和―家族―

■ショートシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月24日〜11月29日

リプレイ公開日:2009年12月04日

●オープニング

 都から北に約二十キロの距離に位置する村の一角で、幼い子供の声が厳つい男の声に打ち消される。
「父ちゃんの判らずや!!」
「ンだとこのガキゃあ、それが父親に対する言葉か!?」
「判らずやだから判らずやって言ったんだ!」
「てめぇもぉ許さねぇ!!」
 ドタタタタタタタタタタタタタタッッッ!!
 屋内を真剣に走って逃げる息子の名前はリオン、追いかける父親の名前はエイリック。大工仕事を生業にしているため見た目も厳つい体格の父親は、見た目通りに中身も厳つい‥‥いや、厳ついというよりは粗野・乱暴。それは息子に対する態度からも見て取れるだろう。
 とは言えつい数日前までの彼は、他人にはこうでも息子には激甘だった。最愛の妻の前ではだらしなく顔が緩み、外での顔からは想像も出来ないダメ男っぷりを発揮していたのだ。
 そんなエイリックが変わってしまったのは――。
「父ちゃんがそんなだから母ちゃんはいなくなったんだぞ!?」
「うっせぇっ、親の事情に口出すんじゃねぇや!!」
「何が事情だよっ、父ちゃんの浮気モン!!」
「ガキが生意気言うンじゃねぇ!」
「ガキだって父ちゃんが謝れば母ちゃんが許してくれるって事くらい判る!」
「何で俺が謝ンだ!? 俺が稼いだ金だっ、俺が使って何が悪い!!」
「――」
 何処からか重々しい鐘の音が響く幻聴を聞いた気がする。
 それはリオンだけではなく、この喧騒の中でもリビングの卓についてお茶の時間を過ごしていた彼女、エイリックの妹でありリオンの叔母にあたるシェルマも同様。彼女は兄の勝手な台詞に茶器を勢い良く卓に戻すと、その全身から涼やかな青色の輝きを放つ。
「あ」
「げっ」
 思わず動きを止めたリオンとエイリックは対照的な表情を浮かべ、シェルマはにっこりと笑顔。
「お兄さん? 少し頭を‥‥冷やしなさい!!」
「うがっ‥‥――」
 一瞬にして凍ってしまった父親の姿に、リオンはしばらく呆然としていたが慌てて我に返ると拳を握る。
「‥‥っ、父ちゃんのバカ!! もう知らねぇからな!」
「リオン!」
 言い放ち、家を飛び出して行くリオンは、恐らく母親の実家に戻るのだろう。
「まったく‥‥」
 シェルマは溜息を一つ、呆れた視線を氷の棺に閉じ込めた兄に注ぐのだった。




 ●

「あはははは!」
 話を聞いた途端に大笑いしたのはギルド職員だ。その正面にはシェルマの姿。彼女は冒険者登録をしているウィザードなのだ。
「ほんと、もう笑うしかないわよね」
 頬杖を付きながら溜息をつく彼女は、結婚二十年目の職員から夫婦円満の秘訣、兄夫婦を仲直りさせる秘策でも聞き出せないかとギルドを訪ねていた。
 そもそも今回の家庭内騒動は、兄のエイリックが妻に内緒で他所の女性に一月の給与の三分の一もする贈り物をしていた事に端を発する。大工仲間と飲みに行った酒場で随分と綺麗な娘が同席し、気を良くした仲間達に煽られる勢いでエイリックも普段以上に飲酒。気付けば前後不覚のまま娘に高級ドレスをプレゼントしてしまっていたそうだ。
「エイリックさんも、そこで奥様に土下座して謝罪すれば良かったのに」
「あの人、義姉さんにベタ惚れだもの。お酒のせいでも義姉さんを裏切った自分が信じられなくてパニくっていたのかも?」
「気の毒に‥‥」
 言いながらも苦い笑みが零れる職員。
 結局は犬も食わない夫婦喧嘩、夫婦にしろ親子にしろ、腹が立つのは相手を想っていればこそだ。
「他人がとやかく言っても仕方ないですから、結局は御本人同士で何とかするしかないのですけれど、エイリックさんも後には引けなくなっているようですし何らかの切っ掛けは必要でしょうね‥‥」
「意地の悪い方法でも良いわよ、兄さんもあの通りだし、お仕置きされて当然だもの」
「そうですね‥‥」
 二人きりでゆっくり話せるシチュエーションを演出する?
 子供を人質に立て篭もり犯を演じてエイリックの危機感を煽るだとか。
「‥‥どんな方法を取るにせよ人手が必要ですし、いっそ依頼にして協力者を募ってみては如何ですか?」
「こんな事で?」
「こんな事だから、ですよ」
 職員は穏やかに笑む。これがもっと深刻で、人の生死に関るような依頼であればこうはいかない。
「たまには意地の悪い作戦を立てるような依頼もあって良いと思いますよ?」
「んー‥‥じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
 シェルマは面白そうに応じ、ペンを走らせる。
「あのバカ兄を改心させてくれる奇抜なアイディア大募集、と‥‥」
「息子さんや奥さんも協力してくれますか?」
「その点は大丈夫だと思うわ。リアンは早く両親と一緒に暮らせるようになりたいんだし、‥‥たぶん、義姉さんも意固地になっちゃって、後に引けなくなってるだけだと思うもの」
「それはそれは‥‥」
 職員は楽しげに笑いを噛み殺す。
「結局、似た者夫婦ということですね」

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec7125 ウォーカー・アレン(22歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


「まったく、こういう事は犬も喰わないな」
 キース・レッド(ea3475)が肩を竦めてそんな事を呟けば、晃塁郁(ec4371)も同意を示すように軽い吐息を一つ。
「一番良いのはエイリックさんが奥様とリオンさんに頭を下げて謝罪することなんですが、何とかしますか」
「ああ」
 当人達も謝る機会があれば関係は修復可能のはずだ。
 結婚したばかりの自分が夫婦仲を取り持つ依頼を受ける事になろうとは‥‥とキースが妙な縁を感じながら頷き、今回の依頼のために集まった最後の一人、エヴァリィ・スゥ(ea8851)を見遣る。先ほどからずっと赤いフードを被り俯いたままの表情を伺う事は出来ないけれど、これまでも共に依頼を受けて来た経緯がある。彼女がとても優しく純粋な冒険者である事は重々承知しているから、表情が見えずとも気持ちが一つなのは判っていた。
「さて。では作戦決行と行こうか」
「ええ」
「はい‥‥」
 キースの呼び掛けに応じる塁郁とエヴァリィ。
 心強い味方に、依頼人となるシェルマも大きく頷いた。





 今回の作戦を簡単に説明するならばエイリックにどっきりを仕掛ける。まずはキースがエイリックの妻の恋人に成り済まし、再婚相手としてエイリックに会おうというものだ。
 この際、息子のリオンにも協力を頼みキースを「お父さん」と呼んでもらう。元々が家族愛の強い男ならばこれだけでもかなりの衝撃を受けるに違いない。ただ、衝撃が強過ぎて暴走されては別の問題が発生しかねないため、彼の精神的なフォローも必要になってくるだろう。その要が塁郁とエヴァリィだ。
「こんな作戦はどうだろうか?」
 キースが子供に問い掛けると、リオンは大きく二度頷く。
「やるっ! それで父ちゃんと母ちゃんが仲直りしてくれるんだったらオレ頑張るよっ!」
「いい覚悟だ」
 拳を握り締めて訴えてくる子供の頭を撫でて、キース。
「では、よろしく頼むよ」


 その頃、シェルマと二人、先行してエイリックの家に向かっていた塁郁は重い表情を、作っていた。
 チラと隣を歩くシェルマを見遣って更にその表情は重く。
「シェルマさん、目元が笑っています」
「あらっ」
 まぁと言いながら自分の目元を指先で延ばすシェルマは、どうやら冒険者達の考えた作戦が愉しくて仕方が無いらしい。ただ、そこは彼女も一端の冒険者。任務だと思えば緊張感も生じるわけで、エイリックの自宅に着いた頃にはきちんと演技をしていた。
 深呼吸一つ、緊急を装って部屋に駆け込むシェルマに続き、塁郁も屋内へ。
「お兄さんっ、お兄さん何処なのっ!? お兄さん!!」
「何だうるせぇな!!」
 妹の連呼に不機嫌全開で姿を現したエイリックに、シェルマは駆け寄る。
「何がうるさいよっ、お兄さんがそんなだから義姉さんが愛想を尽かしたんじゃない! しかも今度こそ本当に家庭崩壊よッ!」
「はぁっ?」
 眉間に深い縦皺を刻んで聞き返してくるエイリックの視界に、そっと入り込んだ塁郁。
「? 誰だおまえは」
 状況が飲み込めず雑な言い方をする彼とは対照的に、塁郁は丁寧な挨拶から始める。
「お初にお目に掛かります、私の名は晃塁郁。縁あって奥様とは懇意にさせて頂いているのですが‥‥彼女から、貴方と離縁するにはどうしたら良いのかという相談を受けまして」
「!?」
 瞬時に目を見開いたエイリックは妹を吹き飛ばす勢いで塁郁に駆け寄る。
「おいおまえっ、それはどういうことだ!? 離縁って、あいつが本気で!?」
「はい‥‥大変言い難い事なのですが‥‥既に親しくしている男性もいらっしゃるようで」
「‥‥っっ」
 重々しい口調で語る塁郁の言葉が続くにつれて、エイリックの顔は青白くなり、赤くなり。とうとう激昂するかという雰囲気になれば、不意に何処からか優しい竪琴の音が聴こえてきた。
「‥‥っ」
 爆発しそうになっていた気持ちが緩やかに沈静化される。――エヴァリィの月魔法メロディーに込めた祈りの成果だ。男の変化に内心でほっと息を吐いた塁郁は更に言葉を重ねる。彼女は異性との話術にも長けているから。
「エイリックさんの気持ちも大変よく判ります。喧嘩両成敗とも言いますし、必ずしも貴方一人が悪いわけではないと私は思います」
「そうだろっ? それなのになんで‥‥っ」
「奥様も貴方と同じで、素直になれなかったのではないでしょうか」
 その言葉に目を見開いたエイリック。
「――‥‥俺と、同じ?」
「‥‥違うでしょうか?」
 塁郁は決してエイリックを否定しない。同時に妻も否定しない。彼一人を責めるのでもなく、妻の行動は貴方と「同じ」ではないのかと問われれば、事実、素直になれないだけのエイリックは頬を引っ叩かれたのと同じくらいの衝撃を受けたようだった。
「このままじゃ‥‥ダメだ‥‥っ」
 声を震わせるエイリック。
「ダメだ、ダメだっ、あいつは俺の妻だぞ!?」
「では奥様に‥‥」
「何処に居るか知っているのか!? だったら教えてくれ! あいつにきちんと謝って‥‥それで‥‥っ」
「‥‥謝られるのですね?」
「ああ! だって俺が悪いっ」
 声を張り上げるエイリックの瞳には、気付けば涙が浮かんでいた。
「あんたは喧嘩両成敗だと言ってくれたが、違うんだ、俺が悪いんだっ!」
「お兄さん‥‥」
 あまりにも素直に自分の非を認めるエイリックに、うっかり感動しかけているシェルマは、ふと聞こえて来る竪琴の音の調子が変化している事に気付いた。
 先ほどまでは穏やかに、淡々と爪弾かれるだけだった弦の音が、今は励ますように、力づけるように強く響く。その音色がエイリックに思い出させるのは家族で過ごした大切な時間。
 それを失ってはならないという、鼓舞。
 エヴァリィの優しさが滲み出るメロディーだった。
「‥‥それでは、行かれますか?」
 塁郁が問えば大きく頷くエイリック。
「貴方がそこまで言われるのでしたら、奥様とリオンさん、お二人との関係を取り戻すお手伝いをさせて下さい」
「ありがとう‥‥っ」
 素直に。
 心から告げる感謝の言葉に、シェルマまでが泣きそうになる。
「じゃあ行きましょう、お兄さん。義姉さんもリオンも、お兄さんが来るのをきっと待ってるわ!」





 その頃、妻とリオンと共にとある空き家を一時的に拝借したキースは、奥方に料理の腕を揮ってもらっていた。
 エイリックが謝りに来るよう仲間達が仕掛けているという話をしたなら、此方は存外素直に喜んでくれた。だから、仲直りした後で家族三人が一緒に囲める食事を用意して欲しいと頼めばすぐに了承されたのだ。
「これは驚いた。奥さんは料理がお上手だ。僕も独り身であればご相伴に預かるところだが‥‥」
「まぁ、お上手」
 並んでキッチンに立つ二人は、傍目には新婚夫婦そのもの。しかしてその会話の内容はと言えば互いの夫婦間の惚気に他ならなかった。
「そんな事を言いながら、隣に立っているのが奥様ならと想像してらっしゃるんでしょう?」
「判るかい?」
「だって貴方の瞳、私に向けられているようでいて、本当に愛しい方を見ているもの」
「おや‥‥。依頼中だというのに、僕とした事が‥‥」
 芝居がかった大仰な動作で髪を掻くキースに、彼女は微笑う。
「奥様は幸せな方ね、そんな風に想われて」
「その言葉は、そのまま貴女にお返ししますよ」
「あら」
 見返した瞳が数度瞬き、終いには二人一緒に笑い合った。
 穏やかに流れる優しい時間を前にして、しかしリオンの表情は浮かない。自分の母親と、父親との仲を取り持つために協力してくれているだけとは言え他所の男が仲良く台所に立っているという光景には心中穏やかでいられないようだ。
(「父ちゃんのバカっ、さっさと母ちゃんに謝りに来いよっ」)
 いまだ姿を見せない父親に苛立ちをぶつけつつ、更に待つこと半時。
 料理の準備ももう終わろうという時分になって外の方が騒がしくなってきた。これにはキースも気付き窓から表を確認。
「‥‥さて、フィナーレだね」
 その表情が俄かに変化した。





「おいオマエ!」
 ダンッ! と破壊しかねない勢いで開いた扉の此方側で、わざとらしく驚いて見せたキース。
「‥‥? 見覚えのない顔だが、どちら様かな」
 冷静に、それでいて厭味ったらしいキースの対応に拳を振るわせるエイリックは、おまえが誑かした女ん夫だと言い返して詰め寄る。
「あいつもリオンも此処にいるんだろうっ? 今すぐに返してもらうぞ!」
「ああ、なるほど」
 乱暴な足音を立てて近付いてくるエイリックにキースは言い放つ。
「あんなに美しい奥方がいながら他所の女に現を抜かした愚か者とは貴方の事だったか」
「何だと!?」
「でしたらお引取り頂こう」
 がなる彼とは対照的に、どこまでも冷静に応じるキース。
「彼女は僕と新しい家庭を築く。リオンも懐いてくれているし、もはや君の出る幕は無い」
「‥‥っ!」
 振りあがった拳は、しかしキースを殴る事はなかった。偏にエヴァリィが奏でる旋律のおかげである。
「‥‥とにかく、話をさせろ‥‥っ、俺は、あいつらと話をしなきゃならないんだ!」
「今更何を話すんだい。君は奥方を裏切った、それが全てだろう」
「違うっ」
 キースに向けられない拳を、三人分の温かな料理が並ぶ卓に叩きつけたエイリックは声を張り上げた。
「確かに他所の女に騙されたのは事実だ! だが俺が愛しているのは妻だけだ! リオンの父親は俺だけだ!!」
 精一杯の告白と。
 詫びと。
「あなた‥‥」
「父ちゃん‥‥っ」
 隣の部屋に隠れていた二人が扉の影から顔を出せば、エイリックは二人の名を呼ぶ。両腕を広げ、――その距離を埋めた。
「すまなかった‥‥っ!!」
 腕の中に大切な二人を抱き締めて謝罪の言葉を繰り返すエイリックに「父ちゃんのバカ」と泣きながら繰り返すリオン。ようやく一つに戻った家族の和にキースが浮かべた微笑。
「‥‥僕は昔、家族を‥‥守れなかった‥‥だが、貴方はまだ、やり直せるはずだ。そうだろう?」
 掛けられた言葉に違和感を感じて顔を上げたエイリックは、同時に入り口付近に佇み満足そうな笑みを覗かせている塁郁と妹の姿に気付いた。更にはもう一人、影に隠れているものの赤いローブが見え隠れしているのは女性、だろうか。
「‥‥?」
 エイリックは眉根を寄せる。
 何かおかしい。
 屋内に素っ頓狂な声が上がるのは、それから間もなくの事だった。





「僭越とは存じますが、これは私からのサービスです」
 そう言った塁郁が後に残したのは、彼女の腕を最大限に揮われて着飾らされた奥方だ。シルクのドレスに魅了のリング、更には冒険者ならではのビーナスの溜息なんてアイテムまで使われてしまったら、その美しさや息子のリオンまでも赤面させたほどだ。
「こんなに素晴らしい奥様がいらっしゃるのですから、悪いと思ったら素直に謝る。これが今後の家庭円満の秘訣です」
 でなければ、今度こそ本当に他所の男に奥様を奪われますよと忠告したならエイリックに返せる言葉のあろうはずがない。
「どうかお幸せに」
 そんな言葉を最後に、これから家族三人で食卓を囲むだろう彼らを残して冒険者達とシェルマは家を後にした。
「あの家屋の賃貸料は、君に任せて良いのだろうか?」
「もちろん、これでも依頼人だしね。しっかりとお願いを叶えてもらったんだもの、費用は当然、私が持つわ」
「そうか」
 キースの問い掛けに笑顔で応じるシェルマ。
 その時、耳もとを掠めた音楽に冒険者達は来た道を振り返った。
 聞こえて来る竪琴の音はとても優しく、元気付けられるような温かな響を伴う。
 エヴァリィだ。
「‥‥さて、では僕も愛しい奥方のもとに帰ろうか」
 キースに思わずそう呟かせたメロディーは、けれど魔法ではなく。
 ただただ想いを乗せて奏でられる旋律。純粋なエヴァリィの心そのもの。
 エイリック達、家族の間で交わされる笑顔は、きっとこれからもこうして守られていくのだろう――‥‥。