈して構わないようだな?」
「‥‥っ」
 伯爵、顔が危険。それでもおっとりと見守る響が「仲が良くて素敵ですね」なんて言うからモディリヤーノは空笑いだ。そんな一人一人に小首を傾げつつも「何はともあれ」と元気良く声を発するのはラマーデ。
「道具に頼らず身ひとつで! 思いっ切り身の内の精霊力を迸らせるわよー!」
「‥‥そうだな‥‥」
 ラマーデの意欲にオルステッドが静かに笑んだ。そんな彼の妻アリシア・ルクレチア(ea5513)は、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)やディアッカ・ディアボロス(ea5597)と同じく、同伴した精霊イフリーテの肩に乗せてもらいながら祭の実況を担当するという。
 次にC班、夫人に弄られたレインが戻ったチームのメンバーは長渡泰斗(ea1984)、フォーレ・ネーヴ(eb2093)、華岡紅子(eb4412)、アルジャン・クロウリィ(eb5814)に滝日向が加わる。
 その日向が不思議そうに見ているのは泰斗だ。
「何だってこのチームなんだ? 物見がA班ならあんたも‥‥」
「たまには違うチームで戦ってみるのも乙だろう?」
 泰斗の言葉にさりげなく同意を示す紅子は、悪戯っぽい笑みを恋人に向ける。
「私も、たまには日向さんと違うチームで戦って負かしてみたいと思ったんだけれど」
「‥‥本気か?」
「僕も最初はそう思ったな。こういう機会でもなければレインと勝負する事など無さそうだし」
 アルジャンにまで言われて固まる日向に、フォーレが陽気に笑う。
「日向にーちゃん、大変だね〜♪」
「ですね」
 終いにはレインまでがそんな事を言う。今のアルジャンの台詞を聞いていたのだろうか。‥‥それとも、聞いていても自分の傍にいてくれる存在だと信じているのか。
「ったく‥‥」
 日向は目の下を赤くしながら吐息を一つ、紅子の腕を引く。
「此処以外には行かせないからな」
「あら‥‥」
 どこか拗ねたような語調に、周りからは愉しげな笑いが起きるのだった。

「その余裕の表情もあと僅かだ‥‥!」
 そして、そんな冒険者達に闘志を燃やすD班、セゼリア夫人に「イヤだ」と言わしめた筋骨隆々の村人チームがCチームを指差し豪快な高笑い、直後。
「参加しよ!」
 リィム・タイランツ(eb4856)の頼み事に「何で俺がっ?」と拒む石動良哉、戸惑う香代。
「何でといえば‥‥どうして私まで此処に?」
「いっつもギルドに籠りっきりじゃ体に悪いから、とか?」
 困惑しきりのギルド職員アスティ・タイラーへ、アベルのお供を仰せ付かって来たカイン・オールラントが苦く笑う。
 アスティは頭を抱えた。
「‥‥参加は‥‥ええ、参加は百歩譲って承知しましょう。ですが、何だってよりによってかえでさんと同じチームで」
「文句があるなら聞くんだよ?」
「!?」
 にょきっと顔を出す天界女子高生から思わず一歩退くアスティとカイン。触らぬ女子高生に祟りなし。些か情けない男衆だが、彼女の登場に気付かない良哉はむしろ危険。
「いいかっ、俺はあくまで皆の応援に来ただけで勝負に参加するつもりは――」
「出る」
「っ」
 背後、低い声で囁かれた良哉は弾かれたように振り返り、イイ笑顔で佇む女子高生に迫られる。
「当然、出るよね? 良哉クン」
「うっ‥‥くっ‥‥」
 その迫力と来たら一体何なのか。結局は頷かされて、今年の火霊祭は五チームによる対抗戦となるのだった。



 着替えも終えて、全員がスタートラインに並ぶ。
「‥‥火霊祭に参加するのは良いとして‥‥また何か天界のよくわからん風習を取り入れたようだな‥‥何がアトランティス固有の文化なのか判らん‥‥」
 最後のキャンプファイヤーの事を指すオルステッドの言は尤もだが、それは言っちゃいけない。
「さて、今年も頑張りましょ♪」
 村人チームはいろんな意味で強敵そうだけれど、と紅子。
「私達のチームワークを見せてあげるわ」
「ああ」
「はい!」
 アルジャン、レインと頷くCチームの結束力の高さは群を抜く。
 そんな冒険者仲間達を上空から眺めるユラヴィカは相棒のディアッカと相互の中継確認。大きく手を振り、相手が気付いたのを確認すると同時に彼の体がほんのりと光りを帯びた。月魔法テレパシー。
『あーあー、ディアッカ。聞こえるじゃろうか?』
『‥‥ええ、このくらいの距離を保てば問題ないでしょう』
 スタート地点からゴールまではおよそ一キロ。その間でちょうど全体を見渡せるような位置を確認し合う二人とは別に、イフリーテの肩に座して空に留まるのはアリシアだ。せっかくの火霊祭、親しい面々にも一緒に火霊に乗って観戦してはどうかと誘ったのだが、かえでは競技に参加するというし、夫人は村の人々と一緒に楽しみたいという理由で辞退。その視線がマッチョなイフリーテから外されていた事に、一体どれだけの見物人が気付いたか――。
「さぁさぁさぁっ、今年もやって来たぞ火霊祭! 皆で戦え火霊祭っ! まずはルールの説明だぁ!!」
 今年は去年までと異なり〜‥‥という熱の篭った口調で説明を開始したのは四十代の屈強そうな男だ。頑強とも表現出来そうな外観は、どうやら村人チームの補欠要員らしい。
 スタート地点を飛び出した途端に選手を迎えるのは二百メートル以上も続く雑木林。そこを抜ければ池と原っぱが広がり、ゴール直前に皆を待ち受けている泥地も駆け抜ければその先にゴールがある。
「だがしかぁし!! 真っ直ぐ駆け抜けるだけでゴール出来ると思ったら大間違いだ! ゴールするためにはコース内に隠されている宝箱を見つけなければならない! 箱の中にはチームの記号を書いた石が入っている!」
 そのチームの記号というのがアルファベット。知識としてそれを知るメンバーが決めた『A』『B』『C』『D』『E』がそれである。
「自分のチームの記号が書かれた箱を持ってゴールするっ、それが唯一にして最大の決まり事だ! 故にもしも他のチームの箱を見つけた場合には元に戻すもよし、奪って逃げるもよし! 勝利のために戦え火子達よ!!」
「うぉおおおおお!!」
「っ」
 怒号のような応えは村人チーム。やる気満々の彼らに冒険者達は目を瞬かせ、中には顔を見合わせる面々もいたけれど、最後には笑って頷き合った。目指すはゴール。仲間と手にする優勝。
 天高く手を掲げて振り下ろし、開始の号令を掛けるのは天界女子高生と、観客席に並ぶ子供達。
「よーいドン!!」
 開始の鐘が鳴り響いた。


「さぁまずは全員一斉にスタートしましたっ、最初の難関は二百メートルある林です!」
 ユラヴィカから連絡を受けたディアッカが、らしくなく声を張り上げる。
「最初に飛び出すのはどのチームでしょうかッ」
 林の中を総勢三〇人が駆け抜ける。
「おまえ達は先に行け!」
 仲間に声を掛けて高度を上げたのは天龍。
「よしっ、いくぞユアン!」
「うん!」
 勇人の隣に必死に付いて行こうとする幼子を、後方から追うのはリールとリラ。
「私は此処で」
 言い、腕を伸ばせば届く頑丈な枝に手を掛けたのは昴。
「わっ」
 ユアンの目の前で彼女の身体は上空に消えた。
「さすが昴殿、身軽だな」
「私達も負けていられないな」
 感心するリールに声を掛けるリラ、その横を。
「油断しないでよー」
「お先に失礼しますね?」
 ふふふと袖口で口元を覆いながら笑む響は、草履だというのに非常に身軽。エルフという森での暮らしに長けたラマーデと二人、あっという間にAチームを抜き去る。
「‥‥これは、あれか‥‥、赤信号‥‥皆で渡れば恐くない‥‥」
 意味の有無はともかく、涼しい顔でそんな事を呟くオルステッドの速度も平地を走る勢いと変わらない。
「負けてられないね‥‥!」
 ユアンの目が燃える。
「勝つぜ」
「「ああ!」」
 勇人の掛け声にAチーム全員が勢いのある声を上げた。そんな彼らの声に胸を押さえ。
(「此処でイイところを見せないと‥‥っ」)
 誰にとはあえて伏せ、真剣ながらも覚束無い足取りのモディリヤーノ。何度か地面の草に足を取られながら走るフルーレ。
「で、あんたはそうのんびりしていていいのか」
 胡乱臭そうな顔付きで声を掛けて来る日向に、言われたアベルは肩を竦める。その歩調はゆったり、のんびり。まるで散歩を楽しむそれだ。
「さて。この祭の勝敗が私にどう影響してくるわけでもないからな」
「なるほど」
 この腹黒伯爵に勝ちを意識させるには相応の条件を提示すべきだったなフルーレ、と内心で息を吐く日向の横を、レインとアルジャン、そして紅子が行く。
「行きますよ日向さん」
「チームが負ければフルーレが落ち込むだろうに‥‥」
 新婚夫婦の重なる声に、にやりと伯爵。
「落ち込んだら、その時はその時だ」となんとも意味深。
「フルーレちゃんも大変ね」なんて紅子が苦く笑みながら日向の腕を取る。
「此処はフォーレちゃんが見てくれるそうだから、行きましょう?」
「ああ」
「そっちは頼んだんだよ〜♪」
 彼らの後方。けらけらと笑うフォーレが、やはり身軽に樹を登り始めていた。
「で、そっちはどう分担したんだ?」
 同じく仲間を追いながら走る泰斗が声を掛けたのは、Eチームのかえで。
「んーと、池を良哉君と香代さん、泥地をあたしとカイン君、原っぱはアスティ君。リィムさんは林から順番にとにかくやってやる! って」
「やってやるーーー!!」
 追随するかの如く上がった気迫漲るリィムの声は林全域に響き渡った。



「さぁ各チーム、林を抜けて来たメンバーが各自の担当区域に向かいます!」
 ディアッカが声を張り上げる。
「Aチームからは勇人さんが池に、原っぱをリールさん、リラさんとユアンさんが泥地に向かっているようです」
『Bチームは響殿とラマーデ殿が泥地に向かうようじゃの』
「Bチームの泥地担当は倉城さんとラマーデさんのようですねッ」
 相棒からのテレパシーを受けて周囲に知らせるディアッカ。その間にも続々と届く情報量は、とても二人の遣り取りで補えるものではないうえ、とにかく声量が求められるディアッカが競技後に喉を潰すのは必至。自分でも喉を労わる準備はして来ているようだが、私達も何か協力させて頂きますわと心に固く誓うのはセゼリア夫人。
 で、何をやるかと言えば。
「まぁまぁまぁ‥‥っ、さすが冒険者の皆さんは足がお早いですわね‥‥っ、御覧なさいな、ほらあの方! 先日結婚されたばかりのレインさんとアルジャンさんですわっ」
「っ」
 ディアッカよりも体が大きな分だけ辺りにも響くセゼリア夫人の解説。
「それは言わなくても‥‥っ」
 レインなど狼狽して転びそうになったが、そこをすかさずフォローする旦那様のお陰で転倒回避。それで更に周りが盛り上がる。
「周りの声など気にせず、な」
「は、はい‥‥っ」
 レインは池へ、アルジャンは池と泥地の間の原っぱを捜索開始。
「魔法が使えなくても水使いですもの」
 衣服の裾を捲り上げて池の中に飛び込んだ。
 そんな光景をもう一人、上空から見上げていたアリシアはいつまでも夫の姿が見えない事に小首を傾げる。
「オルはどのあたりに参加しているのかしら〜」
 林担当の彼は、いまだ林の中。姿の見えない夫を探しながら、視線は無意識に辺りを見渡していた。
「それにしても広いですわね〜」
 直線距離にしてゴールまで約一キロ。単純に走るだけでも相当なものなのに、更に宝箱を探せと言うのだから無茶を言う、が。
「オル‥‥」
 もちろん活躍してくださいますわよね? という妻のにこにこ笑顔を思い出したオルステッドは、林の中で若干の肌寒さを感じていた。
「‥‥風邪、か‥‥?」
 樹の幹に手を当てて呟きながら、視線はしっかりと地面を見分ける。いくら誤魔化そうとも人の手が入れば見分けがついてしまうのが土の大地。宝箱が隠してあるとするならば必ず痕跡が残っているはずだ。同様に、地面に目を凝らして捜索するリィムと村人。木の枝から枝へ渡りながら視野を広く持ち探索する昴とフォーレ。
「ん?」
 不意に天龍が高度を下げる。
「あれか?」
「そうはさせないよ〜♪」
「っ」
 枝と幹の間に挟まっていた箱に近付こうとした天龍、その前方に飛び込んできた枝は天龍にかわされて地面に落ちる。
 フォーレのナイフ投げならぬ枝投げだ。
「さすが天龍にーちゃん♪」
 けらけらと無邪気に笑うフォーレが距離を詰め。次に投げた枝は真っ直ぐ宝箱に!
「此方はさすがと褒めている場合ではないな!」
 天龍は速度を上げ、フォーレは枝を飛び降りて箱の落下地点に滑り込もうとする、が、それより早く。
「もらったぁっ!」
 絶妙のタイミングで走り込んできたリィムが見事にキャッチ。皆の視線を集めながら開けた箱の中、書かれていた記号は『B』だ。
「ボクのチームのじゃない!」
 天龍やフォーレのチームでもなく、それは。
「‥‥ん? 私か‥‥?」
 眉一つ動かさないオルステッドの淡白な反応。
「寄越せ!」
「ぁ!」
 思わず動きを止めた冒険者達の、一瞬の隙を突いて箱を奪ったのは村人チーム、それも六人全員が揃っている。
「走れ!」
 内一人がその場に残り、五人がダッシュ。
「さぁどうする!」
 どうする、と言われても。
 林の中にもう箱がないという確証はない。ましてや奪われた箱がBチームのものならば天龍や昴、フォーレ、リィムにも追いかける理由は無いわけで。
「さぁ!」
 再び上がる村人の声にオルステッドは息を一つ。
「‥‥私だな‥‥」
 追いかけようとする彼の前に、筋骨隆々な壁が立ち塞がった。武器やスキルが使えれば冒険者の勝ちは明らかだが、純粋な体力勝負であればエルフのオルステッドに勝らずとも劣らない。


『おお、林から村人チームの五人が出てきたようじゃ。どうやら箱を所持しているようじゃな』
「村人チームが箱を見つけて林から出てきたようです! 他のチームが追いかけて来ないところをみると、見つけた箱は彼らDチームのものだったのでしょうかッ」
 ユラヴィカとディアッカの中継に観客が湧く。
 しかし、ここで村人チームは一人が池に、一人は原っぱで足を止め、残りの三人が一直線に泥地を目差すのを目撃した。
「どうやら村人チームが所持しているのはDチームのものではないようですっ、一体何チームの箱を手に入れたのでしょうかッ!」
 現状、冒険者チームにそれを知る術は無い。
「見つけないと‥‥っ」
 自然、探索にも力が入る。
 池の中、ずぶ濡れになりながら手探りで箱を探す水の中。
「なるほど、わざとらしく枯葉が敷き詰まってるのは演出か?」
 長い腕で底の葉を掻き分けながら呟く勇人の声は苦笑交じり。
「ううっ、水魔法を使えればすぐなんですけど‥‥」
 この季節、水に浸かっていれば寒くなって当然。青い唇でそんな事を言いたくなるレインの気持ちは尤もだろう。だが、そんな状況下でも妙にどきどきして顔が火照る娘がいた。フルーレだ。
「‥‥アベルさん、探索はどうしたんですかッ」
 思わず肩まで水に浸かって問い掛ける彼女は、水に濡れても問題の無い格好ということで水着姿。
「ふむ、レイン嬢が手足だけで凍えていると言うのに大丈夫か?」なんてわざとらしい心配をする伯爵に、同じく池の中の石動兄妹が「うわぁ‥‥」と呆れた視線を寄越す。流石のフルーレも語調を強めずにはいられない。
「アベルさんも真剣に箱を捜索してくださいっ、このままじゃ負けちゃいますよ?」
「さきほど日向にも話したが、この祭の勝負など私には関係ないんだよ。そんな事より、こうして滅多に見られない妻の姿を見ている方がずっと楽しいね」
「‥‥ッ!」
 にやにやと言うアベルは、瞬時に茹で上がるフルーレの反応を心底楽しんでいるが、それじゃあまるで変態だと勇人やレインが思ったとか思わなかったとか。
「つーかおまえもいっそ池に落ちれ」
「!」
 ドン、と。
 何の前触れもなくアベルの背中を押したのは原っぱの探索をしていた日向。
「俺達の探索の邪魔だ」
「やってくれる‥‥」
 ドボンと池に落ちた彼が失笑しながら濡れた髪を掻き揚げる、と同時に動いたのは勇人。その動きに気付いた日向がはっと足元を見下ろせば、今の今までアベルの足があったその場所に、一つ転がる宝箱。
「おまえっ、何処でこの箱!」
 勇人が池から上がるより早く手に取った日向。
「ああ、それならスタート地点からすぐの岩の傍に隠れていたよ。物探しには歩く速度が丁度良いらしい」
 とんでもない事をサラリと言う相手に呆れる暇もないまま箱を開ければ書いてあった記号は『A』。
 勇人のチーム。
「っ」
 その勇人は、池を移動する足の下で何か固いものを踏みつけた。まさかと手を突っ込めば持ち上げたのは宝箱。
「あ!」
 記号は『D』、村人チーム。これでは日向との交換条件には使えないが――。
「おい、そこのあんた!」
 勇人は池に入っている村人に声を掛けた。もしも彼らが持って林から抜けた来た箱がCならば。
「あんたのチームが持っている箱は何の箱だ?」
「‥‥っ」
 村人は迷う。だが、自分のチームの宝箱は目の前。それを手に入れなければ終わらない。
「‥‥っ、Bだ!」
「私達のチームの箱!」
 フルーレが声を上げる。A、B、Dの箱の所在はすぐにユラヴィカとディアッカによって全員に知らされた。





「残るはCとEか‥‥」
 原っぱに目を凝らしながら呟くCチームのアルジャンは、それまですぐ傍で探索していたモディリヤーノが箱を持つ村人に駆けていくのを見送りながら、自分のチームの箱を探す。
「さて、どうしましょうね?」
 一方、泥地で手足を真っ黒にしながら箱を探していた響は、ラマーデにそう声を掛けた。自分のチームの箱は村人チームの手の中と判ったからには、これ以上の探索は必要ない。
「だったら村人チームから箱を取り返すだけよねー」
「やっぱりそうですね」
 陽気なラマーデと、ふふっとしとやかに笑う響は泥地を抜け、それを見ていたユアンはリラに。
「俺達はどうしたら良いかなっ」
「そうだな‥‥」
 Aチームの箱を所持している日向の傍には勇人がいる。原っぱを探索していたリールも、林の中を捜索している天龍と昴もすぐに追いつくだろう、となれば。
「私達が手を出すまでもないように思うが‥‥」
 言い、チラと見遣る紅子の姿。
「あのままでは日向が怪我をすると思うが?」
「あら、心配してくれるの?」
 くすくすと笑う紅子は、しかし。
「でも大丈夫よ。――これ、何だと思うかしら」
「あ!」
 ユアンが指を差しながら声を上げる。泥まみれの紅子の手の上にちょこんと居座る宝箱。
「君も見つけていたのか」
「たった今ね」
 中身を確認したなら記号は『C』。正しく彼女のチームだ。
「なるほど‥‥という事は、私達は君のゴールを阻止しなければならないわけか」
「その阻止は俺が阻止するとしよう」
 言い、紅子とリラの間に割って入るのは同じくCチーム、紅子と共に泥地探索を行なっていた泰斗。
「ここらで一勝負といこうか?」
「‥‥望むところだ」
 どちらも楽しげな笑みを零す泰斗とリラ。
「よろしく頼むわね」
 泰斗に任せ、泥地を抜ける紅子の後を追うのはユアン。
「紅子姉ちゃんは俺に任せて!」
「頼んだよ」
 そうして始まる全力駆けっこ。
「俺達Dチームの存在を忘れるな‥‥!」と村人が二人を追おうとするが、これは同じく泥地にいたかえでに邪魔された。
「いい年したおじさんが女子供の邪魔をしようなんて、考えちゃダメだよね?」
「‥‥っ」
 にこにこ。
 天界女子高生の笑顔は善良な一般市民にも有効だったようで、そこに追い討ちを掛けたのは林から飛び出してきたリィムの自己申告。
「Eチームの箱! 見つけたよ!!」



 五つの箱、全ての所在が明らかになった。林から見つかったBチームの箱は村人の手に、Eチームの箱は、Eチームのリィム。原っぱで見つかったAチームの箱は日向が所持し、Dチームの箱は勇人。そして最後、Cチームの箱は同チームの紅子の手の中だ。
「日向殿! 箱は貰うぞ!」
「つーか待て! 非力な天界人相手にこの面子は卑怯だろ!」
 勇人、天龍、昴、リールに囲まれて思わず逃げ腰の日向、彼を守るべくアルジャンとレインが立ち塞がり、更にその前方。
「その前に俺達の箱を寄越してもらうぞ!」
 ズラリと居並ぶ筋骨隆々の村人チームはまるで壁。勇人は仲間と顔を見合わせた。
 そして。
「なら返すぞ、――あった場所にな」
 勇人、箱を池の中に放り投げた!
「あ!」
 当然、池に飛び込む村人達。これでAチームとCチームの間にあった厄介な壁は取り払われた。
 なんとも脆い。
 祭がクライマックスに向かうのを、ディアッカは興奮した調子で全力実況。
「Eチームのリィムさんが走ります! 走る、走る! おぉっと池の中から妨害に入るか村人チーム! おぉ!? しかし池から上がろうとした村人を良哉さんと香代さんが止めました! 引っ張って再び池にドボンです!!」
『お、いま転ばされた村人の傍に箱が浮かんでおるぞ!』
 ユラヴィカが知らせる。
 それをディアッカが伝える。
「あれはBチームの箱でしょうか! そうですっ、Bチームの箱です!! これをモディリヤーノさんが掴んで走り出しました!!」
 わぁあああっと一斉に広がる盛り上がり。
「行かせるか!」
 村人が邪魔をしに池を上がろうとするが、
「!?」
 その顔面を襲った泥ボール。
「行っちゃえー☆」
「邪魔はさせませんよ?」
 ラマーデと響は自分の手足についた泥を丸めてモディリヤーノの援護だ。
「ラマーデ殿、響殿、ありがとう‥‥っ」
 先を行くリィムの背を追うように‥‥更にその前方、紅子の背中を追うように、モディリヤーノも必死で走った。
 ここで、勝たないと。
(「‥‥ここで頑張らないと‥‥!」)
 モディリヤーノは胸中に決意する。
 走る。
「さぁ日向殿!」
 箱を渡せと迫る姉、リールの姿を視界の端に捕らえ。
「‥‥っ」
 決意は、言葉に。
「姉上〜!」
「っ?」
 此処暫く口も利いていない弟の呼び掛けにリールは驚いて振り返った。それは、姉弟の仲違いを知る誰もが同じ反応。リラやユアンも勿論だ。
 そこに、続く言葉が。
「姉上! 好きです〜!!」
 絶叫が。
「――」
 誰しもの動きを止め、言葉を失わせた。
「モディリヤーノ兄ちゃん‥‥」
 そうして彼の姿を見つめて動きを止めてしまった幼子の横を、するりと抜けた紅子。
「お先に失礼?」
 どこか申し訳なさそうではあったものの、箱を持ったまま越えたゴールライン。
 鐘が鳴る。
「ゴォオオオオオオル! Cチームがゴールイン! 優勝ですッ!!」
 ディアッカが全力で勝利チームの名を叫んだ――。



 一位はCチーム。二位はE、三位がB、四位は接戦を制してAチーム。最下位は見えていた結果と言うべきか村人チームに終わった。これにはセゼリア夫人が大喜びで石に書いた願い事を読み上げさせたが、その内容が「子供が冒険者より父親である自分を好きになってくれますように」なんてものばかりだったせいで調子が狂った。結局、彼らは子供達が冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃんの話ばかりするから嫉妬していたのである。
「まったく! バカな方達ですわね!」なんて言葉でリベンジはお流れに。
 あとは仲良くキャンプファイヤー。濡れた体を温めながら、村の女達が用意したスープで体を内側から温める者、願い事を書いた石をこっそりと火にくべる者。
「いじめっこには負けませんッ」
 小声で決意しながら投げ入れるフルーレは、しかし背後からアベルに抱きすくめられた瞬間にアウト。
「誰が何だって?」
「いえっ、あの‥‥っ」
 下克上は遠いだろう。

「オル、貴方は何をしていましたの?」
「いや‥‥」
 アリシアに笑顔で詰め寄られて、オルステッドは顔を背ける。間違っても火精霊に燃やされるような事はしていないのだが、何故こうも後ろめたいのか。
「‥‥柿食えば、鐘が鳴るなり‥‥」
「オールゥー?」
 誤魔化すように願い事を呟くオルステッドに迫るアリシア。
 そんな二人の傍ではフォーレや響が笑顔で石を投げ入れている。
 来年も、家族や友人達が無事に過ごせるように。
 幸せな人達と一緒に楽しく過ごせるように。
 そこに新しい家族も加われば尚幸いと、新妻に寄り添うアルジャンの願い事は遠からず叶うはず。
「しかし、こんな時期に願い事とは‥‥」
 難しい顔で呟く泰斗の傍には昴。
「確かに、色々と間違っている気はしますが‥‥」
 視線をずらす昴に、泰斗は語る。
「七夕にしては半年ほど遅いし、どんと焼きをやる小正月にしてはまだ早い。そもそも、だ。七夕は兎も角、どんと焼きはその年の病を取り除いたり歳神を見送ったりする行事であり」‥‥云々かんぬん。
 長いので略すとして昴が火に投げ込んだ火には短く一言『武運長久』。誰のとは書かないあたりが彼女らしいと言うべきか。
 仕事の更なる躍進を。
 ペットの更なる成長を。
 はたまた心の前進を。
(「‥‥良哉クンと両想いになれますように」)
 託されるリィムの切ない願い。
「私の願い事、当ててみる?」
「ん?」
 Aチームから箱を守ろうとした際に痛めた腕を紅子に手当てしてもらいながら掛けられた問い掛けに、彼は肩を竦める。
「‥‥俺と同じ、だろ。きっと」
 どこか気恥ずかしそうな笑顔を返されて、紅子も笑う。
 幸せな、願い事。
 そして今にも叶う祈りは。
「‥‥大丈夫か」
「!」
 負けたことに消沈してか、原っぱに横たわったままだったモディリヤーノの頭上から降る、姉の声。驚いて飛び起きた彼に、リールは苦く笑んだ。
「‥‥私が我慢すれば良いんだろう?」
 軽い息を吐き、差し出される手の平。
「姉上‥‥っ」
 胸に灯る光り。


 様々な願いを乗せて、火霊祭の炎は天に昇る。
 来年も、健やかなる一年を。
 また、こうして皆で楽しめる日の来る事を願いながら、残りあと僅かな今年と呼べる日々。今日という日のように、皆で全力で駆け抜けられる事を――。