●リプレイ本文
● 前夜
街から歩くこと数時間、人里を離れた小高い丘の上に広がる一帯の土地を所有するのがセゼリア夫妻の経営する牧場だ。
その一角に建つ家屋の入り口で満面の笑みを浮かべながら冒険者達を迎えたのは、今回の依頼人・セゼリア夫人。
「あら、またお逢い出来て光栄だわ飛さん!」
「しふしふ〜!」
以前に面識の有った飛天龍(eb0010)が馴染みの挨拶を交わす隣には陸奥勇人(ea3329)。
「以後お見知りおきを」
名乗ると同時、数日前に別件で世話になった事を二人が明かし感謝の言葉を述べれば、夫人は更に頬を緩ませた。
アシュレー・ウォルサム(ea0244)、キース・ファラン(eb4324)、エリーシャ・メロウ(eb4333)、ソフィア・カーレンリース(ec4065)。
初めて会う彼らはそれぞれに自己紹介し、明日はよろしくと声を掛け合う。
そうして次に名乗ったのはディーネ・ノート(ea1542)。
小柄ながらも成人女性のウィザードである彼女は、しかしこの夜、ささやかなミスを犯したらしい。
「まぁ‥‥っ」
両頬を手で覆って奇怪な声を上げる夫人の目に、本物と見紛う猫耳バンドを装着した不思議な可愛さ満点の少女はどう映ったか。
「まぁまぁまぁ‥‥っ」
繰り返す内の無意識だろか。
その手がディーネの頭を撫で始める。
「‥‥すみません、私これでも大人なんですけど」
「はっ」
口元を引きつらせて告げる彼女に、夫人は慌てて手を引っ込めるが、可愛い猫を撫でたくてうずうずしてしまう気持ちは、大の猫好きである彼女にも共感出来るところ。
とは言え。
(「私って他人にどー見られてんだろか? もしや動物!!」)
内心に疑問が募る。
と、その思考をぷつりと断ち切ったのが最後の参加者、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)だ。
「お任せ下さいよォー、依頼人殿ォ。このヴァラス・ロフキシモが子供達にメッチャ有意義な時間を与えてあげますからねェ〜」
笑顔は楽しげなのに、何故か夫人の背筋には悪寒が駆け抜けた。
(「ムククク、この俺と組むガキ以外は徹底的にイジメテやるぜェ〜」)
そんな心の声を知る由も無く思わず小首を傾げたが、ディーネを撫で回したい衝動を抑えることには成功したらしく、慌てて気を取り直す。
「で、では皆さん! お部屋をご用意していますから今夜はゆっくりお休みになって、明日の決戦に備えて下さいませ」
「あぁ、その事ですが」
ふと声を上げたのは勇人だ。
「初対面で一緒に戦うと言っても子供達は楽しみ難いでしょう。その子らの都合がつくなら、これから夕飯でも一緒にどうかと思っているのですが」
「本番の前に雪玉を作る練習をしたり、仲良くなっておきたいんです」
ソフィアも続けば、夫人は今度こそ破顔した。
「本当に‥‥っ、冒険者の皆さんは何て心の優しい方々なのかしら! きっとあの子達も喜びますわ!」
夫人は満面の笑みで応えると、子供達を呼んで来ると言いながら家を飛び出した。
「そうと決まれば、さっそく準備だな」
「料理なら手伝うよー」
腕を捲る飛に、アシュレーの陽気な声。
「じゃあ僕は、準備が出来るまで子供達と外で遊んでいたいと思います」
「私もそっち! 腹ペコになるまで遊んでくるわ!」
ソフィアとディーネが笑顔を交わしあう。
賑やかな三日間の始まりだった。
● 雪上合戦
「さぁて、行こうか!」
「負けないかんな!」
見渡す限りの雪原に響くは大いに熱が篭った幾つもの声。
大人と子供、男子と女子。
総勢十六名の挑戦者達に加えて、犬や猫、狼の子に、馬、‥‥塗坊?
背に翅を持つフェアリーも参加しての雪上合戦。
応援席に鎮座するセゼリア夫人は戦闘開始の合図を前に、既にその光景に目を輝かせている。
「待て待て、まずはルールの確認だ」
我先にと己の陣地に向かおうとする子供や、今日は敵同士となる冒険者仲間達を呼び集めるのは勇人。
「その一、冒険者は子供を狙わない。当てたら失格。その二、雪球を三発当てられたら負け。その三、子供が三発当たった場合は冒険者が残っていても負けになる」
確認し合う彼らは自然と二人一組の立ち姿。
昨夜からの触れ合いが功を奏し、子供達はすっかり冒険者に懐いている、――若干危ういのが一組あったりするのだが。
「ディーネ、ソフィア、アシュレー。三人は攻撃魔法禁止だぞ」
「ラジャッ」
「はい♪」
「言わずもがなだよー」
三者三様の返答を最後に、八組が雪原に歪な円を描くような形で陣を取る。
「さて、と。雪合戦とは楽しそうだよね。投げるというのが特に‥‥」
ふふっと意味深に笑うのはアシュレー。
その隣では八歳の少年、ヒュンフも興奮気味な笑顔を浮かべている。
「アシュレー兄ちゃん、絶対勝とうな!」
「もちろんだよ、やるからには勝たなきゃね」
腕を絡め「勝つ」という目標を改めて言葉にする二人は割りと良いコンビ。更には月属性のフェアリーも主人に良く似た笑みを浮かべていたりする。
その一つ隣ではディーネが子供と目線の高さを揃えて微笑んでいた。
彼女が組んだのは一番大柄だった十歳の女の子、フィム。
「じゃあ、改めてよろしくね」と試合前の握手を求めてみるが、アトランティスではあまり馴染みのない行為に少女は戸惑いを見せる。
ディーネはその頭をぽむぽむとしてやった。
彼女自身は勝ち負けにあまり興味が無いのだが、少しばかり人見知りするらしい女の子は、あまり表情を動かさないため、この子の笑った顔が見たいと思う。
「楽しもうね」
告げれば、少女はコクリと小さく頷いた。
そしてこちらはヴァラス組。
「ガキの遊びだろうが何だろうが負けるのは気に入らねえーッ! やるからには絶っ〜〜対に勝つッ!!」
固く拳を握って宣言する冒険者に、組むことになった八歳の男の子トートマは引き気味だ。
「おいガキンチョ、油断するんじゃあねぇぞ。ちなみに間違ってこの俺にぶつけやがったらブン殴るからそこのところはよォ〜〜く気をつけろよ、ムヒヒ」
「は、はい‥‥っ」
子供は今にも泣き出しそう。
怯えさせてどうする冒険者。
一方、打って変わって楽しげなのが勇人組。
「あはっ、可愛いー!」
ボーダーコリーの颯にハスキーの氷雨、二頭の犬に囲まれながらはしゃぐのは八歳の少女エルだ。
「よし、この二匹も一緒に援護するからな。エルは後ろについて、投げられそうなら投げる。良いか?」
「はい!」
元気な動物好き少女。
勇人は自ら玉を投げるつもりはなく、その手が握るのは微風の扇。
自身は防御に専念し、勝負はあくまでも子供に決させようと言うのが彼の作戦だった。
更に隣で、最年少の少年ジョンと組んだのは天龍だ。
視線は一番遠い位置にいるレンジャーに固定。
「射撃の巧いアシュレーは要注意だが、‥‥ジョンはどうしたい?」
こちらもあくまで勝負は子供の手で決めさせたい天龍は、作戦も子供に任せる心積もり。
そんな冒険者の心境を知ってか知らずか、まだまだ幼く無邪気な子供は満面の笑顔でたった一言。
「楽しみたい!」
「ああ」
上々の作戦である。
そしてこちらも作戦は子供に任せるキース組。
「ラディ、最初はどこに向かう?」
八歳の男の子ラディナートを愛称で呼べば、少年は満面の笑顔で「強いヤツ!」と言い切った。
幼いながらも、その正々堂々振りには共感するキース。
「よぉし、じゃあやっぱりアシュレーさんだな!」
「うん!」
返す少年は、キースの愛犬グリューを抱き締める。
「一緒にガンバろうな!」
抱擁と、一面真っ白な雪景色に大喜びのグリュー。しかしながらダッケルの短い足で雪を漕ぐのは、ちょっと大変かもしれない。
(「子供の頃は私もよく兄に遊んで貰って‥‥まぁ泣かされたことも多々ありましたが」)
雪景色を眺めつつ懐かしい思い出に失笑するエリーシャ。
普段は騎士として常に神経を尖らせている彼女だが、今日ばかりは童心にかえるのも良いと思う。
「お姉ちゃん」
裾を引かれて応えると、彼女が連れて来た愛犬、ハスキーのホル、ボルゾイのエドと戯れていた少女アリーゼが笑顔で彼女を見上げていた。
「すごい可愛いの。こんな可愛いわんちゃん達と遊べて嬉しいの」
幼さゆえか、あまり勝負事にもこだわりを持たない少女の言葉に、エリーシャは膝を折った。
「皆とも楽しみましょうね」
「うん!」
その笑顔に、エリーシャの表情も自然と綻んだ。
一周して最後の一組、ソフィアと十歳の少年クリス。
大きな塗坊マシュマロの陰に隠れて一生懸命に雪球を作り続けるも、少年は初めて見る塗坊と狼の子に興味深々。
「すごいなぁ。お姉ちゃん達はこんな大きな子と一緒に冒険するんだ」
「この子が一緒出来る事は少ないんだよー」
すっかり打ち解けている二人は会話も弾む。
雪玉を作り溜め、準備運動もしっかりと。
「よしっ、頑張ろうね!」
「うん!」
交し合う笑顔には強い友情が芽生えている。
「さぁ、雪合戦を開始しますわよ!」
応援席でセゼリア夫人が上げる鬨の声。
三、二、一、ゼロ! ――彼らは一斉に動き出した。
● 勝負の行方
一対一の勝負では個々の能力が勝負を分けるとの考えからか、冒険者達は乱戦を選んだ。
となれば強敵から倒すのがセオリー。
攻撃はアシュレー組に集中する。
「なんで兄ちゃんばっかり狙われるんだよ!」
「何でかなぁ」
アシュレーの魔法によって作られた石の壁を盾に攻撃が止むのを待ちながら、驚いている子供にのんびり返す彼は苦笑い。
「とりあえず冒険者から落とそうか」
今のうちに、更に雪玉を作り溜めるよう子供に伝えて、更なる魔法で壁の向こうを見通す。
「悪いけど‥‥全部見えているからね。弓兵の射線に入った以上は外さないよ」
仲間の狙いがアシュレーならば、彼の狙いは天龍だ。
月のフェアリーに指先で指示を出し空爆用意。
自らも射撃の応用で投球開始、狙いを定めて、いざ初撃。
直後。
「勝負!」
トンッと力強い声に重なった鈍い音は真横から。
「あ!」
子供が声を上げた視線の先にはキース組のラディだ。
「やった一発!」
攻撃が正面からばかりとは限らない。
一発当てて退く友達に、ヒュンフが目を吊り上げた。
「兄ちゃん! 投げていいか!」
真っ直ぐな瞳は負けを良しとしない男の目。
これは勝負、だが。
「行こうか?」
「おうっ」
こうして射撃の名手も子供を楽しませる戦いに身を投じる事となる。
一方、強敵に貴重な一発を当てたラディはキースに頭を撫でられて得意顔。
「良くやった!」
「うん!」
その正面を駆け抜けた大きな陰。
「おわっ」
慌ててラディを抱え上げれば、キースの腹部に雪球一発。
「油断大敵ですよ」
二匹の大型犬に身を隠しながら少女の肩を抱くエリーシャ。
玉を投げたのはアリーゼだ。
「さぁ次です」
「させるか!」
反撃と思いきや全くの別方向から更に一発。
見れば不敵な笑みを湛えたアシュレーだ。
「キースー‥‥一緒に楽しもうかぁ?」
底冷えしそうな声には逃げるが得策。
「走れラディ!」
「おおっ」
「私達も」
「うん!」
駆け出す背を追う冷たい白球。
子供達の笑い声が響き渡る。
アシュレーが勝負に重きを置いた作戦を放棄したことで一同の狙いも散らばった。
塗坊を動く壁にして近付いてくるソフィア・クリス組に対するは勇人・エル組。
天龍、ジョンもこれに加わって大接戦。
勇人が持つ微風の扇から放たれる風が、エルを狙った玉ばかりでなく、ジョンに向かっていた玉の軌道をも逸らせば「代わりに一発当てさせろ!」と陽気に勇人。
「それとこれとは別だな」と笑って返す天龍に「お二人ともやっぱりお強いですー」と感心しきりのソフィアだ。
子供は子供で全力投球。
冒険者を信じ、防御に気を使わないでいられるのも大きい。
投げた球が偶然でも冒険者を掠めればワァッと一気に盛り上がった。
だが、その最中。
「きゃあっ」
幼い少女の悲鳴に、冒険者達は何事かと声のした方を見遣った。
同時。
「ムケケケケ、かかった! そこの足場は不安定だぜマヌケがァーッ!」
上がったのはヴァラスの声。
どうやら玉を準備している段階から雪を踏み固めて滑りやすい場所を作っていたらしい彼の罠に、ディーネと組んでいたフィムが不運にも掛かってしまったのだ。
「さァ投げろ! 当てろ!」
冒険者は子供を狙えない、ゆえに組んだトートマに命じるヴァラスだが、すっかり怯えている少年は座り込んで左右に首を振るばかり。
「何してんだ、立てェ!」
「――いい加減に‥‥っ」
怒鳴るヴァラスに、応えたのは。
「しなさい!!」
直後、一瞬にして描かれた魔法陣と放たれた冷気。
それはディーネのアイスコフィン。
「しばらく反省!!」
完全に氷の棺で捕縛されたヴァラスを前に言い放ち、手をパンパンと叩いたところで我にかえる。
「あ」
「はいディーネ、攻撃魔法で失格ー」
容赦ない指摘はアシュレーだ。
気持ちは判らないでもないけれど、ルールはルール。
「ごめんねフィムさん! 私、怒ると見境がつかなくてーっ」
転んだままのフィムを抱き締めて詫びる彼女に、だが泣いていた少女は、微笑う。
「‥‥お姉ちゃんカッコイイ」
引っ込み思案な少女の、照れた呟き。
更には。
「わっ」
急に腰に抱きつかれて驚けば、トートマがディーネにしがみついていた。
子供二人に挟まれて当惑気味のディーネだが、凍りつきそうになっていた空気は次第に和らぐ。
「そうだな‥‥、ディーネ! 勝負を終えた子供達の相手を頼…って!」
天龍が言い終えるより早く彼を襲った雪玉一発。
「当てられる時に当てなきゃね」とにっこり笑うアシュレーは遠距離間も何のその。
雰囲気がガラリと変わる。
雪合戦の再開だ。
● 優勝者
「冒険者の方も色々ですわね」
ほぅ、と息を吐くのは応援席で観戦中のセゼリア夫人。
最初から最後までとはいかなかったけれど、子供達の楽しむ姿が喜ばしい。
ヴァラス、ディーネに続いて敗退したのはキース、ソフィア。
子供を庇った天龍が三発受けると、まだ冒険者も残るフィールドでそれ以上の攻撃は続かずにジョンも惜しくも敗退した。
最後はアシュレー組と勇人組の一騎打ちかと思いきや、エリーシャとアリーゼの大躍進。
ペットが雪玉に当たる数も決めておけば結果は違っただろうが、勇人の愛犬も同様、雪上でもその動きを一切鈍らせない生態に、主人の命令とあらばドラゴンにさえ戦いを挑むという強い絆は、放られてくる雪玉を悉く噛み砕いたのだ。
子供が三発当たれば、冒険者が残っていても敗退。
更には、冒険者は子供に当てられないというルールも幸いした。
勝ち残ったのは、エリーシャとアリーゼ。
優勝は彼女達。
「愛犬との絆にも感動しましたわ!」
セゼリア夫人絶賛のもと彼女達には「ゆきんこ勇者」の称号が贈られ、雪上の決戦はその幕を下ろしたのだった。