●リプレイ本文
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「何を悩んでいるのかは知らないが」と言いながらも、たまたま用事があって会いに来たシルバー・ストーム(ea3651)を始め、長渡泰斗(ea1984)や陸奥勇人(ea3329)、リール・アルシャス(eb4402)といった馴染みの面々が揃って難しい顔をしている事に気付いた飛天龍は、何か美味しい物でも口にしたなら気も紛れるだろうと自慢の腕を揮って帰り、ならばと勇人が全員で卓を囲むことを提案する。
「せっかくの食事だ、一緒にどうだ?」
中心で一番沈んだ表情をしている青年――これまでディーンと名乗り冒険者達から逃げ続けていた彼、本名ジークにそう声を掛ければ、彼は弾かれたように顔を上げる。
「ぇ‥‥俺も、一緒に‥‥?」
「うん、一緒に頂こう。天龍殿の料理はとても美味しいんだ。食べなければ勿体無い」
リールも笑い掛けながら言い、同意を求めるようにフルーレ・フルフラット(eb1182)を見遣った。敏いフルーレは彼女の気遣いをすぐに察し、この場でもう一人、固くなっている冒険者仲間に手を差し出した。
「ルーツさんも、是非ご一緒に♪」
「え‥‥」
言われたルーツ・リーフ(ec7147)は、好奇心旺盛な性格故に気になる依頼を見つけて飛び込んだまでは良かったが、集まった冒険者が自分以外は全員顔見知り、更には依頼対象となるジークも理由有りと気付いて恐縮していたのだ。
そんな彼女の様子は、もちろん全員が気付いていたが、同時にそんなことを気にするメンバーなどこの場には居ない。
「せっかくのご縁ですから、ね♪」
「というわけだ、さっさと座ったらどうかね」
薄く笑んだ長渡泰斗(ea1984)が席につくよう促すのはジークの隣。中心に座って早く皆と馴染んでしまえというわけだ。
「腹が減っては何とやらってな。おまえさんの村までは結構歩くんだろう? その前の腹ごしらえに天龍の飯ってのは、何とも贅沢なもんだ」
「確かに」
勇人の軽口にリールが頷く。
気付けばジークを含め七人全員で卓を囲んでいた。
「‥‥何か飲みますか」
少々予定外の団欒に言いたい事はあれど、そんな言葉を投げ掛けるシルバーはチラと部屋の隅の棚を見遣る。
がたがたと勝手に揺れる香炉。
(「大人しくしていてくださいね、ヴィント‥‥」)
幼い頃から好奇心が強かった風の精霊は、風神になった今も性格そのものは変わらないらしい。今の容姿で昔のように動かれれば、ジークが受けるだろう精神的なダメージが心配だと胸中に息を吐くシルバーだった。
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「――で」
魚の煮付けに箸を伸ばしながら、勇人。
「ジーク。おまえさん、盗賊の仲間だったとは言いつつ、実際の話、そのプラネタリウムを取り戻した以外に盗みだの何だのと盗賊行為をどの程度やったんだ?」
話を聞く限り、大事な物を取り戻すべく盗賊の内部に潜入等々、冒険者も偶にやるような行為だ。
「こうして見ている限り盗みだ殺しだと好き好んでやるようなタイプじゃなさそうだしな」
「当たり前だっ、ぁ‥‥」
思わず声を荒げたジークは、しかしすぐに言葉を飲み込んだ。
そんな態度に泰斗が微笑い、ルーツは一杯の水を差し出す。
「ああ‥‥どうも‥‥」
これをジークは一気にあおると深呼吸一つ。
「そりゃ‥‥あいつらの仲間になっていた間に村を襲う事は‥‥あったけど‥‥その度に俺、吐いたりとかしちまって‥‥」
そもそも血の匂いがダメなのだ。
誰かを傷つける事はもちろん、傷ついていく光景も出来れば見たくはない。人間として襲われる人々を助けなければならない事は判っているのに、自分の目的を果たす事を最優先したためにそれも出来ないという自責の念が、更に彼の自己嫌悪を深めたのだろうと思う。
「だから連中には情けないとか、役立たずって嘲笑われて‥‥けど、おかげで奴らの隙を付くことが出来たんだ。‥‥この道具をじいさんに返す事が出来れば、俺は自分の罪を償う。約束する。‥‥だから‥‥」
自分を官憲に引き渡すのは待って欲しいと頭を下げた。
しばらくは誰も何も言わず、黙ってジークを見つめていたが、その視線も次第に仲間の間を行き来するようになる。
「‥‥なるほど」
不意に神妙な面持ちで呟いたのはフルーレだ。彼女の表情は、穏やかだった。
「背負うべき罪についてはハッキリさせた方が、気分が楽になります、よね。だから、最終的には官憲に自ら事情を話して沙汰を待つべきかなって思います。‥‥けど」
「ああ」
続く泰斗の声音も静かだ。
「本人に更正する気があるようだし、すぐさま突き出す必要もあるまい」
「ぇ‥‥」
「ジーク殿自身の手配書が出ているわけでもないしな」
更にリールが言葉を重ねればジークの目が見開かれた。
「それ、って‥‥これを‥‥じいさんに届けるまで待ってくれるって‥‥そういうこと、か‥‥?」
「それ以外にどう聞こえる?」
勇人が苦笑交じりに言う。
「ついでだ。村までの道中、盗賊団について覚えている事を全部話してくれ。この間の連中で全部なのか、他にもまだ居るのか。居るのなら根城の場所だの頭領の顔だの、手掛かりになる事は全部だ」
それらの情報も合わされば、盗賊団捕縛の手引きという手土産が冒険者の弁護に真実味を持たせられるはず。結果としてジークの情状酌量が認められる可能性も出てくるだろう。
「おまえさんの言葉が真実かどうかは、官憲の連中にも既に捕らえている盗賊共の自白と照らし合わせれば充分に確認出来るだろうて」
「皆さん‥‥」
それまで見開かれていたジークの瞳が、次第に細く、潤んで行く。
何も言わないシルバーとて、その胸中に思うのはジークが自身の罪を気に病む必要はないという、親しみを感じさせるもの。
「‥‥ジークさんの事情は判りましたし、協力しますよ」
「‥‥っ、くっ‥‥」
淡々と告げるシルバーの言葉がとどめであったかのように、唐突に、彼は泣き出した。それまで呼び捨てにされていたはずの名前。確かに存在していた距離。不審感。そういったものが、ジーク「さん」と呼ばれた瞬間に消え去った。
「おい?」
「ジーク殿?」
驚く冒険者達の前でジークは声を上げて泣いた。
まるで、これまで胸の奥に押し込めてきたものが涙と化し、堰を切って溢れ出してくるように。
「俺‥‥っ、俺、嬉しいです‥‥っ、ありがとうございます‥‥っ」
何度も、何度も。
「ありがとうございます‥‥!」
感謝の言葉と、謝罪とを繰り返すジークに冒険者達は苦笑った。
「‥‥ま、とりあえずジークの村へ出発するとしようか」
「勿論!」
肩を竦める泰斗に、元気良く応じたフルーレは全員を順に見遣る。
「気落ちしているお爺さんがいるなら、励まさないと。そうじゃなくちゃ、今までの色んなこと、無駄になっちゃいますもんね」
「ああ」
だから知っている盗賊団についての情報を話せと促す勇人。
「良かったわね」
「‥‥っ、ありがとうございます!」
そっと肩に触れるルーツの温かな手に、ジークは再びその言葉を告げる。
並んでいた料理は、気付けば綺麗になくなっていた。
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道中、彼らは様々な話をした。
ジークのこと、ディーンのこと。彼から聞いた天界のこと。
「天界かぁ。行った事はないけれど、やっぱり自分の故郷は大切な物よね。それが意図せず戻れなくなったのなら、なおさらに‥‥」
「生まれた時からずっとこの世界に生きる私達には、想像もつかないよな‥‥」
ルーツの言葉に、リールが呟く。
「自分の場合はもう帰れないと思っていた月道が開いたり‥‥」
幸いな事に、こちらの世界で大切な人にも出会えたけれどと微かに頬を染めたフルーレに、リールは「そうだな、素敵な事だ」と微笑う。
「‥‥フルーレさんには、恋人がいらっしゃるのかしら?」
「えっ」
好奇心、というよりは純粋な質問として問い掛けて来るルーツに、今度こそ赤面したフルーレが言葉を詰まらせると、代わりにリールが応じた。
恋人と言おうか、夫と言ってしまおうか。
そんな話題で盛り上がる女性陣に、男性陣は苦笑いだ。
「しかし、まぁ‥‥ディーン翁に関しては、どうしたもんだか」
泰斗が低く呟く。
いろいろと掛ける言葉を思案してみたけれど、どんな台詞も気休め程度にしかならないのは明らかだ。
それほどまでに地球と呼ばれる天界への道は遠い。
先刻から何も言わないシルバーの胸中にはとある一つの可能性が秘められていたけれど、それも易々と口外出来る内容ではないから難しい話だ。
「んーむ‥‥」
しばし唸っていた勇人は、諦めたように虚空に視線を向ける。
「‥‥セレネ、ちょっと良いか」
同じウィルの国とはいえ、隣の分国セレに滞在している月精アルテイラに呼びかけてみれば、数秒の沈黙を経て頭上に現れる月の光り。
『――‥‥どうかしたのでしょうか‥‥?』
月姫の名に相応しい装いと美しさを併せ持つ精霊の登場に勇人は笑み、面識のある面々は再会を喜ぶ。
「まぁ‥‥まさかアルテイラとお会い出来るなんて‥‥っ」
多少なりとも興奮した口調で初対面のルーツが頬を赤らめる一方、同じ初対面でも度肝を抜かれて固まったのはジークである。やはり一般の人々にとって精霊との遭遇は決して頻繁にある事ではなく、ディーンに対しては過度な期待を抱かせてしまう事も懸念したからこそ、勇人はこのタイミングで彼女を呼び出したのだ。
「突然の呼び出しで悪いんだが」と、諸々の事情を説明してみれば月姫の繊細な表情が痛ましげに歪む。
「――と、まぁそんな状況なんだが、ジ・アースでない方の天界へ繋がる月道は今どうなっているか判るか?」
『‥‥いいえ』
勇人の問い掛けに、セレネは心苦しそうに左右に首を振った。
『残念ですけれど‥‥あちらの世界への月道は『特殊』なもの‥‥わたくしには判りません‥‥力になりたいとは、思うのですけれど‥‥』
「ああ、いや。気にするな」
実際に出来るかどうかはともかく一応の確認だと励ます勇人。
「ちなみにマリンに頼むってのは無理か。相当力を使うみてぇだし」
告げられた旧友の名には月姫の表情も微かに緩む。
『マリン様も‥‥恐らくはわたくしと同じ事を言うでしょう‥‥あちらの世界への道は『特殊』だと‥‥』
「そうか」
ならば仕方ないと勇人は笑み、用件だけでセレへ帰ろうとする彼女にはせっかくだからもう少し留まってはどうかと提案してみる。
「セレネの好きな楽の音が聞けると思うぞ?」
『まぁ‥‥』
そうして向けられる視線はバードのルーツへ。
左腕に抱かれた竪琴がきらりと輝いた。
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ウィルの町からジークの村まで徒歩で数時間。
一行が森を抜けた頃には陽精霊の時間は過ぎ去っていた。
「じいさん!」
村に到着するや否やジークは明かりの一つも灯っていない一軒の家に飛び込んだ。
「じいさん元気かっ? 大丈夫か?」
生きているか、と。
最大に不安はあえて言葉にしないジークに、冒険者達は一定の距離を保ちながら続く。
「じいさんっ」
そうして彼が駆け込んだのは翁の寝室だろうか。ひっそりと静まり返った屋内には、冬独特と静けさと冷えた空気が漂っていた。この雰囲気に冒険者達も一抹の不安を抱いたが、幸い、ディーンはちゃんと生きていた。
ただ、見た目にも衰弱した姿はとても健康とは言い難く、寝たきりに近い彼の姿に表情を歪めた者も少なくはなかった。
「じいさんっ、俺だよ! ジークだ、判るだろっ?」
「‥‥ジーク‥‥?」
「そうだよ、俺だ!」
「‥‥なんだおまえ‥‥随分と久々だな‥‥」
必死に声を掛けるジークへ、道中、もし戦闘があってもそちらには参加せず、アイテムを守る事に専念出来るだろうと言う理由から簡易プラネタリウムを預かっていたルーツが、それを差し出した。
「‥‥うん‥‥?」
「そうだ、じいさんが孫にやるんだって大切にしていた道具さ! ほら、見てみろよ!」
目の前まで持っていけば、ようやくディーンにもそれが見えたのだろう。掠れた声で呻くような声を上げた彼の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
「‥‥そうか‥‥それを取り戻してくれたのか‥‥」
「そうさっ、だから早く元気になってさ‥‥!」
自分の世界に帰るんだ、と。
そうは、言えないけれど。
「‥‥絶対に帰れるとは、やっぱり言えませんが‥‥」
「片一方の天界に繋がる月道が一斉に繋がるようになった事を思えば、地球側の場合もいつか同じように繋がるかもしれんぞ?」
フルーレ、泰斗の言葉。
「大事なご家族と会えないのは辛いでしょうが、どうか望みを捨てずに‥‥」
リールも懸命に想いを伝えようとするが、やはり、どんな言葉も力を持たない。月道を通り、他の世界からこのアトランティスに来ている者が決して少なくないのが事実だとは言え、帰りたくても帰れない、そんな想いを抱えている相手にその事を伝えたからといってどうなるだろう。
何の励ましにもならない。
いつか繋がるかもしれない月道の可能性の話ではダメなのだ。
判っていても、出来るのは可能性の話ばかり。
「‥‥ですが‥‥」
フルーレは、意を決したようにディーンの手を握り、声を掛ける。
「ジークさんを自分達と引き合わせたのと同じように‥‥こうして、ディーンさんと出逢ったように‥‥いつかは、そういう巡り会わせが訪れるんじゃないか、って‥‥」
巧くは言えないけれど、世界はきっとそういう風に成り立っているのだと思うから。
「‥‥諦めずに、待ちませんか? また、お孫さんに会える日を」
そしてその日まで何もせずにただ待つよりは、何かをその手に掴めたなら、きっと世界は動き出す。
「‥‥ジーク」
次いで勇人が彼に差し出したのは『乾電池』だ。
プラネタリウムを起動させる鍵。
「‥‥っ」
ジークはそれを受け取り、急いで取り付ける。そして、電源を入れた。
奇しくも辺りは真っ暗。冒険者達が手元のランタンの明かりを消せば、途端に室内に広がる星月夜――。
「わぁ‥‥っ」
上がる声は無意識だ。
その美しさにはさしもの月精霊セレネですら瞳を輝かせたほどに。
「‥‥ディーンさん」
静かに呼び掛けるルーツは、その場に座して竪琴を構えた。
「あなたがここで生きているように、お孫さんも向こうの世界で生きているわ。だから、希望を捨てないで。あなたから渡さなければ、何の意味も無いものなんだから」
「‥‥っ」
聞こえる嗚咽に気付かないフリをして、弦を爪弾く。
「同郷の誼だ」
たとえ世界は異なれど彼の地の歴史を思わせる国に伝わる楽の音は、勇人の案でルーツと二人、中秋の名月を思い起こさせる幻想的な旋律だ。
星空に重ねる優しい子守唄。
「‥‥星の話を、聞かせて下さい」
シルバーが静かに語りかける。
「うん。ディーン殿がジーク殿に聞かせて‥‥お孫さんに聞かせて来た、星の話を」
「‥‥ぁ‥‥」
冒険者達の言葉は、未来を見せる約束。
聴こえる詩は、祈り。
それは、気落ちした老人に「生きよう」と思わせる優しく温かな心遣いだった。