穏やかなる日々を願い〜盗賊村攻略〜
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■イベントシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:20人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月18日〜01月18日
リプレイ公開日:2010年01月25日
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●オープニング
その日、冒険者ギルドを訪ねて来た珍しい人物に職員のアスティ・タイラーは思わず腰を浮かせていた。
「リュミエージュさん!」
嬉々として声を掛けるとエルフの女性は微笑を浮かべて会釈する。
「お久し振りです、お元気そうですね」
「貴女こそ! 今日はどうされたんですか?」
どうぞと自分の正面の席を勧めるアスティ。この女性はつい先日、ディーンという偽名を使って盗賊団に潜入、知人の宝物を守るために冒険者の目から逃げ隠れしていたジークという青年を介抱した事からギルドと縁の出来た人物だ。そのジークも冒険者達の活躍によって確保。話を聞けば盗賊団に身を置いていた事情には情状酌量の余地ありとして引き渡した官憲に減刑を求めるなど、思いやりが解決した事件だった。
「その節は大変お世話になりました」
ゆっくりと告げるリュミエージュだったが、次に顔を上げた時にはその笑顔が強張っている。ただならぬ雰囲気を感じたアスティも表情を改め、彼女の話を真剣に聞く態勢に入るのだった。
その後、リュミエージュが語った話はこうだ。
官憲はジークの釈放を考慮してくれたが、盗賊団に身を置いていたのは紛れも無い事実。相応の事情があったにせよ真に盗賊団の一味ではないという証を立てるには根拠が足りない。だから本当に身の潔白を証明したいのであれば『盗賊団の村』壊滅に手を貸す事が条件として提示されたのだ。
「ジークさんは、あれからも色々な事を思い出されてその村の事も話したんだそうです」
「なるほど‥‥」
アスティは固い表情で頷いた後、リュミエージュの目を見返す。
「‥‥それで貴女は、何を望んで此方に?」
応えを促すアスティにエルフの女性は俯き、‥‥しかし意を決して顔を上げる。
「冒険者の皆さんにジークさんを助けていただきたいのです」
官憲にも当然腕に自信のある者が揃っているだろうし、数を整えれば盗賊の村を壊滅することも不可能ではないだろう。しかし、官憲の猛者よりも冒険者達の方が信頼出来る。もし今回の壊滅作戦でジークが‥‥そして官憲の誰かが傷付けば、それはそのままジークの罪になってしまうような気がして不安だと彼女は語った。
「お願いします‥‥お願いしますっ。依頼料は、少ないですがこれを使っていただければ‥‥っ」
そうして彼女が差し出した皮袋は卓に置かれたガシャリと音を立てた。少ないと彼女は言うけれど、そのお金をどのようにして貯めたのかと思うと、アスティは目頭が熱くなる。
何故なら、今更にリュミエージュの美しい金の髪が肩上にまで短くなっている事に気付いた。
その繊細な指先も傷だらけだ。
「‥‥貴女は、どうしてそこまでジークさんを‥‥?」
「‥‥判りません‥‥」
問うアスティに、リュミエージュは首を振る。
「判りません‥‥けれど、助けて欲しいのです‥‥どうしても」
彼が優しい人だと知っていればこそ、自由であって欲しいのだと――。
「判った」
不意に、リュミエージュの背後から掛かる声にアスティは目を丸くする。其処に立っていたのは天界出身の友人でありギルドに籍を置く滝日向。
「その依頼、俺も手伝おう」
「日向さん‥‥!」
「本当ですか‥‥?」
日向の言葉に驚いて顔を上げるリュミエージュの瞳が潤んでいる。そんな彼女を見せられて黙って過ぎ去れば男が廃ろうというもの。
「誰かを助けたいってのが冒険者だろ?」
「! はい!」
アスティが満面の笑顔を覗かせ、リュミエージュは深々と頭を下げる。
「お願いします‥‥っ、どうか、よろしくお願いします‥‥っ!」
――そうして、一枚の依頼書がギルドの掲示板に張り出された。
●リプレイ本文
●
冒険者達は夜の闇に紛れて盗賊村の前後左右と言わず上空からも接近し、敵に気付かれぬよう細心の注意を払いながら「その時」を待った。
「見えますね‥‥」
他の仲間に魔法発動の際の光りを隠してもらいながら土御門焔(ec4427)が囁く。テレスコープとエックスレイビジョンの合成魔法によって村の内部を確認しているのだ。とは言え、この合成魔法は確かに重宝するのだが、少し効果を高めようと思うと失敗率の方が高まってしまい、必ず成功するレベルで抑えようと思えば効果が狭まる。どちらにせよ魔法の回数が嵩んでしまうのが難点だ。その上、夜闇の中では魔法発動の際の光りが必要以上に目立っていた。
「真っ黒で大きな布を用意してくるべきでしたね‥‥」
今後の作戦の鍵を握ると言っても良い水魔法の使い手レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の言葉に、いざ作戦が実行されれば彼女を援護するため傍に居たルスト・リカルム(eb4750)が難しい顔をする。
「黒い布‥‥いま何かを思い出した気が‥‥」
「‥‥それでしたら‥‥」
イシュカ・エアシールド(eb3839)が遠慮がちに口を開く。
「ソードの‥‥マントを借りてはどうでしょうか‥‥」
言われた面々はほぼ同時に手を打つ。
「早速呼びかけてみます」と月魔法テレパシーを発動するのはフィニィ・フォルテン(ea9114)。もちろんモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)ら仲間が彼女の放つ輝きが外に漏れぬよう壁となった。
「‥‥夜が明けるまで、もう少しですね‥‥」
だんだんと色が薄くなっていく空を見上げるシルバー・ストーム(ea3651)の視界に映るのは上空で待機するシフールの仲間達。ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)、それに飛天龍(eb0010)だ。
空は朝を迎えるべく光りを取り戻して行くけれど、地上の緊張は次第に高まっていく。
「っ‥‥っクシッ」
息を殺し、唐突に疼いた鼻が誘発するくしゃみをソード・エアシールド(eb3838)は懸命に耐え、微かな物音で済ませた。
「どうした、風邪か?」
長渡泰斗(ea1984)に問われ「いや‥‥」と首を振るソード。
「きっと噂をされているんだ‥‥」
「へぇ」
誰にとは、誰も聞かないけれど、その脳裏に浮かぶのは唯一人の相手なのだろう。
(「まったく‥‥」)
ソードは眉間に皺を寄せる。
(「いつでも遠慮がちに頼むんだ、あいつは‥‥あいつの願いを、俺が断るわけがないのに」)
胸中に一人呟く言葉は、きっと本人には伝わらない。そう思いつつ溜息をついた頃、不意に脳裏に仲間の声が届いた。フィニィのテレパシーだ。
術者達の光りが漏れないようにマントを貸して欲しい、そういう内容だった。
「‥‥ふむ‥‥それは盲点だったな‥‥」
オルステッド・ブライオン(ea2449)が感心したように呟き、リール・アルシャス(eb4402)が苦笑う。
「行ってあげて欲しい、ソード殿。術者の皆が今回の作戦の鍵を握っているのだし」
「そうだね。視界に不安があればついていくよー?」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)も言う。ソードは頷いた。
「案内は不要だ‥‥少し、行って来る」
「気をつけてな」
「ああ」
背中に物見昴(eb7871)の言葉を受け、足音を立てぬよう注意しながら支援隊の元に急ぐソードを、少し離れた先の森の中、飛獣の翼を休めさせていた陸奥勇人(ea3329)とフルーレ・フルフラット(eb1182)が気付き、倉城響(ea1466)、長渡昴(ec0199)に目配せする。
何でもない、動くな。
今はまだ待機の時。
●
家屋の数は約四〇。敷地内を四つに分けて方角で区切るとしたなら東に七、南に一六、西に一一、北に六棟となる。見張りは村の外周に大凡等間隔で八名がついており、冒険者達の待機中に一度交代があった時も同人数で入れ替わった。村の中にいる盗賊の数は百余名。その他にも焔の透視能力によって縄で繋がれた一般人と思しき人々の姿も確認されている。
「やはり‥‥」
そう呟いたのは人売り等の目的で捕まった者がいるかもと予め予見していたリール。手元の羊皮紙に焔からの情報を纏めて絵にした盗賊村の簡易地図を他の仲間に複写してもらいながら、そういった情報も加えていった。この地図には忍の昴や、天龍ら上空のシフール部隊が直に目視した情報も追加されている為より正確なものとなる。
「盗賊の頭と思われる男は、此処です」
「間違いないか」
それが何よりも重要な情報であり、此方は盗賊の頭の顔を知らないという点を考慮して確認する勇人に、焔は頷く。
「間違いありません。このような村で一晩に四人もの女性を侍らせお楽しみの真っ最中だったのですから」
「おたのしみ‥‥」
淡々と紡がれる焔の言葉を何気なく復唱した後で、ようやくその意味を察したレインが真っ赤になり、フォーレが笑う。
「それなら間違いなさそうだねー♪」
ぽんぽんと水の乙女の背中を叩き励ました。
「それにこの家屋の屋上に納屋があり、中にはグリフォンが一頭。恐らく逃走用の騎獣でしょう」
「そりゃまた‥‥何処かから盗んできたか」
勇人が呆れて呟くが、これは決定的だ。盗賊の頭がいるのは南側にある一六の建物の内、真南に位置する大き目の邸。
「ジーク、おまえさんの情報通りだな」
「は、はいっ」
勇人に褒められて恐縮するのが今回の盗賊村攻略のきっかけを作り、かつてはディーンの名で冒険者達から逃げ隠れしていた青年だ。
「しかし‥‥ジークさんはもう、リュミエージュさんに頭が上がりませんね♪」
「ぇ、ええ、本当に‥‥」
フルーレにからかわれて縮こまる青年の肩を、同行している日向が叩いた。
「村を囲う木製の柵の状態はどこも大きくは変わりません。壊すのは容易でしょう」
「そうですか」
応じたフィニィは月魔法テレパシーを用いてこの場には集まれない仲間に知らせる。その仲間から周りの仲間へ。口頭で説明している焔も同魔法を用いる事で別の仲間に知らせ、その仲間も他の仲間へ情報を伝える、そのようにして遠くに居ながら全員が情報を共有するのだ。
「さて‥‥良い時間になって来たしそろそろ始めるか」
勇人が空を見上げて言う言葉にレインが頷く。
「はいっ、頑張ります!」
小声ながらも強い意思を感じさせる応え。一人一人が持ち場に戻り作戦決行の声が上がる。シルバーが紐解くスクロールによって術者達の精神力が高まり、ルスト、イシュカら白魔法の使い手らによって幸運を祈られれば普段よりも高度な術を使う際の成功率がぐんと高まる。
各所で放たれた銀色の輝きは外周に立つ見張りを次々と眠らせ、魔法発動の際の輝きを気にするだろう存在を減らす。
「‥‥ふぅ」
『大丈夫よ』
深呼吸を一つ。レインは背後に浮く水の精霊フィディエルの言葉に笑顔で頷いた。
大丈夫、必ず上手くいく。
決して独りで戦うわけではないのだから。
「いきます」
瞳を閉じて気を集中させる。
大地に翳した手の平が、‥‥水の輝きを放ち始める。
「――‥‥この世界に遍く御座す精霊達よ、我の声に応えその望みを叶えたまえ。良心に則り心清き者のため我の力となりてこの姿を隠したまえ‥‥――ミストフィールド」
レインの身体から放たれる光りが足元の乏しい草花を震わせ、次第にその姿を霧で包み始めた。
そんなウィザードの集中を途切れさせないよう気遣うシルバーが三度紐解くスクロールは村の外周の、更に外を囲う森に呼び掛ける。盗賊逃亡を阻止するための予備策として、森には地の精霊達の力を借りて立ち入る者を迷わせて貰うのだ。無論、冒険者側がこの魔法に囚われないようフィニィが全員に抵抗魔法を付与した。互いの術で、互いの術の短所をカバーし合うこと。冒険者達のフォローは完璧に近かった。
シルバーは一度目の術の成功を確認すると移動して一度目の効果範囲からはあえて外した村の向こう側、最も遠距離にある対面の森にも同魔法を掛けるべく移動を開始。隠密行動に長けた彼が単独で動けば敵方に知られる事もないだろう。
霧の中を冒険者達は進む。
術の繰り返しによって効果範囲を広げ、精神力が尽きる前に回復薬を用いて気持ちを引き締め直し、ゆっくりと‥‥だが確実に盗賊達の視界を奪っていく。
「‥‥っ」
ジークは棍棒を持つ手に力を込めた。
ここが正念場だ。
●
「霧が出てきたな‥‥」
「随分と濃いな」
盗賊村の見張りの男達が言葉を交わす。
「ここまで濃い霧も珍しいな‥‥って」
男は目を剥いた。今の今まで見えていた仲間の姿が完全に霧の向こうに消えてしまっていたからだ。
「何だコリャ‥‥」
顔を顰める。
「おい?」
見張りである以上は持ち場を離れるわけにいかないが、視界が正に白一色となれば些か不安にもなろうというもの。
「‥‥っ、おい! 聴こえてるんだろう? 声くらい出せよ!」
早口に捲くし立てても返るのは沈黙ばかり。男は地団駄を踏む。
「おい!?」
喚く。
だが反応はない。
逆側からも、皆無。
「‥‥っ」
おかしいと気付く。
これは普通じゃない。
「お頭‥‥っ」
男は踵を返し走り出そうとした。だが。
「っ」
柵を越えようとして何かに足を取られ転がる。
「うぶっ」
顔から地面に叩き付けられて激痛が走った。
「なっ‥‥っ」
倒れたまま足が何に引っ掛かったのかを確認しようとそちらに目を向けるも、‥‥何も見えない。まるで足が霧に飲み込まれたかのようで――。
「うわっ‥‥」
男は怯えた。
だから気付かなかった。
「‥‥情けないな‥‥」
「っ!? うっ‥‥」
気付き、声の方を見遣るも結局は視界が白いまま腹部に激しい衝撃を受けて気を失った。男の記憶は恐怖が最後だった。
●
「‥‥やるじゃないか、物見さん‥‥」
見張りが居た周囲三メートル以上の柵をこっそりと外し、柵の変わりに結んで引いたロープを指で弾きながらオルステッドが言えば、敵に気付かれぬよう罠を仕込んだ昴が肩を竦める。
「こんな古典的な罠に掛かるようじゃ、ね」
呆れているのにも似た物言いにオルステッドは苦笑で応じる。ましてや村に敵の侵入を阻むような罠も、侵入した事を知らせる鳴子や落とし穴があった程度で冒険者には大した脅威にならないものばかり。その位置すら昴やフォーレが前以て調べ上げてしまえば、後は戦力勝負だ。
「‥‥盗賊が百人‥‥まるで商店の在庫一掃だな‥‥」
名のある盗賊を一網打尽に出来れば世の中は随分と平和になるだろう。目標は全員の捕縛、或いは撃破。
「‥‥一人たりとも逃さん‥‥」
倒した見張りをロープでぐるぐる巻きにし、一箇所に集めるため引っ張って行くのは昴からロープを預かるソードだ。
「これで見張りは消えたぞ」
「罠の仕掛けは?」
「上々だ」
モディリヤーノのライトニングトラップを始め、盗賊共に逃げるよう誘導した先では冒険者達が待ち受ける。どのように誘導するかと言えば、まずはその一方向の先は霧が晴れている必要がある。
「この辺りにも霧を掛けて大丈夫ですか?」
安全を確認しながら村の中に入るべく、ゆっくりと近付いて来るレイン。
「‥‥ああ、頼む‥‥」
「北方向だけは見えるようにね」
「はいっ」
昴の注意に大きく頷いたレインは詠唱開始。霧が広がる。
上空、バサリと獣の翼が羽音を立て、その背に騎乗する勇人、フルーレ、長渡昴、そしてシフールのユラヴィカ、ディアッカ、天龍。彼らの視界に映る地上は不思議な光景だった。ドーム上の霧の、中央から北側に向かって歪な扇状に生じている道筋。
「レインさんの魔法の効果時間は残り三〇分強‥‥どう見ます?」
フルーレの問い掛けに彼らは笑む。
「充分、って展開にしてやろうぜ」
「行くか」
勇人、天龍の応えにディアッカの身体が銀色の輝きを放つ。盗賊の頭がいるという屋敷への攻撃開始を知らせるためだ。地上の仲間と思念で言葉を交わし了承を得れば、準備は完了。
「屋根をぶち抜くのですね」
「ああ」
「視界が悪いです、仲間を攻撃しないように注意しましょう」
上空で円陣を組む二頭のグリフォンとペガサス。その中央上方に天龍。
「行くぞ」
四人が一斉に降下を開始した。
「さて‥‥わしはこの時間ではサンレーザーも使えぬし、万が一にも逃げ出す盗賊がいないか監視するのじゃ。手伝ってもらえるかの」
『かの♪』
応じるのは彼が連れて来た風の精。
直後に地上から破砕音が鳴り響いた。
●
盗賊達は、その瞬間に何が起きたかなど判らなかっただろう。だが、物音に飛び起きて外を見渡そうにも周りは濃い霧に覆われて全く状況が見えず、何一つ情報を得られない。
「何があった‥‥!?」
外に飛び出した盗賊の一人が声を荒げる。
「おい! 誰かいないのか!!」
落ち着かない足が地面を擦り、立ち昇る砂煙。それが男の位置を語る。
「誰、か‥‥っ!?」
繰り返し叫ぼうとした男の腹部に打ち込まれた強烈な一撃。
「がはっ‥‥てめぇ‥‥何者‥‥っ」
足音さえ立てずに接近した侵入者。
「あら、大丈夫ですよ♪ アバラの五本くらいは折れても死にませんから♪」
「女‥‥っ!?」
響の声から性別を察した男は何よりもそれがショックだったと言いたげに目を剥き、崩れ落ちた。
「わっ」
ドサッと足元に転がって来た体に驚いて体を竦めたのはジーク。
「ひ、響さんって‥‥」
「どうしました?」
にっこり、ぽやぽや。その笑顔がとても怖い。しかしそんな事を考えている間にも周囲から物音が聞こえて来る。次々と盗賊達が起き出しているのだ。
「さぁ行きましょうか、のんびりしていられませんね〜」
「は、はいっ」
響は意識を集中し、見えない視界の中でも敵の足音を聞き分ける。呼吸を感じる。隙がなく、また迷いのない太刀捌きに、ジークは感動さえ覚えた。
同時刻の頭目の邸。
「‥‥っ‥‥てめぇら‥‥何者だ‥‥」
首筋に冷たい切っ先を向けられて、盗賊の頭は瞬きすら忘れて冒険者を見据えていた。まさか上空から屋根をぶち抜いて襲われるなどとは考えもしなかったのだろう。物音に驚いて階下から駆け付けてくる部下は十名以上、つまりそれだけの用心棒がいたのだ。ましてや窓には逃走用の縄梯子が用意され、屋上の納屋にはグリフォンまで準備して何かしらの襲撃を受けても必ず逃げられる準備をしていたつもりだ。
それが全部パアである。
下着姿で怒りゆえに声を震わせている男から視線を外すように、破壊した寝台から転がり落ち部屋の隅で怯えている全裸の女性に傍にあったローブを被せたのはフルーレ。目付きや表情からこの女達も盗賊である事は違いなく、容赦する気もないけれど、かと言って辱めるつもりはない。
「連行させてもらいますよ」
告げるフルーレに頭が怒鳴る。
「てめぇらは何者だと聞いている!!」
「冒険者だよ」
薄く笑い、応じたのは勇人。
「おまえ達を壊滅させに来た」
「‥‥っ‥‥小癪な‥‥!」
頭は叫ぶ。
「てめぇらやっちまえ!! こんな若造共にやられたとあっちゃ盗賊団の名折れだ!!」
「うおおおおおおっ!!」
部屋に駈け込んできた男達が得物を構え襲い掛かる。頭は首筋に当たる槍の先を素手で握り遠ざける。
「へぇ」
「うぉおお!!」
「!」
勇人が立つ敷布、それを鷲掴み力任せに引き抜いた頭。
「なるほど豪腕!」
勇人は跳躍し転倒を回避、同時に目では頭の手元を追い武器の在り処を掴む。
「寝台の下か!」
「せやぁああ!」
突きが来る。
「そっちは任せたぜ天龍!」
「任せろ!」
十数名の猛者の中に飛び込んだ天龍。小柄な体格故にあっさりと合間を擦り抜けられた男達が目を血走らせた一瞬、昴の剣技が冴える。
「此方にも敵が居る事を忘れるなッ!」
「がはっ!」
「てめぇ‥‥小娘の分際で‥‥!!」
「小娘ではない!!」
外側の男が昴の刀に吹き飛ばされ、中央で一人の男が天龍の拳に吹き飛ばされた。
「!!」
ざわつく男達。
床に転がる仲間は白目を剥き泡を吹いていた。
「‥‥っ!?」
「そいつの様になりたくなかったら大人しく降伏した方が身の為だぞ」
構え、眼光鋭く言い放つ天龍に、しかし男達は引き下がれなかった。弱きものを虐げ、残虐の限りを尽くしてきた男達にも、どんなに愚かであろうとプライドがある。女、若造、小さなシフール‥‥そんな連中に負けるわけにはいかないのだという自負が。
「うぉおおおおお!!!」
「言っても判らないなら身を以って知れ!」
ならば天龍も遠慮はしない。
昴も、手加減は無用。
「愚かな‥‥成敗っ!」
たった二人で十数人の猛者を戦闘不能に持ち込む。
そして、フルーレ。
「せめて恥じらいくらいは持ったらどうですか!」
言い放つ前方には全裸で飛び道具を操る女がいる。フルーレがローブを被せた彼女だ。女はその袖の下から寝台の下に転がっていた武器を手にし、フルーレに攻撃を仕掛けた。ローブを彼女の眼前に投げ捨てて視界を奪い、刃をその胸に突き立てようとしたのである。
無論、フルーレも数多の戦場を生き抜いた騎士ならば目晦まし程度でやられるわけはないけれど、同じ女であればこそ全裸で向かってくる彼女に苛立ちを覚えた。
「いい加減にしなさい!」
鞘から抜く事の無い剣で、斬る。
「っ‥‥ッガ‥‥!!」
吐き出される血に顔が歪む。
敵わぬと判る相手に、それでも勝負を諦めないのは騎士道だろう。だが。
「死に場所を求める相手に、それを与えるような‥‥そんな優しさは持ち合わせていませんよ‥‥!」
「‥‥っ」
膝から崩れ落ちる女は意識を手放す直前に苦く笑う。
「‥‥あたし‥‥あんたみたいな女、大っ嫌いよ‥‥っ」
それを泣きそうな笑顔で言うから悔しかった。彼女がこうなってしまったのは何故なのだろう。同じ女として、彼女だけが悪いわけではないのだと、そう思いたくて。
「‥‥っ」
それでも、彼女が盗賊の一人であった事は明らかであり、罪は問われ裁かれるべきだ。フルーレは気持ちを切り替えて縄を掛けると、顔を上げた。これで残るは頭一人。
「これで終いだ!!」
「があああっ!!」
激しい音を立て壁に叩き付けられた頭は、霞む視界に仲間の姿を捕らえられただろうか。
「‥‥ハッ‥‥情けねぇ‥‥」
「弱いもん苛めをして来たその根性が、だろ」
勇人が言い放つ、それに薄く笑った頭はそれきり気絶した。
「‥‥つーかな。眉間に三発も食らって立ってるってのはどんだけ頑丈だよ」
呆れて呟く彼に昴が失笑する。
「さぁ。彼らを捕縛したら次に行かなければ」
●
盗賊の頭が捕らえられた頃、遊撃班による盗賊団の無力化は続いていた。同時に、こうなって来ると己の身が危いと感じ始める者も自然と出始め、彼らは出口を求めて彷徨う。
「‥‥っ? あ、あっちは霧が晴れているのか‥‥」
警戒はしている。それでも、せめて見通しの良い場所に出たいというのは人間心理として当然だ。
「もう少し‥‥っ」
出口が近付くに連れて早まる歩調。
男は、柵を出た。
「! があああっ!」
直後に前進を襲った痺れる痛みは、モディリヤーノが設置した罠。更にはその叫びを聞き取った盗賊達が「どうした!?」と声を荒げながら近付いてきた。
「誰かいるのか!」
霧が薄まり、視界に苦労しなくなったその場所で無意識に安堵の息を吐いた、その首に。
「残念だが、此処は通行止めでな」
「っ!?」
凄む泰斗の迫力に男達は動けず、その背後から迫ったフォーレの縄に縛られて捕獲された。
「泰斗にーちゃん、すごいね♪」
「腕は鈍りそうだがな」
苦笑交じりに返す泰斗。
「ん?」
上空から思念となり伝えられる報告に泰斗は苦笑う。
「馬で逃げようって? そりゃ無理だろうさ」
この村の馬小屋なら既に此方の手の内だ。
●
盗賊団の四名が相談し合い、逃げようという結論に至ったのもある意味では自然の成り行きだった。
馬ならば足で逃げるよりも助かる確率は高まる、だから奪っていこうと厩舎に駆け込んだのだ。だが、そこで四人を待っていたのはリールとソードの剣。
「馬ならば早々に逃させてもらったぞ」
「っ‥‥」
「自分達だけ逃げようとは不甲斐ない連中だな‥‥大人しく縛につけ」
「くっそ‥‥うぉぉおおおおおっ!!」
男の一人が剣を振り上げて襲い掛かる。
しかしその軌跡を紙一重で外れ体を回転させたリールは、相手の背後から剣を叩き付けた。
「がはっ」
「甘い!」
「‥‥さて、まだやるか」
ソードも剣を構え、敵を見据える。一分の隙もない剣士二人を相手にしてしまえば、逃げを考えるしかなかった盗賊の下っ端達は素直に降伏する他なかった。
スリープ、シャドウバインディグ、コアギュレイト。様々な魔法が盗賊団を一人ずつ、だが確実に仕留めていく。
五〇人を捕縛した頃になって勇人達突入班が頭を確保、二〇人を同時に捕縛したとの知らせが全員に行き渡った。
残りは四〇名。
冒険者達は霧が晴れるのを待ち――‥‥視界の無い世界に怯え、逃げる事も考えられなかった連中を片っ端から捕獲した。
「やっぱり凄いな、冒険者ってのは」
日向の呟きに、こくこくと何度も頷くジーク。
朝が来る。
新しい光りの一日が。
●
数日後、ギルドの受付係アスティ・タイラー宛にリュミエージュからの便りが届いた。
ジークは無事に保釈、今は故郷の村でディーンと平和に暮らしているそうだ。そして、二人は時々手紙の遣り取りをし、‥‥本当にたまに、会うらしい。
人間のジークとエルフのリュミエージュ。
種族の違いはどうしようもないけれど、もしもこの先、二人の間に何らかの変化が訪れたのだとしたら‥‥それは、きっとまた別の物語――。