●リプレイ本文
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「ゴブリンを、どーんと吹き飛ばすのも魅力的だったんだけど‥‥っ」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)が拳を握り悔しそうに呟きながら見遣る先には無惨な姿になってしまった橋がある。
「がんばって、はしをかけるのー♪」
「以前はどのような橋だったのかな。此処の橋は生活動線だったと言うし、使い慣れた方々に喜んでいただける橋にしたいね」
レン・ウィンドフェザー(ea4509)、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)。
駆けつけた『暁の翼』のメンバー達が口々に個々の意気込みを語る中、地響きに近い足音を立てながら近付いてくるのはリグの国ホルクハンデ領が所有するゴーレム、バガンだ。今回の補修作業にあたりどうしても必要な腕力として貸与申請されたこれを、領地の主は快く許可してくれた。
リグの国にはシュとリグリーンにゴーレム開発を目的とした大きな工房がある他、ホルクハンデ、クロムサルタ両領地にも保有するゴーレム整備用の工房が存在する。グシタ王の生前には活動を全面的に縮小させられていたこれらも、今では立派に役目を果たしているそうだ。
「ありがとうございます」とバガンを此処まで移動させて来たリグの鎧騎士へ丁寧に謝辞を述べるルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が、これから実際にゴーレムを起動し橋の補修作業に取り掛かる操縦者。
「ゴーレム以外にも、皆さんの力をお借りする事は出来ますか?」
「もちろんです」
騎士の礼に則った挨拶を交わした後、そう問うたルエラに騎士達は大きく頷く。
「我が主からも最大限の協力を惜しまぬよう仰せ付かって参りました。我々で出来る事であれば何なりと」
ゴーレムを起動させられる騎士はいても、これまで『死淵の王』『姿無き魔性の者』といった名の有る魔物達との戦続きのリグの国には、ゴーレムを稼動させられ、且つ橋の補修作業といった建築技術に長けているといった即戦力となる者の数があまりにも乏しい。その乏しい人数を広大な国中の修繕に走り回らせているのだから手も足りなくなって当然だ。
「まったくもって面目ない‥‥このような民からの声は自国のみで解決しなければならないというのに‥‥」
心苦しそうに顔を歪めて詫びる騎士達に、しかし冒険者は笑む。
「そんな事はありませんよ」
中でも温かな笑みを覗かせるのは、続く戦に絶えず命を賭してきた騎士フルーレ・フルフラット(eb1182)だ。
「リグの国はこれから生まれ変わるんです。そして、こうして民のためにゴーレムが使われるようになったのがその証。これは、皆さんの努力の証でもあるんですよ」
「フルーレ殿‥‥」
戦場で互いの顔を見かけた騎士がいた。
時には敵対した顔も。
それでも、いまこうして同じ目的のために同じ場所に立てる、手を取り合える側に居られる事が、何よりの進歩。
「明日のために! 私達も精一杯頑張らなくては」
「‥‥ああ」
「そうだな、頑張らなくては」
そうしてようやく表情の明るくなった騎士達に冒険者も笑む。それらの経緯を見守って、ソード・エアシールド(eb3838)は更に視界を広げて周囲の様子を探った。
橋の修繕に必要として運び込まれた木材の数々と、バガン三機。
他には『暁の翼』の面々とリグの騎士達。‥‥一般市民の姿は見えない。
「今回の作業に民は加わらないのか」
「ええ」
ソードの質問を受けて騎士の一人が即答した。
「冒険者の皆さんはお一人で十人分の働きをされる方々ばかりだと伺っていましたから、一般の民が現場に加わってはかえってご迷惑をお掛けするのではと思い、立ち入らせない事にしましたので」
「そうか‥‥」
ならば大丈夫か、と冒険者の面々が同伴しているペット達に視線を走らせるソード。白馬、精霊はともかくスモールシェルドラゴンや竜やグリフォンと、なかなか強烈な光景が広がっている。しかしこれも冒険者と長く付き合ってきたリグの騎士達ならば予測していてもおかしくはなかったのだろう。
「その気遣いに感謝する」
「いえ、感謝するのは我々の方ですよ」
礼を言うソードに慌てて首を振る騎士。
「今回もお世話になってしまいますが、よろしくお願い致します」
「では作業の工程と役割分担をお知らせします!」
騎士の言葉に重なるように、壊れた橋の側からフルーレの声が上がる。
「まずは、この川に落ちたままになっている以前の橋の撤去作業をゴーレム部隊の皆さんにお願いします! そしてこちらが以前の橋、此処を利用していた土地の皆さんに話を聞いて絵にしたものですが、これから作る橋をこれに似せて、かつ強度は倍以上を目差して設計知識豊富な皆さんには頑張ってもらいたいと思います!」
ハキハキと皆に指示を飛ばす彼女を見て「ふふっ」と表情を綻ばせたのはティアイエル。
(「幸せっていいなっ」)
見ているだけで全然関係のない他人だって嬉しくなるような。
(「幸せオーラ全開なフルーレさんは是が非でもつつ‥‥じゃなくて!」)
うん、まずは『暁の翼』の一人として補修作業に励むのだ。つつくのはその後である。
「では始めますよ!」
「「「おーー!」」」
騎士達から力強い声が上がる。
補修作業は開始された。
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一方、リグの国クロムサルタ領に入ったのはオルステッド・ブライオン(ea2449)、飛天龍(eb0010)、イシュカ・エアシールド(eb3839)、リール・アルシャス(eb4402)、そしてレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。
「‥‥ゴブリン退治か‥‥」
連中の出没場所へ向かう道すがら、オルステッドは相変わらずの起伏の無い調子で呟く。
「‥‥正直なところ、ギルドの依頼としては新人向けの部類だが‥‥」
「まぁ、リグにはそのギルドが無いからな」
天龍が応じる。
「‥‥つまり、こんな軽めの仕事でも国外からの支援が必要なほど、今のリグは警備兵も騎士団も人手が足りない、ということだな‥‥」
そんなオルステッドの言葉には誰からも応えがない。‥‥否、返せる言葉が無かった。この国で続いた戦をこの場にいる全員が知っている。傷付いた多くの人々を間近に見てきた。極端な表現をするならば、戦の前と後ではリグの国の人口そのものが半減していると言っても過言ではないのである。
「‥‥でも、大丈夫だよね‥‥?」
そう声を発したのは天龍の側、今回の依頼を冒険者ギルドに所属する冒険者であり『暁の翼』の一員として受けた幼子、ユアンだ。
天龍の弟子となり、鍛錬を続けてきた少年の成長は目覚しいものがあった。ハーフエルフという元々の身体能力の高さも彼にとっては幸運だったのかもしれない。そろそろ実戦経験を積んでも良い頃合だという師の判断も手伝って、この日、ユアンはとうとう戦いの場に赴く。実際にモンスターと戦うのは今回が初めて。
けれど、戦場における覚悟は一端のものがある。
それはユアンが、自分を此処まで育ててくれた冒険者達の背中をずっと見て来たからだ。
「リグの人達は、生きているんだもの」
立ち直ろうとしているんだから。
「師匠や、兄ちゃん、姉ちゃん達と約束したんだもん。これからはこの国の皆で幸せになる、って」
それを信じて、‥‥祈って、言葉という形にする幼子の頭を天龍は撫でた。
「そうだな」
頷いて微笑むのはリール。
「私達の力はとても小さいが‥‥だからこそ、皆で協力して、生きていくんだ」
前を見つめて呟く彼女の姿をイシュカは静かに見つめていた。一見するだけなら普段と何ら変わりない様子の彼女だが、彼女が纏う空気は虚無感に近く‥‥機微に敏いイシュカには察せられてしまったからだ。
「?」
「っ‥‥」
案じて向けていた視線に気付かれて、イシュカは慌てて目を逸らす。
「イシュカ殿?」
「‥‥いえ‥‥」
何でもありませんと声の小さくなる彼に、リールは苦く笑うが追求する事はなかった。その代わりに問う。
「何だか不思議な感じだな。ソード殿が橋の補修作業でイシュカ殿がゴブリン退治‥‥どちらかというと逆に思える‥‥というか、ご一緒したかったのでは?」
「ええ‥‥一緒が良いですけれど‥‥負傷者が出ていると聞いたので‥‥」
治癒術を扱える人物が稀少なアトランティスの大地。癒せる自分は広く動いた方が良いのだと彼は語る。
「イシュカさんは優しいですね」
レインが微笑む。
その屈託の無さが周りを和ませる。
「‥‥優しいのは貴女ですよ、ヴォルフルーラ様‥‥」
「?」
きょとんと小首を傾げる彼女にイシュカとリールは微笑う。
何も知らずにいてくれる事が今は嬉しい。
「‥‥さて‥‥」
不意に上がるオルステッドの呟き。
「‥‥ゴブリン達のお出ましのようだ‥‥」
「思い返せば、俺の最初の依頼もゴブリン退治だったな」
天龍の声にユアンは彼を見上げ、目を瞬かせる。
「じゃあ俺の最初の実戦がゴブリン退治なのも何かの縁かな」
「かもしれないな」
応じる天龍ら冒険者達の正面から、群れて近付いてくるゴブリン達。人の耳にはよく理解出来ぬ言語を騒音のように響かせながら、各々が手に握った木槌や石鎚を振り回して。
「ユアン、相手をよく見るんだ」
いつも通りに動ければ、その実力は充分。
「落ち着いて、な」
「はい!」
拳を握り構えるのは武道家の天龍とユアン。
オルステッド、リールは剣を抜き、レインの全身が鮮やかな青色の輝きを帯びる。
「皆様、いま少しこの場に‥‥」
告げるイシュカの全身が帯びるのは白き癒しの色。仲間に順に触れてその幸運を祈る中、レインを取り巻く空気がひんやりと冷たく、厳しく。
「‥‥モンスターと言えども、連中も国の生物だ‥‥此処に現れたのが全てとも限らない‥‥殺さないように、な‥‥」
「はい!」
オルステッドの言葉に元気良く応じた直後、彼女の手は土地に扇状の吹雪を起こした。
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「ドースター師、夫と相談したのですけれど‥‥」
セレ国内、アベル卿の邸に残り次々と届く『暁の翼』への情報資料を兼ねたシフール便の整理に当たっていたアリシア・ルクレチア(ea5513)は、可愛い弟子達が来ていると聞いて邸を訪ねてきたこの国の筆頭魔術師ジョシュア・ドースターを捕まえて隣に座らせた。
些か固い表情で夫オルステッドと相談したという話を振るアリシアに、当のドースターは陽気な笑顔。
「相変わらず美人じゃのう」なんてほくほくしている。
そんな彼に苦く笑いつつ側の便りを広げてみせるアリシア。
「今、こうして各地から届く手紙の内容を確認していて夫の言葉は正しいと確信致しました。実際問題、こうして送られてくる要望の大半がギルドの依頼のレベルとしては大物ではなく、むしろこまめな依頼を数こなさなければならない状態ですわ。だとしたら『暁の翼リグ支部』を設置して冒険者を常駐させるのはいかがかしら?」
「ふむ」
「さらに言えば、暁の翼を中心に設立準備委員会を設立し、リグ冒険者ギルドを用意したらどうかしら」
アリシアの提案にドースターは苦笑した。
「ふむ‥‥まずは、そなたが意見を出してくれた事に感謝しよう。非常に有益な意見じゃ」
だがな、と語る言葉は、それこそ実際問題としての話。
「冒険者ギルドは、あくまで依頼人となる人物が依頼料という形で冒険者達に報酬を支払う事が出来て初めて成り立つ組織じゃ。今のリグの国に冒険者ギルドを用意したとして、報酬を支払える依頼人がどれだけいると思うかの」
冒険者ギルドと『暁の翼』の大きな違いはそこだ。
時には報酬のない仕事もあれど基本的に冒険者は慈善事業ではない。対してセレがバックアップについた『暁の翼』は依頼人から依頼料を受け取る事無く民を助け、時にはセレが依頼料を負担することで冒険者に依頼という形で委託するものだ。
事実、些少ながら今回の依頼にも依頼料という形で冒険者には報酬が支払われている。
冒険者に動いてもらうというのは、そういう事なのだ。
「セレが『暁の翼』のために使う資金は、冒険者が寄付してくれた資金で賄っているのが大部分じゃが、基本はセレの国庫じゃ。当然じゃの、これを支援すると言い出したのがセレの伯爵であり、伯爵の邸でこういう形を取りセレとリグの問題を収集しておる」
数多の便りが山積みになっている部屋を一望し、ドースターは笑んだ。
「そのセレの国庫は、セレの民が国に納めた税じゃ。セレの民はそれを了解し、この長き命で人の命を見守ろうと決めた。だからのう、アリシア」
『冒険者』では、限界があるのだ。
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クロムサルタとリグリーンの境に位置するその平原で、冒険者とゴブリンの戦闘が続く。だがしかし数多のカオスの魔物と剣を交えて来た彼らの実力ではゴブリンなど赤子の腕を捻るよりも簡単で、‥‥簡単過ぎる仕事だった。
最初のレインの吹雪の扇で半数のゴブリンが斃れた。
オルステッドが剣を振るえばただの一太刀で息絶え、天龍が蹴りを入れれば数メートルは簡単に吹っ飛んでしまう。ユアンの出番など無きに等しいまま残りは僅かだ。
「これは、何と言うか‥‥」
「‥‥私達は方法を誤ったのかもしれませんね‥‥」
イシュカが表情を翳らせて呟く言葉に、レインは小首を傾げる。どういう意味かと視線で問い掛ければ彼は告げる。此処に赴く前のセレの地でアベルと話した内容を――。
「少し、気になっているのですが‥‥」
「ん?」
以前よりはよほど気安く話し掛けてくれるようになったとは言え貴族が得意ではないイシュカに、アベルは普段と変わらず調子で応じ、彼を振り返った。
「あの‥‥先ほどのクトシュナス様のお話ですと、セレの皆様は隣国リグの人々を支えたいとお考えのようで‥‥今は確かにセレの援助が主ですが‥‥『暁の翼』の設立理念は困窮する全ての民に‥‥と言う内容だったはずです‥‥」
「ああ、そのつもりだよ」
恐縮するイシュカとは対象的に、あっさりと応じるアベルは何故そんな事を今更‥‥と言いたげな不思議顔。イシュカは更に萎縮した様子で、しかし今話さなければと気持ちを強く持ち言葉を重ねる。
「ですから‥‥その‥‥リグへの援助が一段落した後も、参加して下さるのでしょうか‥‥? セレにも困った問題があったのですし‥‥」
「ふむ」
アベルは苦笑った。
それはどこか呆れにも似た調子で。――もしもこの時既にアリシアが夫と相談したという話がアベルの耳に入っていれば「どうしてそこまで判っていてゴブリン退治を冒険者だけで行こうと思うのだろうね」と些か皮肉めいた発言を引き出す事も出来ただろう。
皆、気付いていたはずだ。
ゴブリン退治がオルステッドや天龍をはじめ、今の冒険者達にはあまりにも簡単過ぎる相手であること。それくらいの敵数であれば他の‥‥例えば一般の民ですら相応の知識を与えられればゴブリンを追い払うことくらい出来るはずだということ。
『暁の翼』の設立理念は困窮するあらゆる人々への支援。
それは頼ってもらうことだけを指すのだろうか‥‥?
「‥‥支援が必要な時には支援する‥‥けれど、いつまでも支援されてばかりでいるわけにはいかないんです、誰も‥‥」
イシュカは独り言のように呟く。
「戦う事‥‥ううん、戦うんじゃなくても、自分達を守る方法とか‥‥村の回りに作れる罠とか‥‥そう言う事を、教えて差し上げる事が、必要な事‥‥」
レインが零す。
此処で全てを斃してしまうのも、勿論間違いではないだろう。だが、それで終わってはダメなのだ。
『暁の翼』を名乗る冒険者達がすべき事は、それだけでは終わらない。
「‥‥この依頼が終わったら、負傷されたという方のいる村へ行きましょう」
「‥‥ええ」
そもそも負傷した人々の治療のために自分は此処に来たのだとイシュカは思い出す。その傷の手当も魔法で即完治させてしまうのではなく、手当ての方法も様々あることを伝えたい。薬草の種類、怪我の程度に見合った処置。
「教えて差し上げられること‥‥いっぱいありますものね」
リールが最後の一匹を仕留め、辺りに静けさが戻ったのを確認し仲間の元に駆け寄ったレインとイシュカは、自分達の考えを語り、オルステッド、天龍、リール、そしてユアンの了承を得る。
「‥‥なるほど、そういう事か‥‥」
オルステッドが前髪をかき上げるようにして呟く声音が些か低かったのは、その胸中に今頃は妻がドースターと話しているだろう内容を予測したからかもしれない。
「もう少し考えるべきだったか‥‥ユアンのせっかくの実戦の機会だと言うのが先に立ってしまったからな、‥‥俺も考えが至らなかった」
「でも師匠」
自嘲気味に呟く彼へ、しかしユアンは明るい表情。
「俺は判ったよ、自分はまだまだ未熟だって」
「未熟?」
「今までたくさんの戦いを見てきて‥‥師匠達の戦う姿を見てきて、心の何処かで自分も強くなったような‥‥そんな気になっていたけど、師匠達が簡単に倒して行くゴブリンも、自分で戦わなきゃと思ったら、‥‥手が震えたんだ」
師から贈られたマジックグローブに包まれた己の手を見つめて呟くユアンの表情は沈んでいたけれど、でも。
「‥‥自分は未熟だと、それに気付く事が出来たユアンは、また一つ強くなったのだと思う」
「リール姉ちゃん‥‥」
微笑む彼女と同じく、天龍も笑みを浮かべて幼子の頭を撫でる。
「また一つ大きくなったな」
「‥‥っ、はい!」
心の奥底から込み上げてくる何かに胸を詰まらせながらユアンが頷く。
そうして六人、ゴブリンを倒した事を報告がてら今後どのような対策を村人達が取るべきか教えて来ようと、歩を進めつつ話し合った。
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「このどだいもおねがいなのー♪」
泥や甕に汲んだ水、果ては壊れた橋の残骸など使えそうなものを片っ端から集めて石化魔法を施したレンは、これを橋の土台にすべく設計図通りの場所に運んで欲しいとバガンを起動させている騎士に合図を送った。
足場が悪くバガンでは移動出来ない場所があればスモールシェルドラゴンの背を借りて川を移動、同魔法で道を作るなどして土台作りは着実に進んでいく。
「んー‥‥と、右側が少し外に出過ぎているよー!」
そんな声を上空から落としてくるのはリトルフライで空から出来具合を確認していたティアイエルだ。設計に関しても携わってきた彼女の脳内には完成図もしっかりと脳内に出来上がっている。
「あ。左、左! 土台の石が一つ多いよ!」
「左の方が一つ多いそうだよ」
上空からの指示を地上から伝言するのは馬に木材を引かせていたモディリヤーノ。その隣には同じく馬に木材を引かせるソードがいた。
橋の修繕は順調に進む。
レンの魔法による石で土台を固め全体を補強、モディリヤーノ、ソードが運ぶ木材はその上の橋の主要部分となり、これを組み立てる際にはグリフォンに騎乗したフルーレ、ペガサスに騎乗したルエラが縄を引いたり巻いたりと足場が設けられない位置からの作業に奮闘した。
「戦うだけが役目じゃないんです。ね、ギルガメシュ?」
フルーレに声を掛けられた相棒はひどく満足そうに目を細めた。
人々の力だけでは撤去作業すらままならなかった川に、いま、新しい橋が架かろうとしている。
「あ」
しばらくしてモディリヤーノがおもむろに声を上げた。
「そろそろ休憩にしよう? 休みは適度に取らないとかえって作業を遅らせる事にもなりかねないからね」
「ええ。その通りです」
モディリヤーノの言葉にルエラが応じる。
「色々と用意して来ましたから、皆さんも召し上がってください」
そうして彼女が広げたのはサクラの蜂蜜と岩塩を湯に溶かした飲料と、ウィルの町で買い揃えてきた食材の数々。鉄人のナイフやゴールデンカッティングボードなど最大限に調理技術を高めて振舞ったのは香ばしさ薫る料理の数々。
「ああ美味い!」
リグの騎士達の絶賛に表情を綻ばせるルエラ。
「食べ終わったら橋の補修作業も最後の仕上げです。今の内にしっかりと体力を取り戻してください」
完成まであと少し。
人々がこの橋を笑顔で渡る時は、もうすぐそこまで来ていた――。
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一通りの役目を終えた冒険者達がセレの国で再会を果たしたのは翌日の昼過ぎだった。お互いの成果を報告し合い、とりあえずしばらくは体を休めておいでと促されそれぞれに割り当てられた部屋へ。
――しかしそれから数分後。
リールの姿はセレの首都を支える魔法樹の根元、エイジャの眠る墓に在った‥‥。
「‥‥エイジャ殿」
呼び掛けるその名は直接会う事はただの一度もなかったけれど、ともすれば自分の人生を一八〇度変えてしまった人の名だ。
「結局‥‥ダメだったけれど‥‥」
膝を折り花を手向けるリールは、それきり俯き口を閉ざす。‥‥もう、何を言えば良いのかも判らなかった。
自分がこれからどうするのかも、未来が、見えない。
「‥‥っ」
拳を握り締めた。
辺りを包む沈黙がざわめく風に揺らぐ、その合間に。
「姉ちゃん?」
「!」
驚いて振り返れば立っていたのは。
「ユアン‥‥」
「姉ちゃん、一人で来たの?」
「ぇ、ああ‥‥ユアンは‥‥?」
「俺も一人。今日のゴブリンとの戦いのことエイジャに‥‥父さんに、話したくて」
そうして穏やかに笑う幼子の表情は、けれどとても大人に見えた。膝を折って花を手向け、手を合わせるユアンの横顔には、既にエイジャを失った悲しみは見えない。消えたわけではなくとも、その傷は癒えているからだ。
「‥‥ユアンは強くなったな」
「え?」
強くなったと言われてユアンは笑う。
「まだまだだよ! 俺はこれからもっと強くなるんだ」
「そうか‥‥」
頑張れと言いたいのに、言葉が出て来ない。
声が詰まる。
無意識に口元を覆えば、ユアンもさすがに察するだろう。
「‥‥姉ちゃんは、父さんに何を報告したの?」
「ぇ‥‥」
「まさか、哀しい話じゃないよね?」
「――」
目を瞠るリールにユアンは哀しそうな顔をする。それはまるで、エイジャの思いを代弁するかのように。
「‥‥あのね、ずっと昔‥‥俺が父さんの子になったばっかりの頃。父さんはよく言ってたんだ。自分は俺が大人になるまで成長を見守れるのかなって。父さんは人間、俺はハーフエルフ、ただでさえガキの俺が大人になった頃には、父さんは倍の歳を取ってる‥‥俺が父さんの年齢になったら自分はもう六十のじいさんだって‥‥よく笑ってたけど‥‥俺は悲しかったよ」
結局はこんな形で先立たれて、自分はまだ幼いままエイジャを失ってしまった。人の生き死に年齢の重ね方なんか関係ない、一緒に生きている今を大事にすべきなのだと、これもリールをはじめ心通わせた冒険者達から教えられたユアンは、強くなれた。
それでも、どうしても安心してしまった事がある。
「俺、師匠がシフールで良かったって思ったんだ」
シフールはハーフエルフと同じ、人間に比べて成長に二倍の時間を掛ける。それはつまり、出会った時からいつか来るだろう別れの時まで、等しく同じ時間を生きられるという意味だ。
「‥‥エイジャは人間で、リラさんはハーフエルフだよ。それで、昔からの親友だった‥‥それって、どういう事か判る?」
出逢った時は年上だったリラが、別れの日には年下になっていた。
見下ろしていた目線はいつしか見上げるようになり、その日には判らない変化も時を重ねるごとに明らかな違いを彼に見せ付けるようになる。
リラの十年後は、人間の二十年後。
この差はあまりにも大きい。
「俺は大人の事情なんて判らないけど‥‥でも、もしもリラさんが姉ちゃんを拒んだんだとしたら、それって‥‥そういう気持ちなら、俺にも判るよ‥‥判る、けど」
そっと伸ばした手でリールと手を繋ぎ、幼子は笑む。
「でも、俺はリール姉ちゃんのこと「母さん」って呼びたいな」
呼べる時間が自分の想像よりも短くなってしまっても、それでも、一緒に過ごせる今を幸せに生きたいから。
「リラさんにも言ってやるんだ、俺の新しい父さんになるつもりなら母さんも一緒だって!」
「‥‥っ」
いろんな意味で臆病になるよ。
大切な者に先立たれる痛み、悲しみ。己の手が犯した罪、積み重ねてきた業。大切であればあるほどに手を伸ばせなくなるよ。
それは仕方のない事、だけれど、未来の悲しみに怯えて今の幸せを諦めるのは違う。
生きているならば幸せにならないと。
幸せになるには、大切な人が側にいないと。
「姉ちゃん、間違わないで」
ユアンは言う。
真っ直ぐに。
「リラさんは姉ちゃんのこと、本当はとっても大事だよ」
それは陽精霊の輝きのようにリールに光りを降り注いだ――。
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女性陣が休むよう通された部屋では、いつまで経ってもお喋りが尽きない。そもそもの始まりはレンが布団に入るなり嬉しそうな笑いを零した事にある。
彼女が奔走している冒険者の訓練施設『フェイクシティ』、その運営が起動に乗ったなら其処から排出された将来有望なウィザードをセレに留学させてもらえないかと彼女のおししょーさまことドースターに相談したところ、
「わしで良ければいつでも協力しよう」
という前向きな返答を得られたという。そんな話からいつまでも戻らぬリールはどうしたのか、随分と遅くなってしまったけれどフルーレに結婚のお祝いをとレインが言い出し、待ってましたと幸せ満載の彼女をからかい始めたティアイエル。
その調子で誰もが休むどころではなかったのだ。
「そういえばあかつきのつばさのだいひょうしゃのことなのー」
おもむろに声を上げたレンは、布団から頭だけを出して言う。
「レンはレインちゃんがぴったりだと思うのー」
「えっ!?」
思いがけない指名を受けて声を裏返らせた彼女は寝台の上に飛び起きて首を振る。
「いえっ、でもっ、今回だって気付かなきゃいけなかった事に全く気付けなかったりで‥‥」
それに、と俯く彼女の脳裏に浮かぶのは今回も姿を現さなかった滝日向の面影。
「‥‥出来れば、それは‥‥日向さんに引き受けて頂きたい、です‥‥」
とっても自分勝手な言い分だけれど、いま、彼はこの世界に残るのか否かとても微妙な立ち位置にいる。レインは、‥‥こんな事は易々と言える言葉ではないけれど、彼にこの世界に残って欲しいと願っている。
そんな彼女の気持ちを察したフルーレは、話を逸らすように語った。
『暁の翼』の今後の行方。
これからの活動指針。
「セレとリグの橋渡しのお手伝い、とても大事な役目だと思います。許可を頂けるならセレ特有の農耕技術などお伝え出来れば良いな、と‥‥」
冒険者達は夢を語る。
『暁の翼』の行動指針は見えたと思う。
ならば後は実行あるのみ。世界の平和を信じ、誰もが幸せな生活を送れる日が来る事を願い翼は飛翔する。
暁に向かって――‥‥。