【新年会】飲んで歌って踊れば新春!

■イベントシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:20人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月09日〜01月09日

リプレイ公開日:2010年01月24日

●オープニング

「新年会しよ!」
 彩鈴かえでの提案を真っ先に聞かされたのはギルド職員のアスティ・タイラー。普段のかえで発案の催しには警戒せずにおれないアスティだが、一月は新年を祝う時期であり、彼としても新年会への参加はやぶさかではない。
「いいですねぇ。やりましょうか」
「ん! ってことで会場の確保よろしく!」
「はい?」
「ギルドに所属している冒険者なら誰でも気軽に参加出来るような会場! アスティ君じゃなきゃ用意できないでしょ?」
「あー‥‥なるほど?」
 かくして新年会の会場は、ギルド屋内で一番大きな会議室に決定した。


「セゼリアさん、セゼリアさん!」
「あらかえでさん、今日もお元気そうですわね」
「チョー元気☆」
 すっかり意気投合している二人は満面の笑顔でそんな挨拶を交わすと、先刻同様に新年会を発案する。
「セゼリアさんには主に食事面で支援をお願いしたいんだけどなっ」
「あらあら、お安い御用ですわ」
 そんなこんなで食材の調達も無事完了。
 加えて、以前に冒険者の皆が作ったワインも提供してくれるという話で纏まった。




 会議室を飾り付けして。
 食材を調理して。
 後は皆が集まるのを待つばかり――。

●今回の参加者

ティアイエル・エルトファーム(ea0324)/ 倉城 響(ea1466)/ エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ リール・アルシャス(eb4402)/ 華岡 紅子(eb4412)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ 物見 昴(eb7871)/ 長渡 昴(ec0199)/ カメリア・リード(ec2307)/ ソフィア・カーレンリース(ec4065)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112

●リプレイ本文


「ありゃ?」
 小首を傾げ何度も妙な声を上げるかえでの視線の先には長渡泰斗と物見昴と長渡すば‥‥んん?
 散々迷った挙句にぽんと手を打つかえでの出した答え、それは。
「いつの間にこんな大きなお子さんが!?」
『こんなでかい子供がいてたまるか!』
 瞬時に上がる怒号は泰斗と昴、ぴったり同時。
「さすが長年連れ添っただけあるね!」
「〜〜っ」
 まったく動じず、むしろ悪乗りのかえでに泰斗はこめかみを引き攣らせ、昴は頭を抱えた。一方で「子供」と言われた長渡昴。
「そりゃあ童顔ですけど‥‥」と会場の隅で膝を抱えていじけ始めた。
 もしかして傷付けただろうかと心配になって近付き、聞いてみる。
「ちなみにお兄さんと昴さんの間に赤ちゃん出来たら、どう?」
 突飛な質問に昴が吹けば、それに弾かれる勢いで顔を上げた妹、即答。
「大歓迎」
「ん、そうこなくちゃね!」
 天界女子高生からガッツポーズが飛び出した。
 そんな遣り取りを少し離れて見つめていたイシュカ・エアシールドがしばらく考えた後でいつも傍らに居てくれる親友を見上げれば、親友ことソード・エアシールドは静かな表情で相手を見返す。
「‥‥どうした?」
「ええ‥‥」
 囁くような言葉の遣り取りは、二人だけの至近距離だからこそ届く言葉。
「‥‥ソード‥‥以前セレネ様に「子供達が‥‥」って申し上げたんですけど‥‥私達、エリの事をきちんとセレネ様に紹介してない、ですよね‥‥?」
「‥‥そういえば、幾度となく対面はしているはずだがちゃんと紹介した記憶はないな‥‥」
 当時の事を思い出して苦く応じるソードに、イシュカも静かに頷いた。なればこそ今回の新年会という場を借りて、セレネに正式に義理の娘――今は亡き親友達の子であるエヴァーグリーン・シーウィンドを自分達の家族として紹介したい。そう望むイシュカの気持ちをソードが無下に出来るはずがなかった。
 こうして、ジ・アースに居る娘をアトランティスに呼ぶため場を離れたイシュカ達と入れ替わるようにやって来たのはセゼリア夫人が引き連れて来た八人の子供達。
「フィムさん! トートマ君!!」
「クリス♪」
 ディーネ・ノートやソフィア・カーレンリースの広げた腕に子供達が駆け込んでくる。
「お姉ちゃん! お誘いありがとう!!」
「よーこそ♪ 去年は色々とありがとうね。今年もよろしく」
 ディーネが満面の笑みで子供達やセゼリア夫人に挨拶を交わしているすぐ傍で、クリスをぎゅっと抱き締めるソフィアの表情からはとても懐かしいという思いが如実に伝わってきた。
「クリス君、大きくなったね〜♪」
「むぎゅっ‥‥ぉ、お姉ちゃんも、な、なんか、大きくなってる‥‥っ」
 二つの大きな、けれどメロンと言うには柔らかくて温かな弾力に包まれて窒息しかけてるクリス‥‥まだ十二歳の子供なのでお手柔らかにお願いしたいところだ、が。
 セゼリア夫人の来訪で新鮮な食材が揃い、子供達が来た事で会場を飾り付ける人手も増え、ギルド屋内は俄かに活気付いてきた。
「存分な食材に、大食らい‥‥はは、良いだろう。相手にとって不足なしだ」
「だね。魔王クラスの食欲魔人が現れるからね〜。僕も手伝う〜♪」
 アルジャン・クロウリィにフォーレ・ネーヴ。
「いえいえ、ディーネさんは食の魔王ですから、大量に拵えないといけません。では、お願いしますね♪」
 こちらははっきりと言い切った倉城響が慣れた手つきでたすき掛け。
「私もお手伝いします!」
 元気良く挙手したレイン・ヴォルフルーラも加わって料理部隊が動き出す頃には、ギルドの前で待ち人の姿を確認したくて落ち着かない様子だったフルーレ・フルフラットが知人の姿に大きく手を振った。
「カメリアさん、此方ですよ!」
 アトランティスが初めてだと言う彼女の話を聞き案内役を買って出たフルーレに、カメリア・リードは遠慮がちに手を振り返す。
「こんにちは‥‥あの、でも、本当に新年会‥‥参加しても良いのです?」
「もっちろんです」
 緊張しているカメリアに、その緊張を解そうと満面の笑みで応じるフルーレ。
「皆さん気の良い方達ばかりですし、大歓迎です♪」


 続々と集まる冒険者達を見つめて笑顔の天界女子高生にぶんっぶんと手を振って駆け寄ってくるティアイエル・エルトファームは、まずはハグ。
「かえでさん! 雪合戦ではお世話になりましたー♪」
「こちらこそ! ティオちゃんもよく来てくれたね!」
 再度ハグ。そんな二人を遠くから見かけて確認の意味で近付いてきたのはシフールコンビのユラヴィカ・クドゥスとディアッカ・ディアボロスである。
「また何か始められたんですか?」
「どうやら新年会のようじゃの」
「そうそう! もし時間あったら二人も参加しない?」
「美味しい食べ物もいっぱいありそうだよ」
 かえでとティオに誘われた二人は顔を見合わせて頷き合う。
「では、せっかくですから」
「ジプシー、バード、宴の席には参加せんとじゃのう」
 ユラヴィカが楽しそうに応じてくれた。


 新年会の会場にはルスト・リカルムに招かれた月姫セレネの姿も。
「遠いところから、私の願いを聞き入れていただきありがとうございます。ゆっくりと楽しんで下さい。それから、あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いしますね」
『こちらこそよろしくお願いしますね』
 セレネは穏やかに微笑みルストに会釈を返す。そんな二人の姿に歓喜の声を上げたのはフルーレに案内されて会場にやって来たカメリアだ。
「まぁ‥‥っ、月姫さんがいらっしゃるです? アトランティスは精霊さんとの距離が近いって、本当なのですねぇ‥‥素敵です」
 感動のためか瞳を潤ませるカメリア。
「お話、してみたいのですっ」
「ええ、もちろんですよ」
 さぁどうぞとフルーレに促され、月姫の間近に歩み寄ったカメリアはスカートの両裾を持ち上げて淑女の一礼。
「初めまして、カメリアです」
『ジ・アースからの客人ですね‥‥初めまして。私はセレネ‥‥冒険者の皆が私に贈ってくれた名です』
 それも素敵な話だとカメリアが月姫と話をしている間、ルストはフルーレに笑いかける。
「結婚されたそうね、おめでとう」
「! あ、ありがとうございます」
「今日は旦那さんは?」
「えー‥‥っと、お誘いは、したんですが」
 如何せんセレ分国内では伯爵位にある人物だ。冒険者主催の内輪の宴を職務よりも優先して来るわけにはいかず、約束の時間には間に合わなかったようだ。
「でも、今日中には、来てくれると思いますから」
「そう‥‥」
 フルーレの様子に切なくなるルストだったが、‥‥その背後。
「ふっふっふっ‥‥それは好都合!」
 怪しい笑みを口元に湛えながらフルーレの腕を掴んだ人物、それはかえでだ。
「まずは一人確保!」
実はこっそりサプライズを用意していたりする。
「ちょ、か、かえでさんっ、これは何事ですか!」
「問答無用、悪いようにはしないから素直についておいでだよ!」
 どこの悪党の台詞だろう、ともかくかえでは何が何でもフルーレを連れ去りたいらしく。
「ですが私はカメリアさんをアトランティスの皆さんにご紹介‥‥っ」
「それなら私が代わろうか」
 不意に届く声に振り返ってみれば、其処で苦笑交じりに佇んでいたのはリール・アルシャスである。バカ騒ぎが出来る気分ではないけれど、沈んだ気持ちを少しでも浮上させる事は出来るだろと参加した新年会。
「フルーレ殿にはお祝いも言えずに申し訳ないと思っていたんだ。アベル卿とのご結婚、本当におめでとう」
「はっ、いえ、ありがとうございます。リールさんこそ色々大変な時に‥‥って、ですがそれとこれとは別でして!」
「カメリア殿は私が案内するよ?」
「そ、そうですか? いえっ、でも!」
 まだ逃れようとするフルーレ、その耳元にかえでは囁く。
「可愛い格好で伯爵を悩殺したくない?」
「っ!?」
 一瞬にして動きが止まり目を瞠る伯爵夫人。それで充分。
「と言うわけでレッツらゴー!」
「っ? ??」
 無数のクエスチョンマークを飛ばすフルーレはそのまま別室に連行。そしてかえでは最後にリールを振り返る。
「リールさんは本当に良いの?」
「ああ、遠慮するよ。‥‥見せたい相手も、いないし」
「そっか‥‥」
 前以てフルーレ連行の理由を聞かされていたからこそ協力する気になったリールが苦い笑みを浮かべて言う台詞に、かえではほんの少しだけ残念そう。けれど、いつかまた機会はあるだろうから。
「じゃ! ご協力感謝だよ!」
「ああ」
 走ってフルーレを追うかえでと、そんな騒ぎに気付いたカメリア。
「あらフルーレさんは‥‥」
「ああ、彼女は急用が出来てしまったので私が代わりに‥‥良いだろうか」
 そうしてまずは自己紹介。
 宴の料理が並び始めたのもその頃だった。


「あらあら、楽しい新年会になりそうね♪」
 もう間もなく始まろうという会場に姿を見せた華岡紅子は集まった顔ぶれを見て微笑み、せっかくだからと誘った滝日向の顔を見上げる。
「晴れ着があればもっと良かったんだけど」
「そう言うと思ったよ」
 思い掛けない返答に紅子が目を瞬かせると、日向は可笑しそうに彼女の手を引いた。
「こっち」
「日向さん?」
 尋ねるも、彼が答えるより早く到着したのは所謂別室。日向は扉をノックし、中へ声を掛けた。
「入って大丈夫か?」
「待って!」
 中でバタバタと音がする。意味が判らずに小首を傾げる紅子がどうしたものかと迷っている内に中から扉が開き、顔を出したのは勿論かえでだ。
「やほっ」
「よ」
 二人が挨拶を交わす合間にも室内から聞こえて来る声。
「へぇ。フルーレの他に物見とレインも捕まったのか‥‥どういう人選だ?」
「相手の反応が楽しみな人♪」
「なるほど」
 二人の会話の内容がいまいち掴めずにいる紅子が困惑の表情を浮かべているのを見て、先に「大丈夫だよ」と笑ったのはかえでだ。
「紅子さんには、日向君からのプレゼントだもん」
「え‥‥」
「あと、フルーレには内緒だがあいつのはアベルからの要望でな」
「昴さんとレインちゃんはこっちの趣味だけどね!」
 そこで胸を張るのは些か妙だが、まあ細かいこと(?)は気にしないのが吉。
「ってわけで紅子さん♪ 申し訳ないんだけど他の三人の着付けも手伝ってね? あたし一人じゃ無理なんだ」
「もしかして‥‥」
 ようやく合点がいった紅子。
 つまりは、そういうことである。



「それでは皆様、お待たせいたしました!」
 かえで不在のため仕切りを任されたギルド職員のアスティ・タイラーが皆に盃が回っているのを確認しながら部屋全体に聞こえるよう声を上げる。
 室内の中央に置かれた卓には二〇数種類の料理が所狭しと並べられ、他にもまだまだたくさんの料理が即席の厨房で皆の腹に入るのを待っている。
 魚料理、肉料理、それぞれに焼いて、蒸して、煮て、干して。
 野菜は生も有り、酒はおよそ五〇種類。
「まだ盃を受け取っていない方はいらっしゃいますか? 全員に行き渡ったでしょうか」
 受け取っていないと手を上げる者もおらず、それではと咳払い一つ。
「発起人のかえでさんが今しばらく席を外すという事ですので、僭越ながら私アスティ・タイラーが新年のご挨拶をさせて頂きます。えー‥‥」
 どうやらそういった挨拶には慣れていないのか、時折目が泳ぐギルド職員に会場からは親しみの篭もった笑いが起こった。
「緊張する事はないぞ」
 厨房寄りの壁際に立って、そう声を掛けるアルジャン。
「頑張って下さいね〜♪」
 隣に佇む響もいつも通りの調子で声援を送った。
 アスティははにかむように笑んで、再び咳払い。
「えー‥‥昨年中は様々な依頼におきまして皆様のご協力、ご尽力を頂きまして数多の人々が救われました。地獄での戦いにおきましても冒険者の皆さんがいらっしゃらなければ今頃はこの世界が」
「挨拶は判り易く簡潔に、が基本だぞ」
「あ‥‥」
 泰斗のツッコミにやはり会場からは笑いが起き、アスティは頬を赤くして頭を掻く。
「ええと‥‥つまり皆さんがいてくれたからこその今ですから、今日という日を無事に迎えられた事を皆で慶びましょう!」
「よし」
「それでは皆様、盃を手に――」
「待ってだよ!」
 アスティが酒の入った盃を持ち上げた、その直後。別室から駆け込んで来たかえでは会場の中から日向を探し「盃四つ!」と声を張り上げた。
「ごめんね、アスティ君! 乾杯まで二〇秒待って、日向君早く早く!」
「落ち着け」
「というか、まさかもう準備が終わったんですか?」
 宥める日向と、驚いて聞き返すアスティ。
「あれからまだ三〇分も経っていませんよ?」
「ね。あたしもびっくりだよ。けど紅子さんの着付けの腕なんてプロだし、昴さんも覚えたらあっという間なんだもん」
「昴がどうかしたのか?」
「むふふふ」
 かえでに引っ張っていかれたのは知っていたが、その後に何があったかなど知らない泰斗の問いかけに、当のかえでは怪しい笑いを漏らし、そんな彼女に泰斗は妹と顔を見合わせて肩を竦める。
「まぁまぁ、それは見てのお楽しみ! さぁお披露目だよ!」
 かえでが手を叩くと、最初に姿を見せたのは紅子と、彼女に手を引かれたレインだ。
 真紅色地を彩る飛翔鶴、四季折々の花を込めた大きく広がる扇、金駒刺繍の豪華絢爛な衣装を艶やかに着こなす紅子とは対照的に、青の瑠璃色の地に細やかな霞の地紋と優しい桜意匠が散りばめられた雅やかな衣装をとても慎ましやかに装うレイン。
「わぁ‥‥!」
 アスティが感動の声を上げる。
 アルジャンは声もなかった。
「ほら、フルーレさんと昴さんも」
「ですが、あの‥‥っ」
 恥ずかしがって出て来られないフルーレの腕を、かえでが強引に引っ張る。
「大丈夫、すっごく綺麗だもん!」
「わっ」
 そうして引っ張り出されたフルーレの晴れ着は清雅な白地に青藤、水色、薄卵、若苗色が若々しさを迫力いっぱいに、かつ美しく表現する雲取紋。更には桜、梅、牡丹、菊花、松、楓‥‥絹布から溢れんばかりに咲き開く四季折々の花は王朝の雅を柔らかな華やぎと共に、金の髪にも似合うようにという心遣いを伝えてくる。
 そして最後に、なにやらもう諦めた様子で新年会会場に帰ってきた昴は漆黒の地色に桜の地紋。大和の花意匠。四人の中では最も色合いが地味であるにも関らず目を奪われるのは四季移ろうかの国の華やぎが確かに其処に感じられるからだ。
「驚いたな‥‥」
 呆気に取られた様子で呟く泰斗に「あまり見ないで下さい‥‥」とがっくり肩を落とす昴。
「やっぱりね! お正月には晴れ着姿の女の子がいないと!」
 そうしてガッツポーズを作るかえでこそ着れば良いのに、紅子に誘われても断わって普段通りのセーラー服姿だ。
「おまえは何処のオヤジだ‥‥ってのはともかく、確かに綺麗だ」
 晴れ着姿の四人に盃を手渡し、日向が笑む。
「はいはい! じゃあアスティ君、乾杯の音頭をよろしくだよっ♪」
「は、はい! それでは皆様、準備はよろしいでしょうかっ」
 慌てて気を取り直したアスティは盃を掲げて皆を促す。
「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します! ――乾杯!」
「「「「乾杯!!!!」」」」



「リールさん、リールさん、あの食べ物は何ですか?」
「ん? あぁ焼きそばだ。時々出店などで振舞われるが‥‥初めてなのか?」
「はいっ、見たことありません!」
「では是非食べてみるといい、とても美味しいぞ」
 アトランティスは今回が初めてだと語ったカメリアは、アトランティスのあらゆる物に興味を惹かれるらしく、先ほどから子供のようにはしゃいでいる反応がリールにとっても新鮮で心地良かった。
「わっ」
 そんな彼女が不意に視線を固定させた先。
「り、リールさん、あの方は一体‥‥」
「ん?」
 促されて見遣った先にいたのは――。
「美味しい〜〜っ!」
 今にも頬が落ちそうだと言いたげに、右手にフォーク、左手で頬を押さえたディーネが満面の笑顔。
「あぁコレも美味しい‥‥っ」
 大きな更から数個ずつ自分の更に取り分けて食べていたディーネだが。
「まだまだあるからお皿ごといーよ?」
「ほんとっ?」
 フォーレの言葉に目が輝く。
「それじゃあ遠慮無く!」
 細い手で大皿一枚を軽々と持ち上げたかと思うと、‥‥僅か一分。
「美味しい〜〜っ」
 皿が空いた。
「響、次だよー」
「もう準備出来ていますよ♪」
「さぁ思う存分に平らげるといい、僕達も負けないぞ」
 厨房から聞こえて来る響、アルジャンの応え。そんな事が二度、三度と繰り返されていくのを見て、リールは声を立てて笑った。
「ああ、ディーネ殿は食の魔王なんだ」
「魔王ですかっ」
 カメリアが驚く。
「ジ・アースは広いって思ってたですけど、世界は、本当はもっと広かったのですね♪」
「ああ。世界は広いな」
 ディーネ・ノート、此処でも世界の伝説を一つ作り上げたようだ。


「はーぃ、料理のリクエストある人は挙手してね。出来るだけ作るよー」
 フォーレの呼び掛けに四方から上がる声。それを覚えて厨房に向かう彼女に「お手伝いします」と声を掛けたのはフルーレだ。
「ん? でもせっかくのお着物、汚れちゃうよ?」
「それでしたら前掛けをお借りして来ましたから!」
「そう?」
 それならと二人揃って厨房に向かえば、響やアルジャンからも同じ事を言われる。フルーレは苦く笑った。
「せっかくお着物を着せて頂いても、アベルさんがいませんし‥‥それにっ」
 貴族の振る舞いは心得ていても少しくらいは家庭的な事も出来る様にならないと、と小さく呟く。妻として‥‥そして近い将来には母として愛情たっぷり込められるように。
「ふふふ。でしたらお料理を教えましょうか? 時間は少ないかもしれませんが‥‥」
「はい、是非! よろしくお願いします!」
「頑張りましょうね」
 厨房には、そう言って前掛けを既に凄い事にしている晴れ着姿のレインの姿もあった。


その頃、会場にはイシュカとソード、エリの姿が加わっていた。
「アルテイラ様、あちらにいらっしゃるですの」
 エリの言葉にイシュカは微笑むと、義娘を促すようにそちらへ。リールやティオら顔見知りの冒険者と擦れ違えば新年の挨拶を交わし、そうして辿り着いたセレネの傍にはルストも。
「新年のお祝いを申し上げます‥‥」
『こうして宴の席で共に過ごせる事も、とても嬉しく思いますよ』
 そうしてイシュカ、ソードと挨拶し、最後にセレネの視線はエリに止まり、それを見止めたイシュカが示し、伝えた言葉は。
「‥‥正式に紹介していなかったと思いまして‥‥この子はエヴァーグリーン。私とソードの娘です」
 セレネが沈黙した。
 ルストは目を瞬かせた後で小首を傾げた。
 其処から落ちた沈黙の帳はイシュカの声が聴こえた範囲の者達を黙らせ、帳は更に広く大きく会場を包み込む。しばらくしてそれを取り払ったのは、やはりと言うべきか最初に帳を下ろした月姫。
『‥‥ルスト。人間の子を産めるのは女性だけではなかったのですね‥‥?』
「え‥‥っと‥‥」
「さすがアトランティスです‥‥竜と精霊の御国‥‥っ」
「カメリア殿、それは違うから‥‥っ」
 惑うルストが否定しないから握り拳を作ったカメリアに慌てるリール。
「エリ殿はイシュカ殿とソード殿の義理の娘さんなんだ。お二人がどんなに想い合われていてもさすがに子供までは‥‥」
「ぶっ」
 ソード、吹く。
 辺りは更にざわつき、微妙な空気が流れ。
「‥‥私、何かおかしな事を言ったでしょうか‥‥?」
「いや‥‥とりあえず、イシュカ‥‥エリと二人で厨房を手伝ってきたらどうだ? スノウの面倒は俺が見ているから‥‥」
「そ、そうね。私もそろそろ料理の手伝いに‥‥この子を置いていくので、好きに使ってください」
「へ?」
 首根っこ掴まれて月姫の隣に移動させられたのはディーネ。
「え‥‥っと、こ、こんにちは?」
 にぱっと笑うディーネに月姫が笑うと、微妙な空気がゆっくりと辺りに馴染んでゆく。厨房に消える親友と義娘、そしてルストを見送ったソードは声を潜めてリールに言う。
「リール殿。頼むから誤解を招くような表現は‥‥」
「お二人とも互いにとても大切に想われているのは事実だろう?」
 苦笑交じりのリールにソードが言葉を詰まらせた。似通った年齢だからこそ、伝えたい言葉がある。
「私は、唯一人と決めた相手への想いならば恥じる必要はないと思う。それは、とても尊いものだ」
 心から、そう思う。


「まぁディーネさんったら」
「ん」
 月姫の話し相手をする事になり、食べるも小休止に入ったディーネの口の周りを拭いてやるのはセゼリア夫人。
「まったく可愛いお嬢さんですこと」
 くすくすと笑う夫人に、そういえばこの人はいつの間にか母親のよーな感じになっていたなと思う。だがしかし、そんな感慨も月姫の発言で一蹴。
『ディーネは、御子はまだ‥‥?』
「っ!?」
 あまりにもあんまりな問い掛けにディーネの顔が真っ赤に染まる。
「って、子供とか、そーゆーのはまだですから! フィムさんやトートマ君がいるから暫くは?」
「えーっ、でも僕達はお姉ちゃんの赤ちゃん早く見たいな」
『わたくしも縁有る冒険者の御子に名前を付けると約束させて頂いて‥‥実現する日が楽しみで仕方ありません‥‥』
 戸惑うディーネに月姫の言葉。
「んふふ♪ ディーネ、旦那も呼べばよかったのに、残念だね?」
 いつから其処にいたのかフォーレがからかえば、ディーネは耳まで真っ赤になった。


 そんな遣り取りを小耳に挟んで真面目な顔を突き合わせていたのは長渡兄妹である。
「で、実際のところはどうなんですか兄上」
「どうとは」
「早いところ兄夫婦が両親に孫の顔を見せて頂ければ私が楽になりますので。えぇ。色々と」
「何を勝手な。おまえこそそろそろ身を固めてはどうだ。相手なら幾らでも紹介してやるぞ」
「余計なお世話ですよ。人のことに口出し手出ししている暇があったら自分の事を解決されては如何ですか」
「なんだ図星を突かれて気分を害したか」
「何とおかしな事を。お義姉さまも何か言ってやってはどうですかっ」
「‥‥誰がおねえさまですか‥‥」
 がっくりと肩を落とす昴。何やらもうツッコミどころ満載な兄妹の会話には聞くに堪えないものがある。
「御覧なさい、兄上がはっきりとされないばかりにお義姉様がこのように悩まれて。これほど美しく着飾ったすまるを見ても褒め言葉の一つも出ないとは情けない!」
「ふっ‥‥」
 言い切られた泰斗が薄く笑って刀の柄に手を掛けるからさすがの昴もまずいと思う。
「泰斗様も姫様兄妹仲がよろしいのは結構ですが‥‥」
「これが仲良く見えるか昴」
「上等ですよ兄上、いっそ此処で私との決着をつけられるか!」
 一触即発、危い空気に、しかし何の気負いもなく割って入って来たのは紅子である。
「新年早々喧嘩なんて良くないわよ、さぁどうぞ?」
「コレは‥‥」
 大きな袋に入ったそれはリボンの付いた菓子だった。
「昴さん達なら判るでしょう、おみくじよ。リボンに刺繍してみたの。年の初めの運試し、お一つどう?」
 言われた三人は互いに顔を見合わせて、袋に手を。
「皆に配っているのか?」
「ええ。やっぱりお正月にはこれだもの」
 引き終えた三人に紅子は笑む。
「明けましておめでとう、今年もよろしくね♪」
 告げて、今度はディーネ達の処へ向かう紅子を見送り、泰斗達が解いたリボンになされた刺繍は昴が「大吉」泰斗が「末吉」。「大吉」の妹は肩を竦めた。
「つまり、すまると兄上は二人一緒にいなさいという意味ですね」
 足して二で割れば良くも悪くも普通だ、と。


 ティオやディアッカの楽の音に合わせてユラヴィカが舞うと、月姫をはじめ冒険者達が同伴した精霊達はとても楽しそうだった。
 ディーネが月姫の話し相手を始めたことで食の減り方が落ち着き、イシュカ、エリの二人が手伝いに入ってくれた事もあってようやく厨房を離れられたアルジャンとレインも宴を楽しむ。
「伝えるのが遅くなってしまったけれど」
 アルジャンはレインの手を取り、その瞳を見つめて告げる。
「とても綺麗だよ。かえでに感謝しなければな」
「ぇ、ぁ‥‥ありがとう、ございます」
 真っ赤になって俯く妻の愛らしい姿にアルジャンは微笑み、‥‥けれど、外された視線に生じる胸の痛み。
「‥‥レイン」
「あ‥‥」
 抱き締められて感じる温もりにレインは戸惑うけれど、それきり彼からの言葉が無い事に不安が募る。
「‥‥どうかしたんですか‥‥?」
「いや‥‥」
 言うなれば彼女を失いたくないと言う切実な想い。先の『双角の傀儡師』の一件から胸中に募る感情はひどく不安定だった。
 だが、自分が弱気でいればレインを不安にさせる。悲しませてしまう。
「レイン」
「はい‥‥?」
「今日を楽しもうか」
 新たなる年の訪れが良きものとなるように、歌って、踊って、騒いで、祝おう。
「それに今年は新しい家族にも恵まれるかもしれないしな。何事も最初が肝心だ」
「え、あ‥‥」
 彼の言葉が意図するところを察して真っ赤になったレイン。そんな変化が愛しいし、嬉しいし。
「‥‥そう、ですね‥‥」
 ましてやそんな風に言われたら。
「頑張ります‥‥から、あの‥‥よろしくお願いします、ね‥‥?」
 恥ずかしがりながらも受け止めようというその想いが何よりの宝。そのまま二人の姿が会場から消えたとて、誰もが気付かぬフリである。


「おかえり」
「ただいま」
 会場の隅、自分の隣に戻って来た紅子を迎えた日向は最初に選んだ自分のおみくじ付きリボンを彼女に渡す。
「大吉だったぞ」
「あら。おめでとう」
 くすくすと微笑う恋人に肩を竦める日向。
「まさか全部大吉か?」
「違うわよ、でも一番多いのは大吉だったわね」
 だって新年の祝い事だものと彼女が悪戯っぽく笑うから日向も笑った。
 手を繋ぐ。
 左手の薬指を飾る指輪を、包む。
「‥‥日向さんの今年の抱負は?」
「抱負ねぇ‥‥まぁ、やらなきゃならんことはたくさんあるが‥‥」
 言い、ちらと見遣る恋人の横顔。
「そういう紅子の抱負は?」
「私の抱負は‥‥そうね」
 少し考えた後で近付く二人の距離。日向の耳元で、彼にだけ聞こえるように囁く、その言葉。
「日向さんのお嫁さんになる事、かしら」
 声が途切れて、沈黙が近付く。だから紅子は何事もなかったかのように言葉を繋ぐ。
「なーんて、ね♪ ま、一年を健康で過ごしましょうってトコ‥‥」
 笑って誤魔化すように紡いだ言葉は、けれど繋いだ手が阻む。
 日向は紅子を真っ直ぐに見つめていた。
「‥‥だったら、俺の抱負は紅子の願いを叶える事、だな」
「日向さん‥‥」
「もう少しだけ待っていてくれ」
 本当に、あと少し。
 彼の言葉に紅子は応じる。言葉ではなく、その胸に寄り添う事で――。



「僕にも皆みたいにお相手が欲しいなぁ〜♪」
 リール達の注意あって飲み過ぎにはならなかったソフィアだが、誰かが持ち込んだ酒の中に眠りを誘う効果を持った酒があったらしく、彼女の瞳は蕩けていた。
「クリス〜、僕にも素敵な恋人出来るかなぁ〜」
 幼い少年を抱き締めたまま、そんな言葉を最後に寝入ってしまったソフィアを、クリスは一生懸命に支えて立ち上がろうとした。このままでは風邪を引いてしまうし、せめて横にさせてあげたかったからだ。
 けれど、腕力が足りない。背も足りない。クリスは、まだたった十二歳の子供だった。
「大丈夫ですか?」
 そこに近付いてきたフルーレは、騎士の鍛えられた腕で簡単ではないまでもソフィアを立ち上がらせてしまう。
「隣のお部屋を借りて、休ませてもらいましょう。手伝ってくれますか?」
「ぅ、うんっ」
 促されて隣室へ移動、そこに横たえて布団を掛けてあげた。
「ありがとうございました。クリス君は、会場に戻らないんですか?」
「うん‥‥ソフィアお姉ちゃん、起きた時に一人じゃ可哀相だし‥‥一緒にいてあげたいんだ」
「そうですか。クリス君は優しいですね」
 では自分はこれでと部屋を出て行くフルーレに手を振ったクリスは、それからしばらく静かな寝息を立てるソフィアの寝顔を見つめていた。
「‥‥僕、早く大きくなるよ」
 そうして紡がれる祈りにも似た言葉。
「だから待っていてね‥‥ソフィア、さん‥‥」
 呼び捨ては、恥ずかし過ぎて。
 眠っていると判っていても呼べなかった事に頬を赤くしながら、少年はソフィアの頬に口付けた。大きくなるよ、必ず。自分一人、その腕だけで彼女を支えられるように。


 そんな遣り取りなど露知らず、会場に戻ってもこの美しい姿を見てくれる人はいないと知っているフルーレは戻る気にもなれず、ギルドの外へ向かった。
「‥‥忙しいのは、判ってます、けど‥‥」
 会いたい時に会えないのは、やっぱり切ない。
「そんな我儘、言えませんけど」
 自分の気持ちを押し付けるだけならそんなのは只の独りよがりだ。
「私は良き騎士として、良き妻として‥‥場合によっては更に良き母として、正しくある事を今年の目標にするんです‥‥」
 自らに言い聞かせるような言葉は、だが、力無くて。
「ふむ、しかし偶にはそんな表情で責められてみたいものだな」
 不意に背後から聞こえる声には目頭が熱くなる。
「‥‥っ、どーして後ろにいて私の表情が判るんですか」
「判るさ、此処まで来れば」
 アベルは微笑い、背中からフルーレを抱き締める。腕の中に閉じ込める。
「やはりその色合いが良く似合う。ジャパンの装いとは見事なものだな。‥‥新年会に参加するには遅過ぎたかい?」
「遅い、ですけど‥‥っ」
 遅くはないと。
 重なる唇に消える言葉。
 祝いの席はまだまだこれから。
 響に招かれて参加した図書館司書のエリスンや三人娘も加わって、ますます賑やかになる新年会会場。
「あけましておめでっとーー!」
 かえでの陽気な声が響く。

 今年もどうか、よろしくね!