偽りの代償
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■ショートシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月16日〜01月21日
リプレイ公開日:2008年01月24日
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●オープニング
● 三日前
「‥‥クイナさん」
隣に住むハーフエルフの少年・ユアンに声を掛けられた彼女は、普段と変わらずに笑顔で応える。
唐突に唯一の理解者であった養い親を亡くして後、自暴自棄になっていた彼は、ここ最近の冒険者達との出逢いによって大きく変化していた。
触れること、触れられることにも抵抗を見せなくなり。
口数や、表情の変化は増え。
自らの希望を言葉に出来るようにもなっていた。
それは少年の今後を心から案じていたクイナにとって喜ばしい変化であり、陰で嬉し涙を流したことも一度や二度ではない。
だからこそ、この時も彼女は笑顔だった。
「あの、さ‥‥」
「どうしたのユアン」
少年が最初に言葉を渋らせるのも、いつもの事。
気負う必要は無いのだと笑んで促せば、彼は深呼吸をして意を決する。
だが。
「あのさ‥‥、エイジャが大事にしていた剣の事なんだけど」
――だが、そうして少年から向けられた言葉は。
「あ、エイジャの剣を取り返したいとかじゃなくて! 今の俺に武器を扱うのは無理なの判ってるし、‥‥ただエイジャの大事な剣を形見分けで受け取る友達って、どんな人なのか気になったんだ。今まで色んなことを教えてくれた冒険者達もエイジャの仲間だって言うけど、あの人達の中にはいないんだろ?」
「ぇ、ええ‥‥」
「俺、その人に会った事あるのかな? 会いに来てくれたけど、会おうとしなかった?」
彼を亡くしてから他人の話を聞こうとしていなかったという自覚が有る少年は、その可能性もきちんと考えていた。
実際、エイジャの多くの友人達がユアンを励ましに来たが、そのほとんどを彼は問答無用に追い返していたからだ。
だからクイナは、その過去に縋るように頷いてしまう。
嘘の上塗りに胸を痛めながら。
● 昨日
ユアンの家に一通の手紙が届けられた。
だが少年は文字を読めず、それが何語なのかすら判らずに、クイナを訪ねた。
しかし彼女もまた文字を読むのは不得手であり、唯一認識出来たのは数箇所に綴られたセトタ語による「エイジャ」の名前。
冒険者として語学にも精通していた彼は、名前の綴りくらいは覚えておいても損はないと、それを教えてくれた事があった。
強い不安が胸中に渦を巻く。
まさかという思いで、彼女は再びギルドの門をくぐることにした。
● ギルドにて
クイナから渡された手紙に目を通し、ギルドの受付係は眉を顰めた。
「これはまた‥‥」
「何て書いてありますか?」
不安気な表情で知りたがる彼女に、受付係は少なからず躊躇いつつも内容を読み上げる。
***
【エイジャの息子・ユアンへ
前略
実際に君に会う事も出来ずにいる愚かな私は、もはや許しを請う事も出来ない。
せめてエイジャの形見である剣を君に返したいのだが、彼が自分に剣を預けた理由も判らず、それすら、どのようにしたら良いのか判らないのだ。
君がエイジャの仇を取ろうと必死になっている事は、他の仲間に聞いた。
それを望むのなら、私は喜んで君に討たれよう。
私には何一つ選ぶ資格などないのだから。
君の望む通りに償わせて欲しい。
返答を待つ。
草々
リラ・レデューファン】
***
「‥‥エイジャ殿の仇は、モンスターではなかったのですか?」
受付係の問い掛けに、クイナは涙に潤んだ瞳を閉じ、左右に首を振った。
「いえ‥‥、手紙にある通りです‥‥」
「では、何故ユアンに本当のことを伝えなかったのですか」
重ねて問う青年に、クイナはしばし沈黙で耐えた。
だがこれ以上の嘘は彼女にとっても辛くなるばかり。
「リラさんはハーフエルフなのです」
「ぇ‥‥」
「それを‥‥っ、どうしてあの子に伝えられるでしょう‥‥っ」
とうとう堪え切れずに落ちた涙に、受付係も空を仰いだ。
このリラとエイジャが仲間同士であったなら。
リラがハーフエルフだと言うなら、悲劇を招いた原因が狂化であることは容易に想像がつく。
「‥‥ユアンが文字を読めなかったのが救いでしょうか」
「ぇ‥‥」
「どう対応したものか、ユアンと縁のある冒険者達と話し合ってみましょう」
「‥‥よろしくお願いします」
深々と頭を下げるクイナに、受付係は痛々しい表情で応えるのだった。
●リプレイ本文
● 一
その日、空を過ぎった大きな影は人里から少し離れた林中に沈んだ。
「何だ今の‥‥」
隣に住むクイナの夫に薪割りのコツなど学びながら、手頃な大きさになった木々を抱えて屋内に運ぶという仕事を手伝っていたユアンは、偶然それを見かけて呟いた。
「どうしたの」
立ち止まった少年に呼び掛けるのはクイナだ。寒いから早く入りなさいと促すも、彼は大きな影が降りた林の向こうが気になる様子。
「ちょっと見て来る」
「え?」
言うが早いか、決まった場所に木を下ろすと少年は走り出した。
「ユアン!」
制止の声は届かない。次第に小さくなる背の、その向こう。
「!?」
唐突に林の中から大柄な男が現れた。
「ユアン!!」
クイナの緊迫した声が響く。近頃の不安が彼女の警戒心を強めていたと言って良い。
視線の先で、彼女と同じく身を強張らせたらしい少年は、しかしすぐに声を上げた。
「べ、別に待ってたわけじゃないやぃっ」
可愛気の無い言葉。
だが、隠し様の無い嬉しさを滲ませて。
「あ‥‥」
クイナも気付く。少年の背を押すようにして近付いて来るのは、以前に世話になった冒険者、陸奥勇人(ea3329)に違いなかった。
時を遡ること数時間前。
集まった冒険者達は緊迫した雰囲気に包まれていた。
と言うのも今日という出発日に先駆けて対処方法を相談し合っていた彼らの意見は、ある一点に於いて完全に擦れ違っていたからだ。
真実を今すぐにユアンに話すか、機を待つために嘘を付き通すか。
そのたった一つの方針がどうしても定まらない。
「リラさんのお宅は此処から馬で一日半…約二日です」
一方、問題のリラ・レデューファンに会いに行く事を望む冒険者に受付係は地図を広げて大凡の位置を伝えた。
「もし必要でしたら、私の馬をお貸ししますよ」
告げる視線の先にはリール・アルシャス(eb4402)。
「それは有り難いが、ご厚意に甘えるわけには‥‥」
「正式な報酬があるわけでもない、言い換えれば私事の相談を聞くために集まって下さった貴方達に、私も何か役に立ちたいのです」
真摯な眼差しを向けられればリールも拒めない。
「ではお借りします」
「ええ」
そのような遣り取りを経て、リラに会いに行くと決めた勇人、リール、そしてキース・ファラン(eb4324)の三人は、目的地が遠い事もあり先行して出発。ユアンの傍で彼らの帰りを待つ飛天龍(eb0010)、物見昴(eb7871)は、ここからもう一つの問題と向き合う事になる。それが今回最後の一人、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)との意見の相違。
今回の冒険者達の中で、ヴァラスだけが真実を今すぐに伝えるべきだと主張しているのだ。
「人ってのは辛い事を乗り越えてこそ強くなれるってもんだ。それが死にたいほど辛い事だとしてもねェ〜。後はガキの心の強さ次第ってとこかね、ムケケケ」
容赦ない発言は、どれだけ意見を交わそうとも曲げられない。
一時間程をその場で討論した後、仕方ないと息を吐いた天龍。
「ユアン達を待たせるのも悪い、こちらも出発しよう」
「ああ」
こうして冒険者は二組に分かれて行動する事になった。
(「ムケケケ、混血種同士の殺し合いなんてたまらねえなァー、最高の見世物だぜ」)
馬を駆りながら内心にほくそ笑むヴァラスは、何故この依頼に参加したのかと問われれば答えはハーフエルフが嫌いだから。
此処に居るのは己の快楽のため。争いを生じさせる事が彼の目的だった。
「お二人さんよォー、もう少し早く進めねえのかァ」
内心の愉悦を隠そうともしない彼が馬を駆るのに対し、後方の天龍は翅で、昴は足で進んでいた。
――これが既に作戦の内だと、ヴァラスは知らない。
この間に、先行してリラを訪ねる事にしていた勇人は途中から騎獣をグリフォンに変え、彼らよりも一足早くユアン宅に着いたのだ。
「今日はお一人で‥‥?」
不安気に聞いて来るクイナに笑んで見せてから、ユアンには天龍から外で修行をしないかという打診があった事を話す。
「する!」
目を輝かせた少年は、勇人に促されて数日の旅支度をする為に家へ駆け戻り、その隙にクイナには事の次第が説明された。
「――だから、飛と物見が到着したら新たに届いた手紙をユアンが自力で解読して姿を消したとか何とか言ってくれ。全員で捜索を始める」
「判りました‥‥」
青褪めた表情で頷く彼女は、きっと更なる嘘の上塗りに胸を痛めるだろう。
だが、それらの責は自分が負う。後で真実を知ったユアンにどう罵られようとも、少年の笑顔のために敢えて嘘をついたクイナや、それを受けて先の依頼をこなしてきた仲間の行為を無にするよりはずっとマシだ。
「どうか、宜しくお願いします」
彼は大きく頷く。
これが、ユアンを知る者達の信じた選択。
● 二
一夜明け、当初の予定通りにリラを訪ねる二人は先を急いでいた。馬を休ませる間に仮眠を取る程度で、ただひたすらに目的地を目指す。
(「陸奥殿は間に合っただろうか」)
リールが胸中に不安を抱きながら唇を噛み締めれば、キースも思いは同じだったのだろう。
「大丈夫さ。飛さんと物見さんも一緒なんだし何とかなるよ」
「あぁ」
応え、真っ直ぐに前を見据えて馬を駆る。
出発から約二日。途中で擦れ違う人々に確認しながら辿り着いたのは、森の中にひっそりと佇む木造の小屋だった。
「ここかな」
馬を下りてキースが呟く。リールも後に続き、扉を叩こうとした正にその瞬間。
中から開いた扉に空を切った拳が勢い良く吸い込まれ、その先に驚いた顔で立っていたのは病的とも言える白い肌に、秋の穂を思わせる長い金髪を背に流した長身痩躯の男。
「リラさん、か?」
「‥‥君達は?」
「申し遅れました。私はリール・アルシャス、彼はキース・ファラン。‥‥ユアンの代理でお伺いしました」
その名に彼は瞠目するも、二人を屋内へ招き入れた。
リラの部屋は質素だった。寝具と古びた卓に椅子、棚、必要最低限の生活用品があるだけで、日々どのような生活をしているのかが容易に想像出来る、そんな部屋だ。
「すまないな、客人に休んでもらえる椅子すらなくて」
「いえ」
詫びる彼にそう返すも、後に続くのは痛々しい沈黙だ。
二人は視線を重ね、互いの意を確かめ合う。そうして先に口を切ったのはキースだ。
「早速で恐縮だが本題に入らせてもらう。リラさんがユアンに送った手紙の件だけど、‥‥今しばらく嘘をついてもらえないか」
「嘘?」
キースの言葉に彼は軽く目を瞠ったが、ユアンが文字を読めず未だ真実を知らずにいると話せば「あぁ」と息を吐いた。
「そうか‥‥文字が読めないという可能性を失念していたな」
自嘲気味に笑う彼の物腰は柔らかい。それを伝えに来てくれてありがとうと告げる表情は儚げで、とても狂化の末に仲間を手に掛けた人物とは思えなかった。
「旧友から、あの子が冒険者になるべく修行を始めたと聞いたが、君達が‥‥?」
聞かれてこれまでの経緯を話すリール。
そこにはユアンの隣に住むクイナや、彼女の願いを叶えるべく協力した冒険者達が重ねてきた数々の嘘をも含み、全てを話した。
「ユアンが仇を取りたがっているのは本当だ。だが、リラさんは殺されて気が済むかもしれないが、その後でユアンがどうなるか考えた事はあるか?」
リラとユアンは、同じ混血の存在。
自分と同じ種族の者が仇だと知れば、その時点で仇討ちどころではなくなってしまう恐れもある。
「ユアンに真実を伝えなければならないとは思う。だが、それは『今』ではない」
「本人にも狂化という現象に向き合う覚悟と、それを受け入れる心の成長が必要なんだ。そういう事を克服出来て、初めて真実を知らせられると思う」
その時が、いずれ必ず訪れると彼らは信じている。
「だからそれまで、‥‥それまでは、貴方にも生きていて欲しいんだ」
交互に語られる二人の言葉を、リラは瞳を伏せて聞く。
まるで己の心に言い聞かせるように、そして浸透させるように、深い息を吐いた。
「そうか‥‥私は自分の事ばかりだったな」
旧友からユアンが仇を取りたがっていると聞き、討たれてやるのも一つの罪滅ぼしだと言われ、すっかりその気になってしまったと彼は語る。
「エイジャの剣を持っているのも辛くてな‥‥」
そうして見遣る視線の先には、布に包まれた剣が壁に立て掛けられていた。
「‥‥拝見しても?」
「ああ」
リールが歩み寄り、黙祷を捧げて後、布越しに柄を握る。
丁寧に布を剥ぎ、そうして露になった鞘は持ち主が大切に愛用していたことを物語るように手に馴染んだ。
同時に、足下に落ちたのは細く巻かれた羊皮紙。
「! 申し訳ないっ」
「いや」
リールが慌てて詫び、手に取るも、リラの穏やかな表情は決して変わらなかった。
「それは絵心のある友人に描いてもらったものだ。‥‥先に言わなかった私が悪い。気にしないでくれ」
「その絵にはエイジャも?」
「ああ。エイジャと私と、五人だ。二十年以上の付き合いになる。ジ・アースから共にアトランティスの地へ降り立ち、‥‥これからも一緒だと、夢を見ていた」
そちらも見て構わないと言われて広げれば、二人が初めて見るエイジャの顔。
褐色の肌にクセのある黒髪。青い瞳。軟派な雰囲気を醸し出しているが、人好きのする陽気な笑みを浮かべた彼は、リラと肩を組んだ姿で描かれていた。
「‥‥ちょうどその頃だな。彼がユアンを養子にすると言ったのは」
思い出すように微笑う。
その言葉と、エイジャが彼に剣を預けた事をあわせると、彼がユアンを養子にすると決めたのはリラの影響も強いのではないかとリールには思えた。
それを言葉にするのは躊躇われたが、しかし剣は今しばらく彼のもとに在るべきだという考えは強くなり、言葉は交わさずともキースも同じ意見だ。
だが彼には更なる疑問が募る。
「思い出したくない事を聞くようで申し訳ないんだが、今のリラさんを見ていると、とても怒りに我を忘れて狂化するようには思えないんだ。‥‥その時、何かあったのか?」
重い問いかけに、だがリラは首を振る。
「感情を昂ぶらせないよう常に己を律していたつもりだ。あの時は‥‥何があったのかまるで判らない‥‥、強い光のようなものを感じて、気付けば‥‥」
血だらけのエイジャが腕に倒れ、剣を渡された。
それだけだった。
その後、これ以上の話しは厳しいと判断した二人は、ユアンの方も心配だからとリラの家を後にした。
「もし何か思い出す事があれば連絡をくれないか。ユアンの為になるかもしれないから」
「あぁ‥‥」
エイジャの剣は、今しばらくは彼に預けたまま、二人は馬を走らせる。
キースの最後の問い掛けが後に大きな波紋となる事を、今は誰一人、知る由もなく――。
● 三
二人がリラを訪ねている頃、辛うじてヴァラスを撒き、前以て決めていた集合場所で落ち合った勇人達は、仲間の帰りを待ちつつユアンの成長に心を砕いた。
強さとは何であるのか。
大切なものとは何か。
「正式に弟子入りしたからには厳しくいくぞ、先ずはこれに着替えるんだ」
その言葉と共に天龍からユアンに贈られたのは、内襟に名前が刺繍された道着だ。思い掛けない贈り物がよほど嬉しかったらしく、寝る時にも脱ごうとしない少年の言動には、冒険者達も不安を忘れて笑った。
「いいかユアン。基礎を疎かにしては、いくら技術を習得しようとも生かしきれない。基礎がなければ小手先の技にしかならぬことを肝に銘じておけ」
「はい!」
そうして修練に励む彼らを、昴は主に食事担当として応援する。
ユアンの分の食事は彼女と勇人で補い、夜の空いた時間には、やはり話をした。
「武術に限らずね、何かしら技を身に付ける者は感情をある程度、制御出来なきゃいけない」
心の成長の重要性を、己の任務を引き合いに出しながら説く。
時には親兄弟でさえ感情を捨てて傷つけなければならない事。
それによって泣く人がいることすら、考えてはならない事。
「私は、ユアンにそんな力の使い方をして欲しくないと思う。感情に任せて人を傷つけるのも、感情を失くして人を傷つけるのも、どちらも過ちに変わりないし、後に残るのは後悔だけだ」
彼女の言葉に、ユアンは己が疎まれていた過去を、その理由を思い出したのかもしれない。
神妙な顔付きで、ただ一度だけ頷いた。
四日目に合流を果たしたキースとリールは、時間が空いたから会いに来たと少年を驚かせながら、その夜に少年が寝入ったのを確認した後で仲間達に知り得た情報を伝えた。
「ユアンの事もあるし、狂化条件とか判れば良かったんだけど、そこまで聞ける雰囲気じゃなくてな」
「仕方ない。本意じゃない過去を、そう簡単に聞けるはずもないからな」
遠くまでご苦労だったと労う天龍に、しかしキースは複雑な笑み。
もっとユアンの力になってやりたいと心の底から思う。
「何はともあれ問題は明日だ」
勇人の呟きはヴァラスが初日だけで引き下がったとは思えないという懸念から。
そしてこの不安は、杞憂では済まなかった。
● 四
ユアンを自宅に送るべく村に戻った彼らを、ヴァラスは口の端を緩めて出迎えた。
「大変だなァ、あんな面倒な真似してまで自分達の嘘を守りたいかァ?」
「嘘‥‥?」
聞き返すユアンに、やはりと顔色を変える勇人や天龍。
そしてヴァラスの顔付きは更に愉悦の色を濃くした。
「おっとォオアア、余計な事を言っちまったかなァ?」
「いい加減にしろ!」
キースが一喝するも相手には通じず、ユアンの手がぎゅっと裾を掴んでくるのに気付いたリール、昴は、その表情を覗き込む。
「そのおねえちゃん達に聞いてみなよォ〜。色々と知っているぜ、色々とよ‥‥ムケケケ」
震える幼い手に、リールは膝を折った。
「ユアン、私達は」
だが、返る言葉は。
「‥‥あいつ、誰」
「え?」
「何だよ、おまえ‥‥っ」
その言葉をヴァラスに向けて、少年は震える声を押し出す。
「俺‥‥おれ、何も知らないけどっ‥‥師匠達はエイジャと一緒だ‥‥っ」
「ユアン‥‥」
「俺はこれから強くなるんだ‥‥絶対‥、絶対‥‥っ!」
零れ落ちる涙より早く、リールは幼子を抱き締めた。
「大丈夫だ‥‥」
例え気休めでしかなくとも。
「大丈夫だ‥‥っ」
その言葉しか、なかった。
この数日間からユアンが何を感じていたか正しく知る者はない。
それでも確かな光りはあった。
「この手紙にはエイジャの仇について書いてあるが、おまえが真実に立ち向かう力を得るまでは俺が預かっておく。‥‥いいな?」
天龍の師としての言葉に少年は頷く。
「よろしくお願いします」と告げる声が大人びて聞こえたのは、気のせいか。
せめてもの礼にとクイナからハーブティーを受け取り帰路についた冒険者達は、しかし更なる試練がユアンを待ち受けている事。
その日が決して遠くない事を思い、胸を痛めるのだった――。