貴方に誓う永遠の愛
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月05日〜01月10日
リプレイ公開日:2010年01月20日
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●オープニング
● 約束の日
その日の深夜‥‥いや、時刻は明け方に近かった。
肌寒さを感じたフルーレ・フルフラット(eb1182)は目を覚まし、隣にいるはずだった男の姿が無い事に気付かされた。
「‥‥アベルさん?」
細い呼び声は冷えた空気の中に震えて、消える。
「‥‥お仕事、でしょうか‥‥こんな時間に‥‥?」
疑問と、‥‥それ以上の不安を覚えながら寝台を降りると、足は無意識に窓辺を目差す。微かでも光りの射す場所を掴みたかったからだ。
カーテンをそっと開くと、時間は月精霊から陽精霊に世界を委ね、闇から光りの下に景色を浮かび上がらせていた。
セレ分国の王城を擁する樹上都市を支える魔法樹の森も、民が隠れ住む木々の連なりも、動物達が駆ける緑豊かな大地も。
シェルドラゴンの住処という精霊力の偏りがあればこそとは言え、一面銀世界の雪原にすら、鳥が鳴き、風が歌い、草木が語らう。人間の土地に比べると、人々の暮らしよりも土地そのものの輝きが守られている、それがエルフの王が治めるセレ分国。
フルーレが嫁いだ国の姿だ。
近頃は王を始め多くの権力者が冒険者と触れる機会を数多く得て、次第に開放的になって来ているセレだが、元々はひどく閉鎖的な国だった。そこにはエルフと人間、二つの種族を隔てる『重ならない時間』という事実が最も大きな壁であり、溝となっていたからだ。
故に、セレが開放的になる以前からこの国で貴族を名乗ってた人間、伯爵位に在るアベル・クトシュナスの存在は特殊。元々は彼の父親が人間らしからぬ言動で分国王コハク・セレの信頼を得て伯爵位を授与。アベルは二代目にあたるのだが、その性格が父親そっくりだとは分国王の言である。
「よく嫁ぐ気になったの!」とは筆頭魔術師ジョシュア・ドースターの言。
その度にフルーレは「勇者」だの「物好き」だの、はたまた「生贄」などと言われる事もあったくらいだ。
「‥‥確かに、少し‥‥いえ、大分‥‥意地悪、です‥‥けど」
頬を染めて思い出すのは数々の彼との思い出。
先日のリグの戴冠式で公に妻として紹介された時の、こそばゆさ。
(「‥‥私は、幸せ、です‥‥」)
胸の内、呟く言葉は誰に向けた言葉だろうか。
今は遠い場所にいる両親。
友人。
仲間‥‥、伝えたい想いはたくさん、だ。
カーテンの裾を握り締めて、フルーレは思う。伝えたいと願うばかりなら、実際に伝えられるよう動く事は出来ないだろうかと。
「――起きていたのか?」
「!」
考え事をしていたせいで彼の接近に気付くのが遅れたフルーレが我に返った時には、既に彼の腕の中。
「どうした。何か考え事か?」
耳朶に囁くように告げられた鋭い台詞に、フルーレは必死で冷静を装った。だが、そんな演技を見抜けないアベルではなく、結局はいつものように弄られて。
寝台に連れ戻されて。
「婚礼の儀を執り行いたい」という希望を伝えられたのは昼も近くなってからの事だった――。
● 招待状
その依頼を手に取ったギルドの受付職員アスティ・タイラーの表情は緩んでは引き締まり、引き締まってはひくついてまた緩むの繰り返し。そんな彼を眺めて肩を竦めたのはアスティの友人達だ。
「どうした、気でもふれたか?」
中でも不躾な事を遠慮無く言い放ったのは気心の知れた友人・滝日向。
「いよいよ彼女でも出来たのかな?」
目を輝かせて聞いてくるのは彩鈴かえで。アスティは「失礼なっ」と頬を膨らませ、一枚の依頼書を二人の目の前に突き出した。
「これですよ、これ!」
「ん?」
言われて凝視する二人だが、反応は薄い。なぜならば。
「悪いけどセトタ語はよく判んないんだよ」
「これ‥‥フルーレの名前か?」
かえでよりも若干セトタ語に慣れてきた日向が聞くも、アスティの期待した反応からは程遠く。
「そうですよね、私が間違ってましたよ‥‥」と涙を呑みながらも、解説。
その説明も、話題が進むにつれて次第に声が弾んで行くのは依頼内容がとてもめでたい事だからで。
「――つまりこれは!」
「フルーレさんとアベルさんの結婚式!?」
大声で聞き返したかえでに、大きく頷くアスティ。
「そうですっ、お二人の婚礼の儀を執り行うからお二人の誓いを見届けてくれる冒険者を募集するという内容なんですよっ!!」
「そりゃめでたいな」
応じる日向の声音も嬉しそうだ。
「もちろんお二人も参加されるのでしょう? 式場はアベルさんのお邸で、フルーレさんの故郷のスタイルで行なうそうですから、きっと天界出身のお二人にも馴染みがあるんじゃないですか? 宣誓には天使様が立ち会われる予定だそうですし」
「天使が神父役ってか」
くすくすと笑う日向は、やはり楽しそうだ。
移動にはアベルがフロートシップを出すといい、会場や必要な準備もあちらで整えてくれるそうだから、参加者は身一つで向かえば良いようだ。勿論、祝い事を計画するならそれも歓迎されるに違いない。式そのものの流れは所謂「教会式」。何でも伯爵が、フルーレの故郷のやり方でと決めたらしい。
「あいつ、あれで結構フルーレにベタ惚れだよな」
「うんうん」
くすくすと笑い合う天界人二人に「まったくですね」なんて無邪気に頷くアスティ。
この世界で二人の幸せを願い、喜ぶ友がいるように、フルーレの故郷にも彼女の幸せを願う友が大勢いる。今回の式が、そんな仲間達と過ごす大切な思い出となれるように――‥‥、きっと、それがアベルの願いでもあっただろうから。
●リプレイ本文
●
「ちょっと待ちな、そのフレーズは後ろの方が良いんじゃないのかい?」
「そうですか? こっちの方が気持ちが盛り上がってくる気がしたんですけど」
「恋愛のいろはも知らないだろうに、言うようになったね」
からかうように言ったリーザ・ブランディス(eb4039)に、にこっと笑った音無響(eb4482)は、あまりに無邪気。
「そういえば報告がまだでしたね。俺にもしっかり彼女出来たんですよ?」
にっこにこ。
一方の姐さん、ひっくひく。
「右も左も判らなかった小僧が‥‥っ」
「えっ、わっ」
首に腕を廻されそうになった響、間一髪でかわすも誰かに足を引っ掛けられた。
「わ!」
ずでんと顔から転べばリーザのヘッドロック。
「ギブですよ、ギブ!! せっかくの綺麗なドレスが勿体無い!」
「綺麗なのはドレスかい?」
「いえっ、リーザさんもお綺麗です!」
騒がしい二人を尻目に、足を引っ掛けたエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)は素知らぬ顔で茶を飲み、そんな一人一人に苦笑うセイル・ファースト(eb8642)は、既に花嫁の部屋に向かったディーネ・ノート(ea1542)やシャリーア・フォルテライズ(eb4248)から預かった文章を眺めながら、共に卓を囲むエデン・アフナ・ワルヤ(eb4375)、リオン・ラーディナス(ea1458)と最後の調整。
「こんな感じか」
「だね!」
セイルの確認にリオンが頷く。
「喜んで下さるとよろしゅうございますね」
エデンのはにかむような笑顔にセイルが頷き、さてと皆を見遣る。
「俺達も花嫁に会いに行くか」
「ふむ」
だったら仕方ないと響を解放するリーザに続いてエトピリカも立ち上がり、一方の響は「ひどいなぁ」と言いつつも表情明るく礼服の裾を直す。
「でもフルーレさんには大感謝。懐かしい人達にも会えたし」
言われた面々は顔を見合わせ肩を竦める。
「こんな機会でもなきゃ、ね」
「懐かしき大地と仲間達の笑顔。わたくしには全てが懐かしゅうございます」
リオン、エデンと続く言葉に皆が笑み、リーザはわざとらしい溜息一つ。
「しかしフルーレも結婚ねぇ‥‥全く妬まし‥‥羨ましい。今日はたっぷり祝ってやらないと気が済まないね」
「このエトピリカ、実家の妹共が嫁ぐ姿を見送り続けて幾星霜。また一人、可愛い奴が幸せになると思えば‥‥慣れたものよ」
ふっと遠くを見遣り笑う彼女に、友人達が微笑った。
●
花嫁の控え室。フルーレ・フルフラット(eb1182)の緊張を解すためと彼女の傍に寄り添っていたのはリーディア・カンツォーネ(ea1225)と――。
「ほほぅ」
扉の影からこっそり中を覗き込んで怪しい声を発するのは青いカクテルドレス姿のディーネだ。
「奥様奥様、ご覧になりまして? フルーレさんのあの、めちゃくちゃ幸せそうなお顔」
ひょいっと手を振るがその先に人影はない、と言うよりも、こちらの淑女は壁を相手に会話しているらしい。
「より一層幸せになって欲しいですわ。ねぇ。あなたもそう思いませんコト? 奥様?」
「‥‥ディーネ殿?」
「!?」
不意に声を掛けられたディーネは驚いて立ち上がり、真後ろにシャリーアがいた事に気付く。
「何をされていたんだ?」
「えっ‥‥っと、あの‥‥うにゅ‥‥」
真っ赤になるディーネは、しかしシャリーアの後方から近付いてくる人影に気付いて目を瞠った。
「アレックスさん!?」
馴染みの冒険者に驚かれた彼は、些か恐縮した様子だ。
「来れたのね!」
「せっかくの日だから、な」
そうして恋人を見つめる瞳は謝罪の色濃く、シャリーアは見つめ返すと同時に男の手を自分の手で包み込んだ。
「どうか気にしないで欲しい。こうして来てくれたのだし」
「シャリーア‥‥」
「あわわっ」
見つめ合う時間が増す程に二人を包む空気が遮断されて行くのを感じたディーネは慌てて方向転換。勢い付いて控え室に入れば、途端に視界を覆った純白に足が止まった。
「うわぁ‥‥!」
窓から射す陽精霊の恵を受けて光り輝く花嫁の、なんて神聖な姿だろう。フルーレはいつもの彼女に違いなかったけれど、普段と違う装い、普段と違う化粧、そして普段と違う緊張感。それがディーネに友人を直視させなかった。
「あ、あの。えっと。そのぉ。お、おめでとうね♪ ‥‥じ、じゃ、ごきごッ!」
「ディーネさん!?」
ゴンッと激しく額をぶつけたのは控え室を訪ねて来たリーザが扉を開けたから。
「悪い、大丈夫かい?」
「平気平気、にゃははは♪」
それきりバタバタと控え室を出て行くディーネの事は気掛かりだったけれど、他の面々もフルーレの姿を見ればやはり彼女のこと以外に思考が至らなくなってしまう。
「わぁ‥‥綺麗です、フルーレさん」
響が感嘆の声を上げ。
「ドレス姿もすっかり様になって‥‥初めて会った頃の初々しい感じが懐かしいよ」
「まったくじゃのう」
リーザ。エトピリカ。
「大剣を軽々と振るい屈託のない笑顔を浮かべていた異世界の少女が幾多の試練を乗り越え淑女へと成長し、このセレで永久の愛を誓う‥‥このエデン、お二人の幸せを全身全霊かけ心より祝福致します」
「おめでとう、フルーレさん」
エデン、リオン。
「おめでとう」
シャリーア達と続く祝辞に、リーディアも思わず涙が込み上げて来る。
「これから色々あると思うけどさ」
リーザは綺麗に結われた髪を崩さないよう気遣いながらそっとフルーレの頭に手を添える。
「きっちり幸せになりなよ。辛い事があればあたしらが何時でも聞いて発散させてやるから、あんたは幸せになることだけ考えればいい。若いもんはただ前だけ向いて笑ってれば良いんだ」
不幸を気取るのは三十路も過ぎた自分達の仕事だと冗談めかし、頭に添えていた手を、今度はフルーレの手に添えた。ずっと妹のように可愛がって来た少女の旅立ちを自らに言い聞かせるように。
「結婚おめでとう、フルーレ」
「‥‥っ‥‥ありがとうございます‥‥!」
下を向けば涙が零れ落ちそうで、フルーレは上を向いて笑った。
幸せになりますと、笑った。
●
鐘が鳴る、アトランティスの空の下。今日だけ特別に敷かれた赤絨毯の上を行くフルーレに腕を委ね共に歩くのはアルジャン・クロウリィだ。ゆっくり、‥‥ゆっくりと進む両側には大切な友達。行き着く先には最愛の人。
「素敵です‥‥」
うっとりと呟くリーディアに、リオンが大きく頷いて目の前を通る友人に精一杯の拍手を送った。二人の前に広がる道は平坦な道だけではないと思う。アベルは伯爵故に悩まなくてはいけない事もあると思う。それでも、彼には彼女の強さを信じ、彼女には彼の優しさを信じ、二人で共に歩いて行って欲しいと心から祈る。
「動乱の最中にあっても育まれた愛‥‥とても喜ばしいことです」
そっと呟くジュディ・フローライトにリーザとエトピリカが頷く傍で、胸の内に恋人を想い描き自分もいつかはと胸中にのみ呟いたのは響だ。
「毒さえも慈しみに変える愛の意味を知ったフルーレ様はセレに咲く輝ける大輪となりましょう」
拍手の音に掻き消されそうになるエデンのそんな言葉には、参列していた滝日向が「巧いことを言うもんだ」と感心しきり。
「アベルさんの腹黒もフルーレさんには密の味だもんね♪」
そんな彩鈴かえでの認識にはセイルが苦笑う。
(「しっかし‥‥地獄で共に闘ったフルーレが結婚か」)
感慨深く胸中に呟けば、思い出されるのはリグの地下牢や王城前の攻防や‥‥とにかく戦の場面ばかり。頼りになる戦友というイメージがどうにも抜けない自分の記憶に再び苦笑いつつも、やはり願わずにはいられない。
「あんだけ頑張ったんだ。幸せになれなきゃ嘘だろう?」
鳴り止まぬ拍手はセレの楽団が奏でる祝いの曲と相まってフルーレをアベルの元へ送り届けた。
「頼んだぞ」
フルーレの手を、自分の腕からアベルの手に委ねるアルジャンの去り際の言葉にも普段通りの笑みで応じたアベルに肩を竦めたのは、この地に滞在し今回の宣誓に立ち会うと決めた天使レヴィシュナだ。その翼が厳かに広げられると拍手は止み、神聖なる静寂が辺りを覆う。何処から取り寄せたのか差し出された一冊の聖書。
「汝、アベル・クトシュナスは――」
馴染みのその言葉を紡ぐのが天使だと言うだけでも天界の者達には凄まじい奇跡。けれどそれ以上に、生まれも育ちも異なる男女が想いを通わせ永遠の愛を誓うに至った事が、奇跡。そんな二人の誓いに異を唱える者などいない。誰もが祝福する宣誓の儀。
「では誓いのキスを」
天使に促され向かい合う二人。アベルが相変わらずの余裕然とした表情なのが些か悔しいフルーレだったが、それでいい。
「私は、貴方のもの。貴方は私のもの。意地悪でも、大好きですから。他の誰にもあげません」
「望むところさ」
その代わりに覚悟しておいでと吐息すら交わる至近距離でアベルは微笑う。
「フルーレ。君には生涯、私に恋し続けてもらうよ」
「えっ、――!」
そうして触れ合う唇は深く。
「んっ」
しかして愛が深まり過ぎたらしくフルーレの指先が反応するのを見て天使が息を吐く。
「アベル、ここは触れ合うだけのもので良いぞ」
「――おや、それは失敬。花嫁があまりにも愛しくてね。天界の習慣には不慣れで申し訳ない」
「〜〜って、わっ、アベルさん!?」
サラリと言ってのける男は真っ赤になった花嫁を抱き上げる。
「ブーケトスというのがあるんだろう? ジ・アースではこうするとかえでに聞いたが」
「かえでさんに!?」
言われて見遣ればVサインのかえで。
不敵に笑うアベルは、これが彼女の作戦だと気付いているのか、いないのか。そう思いつつも涙が溢れそうなくらいに幸せだから。
「いきますよ!!」
アベルの腕に抱かれながら友人達に捧ぐ花嫁のブーケ。
「狙う! 誰よりも高く俺は跳ぶ!」
「参加するかい?」
「若いもんに任せてよかろうと思うがの」
意気込むリオンやシャリーアとは対照的に、達観した様子のリーザとエトピリカだったが。
「おわっ」
意気込みすぎて転んだリオン、そこに躓いて出遅れたシャリーア。集まったその他のセレの女性達が伸ばした手が誤って弾いたブーケの着地点、それはよりによっての、響の腕の中。
達観していたはずの三十路女性の目が光る。
「あの、その‥‥視線が、恐いです‥‥」
気の毒な響を襲った悲劇は、しかし周囲を笑いの渦に巻き込み、遥か上空に煙幕のハートが描かれた時には全員が空を見上げ、再び二人の結婚を祝った。
「シャリーア殿からの贈り物だよ」
グライダーの飛行許可を出したアベルが耳打ちした言葉に、フルーレは破顔した。
●
「よーっし、飲んで歌って騒ぐぞ!」
「宴会は賑やかに〜ですっ♪」
リオンとリーディアのそんな言葉で始まった二次会はお色直しした新郎新婦と共に過ごす大宴会。
二人の馴れ初めを聞かせろと迫る友人達にしどろもどろになっていたフルーレが困りかねているのを見たリオンが伯爵に話を振れば、あっさりと「フルーレが夜這いに来たのさ」なんて返答。
「それは御幣が有ります!」と食って掛かったフルーレが誤解の無きようになんて切々と語り出したものだから会場はしばしのお惚気タイムである。
「あ、身篭ったらまたお祝いしてやるからちゃんと呼ぶようにね?」
「みご‥‥っ」
「フルーレの子らにだけは「おばさん」などと呼ばせまいぞ‥‥!」
リーザとフルーレの遣り取りに突如乱入したエトピリカは良い具合に酔っていた。
「いついつまでも「お姉様」でいてくれるわ!」
「も、勿論ですっ。エトピリカさんはいつまでもお綺麗で‥‥っ」
「綺麗!」
フルーレの反応に、素っ頓狂な声で返すエトピリカ。
「そういうお主がこんなにも美しゅうなりよって‥‥ふぐぐぐー‥‥うりゃうりゃうりゃ!!」
「ひぇ、ひぇひょひひはひゃん‥‥っ」
両頬をつままれてぐにぐにされたフルーレに逃げ場はなく。
「お主の頬っぺをうにうに出来るのも今日が最後じゃの!」
相変わらずの絡み癖だなとリーザが苦笑した。
――そうこうして過ぎる時間に、ふとエデンが立ち上がる。
「そろそろ頃合でしょうか?」
言い、友人達を見渡した。それぞれに宴を楽しんでいた面々が同じ場所に集まり、中でも椅子を一つ寄せたセイルは、それに腰掛けて竪琴を構える。
「何事ですか?」
エトピリカにうにうにされた頬を擦っていたフルーレに、エデンは告げる。
「きっと皆の言葉の一句一句に激励と祝福が込められているはずでございます。昏い夜に迷う時には手を伸ばすことを畏れぬように」
歌う前からフルーレの表情が変わる。それに苦笑って、セイルが最初の弦を爪弾いた。優しく温かな、最初の音。最初の詩。
『おてんば娘フルーレは旅立った〜ルルー
フラレーや未婚者達を振り切り旅立った〜ルリルラー』
掴みはOKと言わんばかりのサムズアップに会場から起きる笑い声はリオンの笑顔を強くする。
『静けき森に花開く 誓いの詩は大地を超えて』
エデンの詩は心に染み入り。
『ラララ嬉しさで心弾むよ♪ 幸せの精霊も舞い踊る
どんな時でも二人なら
きっと軽やかに越えてゆけるさ
いざ進め鉄騎夫妻 新たなる未来を築く為に』
シャリーアも恋人と手を繋ぎ歌う。心を込めて言葉を紡ぐ。リーディアも、エトピリカも。
『人の幸せ密の味 夫婦円満更に良し』
『平坦な道にも 歩みを確かに
舐めてかかるな 超平面(フル・ フラット)!!』
酒のせいか勢いのある詩に、再び会場に笑顔が溢れる。
フルーレもアベルの隣で笑う。‥‥笑うけれど、一滴の涙が頬を伝った。
『繋ぐ手から力溢れる、これからもずっと一緒だから』
『かけがえのない貴方となら何処までもいける
共に歌おう希望の歌を 手をとりあえる明日の為に』
響、セイル、その言葉が重みを増すのは互いに大切な人をその胸に描くから‥‥?
「‥‥っ」
抱き寄せられて押し殺す嗚咽は、ディーネに伝染る。
『どんなに辛い事があっても君は一人じゃない』
さぁとリーザに背を叩かれて歌うディーネは、けれど声が声にならなくて。
誰であろうと邪魔はされない、時間だって邪魔はできない、大丈夫二人は離れない――そのフレーズを伝えるだけで精一杯だった。
「も‥‥どうしましょう‥‥っ」
フルーレは泣く。
嬉しいのに。幸せなのに、この年齢になって子供のように声を上げて泣く。それでも誰一人責めはしない。
幸せな涙が此処に在る。
「本当に‥‥フルーレさんの式に出席出来て良かった」
リーディアは言う。何度でも、同じ言葉の繰り返しだと判っていても。
「ご結婚、おめでとうございます。どうか、お幸せに」
「っ‥‥ありがとう、ございます‥‥っ。私は幸せです‥‥っ、本当に、幸せです‥‥!」
君の行く道に光りあれと皆が祈り、皆の明日に幸溢れん事をと君が祈る。
そうして続く今日という日の未来。
幸せになろう、必ず。
それが、此処から始まる明日に繋ぐ、友との新たな約束になるから――。